るろうに範馬   作:北国から

2 / 11
 
 今回は現代編。

 原作主人公の登場です。

 ……刃牙、アメリカ大統領誘拐したり世界生中継の中で最強親子喧嘩やったり……おいおい。

 あんた、なんで普通に学校通えているんだい。

 いや、それはいいけどクラスメイトやなんかが何も知らなさそうなのはどうして……?

 不良たちにしてもあれだけ伝説の不良みたいに幼年編で話題になっていたのになんで知らないんや。

 まあ、サザエさん時空だし、ツッコむのは野暮……なのかなぁ……

 
 誤字報告適用しました。 ふたばやさん、ありがとうございます。


最新人型UMA 範馬刃牙

 

“都市伝説”という言葉がある。

 

 赤城山に隠された徳川埋蔵金。

 

 人類月面未到着。

 

 つちのこ、各心霊スポット、ネッシー。

 

 ネット、書物、或いは口コミで語り継がれる玉石混淆の噂話。とるに足らないその中で、根強く語り継がれる特殊な伝説があった。

 

 最強親子伝説。

 

 その内容は概ね次のようなものだ。

 

 東京のどこかの地下に、秘密の闘技場が存在する。

 

 武術家、格闘技者、競技者が集い最強中の最強を決めている。ルールは極めてシンプルに“素手である事”だけ。

 

 蹴る、殴る、間接、投げはもちろん金的、噛みつき、目つぶし、全て解禁の決して公式に認められることはない過激すぎるルール。

 

 その誇張なしの過激な闘争において頂点に立つのは、なんと……まさかの十七歳の少年! しかも、ぶっちゃけチビ。

 

 そんな近代格闘技とは一線を画する世界において君臨する少年だったが、そんな彼をも畏怖させる男がいるらしい。

 

 そう……父親である。

 

 背中一杯に大きな鬼の入れ墨を背負っているらしい。大国さえ顔色をうかがうような力を持っている……らしい。

 

 国家も畏れる力、それも……単純な、腕力。

 

 そんな男が、そしてその息子がいるという都市伝説。

 

 そして、その伝説はこう〆られていた。

 

 近頃、この二人が険悪だ!

 

 

 

 

 

 

 とある区立図書館で司書を務める真壁京子がそんな話を聞いたのは、一度や二度ではなかった。

 

 職業柄、本やインターネットと接する機会は多い彼女だが、本人がその手の話を好んでいるのもあって半年に一度はどこかでそのような話を見ている。

 

 もちろんフィクションとして楽しんでいるのは当然だ。

 

 埋蔵金だのオカルティックな生物など、いるわけがない、あるわけがないと承知の上で楽しむのはまあ、この手の話では暗黙の了解である。逆に、本気で埋蔵金を掘り当てようと汗を流しているような誰かと出会ってしまえば彼女は他人行儀の見本の態度をとって逃げ出すだろう。

 

 それが健全な社会人というものだ。

 

 そんな話を真に受けるのは、少年誌をかかさず読んでいる時期の小中学生で卒業しなければならない。

 

 そういう意味では彼女はいたって健全だったが、最近、事情が変わった。

 

 世の中、本当に小説よりも奇な事実はあるのだと教えられたのである。

 

 先程の話、最強親子伝説の噂が真実であるのだと、白日の下の晒されるという一大事件があったのだ。

 

 冗談ではない。

 

 間違いでもない。

 

 正真正銘の事実である。

 

 ある日の夜……何ら前触れなく災害のように唐突に、一つの親子喧嘩がニュースとして日本全国、しまいには世界を駆け巡った。

 

 始まりは一本の報道番組。

 

 親子喧嘩でホテルが閉鎖され、新宿区にあるホテルが機動隊と自衛隊の手によって封鎖された。

 

 おまけにそこには怪獣に踏みつぶされたような車があり、喧嘩でホテルから落下してきた親子の下敷きになったからだというのだ。ついでにその車は総理専用車だと言うが、それはこの場合どうでもいい。

 

 ともあれ、そんなニュースが流れて人々はもしや、と思った。

 

 噂で聞いたアレ。

 

 冗談の類としか思っていない、都市伝説の一つ。

 

 最強親子が険悪だ! いつか親子喧嘩が起こるぞ!

 

 とうとう始まったのではないか!?

 

 多くがそう思った。そして興奮に突き動かされて我先にと殺到した。

 

 それは例えて言えば、ネッシーの実物が見られると確信したのに近いのかもしれない。

 

 誰もそれが空振りするとは思っていなかった。

 

 なぜなら、その少し前にも似たような話……つまり、嘘から出た実を体験していたからだ。

 

 往年の伝説たるプロレスラー、アントニオ猪狩とマウント斗場が人知れず二人だけで戦うという眉唾が唐突に生放送の電波に乗って、日本の午後を駆け巡った事がある。

 

 そんな話は全く伝わっておらず、普通に考えれば質の悪い冗談以外何物でもない所だったが……それを信じた都内近郊にいたプロレスファンはそれまでしていた仕事も放り出して場に急行した。

 

 そして報われる。彼らは長年待ち続けていた日本の看板レスラーが繰り広げるドラマチックな一戦の目撃者となる事が出来たのだ。さすがにカメラなどを用意する事が出来ずその一戦は公共の電波に乗る事は出来ずに幻となり、駆け付けられなかった遠方のファンや信じなかった常識的なファンは悉く血の涙を呑んだものである。

 

 ちなみに電波に乗せたタレントはその話だけで食っていけるようになった。

 

 その時、幻を目の当たりにできたラッキーマンは柳下のドジョウの二匹目を逃がさんと、あの日見逃した常識人は今度こそとしがらみも何もかも振り切って駆け付け、見事に史上最強親子の喧嘩を目の当たりにすることができたのである。

 

 しかも今回は携帯やらテレビカメラやらが寄ってたかって四方八方から撮影し、開始直後以外の全てを白日の下にして記録した。

 

 都市伝説が空想ではなく、まぎれもない現実だったのだと証明されたのである。

 

 京子は別段、格闘技など興味は全くない。プロレスもボクシングも総合もほとんど区別がつかないくらいの門外漢であり駆け付けたりはしなかったのだが、都市伝説が事実であったという意外過ぎる事実は否応なく記憶に刻まれている。

 

 つまり、繰り広げられた超人闘争に周囲が声も出ない程唖然としているのを見ても何が何だかわからずに一人おろおろとしていても、その点だけはしっかりと理解していた彼女にとって件の親子喧嘩はいわば空想と現実の垣根が破壊された事件だったのだ。

 

 今までは、ツチノコなんていないと思っていた。でも、実はどこかにいるのかもしれない。

 

 今までは、埋蔵金なんてあるはずがないと思っていた。でも、もしかしたら本当にあるのかもしれない。

 

 ネッシーはでっち上げ、雪男も以下同文。

 

 日本各地の怪獣伝説なんて客寄せの観光ネタに過ぎないし、幽霊なんて枯れ尾花。UFOは写真のトリック。

 

 子供だましの嘘っぱちが、俄然真実であるかのように思えてきたのだ。

 

 もしかして……もちろん全部が全部本当だなんてどれだけ脳みそがゆだっても考えやしないが、もしかして……もう一つくらい、本当の噂がないかなぁ……もしかして……本当にネッシーがいたりは……しないかなぁ。

 

 それ以来、彼女を含めた多くのリアリストは少しだけロマンチストになった。

 

 どこぞの山では財宝探しのにわかが増えたり、どこぞのテレビ局では真面目腐って都市伝説検証の番組がやたらと増えたり……そしてそれを世間は楽しんでいる。

 

 噂ではアメリカ大統領が時差で早朝であったにも関わらずテレビにかぶりつきであったとも言われるし、親子喧嘩の現場には現職総理大臣が機動隊の用意した装甲車の上に特等席まで用意して見物している姿がちょこちょことカメラの端に映っていたりもして、それが新たな都市伝説の種にもなった。

 

 そんな時代になって、彼女もその流れにむしろ嬉々として乗った。

 

 ……そんな彼女だから、職務に勤しんでいる最中に現れた少年を見た時、ついついあれ? と思った。

 

 

 

 

 

 

 季節は夏。

 

 茹るような暑さの午後2時ごろ。ちょうど一番暑い時間帯に涼みに来たのか、一人の少年が京子の座るカウンターに一冊の本を無造作に置いた。

 

 タイトルは『明治期の政治家』。いたってシンプルで、本当に読ませようと言うつもりで出版されたのかも怪しい。

 

 少年は年の頃はせいぜい高校生くらいであり、よほど奇特な趣味人でもなければ好んで読む本には見えない。

 

 きっと学校の宿題か何かに使うのだろう。彼女が座っているのはレファレンスルームのカウンターなので単純にそう思った。

 

 

 少年は男性としては小柄だが薄手のシャツから伸びる腕や襟から覗く首筋は筋肉が発達して盛り上がっており、文科系と体育会系の天秤がどちらに傾くかは一目瞭然だったからでもある。学校の宿題か何かでなければ図書館に来るようなガラには見えないのが失礼ながら本音だ。

 

 おかしいな、と思ったのはどこか見覚えのある名前が名簿に記入されたからだ。

 

 範馬刃牙。

 

 はんま、は読めたが下の名前は何なのか。近年、いわゆるキラキラネームが増えたおかげで読み方を教わっても無理があると言わざるを得ない気の毒な名前の持ち主が増えたのだが……彼もその類なのだろうかとついついかわいそうになった京子という名前の彼女だったが、ふとこれはこれで聞き覚えのない珍しい姓の方が気になった。

 

 聞きなれない珍しい名前のはずが、どこかで聞いた事があるような気がしたのだ。

 

 芸能人にそんな名前の人がいたかしら? などと思った彼女を少年が訝しんでいた。

 

「あの……なんかしました?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「はあ……」

 

 受け答えものんびりしたもので、どうにも切れがない。しかし、顔をどこかで見た事があるようなないような……例えばテレビカメラ越しならすぐにわかっても、実際に直で会ってみると芸能人でも誰だろうとわからないという事はあるというから……やっぱりそういった? もしかしてスポーツ選手だろうか?

 

 相手が自分の素性を詮索しているなど想像もしていないのだろう、のんびりした態度を変えずに少年は本をもって適当な席に腰を下ろす。

 

 閑散としているおかげで見ようと思えばいくらでも観察できるが、さすがにそこまで不躾で非常識でもなく、眉間に深いしわを寄せてあからさまにあくびをこらえている少年に苦笑しつつも自分の仕事を再開する京子だったが……十分もしない内にそれらは再度中断せざるを得なくなった。

 

「おーい、バァキィ~♪」 

 

 とても不躾で非常識な大声が、本のページをめくる音しか聞こえない静寂を踏みつけるようにして響き渡ったからだ。

 

「!? !?」

 

 びっくり仰天。

 

 目を白黒とはこういう自分を指すんだなぁ、と数秒遅れで思いついた京子の眼下には、やけに小柄で禿頭の老人が満面の笑みを浮かべて手を振り上げている。見ている方が楽しそうになるが、場所が図書館内では論外の言動だ。

 

しかし注意の一つも出来なかった。それというのも、その老人を囲んで守るように黒服のごつい男が三人も立っているからだ。

 

 貧弱な図書館職員の女など一捻りできそうなのがご丁寧に黒いスーツなどを着こんでいては、声をかけるに掛けられない。目を合わせただけで、真っ当な人生を送ってきた彼女では想像もしないような方法でどうにかされそうである。夜道で会ったら即座に防犯ブザーを鳴らすべきだろういかつさであった。

 

 老人も老人でいかにもな和装をしているが、もしやヤクザの大親分とかそういう類なのだろうか。

 

 いったい何の用なのかは知らないが、図書館などと似合わない場所ではなくて賭場にでも行っていてほしいと心から思う。

 

「……図書館で大声上げるなよ、ジッチャン」

 

「おお、すまんすまん」

 

 悪びれない様子の老人に声をかけたのは……というか最初に声をかけられたのはなんとあの範馬という少年だった。

 

 ばき……刃に牙と書いてバキと読むらしい。字面だけでも物騒だが、ヤシの実でも咬み千切りそうな名前である。

 

「……ん?」

 

 そこまで考えて、ふと思い出した。

 

 ばき。

 

 刃牙。

 

 聞いた事がある名前だった。

 

 そして、そこまで思い出したところで彼女の中で電撃的に記憶が直結する。古い記憶と、今しがたの記憶が交差してがっちりとかみ合った。

 

 どこかで見覚えのある顔。

 

 なんだか聞き覚えのある名前。

 

 はんまばき。

 

 そう言えば、あの夜から繰り返し繰り返しあちこちで見る事になった最強親子喧嘩の息子の方! そう言えば、物見高いオーディエンスが歓声の中で叫んでいた名前は範馬刃牙だった! 

 

 声を上げなかったのは、純粋に高度な職業意識のたまものである。

 

「……地上最強?」

 

 目だけ見開いた彼女の前で、老人は年齢に見合わない機敏な動作で刃牙に駆け寄った。館内で叫ぶわ走るわ、まさしく好き勝手の見本である。もしも彼女が黒服マッチョに怯えていなければ冷酷で氷柱のような注意が飛んだだろう。

 

「だから、図書館で走るなってぇの……俺、この後ここで宿題やる予定なんだぜ? 居づらくなるような事するなよな」

 

「どうせワシらしかおらんのだ。固い事言うなやい」

 

 まるきり悪びれない老人に白い眼を向けて、刃牙は少しカウンター向こうにいる京子に頭を下げた。思わずびくりと震えながら、彼女は護衛としてなのか出入り口付近にいる黒服と残りの一か所に固まっている不審者集団を見比べて息を呑んだ。なんというか、自分がおかしな危険地域に放り出されたのだと遅まきながらに気が付いてしまい、出るに出られなくなっているのに泣きたくなる。

 

 もちろん黒服の男に彼女を拘束する意図も権利もないのだが、彼女はそう思い込んでしまった。もしもこそこそ出ようとすれば押し戻されたりどこかに連れ去られてしまうのではないのかと思い、身動き一つできなくなっている。これこそまさに蛇に睨まれた蛙だ、と自嘲しながら硬直した。

 

「そういう問題じゃないだろうに、ったく……いったい何の用なんだよ、こんな所にまでわざわざ……というか、どうして俺が図書館にいるなんて知っていたのさ」 

 

「元々おぬしを探しておったんじゃがの。下宿に行ったら図書館だとこずえちゃんから聞かされての」

 

「入れ違いか」

 

「まあの。それにしてもあの子も元気そうで何よりじゃわい。お付き合いしとるんじゃろ?」

 

 にたつく爺さんの冷やかしに、刃牙は顔をしかめる。年寄りの冷やかしを好きな若人なんぞいるわけがないのだ。

 

「なんでそんなこと聞いてくんだよ。カンケーないだろ」 

 

「わしはあの子を父親の代から知っておるからの。あながち無関係という訳でもないわい」

 

「親の代ぃ? 初めて聞いたよ、そんなの」

 

 老人は刃牙の懐疑に呆れを隠さずに返した。

 

「なぁにを言っとるかい。あれの父親は地下闘技場の闘士じゃったんだぞ。それがこの徳川光成の知らん相手なわけがあるかい」

 

 そう言えばそうだった、と今更な顔をする刃牙に呆れる老人。

 

「仮にもわしは東京ドーム地下格闘技場のオーナーじゃ。後楽園の地下にあったころから今に至るまでエントリーした格闘家たちのプロフィールはもちろんのこと、家族のことだってきちんとこの頭に網羅しておるわい!」 

 

 一歩間違えなくてもストーカー行為のような気がした刃牙だったが、ツッコむと面倒くさそうだったので適当に流した。

 

「ふうん……じゃあ今度、こずえちゃんのお父さんの話でも聞かせてよ」

 

「おう! 今じゃなくてええんか?」

 

「ここは図書館だよ……そもそもこんなとこまで追いかけてきて、なんの用だよ」

 

 言わなきゃよかったと思ったのは、待っていましたと顔に書いたからだ。

 

「それ、宿題に使う本か? またえらくタイムリーなもん借りたの。儂が話したいのはまさしくその時代の事じゃ」

 

 刃牙がろくに開きたくもなくなるような厚みの本を顎で示すと、彼は一転不思議そうな顔をした。

 

「それにしても、どうしてお前さんだけ宿題なんてやっとるんじゃ? こずえちゃんの方はどうも暇そうじゃったぞ」

 

「うっさいなぁ……アメリカに行って大統領誘拐したり、ミスターと刑務所で喧嘩なんかしていたから出席が大変なんだよ……宿題山積みと補修の嵐でどうにか……」

 

「……地上最強のガキも高校生らしいところがとんだ所にあったんじゃな。そう言えば、アイアンもプロモーター共の嫌がらせにめげずに結構頑張っているそうじゃぞ。あそこで会ったんじゃろ?」

 

「こないだまた一つランクが上がったね。噂で聞いたけど、そのつまらない嫌がらせをジッチャンが止めさせたって?」

 

「その手の話は全て潰しておるわい。事がボクシング世界チャンピオンなら断じて許さんわ」

 

 大統領を誘拐しただの刑務所で喧嘩しただのは断じて高校生らしくはない。

 

 彼ら以外の話が否応なく耳に入ってくる立場の第三者は、こぞって無表情を保つのに苦労しながら内心で断言した。

 

 ちなみに京子は、そう言えば一時世界中を騒がせた時の米国大統領誘拐事件の犯人、謎の東洋人少年の顔……放送直後以外はアングラでしかモザイクなしでは拝めなくなった顔が目の前にあるような気がしたが……必死になって見ないふりをした。

 

「だからあんまり長話ももめ事も困るんだよ。今日は一体何なのさ」

 

 そっけない口調の少年に、老人は全く気にした様子もなく満面の笑みだ。

 

「刃牙よ。おぬし、人斬り抜刀斎という男を知っているか」

 

 突然出てきたおかしな名前に刃牙は目を瞬かせた。

 

 随分と時代がかった、御大層な名前だが口にしているのがそのままでも時代劇に出れそうな老人なので違和感がない。

 

「人切り……? 時代劇? オサムライの話」

 

 対して時代劇などろくに見た事がないだろう少年がとりあえず思いついたことを口にすると、徳川光成は大口を開けて呵々大笑してみせた。

 

「かっかっかっ! まあ、そんなもんじゃがな。しかし今言ったように時代劇ではなく幕末から明治時代の史実じゃよ」 

 

 全く話が見えてこないおかげで刃牙は適当な態度でしかいられない。さっさと宿題を終えて帰りたいとさえ思っている。

 

「その昔、人斬り抜刀斎という新選組などと渡り合った維新志士がいたらしい」

 

 新選組はともかく維新志士と聞いてもピンとこない刃牙だった。少し時間が経ってから坂本龍馬や西郷隆盛を思い出す。そう言えば、どちらも剣の達人であったらしい。

 

 

「元々は影で天誅ー! なんて岡田以蔵みたいな事をやっとったらしいが、そっから護衛や遊撃なんかの方に任務が移って日の目を見るようになったそうじゃ……この男がまたえらく強かったらしくての。今は廃れてしまった古流の一子相伝流派、飛天御剣流という剣術の使い手で、特に複数の敵を相手取る事に長けていてばっさばっさと多くの敵を切り捨てていたそうじゃ」 

 

「まるで時代劇」

 

 強い、という言葉で少し乗り気になったようだが、まだまだ真剣みの足りない刃牙に光成は笑い続けている。これを聞いてまだそんな事が言えるかな、という顔だった。

 

「その飛天御剣流と範馬の血族の間に因縁がある、という噂があるのじゃ」

 

「……範馬とそのお侍の因縁? 一体どんなのさ」

 

 姿勢を改めて座りなおした刃牙に笑みを深める光成はもったいぶろうとしたものの、結局は自分の衝動に負けてあっさりと肝をばらしてしまった。

 

「なんでもな、この人斬り抜刀斎の師匠……飛天御剣流十三代目継承者の比古清十郎という男、件の人斬り抜刀斎よりもさらにずんと強かったらしいんじゃが……ある日、ふらりと現れた男と派手に一戦交えたらしいんじゃ。その男は当時じゃなんとも珍しい事に素手で比古清十郎に挑んできたらしい」

 

「………」

 

 刃牙の顔が大体のあらすじを察して神妙になった。ますます気をよくした光成は舌を滑らかに語り続ける。

 

「その男との勝負はどういう訳か決着がつかなかったそうじゃが、件の男はまるで鬼のような偉丈夫でたいそう強かったと言われており……名前を範馬勇志郎といった」

 

 地上最強の生物として世界中に知られてしまった男の名前が範馬勇次郎。地上最強の少年の名前は範馬刃牙。他人の空似と言うには聊か……というのは強引だろうか。

 

「それが俺のご先祖様だっていうのかい?」

 

 刃牙は強引だと思った。いつだったかのように無理やりすぎるわと言いたくなってくるが、どうにも光成当人は間違いないと確信しているらしい……というよりもその方が面白いと思っているのがありありとわかる。

 

「件の男はまるで燃えるような赤毛だったそうじゃ。おぬしもそうじゃが、特に親父の勇次郎は殊更に鮮やかなもんじゃろ。それで侍が最後の輝きを見せるような時代に素手の強者とくれば、のう」

 

 刃牙の髪はどちらかというと茶髪という方が正しいが、それでも角度によっては赤毛にも見える。しかし、彼の父親……都市伝説曰くの大国さえ怖気づく範馬勇次郎という男は確かに染めているのではと思えるほどに鮮やかな赤毛である。彼らの人相は件の親子喧嘩の際に世界中に知られているおかげで傍で聞いていた面々も言われてみれば、と思った。

 

「……もし仮にそうだったとしても……だったら何さ。別に俺はご先祖の事なんて興味はないし、それはオヤジもそうだろうさ」 

 

 そういうのは歴史学者でもやればいい話だ。刃牙はどう考えてもそんな道に興味はなかった。

 

「…まあ、儂だって面白い話だとは思うが……それだけだったらお主に話はせん。してもせいぜい、何かの用事で会った際にツケ足しするくらいじゃろう」

 

「……じゃあ」

 

「かつて件の範馬勇志郎……未だおぬしらの先祖だったかどうかもわからんが、そうだったと仮定して……それと真っ向渡り合って決着のつかなかった謎の強者、飛天御剣流が今も生き残っているとしたらどうじゃ」

 

「今さっき、廃れたって言ってなかった?」

 

 揚げ足を取りつつも、刃牙はもう一段興味を引かれている。地上最強などという子供の冗談のような称号を本当に本気で冠しているだけあって、闘争や強さという言葉には何をどうしたって興味を引かれる他ない。

 

「本家本元の飛天御剣流はな。範馬勇志郎と渡り合ったという十三代目は一体どう思ったのか……維新という時代のせいなのか、飛天御剣流を己の代で終わらせてしもうた。ただ、先ほどの人斬り抜刀斎の息子……名前は父親が緋村剣心、息子は剣路だそうじゃが……この剣路が大した才能を持っていたようでな。不完全ながらも母方からの流派を継ぎつつも飛天御剣流を物にしたらしい」

 

「不完全? それに母親?」

 

「母親は維新後の東京で道場を開いていたらしくての。父親が伝説の古流崩れ、母親は当時新進気鋭の剣道家だったようじゃ。儂が知ったいろいろな記録はそこから……まあ心得のない素人の覚書みたいなものみたいで、いまいちしっかりした記録とは言えないのが玉に傷……ともかく十三代目はどうも、明治維新の際に件の人斬り抜刀斎と師弟喧嘩で物別れだったそうじゃ。どうも、少年緋村は血気盛んに明治維新に参加しようとしたが、師匠はそれを止めたらしいの。で、無理やり飛び出しちまって喧嘩別れ。どうも緋村剣心はきっちり修業を終えきったわけではなくて未完成だったとの話じゃ……この辺も流派が廃れたのと関りがありそうだが、ともかくそれを息子が継いだ……んじゃないのかの。いまいちその辺の資料は見つからんかったんじゃが」

 

 刃牙はそれを聞いて、へえ、と思った。喧嘩別れだのなんだのは正直どうでもいい。大昔のどっかの誰かの身の上話に興味なんかはない。

 

「半端者でも御大層な名前で呼ばれるくらいに強いんだ、飛天なんたら流っていうの……」

 

「人斬り抜刀斎と言えば、影じゃ京都で切ったはったで命を賭けとった佐幕の兵が震えあがったそうじゃ。最も今日では人斬り以蔵なんかと違って全然名前は知られとらんがの。どうも、日陰稼業が長い上に斬りすぎたせいで外聞が悪くなった明治政府が隠したとか、あるいは本人が人斬りのし過ぎで参ってしまって要職に就くのを避けて姿を消したとか……まあ、その辺の事はわしらにはどうでもいい話じゃろ」

 

「……そうだね。話がずれそうだけど俺にとって重要なのは今もいる飛天って剣が強いのかどうかだ。今の話じゃ結局は修業最中の半端者が伝えた技なんだろ? それって強いのかよ。いや、そもそもまだ続いているのか……結局の所、その辺はどうなのさ」

 

 刃牙の追及に、光成はにやりと人が悪い顔をして笑った。

 

 禿頭で目ばかりがぎょろりとしている眉も薄い老人なので、そういう顔をすると奇妙な両生類じみて見える。

 

「そこは実際に見てのお楽しみじゃ。昔から言うじゃろ、百聞は一見に如かずとな。じゃが修業途中と言ってもどこまで修めたかははっきりしとらん。案外殆ど完成されていたのかもしれんぞ。大体、半端者なんぞ激動の幕末で新選組に代表される凄腕剣士と真っ向から切ったはったはできるまい」

 

 わざわざ図書館まで追いかけてきたくせにもったいぶって遊んでいる思わせぶりな光成に、刃牙はしょうがねぇなと腐った。それぞれ二人の顔にはいつもの事と書いてある。

 

「それに、登場人物はまだ出揃っておらん。範馬と渡り合った伝説の古流……だけならず、その範馬の系譜もまた密かに明治維新の頃には確かに息づいていたそうじゃ!」

 

「まあ、それは……俺がここにいるんだし、その範馬勇志郎……だったかな? いまいち冗談みたいな名前だけど、本当に俺のご先祖様だって言うんなら子孫の俺との間がいなけりゃおかしいじゃん」

 

 当たり前と言えば当たり前の話だが、そんな刃牙を光成は責めるような目で見た。血の巡りが悪いおつむだ、と言いたいのだ。

 

「そういう意味ではない! つまり、明らかに範馬勇次郎、範馬刃牙、そしてジャック・ハンマー以外に連なる範馬の血族がいたようじゃという話よ。そして、なんと驚いた事に範馬勇志郎の弟子もな。儂が言いたい肝はそれじゃ! 地上最強の地下格闘技場チャンピオン範馬刃牙と、明治に分かれた範馬の一族、範馬の弟子、そして範馬と渡り合った謎の古流剣術! そのスペシャルマッチを見てみたいんじゃ!」

 

 とうとう人目もはばからずに絶叫し始めた爺様に対して、本来それを注意しなければならないはずの職員はというと、なんだか聞いてはいけないような事実を会ってはいけない人物たちが語り合っているのを蚊帳の外とはいえ聞こえてくるおかげで精神的に一杯になりつつあった。

 

 彼女がその時内心で思っていたのはたった一つである。

 

「帰ったら、人型ツチノコか人型ネッシー見たって自慢しよう……あ、雪男かな」

 

 雪男そのもののような怪猿が日本にいる事を、彼女は知らない。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。