るろうに範馬   作:北国から

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 今回は幕間、ちょっとした小話。

 ちなみに、範馬刃牙のアニメ、みなさんは楽しめました?

 私としては作画には大いに不満有り、ストーリーはおいおい、SAGAやった上でここで切るのかよ! といったところ。

 声優だけがめったやたらと豪華で、もったいないくらいのナレーションに噴出した覚えがあります。
 
 前作の幼年編が一番良かったんじゃなかろうか。

 


 これが終わったら、最後の北斎ガチャ10連を引く……頼む、我がカルデアに来てくれい! 爆死だけは勘弁してください!

 


幕間 師弟

「よう」

 

 河原で喧嘩、などという馬鹿な真似をした日からはや三日。

 

 しれっとした顔をして相楽左之助は再び神谷道場に顔を出していた。

 

「へ?」

 

「おろ」

 

「はあ!?」

 

 縁側でくつろいでいた神谷道場の三人、来訪を悟っていた剣心はともかく弥彦と薫は驚天動地で目を丸くして奇声を上げた。

 

「あんた、喧嘩屋斬左!」

 

「まさかまた喧嘩を売りに来たのか!?」

 

「ちげぇよ」

 

 ふう、とため息をつきながら上げた右手には風呂敷包があった。

 

「差し入れだよ、おめぇらに。抜刀斎は怪我人だし、ボウズは育ち盛り。食いモンに多すぎはねぇだろ」

 

「へ?」

 

「ええ……そりゃあ、助かるけど」

 

 戸惑ったり面食らったりの二人を他所に、左之助は剣心の前に足を進めると鼻から大きく息を吐きだしてみせた。

 

「ひでぇ面だな」 

 

「包帯塗れなのはお互いさまでござるよ」

 

 お互いにお互いが言う通りの顔をして、苦笑いをぶつけあった。そのまま左之助は風呂敷包みを薫に渡すと、縁側にどっかりと座り込んだ。

 

「勝った男に会いに来るのもばつが悪いがよ。お前の怪我、少なくとも顔の一発はけじめをつけなきゃなるめぇからな。しばらくは滋養にいいもんを持ってくらぁ……ここも偽抜刀斎事件以来寂れてんだろ?」

 

 かちん、と来ることをさらりと言ってくれる。よりにもよって喧嘩屋として件の地上げ屋兄弟の側についていた左之助に言われた薫は、せめて一言いい返さずにはいられなかった。

 

「大きなお世話! 剣心と弥彦の二人くらい、食い扶持に困る事はないわよ!」

 

「薫、さっき水墨画売り払おうとしてなかったか? 知られた画家だったっていう爺さんの書いた奴」

 

 弥彦の一言に、薫が石のように固まった。

 

 その有様を見た左之助、思わずしみじみと彼女を憐れんだ。

 

「……嬢ちゃん、苦労してんだなぁ……抜刀斎、おめぇさんどのくらい稼いでんだ?」

 

 石像がもう一つ増えた。

 

「…………い、いつかまた賑やかになるもん」

 

「…………せ、拙者は流浪人故……」

 

「……坊主、所詮は喧嘩屋の俺が言うのもなんだが……やっぱ、それなりに稼ぐのは真っ当に生きるのに必要なこったぜ? 世の中、金で丸く収まる事ばかりじゃねぇが金さえなけりゃ飯も食えねぇんだからよ……」 

 

 俺は裏稼業で真っ当に生きているわけじゃねぇのに、なんでこんなこと言ってんだろうなぁ……とため息をついてしまう左之助だった。

 

 いろいろな意味で面目を失った二人がどうにか精神的な再建を果たし、そそくさと土産をもって厨に逃げていった薫を見送った後、剣心と左之助という大喧嘩……というよりも果し合いを繰り広げた二人は庭先で素振りを始めた弥彦を眺めつつ、薫の入れてくれた茶をすすりながら談笑を始めた。

 

 その光景を、弥彦は汗を流しつつ奇妙に思いながら見ていた。

 

 ほんの三日前にあれだけ派手に拳と刀をぶつけあった仲だと言うのに、この穏やかな空気は何だろうか。

 

「んで、抜刀斎。具合はどうだい? しこたま腹を蹴ったり頭を殴ったり……やった俺が言うのは何だが剣客が打たれ強いわけねェし、医者には行ったのかい」

 

「はは……お主も随分打たれた上に龍巣閃に龍翔閃、飛天御剣流の技を随分と受けた。こっちからするとお主の方こそ心配でござるよ」

 

「言うねぇ。さすがは幕末最強の人斬り抜刀斎」

 

「……剣心と呼んでほしいでござるよ。人斬り抜刀斎の志士名、既に十年も前に捨てた」

 

「……そうか」

 

 果たして、捨てたと言って捨てられるものなのか。

 

 それを良しとしているのは、当人ばかりではないのか。

 

 そんな気になるが、自分が心配するのはおせっかいもいいところと口を挟まずに流す。いずれ緋村剣心の過去を人斬り抜刀斎が追いかけてくるとしても、それは彼自身がけじめをつける話。

 

 自分が嘴を挟むには互いの浅い関係が少々敷居を高くしている。

 

「ま、それなら俺も左之助と呼んでくれや。“斬左”なんてのは自分で言いだしたわけでもねぇし」

 

「わかったでござるよ」

 

 わだかまりを感じない二人に弥彦はあれだけの勝負はどこに行ったのかと聞きたくなったが、口に出したのは別の事だった。

 

「よお、左之助」

 

「って、ボウズがかよ!」

 

「俺は坊主じゃねぇ! 東京府士族、明神弥彦! 特別に弥彦って呼ばせてやらぁ!」

 

 糞生意気な小坊主だったが、左之助はそれを殊更に咎めなかった。苦笑いをして見逃してしまうようなところがこの少年にはあった。もしくは単純に、自分に似ているのが気に入ったのかもしれない。

 

「へいへい……そんで、弥彦? でいいのか。何の用でぃ」

 

「確か、喧嘩の前に気になる事……言ってたよな。剣心の師匠とか、お前の師匠とか」

 

 それを聞いて、剣心はどうにもおかしな表情をした。話を聞いてみたいような、聞きたくないような……そんなしゃっきりとしない顔だった。

 

「おう、まあな。俺も話に聞いただけだが、師匠が昔痛み分けっつうか、勝負なしの水入りで終わったのが飛天御剣流の継承者だけなんだとよ」

 

「それが剣心の師匠なのか?」

 

 二人の顔が回答を知っている唯一に向かうと、形容しがたい表情のまま曖昧にうなずいた。

 

「飛天御剣流の継承者は師匠しかいないので、それは間違いないでござるよ……しかし、師匠と痛み分けになったとは……正直、驚いているでござる」

 

「剣心の師匠か……そりゃあ、いるよな」

 

「おろ? 拙者に師匠がいるのがおかしいでござるか?」

 

 飛天御剣流を学んだ以上、師匠がいないわけがないのだが……弥彦の知る中で最も強く、かつて幕末で最強と謳われた男の師匠となると、子供に過ぎない弥彦には違和感がある。

 

「そうじゃねぇけどよ……剣心が誰かの下で修行している姿が想像つかないって言うか……俺は剣心のガキの頃を知らねぇからな」

 

「おろ」

 

「剣心だって最初っから強かったわけじゃねぇさ。師匠がいて、その下で汗を流して弱かったのが強くなったんだよ。まあ、言わんとしている事はわかるけどな」

 

 弥彦も自分の感じているものをうまく言葉にできず、剣心も弥彦の言わんとしている事がよくわからない。戸惑う双方に左之助が見かねて口をはさむ。

 

「どういう事でござるか?」

 

「まあ、あれだ。弥彦にしてみればおめぇさんの今の姿以外は想像できねぇんだろ。爺さんの髪が黒々した若いころは想像できねぇし、大人がガキンチョだった頃もあるのはわかっていても想像できねぇ。そんなもんだろ。剣心にしても、それこそ自分の師匠が未熟だった頃なんて想像しづらいんじゃねぇか?」

 

「言われてみれば……」

 

 我が身に置き換えて、ようやく話が飲み込めた剣心である。

 

「確かに、師匠は拙者の中ではいつまでも強い。弥彦の中で拙者がそのような位置にいるかと思うと、なんとも面はゆい物でござるな」

 

 それこそ照れくさそうな顔をして眉間にしわを寄せた弥彦が、生意気に腕組みなんぞして目を逸らす。顔を赤くしている様に少年らしく素直になれない可愛気を見出して剣心は口元を綻ばせ、左之助は意地悪くにやついた。

 

「だあ、もう! にやにやしてんじゃねぇや! それより! 剣心の師匠とか左之助の師匠とか、その因縁の勝負とか、どういう話なのか教えろよ!」

 

「あん?」

 

「……確かに拙者も知りたいでござるな」

 

 四つの眼を向けられた左之助は別に隠す理由もなく、いたって普通に了承した。

 

「……っても、俺は講談師じゃあるまいし、うまく話せる自信はねぇぞ」

 

「まあ、それはお互いさまでござるよ」

 

 剣客と喧嘩屋、それは口舌の徒を期待する方が間違えている。

 

「……そんじゃ、弥彦の頼みなんだから剣心から話してやれよ。俺も俺で飛天御剣流の継承者は興味あるしな」

 

「そうでござるか?」

 

 弥彦は珍しく素直にうなずくと地べたにどっかと胡坐をかいて話を促した。もったいぶらずに素直に口を開いた剣心だったが、言葉が声になるより先に甲高い声が乱入して思わず口を閉じた。

 

「斬左ーッ!」

 

「おろろ?」

 

 はしたないほどの大声に面食らった男三人の視線にも気が付かず、薫が飛び込んできた。彼女の手には先ほど左之助の渡した風呂敷包があった。

 

「なんでぇ、嬢ちゃん。若い娘が大声上げて走ってくるとかいくら明治の世だつっても、はしたねぇぞ」

 

「うっさい! それよりあんた、この風呂敷包みの中身は何事よ!」

 

「あん? なんか傷んでたか?」

 

 薫が勢いよく突き出した風呂敷包みの中身を見て、剣心と弥彦が感嘆の声を上げた。中にはこの時代にして珍しくも高価、あるいは滋養にいい食材ばかりが集められていたのである。

 

「……問題なさそうじゃねぇか?」

 

「そうじゃない! あんたこんな高価なものばっかりどうしたのよ! 喧嘩屋なんてヤクザな仕事でこんなのポンポン買えるほど儲かるわけ!? 手にお縄がかかるようなまずい事したんじゃないでしょうね!?」 

 

 元々の気質もあって元気に騒いでいるが、魚に野菜はともかく肉類は明治時代ではあまり庶民の食卓に上るものではない。それらをドンと喧嘩屋に渡されてしまえば取り乱すのも無理はないのかもしれない。

 

「今回は迷惑かけたから奮発したんだよ! 詰まんねぇ事言ってんなら持って帰っちまうぞ!」

 

 失礼極まるセリフを流してやるほど左之助も温厚ではなく、この見るからに気の強そうな嬢ちゃんならいいだろうと一喝して台所まで帰らせた。

 

「なあ、喧嘩屋って儲かるのか?」

 

「ん? 今回は比留間兄弟のヤサから迷惑料込みでごっそり頂いただけよ。おかげでしばらく羽振りがいいぜ」

 

「…………」

 

 何の気なしに聞いた弥彦への返しに剣心は二の句が継げなくなった。ちなみに、件の比留間兄弟はあの喧嘩の後できっちりお縄になっている。娑婆に出てきた後は隙間風が吹く塒を前に呆然とすることだろう。

 

「ま、それはそれとして嬢ちゃんが飯を作ってくる間に話を続けようじゃねぇか」

 

「あいつに作らせんなよ!」

 

「……まあ……いいでござるが……師匠の話でござったな」

 

 弥彦のセリフは二人の耳には入らなかったらしい。後悔するのはすぐの話。

 

「ひこ、って言ったか」 

 

「比古清十郎……これは本名ではなく継承者が名乗る隠し名のようなもので、初代は戦国時代に生まれ、現在は十三代目でござる」 

 

 瞳を閉じ、瞼の裏に思い返す師匠。その背中を見つめる剣心は……思わず眉間にしわを寄せた。

 

「剣腕は拙者の知る中で文句なく最強。世を知った幕末の頃も師匠と比肩しうる強者には出会う事はなかった……それだけに、左之の師匠が五分を張ったと聞いて驚いたでござる……まあ、あの御仁ならと納得もした。確かにあの鬼に抗するならば師匠しかおらず、師匠と対峙するならあの鬼のごとき御仁しかおらん。悔しくもあるが、納得のいく話でござる」

 

 弥彦は釈然としない気持ちだった。

 

 彼の知る中で最強の剣士、伝説の維新志士人斬り抜刀斎が敵わないと認めている。それが師匠である比古清十郎ならともかく、無名の鬼のような男……それも、素手が流儀などと言われると自分の中の憧れが無碍にされているような気持になるのだ。

 

 左之助はまだいい。目の前で激闘を繰り広げたし、本当ならば敵わなかったと左之助当人が認めている。だが、どうにも人間的に褒められるわけではなさそうな傍若無人で暴力的な男が強いと褒められているのが奇妙に腹立たしい。

 

「一体どんな奴だったんだよ、その鬼って」

 

「拙者も詳しくは知らんでござるよ。あの喧嘩の折にも口にしたが、幕府方でも維新志士側でもなく正体不明であった。当時は散々に引っかき回された苦い思い出しかないでござるよ。正直、随分と傍若無人な印象しか残っておらんし、左之の師匠であると言うのはいまだに信じがたい」

 

 思い起こして甦るのは、圧倒的な暴力。

 

「……まさしく鬼のような筋骨隆々たる体躯、髪は鮮やかな程に赤く、顔は常に牙を剥いた獣のような男でござった。およそ、弟子を取るような柄には見えなかったが……」

 

 更に言えば、剣心は左之助の流儀が気になった。

 

「記憶にある限り、あの男は獣のように暴力で蹂躙する男。決して拳法家ではなかった。左之助の師匠という男、本当に拙者の知るあの鬼か……人違いをしているかもしれないと疑わしく思っているところでござるよ」

 

「人相風体の特徴はそれで合っているぜ」

 

 写真など簡単に取れるような時代ではないので、確認は難しい。相手がほとんど面識ない程度の相手では猶の事だ。

 

「そうだな……師匠の名前は範馬勇志郎。見た目は今剣心が言った通りで、鬼みてぇに強いってのは当たってる。つうか、本人からそういう事をやっていたって何度か聞いた事があるから人違いって事もねぇだろ」

 

「……範馬勇志郎」

 

 口の中で噛みしめるように名前を呟く。幕末の頃、幕府方にも維新志士にも本当の妖怪のように思われていた男にも名前があるのだと聞くと、なんとも不思議な気分になった。

 

「あの時も言ったっけか? 師匠は今国外にいるんだよ。海の向こうで戦っているって一度だけ手紙が来たっけな」

 

 どこからどう見ても手紙などというガラではなかったので驚いたのを覚えている。

 

「……国外?」

 

「新大陸……亜米利加って言ったか? なんか向こうじゃ今、ひでぇ荒れているらしくて首を突っ込んで暴れているとか何とか……二年位前にだったな」

 

「……異国にまで行って暴れているのでござるか」

 

 眉をしかめる剣心は、自分自身の場合を思い起こし不愉快さを感じずにはいられなかった。

 

「何でも向こうじゃ英吉利だのが新大陸開拓だなんて言って乗り込んだらしいが、元々住んでいるなばほ、だかあぱっち? とかいう連中を銃で脅して住処から追い出したり面白半分に狩りの獲物よろしく殺して回ったりで、随分とひでぇ有様だそうだ。あと、遠い海向こうの暗黒大陸ってとこからも人を攫っては奴隷として酷使して惨たらしく殺しているらしいぜ。航海で疲れ果てた連中を暖かく迎え入れてくれたって話なのに、思いっきり恩を仇で返してんだとよ。胸糞わりぃ話だ」

 

「なっ……!」

 

「もちろんやられっぱなしじゃいないみたいだが、それまで狩りはした事があっても戦争なんてろくに知らない……そういう連中らしくてな。数こそ少ないが銃を初めとする兵器には敵わなかったんだとよ……西部開拓だったか? そんな話らしい」

 

「……」

 

「なんだよ、そりゃ! むなっくそ悪ぃ話だぜ!」

 

 それぞれがそれぞれの顔で義憤を抱き顕わにしている。彼らにしてみると、多少話を聞いてみただけでも許すべからざる蛮行だった。

 

「なんでも、連中にとって人間は肌が白い奴だけで、残りは……俺たちなんかも“人間によく似た猿”なんだってよ」

 

「んだ、そりゃあ!」

 

 顔を真っ赤にしてそれこそ子猿のように喚き散らす弥彦に、しかし左之助の顔は冷めていた。

 

「喚くなよ、日本だって同じような事を蝦夷でやってんだ。アイヌって聞いた事ねぇか?」

 

 新たな土地を開拓するのは結構。しかし、元々住んでいる土地の住人を迫害して取り決めを無視し、自分たちの思うがままに振舞うのは開拓ではなく侵略だ。

 

「それを江戸幕府の頃にやって、今でも知った事かと開拓を進めている。向こうの地元さんは元々住んでいる土地で肩身を狭くしているって話だ。そしてそれを国民は知りもしねぇ……それこそ胸糞悪い話よ」

 

「…………」

 

 剣心も政府を作る側であった一人……苦い思いを口には出せない。

 

「性質が悪いのは知らせない官か、知らない……知ろうともしない民衆か……どっちにしても、おめぇが知らない所で声も出せずに踏みつぶされているような悪事も山ほどあるって事よ。同じような事はそれこそ比留間兄弟がこの道場にしていたらしいが、奴らがやれば豚箱行き、お上がやれば国が大きくなって目出度し目出度しってな……」

 

 三日の間に赤報隊の逸話を剣心より聞いていた弥彦は、何もわからない子供なりに左之助の背負っている重さを察して何も言えずにいた。ただ、剣心はそういう重さを何とかするために流浪人になったのだろうと彼なりに憧れた男の行いを汲んだ。

 

「で、師匠は新大陸で今、向こうの官軍と派手にやり合っているらしい。あぱっちとかなんだかの部族の間を渡り歩いちゃ、騎兵隊を相手に真っ向から喧嘩を売って潰して回っているとか何とか……」

 

「はあ?」

 

「……相変わらずめちゃくちゃ……騎兵隊の規模によるが、むしろ輪がかかっているような……」

 

 辛気臭い空気がいきなり壊されてしまい、素っ頓狂な声を上げる弥彦と呆れる剣心であった。

 

 剣心も大概素人相手に超人だなんだと思われている口だが、その彼にしても欧米の最新装備の軍勢なんぞまともに相手できるはずもない。やるとすれば暗殺以外にないだろう。それを真っ向からとは……噂話半分にしても人間離れの度が過ぎる。

 

「なんだよ、そりゃ。聞いた限りじゃ滅茶苦茶な奴だって話だけど、なんか……向こうのその……元々住んでいた連中を助けているのか?」

 

「いんや、強い方を殴っているだけだろ」

 

 ………幕末で件の男を直接見ている剣心はすごく納得がいった。

 

「言われてみれば、あの御仁……傍若無人の権化のようであったがそこらの女子供には手を出さなかったような……しかし向かってきた相手は徹底的に殺していたでござるな」

 

「弱い奴には興味なし。ひたすらに強い奴と戦いたいっていうのが師匠の本音だろうからな。“戦場は俺の遊び場にすぎん”ってのはいつ聞いたんだったか……」

 

 その戦場で四苦八苦していた剣心は何を言えばいいのか分からず、沈黙しかできなかった。やはり妖怪ではないだろうかという考えを、頭を振って追い出す。 

 

「でもまあ、おかげで上手く向こうの連中とはやっているみたいだぜ? 思えば、俺が弟子としてくっついていた間もそんな感じだったな。基本、強い悪党をぶちのめして回っていたから、そいつらにひどい目にあわされていた弱い奴らからは随分と好かれてんだ」

 

「…………とても、複雑な気分でござる」

 

 似たような事をやって維新後の十年を過ごしていた男は内心を吐露するとがっくりとうなだれた。内心ではあまり好いていない……というよりも災害のようで嫌っていた男が自分と同じことをしている……自分は野蛮人であっただろうかと悲しくなる。しかも向こうは世界規模となると、負けた気さえしてくるのだった。

 

「日本にいた頃は全国あちこちに顔を出しては、それぞれの藩で隠されていた秘伝の武術を倒したり技を盗んだり道場やぶりをしたりしていたみたいだけどな。剣心の師匠とやりあったのも、大体そんな時だろ」

 

「むう……どこの藩でもそれぞれ戦国の頃から隠し続けてきた武術がある、という話は真しやかにささやかれているでござるが……それを集めていたでござるか」

 

「そんなモンがあるのか……」

 

 その辺りは剣を習い始めた弥彦にも興味深い話だった。隠された秘伝の武術……なるほど、武芸に生きる者なら確かに燃える話だ。

 

「そのせいであっちこっちから恨みを買っているみたいだけどな。まあ無理もねぇか! だっはっは!」

 

「笑い事じゃないでござるよ……」

 

 剣心はあんな鬼のような男に喧嘩を売られて秘伝を奪われた全国の猛者たちに同情した。同時に、それができた異常な力量とそこまでやる貪欲さに警戒心を抱かざるを得なかった。

 

「俺がこないだの喧嘩で使ったのもその一端……あれは主に琉球の“手”なんて呼ばれている技よ。他にも清国の拳法なんかも習ったな……もちろん、お国の技もきっちり教わっているぜ」

 

「………日の本の秘伝を身に着けているだけでも驚きであるのに、琉球ならまだしも、清国……呆れたものでござる。どうやったらそんな事が出来たでござるか」

 

「さあな? まあ、師匠もあれこれいろんな技は身に着けて、それを自分の一番いい形に噛み砕いているんだが……その上で、力で喧嘩するのが好きなのよ。剣心が俺と師匠の喧嘩の仕方が違うってのは、まあその通り。俺だってあれこれ考えずに馬鹿みてぇに殴り合うのが好きだし、師匠はその気になれば恐ろしく技巧を凝らす事もできる……あんまり技使った所を見た事ないけどな」

 

「馬鹿みたいつうか、まんま馬鹿にしか見えねぇけどな」

 

「やかましい!」

 

「これこれ……しかし、使うまでもなかった、という事でござるか」 

 

「単に好き嫌いの問題じゃねぇか? 前に技自慢を相手にこれ見よがしに高度な柔を使ったのを見た事があるな」

 

 当時の事を思い返し、仲間も犠牲になっていた為に強く忸怩たる思いを抱いた剣心であったが、左之助はそうではないと返した。しかし、好き嫌いと言われるのはあまり救いにならない。

 

「どうやってそんな滅茶苦茶な奴の弟子になったんだよ。つうか、よくなろうって気になったな」

 

 弥彦にしてみれば、強さはわかっても憧れるような男には思えない。いったいどうすれば話に聞くだけでも傍若無人な男の弟子となり、その技を教われるのか? 

 

「……師匠と出会ったのは赤報隊処刑の折よ」

 

「!」

 

 喧嘩屋の声が一段低くなる。剣心と弥彦の顔に真剣みがググっと増した。

 

「赤報隊の処刑は、ひでぇものだった。隊長たちは縛り上げられて三日三晩晒し者……見張りがいて、俺は近づく事も出来なかった。そんな相楽隊長はよってたかって民衆に罵られて笑われて……そして首を刎ねられた。さらし首まで嘲笑われたあの日の事は、きっと一生忘れられねぇ……」

 

「………」

 

 だが、そんな中でも救いはあった。

 

「師匠と出会ったのはその中だ。あの人は弱い物いじめは大っ嫌いでな。有利不利があるなら必ず不利な側につくのがいつものお決まりよ。縛り上げられ、獣のように繋がれた隊長たちが無責任な民衆に罵られ、石まで投げられている様が気に喰わないと処刑上に乱入。一喝して糞たれな連中を追っ払うと、隊長たちを小突き回していた兵士たちをぶちのめしてくれた……」

 

 衆愚というのは常に醜い。何より醜いのは、それを自覚していない事だった。その弱さ醜さを、その鬼は特に嫌ったのだろう。

 

「その後、隊長たちを助けてくれるのかとも思ったが……何か言葉を交わした後、あの人は唯一その場に残っていた俺の傍に来て……刑は執行された。隊長は、助けを拒否したんだ」

 

「なっ……」 

 

「隊長が何故そこで刑を受け入れたのかはわからねぇが……そもそも偽官軍と断じられて出頭を命じられた時にあの人は明治政府に逆らうわけにはいかないと応じた。それを最後まで貫き通したのか、それとも……他の理由が何かあったのか……それはわからねぇ。ただその後、隊長たちの首が晒されて師匠は刑の邪魔をした廉でお縄になる所だったが……全員叩きのめした上に近くの蕎麦屋で悠々ともり蕎麦食っていったな」

 

 その後、左之助は赤報隊の末路を見届けた後にどうにか件の鬼を見つけ出し、弟子入りを乞うたと言う。

 

「力が欲しかった。あの時、隊長を……赤報隊を守るだけの力がなかった事を何より悔いた俺にとって、あの人の持つ力は天啓だった」

 

「…………」

 

「尤も、師匠もああいう性格だしそもそも自分の目標があった。国外に出る準備が整うまでの一年強ってところか、暇つぶしみてぇに技を教わり、鍛え方を教わり、港で旅立つ師匠を見送ってからは喧嘩屋になって今に至る……ってところだな」

 

「……範馬殿はそもそも何をしに国を出たのでござる?」

 

「喧嘩しに行ったんじゃねぇの?」

 

 結論を出したのは左之助ではなく弥彦である。そんなわけがあるかと言いたいところだったが、なんだか間違えていないような気もする剣心だった。

 

「日本は一応平和になったし、めぼしい奴は大体倒した。これ以上居ても面白い事はなさそうなんで、世界を回って最強を獲ってくるって言ってたぞ」

 

「やっぱり喧嘩しに行ったんじゃねぇか!」

 

 打てば響くように叫びつつも、最強、という言葉にはどうにも惹かれる弥彦だった。

 

「つうか、めぼしいところは倒したって言っても剣心とは勝負してねぇんだろ! それに剣心の師匠とは決着つかずって言っていたじゃねぇか!」

 

「まあ、剣心については当人に聞くとして……師匠については横やりが入って台無しになったって聞くしな……それに、剣心の師匠ってんなら一辺勝負が流れちまえば二度目をやろうとは思わねぇんだろ……見ている物が違うからな」

 

「どういう意味だよ」

 

 どこか剣心とその師匠が馬鹿にされているように思った弥彦が膨れた顔から真剣な顔に変わったが、それに応えたのは左之助ではなく剣心その人だった。

 

「……飛天御剣流の理は苦難に喘ぐ人々を守る剣である事。戦いを愉しむという行為はおいそれと認められないのでござるよ。それは、殺人を愉しむ事にも通じる故に……」

 

「師匠も似たような事を言っていたし、俺もそれは感じた。剣心も、それに話に聞いた師匠も、飛天御剣流の剣客は皆、そういうもんなんだろう。勝負を愉しめない飛天御剣流は俺や師匠みたいなのとは種類が違うってこった」

 

 弥彦はどちらがいいのかと考え込んだ。

 

 戦いを愉しむ、と言えば悪い事のように思える。だが、強さに憧れる気持ちは彼の中にはっきりとある……それは悪い事なのか。

 

「戦い、強さが目的であるのか手段であるのか。まあ、その辺は人それぞれだし何が正しいか間違っているかとかは言うのは野暮だろ」

 

「剣心に、無理やり喧嘩売った奴が言っていいセリフじゃねぇな」 

 

 全くであった。

 

「だからもう売らねぇよ。大体、負けは認めただろうが」

 

 舌打ちをする左之助は、いろいろな形で苦虫を噛みしめる。自分の勝手で始まった喧嘩である自覚はしているのだ。

 

「みんなー! ご飯できたわよー!」

 

「お!」

 

 薫が景気良い声をかけてきた。なるほど、いつの間にか魚の焼ける匂いが周囲に漂っている。結構話し込んでいたんだなと思いながら左之助は一番に腰を上げた。

 

「おう、どうした? 怪我人の剣心も育ち盛りの弥彦も滋養は大事だろうが、なんか妙に神妙な顔をしてねぇか?」

 

「はは、そんな事はないでござるよ」

 

「あいつ、なかなか帰ってこないと思ってたらホントに飯を作ってたのかよ……せっかくの豪勢な飯が台無しじゃねぇか……」

 

 憎まれ口でも減らず口でもなく、なんだか心から悲しそうな顔をしている弥彦に左之助は嫌な予感がせずにはいられなかった。

 

「……あの嬢ちゃん、もしかして料理駄目なのか?」

 

「……喰えばわかるぜ。捨てるのはもったいねぇし、我慢して食うべ……」

 

「……あぶく銭とはいえ奮発したんだがよ……我慢しなきゃ食えねぇのか……」

 

 勿体無い精神に溢れた二人を、剣心は笑って見送った。

 

「お前も来いよ!」

 

「いや、拙者はこの間の一発でなかなか物を食べるにも難儀で……」

 

「怪我は飯で治すんだよ! バリバリ食ってればその内治るわ!」

 

 だいぶん腫れは引いたが、まだ収まりの悪い顎と傷の治らない口内を理由に避けようとしている剣心だったが、その悪あがきを左之助は一蹴し、襟首ひっつかんで剣心を茶の間にまで連れて行くのだった。

 

 

 

 

「……まじぃ飯」

 

 ぴき、と空気が固まる音を剣心は聞いた。

 

「駄目だぜ、嬢ちゃん……ちっとは料理の修行もしとかねぇと。なんなら、俺が教えてやろうか?」

 

 薫のこめかみに青筋がたったように思える剣心だった。なまじ、左之助にからかう雰囲気は存在せず至って真面目に言っているようだったので剣心も口をはさみづらく、薫もいたたまれなさと腹立たしさに拍車がかかる。

 

「剣心、おめぇも毎日これじゃあ辛ぇだろ。それに、仮にも一道場を預かってんだ。自分で食う分だけじゃなくて人に食わせる分、やっぱり飯炊きはきちんとできねぇとな。下にも教えらんねぇだろ、弥彦しかいねぇけど」

 

「なんだよ、俺も飯炊き覚えろってか? つうか、お前が飯炊きってガラかよ」

 

「他所がどうだか知らねぇけど、俺は赤報隊にいた頃は飯炊きとかの雑用は俺ら準隊士の仕事だったしな。範馬の師匠に弟子入りした時も飯の用意は俺の仕事で、戦うモンには戦うモンの為の飯があると教わったよ」

 

 それを聞いて、困った顔をしていた剣心も思いっきり大口を開けて驚いた。

 

「あ、あの鬼が料理!? 本当でござるか……」

 

 なんとなく、猪や牛を丸焼きにして食っている印象があった剣心は露骨に驚いた。弥彦も彼なりの印象を抱いていたようで意外さを感じているようだった。

 

「話に聞いた限りじゃ、なんつうか……飯屋でさんざか食って勘定踏み倒していそうな感じだけどな」

 

「ツケにはしても踏み倒した覚えはねぇぞ。まあ、なんつうか……別にそっちは手取り足取り教わったわけじゃねぇが、あの人は意外と飯にはこだわりがあるんだよ。強くなるにはまず身体作りから、身体を作るには何よりも飯だってな」

 

「……ううむ」

 

 自分の作っていた人物像と実物との乖離にどうにもついていけない剣心は唸るが、そこでこれまでの会話全てが面白くない薫が割って入った。

 

「ちょっと、さっきから男三人だけでいったい何を話してんのよ! って言うか、料理が下手で悪かったわねぇ!」

 

「おろ!?」

 

 せっかく作った料理にケチを付けられるわ、自分だけわからない話題で盛り上がっているわでいい加減に彼女の忍耐も底を尽きたらしい。尤も、左之助にしてみればせっかく仕入れた食材が無残な有様なのでお互い様だった。

 

「ま、まあ拙者と左之の師匠の事で先程盛り上がって……」

 

「そういう大事な話で私だけのけ者にしないでよ!」

 

「だい、大事でござるかぁ……?」

 

 小娘に襟首つかまれて前後左右に振り回されている姿は、とても名のある剣客には見えなかった。

 

「……俺の首相撲よりも効きそうだな」

 

「もう既に目が回ってるぜ、剣心の奴……」

 

 情けないと言ってしまえばそれまでの風体に、さすがの二人も何を言えばいいのか見当もつかず、目の前の(まずい)飯に再び箸を伸ばすしかない。

 

「これが痴話喧嘩って奴なんだな」

 

「この喧嘩だけは俺も関わりたくねぇわ……」

 

「おぉろぉ~~」

 

 二人は肴にもならない姦しい有様を横目で見ながら、巻き込まれないように少々卓をずらすという姑息な真似を妙に息の合った呼吸で行ったのだった。

 

 

 

 ちなみにその後。

 

「……結構いけるな」

 

「だろ? 何しろ、まずい飯作ったら殺されるとガキん時は本気で思っていたからよ。上手くなる他ねぇって」

 

 まず、夕餉は左之助が腕を振るい。

 

「……剣心の方が料理上手いのは知っていたけどね……」

 

「ま、まあ薫殿の飯も食べれば食べるほどに味を増す、いい料理でござるよ」

 

「さっき左之助が、それじゃあクサヤみたいだって言っていたわ……」

 

 朝餉は剣心が包丁を握ったおかげで、神谷薫は年頃の乙女として大いに屈辱と敗北感を噛みしめつつも美味も噛みしめたのであった。

 

 どっと払い。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでよ、左之助」

 

「あん?」

 

「お前の師匠と剣心の師匠、勝負の決着がつかなかったって聞いたけど……なんでだ?」

 

「ああ……なんでも果し合いの最中に変なガキが奇声を上げながら滝壺に落ちていったのを、剣心の師匠が勝負を捨てて助けに行ったとか何とか…剣心は何かそれらしい話を聞いてないか?」

 

「……いや、拙者も何の事やら?」

 

 

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