るろうに範馬   作:北国から

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 るろうに剣心を中心に、範馬の影響を受けた左之助の行動が変化して、結果としてストーリーの方向が変化する……という構想で書いております。

 ただまあ、戦闘シーンメインで行くのであちこち端折っていきますが。

 阿片騒動のあたりで少々の変化、志々雄編で大きな変化が生じるつもりですが……ううむ、その間の月岡津南による内務省襲撃事件、どうしよう。

 まあ、おいおい考えていきます。
 

 これを投稿したら、さっそく紫式部のFGOガチャを引くのさ。頼む、なんとしても来てくれい!

 ……ネット見たらあれこれ書いてあるけど、RAITAのデザイン嫌いじゃないし、大人の黒髪美女はとっても大好きだから、ぜひとも! ぜひともぉ! おいでくださいませぇ!


帰国予告……いざ、試練の時

 相楽左之助の朝は、これで意外と早い。

 

 早朝、春夏秋冬問わずに日の出と共に目を覚ますとそこから町内一周を走り出すのだ。

 

 文明開化の明治と言えども、そんな真似をする男はなかなかおらず……特に幼い時分はともかく体が大きく育ってからはあれこれ重りを付けてもいるので、実は本人が知らない所で結構目立っている。

 

 その後、あれこれと石ないしは岩やどでかい斬馬刀などを駆使して身体を鍛えているところも含めて、彼が住み着いている長屋では朝のお決まりとなっているのだ。

 

「よう、左之さん。今日も精が出るねぇ」

 

 そんな彼に声をかけてきたのは長屋の顔見知りである。左之助はまだまだ若いながらも特に目立つ男で、結構顔が広い。若い衆にはよき兄貴分として慕われていたりもするのだ。

 

「おう、どうした。いつもはお天道様が上ってからようやく起きだすおめぇさんがこんな朝早くによ」

 

「はは、最近仕事を変えたんですがね。今は手紙の配達なんかをやっているもんで……っと、そうそう。左之さんに昨日手紙が届いていたんすよ。留守にしてたんで預かっていたんす」

 

「俺に手紙? どこの誰でぇ」

 

 左之助は心当たりがないようで、訝しがりながらも素直に手を出した。見たところ特におかしなところはないが、表面に大きく左之助のあて名が書かれているが差出人の名前はどこにも書かれていない。

 

「そんじゃ、確かに渡しましたよ」

 

「おう、手間ぁかけたな」

 

 次があるのか、配達人の男はさっさと行ってしまった。彼の忙しない様子に喧嘩屋家業は気楽なものだと思いながら、手紙を開く。人間違いではないようだし、どうせ中身を見れば差出人もすぐにわかるだろう。

 

「!」

 

 飄々としていた顔がこわばり、脂汗がにじみ出るのは手紙を開封してすぐだった。

 

 日ごろの左之助を知っている長屋の面々が見れば驚くだろう、表情は露骨に引き攣り、彼の有様はまさしく蛇に睨まれた蛙さながらである。

 

「…………やべぇ」

 

 一言だけ、誰にともなくつぶやいた左之助は手紙を懐にしまい込むと、即座にその場を後にした。

 

 らしからぬうろたえっぷりを見せる喧嘩屋の脳裏には、左の頬に大きな十字傷をこしらえた赤毛の剣客の事が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「剣心ー! いるかー!」

 

「おろ?」

 

 すっかり馴染みの一つになってしまった神谷道場に左之助が汗をかきながら慌ただしく飛び込んできたのは、それからすぐの事である。

 

「どうしたでござるか、左之。やけに慌てているようでござるが……」

 

「剣心! おめぇ、この間の黒笠につけられた傷、癒えたか!?」

 

 質問を無視して質問で返す、妙に殺気立った様子の左之助に剣心は何事かと訝しがった。

 

 この相楽左之助という男、剣心から見て感情豊かではあるが慌て者でもない。それが随分なうろたえぶりを見せているのには正直に言って、驚いた。

 

「問題ない。左之の方こそ、貫かれた腕の傷は癒えたでござるか?」

 

「ああ、ごらんの通りだ! なら、問題ないんだな!?」

 

「今しがた、言った通りでござる。して、その慌てぶり……何事でござるか」

 さては何ぞの一大事、と身構える剣心に、左之助は懐から先程受け取ったばかりの手紙を取り出した。

 

「……今しがた、俺に届いた手紙だ」

 

「……拝見しても?」

 

 律義な断りに無言でうなずいた左之助。神妙な様子に一体この中身には何がしたためられているのかと恐々としつつ開封して……きっちり十を数えた後に彼も凍り付いた。

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 大の男二人、ようよう上り始めたお天道様に照らされながら、紙切れ一枚を見下ろして石のように固まっていた。

 

「あ? どうしたんだよ、二人とも。門の前で金縛りにあったみてぇに固まっちまって。なんかすげぇ変な顔してんな」

 

 そんな二人を見つけたのは、朝稽古の後なのか滝のように汗を流している弥彦。少年剣士は爽やかに汗を拭きながら、さわやかさの欠片もない様子の二人に近づいていく。

 

「弥彦ー! 汗を流したら雑巾がけ忘れないでー! って、二人ともどうしたの?」

 

 続いて現れたのは稽古着の薫。彼女も一目見て様子のおかしいのがわかる程に奇妙な男二人に面食らっていた。

 

「……さ、左之。よかったでござるな、久しぶりの再会でござろう?」

 

「……それで済めば俺はこんなに慌てていねぇんだよ」

 

 師弟の言葉を聞いた風もなく引き攣った笑みを浮かべる剣心に業を煮やした弥彦が、無作法に剣心の手の中で開かれっぱなしになっている手紙を覗き込んだ。

 

「なんだよ、これ。手紙?」

 

「こら弥彦! 人の手紙を覗いたりしない!」

 

 弟子の無作法を咎める薫だが、彼女も興味津々な内心は隠せていない。

 

「……あ~~…近々帰国する。一言だけかよ! これ……名前はなんて読むんだ?」

 

「……範馬勇志郎、でござるよ」

 

 剣心がひび割れた声で答えるのを聞いた薫が、若干の間をおいて記憶の中から聞き覚えの少ない名前の持ち主を引っ張り出す。

 

「範馬……って、左之助の師匠の名前じゃない!」

 

「……おうよ」

 

 師弟の再開が約束された割には、いまいち精彩に欠ける返答だった。

 

「その……幕末の頃にはいろいろ苦い記憶があるらしい剣心はともかくとして、どうして左之助がそんな顔をしているの? 師匠なんでしょ?」

 

「…………師匠は師匠だが、そんな嬢ちゃんと弥彦みてぇな甘い関係じゃねぇんだよ」

 

 世間一般から見て、滅茶苦茶で理解不能な師匠なんじゃないかと思う左之助だった。

 

「俺は弟子入りする際に、師匠との間に一つの約束をした……たぶんだが、その約束は今回の帰国で履行されると考えた方がいい……と思う」

 

「もったいぶんなよ、一体何を約束したってんだ」

 

 身にまとう空気が沈痛を通り越して悲痛にさえなってきた左之助に剣心も薫も声をかけるのに抵抗を感じざるを得なかった。その辺りをものともせずに核心をついてしまう弥彦の強さを、大人二人はいっそうらやましく思いさえする。

 

「……将来、必ず師匠に挑む事……もちろん、本気でな」

 

「お……おお、これが噂に聞く師匠越えって奴か」

 

 まあ、その通りではあるのだが……剣心は正に俎板の鯉を見るような目で左之助を見てしまう自分を止められなかった。

 

「左之……今のうちに遺書を……いや、逃げた方がいいでござるよ」

 

「遺書って言わなかったか、おい!」

 

「すまぬ、ついつい正直なところが……時に、どうしてそんな約束を?」

 

「ごまかしてんじゃねぇ! 死んでたまっか、くそ!」

 

「まあまあ……いくらなんでもそんな死ぬの殺すのって、師匠に腕を見てもらうのなんて普通でしょ? どうしてそんな悲惨な話になるのよ」

 

 あまりな物言いと稚拙な話のそらし方に思わず地団太を踏んで子供じみたところを見せてしまったが、薫にも嘴を挟まれて大人しくせざるを得ない。

 

「弟子入りの条件だったんだからしょうがねぇだろ! あの人はそういう人なんだよ!」

 

「どういう人よ?」

 

 左之助の危機感は薫にはいまいち伝わっていないようだった。当人を知らないのだから無理もない、と左之助はいっそ羨ましがるような心境で口にした。

 

「いいか、嬢ちゃん。これは嬢ちゃんが考えているような気楽な腕試しなんかじゃねぇ、文字通りの命がけ。失望させりゃ、弱けりゃそのまま首根っこを引っこ抜かれちまうんだよ」

 

「どんな師弟関係よ!?」

 

 いい加減な事を言うなと顔を赤くして怒る薫だが、左之助は冗談を言ったつもりは毛頭ない。

 

「左之……それはいわゆる、あれでござるか? こう……命を賭けた認可、免許皆伝のような……」

 

「違う。ただ単純に、師匠の楽しみってところだ」

 

 何とか理解を示そうとする剣心だが、左之助の言葉にますます理解ができなくなる。

 

「自分が多少なりとも手ほどきをした俺が弱いのは許せねぇし、あの人が喧嘩を愉しみてぇんだよ。師匠が俺に手ほどきをすると決めたのは暇つぶしと、育てて将来の退屈しのぎにしようってハラだったそうだからな……失望させればどんな目にあわされるやら…殺されるのは確定だがな」

 

 洒落にならない物騒なセリフが一から十まで丸々本気であるとわかったのは、件の師匠を知っている剣心一人である。

 

 それにしても、暇つぶしに退屈しのぎとはなんともひどい話である。それを左之助に率直に言ったとなると酷さに輪がかかる。

 

「随分と酷い話であるが……それはそれで納得がいくと言えば……言えるか……」

 

「って、師匠としてあり得ないでしょう!? あんた、それでいい訳!?」

 

「まあ活人剣を志す薫殿にしてみれば正に対極の考えでござるからなぁ……」

 

 剣をもって人を活かす。それは即ち教育である。対してまだ見ぬ師匠とやらは、あくまで薫から見てだが弟子の教育に不真面目すぎる上に、自分を愉しませなければ殺してしまうとまで言われる滅茶苦茶な輩らしい。

 

 父が考え、自分も受け継いだ考えに背を向けて全力疾走しているようなまだ見ぬ左之助の師匠の行いに、薫は憤りを感じずにはいられなかった。

 

「いいも悪いもねぇよ。最初にそう言われても弟子入りしたんだ。そして強くなれた。だったら今度は俺が筋を通さねぇと駄目だろうが」

 

 左之助は活人だのなんだのには興味がない。自分が強くなれればそれでいいので、正直なところ薫の憤りなど知った事ではない。と言うよりも、関わっている暇などない。

 

「つう訳だからよ、剣心。いっちょ頼みがある」

 

「助っ人でも頼むのか?」

 

 弥彦が口をはさむ隙があったのは、同様の答えに行きついた剣心の返答に間があったからである。そこにちょっと本音が垣間見える。

 

「あの御仁は拙者にも少々ならず荷が重いが……お主の命が掛かっているとなれば、さすがに見過ごせぬでござるな」

 

「いや、そうじゃねぇ。それはそれで師匠が喜びそうだが巻き込むつもりはねぇし、喧嘩はやっぱり一対一が基本だろ」

 

 むしろ、そんな真似をすれば血相を変えている薫に殺されそうである。

 

「では、何を?」

 

「なんかほっとしてねぇか? まあいいや。他でもねぇが、鍛錬に付き合ってくれ」

 

「鍛錬?」

 

「おうよ。俺も決して遊んでいたつもりはねぇが、師匠がやってくるとなるとまだまだやるべき事は腐るほどある。つうか、何をどんだけやっても足りるって事はねぇからな。となると、鍛え直すにはおめぇの手を借りるのが一番いい」

 

「……なるほど。承知したでござるよ」

 

「えー!」

 

 頓狂な声を上げたのは他ならない神谷薫師範代殿である。

 

「なんだよ。おかしな声上げて」

 

「だって、剣心は私の時には全然相手してくんなかったのに!」

 

「ま、まあ飛天御剣流は殺人剣ゆえ、活人剣と交わるのはどうかと思ったのでござる」

 

「だったら左之助は何で!?」

 

 人目もはばからず剣心に噛みつく薫の前を遮ったのは、もちろんこれで話が流れたりするのは困る左之助であった。

 

「いいじゃねぇか、どうせ剣心は働いていねぇんだから暇人だろ!」

 

「お、おろ?」

 

「暇じゃないわよ! 買い物に洗濯に掃除にご飯の支度に、してもらう事なんていくらでもあるんだから!」

 

「お、おろろ?」

 

「母ちゃんかよ! こいつは幕末最強の人斬りだった男だぞ!?」

 

「今は居候の流浪人だからいいの!」

 

「……」

 

 頬傷のあたりに感じる弥彦の視線が大概に辛くなってきた剣心だった。

 

 

 

 

 

 それからどうした。

 

「剣心! 剣心ー!? ねぇ、どこー?」

 

 薫はお気に入りの着物姿で家じゅうを歩き回り、居候の剣客を探し回っていた。

 

 一体どんな用があるのか知らないが、彼に貸している部屋は元より彼がよくいる井戸端や厠まで探し回る始末。おまけになんとも真剣な顔をして、まるで一大事の不安を抱え込んでいるように見えた。

 

「変だな……どうしたんだろ。どこにもいない……どこに行ったんだろ……」

 

 顔色がどんどん悪くなってくる。いったい何を想像しているのか、神妙な顔は徐々に青くなってきている。

 

「剣心ならさっき左之助に連れられて出かけていったぜ」

 

「え?」

 

 竹刀を担いで通りがかった弥彦がさらりとかけた声に、彼女はホッとする……訳でもなく疑わしげな顔をした。

 

「本当?」

 

「嘘を言ってどうするよ!」

 

 信用してねーな、と憤る弥彦を眼中に入れず、薫はようようほっとした顔を見せた。

 

「なんだ……てっきり今度こそ本当に流浪の旅に出たのかと思ったわ。よかったぁ」

 

 そんな師匠に向かって、弟子は白い眼で寒々とした視線を刺した。

 

「前から思っていたけどよぉ、お前ちょっと心配症が過ぎねぇか? そんなんならいっそ剣心に首輪でも付けとけよ」

 

 ため息交じりの揶揄であるが、薫は怒るどころか顔を赤くして頬に手を当てて照れている。控えめに言ってもどうかしているだろう。

 

「いやん」

 

「何を想像してんだ!? “いやん”じゃねーよ! 真面目に考えんな!」

 

 こんなのに剣を習って大丈夫だろうか、と密かに弟子が悩んだとかそうでもないとか。

 

「で、で? 剣心達はどこに行ったの」 

 

 苦悩するような弥彦の表情に自分の醜態をやっと自覚した薫が気まずさを誤魔化しつつ(もちろん誤魔化せてなどいない)少しは落ち着いての質問に、弥彦は誤魔化せてねぇぞと呆れた顔で鼻息一つ吹いた。

 

「集英屋とかいう料亭。今日、そこで賭場が開かれるんだとさ」

 

 薫の目が点になり、もう一度落ち着きを失って金切り声を上げた。

 

「と、賭場ぁーっ!?」

 

 木立から小鳥が泡を喰って飛んでいくほどの大声だったとか。

 

 

 

 

 神谷道場の師範代が淑女としての自分を打ち捨ててしまった大声をいつものように上げている頃、彼女の関心の的は弥彦の言う通り、料亭を借りて開かれた賭場で何とも言えない表情をしていた。 

 

「どっちでぇ」

 

 そんな彼の肩をつつきこそこそと声をかける悪一文字はいたって平然とした、むしろ普通に楽し気な顔つきだ。

 

「……五―六の半」

 

 肩をつつかれ、目を閉じたまま答える剣心の顔には呆れや疲れが垣間見える。賭場に連れ込まれたことに納得できていないのがありありとわかる。

 

「それでは勝負! 五―六の半!」

 

「おっしゃあ! さすがは飛天御剣流。剣の読みが博打にも通じるとは、ありがたいねぇ」

 

 謎の理屈で見事に勝ちを手にした左之助が大喜びで正体不明の技術を使い勝たせた剣心の肩を叩くが、音がする程に叩かれた恨みでもあるまいが十字傷の剣客は冷めた目で喧嘩屋を見ている。

 

「左之……賭博はご法度でござるよ。ここの処は修業に励んで、たまには息抜きをしたいと言うから来てみれば……もう少しなかったのでござるか?」

 

「何言ってんだよ、お前の刀だってご法度だろ。廃刀令違反」

 

「……そーでござるな」 

 

 そこを言われてしまうと弱い剣心は、何も言えず黙りこんだ。そんな剣客と無理やり肩を組んで、喧嘩屋はいたってあっけらかんとむしろ忠告するような態度で言葉を重ねる。

 

「ったく、おめぇはいちいちかたっ苦しくていけねぇよ。今回はあくまでも仲間内のお遊び、生業賭博じゃねぇんだ。こいつらは皆俺のダチよ。こういう時くらいは気晴らししねぇと人生楽しくねぇだろうが!」

 

「……」

 

「ここらでおめぇもパァッとやって! シケた気分もしんき臭い顔は今日でお終いにしな!」

 

 そう言われて、剣心は思わず真顔になると左之助の横顔をまじまじと見つめた。

 

「……薫殿に聞いたでござるか? 刃衛の最期を……」

 

「さぁな」

 

 鼻歌交じりの左之助が、もう一度肩を組んで剣心に次の予測を促す。再度の予想も見事に当てて歓声を上げる左之助にため息をつきながらも顔は多少のゆるみを加えていた。

 

 たまの楽しみに彼らの元へ新たな騒動が転がり込んでくるのは、日ごろの行いか運が悪いのか。

 

「ところでよぉ、今日は飴売りの宵太はどうしてぇ。あの博打好きが顔も出さねえとは」

 

 勝ちに勝ちまくり有頂天の左之助がご機嫌のまま札を弄びつつ何の気なしに口にした名前が……場の空気を一変させた。

 

「左之さん、知らないんですか」

 

「あん」

 

「宵太は今月の初めに死んだんですよ」

 

 左之助の呆気にとられた表情は即座に真っ青に変わった。

 

「あんだとぉ!? 死んだって事故か!? 病気か!?」

 

 左之助の心当たりはいたって真っ当だったが、現実はその斜め上を行った。

 

「阿片です。あいつ、誤って一気に大量の阿片を吸ったとかで……」

 

 左之助は愕然とした。

 

 ここのところ鍛錬に精を出したり様々な事件を起こしたり首を突っ込んだりとしていた間に友人は人生を踏み外し、そのまま転落してしまった。左之助は葬式にさえ出なかったのだ。

 

「……馬鹿野郎が……阿片なんぞに手を出しやがって……」

 

 左之助は腹の底でぐるぐるとかき回されているやり場のない感情に拳を震わせた。

 

 阿片などに手を出した挙句に死んだなど、自業自得とも言える愚挙だ。だが、友人として死は悲しく売人も許しがたい。できる事なら、好んで阿片に手を出したとは思いたくない。

 

「妙でござるな……阿片はかなり高価であるはず。死んでしまうほどの量をおいそれと買う事など出来るとは思えないが……」

 

 死者とは何ら面識さえないからこそ剣心は冷静でいるが、このような話を放置するわけもなく刀を抱きながら眼を鋭くしている。

 

 彼らそれぞれの空気に押され、それまで盛り上がっていた空気があっという間に冷えてしまい乾いた沈黙が場を支配する。その場の一同はいたたまれなさを感じて気まずげに顔を見合わせるが、幸いというべきかどうか、この空気はあっという間に壊される運命にあったようだ。

 

 彼らのいる料亭の一室を目がけているのかいないのか、バタバタと騒々しい足音が一直線に近づいてくるのに室内の一同はむしろホッとした顔で迎える。

 

 襖をぶつけるように勢いよく開いて賭場に顔を出したのは、汗をかき息荒くした若い女だった。

 

 黒髪を真っ直ぐ伸ばして切れ長の目が美しい女だが、場の誰も心当たりがない顔らしくそれぞれ近くの者と顏を見合わせている。

 

「誰でぇ、あんた」

 

「おろ?」

 

 声をかけたのは左之助だったが、彼女は続いて声を上げた剣心……正確には、彼が抱える刀を見て目を光らせた。

 

「助けてください!」

 

 悲痛な声を上げて、なんといきなり剣心の首に音をたてるほど勢いよくしがみついた。

 

「おろ!?」

 

 さすがの剣心も若い女がいきなりしがみついてくるとは思っておらず、目を白黒させる。何を言おうにも口を挟むよりも先に彼女は焦りに怯えを重ねてまくしたてた。

 

「悪い輩に追われているんです! お願い、助けてください!」

 

「はあ……そう言われても」

 

 お人好しでもって鳴る……というよりもあえてそのようにあろうとしている剣心だがさすがに状況が分からず、おいそれとはうなずけずに困った。

 

 そんな悠長な躊躇いなど許さんとばかりに続いて先程の三倍は騒々しい足音が一同の耳に不快な振動を伝える。

 

「恵、てめぇこら!」

 

「もう逃げられねぇぞ!」

 

 続いて入ってきた……というよりも襖を破って押し入ってきたのはいかにもやくざ風の男二人だった。手にはそれぞれドスを持ち、荒事上等でございと主張している。

 

「次から次へと……何なんでぇ、てめぇら」

 

 もちろん、仮にも喧嘩屋相楽左之助がちんけな光り物を持っている程度のヤクザに腰が引けるはずもない。むしろ友人の訃報に気がたち眼光鋭くにらみつける左之助の方が、そこらのチンピラ風情よりもよほど恐ろしいご面相だ。

 

「うるせぇ、引っ込んでろ! さっさとその女を渡せ! さもねぇと……」

 

 触れるな危険、と顔に書いてある男に噛みつくには、やくざの片割れは弱すぎた。

 

「ぶべ!」

 

 問答無用で繰り出された拳が熊髭に隠された顎を跳ね上げ、一撃であっさりと昏倒する。それを見ていたもう一人は汚くも唾を噴き出して硬直する。

 

「俺は今イライラしているんだ。口の利き方には気を付けな」

 

 率直に言って、やくざが十人揃うよりも凶悪な左之助に睨まれ、件のヤクザはすがるようにドスを持ちながらへたり込んだ。

 

「お、お、お、お、おひょ!」

 

 何か言おうとしたが、恐怖のあまりろれつが回らず倒れた男の割れた顎を見て萎縮さえしていたが、拳を握りしめた左之助に怯え切った男は破れかぶれという風に脅しをかけてくる。いっそ見事という他はない阿呆ぶりだった。

 

「お、お、お前、こんな事してただで済むと思っているのか!? 俺たちゃ観柳さんの私兵団だぜ!? 俺たちにたてつくって事は観柳さんを敵に回すって事に……」

 

「口の利き方に気を付けろってんだよ、雑魚助ッッ!」

 

 へたり込んだ脳天を踏みつけると蛙のようになって意識を失う男は、正に小物の見本というべきだった。

 

「観柳……って事はもしかして武田観柳の事か?」

 

「おい……こいつはやべぇよ」

 

 しかし、左之助はともかく彼の友人には通じていたらしく周囲からは狼狽えた声がちらほらと聞こえ始めてきた。

 

「武田観柳とは何者でござるか?」

 

 心当たりがない剣心が誰にともなく尋ねると、盛大な一発をお見舞いして左之助が落ち着きを取り戻した声で答えた。

 

「街外れに住んでいる青年実業家……って奴らしい。今風の言い方をするとな。だが裏じゃ何をやっているんだか、この数年で急に財力を増やし始めてな。今じゃ自分の為に私兵団なんてものまで築いている相当にうさんくせぇ野郎さ。この街じゃヤクザから政治家まで観柳との争いは避けている……で、こいつらが私兵団の一員ってなると、あんたは奴の情婦か?」

 

 えらく率直な物言いに、しかし恵と呼ばれた女性は怯え切った表情でいながらもはっきりと否定する。

 

「違います! 私は本当に何も知らないんです! 観柳なんていう人の事も…」

 

 控えめに言って、それはあり得ない話だった。追ってきた男たちは彼女の名前を呼び、はっきりと彼女だけを追いかけている。それで知らぬ存ぜぬなど通るまい。

 

「嘘はいけねぇな、高荷恵」

 

 甲高い声が彼女の嘘をはっきりと指摘した。声を上げたのはいつの間にか部屋の角に胡坐をかいて座り込んでいる見知らぬ男だった。含み笑いをしている顔はどこか蛇のように思わせる年齢不詳の小男が女の名前をはっきりと口にしていた。

 

 一体いつの間に現れたのかとどよめく一同を他所に、剣心だけは男の侵入経路だろう外された天井の板を見上げて厳しい顔をしていた。

 

「監視役がニ人だと思って逃げ出したんだろうが、お前は常に“御頭”の配下に見張られているんだよ。寝間でも、風呂でも、用便の時でもな」

 

 およそ露骨に痴漢行為を口にして含み笑いをするなど控えめに言っても変質者以外の何者でもない。

 

 おそらくは女性である彼女に威圧感や絶望感を与える為にそんな脅しをかけたのだろうが、賭場の一同には随分と気合の入った変態だな、としか思われていなかった。

 

「ふん……でも観柳の情婦じゃないっていうのは本当だよ」

 

 恵と呼ばれた女は髪を一振りすると、急に蓮っ葉な言動で小兵に指を突きつけて啖呵を切った。

 

「帰って観柳に伝えな! 私は絶対に逃げ切ってみせるってね!」

 

 こちらが素なのだろう、先ほどまでは怯え、儚げな様子を見せていたものの芝居がかっていたが今の彼女はいたって自然体だ。しかし、自分を鼓舞する為なのか単純に追手の二人が倒されたおかげか、自分を追いかけてきた相手の前に無防備に突っ立って声高らかに叫ぶなど、迂闊が過ぎて褒められた話ではない。

 

「ククク、可愛いねぇ……逃げ切れると思っているところが特に、な」

 

 そんな恵の無防備さを能天気と嘲笑う男は懐から奇妙なものを取り出した。

 

 小さく、男の手に隠れてよく見えないそれを差し出すように持った男の指がかすむと、恵の髪を左右に一度ずつ翳めて何かが彼女の後ろに立っている男達の肉を抉った。

 

「ぎゃ!?」

 

「うぐ!?」

 

 何が起こったのかはわからないが、突然自分の体に痛みと熱さが生じた男二人は悲鳴を上げてそれぞれの痛みの元を抑えて蹲る。顔と肩、二人の抑えた手の下から赤い血が流れ出てきたのを見てとった左之助が友人たちの名前を読んで血相を変えるのをよそに、男は凶器を恵に見せつけて笑みを深めた。

 

「螺旋鏢。次は両足を射抜く。お仕置きも兼ねて、な」

 

 手の中で弄んでいるのは一見すると団栗か何かのような形、大きさをしている。おそらくは手裏剣などの飛び道具の類。礫の一種だろう。螺旋の名前の通りに螺子のように溝が刻まれており、貫通力を上げる工夫がされている。

 

 今更ながらに恵の顔が青くなる。男が自分を追いかけてきた敵なのだとわからないわけでもあるまいに、悠長に無防備に啖呵を切っている阿呆を自覚したのか。

 

 直接的な暴力に晒されて硬直している恵の両足に、宣言通りに礫が襲い掛かる。だが、その前に猫のように飛び込んできた影があった。

 

 状況を飲み込めない為に後手に回り、怪我人二人ができるのを見過ごしてしまった緋村剣心。臍をかみつつも三人目を出すまいと、奇妙な男たちの敵に回る決意を持って間に飛び込み女の前で片手を突いた。

 

 すると一体どういうコツがあるのか、彼らの前に壁のように畳が跳ね上がり盾となった。二回、小さく鈍い音をたてて畳は礫を受け止めた。

 

「事情はよく呑み込めぬが……拙者、人を殺めたり傷つけたりするのを黙って見てはおれんでござる」

 

「嘗めるな! 俺の螺旋鏢を畳一枚で防ぎきれると!」

 

 鋭い眼差しは訳の分からない乱入者に対する厳しさに細められている。その言葉か眼差しか、それとも両方にか反発して頭に血を登らせた小男は勢いよく立ち上がると剣心に向けて再度礫を放とうと構えて……怒りに燃えた左之助が突進してくるのに気が付いた。

 

「野郎、よくも俺の仲間をォッッ!」

 

 狙いを咄嗟の切り替えた刹那、左之助を追いかけて剣心もまた男に突撃する。愛刀は既に抜かれ、飛ぶように暴漢へと斬りかかる。

 

「へ? え?」

 

 左右挟み撃ちに男は間抜け面を晒して対応もできないが、もちろん悠長に待ってやるわけもない。握りしめられた拳骨と逆刃の刀が男を同時に捉えて潰れた蛙のように叩きのめした。

 

 白目をむいている三人の乱入者を見下ろし、左之助の友人たちは血の気を失う程に青い顔をした。

 

 それもそのはず、先ほど左之助が剣心に語ったようにこの街のやくざ者どころか政治家さえも武田観柳に手を出すのは控えているという評判だったではないか。

 

「気にすんな、おめぇら。野郎の私兵団とやらが銃器をごっそり持っていようと、百人や二百人いようと、その程度なら俺一人でおつりがくらぁ。仮に潰した後で官憲に訴えられようと、知ったこっちゃねぇや。そん時ゃ金持ちの悪党には手を出せねぇ腑抜けの警察署も潰してどっかにトンズラかましてやるぜ」

 

 左之助が胸を張ってとんでもない事を口にすると、彼の仲間たちは笑うどころかホッとしてお互いに目を合わせる。彼が口にしたのが嘘でもハッタリでもない、確かな本気だと知っているのだ。

 

「はは、左之さんならできるでしょうけどそいつは寂しくなりまさぁ」

 

「いや、ついでに野郎の金庫をごっそり迷惑料にしちまうのはどうですか?」

 

「そいつはいいな。まあ、その話は後にして知と銀二を医者に連れて行ってやんな!」

 

 そいつはいい、と笑う彼らは肩の力を抜くと、そろそろ医者に連れて行ってくれよと嘆く仲間二人に肩を貸し始めた。

 

「左之……いくらなんでも警察署を襲うのは勘弁でござるよ」

 

 困ったように笑う剣心は本気で襲うとは思っていないが、それができるとは知っていた。左之助もヤクザとの喧嘩はともかく銃器を備えた官憲との戦闘となると無傷という訳にもいかないだろうが、それでも最後には勝つだろう。そうなると、日本史上に燦然と輝く、単独で警察署を壊滅させた一大犯罪者の出来上がりである。

 

「ふうん……本当に強いのね。特に剣客さんの方は無敵そう……」 

 

 どうにか落ち着きを取り戻した場の空気だったが、そこに火種を放り込んだのは騒動を持ち込んだ恵だった。彼女は狡猾に品定めをしてから徐に剣心と左之助に声をかけた。

 

「どうかしら、坊やたち。私を観柳から守って逃がしてくれない? 報酬は十ニ分に支払うから、ね?」

 

 その態度、剣心はともかく左之助にとってはいかにも癇に障るものだった。彼女の巻き添えで騒ぎに巻き込まれ、あまつさえ怪我までした仲間たちの事をないがしろにしているにも程があるし、ついでに彼ら二人の事も嘗めて軽く見ている事は簡単に見てとれた。あるいは芝居だとしても腹立たしく目に余る。

 

「……嘗めてんのか、この女」

 

「え?」

 

 彼女は本気で意表を突かれたような無防備な顔をした。それもまた喧嘩屋の癇に障る。

 

 彼の鋭い目は一瞬運ばれていく彼の友人の元へと注がれた。この女は散々こっちをひっかきまわした挙句に、巻き込まれてけがをした仲間たちに見向きもせずに自分の安全を図る提案をした。

 

 詫びも事情の説明もなく、そんなふざけた態度が左之助には許しがたかった。

 

「こちとら仲間が二人も怪我をしたってェのに、巻き込んだてめぇは事情の説明もなく詫びもなく“金を払うから力を出せ”だぁッ!? ふざけてんのか! まずは説明くらいしやがれ!」

 

 彼女が指を立てた腕が無性に癇に障り、思わずその腕を強く握りしめると恵は顔をしかめた。元々剛力を越えた怪力をもって鳴る左之助の腕力で華奢な女の腕を掴まれれば、加減はしていると言っても無理もない。

 

「痛いってば! 馬鹿力でつかまないでよ!」

 

 細腕でも振りほどけたのは頭に血が上っていても最後の一線を保っていたからだが、その拍子に彼女の袖口から白い何かが幾つも転がり落ちた。

 

「あ!」

 

 血相を変える恵の様子にただ事ではないと踏んだ剣心が素早く近寄って摘み上げる。白いそれはいわゆる薬包だった。

 

「……報酬とは、もしかしてこの阿片の事でござるか?」

 

「!!」

 

 中身を確認し、それが粉末と見てとった剣心が半ば以上思い付きでハッタリを口にしたが……それに対して否定の言葉はなかった。

 

  

 

 

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