と言っても刃牙は出ないで、光成と神谷道場の交流……交流?
平成の神谷活心流、刃牙の対戦相手が出てきます。
もちろんオリジナルキャラですけど、できれば温かく見守ってやってください。
前回のガチャ、爆死ではないけれども手持ちの石と符、32連では紫式部は来てくれなかった……どうすればいい、課金か? それともこれから手に入れる呼符に賭けるか!?
その日、徳川光成は珍客を迎えていた。
「不躾なお願いで申し訳ありませんが、本日お邪魔させていただいた理由は他でもありません。弟があなたに売った当家の文書……買い戻させていただきたいのです」
一体何十畳あるのかぱっと見では見当もつかないような広すぎる客間で、これまた大層な芳香漂わせるお茶に手も付けず、光成に対して挑むような凛々しい表情で要求を口にしたのは一人の若い娘だった。
若干釣り目の凛とした面差し、後頭部はポニーテールにしてまとめているが、どこか日本人形を思わせるまとめ方をしている艶やかな黒髪のおかげで昨今の小娘とは一線を画す品格を纏っている。正座している姿勢もよく、光成は彼女が何らかの武道に手を染めていると考えた。
いや、彼女の素性を聞いたのだから察するのは簡単な話だ。
「神谷活心流道場の神谷薫さん……じゃったな」
「はい」
「ご先祖様と同じ名前じゃのう。ご先祖さんは緋村とも聞いとるが」
「真偽はわかりませんが、三代目が父親との折り合いが悪いために姓を戻した、というような話もあります。私の家では、名前などご先祖様にあやかる事が多いのです」
ぴくり、と若干太めの眉を動かした彼女は硬質な声で応えた。どこか硝子を思わせる固い声だった。
「それをご存じなのは本を読んだからですか」
「興味深く読ませていただいたよ。おんしのご先祖様は随分と波乱万丈な人生を歩んだものじゃの」
ぐびり、と緑茶を呷ると、光成はぎょろりとした目で薫を見た。
彼女はその眼に負ける物かとわかりやすく気を張っていた。元々、やたらと広すぎる和室に招かれた上に高級すぎる調度品に圧倒されていたのだが、そんなものは外観からでもわかっていた事。気圧されていては取り返せるものも取り返せはしないのだと、どうにか取り繕うより他はない。
「そのご先祖様の手記、記録。一度売ってくれたものをもう一度返してくれというのは……あまりいい話じゃないのう」
「おっしゃることはわかりますが、その本は先祖の大切な記録。元々売るつもりはなかったのを弟が勝手に家から持ち出してしまったのです。そもそも売り物になるとは思いもしませんでしたが……」
「ふうん」
「……お返し願えませんか」
わざとらしく顎を撫でさする光成に、彼女は内心で苛立ちを覚えつつも低姿勢で臨んだ。
「ちなみに弟さんは今日のところ、どうしておるんじゃ?」
「家で謹慎中です」
さぱっとした答えに思わず笑ってしまう光成。このどうにも涼やかな清涼感漂う娘をあまりじらすのはよくない、と思った。
「件の本、返すのは構わんよ」
「本当ですか!?」
顔が輝く娘の素直さ、率直さには笑みが深まる。
「爺としても、これ以上若い娘さんを困らせるのはよくない。もちろん、金は要らんよ。ほんの五十万ぽっち、借り賃って事で、小遣いにするがええわ」
そう言われては薫も困る。
正直彼女にとって五十万円など大金もいいところだが、これほどの豪邸の持ち主にとって正真正銘はした金なんだろう。はっきり言えば転びかけたが、はいそうですかとうなずくにはいろいろと踏みとどまる理由がある。
その最たるはそう言われて素直にうなずくような借りを作るのが怖いという庶民的な防衛行動だった。
「いえ、そのような真似はできません。弟が家の物を勝手に持ち出して手に入れた金銭をそのまま懐に入れては悪癖が付きます。なにしろ、未成年の私が言うのもなんですが弟は輪をかけて分別のない年頃ですから」
「親御さんはどうしたのかな」
「お、親にはまだ話がいっておらず」
ふうん、と息をつく光成に薫はいたたまれなさを感じて身を縮めた。
「弟さんを庇っておるのか? それはよくないのう。まあ、高校生から古い本を渡されてほいほい金を渡した儂が言えるこっちゃないか」
わはは、と笑われて薫は目の前の老人と家で大人しくしているか定かではない弟の二人に、内心で五寸釘を木づちで打ち込むような恨みを抱いた。大体、どうして自分がこんな見知らぬ屋敷で神経を使いつつ恥をかかねばならんのか。
悉く弟のせいであり、目の前の金持ちすぎて鷹揚さと引き換えに分別がないらしい老人のせいでもある。大体責任は八対二で弟が悪いのだが、この老人も大人であるなら子供と商取引などしてほしくはないし、ポンポン大金を渡してほしくはなかった。
「その……どのような形でうちの弟とお知り合いになったんでしょか? それも、物を売り買いするような関係に……」
「大したことではないんじゃがの。儂の趣味で出向いた場所に、たまたまあの坊主がおっての。いかにも気乗りしなさそうだったんでちょいと声をかけてみたんじゃ。そうしたら話が進むうちにいつの間に何やら小遣いの話になっての?」
ちなみに、趣味の場所というのはもちろん武術に関係している。率直に言うと、現在光成が知る中で最も危険な人斬り剣士の道場であった。
「あんの愚弟……」
薫の言葉は口の中で消えたが、羞恥心に赤い顔を見れば彼女の内心はわかる。
「まあ、そんなこんなでいったい何を思いついたのか家に伝わる“いいもの”を買ってくれと言う話になったんじゃ。儂としてはいつの間にそんな話になったのかとも思うが、この光成を煙に巻くとはなかなか大した坊主じゃの」
絶対に嘘だ、と薫は確信する。あの愚弟は決して愚鈍じゃないと思う(希望)が、それでもこんな大きな屋敷に暮らしていける老獪な大富豪を手玉にとれるはずがない。これほど大きな屋敷に暮らしているのだから、きっと見た目や年齢では計り知れないような海千山千の妖怪に違いがないのだ。
「儂としちゃあ別の事でバイト料を払うつもりだったんじゃが……こっちの予定がすっかり外れてしもうたわい」
「……別の仕事、とは一体何ですか?」
待ってました、と光成が笑うのを見て、薫は嫌な予感を腹の底に感じた。背中を向けて逃げ出すのは恥だろうか?
「儂は強い者が好きなんじゃ。先祖代々武芸を愛し、武芸者を愛し、強者に戦う場を提供する。それが、水戸徳川のありようなんじゃよ」
「…………」
この時、薫は頬に冷汗が流れるのを自覚しつつも思った。
もしかして、消費者金融に借金した方がマシなくらいのどうしようもない未来が口を開けて待っているんじゃなかろうか。
……その予想があっているのか間違っているのか。彼女の未来はこの時点ではまだ五里霧中の彼方だったが……丁度その頃、何やら妙な悪寒に苛まれていた赤毛の少年が細い肩をすぼめて繁華街を目指してのんびりと歩いていた。
「びえっくしょい! ああ、ああ、懐寒いと背筋も首筋も寒いってところかぁ……」
奇妙に姿勢がよろしい小柄な少年だった。
線は細く、身体は肉付きがよろしくないやせっぽちで貧相と呼ばれるか呼ばれないかぎりぎりの線という所だろう。
本人もそれを理解していると見えてゆったりとした服装で決めているが、不良少年などからみると顔立ちと体格、それらが総じてカモに見せている事は間違いない。夜の盛り場などに行けば、時と場合によっては小銭目当てのろくでなしに囲まれること請け合いで、人気のないところを歩かない方が無難なのは間違いない。
「よう、兄ちゃん」
「ちょっとお話いいですか~」
少年がそんな自分をどこまで自覚しているかはわからない。だが、多少きな臭くもぎらついた雰囲気になってきてすぐにおかしな三人組に絡まれるのは彼としても想像の外ではなかろうか。
「お話っすか……」
「そうそう、お話お話」
そう言ったのは、少年よりも青年よりの年頃の大柄な男だった。馴れ馴れしくも肩を組んでくるのは少年を逃がさない為だろう。
「待ちゆく若い人たちへのアンケートにお答えくださ~い」
人を酷く馬鹿にしたような裏返った声で話すのは、あちこちにピアスをして髭を生やしている坊主頭の男だった。はっきりと言ってしまえば全身でろくでなしの屑であると主張している、十年後も何も変わらずに屑でい続けているような類だ。大きな声と無責任さで真っ当な小市民を脅しつける事だけは長けていそうな生きる値打ちのない屑である。
「差し支えなければお坊ちゃんのお財布の中身を教えて下さ~い」
次に声を上げたのは、茶髪を肩まで伸ばしている男だ。メンズ向けのファッション雑誌に出てくる典型のスタイルで固めており、身動きする度にチャラチャラとアクセサリーが鳴って鬱陶しい。夜の盛り場で似たような尻軽にへらへらとしているのが定番と言えば定番のスタイルだと一目瞭然のタイプだ。
「差し支えあっても教えてくださ~い」
最後の一人は髭面に帽子。不貞腐れたように斜めを見ているのが印象的であるが、そいつが懐から何かを取り出した。カチャカチャと鳴らしているのはいわゆるバタフライナイフ。チンピラ定番のアイテムを少年に見せつけているのはもちろん金銭目的の脅しだろう。
「ふう~ん……見た目通りに華奢だねぇ、ぼぉくぅ」
「そりゃあ、この間の奴みたいにマッチョがいてたまっかっての。お前なんか腕掴まれて一回転させられてたじゃん。たかいたかいした後みたいに足から綺麗に下ろしてもらってよぉ」
何が面白いのかゲラゲラとヤニで汚れた汚い歯をむき出しにして笑っている。
「あんなのは一回だけだろ、一回だけ」
「そうだね」
そう答えたのは、三人組ではなくて少年だった。意外に思った三人の馬鹿笑いがぴたりと止まる。
「人、いないね」
彼らの周りには人気が無かった。こういう場所に飽きずに網を張っていたのだろう屑どもの暇さ加減には呆れさえ感じる。
「こういう場所を見つけて、ずうっと待ってたんだ。随分と慣れてるんだ」
少年はそんな事を言った。そこで三人組は初めて気が付いたのだが、この少年はずっと姿勢よく前を向いているままで彼らに絡まれている間も下を向かずに目も逸らさなかった。それどころか、刃物をちらつかせているのに顔色一つ変えてはいない。
「こんなに早くに来たのは初めてかもしれない。うん、入れ食いって奴だね」
「ああ?」
何を言っているのか理解できないまま、ほとんどただの条件反射で脅しつけようとするナイフ持ちが最初に狙われた。
「それ」
ごん、と音がした。
それを理解する事も出来ず、男は白目をむいて膝から頽れた。
それを支えたのは少年だった。彼がナイフを持った腕を掴んでいた……より正確には、彼がナイフを持った腕を掴んで柄尻をこめかみに叩きつけるように誘導したのだが、それを男は全く理解できないままに意識を失った。
「?」
「どうしたんよ、お前」
急に膝をついた仲間にきょとんとしているチンピラの残り二人を、少年はつまらないものとして見上げていた。その表情のままで彼の手が動いたのにチンピラたちは気が付きさえしなかった。
顔の前に何かが来た。
首のあたりに何かが来た。
たったそれしか彼らは認識できず、意識を失ったと同時にそれもこれも忘れた。
「ケーサツが来る前に、さようなら」
しれっとしてそう口にした少年だったが、彼は一体いつの間にやら財布を三つお手玉のように弄んでいた。ぽん、ぽんと片手で器用に繰り返し中に投げては受け止めてを繰り返していたが、彼らから少々離れたところで財布から徐にごっそりと中身を抜き出して中から札も小銭も根こそぎにすると残りをそこらの路地裏にバラバラに捨てた。
その間、一切足を止めることなく顔色一つ変えない。妙な慣れさえ感じる一連の動きは躊躇いも淀みもなくスムーズに行われ、少年は顔色一つ変えずに平然としたまま街の明かりの向こうに呑まれていく。
「姉さんに小遣い没収されたし、これからはいつも見たく地道に稼ぐしかないのか……いい話はないんだなぁ」
ぬけぬけと口にした少年は地道という言葉に喧嘩を売っている自覚があるのかないのか、相変わらずの姿勢を維持したままのっそりと歩く少年だったが、三歩と歩かない内に足を止めた。彼の顔はおかしなものを見た、というような表情をしている。
「どちらさまで?」
彼の声を合図にして人影がゆっくりと現れた。
少年から見て右に駐車場がある。そこからゆっくりと一人の男が歩み寄ってきたのだ。
「ヤクザ? それともケーサツ?」
「どっちでもないがね」
男は少年の上げた職業の極端さに苦笑いをしながら少年の対面にまで来ると愛想笑いを浮かべた。すぐに殴りかかってくるような要件ではなさそうだったが、少年は油断できないと思う。
男が大きいからだ。小柄な少年よりも頭一つ半分ほど大きく、体格もいい……それもただ大きいだけではなくて五体全てが分厚い筋肉で構成されているように見えるほどに鍛え上げられている。細い少年の薄い胸板などパンチ一つで貫通してしまいそうな強さを感じた。
「俺を見てたよね」
「ああ、探していたんだ。神谷剣心君」
少年は一歩下がった。
「おじさんは誰で、何の用で俺を探していたのさ。名前を知っているってどういう事?」
「怪しい者じゃない、といっても信じられるわけはないな」
体重を後ろにかけて、この奇妙な男から逃げられるように少しでも距離を稼ぐ。一人とは限らないが、周囲を探る余裕はなかった。
「まず、私の身分と名前を明かしておこう。名前は加納秀明。とある方の下で親衛隊長をしているんだ」
「親衛隊長?」
奇妙な肩書に、思わず逃げようとする気が吹き飛んでしまった。
「ヤクザ? それとも暴走族……って今時いるのかな」
「今も元気がいいのはいるよ。背中に立派な入れ墨をしているのとかがね。でも私は特攻隊長じゃない。ごらんよ、いいスーツを着ているだろう?」
まあ、言った通りのご立派なスーツは少年の貧しい目線から見ても立派そうだった。本当にそれしかわからなかったが、きっと彼に知らないご立派なブランドの物なのだろう。
「そんなのはわからないし、ヤクザって真っ当な勤め人よりもいいのを着てるんじゃないのかな」
「ははは、疑り深い子だな。だが、そういうのはいい事だ」
うだうだ言っているはずの少年……神谷剣心だったが、それを咎めも苛立ちもせずに加納は笑った。剣心はそんな加納を見て警戒心の段階を一段上げた。子供にこんな生意気な口を利かれて怒らないどころか笑うような大人なんて、腹に何か隠しているに決まっている。
「だが、私は怪しい者じゃない。君が先日とある古本を売った方に雇われているんだよ」
「……あの賑やかな爺さん? 人斬りサブの道場で会った……」
剣心の正直で遠慮のない物言いに、加納はついつい笑ってしまう。それが剣心の警戒心をほんの少し緩めたのは望外の収穫だった。
「はは、そう。そのご老人に仕えている身でね。言うなれば助さん格さん……というのは言い過ぎだな」
「水戸黄門なんて見る歳じゃない」
「ふうん……という事は、君はあの人の素性も知らずに家伝の一品を売りに出したのかい」
「どうせただの古本でしょ」
「君のお姉さんはそう思っていない」
剣心の表情に少なからず剣呑な色が宿る。隠さない辺り、まだまだ幼いのだと加納は見切った。
「姉さんが何を?」
「当家に来訪され、返却を要求されたよ。もちろん払った料金は返すと言うがね。だから私は君を呼びに来たのさ。当事者の片方がいなければお話にはならないだろう? あとからごたごたはごめん被る」
そう言われては、少年もこれ以上突っ張る事はできない。せめて姉との電話連絡を要求したがあっさりと叶い、彼女はいたって平然とした……というには大いに怒気の籠った声色で自分の所に来るように命令する始末。
「……わかったよ。でも、おかしな事になったら力づくでも逃げ出すからね」
「少年、そういう事は腹の底だけでとどめておくものだ。そして静かに実行するのがいい」
牽制と挑発のつもりだったのに丁寧に忠告までされて、少年は腐った。自分の不貞腐れる幼い様子を見ながら、加納が内心で訝しがっていたのを彼は知らない。
つまり、この少年があのチャンピオンと戦えるだけの強さを秘めているのか、と……