るろうに範馬   作:北国から

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 ちょっと長い前書きです。

 ここからしばらく、読む人によっては納得のいかない展開になるかもしれません。

 内容は読んでからというところですが、あらかじめ書いておくと……私は“るろうに剣心”のストーリーの中でも後半の中核に位置する部分に納得がいかないところがあるんです。

 人斬りの過ち、その償いという点に対する剣心の考え方に共感できません。

 人斬り時代に殺めた人々への償いとして、結局どうすれば償いになるのかはわからないけれども、罰を受け入れるのは今じゃないし、とにかく最後まで剣を使って人々を守る戦いの人生を全うする。

 これが人斬り時代を過ちとして考えた剣心の見出した答え。

 論理の展開がよくわからねぇよ! 結局先送りじゃんか! 自分のやりたい事をやる為にこじつけているだけじゃないか!? 

 その辺決めるのはお前じゃないだろ! 何で周りは感心したり感動したりしているん!? 償いするんなら被害者か遺族にするものだろ!? 何が償いになるのかは被害者や遺族、ひいては法が決めるこっちゃあ! 
 
 関係のない人間にまで手を出したのは問題だけど、総合的には縁の言い分の方が理解できます。
 
 本当の復讐者がせいぜい鯨波ぐらいしか他にはいなかったから、巴が許嫁の清里を忘れて(というと言い過ぎかな)剣心に絆されたから丸く治まったけど、これで非の打ちどころがない復讐者が出てきたらどうするのだろうか。

 縁が巴の心変わりに混乱するのも理解できないのもそりゃそうだと思うし、結局放り出された形になった清里氏がただただ哀れ。考えたらこれって踏み台でNTRじゃないか…

 人斬りについては、まあ……怨まれるのは道理だけど、状況が状況。維新に関係のない民衆を斬った訳じゃないんだから過ちとも言い切れない。“武士の宿命”って奴ですね。

 剣心の根本的な過ちは、師匠のいう事を聞かずに中二病丸出しで深い覚悟も考えもなく維新に参加した事じゃないのかな……

 なんて言うか……結局上手く復讐される剣心を肯定する結論が作れなかったんじゃないのかね、和月先生……と思ってしまいました。

 剣心よりも左之助や蒼紫の方が好きなんですが、この辺り共感できないのが理由です。似たような悩みを抱いているヴァッシュとかランデルとかは好きなんですけどね。

 そういう考えを作品に反映させているので、読んでいてそれこそ納得いかない人もいるかもしれませんので、予め書かせてもらいました。

 大人になると、少年誌のヒーローよりも悪役の言い分に納得がいく事も増えてくる……これが汚れるって事なのか……(笑)


 
 


隠密御庭番衆

 その日、徳川光成は奇妙な夢を見た。

 

 それは、数日前に見た剣と拳の名勝負の続きのような夢だった。

 

 しかし、多少異なるのは今度の勝負は喧嘩ではなく……もっと殺伐とした“戦闘”であるらしい。

 

「……ここは、橋、かの? なんか人が随分と集まっておるのぉ」

 

 果たして一体どこであるのか、彼が目を覚ましたのはどこぞの川を見下ろす道端であり、周囲には大勢の人混みがあった。

 

 戸惑いは数秒でしかなく、二度目ともあれば不思議な事でも慣れ始めていた順応性が高い老人であったが……周りには人が多すぎて何が目当ての人だかりだか小柄な彼にはよくわからない。

 

「緋村剣心や相楽左之助はどこかのう」

 

 きょろきょろとその辺を見回てもらちが明かない。幸いというべきか、前回同様人にも物にも左右されない身の上であるようなのでちょろちょろと視界が開ける場所を求めてうろつきまわり……ようやく野次馬が注目している何かを見つけられた。

 

「警官が検分している筵敷きか……溺死という線はないかのう」

 

 彼の知る未来でもありがちな野次馬の理由である。筵の隙間から遠目に人の手足が覗いているのが見えた。しかし、一体何をどうしてこんな事故現場か何かに自分は招かれたのやら。

 

「……さっきの観柳の私兵じゃねぇか……」

 

「酷いでござるな……」

 

 聞き覚えのある声、口調に振り向くと背後にはいつの間にやら人斬り抜刀斎と喧嘩屋の姿があった。彼らの後ろには見覚えのない女性がいるが、そちらは光成にとってはどうでもよかった。

 

「役に立たない者は容赦なく切り捨てる……観柳のいつものやり方よ」

 

 見知らぬ女性がそんな事を言う。

 

 奇妙に訳知りな様子の若い女性とこの二人、あからさまにもめ事の気配……それらを統合して光成は悟った。

 

「なんともすごく時代劇じみた話の渦中のようじゃな」

 

 この後はきっと、自分のご先祖様が顔を出して印籠を悪党に突き付けるに違いがない。

 

「しかし、儂がいるからにはやはりここは強者がいると思うんじゃがのう」

 

 ……言うまでもなく不謹慎な光成がきょろきょろと再び周囲を見回している。つくづく自分の欲求を隠しもしない爺様である。

 

「!」

 

 そんな光成の希望に沿うた訳でもないが、やにわに剣心が顔色を変えて橋の方を見た。野次馬が鈴なりになっている人ごみの真ん中あたりに鋭い視線をぶつけた。

 

 左之助と女性、そして光成もそちらにつられると、向こう側には彼の視線を引き付けた男が三人、警察の検分を見下ろしているようだった。

 

 一人は中年程度の男で、白いこの時代風のスーツを着ている。眼鏡をかけて青白く、明治時代の起業家という風体だ。目を細めてにこにこと笑みを浮かべながら死体の検分を上機嫌で見下ろしているのが異様と言えば異様だ。

 

 もう一人はその男よりも一回り程度若く、ついでに頭一つほども背が高く鍛えられた様子の若者だ。人ごみのせいで他には白いコートを纏っていること以外はさっぱりわからないが、ただ静かな佇まいだけで只者ではないという雰囲気がプンプンとしている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 剣心とその男が鋭い視線を交錯させた。互いに油断ならないやつだと目星をつけ合っている様子がありありとわかる。

 

 最後は、青ざめた顔色をして脂汗まで流している小兵。

 

 鶏みたいな男じゃな、と光成は辛らつに評した。鼻のあたりに何か当てているところを見ると怪我人のようだったが、何やらコートの男に話しかけられるとこちらに気が付いたようで、血相を変えて何かを投げようとして……男に制止されていた。

 

 その後、何を言い含められたのか人ごみの向こうに消えていく。

 

 そんなやり取りを他所に、スーツの男はどこかがらんどうな目で剣心……より厳密には彼の後ろにいる女性に注目した。不躾な目線に気が付かない女性はおらず、ようやく男たちに気が付いた女性が顔色を変えて叫んだ。

 

「観柳!」

 

「本当だ。剣心、見ろ。向かって左の奴が武田観柳だ」

 

「それより右の方……あれは何者でござるか?」

 

 うんうん、と強い者にばかり興味がある光成も彼らの足元でうなずいている。光成の見たところ、あのスーツの男は明らかに下卑たろくでもない気質であり、彼のよく知る小物の枠を出る事はなかった。

 

 ハッキリ言えば興味を持つのも勿体ないような俗物であり、後ろのコートを着ていてもなかなかに鍛えているのが一目でわかる男の方がよほど大切であった。

 

「さあ……私兵団の団長かなんかじゃねぇか?」

 

「ほお、それにしてはなかなかに雰囲気ある男じゃのう……とてもそんなちっぽけな男には見えんが……」

 

 剣心と左之助の両方、ついでにおかしな座敷老人から値踏みされている男もまた、二人……正確には剣心を重視して見つめている。このご時世に人目も憚らず帯刀している男が何者であるのか、一挙手一投足を油断なく品定めしているようだった。

 

 警官もちらちらと剣心を見ているようだったが、今は筵の下が大事なようで放置されている。容疑者扱いされなければいいが、剣心も左之助もその辺りはまるっきり意識を割いていなかった。

 

「違うわ! あれは……御頭!」

 

「……鯛か?」

 

 左之助が思わず口走った阿呆すぎる戯言は誰も聞いてはいなかった。

 

「私兵団とは別の……最近になって観柳が雇い始めた元隠密“御庭番衆”を束ねる男……その中でも明治維新寸前に歴代最年少、齢十五にして御頭になった天才隠密……四乃森蒼紫……!」

 

 女性が血相を変えての説明に、左之助は驚くよりも先に訝しがった。あまりにも大物すぎる上に場違いであるとも思った。

 

「……なんでそんなのが観柳の配下なんぞに収まっているんでぇ」

 

「どうでもいいじゃろ、そんな事は! 忍者じゃ、忍者! 面白くなってきたのお!」

 

 足元で、神谷道場所縁の書物に明記されている強者の登場に喜んでいる老人はさておき確かにおかしな話ではある。

 

「……さあ……しかし、こちらの方がよほど難敵でござるな」

 

 肩書なくとも佇まいだけで十分に強敵であるのは知れた。その裏付けまでされた以上、重視しないわけがない。

 

「なんにせよ、胡散臭い実業家に危険な御庭番衆……これは、恵殿を放り出すわけにはいよいよいかなくなったでござるな」

 

「だったら、ここでちょいと話でもしてくらぁ」

 

「は?」

 

 剣心と女性……恵の間抜けな声が重なったが、そんな二人を放り出して左之助はずかずかと向こうの陣営に“挨拶”をしに行ってしまった。

 

「おお、前哨戦か! いいのお、実にわかっとる!」

 

 楽しそうなのは一人だけである。

 

「ね、ねえ……あいつ、大丈夫なの?」

 

「いや、さすがに左之もこんな所で喧嘩を売る事はないと思うでござるが……警官もいる事でござるし」

 

 恵は元より、剣心さえも常識外れな左之助に呆気に取られて見送ってしまった。仮にも維新志士にして影の人斬りたる緋村剣心にしてみれば、こんな白昼堂々と立ち回りをするなど思考の外である。

 

 しかし剣心も、そして恵も見誤っていた。

 

 相楽左之助という男の直情さと、何よりも友人を死に追いやった阿片に対する怒りを。

 

「よお」

 

 まるで友人に声をかけるような馴れ馴れしさで左之助は二人に歩み寄る。

 

「…………」

 

「おや」 

 

 だが、真っ直ぐに彼らに向かって悠々と歩いていく左之助に何を感じたのか、周囲の人混みが割れていく。ひょこひょこと後ろを楽しそうについていく光成も前に回って納得した。

 

 今にも暴れだしそうな剣呑な目をしているからだ。何ら関わりのない死体検分に夢中なはずの野次馬が大名行列に出くわしたように避けてしまう迫力に満ちている。それを横目で見ても観柳、蒼柴はそれぞれ顔色さえ変えない。蒼紫は自分の力量に自信があり、観柳は蒼紫の実力と、何よりもこんな衆目の眼前で何をしてくるわけもないとたかをくくっているのだ。

 

 それでも、ここまであからさまに剣呑な雰囲気を醸し出している喧嘩屋を前にして薄ら笑いを張り付けていられるのは意外と大した人物であるのかもしれない。

 

「あんた、武田観柳。そっちが四乃森蒼紫……流行の青年実業家に最近雇われた元隠密御庭番衆の頭……なんだってな」

 

「…………」

 

「ええ、あなたはどちら様で?」

 

 蒼紫はあくまでも雇い主の後ろに立ち、会話を行うのは観柳……左之助は一言だけで相手がこちらを見下しているのを敏感に悟った。より正確には、相手の男が隠そうともしていなかった。

 

「相楽左之助……ごらんの通りチンピラの破落戸、あそこに転がっているあんたの私兵団を賭場でぶちのめしたのは俺の仕業よ」

 

「へえ」

 

 真っ直ぐに左之助を見る事もせず、横目で左之助に目をやりつつ適当な相槌を打つ。その間、蒼紫は左之助と剣心、恵を同時に視界に入れる位置から動かなかった。その恵はもちろん二人に近づこうとはせず、剣心もそんな彼女を守るために動けない。

 

 例えば、この場で喧嘩が始まっても止めるに止められない。左之助はやりたいようにやれる状況を作っていた。

 

「それはそれは。おかげでゴミの後始末にいらない手間をかけられました。手間賃なんかを頂きたいもんですねぇ」

 

「こっちはこっちでお楽しみの最中に騒ぎに巻き込まれたんだ。蹴破られた料亭の襖の代金も建て替えたんで、こっちこそ迷惑料をもらいたいもんだ」

 

「迷惑料ねぇ……おいくらで?」

 

「なぁに、ちったぁ舌回りのいい油を使ってくれりゃ水に流してやるよ」

 

 目だけは剣呑さを失わずに左之助は愛想よく笑った。実に異様な表情だった。

 

「それはお得ですねぇ、お得な話は大好きですよ……商売人ですからね」

 

「そいつはいい」

 

 しらじらしい雰囲気にやじ馬が一人、また一人と散っていく。いつしか彼らの周りは閑散としていた。

 

「この街で今一番大きく阿片を取り扱っているのはあんたの所かい」

 

「私は真っ当な商売人ですよ? そんな恐ろしい話は聞いただけで身震いが出ますねぇ」

 

「武者震いか」

 

 しらじらしさの見本であり、左之助は拳に力が入るのを止めるのに努力を必要とした。

 

「あんたの私兵団が追いかけてきたあの女……高荷恵。たまたま女狐の尻を追いかけてきたわけじゃねぇ、あいつらは女の名前を知っていた。ちゃあんとあいつを探してきてたんだ」

 

「ふむ」

 

「あの女は結構な量の阿片を持っている。となると妥当なところはあんたの所からの盗人だわな。私兵団の適当なのを垂らしこんでかと思ったんだが……そっちの兄さんの御庭番衆ってのがいらねぇ事を口走ったから話は変わる」

 

 ぴくり、と蒼紫の眉が密かに動いた。小さすぎて左之助は気が付かなかったが、不快を示していた。どこの誰に対しての不快感かは推して知るべし。

 

「いつでもどこでも見張っているから逃げられやしない……だっけか。ただの盗人ならそんなことをしねぇやな、御覧の通り、殺しちまえばそれでお終い。男二人だろうが女一人だろうが差はねぇ。人間一人捕えておくのは扱いをどんなに雑にしたって手間も金もかかるだろ? 見たところ飢えてもいなけりゃ傷もないとなると、意外と悪い扱いだったわけじゃなさそうだ。殺せない理由と手放せない理由……そしてたまたま手に入れたにしては多すぎる阿片。あの女狐は阿片の何かを握っているわけだ……作り方? 盗んだと考えてその隠し場所? ま、その辺はどうでもいいか」

 

 相楽左之助、基本的に直情径行で一見すると頭が悪そうだと薫にも弥彦にも言われるような男である。だがこの男、これで意外と血の巡りがいい。

 

 頭が悪いと言うよりも小難しい事を考えるのに使いたがらないと言うべきで、その気になれば意外と鋭く物事を推し量る事はできるのだ。問題はなかなか使わない事と、使わなさ過ぎてそのうち本当に頭が悪くなるかもしれないという事だ。

 

「……どうでもいいので?」

 

「俺にとって大事なのは別の事だ。あの女は何をやっていたんでぇ?」

 

「……それ、大事ですか?」 

 

「あの女狐があんたらに取っ捕まって何か脅しでもされていたってんなら、見逃してやるし守ってやらねぇでもねぇ。気に喰わねぇ性格しているみたいだけどな。だが、例えばあんたらにとっても裏切り者に過ぎない、あるいは上前を掠めようとした盗人だってんなら話は別だ。まとめてこの場で警官に突き出して、仲良く豚箱に放り込んでもらおうじゃねぇか。最後は揃って処刑台に立たされりゃいい」

 

 左之助のセリフは静かになり始めた橋の上ではっきりと周囲に聞こえる。それはもちろん剣心も恵も例外ではない。橋の下にいる警官さえ気が付き始めて注目をしているほどだ。

 

「…………」

 

 恵の顔色が青ざめる。先程まで煙に巻いて利用してやろうと考えていた腕っぷしだけの若造が、いざとなれば自分を容赦なく死刑台に送る事も辞さないと言い切ったのだ。

 

 不思議と言えば不思議だった。怨まれる事、憎まれる事、軽蔑される事にあまり慣れていなさそうだ。阿片を所持するなど、どう考えても日陰者であるにも拘らず奇妙に感じるほど慣れていない。

 

「で? どっちだ。そろそろ舌を滑らかにしてもいい頃じゃねぇか」

 

「さぁて……本人に聞いてみればいいじゃないですか。今会ったばかりの私よりもまだ信じられるでしょう?」

 

「阿片を隠し持っているような女、誰が信用するか!」

 

「阿片に何か恨みでもあるので?」 

 

「仲間が阿片で死んだ。それだけだ」

 

 それを聞いた観柳は初めてまともに左之助を見ると、にんまりといやらしく笑った。

 

「それはお気の毒……しかし、自業自得じゃありません?」

 

「ナニィ!?」 

 

 左之助の薄っぺらな取り繕いはあっさりと消えて中身の煮えたぎる激情が露わになるが、それを向けられた男達はどちらも小揺るぎさえしない。

 

「阿片なんておっかないもの……買って吸う方が悪いんですよぉ……ねぇ、そうでしょう? あなたもそう思いませんか? 高荷恵さん」

 

 蒼紫がさりげなく一歩踏み出した。今の左之助に危険すぎる兆候を感じ取っていないのは誰もいない。

 

「例えば、どこかの誰かが作った阿片でたくさんたくさん人が死んでも……そんなのは買う方が悪いんですよ。ああ、でも……相楽さんでしたか、あなたはやっぱり作った方も悪いって言いますか? そうですね、それはそうでしょうね。私もそう思いますよぉ」

 

 さらりと前言撤回し、左之助の名前を出しながらも彼の眼は恵に向いている。剣心の後ろで庇われている恵にこそ語りかけている。

 

「例えば今更……罪悪感に駆られて逃げ出しても、例えば今更に怖くなって逃げ出しても、例えば今更実は知らなかったんだと言っても……そんな言い訳、通る道理はないでしょうねぇ? だって、そいつが作った阿片でたくさんたくさんの人が苦しんで、たくさんの人が死んだんですから。今、この時も!」

 

 口にしながら一歩、また一歩と恵に近づいていく。その一歩ごとに恵の顔色は青ざめていった。もはや白くさえあり蝋人形の有様だ。

 

「そんな言い訳を口にして、死者が黙るわけはないですよねぇ。怨んで夜毎に枕もとで恨み節を歌うのが筋ですよねぇ。そちらのお兄さんのように、死んだ人のお友達やご家族が今更ふざけるなって怒りますよねぇ?」

 

「それ以上、恵殿に近づくな」

 

 無論、それを黙って見ている緋村剣心ではない。観柳と恵の間に盾となって割って入ると糾弾者の足が止まった。

 

「貴様が阿片売買の元締めであるなら、先ほどの言葉は全て貴様に返るものでござる。恵殿を声高に罵れる立場ではない」

 

「まあ、阿片売買なんて私の預かる所ではありませんが……“もしも”そうだとすれば、確かにその通りかもしれませんねぇ?」

 

 ぬけぬけと口にしながら、徐に葉巻を取り出してのんびりと火をつける。緋村剣心、帯刀している男を前にしても、彼は悠然とした態度を崩しはしなかった。

 

「でも……まあ、もしも仮に? 私が悪党だったとして……それが彼女の罪を帳消しにする理由にはならないでしょう? だって今更ねぇ? 死人は生き返らないんですから、何をやっても償いようのない悪行でしょう」 

 

 それを口にした瞬間、剣心の顔色が変わった。目の当たりにした観柳が意外に思う程だ。

 

「黙れ!」

 

 鋭く剣心の手が鯉口にかかっている。薫や弥彦が見れば驚くほどに彼の血相が変わっていた。まるで、彼こそが糾弾されているような態度だった。

 

「随分と剣呑ですねぇ、お侍さん。でも、あなただってそうは思いませんか? 人殺しなんてひどい事、許せませんよねぇ? 取り返しがつかないですよねぇ?」

 

「……それ以上恵殿に近づくなと言ったぞ」

 

 剣心の警告に素直に足を止めるも、観柳は楽しそうに笑いながら恵を見た。

 

「いやいや、ただ殺すよりも酷いですよねぇ? もしもその作り手に家族がいたなら……真っ当な人たちなら罪悪感でまとめて首を吊ってもおかしくはないですよねぇ?」

 

「…………っ!」

 

 恵の膝が折れた。それを見た観柳がにっこりと一見朗らかに笑うが、更に言葉を重ねるよりも先に元々短気で今は頭に血が上りやすい左之助がその肩を掴もうと駆け寄ってくる。

 

「てめぇ、さっきからぺらぺらと……」

 

「舌を動かせと言ったのはお前の方だと思うが?」

 

 立ち塞がったのはもちろん蒼紫だった。激情に突き動かされている喧嘩屋を前にして、至極冷静に眉一つ動かす様子もない。

 

「これ以上近づくなら、俺は護衛の任を全うする。怪我をしたくなければ下がれ」

 

「上等だ、この野郎ッッ!」

 

 左之助のような男にとって、蒼紫のセリフは警告ではなく挑発にしかならない。芸のない台詞を口走りながら蒼紫に向かって突き出した拳だが、こちらには隠密の頭が顔色を変えるような芸があった。

 

「ほう……」

 

 下から蛇のように迫る拳に天才隠密の顔色が変わる。御庭番衆とは護衛を任とする事が特に多く、その任務の傾向からして武闘派ぞろいである。その頭にして天才とまで言われている男に左之助の拳が襲い掛かった。

 

 最初はそれを見切って躱そうとした蒼紫だが、顔に目掛けて打ち込まれた拳をつまらなさそうに躱せば、下から死角を狙って突き上げてきた一撃を咄嗟に受け止めさせられた。

 

 腕から肩までを浸透する重さを感じいる蒼紫の脇腹へと間髪入れず、肝臓の位置を目がけて襲い来る左拳は足を軸として全身を独楽のように回して打ち込んでくる。全身を使って力を発揮しつつも鋭く小さな円を描く拳は避け難く、蒼紫の腹をかすめて熱のような痛みを残した。

 

 直撃すれば悶絶は必至。

 

 さらにそこから、今度は背負い投げのような覆いかぶさる軌道で上からの拳が降ってくる。

 

「!」

 

 この一撃に蒼紫ははっきりと度肝を抜かれる。先に打ち込まれた拳に気を取られた絶妙の機に背中に隠された剣で言う所の背車刀のような一撃は、彼の技量をもってしても躱すのは容易ではなかった。

 

 みしり、と鈍い音が彼の中に響く。だが左之助こそ目を見張った。必中を確信したはずの拳が、肩で受け止められている。

 

「重く、鋭く、多様。驚いた。本当に只のチンピラか?」

 

「全部防いどいて何を抜かしやがるッ! ごらんの通りのチンピラよぉッ!」

 

 構えた二本の腕で左之助の拳撃を悉く躱し、受ける。慣れさえ感じる防御術に左之助の顔色が変わった。

 

「おっらぁッ!」

 

 埒が明かないとその場で背を向ける。目の前に広がった悪一文字に蒼紫が気を取られた瞬間、下から突き上げるように後ろ蹴りが襲い掛かった。狙いは金的、まさしく一撃必殺の急所となるが、左之助の踵は重ね合わせた蒼紫の腕に受け止められた。

 

「ちッッ!」

 

「……ここまでの拳、今の蹴り、どれも修練した拳法家の物。両腕でなければあるいは折れていたかもしれんな」

 

 蒼紫は自分の体が一瞬とはいえ浮いたのを自覚していた。止めるつもりでいたにも関わらず自分の五体を浮かせた威力はなかなかに大したものだ。

 

「きっちり危なげなく防いどいて、よく言うぜ。顔色一つ変えやしねぇ」

 

 忌々しそうに口にする左之助だが、逆に蒼紫は無表情ながらもどこか楽しそうな雰囲気が醸し出される。

 

「面白いな」

 

「ああ?」

 

「俺が躱せずに受けに回らなければならないような実力……剣客ならともかくとして、そんな拳法家に出会えるとはな。それもまだまだ本気じゃなさそうだ。お前が何者か……本当に自分で言うようなただのチンピラとは思えん。この強さには興味がわいた」

 

「ふん……こっちは胸糞悪い話のせいでちっとも面白くねぇ。やるんなら、くだらねぇ話は抜きにしてやりてぇところよ」 

 

 蒼紫のここまで見せた技術は悉く素手である。一向に攻勢に出ないせいで断定はできないが、この男はもしや左之助と同じく拳法を使うのか。

 

「おい剣心! さっさと観柳をぶっとばしちまえよ! そこの女狐の持っている阿片とまとめて警官に突き渡しちまえば万事目出度しだろうが!」

 

「……それは出来ぬようだ」 

 

「ああ?」

 

 まさか、恵を庇うつもりか。

 

 蒼紫をけん制しつつ訝しがる左之助だったが、目の前で剣心が身を翻したのを見て納得する。どこの誰とも知らないが、奇妙な程に印象に残らない何の変哲もない男が剣心に向かって殴りかかったのだ。

 

「御庭番衆か!?」

 

「当然だ」

 

 さすがは剣心。男の拳を見事に危なげなく半ばまで抜いた刀で受け止めた。この男も油断ならない拳法使いであるのか、間近に迫った拳には見事なまでの拳ダコがある。

 

「……できる」

 

 思わず口にした剣心の言葉通り、まるで背景のように人の意識に残らない見てくれをしている男は外見に相反して感心するほどの技量を持っているようだった。少なくとも剣心は、今の奇襲には少なからず驚かされた。

 

「さて、そろそろお終いにしてもいいでしょうか? 私もこんな人目のある所での騒ぎは勘弁してほしいんですよ」

 

「……左之」

 

「テメェみたいな奴をぶちのめすのに、人目も糞もあるか! 巻き込みそうな奴もどこにもいないだろがよッ!」 

 

 確かに言う通り、立ち回りが始まった途端に野次馬は三々五々にばらけて遠巻きになっている。それを幸いとして左之助は完全にいきり立っている。だが、そんな彼に観柳が冷や水をかけた。

 

「巻き込みそうな人はいませんが、首を突っ込んでくる警官ならいますよ?」

 

 確かに、現場検証を置いてこちらに駆けてくるのが二人ほど。それを見て観柳は慌てもせずに卑しさを前面に出して笑った。

 

「先ほど我々に喧嘩を売ったのはあなた。そちらには廃刀令違反者もいますねぇ……そして、阿片を隠し持った女狐も一匹……さて、官憲にお縄になって不利になるのはどちらで?」

 

 ぬけぬけと口にしているが、実のところ恵を捕まえられて困るのは同様である。だが、それをおくびにも出さずにしゃあしゃあと交渉材料にしているふてぶてしさは褒めるべきかもしれない。

 

「ッ!」

 

「この女はお前らの仲間……なんてありきたりのセリフは吐かないでくださいよ? 今行動を共にしているのはあなた達です」

 

 剣心も左之助も、一度や二度お縄になったところで大した問題ではない。お互いに真っ当な人生を送っておらず、豚箱に放り込まれてもそれがどうしたと笑っていられるような男たちだ。しかし剣心は左之助を制止した。

 

「引け、左之。我々が官憲に捕まれば、薫殿や弥彦にも迷惑をかける」

 

「ッちい……」

 

 最近出入りをしている神谷道場は辻斬り事件が起こったばかりだ。濡れ衣と判明してもどうしても警察のあたりは強い。

 

 濡れ衣を着せたのだから逆に気を使われるのが道理かもしれないが、古今東西、官が失敗や間違いの責任を取るかとらないかの天秤は官に都合よく民に不利益な方に傾くのが常だ。平成の時代でもそれは変わらず、ましてや明治の頃など語るに及ばず。

 

「頬に十字傷、か……昔、幕末の京都にそんな風貌の維新志士がいたと聞いたな」

 

 蒼紫が初めてしっかりと剣心に相対する。彼の風貌で、何か……幕末の伝説に思いを馳せているようだったが。剣心はそれに何も応えなかった。

 

「引け」

 

 蒼紫の命令に特徴のない男は静かに身を引き、そして遠巻きにしている人ごみの更に向こう側へと消えていった。

 

「そこ、さっきから何をやっているか!」

 

「警官の前で騒ぎを起こすとはいい度胸だ! さてはこの事件の関係者か!?」

 

 決めつけに過ぎないが、あながち間違えてもいない警官たちの追及に眉を潜めると観柳はさっさと身を翻した。

 

「やれやれ、警察向けの鼻薬に……また費用がかさみますねぇ……嫌だ嫌だ」

 

 はあ、とわざとらしくため息をついて歩きだすが、そこでさも思いついたように首だけ振り返ると未だに膝をついたままの恵に笑いながら声をかけた。

 

「今更、変な夢は見ない方がいいですよ? あなたの事を庇うのは、似た者同士の脛に傷持つような輩が同病相憐れむか、無責任なお人好しが適当な事を言うくらいですから。そうでなければ、私の同類……まともな人には白い目で見られるだけ。あなたはもう、どこに出しても恥ずかしくない罪人なんですし……潔く、頭まで泥に浸かりましょうよぉ」

 

「…………」 

 

 蒼紫は剣心と左之助双方を値踏みするように見つめた後、静かに……そして隙のない動作で彼らに背を向けた。

 

「くそったれがぁ!」

 

 いきり立つのは左之助だけであり、恵と……そして剣心もまた沈痛な表情のまま佇む。

 

 詰問の為に警官が彼らを取り囲む中、光成は一人だけ蚊帳の外……というよりも無責任な立場のままで腕組みをしつつ鼻息を吹いている。

 

「腕のたつ輩がいるのはいいが、どうもどろどろとした雰囲気じゃのう……この間の一戦のような清々しい真っ当な喧嘩は……あまり見られんのかもしれんな」

 

 光成にしてみれば、罪だの罰だのややこしい事情はいらないのでただ純粋に強さを競って真っ向から戦ってほしいのだが、どうやらそれは叶わないようだ。

 

「死刑囚みたいな勝負事で発揮されるえげつなさも時々ついていけない事もあったもんじゃが……あれはあれでまあ……ありじゃと思うが……こういうのはちと、のう…」

 

 世界有数の大富豪である徳川光成にとって、この手の悪徳はむしろ見飽きた感がある程慣れた話だ。しかし、汚物処理に慣れる人間はいても好きになる物好きはそうそういない。光成はいろいろと物好きな酔狂者だったが、そういう趣味は持ち合わせていなかった。

 

「しかし、あの蒼紫という男はどうやら強者との勝負を望んでいる節があるな……それなら……期待できそうじゃ!」

 

 だがしかし、それでも彼はやっぱり物好きの一人ではあった。

 

 それも、かなり困った類の酔狂者である。

 




 
 FGO、遂に課金してしまった……

 その石さえ完全に溶かし切って、ようやく紫式部嬢お出迎え。完全爆死よりはほっとしたけど……

 ……キアラどうしよう。ひょっとしたら新しいキャラクターも追加されるかもしれない……諦めて福袋に期待しようか。
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