little Angel story〜1人の少女の物語〜   作:ムーンナイト

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1行で分かったりしなくもない前回のあらすじ
・レッツ想起(そうき)ひなちゃん
 


24page 私の演技

 side:ツバサ

 

 早乙女の演技に小声で意見を交わす生徒達を見る。すごい、流石(さすが)、肯定的な意見が多いな。

 

 ここまでの演技を見るに、私の奇抜(キバツ)という言葉を意識した生徒が多かった…自分だけの悲しみという観点から外れているから、これが終わったらお小言タイムだ。

 確かに誘導した所もあったがここまで見事に引っかかるとは思いもしなかったぞ。

 その点に関して早乙女はいい演技をしたと思う。

 

「次」

 

 空気を入れ替えるように声を発する。

 

「はい」

 

 次は汝鳥か。

 正直、汝鳥の演技の幅の広さには毎度驚かされる。声質が良く本人の才能もさることながら、日々劇組の資料を読み込み自己研鑽(けんさん)を積み重ねていく姿勢に私や桃子先生は好感を抱いている。

 

 その演技は業界でも大きな注目を集め、次世代のスターとも噂されはじめているらしい。

 

「お願いします」

 

 演技をしていない時の汝鳥は物静かな印象が強いな。

 他の生徒からは能面のように無表情だという声も聞こえるが、それは(あやま)りだ。確かに早乙女のような大きな表情変化は無いが小さくも確かな驚きや喜びを浮かべている。

 演技について教えた際に笑顔でお礼を言ってくれたと興奮しながら仕事ついでに報告しに来たことがあってから坂本も汝鳥のことを目にかけているようだし、もう少し時間が経てば距離のある周りとも馴染めるだろう。

 

「始め」

 

 この言葉が、私達(役者)にとってのスイッチだ。桃子先生の声に雰囲気が変わった汝鳥が閉じていた(まぶた)を開く。

 

 その瞳に映るのは悲しみ。

 レッスンルームにいる生徒が全員息を止めているのかと感じるほどの静寂の中、汝鳥の瞳から一筋の涙が頬を伝う。以前『1粒の涙に込める感情』という数代前のS4が残した資料についてレッスン後に聞きに来たのを思い出した。それもかなり読み込んだのだろう、組分けテスト前の組カツドウ見学で見せた私の演技も取り込みつつ完全に自分のものへと昇華(しょうか)させていた。

 

「大丈夫か?」

 

 感情を込めて、それでいて平坦(へいたん)に。私はトリガーとしての演技に(てっ)する。

 

「…うん」

 

 どんなことがあっても進むんだという前向きさと、これ以上の何かがあれば消えてしまいそうな(はかな)さを(まと)いながら汝鳥は頷いた。

 

 “パン”

 

 桃子先生の合図と共に広がっていた空気が切り替わる。

 

「よし」

 

「ありがとうございました」

 

 礼をして舞台を降りる汝鳥に声をかける。

 

「よかったぞ」

 

 言葉を聞いた汝鳥は嬉しそうな雰囲気を浮かべもう1度頭を下げた。

 

 桃子先生が若干眉根(まゆね)を寄せてこちらを見ているのと、レッスンルーム内の空気から私は自分の失策を悟る。

 

「相変わらずすごかったね」

「ツバサ先輩にも褒めてもらって、いいなぁ」

「さすが超新星って感じ」

 

 失敗した。

 思わず(ほぞ)を噛むがもう遅い。

 

 まるで昔のひめを思い起こさせるかのように、今の汝鳥は劇組1年生の中で浮いていた。

 岡本監督の強い要望で負けたチームにいたにも関わらずROCK(ロック)ROCK(ロック)GIRLS(ガールズ)!の生徒役に起用したあたりから明らかに周りとの距離が開いたと思う。

 1度見た同級生の演技を自分のものにするスピードの早さから悪意も込めて“コピー”とも言われているようだ。出来るだけ注意しようとはしているが私がいる前でそのようなことを言う生徒はおらず、()(がゆ)い思いをしている。

 

 桃子先生も汝鳥が孤立してしまうことを懸念(けねん)していたが、学園生活においては樹神と一緒に行動することが多いため一旦様子を見ることにしていた。

 現状維持の状態ではあったがある程度のバランスが取れ始めていたのに、それにヒビを入れてしまったんだ。

 

 後悔の念を抱きながら汝鳥を見ると、ひなの隣に座って何か言葉を交わしていた。

 樹神のルームメイトになったし、ひなと汝鳥の関わりができるのも想像していたが…予想以上に相性が良さそうだな。

 

「最後に白鳥、やってみようか」

 

 レッスンルームと自分の空気を切り替える。

 小声でひそひそと話していた生徒もこちらを向いた。

 

「はい」

 

 返事をして壇上に上がってくるひな。

 ふと気付いたような表情をして、微笑んで小さく頷いた。その視線の先にいるのは…汝鳥か。

 

「よろしくお願いします!」

 

 頭を下げるひなに視線を戻す。さて、ここまで全員の演技を見つめてきたひなだが、演技の経験数は劇組に所属する大多数の生徒よりもはるかに多い。

 CM、舞台、映画、朝の連続ドラマ、大河への出演…ドラマ初主演は6歳1ヶ月で、日本のドラマ史上最年少初主演の記録は今も()り替えられていない。

 

 あの時の演技力をそのまま保持、(ある)いは成長しているのならと期待が膨らむがどうだろうか。楽しみだ。

 

 ☆☆☆☆

 

「始め」

 

 そう言われてから数秒。

 動きのないひなに、レッスンルームがざわつき始めた。

 

「なにもしないのかな」

「白鳥さん、どうしちゃったんだろう」

「もしかして分からなくなっちゃったとか?」

 

 違う。

 

 纏う空気が普段と違う。

 

 ひなは、演技をしている。

 

「大丈夫か?」

 

 先程までと同じトーンで言えたことに内心ホッとしながらリアクションを待つ。

 

 ぼんやりとした瞳のまま、ひながゆっくりとこちらを向く。そして私を見て…

 

 ッ!!!

 

 ゾクリと背筋に冷たいものを感じる。1歩引きそうになるのを気合で防ぐ。

 

 ひなは今、()()()()()()()()()()()

 その瞳に映るのは悲しみという言葉では表現しきれないほどの感情。闇と許容(きょよう)してもいい深さの絶望が浮かんでいた。

 

 仕事をしていく中で、こんな演技をする人に出会わなかった訳ではない。共演もしたことがある。ひなの今は、ある監督が呑まれないように注意しろと言ってきた人の演技に酷似(こくじ)していた。酷似というよりも、もはや同等のモノ。

 

 ──「私のお芝居はあなたには難しい。全ての経験が今の自分に繋がると、それだけを覚えておけばいい」

 

 自分もこんな演技をするようになったのは30を越えて転機があったからで、年を重ねれば役者の演技は広がると教示いただいたが、ひなはまだ12歳。

 

 一体どうしたら、そんなこと(演技)が出来る…!!

 

 “パンッ”

 

 桃子先生からの音があって初めて、私は自分が息を詰まらせていたことに気付いたのだった。

 

 

 

 side:ひな

 

 分厚い膜の向こうから聞こえるように、周りの音は遠い。

 

大丈夫か?

 

 誰かが何かを言っている。

 

 重くまとわりついてくる空気の中で動いて、()()

 

 “パンッ”

 

 暗く重く(よど)んでいた空気が霧散して明るくなる。

 沈んでいた自分がぐんと引き上がるような感覚を覚えながら、改めてちゃんと気分を切り替えた。

 

「よし」

 

 劇組の人へ言っていたのと同じようにツバサ先輩はそう言ってくれた。でも少し顔色が良くないような…。

 疑問を浮かべる前に頭を下げる。

 

「ありがとうございました!」

 

 他の人たちを見ると、みんな疑問符を浮かべていた。

 えっと、戻っても良いのかな…?

 

 ツバサ先輩の方を見ると頷いてくれたから舞台から降りて元いた場所へ向かう。

 

 戻ってきたら、ガシリと腕を(つか)まれた。

 

「汝鳥さん?」

 

 腕を掴んでいたのはジッと私を見つめる汝鳥さん。

 混乱したような雰囲気を浮かべていた。

 

「いまの、なに」

 

「え?」

 

 小さく言われた言葉に思わず聞き返す。

 今のは何と言われても…。

 

「どうして出来たの」

 

 続いてそう言われて、ようやく意味が分かった。私の悲しみについて聞きたいみたい。

 

「おしえて」

 

 どこか必死さが見え隠れする汝鳥さんにまず落ち着いてと声をかけようとして、周りの雰囲気がさっきと違うことに気付く。

 

 私の演技に対する疑問ばかり浮かんでいたレッスンルームに流れているのは、驚きと少しの心配、そして()()()という感情。

 

「汝鳥さんがコピー出来ない??」

「ツバサ先輩とか先生だけだと思ってた…!」

「よく分からなかったけど、ひなちゃんの演技はコピー出来なかったんだね」

「なんだかすっきりかも」

 

 ・・・嫌な人たち。

 

 鷲谷さんが教えてくれた1年生の空気が良くないというのはこういうことだったのだと思う。

 

 コピーコピーと言うけれど、本当のコピーは演じている人がまるで演じられている人のように見える。でも汝鳥さんは違った。

 少しでも良いと思った表現方法を自分のものにしているだけ。

 

 それに、冷たいことを言っている人たちの演技力は低くはないけど高いとも思えなかった。色々な努力と研鑽の上に成り立っているツバサ先輩の演技とは違う、自分が持つ才覚(さいかく)に甘えた上辺だけの演技をしていた人たち。

 

 その技術を汝鳥さんが吸収して自分のものにしただけのこと。

 

 ──「レッスンは、学ぶところ」

 

 お昼ご飯を食べている時に言っていた汝鳥さんの言葉が頭をよぎった。

 

 私の腕を掴んでいた汝鳥さんの手を掴まれていない方の手で触れて視線を合わせる。

 

「私は、知っているから」

 

 昔は求められているものが明確にある場合が多かったからここまですることもあまり無かったけれど、今回私は演技に自分の記憶を使った。

 

「知ってる…?」

 

 混乱した、戸惑った表情の汝鳥さんに頷く。

 

「自分の中にある1番深い悲しみを思い出していたの。知っているから出来る演技、なのかな」

 

 その時の感情、空気、音の聞こえ方、目の前に見えていたもの(現実)、全てを想起(そうき)させた。

 小さい頃、同じような演じ方をしていた女優さんが演技に自我が引っ張られないようにと戻り方を教えてくれたおかげで、あの中にいても大丈夫だった。

 

「……」

 

 私の言葉を聞いた汝鳥さんが思考を(めぐ)らせて、それから理解したような雰囲気を浮かべる。

 

「平気?」

 

 掴んでいた腕を離してそっと私の手を握りながら聞いた汝鳥さん。さっきまでの記憶に感情が引っ張られていないか心配しているみたい。

 

「うん、ありがとう」

 

 お礼を言うと安心したような雰囲気を浮かべながら頷いてくれた。

 

 ふと視線を感じて顔を上げる。目が合った八千草先生に手招きをされた。

 汝鳥さんと繋いでいた手を離してから向かうと、興味深そうに私を見た八千草先生。

 

「ふーん…」

 

 じぃっと見つめられて少し戸惑う。

 

「八千草先生…?」

 

 どうしたのかなと思っていたら、先生の手が両方とも私の頬に伸びてきた。

 

「もうちゃんと戻ってる」

 

 顔が近付いて、瞳の奥を覗き込まれる。

 

「深く深く、もぐりすぎないようにしなさい」

 

 やっぱり八千草先生は私の演技が過去の記憶に潜ったものだと知っていたみたい。知っていたというよりは理解したという方が近いかな。

 

「はい」

 

 切長の綺麗な緑色の瞳を見つめ返しながら返事をすると、八千草先生は満足気に微笑んで私の頬を包んでいた手を離した。

 

「レッスンの後に舞台の稽古があるから、時間があるなら見ていけばいいわ」

 

 ふわりと胸が高鳴る。

 ツバサ先輩とも合わせをする次の公演の稽古…!

 明日のオーディションへの準備の時間も頭の中で計算して、私はこの後のレッスンも見学していくことに決めた。

 

 

 

 side:サツキ

 

「では、合わせ稽古を始める。私との絡みがある場面を中心にやろう」

 

 次の公演で演じるのは、元はおしゃべりだったのに言葉を出せなくなった、必死に話そうとする少女。

 

 わからなかった。

 見れば相手が何をしたいか分かる。何を求めてるのか、今どんな気分なのか。

 

 “少女”がどうしてあんなに話したがるのか、わからなかった。

 

 言葉なんて、必死に紡がなくていいと思ってた。

 

 ☆☆☆★

 

 今年の4月。小学校のころから一緒のめぐると四ツ星学園に入学した。

 

「組カツドウ見学って色々見れていいね!あたしもサツキも受けたい組は決まってるけど、せっかくだし全部見学しよ!」

 

 めぐるは意外なことに歌組希望。

 

「次は劇組行こ!サツキの希望先〜」

 

 演じることは好き。

 色々な自分になれるから。

 

「「「うわぁあ〜ん!」」」

 

 どうやって演じてるかを見て、理解すれば、自分のものにできる。

 

「すご…」

 

 壇上にいる人たちが突然泣き出して、隣のめぐるは驚いてた。

 

 そのあと如月(きさらぎ)ツバサ先輩がした演技に、驚いた。

 

 すぐに出来ない。見て、理解しても、自分のものにできない。

 

 どうやったら出来る?

 ここは知らないことだらけ。

 

「あなた、劇組志望?」

 

 ずっと先輩を見てたら、先生に声をかけられた。

 

「いい目をしてる」

 

 改めて、劇組に入ろうと思った。

 

 ★★★★

 

「ようこそ、鳥の劇組へ。これから始まるレッスンでは、互いを見て学んでいってほしい」

 

 どれだけ周りから学べるかが重要と先輩は言った。

 

 ★★★★

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 はじめての組カツドウが終わってめぐると歩いてたら、声をかけられた。

 

「ん」

 

 今はよろしい時。

 

「わたくし、あなたには負けませんわ!!」

 

 よく通る声。

 

「必ずわたくしがS4になって、そしてすばるきゅんと…にゃはぁ♪」

 

 猫みたい。

 

「はっ!とにかく!!組分けテストがトップ通過だったからって気を抜かないことですわね!汝鳥サツキ!!」

 

 忠告しにきてくれたらしい。

 

「ありがと」

 

「あっいえ、どういたしまして…って、フンッ!」

 

 行っちゃった。

 

「なんか猫っぽい…変わってるけど悪い子じゃなさそうだし、よかったねサツキ」

 

 首をかしげる。

 

「どしたの?」

 

 どうしたというか。

 

「あの子、知ってる?」

 

「んんん??!」

 

 名前は早乙女あこ。同じ劇組のメンバーだと教えてくれた。

 

 ★★★★

 

「合格グループは…こっちだぁー!!」

 

 映画のオーディション、受からなかった。

 向こうのグループにいためぐるが友達と喜んだあと悲しそうな顔になった。気にしなくていいのに、優しい。

 

「だが…」

 

「監督?」

 

 考え込んだ監督と先輩が少し話して、こっちを向いた。

 

(キミ)!!君も合格だ!!」

 

 響き渡った声に周りが注目する。

 

 監督の指の先がこっちを向いてる。

 

「汝鳥、いけるか?」

 

「はい」

 

 めぐるからは喜び、周りからは突き刺さるような視線と感情が飛んできた。

 

 ★★★★

 

 映画撮影のあとから肌をチクチク刺すような感情を送ってくる人が出て、増えた。

 

 気にしない。

 昔みたいに笑われたりしてないし、ちょっかいも出されてない。

 

 ここにはたくさんの資料がある。

 

 歴代の劇組生徒が残した新しく知るための資料。

 

「あの」

 

 分からない所があった。

 だから幹部の坂本ありさ先輩に聞いた。

 

「汝鳥さん。どうしたの?」

 

「この、ここ」

 

「あぁ、この資料なら確か・・・こっちの2ページ目に()っているけど、少し分かりにくいから口頭でも説明するわね」

 

 慌ててメモを準備。

 

「──と、こういうことなの」

 

 わかりやすい。

 

 新しいことを知れた。

 

「ありがとうございます」

 

 ちゃんとお礼を言うのは当たりまえなのに、驚いた顔をしてた。

 

「どういたしまして。また何かあったら聞きに来てね」

 

 嬉しいと伝わってきた。

 暖かくて、この感じは好き。

 

 ★★★★

 

「ほんとなんなの?!」

 

「ちょっと、声大きいってば」

 

 中でなにか言ってたから、レッスンルームの扉の外に立つ。

 入りたいけど待つ。

 

「はぁ。今日のやつ、私の演技コピーされた」

 

 コピー。

 その単語が聞こえた時点で、こっちの話と分からないほど(にぶ)くない。

 

「コピー?確かに似てたけど…」

 

「似てたどころじゃないでしょ。あれは、私の演技。私のお芝居だから」

 

 レッスンは互いに学び合うところなのに。

 

 あの子からは表情の新しい表現を教えてもらった。

 自分のものにしてから演技してるのにそう主張されても、どうしていいかわからない。

 

「ちょっとツバサ先輩に認められてるからっていい気になって」

 

 先輩はいい演技を褒めてくれる。誰に対してもそれは平等。

 

「ほんとムカつく」

 

 …。

 

「あら、そんな所でなにしてるんですの?」

 

 早乙女あこが来た。

 

「休憩」

 

「?」

 

 こんな所で?って顔に書いてあった。

 

 別のところに行く。

 

「あっ早乙女さんお疲れ様!」

 

「お疲れ様ですわ」

 

「いまね、コピーについて話してて。あっ本人にはもちろん内緒ね?」

 

 うしろから声が聞こえたけど、特に気にせずレッスンしに行った。

 

 ★★★★

 

 昨日発表された、夏フェスのツバサ先輩とのステージに選ばれたのは早乙女あこ。

 

 ゲスト出演させてもらったドラマの撮影でテストが受けられなかった。

 

 ──「代表おめでとう!あこちゃんならすごく応援するね!」

 

 発表が終わったあと、意識をこっちに向けながら言ってた。

 目の前に選ばれた人がいたのに。

 

 新しい公演での役が発表されてからますますそういうのが増えた。

 

 気にしない。

 

「めぐる。起き…」

 

 いつも通りめぐるを起こしに行ったら知らない子がいた。

 

 白い金色の髪。不思議な目。

 少し戸惑ってる。

 

「あっサツキ!おはよー」

 

 なにか納得してる。

 

 とりあえず閉める。

 

 ──カチャン

 

 中からワーワー騒ぐめぐるの声がちょっと聞こえた。

 

 誰。昨日ステージした子に似てた。

 

 ──カチャ

 

 逃げるのは、よくないし、悪意のトゲトゲした視線が入ってないのは珍しくて戸惑う。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。昨日からめぐると同じお部屋になった、白鳥ひなです。よろしくお願いします」

 

 お辞儀をされて慌てて返す。

 

「汝鳥サツキ、です」

 

 嬉しい。思考。安心。

 

 顔と表情を見てたらめぐるが来た。

 

「ひなとは昨日からルームメイトになったんだ。連絡してなくてごめん」

 

 頷く。

 

「ありがと。それじゃ切り替えて、ご飯食べに行こー!」

 

 着いて行こうとして止まって、横顔を見る。

 

 認識。不安。

 

「?」

 

 いつの間にか腕を触ってた。

 嫌と思われたら嫌。

 自分から触ったこともほとんどないのに。

 

 でもこっちに来てほしい。

 

 そんなに不安にならなくて大丈夫って。

 

 嬉しいと、疑問。

 顔に出てないけど出てる。

 

「わかるから。一緒、似てる」

 

 相手がどう思ってるか、何を考えてるか、見ればだいたい分かる。

 

 嬉しい気持ちも隠された敵意も。

 

「ありがとう、汝鳥さん」

 

 これは暖かくて好きな感情。

 嫌味も何もない言葉通りの気持ち。

 

「ん…」

 

「ねー、行かないのー?…って、えぇ?!」

 

 めぐるは驚いてた。

 

 ★★★★

 

「あの、白鳥さん、ちょっといい?」

 

 台本を読もうと思ってたら視線と声が聞こえた。劇組のメンバー、時々心配の視線を送ってくる子とたまに刺す視線を送ってくる子。

 

「?…少し行ってくるね」

 

 多分コピーのこととか言われる。

 

「ん」

 

 気にしない。

 

 離れていっちゃうのも気にしない。

 …気にしてない。

 

 ★★★☆

 

 あの演技じゃない演技は感情を知らないと出来ない。

 

 理解しても知らなければ無理。

 

 わからなかった。

 あんなに深い感情を知らない。

 何が見えてるのか、どうしてこんなに苦しいのか。

 

 わからない。

 

 わかりたい。

 

 ──「君は経験をすればするほど上手くなる」

 

 “少女”がどうしてあんなに話したがるのか、初めてわかった気がした。

 

 無視できない心の声は、必死に紡がないと伝わらない。

 

 でも、必死に紡げばきっと伝わる。

 

 中途半端になるかも。

 誰かを傷付けるかも。

 

 こわいけど、痛みも苦しみも気にしないじゃこれ以上進めない。

 

「“待ってる、みんなが待ってるよ”」

 

 待ってるなんて、そんなの、嘘だ。

 

 

 

 side:ひな

 

 ツバサ先輩も汝鳥さんも台詞(セリフ)は頭に入っているようで、手を持った台本をほとんど見ずに稽古が進んでいた。

 

 もう終盤だけど、すごくお勉強になる。

 歌とは違う発声にツバサ先輩の目の演技。それに応える汝鳥さんの表情。

 

 ただ…

 

「“わたし(コホン)は…!”」

 

 また。

 小さく咳をした子をチラリと見る。

 

 もしかしたら風邪をひいているのかもしれないけれど、咳をするタイミングが汝鳥さんの台詞と全て被っているとそう思えなくなる。

 さっきのレッスンで汝鳥さんが私の演技について聞いた時もニンマリと笑顔を浮かべていた。汝鳥さんが混乱しているのを見て嬉しそうに。

 

 …あまりこういうことはあってほしくないことだけど、嫌がらせということだと思う。

 

 (さいわ)いと言えばいいのか、壇上のツバサ先輩と汝鳥さんは演技に集中していて気にとめていない…。

 そっと八千草先生の方を見てみる。

 組んだ腕に人差し指をトン、トンとさせていた。やっぱり先生は気付いているよね。

 

 当たり前だけれど、例え稽古であっても流れを邪魔するようなことをしてはいけない。劇組の生徒ならそれが何を意味するのか分かると思っていたのに…別のこと(嫌がらせ)に意識を持っていかれている。

 

「“待ってる、みんなが待ってるよ”」

 

 壇上に意識を戻す。

 この稽古が始まる前に少し台本を見せてもらったから劇の内容も分かる。

 ここは汝鳥さん演じる女の子が大きな壁にぶつかりながらも勇気を出して自分から伸ばされた手を取る、ラストへ向けて流れが変わる場面。

 

「…」

 

 もう台詞を言ってもいいはずなのに、汝鳥さんは(うつむ)いていた。

 

「…汝鳥?」

 

 ツバサ先輩も心配になったのか声をかける。

 

 どうしたのかな…

 表情があまり見えない。

 

「──ない

 

 ポツリと口が動いて小さく何かを言った汝鳥さんが、大きく息を吸い込んだ。

 

(きら)ってるのに、まってない!」

 

 …!!

 

 目の前にいたツバサ先輩も、興味津々にツバサ先輩には見えない所からニヤニヤとした笑顔を浮かべ始めていた子もピタリと止まった。

 

 耳が痛いほどの沈黙が一瞬流れて、汝鳥さんが八千草先生の方を向く。

 

「休憩、ください」

 

 そう言って舞台を降りた汝鳥さんと一瞬目が合う。

 その目に浮かんでいたのは不安と、辛いという気持ち。

 

 深く読み取る前に扉から出ていってしまった。

 

「汝鳥さん!」

 

 思わず名前を呼んで1歩踏み出した所で立ち止まる。

 

 部外者の私よりも劇組の人の方が…そう思って周りを見たけれど、動こうとしている人はいなかった。

 

 さっきまで浮かべていた笑顔が崩れて呆気にとられている人たちはともかく、蓮見(はすみ)さんやツバサ先輩まで。

 

 誰も、汝鳥さんの後を追おうとしない。

 

 八千草先生と目が合う。

 少しの間お互いに無言で見つめあって、先生が口を開いた。

 

「休憩」

 

 稽古を見学させてもらっているから時間中に勝手に出ることは出来ないけれど、休憩時間なら話は別。

 

 まだ復帰していない人たちとツバサ先輩を一瞬だけ見て、私は汝鳥さんを探しにレッスンルームから出ていった。

 

 ☆☆☆☆

 

 扉を閉めて数歩進んでから考える。

 外に出ると時間がかかってしまうだろうから建物の中にはいると思う。レッスンルームを出て行ってからそれほど経っていないし、足音で分かるかもしれない。

 

 1度目を閉じて耳に意識を集中。

 

 レッスンルームから聞こえてくる早乙女さんの怒った声。外を走っている人の声。自主レッスン中の発声。階段を登っていく小さな()()

 

 見つけた。

 大体の人がレッスン中なのに建物の中で動いている不自然な音。

 

 聞こえた方に足を向けて急いで向かう。建物の構造がよく分かっていないから合っているか不安だったけれど、階段を見つけた。

 もう足音は聞こえない…ということは。

 

「…」

 

 2階へ上がった所…3階への踊り場に続く階段で、汝鳥さんは(ひたい)をつけた膝を抱えるようにして座っていた。

 

 少し間を開けて隣にそっと腰掛ける。その気配に気付いたのか、汝鳥さんがチラリと私の方を見た。

 

「…コピー、聞いた?」

 

 レッスンが始まる前に蓮見さんと鷲谷さんに呼ばれた時のこと。

 

「うん。一部の人にそう言われているのは」

 

 最初はただ単にそう見えただけで言っていたのが段々と悪意を含んだ言葉になってしまったのだとしたら。

 陰口というのは言われた本人の心にも届いてしまう…だからそれはとても悲しいことだし、当事者である汝鳥さんは辛かったと思う。

 

「嫌になる?」

 

 顔を上げて言われた言葉にすぐさま首を横に振る。

 汝鳥さんはそれに対しても疑問を浮かべていた。どうしてコピーのような演技をする自分を嫌にならないのか。

 

 嫌になるわけがない。周りから学んで努力を重ねて、その上で表現出来る。それはコピーとは言わない。

 

「だって、それが汝鳥さんの演技なのだと思うから」

 

 汝鳥さんの演技は全員が出来るわけではないし、出来る人の方が少ない。

 

 それを才能と言ったとして。そんなものは存在しないと言う人もいるけれど…声の質やその人の感性、そして自然と人を惹きつける魅力はやっぱり生まれ持ったものが大きい。私は、その上で努力を積み重ねられる人こそが天才と呼ばれるのだと思う。

 

「…」

 

 汝鳥さんはまた少し(うつむ)いていた。

 自分の演技がコピーなのではないかという不安、違うという自分、でも周りにはそう言われているという処理の出来ない感情が汝鳥さんの中で渦巻いているように見える。

 

「コピーをしたなら、その演技は元の人に見えるけれど…汝鳥さんが演じた時には、汝鳥さんだった」

 

 汝鳥さんの演技はきっと、誰かになるのではなくて色々な自分を演じるもの。

 

 だから…

 

「自分のものになっている証拠だよ?」

 

 私がそう言うと、汝鳥さんは俯いていた顔をハッと驚きの表情に染めながら上げた。

 少し放心したあと自分の感情を整理するように胸に手を置いて体を丸く小さくさせた汝鳥さん。それと同時に階段から誰かが駆け上がってくる音が聞こえた。

 

 廊下側へ走り出そうとした足音が急ブレーキをかけて止まって、こちらを向く。

 

「汝鳥サツキ!」

 

 そのまま大きな声で汝鳥さんの名前を呼んだのは、息を少し切らせた早乙女さんだった。

 

「…早乙女あこ」

 

 驚いたように顔を上げた汝鳥さんがそう返すと、むっとした表情になった早乙女さん。

 

「あこでいいですわよ、本当にもう!」

 

「…?」

 

 突然下の名前で呼んでいいと言われた汝鳥さんは状況に理解が追いついていないようで混乱していた。

 

 早乙女さん、怒っているようで実は心配しているみたい。

 さっきもレッスンルームから早乙女さんの怒った声が聞こえていたのを思い出した。その時は純粋に怒っていたようだから、汝鳥さんに対する周りの人の態度にそうなっていたのかも。

 

「あなたの演技力が抜群だということはこのわたくしが保証します!悔しいですけれど、誰が何と言おうとあなたの才能ですわ」

 

 フンッと横を向きながら早乙女さんはそう言った。

 

「励まして、くれてるの?」

 

 何を言われたのかゆっくり考えた汝鳥さんが不思議そうに口にする。

 

「なっ、当たり前でしょう?!同じ劇組の仲間ですのよ?」

 

 同じ劇組の仲間…早乙女さんはずっとそう思ってレッスンを続けていたのだと思う。

 

 すごくまっすぐな言葉を受けて、汝鳥さんは驚いた表情で固まった後に目を(うる)ませながら笑った。

 

「ありがと。あこ」

 

 嬉しそうな、心から浮かべてると分かる笑顔。私の方まで幸せな気持ちになるくらい嬉しい。

 

「えぇどういたしまして。ほら早く戻りますわよ!ツバサ先輩や他の人もサツキを待ってるんですから!」

 

 少しだけ頬を赤くした早乙女さんは汝鳥さんの手をとるとぐいっと引っ張って行ってしまった。

 慌てたように私の方を振り返った汝鳥さんに大丈夫だからと手を振る。

 

 そろそろ休憩時間も終わるだろうし私も見学に戻ろうかな。

 先に行った2人がレッスンルームに着いたのを音で確認して、階段を降り始めた。

 

 ☆☆☆☆

 

 夜、明日に備えての準備をしてからお風呂に入った。

 脱衣所のロッカーに置いていたタオルでポンポンと体を()いて服に腕と足を通す。

 

 それからひと息吐くと、撫でられているような感覚と同時に髪が不自然に感じない程度に乾いた。いつもはもっと乾くけれど、周りに人もいるからこうしてくれたみたい。

 

「すっかり遅くなっちゃったねー」

 

 鏡や椅子が置かれている場所へ行くと、タオルで濡れた髪を押さえためぐるが苦笑いをしていた。

 

 平均台を使ったウォーキングの練習やポージングの練習、それからランニングをしたら思っていたよりも遅い時間になっていて焦ったなぁ。

 

「でも明日に備えて準備はできたね」

 

「うん、がんばろ!サツキもサンキューって、あー」

 

 私の言葉に頷いためぐるが反対を向いて、何かに気付いたように声をあげる。

 

 そちらを見ると、汝鳥さんが髪も乾かさずにテーブルへ突っ伏していた。

 

「つかれた」

 

 それだけ呟く汝鳥さん。

 

「大丈夫?」

 

 そう聞くと、むくりと起き上がった。

 

「2人、はやかった」

 

 …これは、ランニングの時のせいかも。

 

「うん、ひなが速すぎてヒートアップしちゃったのは認める」

 

 めぐるとしていた30分のランニング。今日は昨日よりも多く走ろうと思って前へ出たのだけど、それにめぐるが同じスピードで走ろうとして置いていかれまいと汝鳥さんも頑張って…ランニングが終わる頃には2人がしばらく動けなくなっていた。特に汝鳥さん。

 これからは走ると息を切らせながら言っていたけど、平均よりは走れていたと思う。

 

 そんな事を考えながら汝鳥さんを見ると、起き上がった姿勢のままウトウトとしていた。今日は色々な事があったし、すごく疲れているみたい。

 

「ほらー、髪乾かさないとだよー」

 

 私が(たな)からドライヤーを取り出していると、めぐるが汝鳥さんをユラユラと揺らして起こしていた。

 

 コンセントを()して、よし。

 

 椅子の後ろに立つと、鏡越しに眠たげな瞳のままコテンと首を傾げた汝鳥さんと目が合う。

 

「そのまま座っていて?」

 

 私がドライヤーを持ちながら微笑んで言うと、コクリと頷いてくれた。肩にかけているタオルで水気は取れているからすぐにドライヤーをあてて良さそう。

 

「わ、サツキいいなぁ」

 

 隣ではめぐるが羨ましそうな表情を浮かべていた。

 

「めぐるも乾かす?」

 

 少し待ってもらうことになるけれど…

 

「うぐ…羨ましいけど自分でする」

 

 そう言っためぐるに分かったと頷いてからドライヤーのスイッチをオンにする。

 少し手に風を当てて温まってきてから汝鳥さんの髪を乾かし始める。

 

「ドライヤー、暑くない?」

 

 今は強温風モードで根元に風を当てているから、せっかくお風呂に入ったのに汗をかいてしまうかも。

 

「ん…」

 

 目を細めて頷いた汝鳥さん。よかった、大丈夫そう。

 

 ドライヤーを小刻みに振りながら根元から乾かしていって、弱温風モードにして整えていく。最後に冷風で髪に残った熱を逃して終了。

 

 うん、いい感じ♪

 

 するりと指通りのいい髪をブラシでとかしてから出来たよと声をかける。

 

「ありがと」

 

 サラサラと頭の動きに合わせて揺れる髪を見ていた汝鳥さんがお礼を言ってくれた。

 

「どういたしまして、汝鳥さん」

 

 誰かの髪を乾かすのは久しぶりで、私も楽しかった。

 

「サツキ」

 

「…?」

 

 汝鳥さんの言葉に思わず首を傾げる。

 サツキというのは汝鳥さんのお名前だけど…?

 

「サツキのことは、サツキでいい」

 

 そう言った汝鳥さんが振り向く。

 

「ひな」

 

 …驚いて、でも嬉しくて、一瞬言葉が出てこなかった。

 

「うん、サツキちゃん」

 

 下の名前で呼ぶのはまだあまり慣れていないのに、すんなりと呼べた。

 

「ん」

 

 よし、とばかりに頷いたサツキちゃん。

 

 ふと横を見るとちょうど髪を乾かし終わっためぐるが何があったか分からず混乱していて、思わず2人とも笑ってしまった。




 
前話後書きより
『なるべく早く更新をする』(ほぼ1月経過)

…こ、こちら更新になります(深々)
本当は19時頃に書き終えてすぐ投稿しようと思ったのですが、2020年最後の20日20時20分に投稿したいという魔がさしてこの時間となりました。

そしてなんと、今回は1万2000文字と過去最高の長さにもなっています。分割すると変な所で切ってしまうことになるのでこのまま投稿しました。

ひなちゃんの悲しみは某役者漫画の主人公がオーディションで見せたあの演技を想像していただけたら…いいですよね、おすすめです、皆さんも是非読んでみてくださいア○タージュ、とこの話を投稿する時に書こうと前々から思ってたら書く前にその漫画が大人の事情で強制終了しました。凹みました。

そしてムーンナイトの年末年始休みが元旦オンリーということが決定したため年内に投稿が出来るかわかりませんが、もう少し投稿したいという願望を叶えるために頑張ります。

そして最後に、サツキ=チャン、カワイイ!
今回はこの言葉が自然と思い浮かぶレベルを目指して執筆しました。
今作オリジナルキャラクターである汝鳥サツキちゃん、これからも魅力をたっぷり詰め込んでいきます。
カワイイ、好き、と思っていただけたら嬉しいです。

それでは、また!

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