little Angel story〜1人の少女の物語〜 作:ムーンナイト
1行で分かったりしなくもない前回のあらすじ
・お姉ちゃん倒れてた
※今回、体調不良の描写が引き続きあります。
苦手だという方には、糸目で読む事を。
無理ですという方には、チラ見した後にブラウザバックボタンを押す事を推奨いたします。
side:ひめ
「・・いいえ。…何でも、ない…」
心配そうな顔をしているツバサにそう言ったあと、そっと目を閉じる。
さっきと比べるとだいぶ体調が良くなってきた。それはきっとひなちゃんが来てくれたから。
ツバサに言った言葉…本当は何でもなくなんてない。
さっきのドンという音と一瞬聞こえたひなちゃんの声。
昔、同じ声と音を聞いた。
私の記憶の中で
────あれは、私が7歳の時。
朝からたくさんの雨が降っていて私の体調が最悪だった日のこと。
その日は子役として1話だけ出演するドラマの撮影が午後から入っていて、どうしても行かなければならない日だった…。
☆☆☆★
「はぁ…はぁ…」
その日の午前中は、子供部屋のベッドで休んでいた。
枕を重ねて少し起き上がっていた状態だったのだけど…ひなちゃんが来るまではとても辛かったのを覚えてる。
「おねえちゃん」
扉を開けて入って来たのは当時4歳のひなちゃん。
私と同じで早生まれだったから、まだ4歳だったの。この時は幼稚園の年中さん。あと何日かで5歳のお誕生日だったわ。
「だいじょうぶ?あのね、ひな、アイスティーつくったの!っとと」
トレーに乗せていたアイスティーを
だからこの時点でトリリンガルくらいにはなっていたわ。英語は普通にお話ができて、確か中国語だったかしら?声優のお仕事で一緒になった中国の方から教えて貰ったらしいの。そのご縁でお食事に行った時もひなちゃんが通訳をしてくれたわ。
チュンイェンさんと言うのだけど、深緑の髪が素敵な方だった。
今どれくらいの言語を話せるのか、何年か確認していないから分からないけれど・・。そういえばフィンランド語もあの時に話せるようになってたかしら…
ひなちゃんは私の側まで来るとベッドサイドの机にアイスティーが乗ったトレーをそっと置いた。そして私の方に体を向けながら口を開く。
「まだつらい?ひながつくったアイスティー、のめる?」
私を映している大きな瞳が心配そうに揺れていた。
瞳孔のフチを飾る金色のリング、私と同じ青緑色、そしてひなちゃんらしい水銀色が煌めく瞳。
本当に…見つめれば見つめるほど吸い込まれそうで、どこまでも
「おいしそう。まだ、動くのが、つらいの。ひなちゃん、のませて…くれる?」
私がそういうと、ひなちゃんは嬉しそうに頷いてからトレーの上に置いてあったストローの袋を開けてグラスにさした。
今も変わらずなのだけれど、ひなちゃんは本当に用意がいい。必要になる物を全部予測しているのかと思うほど。
この時も丁度喉が渇いたタイミングだったし…まぁ、それは偶然だったかもしれないわね。
「ひなちゃんは、具合…だいじょうぶ?」
私はこの時、答えるまで少しの間があった事に気付いてあげるべきだった。
雨の日に体調が悪くなるのは私だけじゃない。表情だって、今思い返せば少し硬くなっていたのに。
「…うん!おねえちゃん、あ〜ん♪」
それは多分、食べ物の時に言うことなんだけど…。
そんな指摘を心の中にしまった私は、ひなちゃんが差し出してくれたストローからコクリとアイスティーを飲んでとても驚いた。
だって、今まで飲んだアイスティーの中で1番美味しかったんだもの!
「どう…?」
私が驚いて目を見開いたまま固まってしまったのを、ひなちゃんは不安そうに見ていた。
「にがかった?やっぱりむらす時間、あと20びょうみじかくした方がよかった…?」
何だか凄く専門的な事を言っていた。
「とっても…おいしいわ。ありがとう、ひなちゃん」
ようやく再起動した私がそう言うとひなちゃんの顔がぱあっと輝いた。
空から光が射したような笑顔で、一緒にいる私も元気を貰える。
「むらす時間とかも、はかって…いるの?」
さっきの言葉。
──「むらす時間、あと20びょうみじかくした方がよかった…?」
その言葉がとても気になっていた。
思えば思うほど、かなり専門的な部分まで考えているわよね。
するとひなちゃんは更に嬉しそうに顔をほころばせて。
「うん!おねえちゃんがげんきになれるんだもん!だからひなね、いっぱいご本を読んだり、おかあさんとかおしごとの人にきいたりして、たっくさん、つくってるんだ〜♪」
そう答えてくれた。
正直に言って、とても嬉しかったわ。
そのアイスティーを飲み終わる頃には元気が出て来て、枕に寄りかからずに起き上がることも出来るようになった。
「おねえちゃん、おきてだいじょうぶ?」
ぴとっ、と私の背中に手を当てて支えてくれたひなちゃん。
その手から温かさが伝わって来てとても気持ち良かった…。
「えぇ。ひなちゃんのおかげ。ありがとう。紅茶のおはなし、もっと聞かせてくれる?」
私がひなちゃんにそう言うと、ひなちゃんはニコニコとしながら話し出した。
「うん!あのね、アイスティーをいれるときは、まずポットをあったかくするの!お湯をだしたらそのあと、スプーンでお茶のはっぱをすくって、お湯をポットのはんぶんまでいれて、それで・・────」
あぁ、だめ。
もっと聞いていたいのに…。
ひなちゃんの声が遠のいていく。
頭が、痛い。
無視出来ない頭痛に、思わずこめかみをぎゅっと抑える。
目ざといひなちゃんがそれに気付かないはずが無かった。
「それでね・・おねえちゃん、あたまいたい?ひな、おしゃべりしすぎちゃった?」
話している最中に私がこめかみを抑えている事に気付いたひなちゃんが慌てたように言うのを見て、私はこう返した。
「そんなことないわ。雨だから、いたいの…。・・・づっ…!」
その時、頭が一際強く痛んで、反射的に手のひらでこめかみを強く抑えた。でもそれだけじゃ我慢出来なくて、折角起き上がったのに荒い息を吐きながら枕に倒れ込んでしまった。
少し落ち着くまで私の手を握ってくれていたひなちゃん。突然、何かを思い立ったかのように窓の方に駆けて行った。
「ひな、ちゃん…?」
部屋のレースカーテンをシャーッと閉めたひなちゃんは、窓に向かって、
「もうイタイイタイの、はいって来ちゃだめ!」
と指を指して言っていたの。
その様子がとても可愛くて、思わずクスッと笑ってしまったわ。
うんと満足げに頷いたひなちゃんはこちらに戻って来て、私の手を握った。
「どうしたの?」
小さな両手で私の手をきゅっと握りしめたあと、ひなちゃんはそのまま自分の手と一緒に私の手も引き寄せて自分の胸に当てる。
長い
「おねえちゃんのイタイイタイが、ぜ〜んぶひなに、
聞き捨てならない言葉が、その口から柔らかく紡ぎ出された。
「…⁉︎」
私は驚いたのと同時に、とても慌てた。
ひなちゃんは元々心臓が弱いと言われていて、たとえ本当に移らなくても辛い思いなんてしてほしく無かったから。
反射的に離れようとした私の手の動きを察したのか、ひなちゃんはそのまま私の手を離した。側から見ればひなちゃんへ伸ばすような形になっていた手をおろす。
「だいじょうぶだよ、おねえちゃん。ひなは…わたしは、だいじょうぶ」
その言葉を言ったひなちゃんの表情は見た事がないものだった。でもそれがどんな表情だったのか、今でも思い出せない。
その時の私はもう1度見ようとしたのだけれど、次の瞬間にはいつものひなちゃんに戻っていた。
「あ、おしごとの時かん。ひなのおまじないをかけたから、おねえちゃんはもうだいじょうぶだよ!」
そう言いながら、トレーの上に飲み終わったアイスティーのコップを乗せて手に持ったひなちゃん。
扉の方へ歩いて行って、丁度姿が見えなくなったその時…。
「つっ…!」
そんなひなちゃんの声と共に、ドンという音とトレーが落ちる音、そしてアイスティーを入れていた軽いプラスチック製のコップがカラカラと転がる音が耳に届いた。
そのひなちゃんの声は今まで聞いたことのない色に染まっていて、何だかザワザワと胸騒ぎがしたの。
「ひなちゃん、どうかしたの?だいじょうぶ?」
いてもたってもいられなくて、体を起こしベッドを降りる。少しフラつきながらもひなちゃんの元へ向かった。
あの子は扉の前でこちらに背を向けて、手を体の前で握りしめながらぺたりと床に座っていた。
「ひなちゃん⁉︎」
慌てて声をかけると、ゆっくりと振り返ったひなちゃん。
「あの、ね…とびらをあけようとしたら、手をぶつけちゃって、コップとかもおとしちゃったの…」
ひなちゃんが言った答えに、私は安心した。…安心してしまった。
違和感は感じていた。心のどこかで。
全て分かった今だから分かる、
「よかった…。手はけがしてない?」
立てるように手を差し出しながら聞く。ひなちゃんはいつもよりどこか薄く感じる笑顔を浮かべて私の手を取った。
「うん、だいじょうぶ」
その笑顔に、私はほんの少しだけ首を傾げていた。
転がってしまったコップをトレーに乗せて、ひなちゃんは最後に振り返る。…私はそこで、気付かなかった。
「おねえちゃん、おしごとがんばってね」
その時にはもう、さっきの違和感がある笑顔は消えていたから。
「……」
その時は不安でいっぱいだった。具合は良くなって来ているとはいえ、体調が悪くてちゃんと演技が出来るかどうか。
それで黙ってしまった私を見て、ひなちゃんは花が咲くような笑顔を浮かべた。
「だいじょうぶ!おねえちゃんにはひながおまじないをかけたから、ぜ〜ったい、だいじょうぶだよ!」
この子の天使のような笑顔でそう言われると、不思議と大丈夫な気がして。
「ありがとう。ひなちゃんもがんばってね」
「うん!いってきま〜す♪」
そして私は、ひなちゃんを送り出してしまった。
★★★★
その日の撮影では、私は具合が悪くならなかった。それどころかいつも以上にすんなりと役に馴染めて、とても調子が良かった。
「(ふふっ、ひなちゃんのおまじないのおかげ!)」
ひなちゃんはキッズモデルのお仕事が何本か終わったあと家に帰るはず。
お礼を言って、ぎゅっと抱きしめて、ご飯を食べながら今日はどんな楽しいことがあったのかをお互いに話すの。帰ったらたくさんありがとうを言わなくちゃ。
そう思っていた。
撮影の合間に、一緒に来てくれていたお母さんの携帯が震えた。
「あら?お父さんだわ。どうしたのかしら?・・もしもし?」
いつもはあまり気にしないけれど、なぜだかこの時は普段より耳を傾けていた。
どうやら電話の相手はひなちゃんと一緒にいるお父さんだったらしい。
私は自分用に振り仮名やポイントを書いた台本をもう1度確認しながら流し聞きしていた。
「──え?本当なの⁉︎今は?…………そう。なら、私達はひめちゃんの撮影が終わったらすぐに向かうわ。…えぇ。それじゃあ」
ポチっとお母さんが電話を切って、神妙な顔つきで私の方を向く。その様子に何か胸がざわめいて、思わず聞いてしまった。
「なにかあったの?」
私がそう言うと、お母さんは言おうかどうか迷っていたみたいだったけれど、やがてすっとこちらを見た。
「ひめちゃん。落ち着いて聞いてね」
そんなに重要なことだったの?
そんな事を考えながら真剣に聞く構えを取る。
「ひなちゃんが、お家に帰ったあと倒れたって。意識がないらしいの」
え?
言われたことが一瞬理解出来なくて、私は固まってしまった。
ひなちゃんが…ひなちゃんが倒れて、意識もない?
さらに追い討ちをかけるように、お母さんが口を開く。
「さっき救急車で運ばれたんですって。今、詳しい検査をしてもらっている所だそうよ」
行かなきゃ。
あの子の所へ。
無意識に椅子から降りて、帰ろうとした。
でも、お母さんに止められた。
「おかあさん…?はなして?行かなきゃ」
あの子が…!ひなちゃんが…!
「撮影は?どうするの?」
その言葉は、私を少しだけ現実に引き戻した。
「っ!それは…」
その時はまだ、出演するシーンのカットを撮り終えていなかったから。
「私達も撮影が終わったら急いで向かうわ。だから、今は我慢して。お願いひめちゃん」
でも、と口に出しかけた所で、腰を落として目線を合わせてくれているお母さんの表情に気付いた。
とてもとても辛そうで、少し涙目にもなっていて。
今考えても、お母さんはすぐにでもひなちゃんの元へ行きたかったはず。姉である私よりも、母であるお母さんの方が、ずっと。
「・・・」
その時の私は、ただ頷く事しか出来なかった。
★★★★
「白鳥ひなさんですね。12階の西病棟です」
「分かりました。ありがとうこざいます」
何をしに来たのかわかるよう渡されたバッジをお母さんは自分の胸元に付けたあと、私の服にも手早く付けてくれた。
撮影が終わった時には、もうすっかり日が暮れてしまっていて。急いで帰り支度を済ませたあと、お母さんと2人でタクシーを捕まえて病院へ向かった。
言われた病棟に行って、白鳥ひなと手書きで書かれたネームシートがある部屋に駆け込む。
「ひなちゃ…‼︎」
ガラリと扉を開けて見えた光景。
思わず私は、息を呑んで立ち止まった。そこには、酸素マスクをつけ、腕や指は点滴や機械に繋がれている、私の妹がいた。
大きなベッドに横たわっている、小さなひなちゃん。
私の知っているひなちゃんではないみたいで怖かった。
「来たのか。──倒れてからまだ、目が覚めていないんだ」
ずっとひなちゃんの側についていたお父さんが話してくれたことに、私は衝撃を受ける。
「目が…さめてない…?」
それって・・、どうして…。
まだ小学校低学年だった私でも分かる異常。
…倒れてから何時間も経っているはずなのに…!
「これからお医者様からの説明があるんだが、少し辛い内容かもしれない。ひめは、どうする?」
先生の話を聞くか、ここで待っているか。
「・・・きく。私にもきかせて、お父さん」
私は、ひなちゃんの体に何が起こったのか、子ども心に知りたいと思ったの。
★★★★
「ひなさんの主治医の、佐々木です。よろしくお願いします」
2人に連れられた私は、別室で説明を受けた。
お母さんもお父さんも佐々木先生とは面識があったらしいけど、私はその時始めて佐々木先生のお名前を知ったの。
「まず、検査の結果ですが…。元々からお分かり頂いていた通り、ひなさんの心臓には異常があります。そして新しく判明した内容としてはこの紙にもありますが、
気象病…。天気が悪くなると具合が悪くなってしまう病気。
お母さんが手を
「私は軽く目眩がする程度なのですが、この子は具合がとても悪くなります」
私の背中を撫でながら、お母さんが補足した。
「ありがとうございます。では、午前中ひなさんに何か変わった事はありましたか?」
「午前中はあの子、この子のところにも行っていたので詳しくは…。少なくとも私が見ていた時には、普段と何も変わりありませんでした」
お母さんは悔しそうに顔を伏せて、私の背中から離した手を膝の上で結んだ。
「何かありましたか?」
佐々木先生が私を見る。
変わったこと…。
「何でも構いません。例えば…いつもはご飯なのに今日はパンだったとか、何も無い所で転んだとか…、いつもと少しでも違う行動や何か気になる行動があったら小さな事でも教えて下さいませんか?」
そう言われて悩んだ私は、ひなちゃんが手をぶつけて座り込んだという話をしたの。
本当に
「──なるほど。その時、ひなさんは胸の前で手を握っていたんですね?」
「はい。こっちに背中を向けていたからくわしくは分からないですけど、そうだと思います」
すると、先生は何か波のようなものが印刷された紙をファイルの中から取り出した。
「これは、ひなさんと同じ病気の方のグラフです。痛みを示す数値を特殊な機械で図った物で…。恐らくひなさんはその時
そのグラフには1つの大きな波があったあと、断続的に小さな波があって、その次に一際大きな波があった。
「それって…」
頭の中で言葉を繋げていく。
ある事を理解した途端、サァーッと体が冷えたのを感じた。
「ひなさんは、心配をかけたくなかったのだと思います。波に襲われた時、とっさに手をぶつけたと言ったのも、そのせいでしょう」
「え…。なん、で…」
ひなちゃん…
「この痛みは間の小さな波でも、大の大人が悲鳴をあげたくなるような痛みです。第一段階の波から数時間後に、一際大きな波が来ているのが分かりますか?この時にひなさんは倒れてしまったのでしょう。普通の子なら、小さな波の時点で痛みに耐えかね、気を失ってしまうんです。ひなさんの目が覚めないのも、強すぎる痛みに体が拒否反応を示してしまったからだと思われます」
どうして…、どうして黙っていたの?
ごめんね。私が、お姉ちゃんなのに気付いてあげられなかったから…!
★★★☆
もしもこの時と同じなら、今もひなちゃんは痛みと戦っているの?
辛いのなら、助けてって言って欲しいのに…。
また、私は気付いてあげられない。
どうして言ってくれないの?
なぜ私を頼ってくれないの…?
ねぇ…ひなちゃん…。
私は…。お姉ちゃんは…、大切な
書き上がりました。(13:51分)
あとは14時ぴったりに投稿ボタンを押せば良いだけですね。
次はまた明日、10時頃に投稿出来ればと思います。
今回、ずっとお姉ちゃん視点でお送りしました。
たくさん書けて満足です。
それと、お気に入り登録をしていただきました。
ふぃえ・・!と数秒息が止まると共に、おせちの黒豆が喉に詰まりかけました。
嬉しいです。ありがとうございます!
(2019年8月・文章整形等を行いました。白い星は現在、黒い星は過去の話の中で時間が飛んでいる、と考えていただければ…