華琳逆行   作:にゃあたいぷ。

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筆が進まないので一旦、投下。


間幕.曹洪子廉①

 私の心を鮮やかに響かせるのは、

 薄紫色に合わせた純白の薄布、ふわっと可愛らしい水鳥の雛。舌触りの柔らかい削り氷が盛られた硝子の器、とろりと垂らされる黄金色の蜂蜜が煌めく様子。水晶で作られた数珠を眺めるも好し、藤の花。梅の花に雪が降り掛かる景色も好し。大変可愛らしいお子様が苺を頬張る姿には見ているだけで胸が張り裂けそうになる。一歩進めば見方が変わり、三歩進めば意識が変わる。世界は両腕でギュッと抱き締めたくなるほどに愛しいもので溢れていて、両手いっぱいでは収まり切らないほどに慈しみで満ちている。いつでもどこでも胸いっぱい、この五感で感じられる世界が私は大好きです。太陽が沈み、月が巡り、そしてまた太陽が昇る時、世界は新しく生まれ変わる。

 雀の鳴く音が聞こえる窓を開け放って、おはようございます。今日もまた一日、良いことがありますようにと満点笑顔の祈りを届ける。

 

 寝起き一番で行うのは桶に溜めていた水で顔を拭くことだ。

 そのまま肌の手入れを行なって、次に髪。ついでに爪の手入れを済ませてから衣服を着替えてぬいぐるみだらけの部屋を出る。美容に気を使うのは手間で面倒に思うこともあるが、武人が長い年月を掛けて肉体を鍛え上げるように、雨の日も、風の日も、病める時でさえも、日々の継続が美貌を作り上げる――であればこそ四の五の言わずに自分の肉体を磨き上げる為の努力を積み重ねるのだ。その為、私は同じ屋根の下で暮らす誰よりも早くに目覚めるが、実際に部屋を出るのは誰よりも遅い時間になる。

 軽い朝食を摂り、皆の勉強部屋代わりに活用している大部屋に向かう道すがら、使用人達に挨拶を交わす。

 この時、歩き方一つ、手を振る動作一つにおいても可憐な仕草を心掛ける。常日頃から美容に気遣い、己の美に自覚ある者であれば、日頃の立ち振る舞いも気を払うべきだと私は考える。そんな私を春蘭(夏侯惇)は奇異な目で見ることがある。よく疲れないな、とか、そんな感じだ。しかし、そうあることに私は疲れを覚えなかった。何時、如何なる時も他人から見られていることを自覚し、そうあることを日常に落とし込んでいる。可憐に振る舞うことを当たり前にして、だらけた姿を晒すことに強い違和感を感じるように――そうなってしまえば、気苦労なんて生まれようがなかった。

 可憐に、優雅に、私の想い描く美の姿が世界の規範になるように――姓は曹、名は洪。字は子廉。真名は栄華(えいか)。ただ生きるだけの姿が美になるように歩みを進める。

 この在り方を理解してくれたのは御姉様、つまり華琳(かりん)様だけだった。

 

 曹騰様の屋敷、同じ屋根の下で暮らす姉妹は自分も含めて計六人。

 基本的には従姉妹同士の繋がりで、実の姉妹は夏侯姉妹(春蘭と秋蘭)と脳筋姉妹(華侖と柳琳)の二組になる。それでも私達が自分達の関係を姉妹と語るのは御姉様の提案があった為だ。だから私は皆を姉妹と認めている。

 大部屋に上がる。遅いぞ、と私に告げるのは春蘭(しゅんらん)。寝坊っすか? 問いかけて来たのは華侖(曹仁)だ。

 この六人で姉妹だ、と御姉様が決めた時、最初こそは面倒な姉妹が増えたものだと嘆いたのを覚えている。しかし今の認識は少し変わっている。とりあえず華侖(かろん)の額を指先で小突き、そして期待に満ちた目で私を見つめる春蘭の元へと溜息交じりに歩み寄る。彼女が座る机、その上に広げられた書類、事細かに書かれた数字を前に少し前まで頭を抱えていただろう春蘭は「頼む、力を貸してくれ」と縋るように頭を下げてきた。この姉妹には脳筋が三人いる。柳琳(曹純)は賢い脳筋、華侖(かろん)は要領を掴むのが早い脳筋。そして目の前にいる春蘭は残念な脳筋だ。優れた体躯と美貌を持っていながらも頭には恵まれなかった。

 そんな可哀想な春蘭を前に大きく息を吐き、書類の一つを手に取り、ざっと見て、此処と此処の計算が間違っていると告げる。ついでに他の残っている書類を見て、簡単に間違いを指摘してやれば、春蘭は感謝感激雨霰と拝むように感謝の言葉を並べ立てた。そんなのはいらないので、もっと次からは丁寧に計算をして欲しい。

 ぐるりと部屋を見渡して、柳琳(るーりん)は華侖と一緒にいるが秋蘭(夏侯淵)の姿はない。また書庫に引き籠っているのだろうか。それこそ朝早くから深夜まで、夜更かしは美容の敵だというのに彼女は分かってくれなかった。そもそもだ、姉妹達は美容に無頓着過ぎる。今、大部屋に居るだけでも柳琳が最低限、肌の手入れをしている程度で見ていられない。今から美容指導でも始めたい気分だが、それが無駄になることは経験上知っている。

 素材は良いのに、ともどかしい気持ちになりながら可憐に椅子へ座って目的の人物を待ち焦がれた。

 

 程なくして、「待たせたわね」と何気ない一言と扉が開けられる。

 そこには可憐な少女、今日もまた御姉様が美を振り撒きながら大部屋に入り込んできた。直ぐに話しかけようとするも、それを華侖が許さない。横っ跳びに抱き付いて、どたばたと二人して地面に転がるのだ。嗚呼、なんとおいたわしいことか。先程までの完璧に可憐な立ち姿を見せていた御姉様は今、乱した衣服で飛びついてきた華侖を組み伏せている。「ああ、栄華。今日も綺麗ね」と御姉様は華侖の関節を極めながら爽やかな笑顔を私に向けた。割とガチめな悲鳴を上げる妹も、なんのそのだ。

 おはようございます、と私も可憐に頭を下げてみせる。

 

「御姉様、少し前に取り入れた美容法の効果を確かめましたので是非ともお姉さまにもお教えしたいです」

「あらまた新しい方法を見つけたのね。良いわ、後で教えて頂戴」

「あだだだだだだだだだだだだだだッ!!」

 

 私がにこりと笑ってみせれば、御姉様もにこっと笑いかえす。

 うわぁ、と今にも声を上げそうな柳琳を視界の端に、おほほ、と上品にお互いを見つめ合い続けた。

 御姉様に組み敷かれている猿なんて、なんのそのだ。

 

 御姉様は美しい、容姿もそうだが内面も完璧だった。

 常に他者の視線を意識する私とは違って、御姉様は何時でも自然体に美しくて非の打ち所がない。隙のない立ち振る舞いもそうであるが、時折、身内にだけ見せる無防備さが、どうしようもなく見る者を惹きつけるのだ。その一瞬の隙を突き、体当たりを噛ます華侖のことは記憶から除外した。

 ……できることなら姉妹には皆、美しくあって欲しいと思う。それは姉妹を慮ってことではなくて利己的な理由だ。折角、良いものを持っているのに勿体ない。素材を無駄にしているところを見るのは、文字通りの意味で目に毒だ。腹立たしくて精神衛生に良くない。それだけを理由で私は姉妹達を徹底的に手入れして着飾りたい。

 そんな私に付き合ってくれるのは御姉様だけだった。

 

「うぅ……酷いっす……」

 

 酷いのは貴方の頭です、と倒れ臥す妹に辛辣な言葉を思い浮かべる。

 

「ああ、それと……栄華に頼りたいことがあったっすよ」

 

 まだ痛むのか華侖は極められた関節を撫でながらゆっくりと立ち上がり、私を見る。

 

「……その、えっと……き……き……ん〜……綺麗になるには、ど、どうしたら……良いっすか?」

 

 恋を恥じらう乙女のような顔で問いかける姉妹の手を包み込むように両手で握り締めた。

 

「一から十まで全てを伝授して差し上げますわ!」

「あ、はい。お手柔らかに頼むっす」

 

 自意識のない姉妹を美の虜にしてやることを強く誓って、早速、美しいとはなんたるかを伝授する為に華侖の手を引っ張った。

 

「栄華、華侖を着飾るのも良いけど、先ずは課題の進捗を教えてくれないかしら?」

 

 その御姉様の声に、あっ、と動きを止める。

 今日は課題の報告会。これは失態、逸る気持ちを抑えきれないようでは御洒落ではない。

 くるんと巻いた金髪を振り払って、纏めた資料を御姉様に提出する。

 

「あら、これは見積書?」

 

 ぱらぱらと書類を捲る御姉様に、彼女が望む言葉を口にする。

 

「爆裂団の活動には利益が生じています。そして、その運営に携わる者として俸給を試算した結果が二枚目になります」

「……随分多くないか?」

 

 私よりも多い気がするのだが? と横から割って入る春蘭に、私は頰に片手を添えながら溜息交じりに告げる。

 

「勝手気儘に仕事を拾っては私に泣きついて後始末をさせたり、報告もなしに賊退治に向かった先で兵糧を要求することがなくなれば、これの半分以下にすることも吝かではないのですが……」

 

「春蘭?」と笑みを浮かべる御姉様に「い、いや、違う。これは栄華の罠だ!」と泣き叫んだ。なるほど、これは遠慮する必要はない。

 

「そういえば、この前、爆裂団の面々を率いて宴会を開かれた時のことなのですが……」

「待て、栄華! それは駄目だ!」

「……あの時は部下達を息抜きさせる為に必要な行動であった、と御機嫌に笑いながら領収書だけを手渡して行きましたね」

 

 これですが、と懐から取り出して御姉様に手渡す。

 

「……ふぅん、随分と楽しんでいたようね?」

「あ、いえ、これは示しを付ける意味もありまして……」

「でしてよ、栄華?」

 

 そう投げられた視線に、貴方はどうしたいのかしら? と楽しそうな笑みで問い掛けてきた。

 

「望み通りに上司としての示しを付けさせてあげましては?」

「なるほど、自腹を切らせる訳ね」

「減給半年程度が妥当でしょうか?」

 

 そんなあ、と春蘭が涙目で訴えを無視して御姉様は書類を捲り続けて、おやっと僅かに目を見開いた。

 

「服飾披露会?」

 

 その問いかけに「はい!」と元気よく首肯した。

 服飾披露会。それは服飾関係の人間が民衆、あるいは富裕層に向けて自社製品を喧伝する為の披露会だ。私は思うのだ、衣服は人が着てこそ衣服だと。正面からではなく、背面だけでもなく、何処から見ても美しく見える衣装に人は憧れる。だから商品を選ぶ時は更衣室で数多の衣服に袖を通して、これでもない、あれでもない。と自分と近しい体格の者に衣服を着せながら考える、想いを馳せる。こんな服を着てみたい、という想いは、人が着る姿を想像して、始めて感じることができる感情だ。

 だから私は決意する。あらゆる角度、誰の目からも衣服を見ることができる舞台を建設する。舞台から民衆を掻き分けるように中央付近まで届く細長い橋を用意して、そこを衣服を着せた人間に歩かせることを考えた。勿論、ただ単に歩かせるだけでは退屈だ。だから民衆を楽しませて、喜ばせる為に様々な趣向を用意するつもりだ。まだ良い案は思い浮かんでないのだけど。

 この話に御姉様は「楽しそうなことを考えるわね」と笑みを浮かべる。

 

「でも、予算が足りないわよ?」

「人手は爆裂団から出せるので削れるかと、そして爆裂団が築き上げた伝手を使って商家に支援を求めるつもりです」

「対価は?」

「宣伝です、協賛してくれた商家の方々には惜しない賞賛を。大々的に成功させることで名を広めて貰いますわ」

「その方法だと二度目はないわよ?」

 

 試すような問いかけに、私は一度だけ目を伏せる。

 答えは決まっていた。可憐なものを世に広めたい、世の中には美意識のない者が多過ぎる。美しいということが、どれだけ素晴らしいことなのか知らない人間が多過ぎる。それは決して特定の誰かにだけ許された行為ではない。御洒落は誰だってしても良いのだ、美しさは誰もが憧れて良いのだ。世界は両腕でギュッと抱き締めたくなるほどに愛しいもので溢れていて、両手いっぱいでは収まり切らないほどに慈しみで満ちている。いつでもどこでも胸いっぱい、この五感で感じられる世界が私があることを知らない人間が、あまりにも世界には多すぎた。

 もっと世界を色鮮やかに満たす為、もっと可憐なもので溢れさせる為、私は強く頷き返す。

 

「これに私の夢を乗せますわ」

 

 御姉様はただ、頑張ってみなさい、とだけ返してくれた。

 

 

 

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