華琳逆行   作:にゃあたいぷ。

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・曹操孟徳:華琳(かりん)
曹家嫡子、逆行者。

・夏侯惇元譲:春蘭(しゅんらん)
夏侯姉妹の姉の方。

・夏侯淵妙才:秋蘭(しゅうらん)
夏侯姉妹の妹の方。


第一篇.

 前世の記憶を思い出してから数ヶ月、

 あれだけ情熱を燃やしていた野心に対しては、前世ほど固執しなくなっていた。

 前世で後悔することは少なからずあったようだが、やるだけのことはやったという自覚はあるし、今更同じことを繰り返す気にもなれない。一種の燃え尽き症候群のようなものだろうか。とはいえ私が立ち上がらなければ魏国は成立しないし、私自身が大陸を治めることが大陸にとって最も良い結果だという自覚はある。

 そもそも前世で私が覇を唱えた理由も、天下を差配するのに私以上の人物はいないという自負故だ。

 権力そのものには興味がない。もう少し漢王朝がしっかりとしていれば、私は漢の忠臣として働き続けていたに違いなかった。そして、私が目指した夢を他者の手によって成されるという結末を見た身としては、いまいち覇道を目指すことに対して気乗りしないのだ。

 上手く頭が働いてくれない、思考力の劣化が著しい。いずれ時間が解決してくれるだろうか――とりあえず今は目の前のことを順番に処理していこうと考えている。

 そして万が一のことを考えて、私は私の代わりに魏国を引っ張ってくれる存在を育てなければならなかった。

 

 さて、この時期の私は本来、曹家にあった書籍を全て読破すべく読み漁っている頃になる。

 春蘭(夏侯惇)秋蘭(夏侯淵)は夏侯家で自己修練に励んでいたはずで、当時から武一辺倒だった春蘭(しゅんらん)を補うように秋蘭(しゅうらん)が用兵書を熟読し、その関係で少なからずの政務を学ぶことになった。

 しかし今世での二人の動向に変化が起きている。

 

 此処、豫州沛国にある母曹嵩の屋敷にある庭、

 春蘭の気合の入った声が響き渡り、金属音が幾重にも折り重なる。

 今、私の目の前には春蘭が膂力に任せて、刃を潰した剣を振り上げるところだ。前世では魏軍で一、二を争う武力の持ち主、その気迫は幼少期の時点で既に並の大人達を凌駕している。武に関しては天賦の才覚を持っており、その才覚は天下無双と称えられた武の化身にも匹敵した。

 だが、今はまだ未熟だ。

 振り落とされる一撃、それを縦に構えた剣で横に逸らした。前世では、この時点でもう私は春蘭どころか秋蘭にも及ばなかった。それ故に武は自分の身を守れる程度にして、用兵や政務の勉学に知識を費やすことになるのだ。だが今は前世から継承された経験と技術がある。まだ荒削りな春蘭の剣撃であれば、辛うじていなすことはできた。

 それでも規格外の膂力では完全に春蘭の攻撃を逸らすことは難しく、体全身を捻ることで連撃を避け続ける。それを観察する秋蘭は「まるで舞っているように優雅だ」と感想を零すが、容赦も遠慮もない春蘭の攻撃は避け続けるだけでも必死なのだ。事実、攻撃に転ずることは難しく、隙を見つけて攻撃しても、次戦う時にはもう修正してしまっていた。

 まだ私の方が勝率は高いが、いずれ抜かされることになるだろう。

 

 攻めあぐねた時、相手が疲れるまで受けに徹するのが私の基本戦術であるが――、

 

「はあっ!!」

 

 と気合を込めた一撃を受け流しきれず、両手が痺れる。

 視線は春蘭の次を見ていた。しかし手をまともに動かすことができず、足だけでは続く攻撃を避け切れない。それでも身を守る為に腕だけで剣を構える。受け止めた――が、余計に腕が痺れる結果となり、次の一手が遅れて、春蘭の更なる襲撃に晒される。そのまま反撃に転じることができずに追い詰められて、遂に握力を失った両手から剣を叩き落される。

 そして、首筋に突き立てられた春蘭の剣先に私は両手を上げて、敗北を認める他になかった。

 

 汗ばんだ体を使用人が用意してくれた手拭いで軽く拭き取る。

 あれから何度か春蘭と手合わせをしたが、勝率だけを見れば互角、内容で語れば私の方が経験が豊富というだけで純粋な力量だけを語れば春蘭の方が上だった。これでも前世の時よりも強くなっているつもりだが――もう私の領域まで匹敵する春蘭には驚かずにはいられない。

 逆に春蘭は自らと互角の戦いをする私に好敵手であると同時に、勉学にも優れていることから尊敬の眼差しを受けており、彼女の妹である秋蘭からは「同年代で姉上と互角に戦える者がいるなんて……」と驚きを隠せずにいた。そして、その秋蘭は前世の時と比べると実力が劣っているように感じられる。

 弓の腕前は相変わらずだが、どうにも一騎討ちといった武力に対する鍛錬は怠っているようだ。

 代わりに母の屋敷にある書物を読み解くことに力を入れており、政務や経済に関することまで知識を蓄えるようになった。

 

 歴史を変えるということは、どうにも良い面ばかりが浮かび上がるわけではなさそうだ。

 尤も秋蘭が政務もできるようになれば、損失に対して余りある利益となるので気にすることではないが、前世で得られたものを今世では得られないかもしれないと悟る。少なくとも私は既に大きなものを二つ失っている。

 それは春蘭と秋蘭に手を出していないということだ。

 前世ではまだ成人する前、屋敷の書庫で房中術の指南書を見つけた私は持ち前の好奇心から二人に手を出したのが始まりとなる。所謂、若さ故の過ちというものだ。それ以後、肉体的にも精神的にも私に隷属することになるのだが――前世の記憶と経験がある私は節度を弁えており、今の段階で二人を手篭めにしようとは思わなかった。というよりも私の主義に反する。

 求められれば応えもするだろうが、自分から彼女達を求めることはしないと心に決めている。

 少なくとも、今はまだ。

 

「如何なさいましたか、華琳様」

 

 そう秋蘭に問われた私は、なんでもないわ、と悶々とした気持ちを抑え込んだ。

 私が房中術に嵌ったきっかけは頭痛が原因となる。常日頃、何時如何なる時であっても頭痛に苛まれていた私は夜中に寝付くこともできなかった。それが女体を貪っている時に限り、頭痛が和らいでいたのだ。絶頂後であれば、まともな睡眠を取ることもできるし、翌日の頭の回転は段違いに良かった。それから暇があれば、春蘭と秋蘭を虐めるようになり、二人が居ない時は別の女性を手を出し、時には学友の想い人を寝取るまでになった。その原因である頭痛も今世では鳴りを潜めており、今のところは激痛に苛まれる心配はない。

 ただ毎日のように続けてきた性行為。それは着実に私の心を汚染し、性欲を育み続けてきた。

 下手に自制が効く分、まだ私は慰めてくれる相手に恵まれていない。

 

 ――この歳で既に自慰中毒に陥ってるだなんて言えないわね。

 

 二人の匂いを嗅ぐと意識する。

 あれだけ体を重ねて愛し合った相手の幼い姿というだけでも、正直なことを言えば興奮するのだ。

 しかし、その想いは胸中に収めるだけに留める。

 

「少し休憩したら勉学に励みましょう」

 

 愛情よりも性欲が強い今、二人を抱く資格が私にはない。

 うんざりとした顔を見せる春蘭と、喜々として目を輝かせる秋蘭。二人を私室へと案内して、勉学に励まさせる。春蘭には課題を渡して読み解かせ、秋蘭は気付いたことや疑問に思ったことを報告させる。そして私もまた読書に励んだ。

 こんな感じで週に一度か二度、二人の鍛錬と勉学に付き合うのが今世での習慣となっていた。

 

 おかげで今世、春蘭の報告書で悩まされる軍師、文官は少なくなりそうだ。

 

 

 前世では朝に弱いということはなかった。

 というよりも頭痛に苛まれて生きてきたので、まともに睡眠を取れないのが正常であった。

 そして今世では、どうにも私は朝が弱い。なんというか目覚めた時に全身が気怠いのだ。満たされない性欲を少しでも満たす為に、自慰に耽っているのだから仕方ないといえば仕方ない。

 まだ眠たい体を起こして、目を擦ると不快な臭いが鼻先を突いた。そして、そういえば昨晩は自慰の後に手を洗っていなかったことを思い出して、更に気落ちする。前世ならば情事の後でも構わずに使用人を呼んだりしたものだが、流石に自慰した後となっては人を呼べないと自分でできることは自分でする習慣ができてしまった。

 なんというか前世と比べて、惨めな生活を送るようになった気がする。

 

 そのことに関しては、まあ今は良い。

 開発をし続けたせいで体が少し敏感になってしまったことを除けば、特に問題はないのだ。

 そんなことよりも今大事なことは今日、新たに身内と顔を合わせる予定があることだ。

 くるんと巻いた髪の毛を整えて、薄っすらと化粧を施した。

 衣服も対外向けに拵えたものを袖に通す。

 

 今日、会うのは確か、曹仁と曹純の姉妹だったとはずだ。

 恐らく前世でも縁があったと思っているが、いまいち思い出せない。どうにも記憶を思い出す条件の一つは顔を合わせることのようで、また今までの経験から真名を交換した相手のことしか思い出せないのようだ。曹姉妹が前世でも縁深い相手であったならば、顔を合わせ時に思い出すと思うが果たして――まあ、あまり前世と比べすぎるのも悪いと考えて気軽に身構えようと思った。

 日に何十人と謁見し、両手では数え切れないほどに皇帝へ上奏を続けた身としては、今更新たに人と会うことに緊張することはない。

 時間まで暇だと思い、気晴らしに外を歩こうとして――カタッと天井から小さな音がしたのに気づいた。

 

 私は気付かぬふりをして、そのまま部屋を出る。

 此処は名門曹家、間者の一人や二人は忍び込んで当然だと思い――しかし、今は反撃もできぬと外に出る。

 庭に出た。周辺に探りを入れながら歩いてきたが、どうにも目的は私ではなかったようで視線や殺意を感じない。それならば、と先程、音がした場所を確認してみようと考えて、私は軽い身のこなしでスルスルっと屋根の上まで登る。

 そして、記憶が蘇る。

 唐突な記憶の奔流に眩暈を引き起こすも、なんとか屋根から落ちないようにと身を屈める。

 落ち着いた頃を見計らって、改めて前を見つめる。屋根の上には少女が全裸のまま、大の字になって寝転がっていた。衣服は脱ぎ散らかしており、強い風が吹けば何処ぞへと吹き飛ばされてしまいそうだ。久方ぶりに見る裸体に暫し釘付けとなり、前世でどれだけの裸体を見てきたんだと首を横に振る。

 性欲が溜まっている自分に辟易しながら、改めて少女のことを見つめる。

 

 姓は曹、名は仁。字は子考。真名は華侖(かろん)

 懐かしくて幼い顔の少女が太陽を文字通りに体いっぱいに浴びて、気持ち良さそうな寝息を立てている。

 前世でも脱衣癖を持つ問題児であり、春蘭と負けず劣らずの頭の悪さであったと記憶している。




・曹仁子孝:華侖(かろん)
曹姉妹の姉の方、脱衣癖持ち。

ps.
遅れてしまって申し訳ない。
他作品と並行して進めているので、暫くは投稿が遅くなると思います。

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