華琳逆行   作:にゃあたいぷ。

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第二篇.

 裸体姿の従妹を外に晒しておくことはできず、

 とりあえず自室の部屋にある寝台に華侖(曹仁)を寝かしている。全裸で。

 この状況が絵面的に不味いということは理解している。かといって全裸の従妹を部屋に連れ込んだ上に服を着せるというのは、もっと絵面的に不味い気がして仕方ない。そもそもだ、欲求不満の私に彼女の体は目に毒が過ぎる。私の従妹というだけあり、肌はきめ細やかに白くて、手で撫でる肌触りだけでも気持ち良さそうだった。息を吸う度に膨らむ小振りな胸、時折、ご飯を食べる夢でも見ているのか、もごもごと口を動かしては、こくりと小さく喉を立てる。そして口の端から垂れた唾液が私の枕を濡らしていた。

 無防備な従妹の姿に、思わず生唾を飲み込んだ。今世になってから、私は、一度も、女体を味わってはいない。強烈な頭痛を緩和したくって、寝る前は毎日のように誰かしらを抱いていた記憶がある。大体が春蘭(夏侯惇)秋蘭(夏侯淵)、あと二人か三人ほどが私の部屋に来ていた記憶がある。それには少なからずの快楽があった。女体を抱くのは麻薬のような中毒性がある。そして私は控えようと考えたことはなく、身も心も、そして魂までも快楽漬けになっている。駄目だと分かっていながらも華侖の瑞々しい唇に目が奪われて反らせず、引きずり込まれるように顔を寄せる。荒い息を潜ませる、胸の動悸が収まらない。目を閉じる、接吻の快感を堪能したくて、欲望のままに唇を落とす。口の端から垂れる唾液を啜るように、じっくりと唇を重ね合わせて、軽く唾液を流し込んでから軽く吸った。ちゅっという水音が立てられる。へたりと床に座り込み、頰に片手を添えて、力が抜け落ちるように溜息を零しながら歓喜の余韻に浸る。気持ちよかった、久方振りの人肌は私の心と魂を強く刺激した。堪らなく快感だった。

 下腹部の奥が、きゅんっと疼く最中、もう一度、と快楽に身を委ねるように彼女の唇を欲した。

 

「……今の……なんっすか?」

 

 そして両手で口元を覆いながら顔を真っ赤にする華侖の顔があった。

 

「……いつから起きていたのかしら?」

「口の端から……く、唇を……重ね合わせたところからっす……」

 

 恥じらうように枕を抱き締めながら告げられる言葉に、私は片手で目元を覆い隠した。

 つい先ほどまで興奮した気持ちが急激に冷めるのが分かる。やってしまった、という罪悪感と羞恥心、それに背徳感が入り混じって今すぐに此処から逃げ出したい気持ちもあったが、しかし目の前で裸のまま布団を胸元に引き寄せて恥じらう少女の姿に劣情を抱いている。浅ましくも女体に飢えていた。

 再び生唾を飲み込んだ、華侖が怯えるように私から距離を取る。

 

「こ、怖いっすよ……」

 

 従妹の震えた声に、私が彼女のことを女としてしか見ていないことに気付いた。

 なにをしているのか、と自分自身に叱責する。昂ぶった気を落ち着ける為に目を伏せて小さく深呼吸、人肌の温もりを求める心はまだ疼くが自制できる範囲だ。とりあえず優しくしてあげないと思って、彼女の隣に腰を下ろす。直接、彼女の顔を見つめていると力を抜くことはできないだろうから流し目で華侖のことを観察する。

 口元には薄っすらを笑みを浮かべながら彼女の手を取った。

 

「ごめんなさい、つい見惚れてしまったわ」

 

 優しい言葉をかけるつもりが、何故、口説き文句になっているのだろう。

 

「え、あ……えぇっ?」

 

 少し顔を赤らめながら困惑する従妹の初々しい姿に、誰かに拐われたりしないか不安になった。

 ちょろ過ぎる、と思いながらも手に取った彼女の手を両手で包み込んで「素敵な手ね」と相手の手の甲を擦る。私の知る前世での華侖は性的な目で見られることはあっても浮いた話はひとつもなかった。それは彼女自身が幼いことがひとつ、成人した後も恋愛的な感情を理解していなかった節がある。そして、彼女自身が強過ぎるが故に自身の貞操に対して危機感を持っていなかったことが上げられると私は思っている。だから、この反応は予想できたものだ。つい無意識に出た悪戯心、外で裸体を晒すとどうなるか、勉強料代わりに少し揶揄ってやるつもりだった。

 襲われるかも知れないところだったのよ。良かったわね、拾ったのが私で。裸で歩き回っているとまた悪い狼に拐われるわよ。そんな感じで耳元で囁き、言い聞かせる。片手はずっと貝殻つなぎ、華侖が頻りに手を繋ぎ直すのが少し擽ったかった。

 これに懲りたらもうしないことね、と散々虐めた後に解放する。

 

「……あっ」

 

 華侖の口から名残惜しげに声が零れる。

 振り返る。顔を俯かせながら、なにか言い難そうにもじもじと身を捩る。

 なにか聞きたいことでもあるのかしら?

 その問いに華侖は息を飲んで答える。

 

「もう一度、唇を重ねて欲しいっす……」

 

 私は頭を抱えた。

 

 翌朝、ちゅんちゅんと囀る小鳥に目を覚ました。

 湿った布団、汗に濡れた肢体。服は着ておらず、そして隣には満足そうな顔に眠る華侖がいた。全裸で。

 私は再び頭を抱える。全裸で。

 認めたくないものね、若さ故の過ちというものは。

 それとも、この場合は、歴史は繰り返す、と云うべきだろうか?

 

 

 前世では私の傍に侍るのは夏侯姉妹の役割だった。

 しかし今世では少し趣向が変わっており、私の傍に仕えてくれるのは華侖と柳琳(曹純)の二人になることが多い。

 というのも私が出かけようとすれば、華侖が何処からともなくやって来るのだ。そして華侖が付いてくると云えば、姉の御目付け役を自負する柳琳も付いてくることになるので、必然的に三人で街中を散策することが増えた。街中を歩き回ること事態は前世からよくやっていたことだ。それは市井を理解するというのが主な目的になっているが、私の気晴らしという側面も多分に含まれている。

 とはいえだ、華侖と街中を歩くのは少し疲れる。

 いや別に彼女が活発な性格をしていることは構わない。前世の個性的な魏の面子を思えば、少しくらい活発な程度で私の心労になることはありえない。そして今の彼女は外出中に服を脱ぐような真似をすることはない。

 では彼女の何が疲れるのか。私の腕を手に取り、常に私とくっつくように歩こうとしてくるのが疲れるのだ。

 前世での話、春蘭と秋蘭は暴走することは儘あれど、一定の距離を保って、私が気苦労を起こさないように気遣ってくれていた――ことに今世で知った。つまるところ、あの時のことがきっかけで懐かれ過ぎたということだ。好かれていることは素直に嬉しいし、夜伽の場でなら幾らでも甘えてもらっても構わない。しかし常日頃からずっとこれでは流石に疲れる。

 助けを求めるように柳琳を見つめると華侖を引き剥がしてくれることが救いだった。

 

「む〜、じゃあ夜になったらたくさん可愛がって貰うっす」

 

 ジロリと睨まれる柳琳の視線から逃げるように目を背けた。

 最近になってから思うようになったのだけど、自分はよく前世では背中から刺されなかったなあ。前世と比べて落ち着いた自覚はあるが、落ち着いた分だけ立場が弱くなっているような気がする今日この頃だ。

 それでも一度、女体の味を思い出してしまったから、夜這いに来る華侖相手に自重なんてできなかった。

 

 

 前世と歴史が変わりつつある中で、

 この世界は、ただ単に時間が逆行した世界ではないことを認めたのは、前世の記憶を思い出してから丁度一年が過ぎた頃になる。

 数え年で九歳になる時にはもう、前世では顔も名前も知らないような人物が今世では次々と台頭していた。

 身近なところで云えば今現在、私の目の前で深々と頭を垂れている同年代の少女がそれに当たる。少女は着物を改造したような給仕服を身に纏っており、髪は長くて艶のある黒。身長は小柄な私よりも少し大きいくらいだった。

 この子は祖父曹嵩が私のために連れてきた子であり、とりあえずは使用人として側に置くように命じられた。

 

「姓は路、名は昭。真名は千代(ちよ)と申します。豫州の何処かにある隠れ里のしがない忍びの末裔です」

 

 そんな経緯があって預かることになった彼女だが、前世では彼女との面識がない。

 前世で側近を勤めてくれた親族とは粗方、顔を合わせているが、どの記憶を辿っても彼女のことは思い出せなかった。まあ今までの経験から明確に思い出せる相手は真名を交換した相手だけのようなので、前世では彼女とは真名を交換していなかっただけかもしれない。しかし私は彼女のような使用人が側にいた記憶はないし、真名も今正に受け取っているのである。前世と同じ状況があったならば、顔を合わせた時に彼女との記憶を思い出せたはずなのだ。

 つまり、彼女は前世では私に仕えていなかった、ということになる。

 

「……えっと、あの、何か失礼でもありましたでしょうか?」

 

 少し呆然としていた自分に気付き、「いいえ、何もないわよ」と告げてから真名を預ける。

 前世ではなかった縁、彼女がどういう人物なのか少し興味が湧いた。

 

 千代と名乗った少女は言ってしまえば、素直で使い勝手の良い使用人であった。

 まだ幼い故に未熟なところは多々あるも、基本的に一度間違えたことを二度間違えることはない。そして三度目からは少しずつ改善させる殊勝さを持ち合わせている。その無駄のない身の熟しから武芸を嗜んでいることが推測できるが、夏侯惇や夏侯淵のような武一辺倒の技術とはまた違っている。

 特徴的なのは、その静けさだった。

 普段から意識しておかなければ足音を聞き漏らす。少し目を離したかと思えば、彼女の居場所を見失うことすらあった。音もなく、呼吸を潜めて、気配すらも断ち切り、背後を取られてしまった暁には思わず呼吸を止めてしまう程であり、もし仮に彼女が敵国からの刺客だったかと思うと首筋に薄ら寒いものを感じてしまう。

 その技術は前世の魏軍にはなかったものだ。

 

「忍びというのは、どういった存在なのかしら?」

 

 そんなことを問いかけたことがある。

 ふむ、千代は息を漏らした後に姿勢を正し、落ち着いた様子で口を開いた。

 

「分かりやすく言えば、皆様方が草や根と言っている諜報組織と似たようなものです。元は東洋にある島国が発祥の地であり、我が祖先は国元を追われて此処に行き着きました。古くは始皇帝の時代から暗躍をしてきたと言われており、高祖劉邦が覇を唱えるに大きく貢献したとも聞き及んでいます」

 

 数多の書物を読み漁ってきたが、そのようなことは聞いた覚えがない。

 

「具体的に何ができるのかしら?」

 

 好奇心から問いかけると少女は少し悩む素振りを見せて「なんでも」と答えた。

 

「潜入任務、暗殺依頼、情報収集、工作活動、拷問、忍びとして大事なことは一通り叩き込まれていますね」

「そう、随分と優秀なのね」

「みたいですね、里では過去最高傑作とも呼ばれたこともあります」

 

 誇る訳でもなく淡々と告げる千代に、彼女は少し感情の揺らぎが薄いように感じられた。

 最高傑作という言い方から、そうなるように作られたのだろうか。ついでなので夜の相手ができるかと問いかけてみると、主人が望むなら、という答えが返ってきた。

 とりあえず、覚えておこうと思って、彼女を部屋から下がらせる。

 

 

 




幸せ家族計画の方に合わせつつじわりと進める感じ

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