柳琳の場合。
名は曹純、字は子和。真名は
趣味は創作活動です。創作活動と一重に言っても絵画やら小説やら絵物語やら数多く存在すれども、その中で私が専門とするのは小説だった。まあ創作活動というのは必ずしも物語性を有しているものとは限らないのですが、そこは置いておきまして、ともあれ私は趣味の一環として筆を片手に小説を書き綴ることに楽しさを感じていました。
私が小説を書く契機となったのは、とある真夏の夜の話になります。
隣室に住まいの姉様、つまり
さて話を戻しましょう。とある真夏の夜、肌の表面を滲むような汗が鬱陶しくなる頃合いです。
近頃、構ってくれなくなった姉様に寂しさを覚えた私は、こんな夜中まで何をしているのでしょうか? と窓越しに照らされる月光を頼りに真っ暗な廊下をゆっくりと歩きました。姉様の行く先に当てはありませんでしたが、向かう先は決めていました。近頃、姉様がよく懐いている
その日から私は毎夜、姉様が華琳様と肌を重ねるのを想像しながら発情した体を鎮めるようになりました。
翌朝、少し寝不足気味な姉様が何事もなかったかのように笑顔で挨拶をしてくれる姿に興奮し、鍛錬の後で自分の匂いを気にする姉様を「最近、綺麗好きになりましたね」と揶揄うことに快感を覚えて、お風呂に誘うことで顔を真っ赤にしながら胸元を隠す姉様の姿を見ることには悦びがあり、「首筋が赤くなっていますわよ、蚊にでも噛まれたのかしら?」とちょっかいを掛けた時に姉様の恥じらう姿に優越感を抱き、そして、夜な夜な華琳様に抱かれに向かう姉様を想いながら姉様の部屋に忍び込む自分に惨めさを覚えつつ、鍛錬後に洗濯しておきます、と預かった衣服に顔を埋めながら自らを慰める行為は果てしなく気持ちよかった。
しかし昂ぶる想いは止まらない。華琳様には愛憎混じった想いが募り蠢き、姉様を想う気持ちは姉妹愛を通り越すのを感じる。
このままではいけない、と分かっていましたが、しかし発散する術を持たない私は日に日に増していく過激な行為に身を委ねるしかありませんでした。自らに対する嫌悪感、姉様に抱く想いの変化、それに華琳様に姉様を取られたという感情のせめぎ合いに辟易した頃合い、私は日に日に増す肉体の昂りを抑える為に道具に頼ることにしました。眼鏡を掛けて、帽子を深く被り、それから口元を隠した姿で、そういう店に入り、しかし、実物を見てみるとちょっと怖くなってしまって、そこで当初の予定とは変更し、棚に置かれていた艶本を幾つか購入して帰ることにしました。
部屋に籠り、艶本を読み耽る。それは確かに実用足り得る代物であり、姉妹愛を追求した内容、姉妹の片割れが間男に寝取られる内容とありましたが私の心を渇きを満たすには至らず、むしろ行為そのものを重点においており、感情という面においては妙に簡略化された点にもどかしさを覚えます。この私の胸に抱いた複雑な紋様を満足させられるだけのものはありませんでした。しかし、それは八つ当たりにも近い感情、それを書き手に求めるのはあまりにも理不尽なことだと理解していました。きっとこの想いを表現できるのは世界でたった一人だけなのでしょう、そして私が求めるものを真に形にできる者もまた私だけなのでしょう。
だから私は筆を取りました。姉様を慕う想いを書き綴り、劣情を、切なさを、自己嫌悪を、そして、もどかしさを裏表なく言葉が浮かぶままに記して、整合性の欠片もなく、ただ訴えとして、決して誰とも相入れないことを自覚していながら、誰かの心に響くことを祈りながら文字一つに魂を込める。文章が叫んでいる、訴えかけている。それは正しく人の心を食らわんとする魔書、文章一つは魂に侵食する呪詛でした。例え誰かの人生を、誰かの性癖を歪めてしまったとしても構わないという究極の自己満足、自分勝手な想い一つで丁寧に書き殴る。この想いが誰かに届きますように、ふわりと飛んだ蒲公英の綿毛が一つでも貴方の心に届きますように、と願いを込めて本を綴じる。果たして、それは誰かの心に如何なる影響を与えるのか。わからないまま、私は名前を伏して、とある書庫に紛れ込ませた。貸し出し禁止の封をして、簡単には見つからないように、でも探せば簡単に見つけられる場所に置きました。
それが話題に上がるようになるのは数ヶ月先の話、噂が噂を呼び、その書籍は場内では誰もが知らないほどに人気となります。
だが、それは私の心を潤すには足りません。
まだ足りない。私の想いは表現し切れておらず、そしてこれから先も表現し切ることはないのでしょう。何故なら私の想いは未だに煮立っており、日に日に醜く熟成され、酷い異臭を放ち続けています。自己表現を追求した創作物というのは、一時の心の慰みにしかならないことを知りました。それは姉様に劣情を抱く私が自らを慰める時のように切なく虚しい、虚無のようなものでした。もし仮に自己表現を追求した先に、全てを表現し切れたと断言できることがあるとすれば、それはきっと本一冊を書き切った直後に自殺をすることでしか成し得ません。
だから、という訳ではありませんが私は私の心の渇きを満たす為には自ら動く必要があると認めました。
「姉様、華琳様、少しよろしいでしょうか?」
恋人同士のような近しい距離で仲良く並ぶ二人を呼びかけて、紙束を押し付ける。
「巷で有名になっている小説の原本が手に入ったので、お二人にも是非ともお読みして頂こうかと思いまして……」
それは正しく呪詛でした。
物語の整合性を取る前、そして名前を差し替える前に書き起こした――ただただ想いだけを純情に詰め込んだ実体験を元にした創作物になります。「ああ、あれね。気になっていたのよ」と笑顔で受け取る華琳様の表情が一頁を捲った瞬間に固まり、身動ぎ一つ取らなくなりました。
にこにこと満面の笑顔を浮かべる私に、姉様は一枚だけ手に持ったまま何故か顔を青褪めさせています。