華琳逆行   作:にゃあたいぷ。

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清少納言インストール完了。
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シスターズエピソード.4
華侖の場合。


間幕.曹仁子孝

 目覚めた時、少し肌寒く感じられる。

 布団の布擦れが素肌を撫でる。少し敏感になった体に身動ぎし、そしてまだ目の前で眠る愛しい存在を起こさないように優しく抱き寄せた。華琳(かりん)様は眠るのが好きだ。意外かも知れないがほんとの話、華琳姉はあたしの体が温かいと言って抱き締めてくれるが、あたし自身がそれを感じ取ることはできない。だから、これでも寒く感じることは多いんすよ、と華琳姉を抱き締める。少し早起きして、無防備な華琳姉を見るのは胸の内側がほわっとするほど幸せで、そのまま二度寝することは幸福だった。

 微睡みの中、ゆったりとした温もりに意識を落とす。

 

「ほら、起きなさい。華侖(かろん)、もう朝よ」

 

 再び目を醒ますと華琳姉が微笑みながらあたしの頬を撫でていた。

 昨日は可愛かったとか、気持ちよかったとか、そんなことを囁かれて、少しこそばゆいような、嬉しいような、そんな心地になる。こういう時に恥じらうように目を伏せると華琳姉は意地悪するように顎を上げさせて、唇を重ねてくる。こちらから接吻を望んでも立てた人差し指で遮る癖に、自分勝手な人だった。

 そんな華琳姉の寝顔を寝起きで見られるのは堪らないほどに幸せで、

 

「貴方はいつもお寝坊さんね」

 

 優しい声をかけられながら起こされるのは胸いっぱいだった。

 口付けを求めた時、妨げられる人差し指を口に含んで甘噛みしてみたことがある。すると夜は明けたというのに日がな一日、折檻をされることになった。夜は睦言、愛し合うために肌を重ねる行為はとても情熱的で、思い返すだけでも恥ずかしくて気が狂いそうになることを自ら望み、率先して行った。日中は蕩けるように甘美な魔法は解かれて、主従として容赦なく責め立てられる。それもまた好きで時折、強請るように華琳姉の太腿の内側に手を入れる。あくまでも自ら望んで、という形ではなくて、思わず手が伸びた、という形を装ってだ。いけない子ね、と薄っすらと細められた目に見つめられるのは刺激的な快感だった。

 華琳姉は求めると離れる、捕まえようとすれば逃げる。でも挑発されるとそれを虐げ、距離を取ろうとすれば捕まえに来る。そしてあくまでも素っ気なく、惚けたふりをすれば、とても優しくして魅了してくる。だから華琳姉に甘えたい時は命令には従わない方が良い、困らせる程度の反抗が彼女の心を擽るようだ。だから、もう少し、と身動ぎだけすると華琳姉は困ったように溜息を零して優しく頭を撫でてくれる。

 それが好きだった、だからあたしは何時もお寝坊さんになる。

 

「ほら、もう本当に起きないといけないわよ」

 

 頭を撫でていた手が離れる。

 そのことに胸が疼くような名残惜しさを覚えながらも、ゆっくりと布団から這い出る。寝台近くの机には、何時の間にか綺麗に畳まれた衣服が置かれている。それを手に取り、まだ眠気の残る頭で緩慢な動きで袖に手を通す。近頃、肌の露出は控えている。気恥ずかしいというよりも、昔と比べて肌寒さを感じるようになった為だ。

 ふと視線を華琳姉に向けると背中越しに衣服に纏う姿に少し見惚れていた。

 どうして、ただ裸体である時よりも衣服がはだけた姿の方がより扇情的に映るのだろうか。その背中が隠れるまで見つめた後、「まだ寝惚けているのかしら?」と振り返る姿を拝めた後にいそいそと衣服を整える。ああ、今宵も終わりなんだな。と少しの名残惜しさを感じる。部屋を出る時、先に華琳姉が扉の取っ手に手を掛ける。寝坊助なあたしは数十分程、睦事の余韻に浸ってから華琳姉の寝室を後にする。気恥ずかしさが残るのか、あたし自身も悟られたくないという気持ちもあり、寝室を出る時は別々にって云うことになっていた。でもまあ近頃は姉妹達に気付かれ始めているので、半ば惰性のような習慣だった。

 別れ際、背を向けた華琳姉が、ふと思い出したように振り返り、あたしの頰に手を添える。

 

「次の機会が待ち遠しいわね」

 

 告げられて、額に唇を押し付けられた。

 そして、今度こそ振り返りもせずに部屋を出た。ただ一人、取り残されるあたしに寂しさはない。手元にあった枕をぎゅうっと抱き締めて、悶え苦しむように寝台の上で横になる。精々数十分程度、こうしているだけであっという間に時間は過ぎ去った。

 これがあるから、この習慣を止められない。

 

 

 動き難い衣服は好きじゃなかった。

 だから何時もの動きやすい衣服に長袖の上着を着込むことで誤魔化している。

 しかし今、あたしが着ているのは黒を基調としたふりふりの衣装、どう動くにしても変な方向に体が引っ張られる感じがした。今、あたしを着ている衣装よりも軽装ではあるが、似たような衣装を普段着にする目の前の少女、栄華(曹洪)を見つめながら凄いなあと思った。こんな重しのような衣装は、常日頃から着てみたいとは絶対に思わない。次はこれを着てみましょう、とはしゃぐ栄華(えいか)に苦笑いを浮かべながら彼女の衣装選びに付き合い続ける。

 栄華とは、華琳(曹操)様と閨を共にするようになってから共に過ごす時間が増えた。

 それは単純に栄華が華琳姉を強く慕っている為だ。華琳姉の腕を取って二人だけで買い物に向かう事もあるけども、その事に嫉妬を覚えることはない。そう感じないのは、きっと栄華が華琳姉に感じている好きとあたしが華琳姉に抱いている好きが違うからだと思っている。あたしは華琳姉と何処かに行くことは少ない。屋敷内、何気ない時は一緒の時間を過ごすことはあるけども、お互いにだらけたり、ごろごろとしているだけの事が多く、時折、ふと思い出したかのように揶揄われるだけで言葉を交わすこと事態は少なかったりする。

 だから、なんというか、栄華と一緒に居るのは少し疲れる。

 

 あたしはお洒落と云うものにあまり興味がない。

 というよりも意図的に避けていた。あたしは自分自身のことをあまり可愛いとは思っていない。それならきっと栄華の方がずっと可愛いと思っているし、綺麗さで云うならば、妹の柳琳(曹純)の方が遥かに上だ。他の姉妹よりも小さい胸も華琳姉と閨を共にするようになってから少し気にするようにもなった。そして何時も素敵な衣服で身を纏う二人に、なんとなしに引け目を感じている事もあり、どうせあたしが頑張ったところで、という思いからお洒落に関しては目を背け続けていた。今まではどうでも良いと思っていた、それが少し気になるようになったから肌の手入れとか、衣服とか少し気遣ってみようかな、というような軽い思い付きからの行動だった。

 適当に入った衣服屋で「なになにどうしたの?」とキラキラと目を輝かせる栄華と偶然出会った。

 

「貴方ってこういうのに興味がないと思っていたんだけど?」

 

 期待満々の視線に若干のやり難さを感じながら、替え衣服が痛んできたから、と適当なことを呟いた。

 この店を選んだのは、よく華琳姉と栄華が話題に出していたのを覚えていた為だ。だから、お洒落とかはあまり考えていなかった。お洒落がどういうものなのか分からない、よく分からないから触れるのが怖かった。変とか言われるのが嫌だったから無難な衣装を求めて、当たり障りのない衣服を着るのが気楽で良いと思っている。せっかく可愛らしい顔をしているのに勿体無い、と不貞腐れる栄華に、えっ? と思わず振り返る。

 にんまりと栄華が、まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。

 

「仕方ありませんわね。この栄華が御洒落下手な姉妹の為に一肌脱いであげますわ」

 

 そうして腕を引かれるままに店内の更衣室に詰め込まれて、今に至る。

 着せ替えられながら思うのは、御洒落って疲れるっすね、ということだった。あたしにはまるで着方が分からない衣服の着付けをしながら爪や肌、髪の手入れを仕込まれる。正直、よく分からない言語ばかりで理解できていないが適当に相槌を打ってやる過ごした。そのことに気付かれたのか、一度面倒を見るからには徹底的によ、と意気込む栄華に流されるがまま、こんなに着ないんすけど――と積み重なる衣服を見つめる。下着の試着までさせる栄華に、これの何処が御洒落に繋がるのか分からない。実際、着せるだけ着せておいて、下着まで確認しないし、されても困るっすけど。栄華が云うには、これが大事なのだとか。よく分からないっす。

 今まで着ていた衣服とは桁二つは違う値段を支払って御満悦の栄華に、住んでいる世界が違うなあと思った。

 

 肉体を磨く、というのはあたしと栄華で言葉の意味が違った。

 帰り道、女性専門の按摩店で垂らした液体を染み込ませるように揉みに揉まれて、漸く屋敷に戻れたかと思えば、浴室に連れ込まれて髪を重点的に洗って貰うことになった。湯船を上がってからも栄華の手に引かれるまま、眉を剃られて、爪を鑢で削られる。パチンと切れば良いんじゃないんすか? と呟けば、猛禽類のような双眸で睨みつけられたので大人しくされるがままになった。せっかく綺麗にした爪に透明の液体を塗りつけられて、下着から衣服に至るまで全てを栄華の手によって整えられた。

 これでどんな相手でもいちころですわ、と丸一日を使って、整えられた体は――正直、よく分からない。鏡で見せられても、綺麗だとは思うが見違える程という感じでもない気がする。そんな自分の冷めた反応に溜息を零す栄華は「それで想い人の前で出てみなさいよ」と唐突に告げた。「えっ?」と思わず振り返れば「あらあらあらあら」と目を輝かせる栄華に嵌められたことを察した。

 

「良いから見せてきなさい。今までと全然、反応が違うはずよ」

 

 にやけ面を隠し切れない栄華に気恥ずかしさを覚えながらも、彼女の言葉を従うことにした。

 どうせ今宵もまた向かうことになるんだし、大した期待も抱かないように注意しながら、しかし逸る気持ちを抑えることもまた出来ず、いつもよりも早い時間に華琳姉の寝室に忍び込んだ。

 落ち着かない、何時も違う衣服を着ているせいか平静を保つことができなかった。

 そわそわと体を揺すり、部屋の中を見渡した。華琳姉の部屋は効率的で無駄なものを自ら置くことはない。しかし姉妹からの贈り物なんかはしっかりと部屋に飾られており、棚の一段には何時でも眺めることができるようにと珍妙な御土産も含めて並べてあった。優しいな、と思う。部屋一つ、そこに華琳姉の為人が詰め込まれていた。深呼吸をする、仄かに香る華琳姉の匂いに胸が高鳴る。落ち着かない、何時も意識しないことが嫌でも意識する。かといって身動きも取れない、折角、着込んだ衣装に皺を付けたくなかった。

 ひらひらとした衣服、何時もは絶対に着ないような衣装があたしから平常心を奪っていた。

 

「あら、お待たせ……した…………」

 

 不意に開けられる扉、見上げると華琳姉があたしを見つめたまま動きを止めていた。

 何時もよりも見開かれた瞳、じっとあたしだけを捉えている。ちょっと気恥ずかしい、あまり見ないで欲しかった。何時も違って、ただ貴方に好かれる為に少し頑張ってみた。そのことを知られるのが、やっぱり恥ずかしくて仕方なかった。こんなことをするんじゃなかった、と後悔が押し寄せる。華琳姉が無言のまま、後ろ手に扉を閉めて、鍵を掛ける。ずんずんと何も言わずに歩み寄る。せめて何が言って欲しかった、逃げ出したいけども逃げ場がない。顔を俯けるだけで精一杯だった。もう胸は張り裂けそうで、泣き出したくて仕方ない。

 顎に手を添えられる、いつもよりも力強く乱暴に上げられた。

 

「ごめんなさい、華侖。今夜は手加減できないわ」

 

 そのまま唇を重ねられて、押し倒される。

 翌日、涙が枯れるほどに泣かされたあたしが起きたのは夕暮れ時だった。

 

 それからもあたしは、普段着は何時ものような雑な格好を好んだ。

 でも最低限の髪や肌、爪の手入れはするようにした。そして月に一度か二度、栄華と共に出掛ける日を作るように心掛ける。

 あの熱情に焦がされてしまってはもう、元に戻ることなんで出来なかった。

 

 

 




栄華「良い仕事をしたわ!」

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