哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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武偵殺し編
非日常の始まり


 

 

 

 武偵が気をつけなければいけないものが3つある。闇。毒。そして女だ。

 

 では、ルームシェアで揉める3つの原因を知ってるか。金。就寝時間。テレビのチャンネル……そして女だ。

 

 

 

 

 

「アホは今まで大勢見てるがお前はその中でも王様だな。自分の部屋を明け渡してやがって。こんなので上手くいくと思うか?」

 

「お前が勝手についてきたんだろ」

 

「神崎と二人で何を話せって? パラシュートで救って貰った話は聞いたよ。俺も感謝してる、腐ってもお前はルームメイトだからな。だがな、言わせてもらうがあいつお前が頷くまでマジで帰らねぇぞ?」

 

 俺、雪平切は夜のコンビニにいる。何も騒がしい始業式の終わりにマガジンを立ち読みしたかったわけじゃない。

 事の顛末は隣で漫画雑誌を読んでいる同居人こと『遠山キンジ』が西洋人の女の子を部屋に招き入れたことから始まった。

 

 そう、東京武偵高第3男子寮にある我が家は、俺とキンジの二人部屋なのだ。

 

『さっきまではな』

 

 心でぼやいた後、ぺらっとページを捲る。無人島で金田一少年が犯人を追い詰めていた。前編も見てないのに解決編だけ見てもなぁ……さっぱり分からん。

 

 事態を纏めれば。今朝、始業式から自転車に爆弾を仕掛けられる世にも奇妙な体験をした探偵科の同居人こと遠山キンジは、空から落ちてきた少女──『神崎アリア』に命を救われたらしい。

 

 武装したセグウェイに囲まれた二人は、協力して場を切り抜け、HRで偶然にも再会したキンジを尾行して彼女が部屋に押し掛けてきた。

 神崎は一緒に組んで仕事をするパートナーを探している最中で、セグウェイ相手に大立ち回りをやってのけたキンジに白羽の矢が立った──とまあ、ここまでが読書片手に語るキンジの談。非日常に囲まれたTHE武偵の一日だ。

 

 まるでアクション映画の冒頭30分みたいな話だよな、銃で武装した殺人セグウェイってところが特にそれっぽい。

 そんなレベルの出来事が常日頃起きているのがここ──広大な東京湾に浮かぶ人工浮島に建造された『東京武偵高』だ。

 

「神崎のトランクはお前も見たろ。男子寮に泊まったなんてこと、暇な武偵高女子生徒どもに流れてみろ。俺もお前も一週間はネタにされる」

 

「一週間で落ち着くか?」

 

「ああ、そのとおり。ゴシップガールを見せてやりたいよ、最初のシーズンからさ」

 

「分かった、クモの巣張ってる知恵を貸せ。どうやって説得するか考えるぞ」

 

「お前の頭も怪しいもんだけどな。男二人のどたばたコメディは面白い、見る側からすればだが」

 

 キンジは漫画雑誌を棚へと戻した。この学校の女子生徒は火のないところに煙を立たせ、ガソリンまいて、山火事にする連中だ。

 ゴシップ心にくすぐられて流された嘘が、いつのまにか真実として学校中にのさばるのは目に見えている。

 

 あることないこと噂にされたくないので俺も読んでいた雑誌を元あった場所へと戻した。そして、ない知恵を振り絞って俺達は神崎説得のプランを練る。

 だが悲しいかな、マトモな提案が浮かばない。頭を寄せあっても個々の頭が大したことなければ、集まったところでたかが知れてる。

 

 悲しいことに俺もキンジも会議室で頭を巡らせる側の人間ではなく、現場で力仕事に勤しむ側の人間なのだ。

 

 

 経過すること10分。店員さんも奇異な視線を向けてきたので『ももまん10個ポンッとくれてやる』などと俺が提案したら、キンジが乗ってきたやけくそな提案だが他に案もないのでやけくそな作戦が消去法で可決。割り勘で会計を済ませてから自室に戻った。

 

 

 キンジがそっと扉を開ける。

 音を立てず、長い廊下に瞳を走らせる。まるで泥棒だな、自宅なのに足音すら満足に立てられないなんて。

 

 ももまんの入った紙袋を手土産に俺も玄関を跨ぐ。

 袋から漂う甘ったるい匂い、10個ともなれば考えるだけで胸焼けしそうだ。もうちょっと数減らしとけば良かったな。

 

「神崎は……?」

 

「いない、いないぞ……!」

 

 無声音でやりとりしながら、リビングやキッチンを見渡す。テーブルにも飲み終わったカップがあるだけだ。

 

 本当に帰ったのか。

 訝しげにリビングを見渡すが変化はない。本当にいないみたいだ。やれやれ、と言いたげにキンジは打って変わった軽い足取りで洗面所に歩いていった。

 

「晩飯の時間かな」

 

 残された俺がテーブルに紙袋を置き、テレビのリモコンをとろうとしたとき──廊下からキンジが顔を出した、ひでえツラだ。乾燥機に入れられたチワワみたいな顔してやがる。

 できればそのまま黙っていてほしいんだが、危機を自分一人で抱え込むのはとても勇気のいることだ。ほら開いたぞ。

 

「ふ、風呂場……!」

 

「落ち着け。顔が白と青の斑模様みたいになってるぞ。風呂場がなんだって?」

 

「アリアが風呂場に!」

 

 ──風呂? 

 

 風呂……風呂……風呂……ま、まて、男性寮の部屋で風呂に入ってんのか……!?

 

 声より心でツッコミを入れた刹那、事態は最悪の展開に舵をとった。

 

 慎ましくチャイムが一回、俺と視線をぶつけていたキンジの首からギギギギギ……とイヤな効果音が聞こえる。

 壊れた人形の首を力任せに捻ったときの音だ。次の瞬間、キンジの足が床を蹴った。おい、そっちは風呂場だろうが……!

 

「宅配便だな! よし、切! 受け取ってくれ!判子はそこにある!」

 

「馬鹿! この時間に来るわけねえだろ! 星枷だよ、出迎えてやれ! おま、っ……居留守使ったらどうなるか分かってないだろーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。それは何度も見た夢だ。アメリカ本土のくたびれたモーテル。トレンチコートの友人に背を向けて、部屋のドアを開けていく自分の後ろ姿。

 

 それは忘れもしない家族と別れを決めた日、アメリカ本土にいた頃の最後の記憶──開かれたドアから眩い光が差し、景色はそこでぐにゃりと歪む。

 

「お腹すくじゃない!」

 

「すかせこのバカ!」

 

「バカですって!? キンジの分際で!」

 

 不機嫌なアニメ声が遠くから聞こえて俺はうっすらと目を開けた。ぼんやりと霞む視界に最初に映ったのは茶色い天井だった。

 目をこすり、首を巡らせて部屋の中を見渡す。二段ベッドからは案の定喧嘩が見下ろせた。嬉しい限りだよ、神崎とキンジの痴話喧嘩がこれからは目覚ましだな。

 

 俺は真っ二つで転がっている目覚まし時計にかぶりを振った。アラームが鳴らないわけだよ、ちくしょうめ………綺麗に切断されてやがる。

 

「……バターでもこんなに綺麗に別れねえぞ」

 

 朝から退屈しない展開を見せてくれた神崎には、『職人技だな』と目覚ましの切断面を見せながら皮肉を叩いておく。

 

 武偵には帯刀、帯銃が義務付けられる。

 神崎の得物は切れ味抜群の日本刀と45口径のガバメント、小柄なわりに末恐ろしい組み合わせしやがる。

 

 帯銃と一口に言っても対物ライフル持ち歩けばそりゃアウトだ。メジャーなのは星の数ほどあると言われる9mm拳銃がやはりと言ったところだが、ガバメントと9mmじゃ火力が違いすぎる。

 

 どうやら性格も武器も派手なのが好みらしい。

 噂では装備科の平賀文、彼女が銃検に着目して一稼ぎ狙ってるみたいだ。あの子は顧客が広いからなぁ。

 

 冷めきらない頭で欠伸を噛み殺すしていると、キンジが暴れる神崎を慣れた動きでいなしている。端から見ると、その様子はただじゃれてるだけ。馴れ合いの喧嘩だな、夫婦喧嘩。

 

 二人がじゃれてる隙に俺はさっさと着替えを済ませる。朝から可愛い子と喧嘩できるなんて男としては羨ましいが、一緒に殺人セグウェイの編隊から窮地をくぐり抜けたなら、それなりの信頼関係はもう出来てるのかもな。

 

 勝手な想像を巡らせ、着用を義務付けられた防弾防刃の制服に着替えると、テーブルに置かれた弾倉と木製のグリップで造られたナイフを身につける。

 最後にトーラスを持ち上げたときだ。神崎の瞳がめざとく細められ、がらりと変わる真剣な表情に見とれて手が止まった。

 

「良い銃ね」

 

「へえ……謝るよ。ベレッタのパチモン呼ばわりされるのかと。みんなあっちを好む」

 

「身の丈に合わない銃を見せびらかすよりマシよ」

 

「キンジ。悪いことは言わない。この子とパートナー組め」

 

「買収されてどうすんだよ!」

 

 『トーラスPT92』は『ベレッタ92』のライセンス生産モデルだ。悪く言えばキンジのベレッタM92を弄くり回した拳銃と言えなくもない。

 比べる相手があのベレッタ社のドル箱だ、神崎みたいな意見は希少で大体はコピー品や格下に見られる風潮が強い。

 

 考えや思想ってやつはそれぞれだが模造だろうが大切なのは銃と一緒に死ねるかどうか。俺ならジャムって死んでたとしても恨まない相手を探すね。

 

 身の丈に合わない銃とは上手い例えだ。武器を使いたいのか、武器に使われたいのか、武偵ならそこはハッキリさせねえとな。

 

 身支度が済み、俺は一足先に鞄を抱えるが時計を見て頭を掻いた。

 

「神崎、そこまでだ」

 

 二人の視線が息ぴったりに俺を見る。

 

「──バスに遅れた。このままだと仲良く遅刻コースだな。車とってくるから外で待っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、今って」

 

「2009年だろ」

 

「そうね。これって……」

 

「カセットテープだろ。じいちゃんの家とかにあるやつ」

 

「ぷぅ、くっ、くす……」

 

「笑うな、ドライバーに……っ、失礼だぞ……」

 

 ……お前らな。

 

「キンジてめー! チャリがないから乗せてやってんだぞ! 次にインパラを笑ったら助手席開くからな! カマロに乗りたいんだったらハワイにいけ!」

 

「このテープ古いのばっかり。ねえ他には?」

 

「切は1979年より前の洋楽しか聞かないんだ。地層からエヴァ探すようなもんだぞ」

 

「ああ、悪かったな! カラオケ誘われても知らねえ歌ばっかり歌ってよ! 兄貴も親父も古い曲しか聞かなかったんだよ!」

 

 バスに間に合わず、やむなく俺の車で登校することになったのだが、人工浮島の道を走る車内ではキンジと神崎が言いたい放題。まるで修学旅行気分の登校だよ、ホント。

 

 後部座席の神崎はカセットテープのはいったダンボールのケースをわちゃわちゃと荒らし、キンジは姑息にも咳払いで笑いを誤魔化してやがる。

 

 なにがおかしいっっっ! カセットテープでもいいだろ! 使えりゃいいんだよ!

 

 ──シボレー・インパラ1967年モデル。これほど暖かみを感じる車は他にないと思ってる。心地良いV8エンジンとドライバーを思いやる最高のシート、ちゃんと整備してやれば40年経ってもガンガン走る。怒りの臨界点を越えた俺は不機嫌にラジオを入れた。今日のニュースだ。

 

「何がエヴァを探すだよ馬鹿馬鹿しい。名曲がそこに揃ってるだろ。『It's My Life』から『Take On Me』まで、最高のセトリが組める」

 

「俺達が生まれる前の曲だぞ。懐メロもいいとこだ」

 

「クラシックが好きなんだよ。お前だって古い映画は見るだろ、西部劇に被れてるくせによく言うぜ。神崎、なんでもいいからテープくれ。曲名が書いてあるだろ、センスは任せる」

 

「あんたね、聞いたこともないのにセンスも曲名もあったもんじゃないわよ。無茶振りって言葉ご存知ない?」

 

「キンジの辞書にはない。ついでに不可能もな」

 

「いいや、あるね…!」

 

 神崎が投げたカセットテープをキンジが助手席からキャッチ。不満の表情でテープを見つめるが数秒の健闘だった。

 手つきは乱暴だがデッキにテープは押し込まれる。インパラとクラシックロック……ここにポテトとコーラ、それにベーコンチーズバーガーがあれば完璧だがそいつは遅刻コースだ、諦めよう。

 

「なあ知ってるか。車の中で流す曲を決める権利はドライバーにある」

 

「「……」」

 

 ……揃って寝たフリは反則だろ。なんか言えって。

 

 

 

 

 俺のクラスは2年A組。キンジや神崎と同じクラスになるんだが、二人を先に降ろし、別れて車輌科のガレージに向かう。キンジの提案で降ろすのは一人ずつで時間も場所もずらしてやった。巧く隠せるかはキンジ次第だな。

 

 キーをポケットに投げ込み、考え事をしながら廊下を歩く。

 

 ──武偵殺し、神崎の来訪で忘れそうになったが、同居人やられて涼しげな顔はしてられねえよ。あれでも友人だからな、出くわしたらチャリ代ぐらい弁償させてやる。

 

 両ポケットに手を突っ込みながら教室札を仰ぐ。まだ遠くだが緩やかな金髪のツインテールが教室に靡いていくのが見えた。

 不意に名前を口走った理由はない。単に声をかけたかったんだろ。

 

「キリくん、やっはろー! 調子はどう?」

 

「最悪の目覚めだ。起きたら目覚まし時計がぶっこわれてやがんの。斬られて真っ二つ、意味不明だよ」

 

「なにそれっ、理子気になる」

 

「話してやるよ。ついでにシェアハウスで揉める原因も教えてやる。修羅場から逃げる方法と一緒にな」

 

 ──ハイライトの失せた瞳で問い詰められるのは懲り懲りだ。もう玄関で星枷を追い返す役はやらねえぞ。

 

 

 

 





『晩飯の時間かな』s1,2、ディーン・ウィンチェスター──

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