哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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沈まぬタイタニック

「天から大きな星が落ちてきて松明のように燃えながら川に落ちた。星の名はニガヨモギ、大勢が死んだ」

 

「黙示録8章の10節、黙示録の騎士ね」

 

「正解。戦争、飢饉、疫病、死の四騎士。よく分かったな?」

 

「あんたが1つの本を読むなら、あたしは1つの図書館を読んでいくのよ」

 

 そう語る神崎は、赤外線探知機を窓に設置している。赤外線探知機、要はアラームを仕掛けるわけだが部屋の至る場所に設置された探知機の数は過剰と言う他ない。

 

 依頼人、つまり星枷の強い希望であいつも神崎を追いかけるようなタイミングで同居することになった。

 んで、ボディーガードを買ってでた神崎が住まいである俺たちの部屋をこうして要塞化してくださっている。星枷との修羅場で戦場跡みたいになった我が家で、俺もやけになってスプレー缶を壁やら床やらに走らせた。

 

 描いているのは古今東西の魔除けの図形。床に描けばカーペットや絨毯で覆い隠すこともできるからな。

 神崎が設置する探知機も残すは天窓の設置のみ、俺も競うように図形を描いてやる。まさか武偵高に来てまでスプレーアートをやることになるとはなぁ。

 

「ふーん。変な図形」

 

「あらゆる宗教の魔除けと悪魔封じを描いた。ここで個展が開けるぞ」

 

「ま、カルト集団とパーティーは開けるでしょうね。ハンターの嗜みってスプレーアートなの?」

 

「手っ取り早く図形を描けるだろ、これが意外と役に立つんだよ。床に書いた図形はカーペットや絨毯で隠せば見つからないし、これが罠としても使えるんだ。欠点と言ったら肝心のカーペットが穴だらけで使い物にならねえけどな。いいさ妥協するよ」

 

「実にねばっこいタイプね。終わったことをねちねちと」

 

「よく言うだろ、大切なのは再発を防止することだ。格言、少しの予防は治療に勝る」

 

 顔を合わせた初日から最終戦争が始まった。これから星枷と四六時中過ごすって考えたら恐ろしくて逃げ出したいね。

 

 ──って言っても雇われちまってるから向き合うしかないんだけどな。子ライオンが住み着いた次は虎か竜か、笑えねえ。

 

「それで魔剣相手にどうするつもりだ、ホームズプランを聞かせてくれ」

 

「あんたは超能力やライカンとの戦いに長けてるわ。超常的な相手にはあんたが、近代兵装にはあたしとキンジがぶつかる。いいわね、これが役割分担よ?」

 

 神崎の策は実にシンプルだった。ネズミがくれば猫を、魚がくれば鳥をぶつける、そういうことだろう。

 

「分かった、超常的な相手は慣れてる。むしろ戦いやすいよ。相手がSPECホルダーだろうが超能力者だろうが関係ない、いつものことだ。魔剣の正体が分かれば早いんだが」

 

「慎重な相手よ、無闇に尻尾を出さないわ。大多数の人間が魔剣は都市伝説って思ってる」

 

「いい思い付きだよな、最高の隠蔽策」

 

「みんな魔剣の存在すら信じてないわ。誰もその姿を見たことがない」

 

「当然だ。大物は表に出てこないから大物」

 

 そこまで言うと、俺の視線はさっきから手を伸ばして棚の上にある窓に探知機をくっつけようとしている神崎に向く。

 背が背なのでその手は窓に全然届いていない。手を伸ばしているが無駄な足掻き、なんとも言えない気持ちになって俺はかぶりをふる。

 

「椅子いるか?」

 

「風穴っ!」

 

「理不尽すぎんだろ。あ、悪ぃ。椅子ぶっこわれてたな」

 

 ぎろっ、と神崎が睨んでくるので俺は代わって天窓に探知機を取り付けてやった。

 

「そこまで喜んでくれるとは思わなかった。終わったぞ」

 

「OK。あとはキッチンにカメラを仕掛けるわよ。道具の準備は?」

 

「杭、鉄、銀、塩、ライカン用のナイフ。これだけありゃどんなやつが来ても退治できる。人間ならお前のガバメントの餌食だ。いいねえ、役割分担できてるよ」

 

 テーブルには思い浮かぶ限りのライカンに有効打のある道具を集めた。

 インパラのトランクは二重底になっていて、狩りの道具を収納する保管庫の役割も担ってる。ここにあるテーブルの道具も半分以上はトランクの中から引っ張りだしてきた。

 

 独自の装備を詰めこんだトランクはインパラの大切な個性だ、仲間であることの証と同時に俺がハンターであることの証。

 もしインパラのトランクが真っ白になることがあれば、それは俺がハンターを辞めるとき。明確に非日常の世界と決別を決めたことになる。そんな瞬間が来るかどうか、想像もつかないな。

 

 魔除けを書き上げたら仕事は一段落。神崎がキッチンで作業を再開してやがるが俺は道具を寄せてテーブルの空いたスペースに座った。

 

 テーブルに置いたライカン用のナイフに限っては普段から刀剣に使ってる愛用の一品。木のグリップにセレーションの付いたナイフは刃に掘られた魔除けと合わせて超常的な存在に傷をつけるために作られた物だ。

 

 例えるなら怪物専用のオカルトグッズ、理子に言わせれば金物屋には売ってないレア物だな。

 ある意味、修羅場を一緒に歩いてきたそのナイフには出会いはともかく、それなりの愛着がある。ああ、入手の経緯は複雑だけどな。

 

 

 

「──終わったわ。キリ、購買に行くわよ。インパラを回しなさい」

 

「取り付け早すぎねえか?」

 

「もたついても魔剣は待ってくれない。フェアプレーは期待できないのよ。白雪の見張りはレキに任せて、あたしとアンタで備えを仕上げる」

 

 レキも雇ったのかよ。Sランク繋がりで仲が良いってのは聞いてたが……狙撃科の麒麟児が味方か。この上ないな、頼もしいかぎりだ。今度カロリーメイトでも差し入れてやろう。テーブルからナイフだけを持って玄関を出た神崎を追う。

 

「法化銀弾なら足りてるぞ?」

 

「欲しいのは超能力者用の手錠よ。魔剣が超能力者って可能性は捨てきれないわ。あたしの考えではむしろ──」

 

「高いだろうな。俺も超能力者の可能性を疑ってるよ。何せ超能力者専門の誘拐犯だからな、普通じゃない」

 

「ウィンチェスターの相手はいつだって普通じゃないでしょ?」

 

「……ああ、言えてるよ。普通だった試しがない。なんでみんな俺の家系に詳しいんだ」

 

 ガレージに停めてあるインパラの前で俺はかぶりをふる。神崎は助手席のドアに手をかけるが俺は運転席を通り過ぎ、インパラのトランクに手をかける。訝しげな目で腕を組んだ神崎が俺の隣に回ってきた。

 

「デュランダルってのは『ローランの歌』に出てくる不滅の刃だよな。鋭い切れ味と何をやっても折れなかった話は有名だ」

 

「ローランの子孫が魔剣? 安直な推理ね、まだフランス人って言われた方がマシよ」

 

「武偵憲章7条、悲観論で備え、楽観論で行動せよ。聖剣デュランダルにルビーのナイフじゃ太刀打ちできねえよ」

 

「ルビー……? 鉱石ナイフなんて使ってるの?」

 

「……まあな。ずっと使ってるよ。それについてはいつか話す。機会があればな」

 

 トランクを開けると中は空っぽ。広々としたトランクはすっからかんだ。だが神崎はめざとく目を細め、トランクの底に指を横に線を引く要領で動かした。

 

「浅知恵ね」

 

「これが伝統なんだよ。トランクに何もなければ平和な世の中さ。タイタニック号が沈まないくらい……ありえないことだけどな」

 

「なんでタイタニックが出てくるのよ?」

 

「もしタイタニック号が沈まなかったら連鎖的に色んな人の未来が変わったはずさ。死んだはずの人が生きてるかもしれねえし、俺もインパラに乗ってなかったかもしれない。トランクには何もないってことさ」

 

 ダミーの底を持ち上げ、本来の中身が露になる。隠し扉は機械油や鉄の匂いが定番だがインパラは黒一色ってわけじゃない。トランクは四つの仕切りに区切り、杭や聖書の一般的に知られる怪物退治のグッズから携帯用タンクやスキットルなんかも雑多に詰め込んである。

 

 左側の仕切りにショットガンを立て、底蓋を支えるスタイルは日本に来ても変わらない。トランクを開けてから底蓋を支えるまで、何度もやってきた動きは愛着すら覚えてる。

 

 塩で作られたショットガンシェル、こんなもの誰も売りたがらない。

 だから俺たちはハンターだ、武器商人じゃない。神崎はゆっくりと瞼を下ろす。

 

「アンタがインパラを大事にする理由が……ううん、少し分かったわ。アンタ、トランクを開けるだけなのにいい顔してた。家族に会ったときみたいな、そんな感じ──車ってだけじゃないのね、この子」

 

「……ああ、仲間で家族だよ。笑うやつもいるが俺はそう思ってる。67年のシボレーインパラは家族、帰るべき家だ。あとは自慢の彼女、こいつは兄貴の決まり文句」

 

 神崎は笑ってなかった。

 車は家族、家なんて語りに──笑ってなかった。

 

 こいつは暴力的だ、すぐガバメントをぶっぱなすし、口よりも先に手が出る。

 家事が出来ねえのに文句は達者だし、プライドは輪にかけて高いが世間知らずだ。

 不条理極まりないことも言いやがるさ。最初はキンジも奴隷呼ばわりだからな。

 

 だが欠点だらけじゃない。それだけは言える。

 

 俺はかぶりをふってスキットルを手にする。

 兄貴に言われたことを思いだしたよ。

 いい年こいてセンチメンタルになるのはやめだ、少しは大人になるさ。

 

 スキットルは制服の内側に超能力者用の手錠と一緒に突っこむ。俺も手錠は買っとかねえとな、この一個で最後だ。

 

「銃検は平賀さんに都合付けてもらった。可愛い顔して恐ろしいな、ポーカーの稼ぎを全部持ってかれたよ」

 

「彼女はプロよ。見合うだけの良い仕事をしてくれるわ。ハンターはチップをケチる、あれって本当の話?」

 

「狩りは金にならねえからな。けどポーカーではいいカモだ、バーの看板娘が言ってたよ」

 

 俺は自虐的に言い、トランクを閉じた。

 

「さてはあんたもカモにされたわね?」

 

「くだらねえ話さ。バーで働いている女の子を口説いたらカモにされちまった……どこにでもあるくっだらねえ話だよ。口説いたつもりでいながら最後までプレゼントの一つもくれてやれなかったけどな」

 

 俺がアメリカにいた頃、どこに行くにしても移動手段はインパラだった。

 広大なアメリカを車で走り回り、時には10時間以上揺られていたこともある。どこに行くにも車で移動だ。ある日、兄貴がフライト恐怖症だって聞いたときは腹を抱えたぜ。

 

 だが今日も俺はインパラに乗ってる。隣にSランク武偵を乗っけてゴーストバスターズだ。日本でもアメリカでもやってることは大差ない、キャストが入れ替わっただけさ。人の本質ってやつは結構変えられねえモンかもしれねえな。

 

「魔剣は──あたしのママに罪を着せてる敵の1人なのよ。イ・ウーにいる剣の名手ってのが多分それ。迎撃できればママの刑が残り635年まで減らせるし、うまくすれば高裁への差戻審も勝ち取れるかもしれない」

 

「またイ・ウーか。一度くらい楽しいニュースは運んで来られないもんかね」

 

 ゴーストバスターズがあっという間に24、またもやイ・ウーとはな。

 

「超能力者を誘拐してどうする?」

 

「──ソフトボールチームを作る? 知らないわ、連中が何を考えてるかなんて」

 

 いっそ開き直ったような声色で神崎は肩をすくながら言う。

 

「なんでもいいわ。あっちから仕掛けてくるなら迎撃するわよ。理子には逃げられたけど、今回は尻尾を掴んで引きずり出してやるわ」

 

「踏まなきゃいいけどな」

 

 ……とっくに尾を踏んでるかもしれないが。蛇が出るか、それとも……もっとおっかないものが出てくるか。藪は突いてからのお楽しみか。

 

 

 

 




……アリアと喋るだけでストーリーが進まない



『一度くらい楽しいニュースは運んで来られないもんかね』S10、21、クラウリー──

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