哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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傷を抱えて

 

 

 一発一発が空気を震わせるあまりに物騒な殴り合いが目の前で繰り広げられる。

 神に生み出された最初の近親であるルシファーとミカエルの戦い、一度は食い止めた最終戦争の戦いを今になってみることになるとはな。ブラックジョークが利いてる。

 

 荒れ地の世界に二人の大天使、原始時代より遥か前の世界にタイムスリップした気分だ。もう何度もタイムスリップを経験した身としては、ああいうのはいつも決まってロクな出来事が待っていない。

 人間の物差しから逸脱した壮絶な白兵戦は、やがてルシファーの右腕が絡め取られたことで形勢がミカエルへと傾く。

 

「参ったか?」

 

「……たいしたこと、ないな……アァアア!」

 

 意地を張ったルシファーの手首が無慈悲にねじ曲がる。単にグレてるだけじゃない、たぶんこの異世界産はこっちのミカエルよりも──ちくしょうめ、どうしていつも無茶な対戦カードばかっか巡ってくるんだ。

 ここでルシファーがやられたら、お次は俺と母さんに敵意が向く。逃げる? 背中を向けたら指をパッチン、肉片になって弾け飛ぶ。となればいつものお約束、退路がないなら進むのは前だ。

 

「よくも人の体をバラバラにしてくれたな。食らえ、ケツ野郎!」

 

 理不尽な状況に罵倒を込めて、ルシファーと交戦するミカエルに天使の剣を突き出して横槍を入れる。

 胸にグサリとやっても蚊が刺した程度だ、頭に差し込んでも涼しい顔でカウンターを貰うのは見えてる。狙う場所は一つ、首だ。

 

(大天使の剣でもなけりゃミカエルを葬るなんて無理だ。ならバッテリーを引き抜くしかない、狙うのは首の奥にある恩寵……!)

 

 恩寵を引き抜けば人間だ、同じ土俵に落とせばどうとでもなる。ルシファーとやりあっているタイミングでのモノホンの不意打ち、絡めとり折り曲げているルシファーの腕を離し、ミカエルが体ごと首を逸らす。

 

「ケツ野郎……?」

 

「こっちでのあんたのあだ名だよッ!」

 

 左手で突き出した刃は空を切るが、踏み出した足を踏ん張り掠め取っていたもう一本を右手で振り上げる。

 

「……ッ、が……ッ!!」

 

 見えないトラックに追突したような衝撃に見舞われ、ミカエルが視界から遠ざかっていく。お得意の念力、大天使のそれはザカリアやキャスのそれとは段違いだ。触れずに……体が背後の砂山まで吹き飛んだ。

 

「キリっ! ああもう、手を焼かせるッ!」

 

 掌で砂を掴んだまま母さんの声がややノイズががって届く。よく言うよ……UKのことで散々振り回してくれたのはどこの誰だったかな。でも良かった、うんざりな過去を思い出せるくらいにはまだ頭は動きそうだ。

 

 砂まみれの体を起こしながら、霞がかって見える視界をクリアにする気持ちで一度目を閉じてからもう一度開く。

 数年ぶりに母さんとの溝が少しは埋まった、それは大きな進歩だ。災いの中に混じった幸運、大きすぎる災いと比較しちまえばアンフェアな幸運だがその溝が今までどうにもならなかったものでもある。

 

 倒壊した建物の瓦礫の中で質量の大きなものにまじないの図形を描く、自分の血で。

 本来はちゃんとしたまじない道具がいるが、こっちはあのロウィーナのレッスンを受けてる。材料や仮定をでっちあげてそれっぽく見繕うことに関しては、あのロウィーナから直々に評価Aを貰った得意分野だ。

 

「ミカエルッ!」

 

 有り合わせで描いた図形に呪文を唱え、起動の合図として出血した掌を押し付ける。材料や行程を多少弄ったが、それは今は亡きアイリーンお得意のケルトの束縛魔術。

 ルシファーが暴れてくれている合間に同じく瓦礫に描いたもう一方の図形と──2つの図形の一方を発動の鍵に、もう一方の図形に対象の相手を磔にする。アイリーンが親の仇のバンシーの為に用意した切札だ。

 

「ルシファー! 腕の見せ所だぞ!」

 

 相手はイヴが生んだ子供じゃない、神が最初作った原始の創造物。バンシーを捕まえるのとは訳が違う。だがたった数秒だけでも動きを止めちまえば、意味はある。不意に起動したまじないに一瞬目を開くも足の止まったミカエルに、ルシファーが怪しく微笑んだ。

 

「今度はこっちの番だ、ちなみに参ろうが手は止めない」

 

 文字を刻んだ瓦礫と背中を縫い合わされたミカエルに向けて左のジャブから、ルシファーの拳が顎、喉、鳩尾、額と無防備になった体に冷徹に降り注ぐ。

 

「……く、ッ!」

 

 一発一発が空気を裂き、ソニックブームを思わせる異音は離れたここまで届いてくる。同じ大天使からのドッグファイト、問答無用で振るわれ続ける魔王の攻撃にはいかにミカエルでもダメージなしとはいかないらしい。

 ミカエルの苦心の声でようやく今日初めていいニュースを聞いた気分だぜ。ルシファー、今だけは過去のことを忘れて応援してやる、そのままやっちまえ。

 

「無礼者が……無礼にもほどがある。無礼者はどうしてくれようか」

 

「鏡が欲しいか兄弟?」

 

 静かな怒りを感じさせる声と共にミカエルの背にそびえていた瓦礫が血文字ごと灰に変わる。飛んで来るルシファーの拳をいなし、空いた脇腹にカウンターの肘を入れたあと逆襲とばかりに魔王の体を遠く、投げ飛ばした。

 

「……くそッ、なんだ今のは通販で買ったまじないか? もう少しマシなまじないはないのかマシなのは……!」

 

「うるせぇ、お前だって返り討ちにされてるじゃねえか。えらそうなことをほざいてたわりにだらしねえ話だな」

 

 砂に服を汚したルシファーが悪態をつく。

 チッ、だらしねえ。さっきみたいに腹に穴をあけてくれりゃ良かったのによ。

 

「次はどうする? 何を仕掛ける? ん? 何に望みをかける?」

 

 コートは穴だらけシワだらけにはしてやったがミカエルの顔に焦りはない。お気に入りの服を台無しにしてやったのは気分がいいが、こっちの労力を考えると

 

「どうする、魔王さま。優しく聞いてやるのはあれが最後って顔だけど? 白旗振ったら許してくれる可能性は?」

 

「分かりきったことを聞くんじゃない。本人が目の前にいることだし、いい機会だからミカエルのバカさ加減について教えてやろう。ミカエルにもしもはない、一度決めたことはやり抜く、どんな代償を払ってもな。それが使命だと思ってる」

 

「げんなりする情報をどうも。ルシファー、奥の手はないのか奥の手は。ご自慢の姑息な悪知恵を働かせてみろ、頭の中にいるネズミを回し車にこう、走らせて」

 

「チームワークを乱すな、キリル。頭に入れておけ」

 

「その名前は好きじゃない、頭に入れとけ。……体をバラバラに引き裂かれるのとパニックルームに軟禁されるの、選ぶならどっちを取る?」

 

「不愉快な質問をするな、と言いたいが頭の中は読めた。あのグレた姿が目に入らないのか、ただ引き裂かれるだけよりも惨たらしい姿にされるのは明らかだ。つまり、私が言いたいことは──さっさと噛み付いてこい、出来損ないめ」

 

 ミカエルの背後から母さんが奇襲をかけ、ルシファーが手にプラズマの塊を練り上げる。そして俺はルシファーに背を向ける形でさらに背後に足を走らせた。

 

「退却クソくらえ……!」

 

 実際、退路そのものがないんだけどな。

 背中にとてつもない圧を感じつつ、スライディングの要領で姿勢をかがめて滑り込む。そこにあったのは頭から角が生えた異形の死体。天使たちからは『テンプターデーモン』と呼ばれるこの世界での悪魔の亡骸。

 

 形だけは人間の器に入ってる俺たちの次元の連中と違い、ロード・オブ・ザリングやハリーポッターにでも出てきそな見た目をしてる。八つ裂きにされるよかマシだが……ああ、ちくしょうめ。

 生きて戻ったらジャンヌに自慢してやる、そう心に誓って俺は死体の首筋を左手で掴む。そして一思いに首筋に向けて歯を突き立てた。

 

「キリ……!?」

 

 母さんの叫び声が耳を捉える。が、一度食いついちまったんだ、もう遅い。いつもはスキットルやパックから補給してたが、別に現場でそのまま掠め取るのが不可能ってわけじゃない。

 脳裏に甦るのは飢饉の騎士、人間の秘めた欲望を無条件に解放させる黙示録の騎士と遭遇したときの記憶。かつて兄がやったのとまったく同じやり方で、俺は噛み付いた悪魔の首から血を直接搾り取った。

 

「……なんだよこれ、バッテリー液か? 帰ったらコーラとエナドリたらふく飲んでやる」

 

 歯で食い破るように傷つけた悪魔の首から視線をあるべき場所に戻す。ヴィーガンのジャーキーを食った気分だがどうやら異世界産でも鍵穴は通ったらしい、網膜が燃えるように熱くなる感覚──リリスと同じ、白い目に眼球が変色していく感覚。お世辞にも美味には遠いものが完全に喉を通った。

 

 ルシファーが、ミカエルがそうやったお返しに俺も指をならす。悪魔の血を飲んだことで再発した超能力が、ミカエルの体をこれもお返しとばかりに数メートル後ろまで吹き飛ばした。

 吐血したらしい血で汚れた口元を指で拭ったルシファーが、にたぁっと赤い口を歪める。

 

「何も言うな。その顔は好きじゃない」

 

「生憎とこの顔しかない」

 

 淡々と言葉を交わし、同じ方向を睨む。平然と歩み寄ってくるミカエルに敵意を込めて、両手に持った天使の剣を手元で回す。

 手札に残されたカードはすべてテーブルに投げた。あとは単純なぶつかりあい、どちらが先に汚ならしい砂と口をつけるかだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、その話ってどこからどこまでがホントなんだ? そこのところ、すごく気になってしょうがないんだが」

 

「どこまで信じるかはお前次第だよ、いつかワトソンくんちゃんが言ってたろ? 俺の人生はファンタジー、まあお前のも大差ないけど」

 

 話に聞いたとおり、退役軍人が住み着いてるってゴーストタウンはあった。悪環境を歩き続けた先に辿り着いたのは、半ば砂に埋まりかけたなんとも寂しい街だった。

 建てられたのは恐らく──西武開拓時代。その証拠にどこか近視感がある。そう、フェニックスの灰を求めて訪れた、あのワイオミングのサンライズによく似てる。今となっちゃ懐かしい。

 

「しかし、お前の話はどこを切り取ってもクレイジーだぜ。バラバラになった体を大天使に繫ぎ合わせてもらうなんてよォ」

 

「あいつには本一冊じゃ足りないレベルで厄災を押し付けられてるんだ。それに比べたらあんなのガソリン代にもならない」

 

 キンジ、ジーサードにしてやった異次元での世界での話を一旦切り上げて、俺は廃墟となった建物の一つを指で差してキンジに笑ってやる。

 

「ひとつ、ここで俺からアドバイス。夢を壊すようで悪いがモノホンの西武開拓時代に行くときはポンチョだけはやめとけ、西武劇好きのお前にはカルチャーショックだろうが向こうじゃダサいネルシャツ以上にバカにされる」

 

「それも何度か聞いた話だけど、本当に行ったのか? フェニックスの血とかなんとかを取りに」

 

「惜しい、フェニックスの灰だ。灰。怪物界の女王様に効く唯一の武器」

 

「灰が女王を倒すアイテムか、ファンタジー映画にありそうだな。科学が発達した現代社会、これじゃ一昔前に逆戻りだ」

 

 砂に埋もれかけた、科学や最先端とは無縁の光景にキンジがぼやく。うん、ディーンや親父の好きなクラシックな光景だ。

 

「おい、爺さん。あんたの住まいにはまだつかねえのか?」

 

「文句を言わずに歩け、ワシの家はそこの岩山を回り込んですぐそこじゃ。小言の多さは親父に似たか?」

 

「どうかな、小言が多い知り合いはたくさんいたから。生まれ種族問わず」

 

 荒っぽく答えてくれたこの爺さんがこのゴーストタウンに住み着いたって例の退役軍人。

 かつてはベトナムにも従軍し、陸軍で数々の任務に従事してくれた退役軍人。この国に尽くしてくれた一人だ、もちろん敬意をもって接しちゃいるんだが親父の知り合いってところが……あとボビーと同じ飲んだくれの匂いがするぞ、このカーネルって爺さん。

 

 偶然ってのは妙なところで重なるもので、ディーコンの話に出てきたこのカーネルじいさんはかつてジーサードが救助に駆け付けた油田火災の生存者らしい。油田の火災やコンビナートの火災といえぱ悲惨の一言だ、そこいらの可燃物があるんだからな。

 トレールズ油田がやられたらしいが凄腕揃いのジーサード一行の活躍のお陰で死者は0人だったとか、爺さんの孫や家族もいたらしく、喜んで俺たちを家に案内してくれることになった。

 

「油田火災で犠牲者が0人か。すごい、まるでアメリカ版遠山キンジだ」

 

「……なんで俺の名前を出すんだよ。お前だって──」

 

「ひゅー、やったね! 今日は屋根のある場所で寝れるよお兄ちゃん! これも常日頃の善行のお陰だよねっ! 誉めて誉めてっ!」

 

「か、かなめ……! お、おい抱きつくなって!」

 

 おあついね、日本でも本土でも愛をぶつけるのに場所は関係なしか。恐れ入ります。

 

 サンダースの爺さんの家はゴーストタウンから少し歩いたところに構えられていた。みんなどこかで予想はしてただろうがビバヒルやサンフェルナンド・バレーにあるような建物じゃない。

 案内してくれたのはボビーの隠れ家を思わせるクラシックな木造家屋。文明の最先端を行っていたマンハッタンとは正反対、古びた自家発電機はさっきのゴーストタウンには負けるがそれでもかなりの骨董品だ。

 

 すげえ、ここまでクラシックに取り憑かれてる家を見るのはボビーの家以来だ。ああ、ちょっとした感動に襲われてますよ。

 家に帰った気分だ。ひどく懐かしい気持ちに襲われてる。

 

「小僧、ディーコンとジョンはどうした。海兵隊を上がってからワシはロクに話を聞いとらん、どっちも鼻持ちならん連中じゃったが」

 

「ディーコンはグリーンリバー拘置所で働いてるよ、最後に会ったのはもう何年も前だけど相変わらずの陽気だった。親父は……ディーコンと会う少し前に病院で」

 

 俺たちを家に上げるや戸棚からテキーラを引っ張り出そうとした爺さんの手が一瞬止まる。

 

「軍人として祖国に戻れたんじゃ、ワシゃーベトナムで何人も見てきた。知らぬ土地で最後を迎えるよりマシじゃよ」

 

「……だといいんだがな。でもきっと、無念だったと思う。ああ、無念だったと思うよ。やるべきことを残しての最後だった、ずっと追いかけてたものを目の前にしてのだったからさ」

 

 息を吐くと、熱くなった頭が冷えていく。やっちまった、センチメンタルになってもどうにもならないってのにな。黄色い目、いつまでも忘れられない。

 みんなが家に上がり、自己嫌悪を振り払う気持ちでかぶりを振るう。俺も飲み物を貰うか、いっそのことテキーラを──と思ったとき、腕を掴まれる。

 

「貴方のせいじゃない」

 

 振り向いた先にはロカの真剣な顔。どうやら断片的にでも考えてることをよまれたらしい。こんなときどういう顔をするべきなのか、何年経とうと分からない。

 

「……ありがとう」




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