哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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馬小屋にて

 

 

 

 

 真ん中のレキを座らせ、左右から俺とキンジの三人はスプリングが一部剥き出しのソファーからテレビを眺めている。案の定、楽しいチャンネルはない。サンダースの爺さんから貰った瓶コーラを横並びになりながらちびちびと飲んでる。

 他のギャラリーはポーカナイトのプレイと観戦中。サード、少佐、コリンズ、じいさんがプレイヤー。慣れた手付きでカードを並べるのはディーラーのアンガス。かなめとロカ、ツクモもワイワイ観戦ムード。狭い家内に賑やかな雰囲気、実に本土っぽい。

 

「お前は混じらないのか? いつもなら真っ先にカードを引きに行くところだろ?」

 

「今日はポーカーナイトって気分じゃない。」

 

「でも得意なゲームだろ? 人の頭を読んだり、駆け引きは尋問科の土俵だし」

 

「お前なぁ、俺がバーの看板娘にどんだけカモられたか知ってるだろ? 周りに同情されて奢られるくらい巻き上げられた」

 

 店にやって来る男のハンターはみんな彼女のカモ。俺も見事に巻き上げられた。でも勝ち気なジョーの笑顔が見たくて、勝とうが負けようがあの子とゲームがしたくて、結局何度もテーブルに着いちまったんだよな、あの頃の俺は。

 

「好き、だったんですか?」

 

 視線はテレビに向けられたままのレキからの一言が喉を詰まらせる。意外な言葉に目を伏せ、けどその答えは迷う必要もなく、

 

「……ああ。心の底から」

 

 ーー心の底から好きだった。嘘偽りなく、それだけは言える。ああだから、オシリスだけはほっとけない。必ずけじめをつけてやる。

 

「しかし、レキからそんな質問を貰うとは思わなかった。理子か、それともお隣に座ってる誰かさんの影響か?」

 

「先に言っとくが俺もトークバトルって気分じゃないぞ、歩き疲れたしな。やるなら楽しい話にしてくれ。胃が痛まないやつ」

 

「お天気、税金、インフレ。どれにする?」

 

「なんだあのマーク? ああ、暴風警報か。天気予報に『サイクロン』があるなんてアメリカっぽいよ。嬉しくないニュースだな、今は嘘でもいいニュースが欲しい」

 

「嘘はあくまで嘘だ、どんなにいい嘘でもな。嘘も方便が通用するのは時と場合による」

 

 本土ならではの天気予報だからなぁ。キンジは僅かに首を傾げたがすぐにコーラを呷っていつもの調子で続けた。

 俺だって嬉しいニュースが欲しいよ、大抵悪いニュースとセットだけどな。お天気と交通情報みたく。

 

「良いニュースねぇ……このまま空軍の妨害もなく目的地まで行けたらいいニュースになる」

 

「それこそ希望的観測だろ。仮にも米国空軍のお膝元だ、縄張り入った獲物は見逃さない。タグをつけられたようなもんだ」

 

「お洒落な言い回しだこと。お揃いのドックタグでも買って帰るか?」

 

「……買いましょう」

 

「「えっ……?」」

 

 またもレキの予想だにしない発言にキンジと声が重なった。

 

「買うの? お揃いの認識票?」

 

 こくり、そんな音が聞こえてきそうな綺麗な頷き方でアーモンド色の瞳がキンジと俺を交互に見る。

 レキの肩越しに見えたキンジはうっすら笑ってて、どうやら俺も移ったらしい。狙撃手だけに伏兵ね、京都じゃ会長もそんなこと言ってたな。

 

「だったら生きて帰らないとな、死んだらお土産は買えない」

 

「良かった、これで死ねない理由が一つ増えたってことだな。これは良いニュースだ」

 

 ああ、同感。これこそ待ちに待った、良いニュースってやつかな。

 バスカビールの面々は一人残らずみんな愉快で楽しいことこの上ない。狭い家内だからこそ響き渡るみんなの声は、ちょっとしたパーティー気分で結構楽しい。

 

 瓶に残ったコーラを呷ると、壁のボードに貼り付けられた写真の一枚に目が留まった。あのホテル、どこかで見たような……

 

「あの写真……なあ、サンダースの爺さん。あれって『 ピアポント・イン』か? コネチカットにあるホテルの」

 

 指をボードの写真に向けながら、後ろにいるサンダースの爺さんへ振り返る。

 

「そりゃあもう何十年も前にコーンウォールに行ったときの写真じゃ。副大統領が二回も訪れたとかいう売り文句のな」

 

「ハハッ、やっぱりか。その売り文句なら俺も聞いたよ。副大統領が2回も訪れた由緒正しきホテルだって、チップを掠め取られた。懐かしいな」

 

 コネチカット州のコーンウォールに建てられていた古風なホテル。記憶に残っていた建物の写真からひどく懐かしさを感じる。

 訪ねたのは黄色い目を撃つ前の話だから、もうかなり前になるな。懐かしいのも当然か。

 

「有名なのか?」

 

「残念ながら良くないニュースの方が轟いちまったかも。1930年開業だったかな、けど10年近く前に閉鎖してる。ちょうど俺たちが最後に来た客だったんだよ、個人的には嫌いじゃなかった」

 

「つまり、仕事ってことか。納得した」

 

「使われてないプールに飛び込んだだけ。女の子を助けに」

 

 そういや、結局ホテルは営業を止めただけで建物はそのまま残されてるって話だったな。ま、取り壊しが決まったあとにあれだけ騒ぎが起きれば当然か。色んな狩りをやったがあれは特に妙な後味を残す狩りだった。

 こんなところで過去の狩りを思い出すことになるとはなぁ。アレックスやメアリー母さんとの再会といい、過去の記憶を思い出すための洒落たツアーみたいだ。

 

 ポーカーナイトは爺さんのフルハウスで幕が下り、その爺さんからのお達しでひとつしないベッドルームは女子たちが、男はリビングで寝るということになった。

 爺さんはリビングのソファーに早々と横になってしまい、アトラス、コリンズ、アンガスの元特殊部隊の精鋭三人が横になるとリビングもスペースが埋まってしまった。

 

「棲み家を奪われた小動物ってさ、こんな気分なのかな」

 

「悪魔とドンパチやってきたヤツが小動物? もっとマシな例えにしとけよ」

 

「カイン、ご先祖様が言うには地獄じゃ俺たちの名前がトイレの壁に書いてあるんだと。要注意リストって」

 

 両手を頭の後ろで組み、キンジとどうでも良い話をしながら家屋から少し歩いたところにある馬小屋に向かう。

 カイン──弟のアベルを殺したこの世で最初の殺人者。あのアバドンのいた『地獄の騎士』の創設者で、連中を一から鍛え上げたのもカイン。

 

「傍迷惑な話だよな。売れたくないところに顔が売れてもちっとも嬉しくない」

 

「この一年で俺もそっち系の話には随分と耐性が付いちまったがお前の昔話だけはいまだに慣れん。で、どこまでが本当なんだよ?」

 

「フェニックスの話? 壁の落書きの話? 悪魔版尋問科の講師に30年間体をミンチにされてたことか? 残念ながら全部本当の話さ」

 

 馬小屋にはサンダースの爺さんの馬が一頭、既にいたジーサードに頭を撫でられていた。

 一応住みかを借りるわけなので挨拶の気持ちを込めて、俺も軽く撫でておく。馬との交流も初めてじゃないお陰で、なんとか無事に撫でさせてもらえた。あのときワイオミングで受けた手解きがこんなところで活かせるとはな。

 

「……なんでお前は噛まれてないんだよ」

 

「仲良くなるコツを教わったから? 少しの間だけど牧場で働いてたんだ、起きるのは朝の5時で昼食は12時。馬の餌はオーガニック、現場責任者と出資者がバチバチにやりあってた。ヒッピーじゃあるまいしってな」

 

「雀百まで踊り忘れず、だな。お前、実は多才だったりするか……?」

 

「まさか。無茶苦茶な滑走路に飛行機を着陸させたお前ほどじゃないよ、聖徳太子」

 

 家主に手を噛まれたキンジは毛布の代わりと藁の中に潜る。そしてジーサードも。兄弟水入らずを邪魔するより屋根のないところで寝たくない俺も潜り込んだ。

 数日前はマンハッタンの高層ビルでやった構図をネバダの馬小屋でやってる。明日何が起きるか分からないって言葉をここまで実感できる日もないね。

 

「思ったより快適だったな、馬臭いけど」

 

「また噛まれちまうぞ? 外で一夜過ごすよりマシさ、男同士チーズで一杯やるのはまた今度になりそうだけどな」

 

「ワンヘダよォ。お前、昔のあだ名はスピーカーだったんじゃねえのか? スイッチの壊れた」

 

「先生には、本土の学校の先生ね。お前の武器はユーモアだって言われた。奥さんが浮気してるって話を聞かされたあとに」

 

「「……」」

 

「黙って愚痴と悩みを聞いてたよ。だからスピーカーじゃないし、スイッチも壊れてない」

 

 ひでえ顔を向けてきた二人を無視し、小屋を照らしているライトをオフにする。闇の中で、やがて聞こえてくるのは静かな寝息だけになる。

 迎撃を受けたあとだからってのもあるがマンハッタンのときのように修学旅行気分での話は飛んでこない。俺からこれ以上切り出す気分にもなれず、意識を落とそうとしたとき──

 

「……ジーサード。お前、まだサラ博士のこと、恩人を甦らそうとしてるのか?」

 

 声の調子からずっと気になっていたらしい。

 サラ博士。サードが研究所にいたときに事故で亡くなった科学者でジーサードが色金を求めたのは彼女の命を甦らせるのが目的だった。

 愛した人の命を取り戻す為に、あらゆる手を尽くす。他人事には思えない。だから触れるに触れられなかった、俺からは。

 

「他に言うヤツもいないだろうから俺が言う。俺くらいしかいないだろうからな。やめとけ。俺はアリアに成り代わった緋緋神を見た、香港でも話をしたから分かる。あれは人がどうこうできる存在じゃない、どうあっても最後は必ず悪い方に傾く、そういうヤツだ」

 

「……」

 

 ジーサードは、何も言わない。死者に対しての倫理を解くような、ましてやジーサードの愛した人の話だ。今まで触れられることもなかったんだろう。

 それを兄が踏み込んだ。いや、家族であるキンジだから踏み込めたのかもしれない。他に踏み込めるヤツがいなかったから自分がやった、それが遠山キンジだ。よく学んでる。

 

「サラ博士はお前の恩人なんだろ。お前がそこまで入れ込んでるんだ、会ったことはないけど良い人なんだろうな。ありきたりな言葉になるが、そんな人がお前が綱渡りしてまで生き返ることを望むと思うか?」

 

「……」

 

「けど、最後に決めるのはお前だ。無責任なようだがしょうがない、こればかりはお前が決めることだからな。お前が決めるしかないんだよ。兄貴から言えるのはやるなら別の方法を探せってことだけだ、だからこの件には俺も二度と何も言わない。お前が心の底から望むなら好きにしろ。ただし、他の方法でな」

 

 目的そのものは否定しない、でもやり方には文句をつける。かなめの言うところの綺麗な落としどころだ。

 やっぱりここは兄弟水入らずにさせて、俺は外で一夜明かすくらいが良かったのかなぁ。聞き耳を立てちゃいけない場面に出くわしちまった気分だ。ちょっと複雑。

 

「……雪平、聞かせてくれ。お前は、どうやって割り切ってきたんだ? これまでの旅路ってヤツをどう……乗り越えてきたんだよ、お前らは」

 

 暗がりでジーサードの顔は見えない。けど、多分俺はこの上なくひどい顔をして屋根を見上げてる。それはひどい面構えなんだろう、ヒルダが見れば笑っちまうようなさ。

 

「割り切れねえよ。乗り越えてもない。ただ一本道を走ってきただけ、逸れても元に戻される道をただインパラで走ってきただけだ。結果、周りがいつも欠けていく。その繰り返し」

  

 そう思うとライトを消しておいたのは正解だった。

 

「いい人が死んで、いつも俺たちだけが生き残った。割り切れないよ、俺たちが巻き込んで引きずり込んだ人が先に死んでいくんだ。忘れられないし、忘れていいわけないし、割り切れない。死者の蘇生が正しいかどうか? 俺の前でその話やるか? 何回首を落とされて戻ってきたと思う、俺たちが何回自然の法則を無茶苦茶にして死の騎士に苦い顔されたと思うんだよ。キンジと違って俺がお前にとやかく言うのはアンフェア、通らないんだよ」

 

 皮肉なことに自嘲めいたことを吐くときは饒舌になれる。

 以前、かなめに言ったとおりだ。死者の蘇生がジーサードの願いなら、その願いに俺が口を出すことほど馬鹿げたものはない。そんなものは通らない。

 

「……大事なことはキンジが言ってくれた、答えは出てるんだろジーサード。自分の心に従って選べばいい、お前の本質は善人だ。キンジと同じとびっきりのな」

 

 キンジもジーサードも何も言わない。

 ……もしかして寝てる? それなら今のやり取りがなかったことになるから構わないんだが、本当に寝ちまったのか?

 

「……ありがとうな。兄貴も雪平も」

 

 なんだ五感はきっちり働いてるじゃねえか。

 

「みんなこの話には、触れようとしねえ。俺を気遣って避けてくる、触れちゃいけない傷口ってヤツさ。今日初めて、俺はこの話を他の誰かとできた。だから……ありがとな。話してくれて」

 

 俺様思考のアイアンマンがらしくない。

 こういうとき真面目になっちまうのはキンジと一緒か。安心するぜ。

 

「後は兄弟水入らずでどうぞ。俺は寝る、睡眠不足は最強の暗殺者」

 

 その後、キンジとジーサードは少し話し込んでいたが俺の記憶にはぼんやりとしか入ってない。

 藁布団で目を覚ますとまだ夢の中にいるキンジと違い、ジーサードの姿がなかった。二度寝する気分にはなれず、馬小屋の外に出てみると空はまだ僅かに光が差し込んでいるだけだった。ジーサードが部下たちに定めた起床時間にはまだ少し早いのだが……

 

「お早いお目覚めで。眠れなかったのか?」

 

 寝起きで暴れている髪を手でなおしながら、空を仰いでいる見慣れた顔に声をかける。言うまでもなく、ジーサードだ。

 

「おう、早いな。ネバダの空は見たことあるか?」

 

「何度か。こんなに早朝に見たのは久々だけどな、朝はそんなに強くない」

 

「あ?」

 

「幽霊は夜に出るから」

 

 小さく鼻を鳴らしてジーサードは笑った。

 まだ肌寒いがそれでもシカゴに比べりゃ天国みたいなものだ。隣に並んで空を仰ぐ。

 

「昨日、キンジとどんな話したんだ? 俺は先に寝ちまって覚えてないんだ、楽しい話?」

 

「今度ツクモの尻を撫でろ、だと。聞かなくて良かったな」

 

「わーお。あいつ史上最強に性的な話だ、今日はこれから猛吹雪か?」

 

「バカ野郎、笑えねえよ。吹雪が吹いてんのは兄貴の頭だけで十分だ」

 

「冷たいお返し。リアルタイムで聞けなかったの超残念。やっぱり起きとけば良かった」

 

 うっすら笑って腕を組む。

 

「悪かったな、昨日のこと。俺もお前の傷口に触れちまった、でけえヤツによぉ」

 

 思わぬ方向の言葉にまだ睡魔が抜けきらない目が開いてしまった。

 

「誰だって傷を抱えてる、俺もお前もキンジだってそうだ。命あるかぎりしぶとく生きるしかない」

 

「傷を抱えながらか?」

 

「傷があると女にモテる、前に先生がそう言ってた。合コンはまた駄目だったみたいだけどな」

 

 そう苦笑いしてやる。どこの誰かは知らないが逃がした魚は大きいぞ? ちょっと気性が激しいところと気難しいところはあるけどな。

 

「俺にもいたよ、本気で好きになった女がこの国に一人いた」

 

「……好き? お前がか?」

 

「ああ、初めてのってヤツ。夢中になったよ。本当の母親みたいに育ててくれた人の一人娘、ポーカーで有り金をさんざん巻き上げられた。兄貴に辞めろって言われたけど、結局どれだけ掠め取られたか覚えてない」

 

 うん、夢中になった。初めてだったからな、モノホンの初めての感情ってヤツ。おい、そこまで驚いた顔されると複雑だっての。

 けど、ジーサードってのは頭がいい。当たり前か、かなめの上役なんだ賢くないわけがない。顔から緩い雰囲気が消えていく。

 

「そこまでにしとけよ、無理に傷口抉る趣味はねえ」

 

「お馬鹿、俺から切り出したんだぞ? それにあの本を最後まで読んだら分かることだよ、ルシファーと檻に飛び込む前のことだし」

 

 横目を流して、冷たい息を吐く。頭が冷えてくれるのは有りがたい。

 

「ファーストネームはジョアンナ。母親はエレノア。親父が通ってたバーを経営してた。二人とも腕利きのハンターでガキの頃からの知り合い。俺の良いところは、きっとあの二人から貰ったんだと思う」

 

「……」

 

「けど、なんというか。俺が好きになった女は俺よりも俺の兄貴を好きになっちまって、その兄貴にはどうしようもないくらい愛してる大切な人が他にいて、俺と彼女の恋はどちらも実らず痛み分けに終わっちまうんだ。兄貴も結局は愛したその人と別れを決めた」

 

 まさに痛み分けの恋。清々しいくらい三人とも望んでる結末から逸れた。

 俺はジョーに、ジョーはディーンに、ディーンはリサと一緒になることが出来なかった。

 

「でも生きててくれればそれで良かった。……分かるよジーサード。好きな人ともう一度会いたいって、生きていて欲しいって気持ち、本当によく分かる。ああ、本当に……俺にも分かるよ」

 

「お前がそこまで入れ込むんだ、いい女だったんだろうな……親子揃ってよぉ」

 

「ああ、きっとお前も好きになる」

 

 自分のことを誉められたみたいにその一言が嬉しい。キンジやジーサードがロードハウスを訪ねる世界が、もしかしたらあったのかもな。ルビーとサムがくっつく世界があったくらいだ、ないとは言えない。

 

「ジーサード。ジョーは俺を庇って死んだようなもんなんだ、俺を庇って腹を抉られて……血まみれになって、痛いなんてもんじゃないのに……エレンと一緒に最後まで俺たちが生き残る道を開いてくれた。俺の命はあの二人に繋いで貰ったようなもんなんだよ、だからこれまでのふざけた旅路を走ってこれたんだと思う。俺のは肩代わりされた命だからな、二人の顔に泥はぬれない」

 

 まあ、家出したり、兄貴に隠し事したり、エレンに背中を蹴り飛ばされそうなことをしなかったかと言われると怪しいけどな。

 けど、肩代わりされた命ってことだけは忘れないようにしてる。それを忘れたら終わりだ、ゴミさ。それだけは許されない。

 

「俺はジョーに釘を刺された。もし悪魔と取引でもして命の等価交換をやろうっていうならあっちから背中を蹴り飛ばすってな。でも俺は、ジョーにそう言われなかったら……喜んで命を叩き売りしてた。だから他人事には思えなくて、ぶっちゃけるとお前との距離感も結構悩んでたんだよ」

 

「妙なシンパシーを感じさせちまったか? そいつは悪かったな」

 

「いいや、そもそも俺とお前は違う。お前みたいに油田火災に飛び込んだりできないし。けど……悪い、やっぱり少しだけ言わせてくれ。色金に頼るなって意見には俺も賛成」

 

「律儀になるなよ、らしくねえ。そもそも色金にあるのは可能性だ、できるとも決まってねえんだぞ?」

 

「けど、あれが人間の手には負えないオカルトグッズってのは分かってる。死者に命を与えるまで色金を利用しようってんなら綱渡りだ、リスクなしとは行かない。それにいくら色金だろうと本気で死者の死をねじ曲げようとするならチャンスは一度きりだ──二回目は、間違いなく死の騎士(デス)の目に触れる」

 

 死の騎士──教養は俺よりもあるジーサードはその言葉に顔色を変える。当たり前か、そこいらの神様よりずっと存在感のある、アマラや虚無に続く化け物だからな。

 

「サラ博士が蘇っても、最初はこの世界の景色に驚くはずだ。自分の知らない景色、がらりと変わった社会を目にするんだからな。そりゃ戸惑うだろうよ、だけどそんなときサラ博士を支えられるのはお前だけだ。俺はそういう前例を、ちょっと前に見てきたから分かる。何年も経った世界にいきなり蘇って、自分の記憶を辿っても行く先々で煙たがれる、理屈っぽい話かもしれないけど支えがいるんだよ」

 

「……、……、……ちょっと待て。お前、いま見てきたって言ったか?」

 

「つまり、サラ博士を生き返らせても。支えになるべきお前が無事でないと意味ないんだ、分かるな? 色金みたいな危ないもんに手を出すな、キンジの言葉は正しい。そういうことだ」

 

「おい、待てっキリ! 今の話もっと掘り下げやがれ!」

 

「悪い、この話は複雑で。すっごく複雑で、やりたい話は済んだな。空軍基地には行く、だがサラ博士には別の方法でアプローチを探す。死の騎士の目に入り辛いやつで、ほら決まりだ。何歩か進んだろ?」

 

 あ、ちょっとバカ野郎……! 首を絞めるな、ぼ、暴力反対ッ……!

 

「あれ、サード? 早起きじゃん、……な、なにやってんの?」

 

 ロカお嬢様、いいところに。さっさとサードを止めて──んげぇ、なあにそのスカーフ、だっせえ……

 

「やっちゃえ、サード」

 

 ……ミスった! 嘘でもロカのご機嫌を取りゃよかった! ギブ、ギブ!

 

 こんな調子で、俺はたまたま起きていたジーサード、ロカと愉快に触れあいながらみんなの起床を待った。サンダースの爺さんが基地に繋がる『足』を用意してくれるみたいで、どうやら騒音被害の苦情も兼ねて力を貸してくれるらしい。

 引退してもベトナムを生き抜いた陸軍だ。親父の知り合いとこんなところで肩を並べられるとはな。驚いてるよ。

 

「お目覚めかい、眠れる美女さんよ。アイアンマンに喧嘩を売りに行く時間だぜ?」

 

 爺さんから貰ったテンガロンハットを被り、俺はキンジのいる馬小屋へと入っていく。キンジは早起きってタイプじゃないが朝に弱いわけでもない、よっぽどあの藁布団が気に入ったのか。

 忍び足で近づくと、まだ横たわっているキンジの瞼は落ちたままだった。……砂漠の行軍が堪えちまったのかな。

 

「か、かなめが……」

 

 あ? かなめがなんだ、目は開いてないな、ねごとか?

 

「かなめがいっぱいだ……! た、たすけてくれ……!」

 

 切実な声に俺は小屋の天井を仰いだ。……なんつー夢を見てるんだ、お前は。

 






アリア新巻のカバーは満を持してのアリアに決まりましたね、嬉しいです。

書き終えてから半年もこの章書いてることに気付きました。半分は終えてるのでもう少し続きます。そして今回で130話となりました、スパナチュで130話というとオシリスの回ですね。嬉しくも悲しい回です。

130話ってホントに(?)の気分ですが来年に入ると4年目になるんですね、ちまちま続けた結果というか好き放題書かせて貰った結果と思ってます。好きな展開書いてるときがなんやかんや一番筆が乗ってしまうんですね。



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