哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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悪夢の来訪者

 

 

 

 サンダース爺さんが語っていた空軍基地へ繋がる足。端的に言うとそれは『鉄道』だった。

 ネバダの荒野に敷かれていた鉄道、そして爺さんのさらに爺さんが使っていたという大陸横断用の汽車が爺さんのいう足だった。汽車を前に島の姉貴を彷彿とさせるはしゃぎようのアンガスさんが語るには、それは既に失われたとされるロストテクノロジーらしい。

 

 爺さんの手入れは行き届いていたらしく、運行には何も問題ないらしい。本人いわく、クラシックカーを走らせるようなもんだとか。

 車こそ手にはいらなかったが牙の生えた重機関車みたいな爺さんの「足」には底知れない安心感があった。サードがいうには総重量45トンは軽いらしい、過去最強の鉄の塊だ。

 

「──てことで、これから機関車でエリア51に乗り込む。祈りはもう一回頼めるか?」

 

「この短い期間でお前に2度も祈りを頼まれるとはな。今回は難敵のようだ」

 

「相性が悪いってのは正解。今回はキンジにおんぶにだっこになりそうだ。俺は裏方かな」

 

 現在、爺さんとアンガスさんがトランザム運行の最終調整をしてくれている。

 俺は、昨日は寝ることができなかったリビングで胡座をかきつつ日本にいるジャンヌと海を挟んで話していた。ようするに電話越しだ。クラウリー風に言わせると、難敵に挑む前の最後の休息ってところか。

 

「で、そっちはどう? 何か楽しいニュースでもないのか? 情報科で流行りの話とかさ」

 

「お前がゴシップ好きだったとはな」

 

「こっちはデカいニュースに尽きねえよ。まさかアメリカ空軍が色金を抱えてるとはなぁ。ジーサードが言うにはかなりのデカブツ、相当な質量らしいが今までよく隠しとおせてたもんだ」

 

「だからこその秘密施設。エリア51が選ばれたというわけだ」

 

「秘密施設か。怖い人が怖いところで怖いことしてるって意味ならそうだな」

 

 リビングの真ん中で、血が溜まったボウルに向けて一人で喋ってるのもかなり怖いけどな。

 色んな意味で欠陥が多いぜ。このイカれた悪魔御用達の電話は。かけられる電話番号も限られてるし。何より絵面が最高にイカれてる。

 

 一方で電波に囚われなかったり、回線を傍受されたり邪魔されたりしないメリットもある。やばい単語を口走っても筒抜けにならないのは良いことだな。

 電波状況からどの無線LANにつないでるか特定してアルゴリズムでパスワードをリセット、アクセス成功ーー情報科だと一年でもこれくらいはやるんだから恐ろしい時代だよ。

 

 インターネットは透明な箱の中に入ってるようなものって前にテレビのコメンテーターが言ってたがあれは半分は当たってるのかもな。

 

「次に話せるのはもっと先だと思っていた。私が遠山と欧州に発っていたときには連絡は入れていなかったからな、はっきり言うと驚きだ」

 

「俺が何度も電話するのは予想外だった? その件は助かったよ、ドイツ組とは顔を合わせたくないのが本音。故郷のスケートリンクは楽しかったか?」

 

「ふっ、遠山も口の軽い」

 

 どうやら楽しめたらしい、それなら何よりだ。

 フランス、スケートリンク、男女が二人、ロマンチックなことで。その手のことが大好物の理子がいたら『なんか良いムードじゃん』と目を輝かせてはしゃいでいたに違いない。

 

「──あら、おもしろいことしてるわね。新しい電話でも買った?」

 

 ふと入り込んだ声にかぶりを振る。どいつもこいつも夜更かししやがって。

 

「よォ、先生。今日はネームのお時間か?」

 

「外れ。そっちはどうなの、一面を飾れる楽しいニュースは舞い込んだのかしら」

 

「残念ながら楽しいネタはまだ。まあ、土産話はどうにかして身繕っとくよ。楽しみにしてろ」

 

 パークの子供たちにも聞かせてやるネタがいるしな。どうせジーサードやキンジが派手なことをやってくれるさ。

 マッシュは勝ち戦でいるみたいだが俺から言わせれば対戦相手が悪すぎる。ターミネーターごときで遠山一族を止められっかよ。キンジとジーサード、ゴジラとモスラを同時に相手するようなもんだ。

 

「最先端科学兵装は軍国アメリカが生んだ比類なきモンスター。精鋭が揃ってるとはいえ、足をすくわれないでね?」

 

「足元には注意するよ。やることはリヴァイアサンのときと同じ、向こうは待ち構えてる。だから堂々と正面から乗り込んでやるだけだ。連中からの嫌がらせを払いながらな」

 

「幸運を──軍国アメリカが秘匿にしてるってお宝なんでしょう? 帰ったらゆっくり話でも聞かせて頂戴な。貴方の好きなギトギトのランチを用意して待ってる」

 

「……それは楽しみだけど。聖女さま、ご友人なんか今日めっちゃ機嫌良かったりする?」

 

「さあな。私はお前と話せて気分がいいが」

 

「……なんだよ。今日はやらた優しいな。後から頼みごとがあるパターンか? 俺、なんでも聞いちまうぞ」

 

 やたら優しい元イ・ウーコンビに眼が丸くなる。ギトギトのランチねぇ、ギトギト……なんとも平和的な響きだ。これでヴィーガンのベーコンでも出てきた日には戦争だぜ。

 ああ、ちくしょうめ。できれば今すぐ帰国したい気分だ。血が独りでに渦巻いているボウルを鋭く睨む。

 

「別に。五体満足で帰ってきなさい、雪平。私からはそれだけ。あ、それと次のイベントに向けてアシを探してるの。貴方、よかったらどう?」

 

 ……アシ? アシ、アシ、アシスタント? 

 思いもよらない言葉が脳裏の中でリピート、繰り返される。アシスタント……?

 

「鈴木先生のアシ? それはまた……光栄だけどいいのか? ベッキーの、知り合いの手伝いで少しだけやってたが、お前ほどの絵心はないし、こういったらあれだが力になれるか微妙だぞ?」

 

「貴方の話はネタになるし、貴方の器用さは知ってる。私は貴方の狩りを手伝った、貴方のライフワークをね。貴方も私のライフワークを手伝うのがフェアでしょ。ね、戦友?」

 

 ……チャーリーみたいなこと言いやがって。毎度言ってたよなぁ、『またね、戦友たち』って去り際に言い残すのがお約束だった。

 

「ジャンヌ。お気に入りのアニメの二期が決まったとかそういう可能性ない?」

 

「なんださっきから。組めばいいだろう、簡単なことだ。ダブルワークがトリプルワークになったところで問題か?」

 

「……どんどんお前らとの仲が奇妙なことになってて色々追い付いてないんだよ。ひょっとすると俺たち、ルーク・スカイウォーカー御一行並の仲良しになってるのかもな」

 

 あるいはドミニク・トレットのファミリー? 

 化物みたいな相手にも喧嘩売ってるし、あのグレたミカエルにも揃って顔は覚えられてるだろうしなぁ。そこを行けばルシファーにもか。

 

「分かった、お前から誘ってくれるなら喜んでお願いするよ先生。──と、言いたいんだが即戦力とは思うなよ? 努力はするが長い目で……」

 

「契約成立。精進なさい、と言いたいけどうまくいきましょう。器用な貴方を期待してるわ、ワンヘダだけにね」

 

「聖女さま、なんでもするから帰ったら俺に絵を教えてくれ。お礼は冷えた飲み物ってのは?」

 

「任せておけ、私はこれでも講師だからな」

 

「……そこは私を頼るところだと思うけど。お可愛いこと」

 

 睨んでいたボウルの中の渦が緩やかになる。

 追加の小銭が必要な合図だが生憎と持ち合わせはない。名残惜しいがここまでだな。にしてもお可愛いこと、ねえ……案外この子、泣きついたらなんでも特訓や練習に付き合ってくれたりして。

 

「ジャンヌ、夾竹桃。そろそろ切れそうだ、帰りはまた帰ってから聞くよ。本音を言うとすごく名残惜しいけどな」

 

「延長ができなくて残念? 素直ね」

 

「ここ最近、お前と話せなくてちょっと寂しかった。声が聞けて良かったよ。インパラの世話、頼んだぞ?」

 

「言うに及ばずよ。鍵を渡したのはどこのどなた?」

 

「さあ、いつひったくられたんだったかな。ギトギトのランチ、楽しみにしてる。ジャンヌ、ピアノまた聞かせてもらえるとすごく嬉しい」

 

「ふむ。それはつまり、お前も私のファンになったということか?」

 

「なんだ、忘れちまったのかよジャンヌ。お前の一番のファンの顔を。楽しみにしてる。じゃ、大事な友人の言葉を最後に借りて、またな──戦友たち」

 

 チャーリーの言葉を借り、そして渦を巻いていた血だまりが動きを止める。

 アシスタントねぇ、店の次はそう来たか。さてどうなることやら、悔しいことに楽しみにしている自分がいる。ああ、悔しいことにな。 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、あんまりいい作戦と思えなくなってきたなぁ」

 

「思えなくていいんだよ、それがいい作戦ってもんだ」

 

「適当なこというな」

 

 折角してやったフォローを振り払い、キンジは静かに腕を組んだ。

 首を横に向けると、殺風景な砂漠の景色が右から左へと流れていく。京都ではひどい途中下車をしちまったが今回は終点まで足がついてることを祈るぜ。

 

 トランザム、当たり前のことだがこいつの動力は石炭。燃料を燃やし、そいつをエネルギーへと変換して足とする。電気や未知のエネルギーで運行してるわけじゃない。

 ラッパ型の煙突からは石炭を燃やした証のように白い煙が上がり、馬鹿デカい黒い巨体が走る駆動音は無視してくれって思う方が酷だ。この機関車でネバダ基地まで突っ込む、いっそ清々しいまでの正面突破だな。気に入った。

 

「水蒸気も蒸発してんのか、こいつは目立つなんてもんじゃないな」

 

「サウロンの目だよ、キンジ。どうやっても居場所が割れるならいっそ不意を突いて鼻先を通ってやるのは悪い作戦じゃない。トレントの肩にでも乗ってる気分でどーんと構えてろよ」

 

「紙と鉛筆があればお前のありがたい言葉をメモしとくんだけどな。マッシュは勝ち戦でいる、モニターの前でコーラとポテトチップスでも用意してな」

 

「神は自ら手を下さない」

 

「だが、そういうときに限って足元から地面が崩れる。揺らしてやろう」

 

「そのありがたい言葉、今度からシャツにでも書いとけば? 近頃のお前はほんと心強い、今度異世界行くときはお前も呼ぶよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

 砂に埋もれかけていた線路の上を派手に砂を蹴散らしながらトランザムは道を駆ける。久しぶりの運行だなんて信じられないほどその走りはパワフル。

 倉庫で眠っていただけの鬱憤を晴らすような実に堂々とした走り。清々しいことこの上ない。俺とキンジは視線を合わせて、やがて肩をすくめ合った。最後までよろしく、トランザムーー未来のテクノロジーにアナログの意地を見せてやろう。

 

「Ok。時間時計、計測スタート。エリア51まで、道のり、あと115マイル。所要時間の想定、あと125分」

 

 トランザムの中は概ねが木製で作り込まれている。時代が時代、アンガスがロストテクノロジーっていうだけあって今では使われていない技術がこの鉄の塊に詰まってるんだろう。

 運転室には腕組みのジーサードとハンドルを握るサンダースの爺さん。かま焚きはアンガスとツクモ、そして自前のストップウォッチで計測を上げるのはロカお嬢様。

 

「爺さん、このどでかいクラシックカーのスペックは?」

 

「ジョンの小僧、トランザムは全速前進すりゃ、時速57マイルでブッ飛ばせるぜ。だが、釜の温度には注意がいる、耐圧性は十分すぎるぐらいあるが、なにぶんお前さんの言うとおりクラシックだからよォ。ちぃと気難しくなってやがる」

 

 スキットルを片手に飲酒運転の爺さんはニタリと笑った。

 

「お、おい爺さん……」

 

「やめとけ、キンジ。ありゃスキットルや酒瓶がないと手が震えるとか言い出すタイプさ。好きにさせといた方がいい」

 

 案の定、爺さんは笑いながら頷いた。震える手でハンドルを握られるよりはマシ、キンジは呆れた顔で外に視線を逃がした。

 

「……57マイルだと」

 

「時速90㎞くらいだねぇ」

 

 ぽつりと呟いたキンジに向けて、即座にかなめが答える。こんな鉄の塊を時速90㎞で走らせるのは大したもんだが、マッシュの追跡を振り切るには心もとないか。

 まだ原付みたいな速度しか出ていないトランザムにはキンジの顔も暗い。

 

「そう卑屈になるな。倉庫の奥に隠れてたF14で第五世代戦闘機とやりあうようなもんだ。大丈夫、勝ち目はあるさ」

 

「ったく、なんでもトップガンっぽく例えるのがお前の流行りなのか? トムキャットだぞ?」

 

「分かりやすいだろ。勝負を決めるのはエンジンでも機体でもない。誰がハンドルを握るかで勝負は決まる。強力なユニットを活かすも殺すも最後はプレイヤー次第ってことよ」

 

 マッシュはジーサード以上のIQを誇るって話だが、踏んできた場数の多さならサードには敵わない。野郎が器用にキャリアを重ねてる間も、サードはナイフと銃弾を浴びてきたわけだからな、それこそキャリアが違う。

 

「ちぃと荒っぽい理屈だが一理ある。強力な手札も最後は切り方がものを言うもんだぜ、兄貴。マッシュのお手並み拝見と行こうじゃねえか」

 

 腕を組んでいたジーサードはそう言うと、運転席の天井から垂れている、用途不明のヒモをキンジに持たせた。

 すぐには分からなかったがキンジが紐を引いた途端、けたましい音が車内に響き渡る。なるほどね、警笛のヒモか。いかにも蒸気機関車って感じの警笛にみんなおおはしゃぎ、大喝采だ。

 

「……賑やかになってきたな」

 

「まだ序の口だよ。うるさくなるのはこれからだろうぜ。ここは喉元」

 

 キンジにかぶりを振り、俺は外を睨む。まだ敵の腹の中には入ってない、うるさくなるのはこれからだ。

 

「小僧。良い映画はゴッドファーザーまでだ、パート2のほうが良かったが趣味の問題か」

 

 鉛色の爺さんのスキットルが揺れる。

 ネバダ州リンカーン郡西武──徐々にスピードを上げていくトランザムは、ジーサードの賛同者が少ない、反ジーサード派で通っている地域に踏み込でいく。

 

 このトランザムは先頭で牽引する機関車から石炭と水を詰んだ炭水車に繋がり、兵員を載せる客車の、3輛編成で組まれている。

 客車には人間センサーとも言えるレキとかなめが待機しており、先頭から戻ると数枚の磁気推進繊盾が宙を泳ぐように浮遊していた。

 

「危ないもんを放し飼いにしやがって。ペットじゃねえんだぞ」

 

「いい子だよ? 誰かさんと違って無駄口きかないし、忠実だし」

 

「中身はお前の魂みたいにブラックかもな」

 

「ね? あくが強すぎるんだよ」

 

「意味は分かりました。同感です」

 

「お、お前らなぁ……いいよ、そこまで喜んでくれるとは思わなかった」

 

 レキとかなめ、二人のやり取りから目を離し、俺も使い古された木のベンチに腰を下ろす。

 体感だがトランザムの速度は爺さんの言っていた最高速度に近いくらい出ている、錆びた線路を蒸気機関車で駆け抜ける。武藤に話したらきっと羨ましがるだろうな。

 

「あくが強いっていうか尖ってるんだよねぇ。性能も性格も、ピーキーさが振り切ってるっていうか」

 

「ピキピキ言うな、かなめ。なんか物が割れてる音みたいで今聞くと不安だ」

 

 懐から抜いたジョーのナイフを手元で弄り、かつて彼女がそうやっていたのと同じやり方で気持ちを落ち着かせる。

 

「どうしちゃったの? カフェインの摂りすぎとか?」

 

「ナイフ好きのおかしな女の真似、考え事してるときによくやってた」

 

 とっくにマッシュはこっちに気付いてる。

 ならどうやって仕掛けてくるか、ジョーがファイルと睨みあって思考に更けていたように天井を睨んでいたとき、青々とした空高く、レキが何かを捉えた。

 突風の吹き荒れる窓の外で翡翠の髪を強く靡かせ、眼光は一直線に東の空を向いている。

 

「──航空機のようです。全幅40m強」

 

 ……さすが狙撃科の麒麟児。ジーサードに負けず劣らずの人間センサーだ。

 

「この汽車に合わせて、3・2㎞の距離を保って追跡してきています。十中八九、敵兵力かと」

 

 ジーサード・リーグ御用達の赤外線カメラ内蔵の双眼鏡で俺も東の空を仰ぐ。

 

「飛ばす先はいくらでもあるだろうに、暇な軍隊だぜ」

 

「嬉しくない来訪者、ですね」

 

「ちっともな」

 

 距離を保ってる、なぜ? まだ仕掛けるタイミングを待ってるってことか?

 

 双眼鏡を下ろし、視線を下げるのとほぼ同時に爆竹が連続で破裂したような音が耳を貫いた。

 

「たぶん──線路に仕掛けられた防水爆竹を踏んだ音だよ。ここから先は保安官も路線を開始できないような危険地帯、お空の天使さまが味方じゃないなら、そろそろ仕掛けてくるよ」

 

 博識な我が後輩が空を睨みながら呟く。

 長年、天使に引っ掻き回されてきた経験から言わせてもらうと大抵の天使は敵だ。

 味方なのはトレンチコート着てるのと風俗が大好きなのと守銭奴のヤツだけ。最後のはグレーゾーンだけどな。

 

 かなめの予感が見事に当たり、航空機が動きを見せる。レキの肉眼が加速から蛇行に切り替えた航空機の変化を捉える。

 無駄に動いた訳じゃない、何か仕掛けてくる気か。地上を駆け抜ける鉄の塊に空からどうやって攻める気だ。

 

 何を仕掛けてくるにしてもここから先がマッシュとの本当の戦いになる、そう思っていた。

 

 最先端科学兵装の恐ろしさに心臓を冷やし、いつものようにキンジのトンデモ技に驚いて、みんながみんな体をボロボロにしながらも勝つ。

 

「……?」

 

 楽観的。ヒルダにはバッサリと切り捨てられてしまいそうな都合の良い展開を心のどこかで描いていた。

 眼の前に広がった光景は、楽観的な俺の考えが引き寄せた罰のように思えた。本来、触れることのできない虚空にオレンジ色の線が縦に引かれていく。

 

 虚空という、触れることのできないノートにオレンジ色の鉛筆が線を引くように一本の切れ目が走る。常識を嘲笑って生み出されてしまった現象に頭の中にあるもの全部が警告を鳴らした。

 何の前触れもなく表れたその一本の線は、これ以上ない悪夢を貯めこんだ災厄の扉。

 

「かなめッ! レキを連れて先頭車輌にッ!」

 

「えっ……?」

 

 上空からの接敵、もはや頭上から迫る驚異のことは頭の中から消えていた。

 空間を食い破って作られた裂け目、それは疑いの欠片もなく異次元への扉……このタイミングでどうして開いた、何が理由で? 誰が開いた? 

 

(……このクソ忙しいときに)

 

 危機が目の前にやってきた途端、皮肉なことに頭の中の回し車が勢いよく回り始める。

 裂け目を開くのには大天使の恩寵がいる。ガス欠のガブの燃料では足りず、俺たちはルシファーから恩寵を抜いてロウィーナの魔術で裂け目を開いた。

 

 裂け目の向こうにルシファーとミカエルを置き去りにすれば倒さずとも驚異は取り除ける。

 俺たちはルシファーをあっちの世界に置いてきた。だが、もしミカエルが俺たちと同じ方法を使えるとすれば? 

 

 ルシファーはロウィーナの裂け目を開いた魔術を一度目にしてる。悪夢のような考えが頭に広がったとき、鈍く光るだけだった裂け目から強烈な閃光が、走る。

 

「──これは、どういう真似だ?」

 

「ちゃんとよく見ろ。見馴れた顔だ、前の私の入れ物。残留物が残ってる。ふーぅ、引き寄せられちゃったか。ようするに私の故郷、()()だ」

 

 首に張り付けたシール型の骨伝導インカムからジーサードによる報告が走る。上空から切り離されたのは超先端科学兵装、ガイノイドLOO──

 そして、裂け目から現れた二人の男。ああ、良いニュースと悪いニュースはセットみたいなもの、だが良いニュースがない時もある。

 

「待って……なに、どういうこと……? どこから……ああ、やばい、やばいよ……あれは……やばい……」

 

「……雪平さん、あれは……危険です。あの二人は余りにも……邪悪すぎる」

 

「……よく知ってる。邪悪で片付いたら可愛いもんだ。抜くなよ、かなめ……まとめて血祭りになる」

 

 頭上から敵意が近づく中、俺は構わず目の前の来訪者に全神経を傾ける。あまりにも相手が、悪すぎる……どうする、どうやったら衝突を避けれる、考えろ。

 心臓が凍てつくような恐怖を必死に黙らせる俺に、二度と見たくなかった醜悪な笑みが咲く。あまりに気さくに、首を揺らす。

 

「やぁ、我が友──お兄さん元気?」

 

「……ルシファー」

 

 心底、忌々しい名前を口にする。ああ、一人でも手に負えないってのに……こんなことが……ッ! ターミネーター云々の次元じゃない、こんなことが、この二人が並ぶなんてことが……

 

「ルシファーって……ウソ、でしょ……じゃあ、隣にいるのは……」

 

 無法地帯の荒野に相応しい、昔の西部劇にかぶれたようなその服装は記憶に刻み込まれている。

 その通りなんだよ、かなめ……こいつが天界の最終兵器、全ての天使の頂点。ルシファーに並ぶ聖書のメインキャスト。

 神が作り出した、最初にして最強の近親──

 

 

 

 

「ミカエルだ」

 

 

 

 

 

 

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