哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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アリア新刊にあわせて更新。


闇を貫く

 

 

 

 

 大抵の場合、ウィンチェスターって名前に回ってくる対戦カードはアンフェアなものばっかだ。

 かけねなしの化物、どう見ても勝ち目のない相手、そもそも生き物としての枠組みからはみ出た相手とやるのも一回や二回じゃない。

 

 後になって無茶な戦いを仕掛けたことに戦慄する、それがいつものパターン。

 

「カンザスシティを知ってるだろう? 向こうの世界では軍隊を投入して制圧した。上空から死をもらたす、だが、人間どもの抵抗にあい少々手こずった。今度はやり方を変える」

 

「お、えっ……ッ!」

 

 口らから真っ黒なものが溢れ、重力に従って足元に模様を描く。

 ふざけた力で蹴り飛ばされた苦痛と溜め込んでいたものを吐き出す不快感で演説じみた言葉は半分も耳に入らない。

 

 数秒前まで殺傷圏内、斬り合える距離だったのが数メートル、一瞬で突き離された。

 

 狂眼のまま崩れた体を引き起こし、ほぼ同時に狙いをつけた天使の剣を投げ放つ。狙ったのは喉元、刻印からのバックアップ加えた膂力を持って放った刃は、ノイズのような風切り音を伴って喉元との距離を縮める。

 

「──時が流れ、山々が形成され、主が消え失せる。お前がそれを見ることはない。残念ながらここで、クランクアップだ」

 

 あとほんの少し押し込めば喉に届く、切っ先が触れるギリギリのところで剣は虚空に縫い付けられたように動かない。

 睨まれただけ。あまりに自然な動作に併せ、時間が止められたかのように刃は静止する。

 

 ……この程度の芸当はキャスやアザゼルでさえやってた、ミカエルなら造作もない。だが──

 

「そいつはどうかな……?」

 

 だが、手札は一枚だけじゃない。自由になった右手は新たな一枚を懐から引き込む。

 出し惜しみはなしだ、俺の抱えてるすべての手札を以てお前を虚無に送ってやる。二度とおいたができないようにな。

 

「ふッ──!」

 

 引き抜いたその一枚を地面に叩き付ける。

 火薬が弾けたときの、耳を殴るような音と破裂音と同時に青白く染まった電流が矢のごとく地を駆け抜ける。

 三本に別れた電流の矢はすぐに肉眼では追えない速度まで加速し、ミカエルの足元で電線がショートしたような眩い光が弾けた。

 

「……!」

 

 地面に叩き付けたのは" ミョルニル "。

 ちょっと昔に参加したオカルトグッズ専門のオークションで兄貴が勝手に持ち帰った『北欧の神ートール』が振るったとされる槌。キャスが緋緋神に憑かれた神崎に振るったあの武器だ。

  

 雷を飛び道具とするのはヒルダ、そして忌々しいゼウスの得意技。地を這った雷の速度は手から投擲した剣の比じゃない。

 いつもながら教科書に載ってるベーシックな戦いはできないが、戦い方にこだわれる相手じゃない。袖から足元に落とした『モーゼの杖』に誘われて澄み渡った空から大きな黒い点が恐ろしい速度で近づいてくる。

 

(今回の相手は特にな……)

 

 形振り構ってられる相手じゃない、正面から挑むなんてのはそれこそ論外だ。モーゼの杖。正確には香港でも使ったモーゼの杖の切れ端、あのときの残り。

 言葉通りのオリジナルの欠片ほどの力しかないが大量の虫を使い魔のごとく使役できる天界の核兵器。

 足を止めたミカエルの全身は身の毛のよだつ羽音を響かせながら黒い影に覆い尽くされた。

 

 無数の昆虫に全身を噛ちぎられる、グロテスクなことこの上ないがそこに北欧神の雷を付け加えたとしても──相手はミカエルだ。

 

「……化物が」

 

 悲観的な考えはすぐに現実となり、噛みついていた黒い影が一瞬でくすんだ灰に変わると、何事もなかったようにミカエルが歩いてくる。

 身につけてるコートまで無傷ってのが常識から逸れてやがる。最初の大天使、化物の一言で済めば可愛いもんだ。

 

「手数の多さは認めよう。次の手が読めないというのも楽しいものだが──相手が悪い」

 

 パチンと重ねた指が鳴る。

 やばい、と分かっていても防ぎようがない。喉から異物がせりあがってくる感覚に襲われ、すぐに足がぐらついて鮮血が口から足元にぶちまけられる。

 

「……ご、ふ…ッ!!」

 

 ちく、しょうめ……口に含んだコーヒーを派手に吹き出した気分だ。体の内側を、中身をかき回されてる気分……こんなの、鍛えるも何もない……

 だが、刻印のバックアップのせいか視界はまだ明るい。カインの刻印の恩恵、前にはなかったものが今はある。癌を植え付けられるのはお手上げだが吐血をプレゼントされるくらいなら、

 

「次の手品か?」

 

 ああ、種を教えてくれたのはお前が見殺しにした預言者。こっちの世界での……俺の家族なんだよ……ッ! 

 

「ケビンの仇だッ、くらいなああああァ!」

 

 違う世界。しかし、同じ役目を勝手に背負わされて使い捨てにされた家族への、恨みと憎しみを叫びに込めて携帯の瓶を投げ捨てる。

 バラバラに砕けた容器から解き放たれたオレンジ色の閃光をすぐに爆風が追いかけ、大天使の体を余さず飲み込んだ。

 

 『悪魔爆弾』──ケビンと彼の肝っ玉母さんが悪魔の追跡を振り切るのに開発した殺意の塊みたいな防犯グッズ。

 希少な材料をふんだんに使うがその威力は背筋を凍てつかせる。レシピはケビンが残したノートに、元々は対悪魔用だがケッチの入れ知恵を加えて天使にも大火傷の代物に出来上がった。神の預言者と元UKの賢人の合作だ。

 

 まだ晴れない爆風に向けて、携帯できる火炎放射器とも言える『ドラゴンの息吹』を視界が真っ赤に隠れようが構わず、燃料切れになるまで吐き出させる。

 かなめとの空港で吐き出したときよりも、さらに勢いと温度を増した焔が視界を塗り替える。ミカエル本体はダメでも、器がくたびれ持たなくなれば動きは止まる。全力で振るわれるルシファーの力に、ヴィンス・ヴィンセントの器が耐えきれなかったように。

 

 

(勝てよ、キンジ。お互い、首が繋がったまま再会しよう)

 

 

 目の前の赤色が勢いを失い、炎に包まれた視界が晴れていく。香水と変わらぬサイズの火炎放射器は中身が切れ、投げ捨てながら炎に焼かれた中心部を半眼で睨む。

 人間、怪物なら丸焦げどころの話じゃない。皮膚が焼け落ち、凄惨な景色が広がって然るべきの熱量だ。まして爆風に体を削られたあと、本当なら凄惨どころの話じゃない。

 

 しかし、唐突に澄んだ空が灰色の曇に覆われて天候を変えるのも、肉眼で捉えられる青々とした稲妻が眼前で乱れる異様な光景も、常識から逸れた現象の連続にも今さら驚きはない。

 

「──ッ……!?」

 

「ほう」

 

 背後から首に鎌をかけられたような悪寒が降り注ぎ、原始の剣を反射的に振り抜く。結果的に第六感に従った行動は正解だった。

 死神の鎌と謙遜ない恐ろしい刃と骨の剣がぶつかり、歪な音が鳴らす。

 

「刻印の影響で涎を垂らした獣に成り下がったかと思ったが存外うまく飼い慣らしている。剣と刻印、どうやって手に入れた?」

 

「深夜の通販組で……!」

 

 さっきまでの攻勢を嘲笑い、平然と背後を奪ってくるミカエルの異常さにはいちいち驚いていられない。

 いや、驚きはそれだけに尽きない。ふざけた速度で突き出されるアーミーナイフにも似た刃を狂眼で弾き、死に物狂いでいなす。

 

「人間一匹に……大天使の剣かッ!」

 

「今までにはいなかったのか? 君の綺麗な頭をはねて剥製にしたいってヤツは」

 

「お世辞がうまいね、サイコ野郎……!」

 

 ──大天使の剣。大天使のみに許された必殺の刃が眼前で乱れ狂う。ただでさえイカれた力を持った大天使のみに許された武器、性能は聞かなくともお察しだ。

 コートはボロボロにしてやったが動きに鈍りはない。死に物狂いに刃をいなしても、不意に突き出された掌から圧縮された空気が吐き出されたように体が前触れなく宙に投げられる。

 

「……っ、て……ぇ!」

 

 腹の中をミキサーでかき混ぜられる、ふざけた痛みにグロテスクな例えが頭をよぎるかたわら右手がトーラスを抜く。カウンター……いけるか?

 

 キンジや金一さんなら涼しい顔でやってのけそうだが俺はあの二人と違い、そこまで芸達者じゃない。

 絶叫アトラクションさながらに縦横無尽に暴れる視界で、両眼ともに涼しさとは無縁の見開き具合で照準。浮遊感に襲われるまま仕返しの銃弾を弾倉一本、空になるまでくれてやる。

 

 ホールドオープンしたトーラスを虚空に手放しながら、墓地の地面に回転受け身で頭を守る。

 ばらまいたのは、天使の剣を溶かした弾に『なんでも殺せるコルトの弾』のレシピを塗ったでっちあげの弾丸。ちゃちな鉛弾以上の殺傷力は確認済みだが、

 

「お次はなんだ? どう出る?」

 

 見やった先の光景に安堵は浮かばない。

 ミカエルのすかした笑みと、やはり弾丸は標的を目前にして虚空で静止。吐き出した弾すべてが運動エネルギーを奪われ、弾倉一本を犠牲にした攻撃は一発も着弾しないまま不発に終わる。

 

「お次はなんだ、だと……? そいつはこっちの台詞なんだよふざけやがって」

 

 不吉極まる指のスナップ音が引き金となり、宙に縫い付けられていた銃弾がその場で反転。

 見えない力で操作されたように、すべての弾丸がミカエルから俺に狙いを変えた。指を鳴らせばなんでもありかよ……自分で撃った弾に裏切られるなんて聞いたことねえぜ。

 

 でっちあげとはいえ、コルトの弾丸が弾倉一本分まとめて飛来するのは笑えない。罰当たりだと分かりながら、俺は墓石の背後にスライディングの要領で身を潜りこませる。

 刹那、ミカエルに支配された弾は狙いを外さず俺が遮蔽物とした墓石に着弾。鈍い音が背中越しに響く。笑えねぇ、カウンターのつもりが危うく自滅するところだった。

 

「……やることなすこと滅茶苦茶じゃねえか。こっちは常時綱渡りなんだよ」

 

 行動の一つ一つが生死に触れる綱渡り。

 安直な行動を選べば即座に首が胴体から離れちまう、ミカエルはそういう存在だ。こんなところで首なし騎士になるわけにはいかない。

 

 心中、絶え間なく文句を垂れ流しながら足に力をいれ、墓石の背中から疾駆。仕掛ける。

 最高火力である原始の剣で斬り合える距離まで詰める、話はそこからだ。生憎、奥の手とも言える『神の手』は空港でのかなめとの一戦で切らされた。こんなことなら予備にもう一個、チャックにねだっとくんだった。

 

 ないものねだりは無意味。だが人間、どんな状況でも手札の数だけ可能性がある──いつもどおり、今抱えてる手札でなんとかするしない。

 

()()()()()の剣、不死の者を殺す刃。少しは知恵を絞ったか」

 

 手短に、独りでに語ったミカエルは襲来する刃物にも動じず、顔色を変えない。

 飛来するナイフを人差し指と中指で挟み、アクション映画さながらの方法でナイフを止める。

 

 逐一驚いてられないが、そのまま手首を返して今度は人力でナイフを反転、投げ返してくるとなれば話は違う。

 死の騎士は自分の鎌に、ラミエルも自分の武器で足元をすくわれた。跳ね返るナイフが屈めた頭の上を過ぎる、本当に気が抜けない。予想のしない方向からギロチンが振ってくる。

 

 だが、殺傷圏内だ──原始の剣を袈裟斬りに一閃、踏み込みと同時に即死の刃を振るう。

 

「いや、知恵なんてないか。これは賢い選択じゃない」

 

 バックステップ、半身での逸らし、時には大天使の剣でいなされ、ふざけた威力の裏拳に脳を揺らされながら後退する。

 後退……ッ……こ、ふ…ッ! ちが……ッ…動きが、捉えら、れ…ッ……

 

「しかし、初めて私に剣を向けたときのお前の顔と来たら──教えてほしい、魔女とあの殺し屋まがいの女もいたのになぜ一人で残った? 自己犠牲? 悲劇の主人公気取り? 自分が一番強いから?」

 

 異常な力で手首が絞められ、原始の剣が左手から離れる。眼で追えたのはそこまで。

 首が折れるんじゃないかと思う衝撃が走り、頭が揺れる。右、左。口から。鼻から。人間離れした力で殴り付けられる度に血が吹き出る。

 

「そんなに強くないか」

 

 ……ちくしょ、うめ。まんま昔の、再現だ……顔がボロ雑巾に、されちまう……

 

 つまらなそうな声で自己完結させたミカエルの蹂躙は、止まらない。

 

 かつてルシファーに蹂躙されたこの墓地で、今度はミカエルにボロ雑巾にされてる。皮肉もここまで来るとたいしたもんだ。

 胸ぐらを掴まれ、一方的な蹂躙。鏡を見なくても顔がやばいことになってるのは分かる。きっと赤いペンキをぶちまけたみたいに、やばいことになってる。

 

 

 

「人間は相変わらず欲深く、幼稚で、成長がない。おまえたち兄弟を含めて」

 

 

 最悪だ、アラステアのままごとに30年も付き合ってなきゃ意識が飛んで終わってる。思考を回せる余裕もない、なんつー皮肉だ……

 

「カインの刻印。弟を堕落させた刻印だ、覚えている。まあ、元からひねたところがあったが刻印の影響がなかったわけじゃない。れっきとした強力な呪い、まじないだ。さっきは飼い慣らしてると言ったが──」

 

 僅かな浮遊感、次に灰色の空を視界が捉える。

 好き放題に顔面を殴られて最後には投げ飛ばされる。受け身……? もう体が言うこと聞かねえっての。仰向けにダウン、冗談抜きで体が悲鳴を上げて暴れてる。

 化物が……単身でやり合ったら手に追えない。ここまで……ここまで差があるのか……

 

「違う。出来のいい模造品のようだ。()()()()()()()()()を抜いたか?」

 

 花……? しかもリヴァイアサンだと……何言ってやがる。リヴァイアサンが花を売ってるなんて今時ブラックジョークにもならない。

 抜いた……? 何言ってやがるミカエル、お前は何の話をしてるんだ。

 

「……何言ってんのかさっぱり、意味不明だ。リヴァイアにガーデニングの趣味があるとな」

 

「そうか、では話を変えよう。何度も私の道を塞いだその価値は、この世界にあったか? 今の自分の状況を見てこれが正しかったと?」

 

 ……動くか、まだ……動かなきゃ死ぬ。 

 

「……やりたいことは、まだあるかな……ミカエル、なんで王様になりたがる……?」

 

「理由か、力があるから。私と弟は──ルシファーだ。最終戦争を起こしたら()が戻ってくると思った。説明してくれると思った、私たちを置いていなくなったわけを」

 

 ひどく、落ち着いた声でミカエルは話始める。

 刻印は生き物。ロウィーナの言葉を借りるなら変異し、姿を変えていく呪い。

 飼い慣らす、いや、それじゃ足りない。押さえ付けるだけじゃこれ以上の恩恵は望めない。

 

「それでどうなったと思う? ……変わらない。神は──無視した。戻らなかった」

 

 放し飼いだ。好きにやらせてやる。

 理屈は動物と同じだ。首輪をつけてストレス漬けに飼い慣らすより、餌をくれて好きにやらせてやる方が激しく暴れてくれるに決まってくる。

 

「神はいつでも知らぬ存ぜぬさ。いつだって……自分は関係ないと思ってる。ッははッ……んなことも知らなかったのか?」

 

 ああ、もっと愚痴を聞いてやるよミカエル。ロウィーナの即死の呪いすら、刻印は弾いた。

 首輪を外した刻印なら、もう少し楽しめるかもしれないぜ……?

 

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