哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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『親父は狩りに出た。もう何日も帰って来ない』


『やり残したことを引き継げって意味さ。悪霊を狩って人を救うんだ』



The Road So Far(これまでの道のり)




『……ああ、少し疲れただけさ。頼みがあるんだ、父さんに……コーヒーを持ってきてくれ』


『逃げろ。本当のお別れだってディーンに伝えてくれ。俺は戻ったっていいことなんかない』


『行って。ディーンを守るの。──あたしのユニコーンもね?』


『私を置いていけ。いいから。……引き受ける』


『名を遺したい! ガーデンに蛇を入れたという汚名ではなく、天界を建て直した英雄の一人として! 語り継がれたい! 逃げろ、同志よ!』


『遅れてゴメン、来ないよりマシだろ? 命綱だ、失くすなよ?』


『……じゃあ何の為に来たの? ……ルシファーを殺せるなら本望よ……死ぬ価値はある』


『……だから関わりたくないって言ったじゃない。頼みを、聞いて……アンタたちを紹介したボビー・シンガーに、地獄に堕ちろと言っといて……』


『分かってる。──お別れだ』


『この次に、お前たちに会うとしたらあの世だ。だが、あまり早く来るなよ? ……いいな?』


『ねぇ、出て行く前に一つ約束してくれる? 二人とも──仲良くしなよ」


『……真心は渡せない』


『あたしが付いてる。……お前は立派よ、正しい決断をした。でも絶対に、一人にはさせない』







『きみたちもウィンチェスター、一族が生きてる限り……希望はある。……大人になった、ジョンは知らないが、きみたちを見て……ジョンを誇りに思う……』






Now(そして今……)






天使を切る

 

 

 

「その通り。神とは、作家だ。 他の物書きたちと同じ様に原稿を何度も何度も書き直す。私のいた世界も、こっちも、どちらもただの書き損じ。ものにならないと分かったら、神は見捨てて次にいく。そうやって、書き損じを量産していく」

 

 束の間、その意味が分からず仰向けに濁った空を仰ぎながら、ようやく言葉を絞る。

 体を暴れまわる痛みは声を出すことも億劫なレベルだがいつまでも沈黙とはいかない。死地から生存するコツは命を握る者を楽しませる事。

 

「……だからなんだ、神の書き損じをお前がヤツに変わって描こうってのか。父のやり残したことを律儀に引き継ごうって?」

 

「さて、どうするかな。神に成り代わるか、あるいは、神の書き損じた世界を一つ残らず焼き払ってやるか。ひとつひとつ、この手で1ページと残らずに」

 

 なるほど、納得がいった。こっちでは優等生のミカエルがなんでグレたかと思ったら、なんてことはない。規模がイカれてるだけの単なる家庭のいざこざ。

 結局、引き金を引いたのはいつも通りの神の放任主義ってわけだ。傍迷惑もここまで来ると笑いもんだな。

 

「ミカエル、書き損じがなんだろうがこっちの世界はこっちの世界でよろしくやってんだ。理不尽なことも惨いことも溢れてるが、グレた大天使さまに焼き払うわれる理由も支配される必要もねえんだよ……」

 

 呪詛の言葉を吐きながら、両瞳を見開く。敵意を込めて握り込んだ砂利を澄ましたその顔に投げ付けてやった。

 

「……?」

 

 ミカエルにとっちゃこんなのは攻撃ですらないだろうが、玩具は使ってなんぼ、『使えるものは使え』が頼れる先生の教えだ。

 雑魚とハサミは使い様──結果、この投石で買えたのは怒りでも失笑でもなく、困惑。一瞬でも殺意が乱れてくれるなら意味はあった。

 

「兄弟に言われなかったか? お前の夢は、俺の悪夢だ。好き好んで悪夢を見たいヤツなんていないッ!」

 

 仰向けの崩れた姿勢から、お話ムードだったミカエル目掛けて一気に飛び掛かる。倒れた姿勢から攻撃への転じ方は、親父からのスパルタ海兵隊方式で学んでる。

 

 サンドバッグにされた顔のあちこちから痛みが来るがまとめて無視、いっそ痛みと怒りを力に変えるつもりで踏み込む。放し飼い、そう頭で決めた瞬間から刻印を刻んでいる腕は現金にも体温とは別の熱を持つ。糸が切れたようにスクラップ寸前の体も言うことを聞くようになった。 

 

 いや、どうせすぐにまた糸が切れる。糸が切れる前に決着をつける。

 

「確かにしぶとい。しつこい手品にも飽きてきたよ」

 

 が、ミカエルの反応もやはり異次元。隙を見つけたつもりで飛び掛かっても大天使の剣が首を刈るような位置で薙いでくる。

 冷酷なカウンターこの上ないが、首を落とす攻撃にはとっておきの対策がある。とっておきのカウンター、友人の吸血鬼が煉獄で何度も見せた動きを、刻印のバックアップを受けた体で乱暴に真似る。

 

(ベニー、お前の手を使うぞ……!)

 

 ボクシングで言うならスウェーに近いかもしれない。吸血鬼の弱点である首を狙った鉈を避けるために首と喉を後ろに逸らして数ミリ単位で空を切らせる。

 忘れられない友の、ベニーお得意の曲芸は振り払われた大天使の剣に虚空を切らせた。

 

()()()()だぜ、王様よォ!」

 

 血に濡れた顔で、意表を突かれているその顔に向けて言ってやる。

 あるのはせいぜい一回の攻撃チャンス、それでいい。1ターンあれば十分だ。右袖を振るい、手に滑らせた澄んだ刃をがら空きの胸へと深く、俺は押し込んだ。

 

「私を殺せると思ったか?」

  

 結果、帰ってくるのは凍てつき冷えきった声と冷たい顔。刃が胸に突き立っていることなど感じさせない、重たい殺気が体から広がる。

 

「コルトでも、原始の剣でも私は殺せない。殺せるわけがな──」

 

「思ってねえよ、だから剣に賭けるのはやめた」

 

「……?」

 

 上から言葉を被せると、怪訝な顔でミカエルが右目に指を当てる。そして凍てついた表情は崩れさった。

 懐に埋もれた刃からグリップまで刻まれたルーン文字が、肉眼にもハッキリと白く光りを放つ。

 

 灰色の空の下──ドクン、と袋が内側から弾けたようにミカエルの腹から鮮血が溢れた。

 

「その武器に刺されると悪魔は一瞬で灰に、天使は長くもがき苦しむ。ああ、あんたの槍だよミカエル」

 

「……ルーン文字の、まじない……確かににそのようだ……」

 

 呟いたミカエルの目から、口から、そして鼻からも出血が始まる。かなめの先端科学兵装に切り落とされ、今はナイフと変わらない姿になってるが突き立っているその刃は『ミカエルの槍』だ。

 天使に対し、悪趣味なほど恐ろしい力を発揮する地獄の王子が愛用したオカルトグッズ。そのリペア。

 

 形を変えてもキャスのトレンチコートを赤く染めたルーンのまじないは顕在、腹に空けた傷口からも赤いシミが広がり始め、ミカエルの顔色が褪めていく。

 元々大天使のルシファーを苦しませる為に生まれた槍だ。同じ大天使、兄であるミカエルに効かない道理はない。回し蹴りでグリップを叩き、刃をいっそう奥に押し込む。

 

「……ぐ、ォ……!」

 

 ……やっとマシな声が聞けたぜ、ざまあみろ。

 ミカエルと俺は、お互いに顔を赤い血で化粧みたいに染めた異様な姿で視線を結ぶ。

 気を抜けばたたらを踏みそうになる足、頭が警笛を鳴らすほど熱を持った刻印を刻んだ腕。どうしていつもこう、不公平で無茶な戦いをさせられるんだか……

 

 

 

 

『──キリ、外さないで。必ず、やり遂げて』

 

 

 

 脳裏を過ぎ去る、別れの際の台詞。分かってるよエレン、今度の今度は外さない。

 カインの刻印で繋いでいた糸が切れる。たたらを踏んで崩れる足を支える力ももうない。

 無理矢理駆動させた体にツケが回って全身のあらゆる場所から悲鳴のような痛みが上がる。

 

 それでも倒れる体は──血で滲んだ指は最後に引いた一枚を、何度も離れては絡み付くように舞い戻ってきた『銃』の擊鉄を起こす。

 エルキンス、ベラ、クラウリー、ラミエル、人間と悪魔の懐を何度も渡り歩き──最後にはここにある。

 

「それは──」

 

 名前も知らない墓碑に背中を預け、崩れた両足を投げ出し、残った双眸でたった一つの狙いを定める。

 あの時、まったく同じ姿で黄色い目に決着をつけたディーンの姿を脳裏に起こしながら、最後の力で笑みを咲かせながら──『コルト』の引き金に指をかける。

 

「──天国へおかえり」

 

 引き金を絞り、ハンマーが鋼を叩く。

 一直線に吐き出された弾丸がミカエルの左胸を揺らした。

 

「……!」

 

 ミカエルの瞳が丸く、広がる。弾の沈んだ左胸から茜色の光が迸り、静電気の弾けたような音が一度、二度、三度と間隔を置いて続く。

 

 ダゴンに溶かされてから随分とかかった。ルビーとボビーが弾の製造方法を探る中で書き残していたノートを何度も睨み付けて、継ぎ足しの部品はヒルダを仲介してそっちに明るい魔女のバイヤーから。

 

 オリジナルにはもちろん及ばない、溶けた部品を他で代用して必死こいて本物に近づけようとした正真正銘の模造品。

 だが、ボビーとルビーの置き土産、ヒルダとの奇妙な縁が生んだコルトは槍の呪いに犯された大天使ミカエルにたたらを踏ませ、最後は荒れ果てた墓地の大地へと倒した。

 

「……見たか、これが綴梅子の最高傑作だ。ざまあみやがれ」

 

 墓標に背中を預け、熱の冷めていないコルトを腕ごと下げる。

 まあ、酔ったときに一回言われただけだが。ったく……駄目だな、刻印の放し飼いだの大層なこと言ったが体がオーバーワークどころじゃない。這って進むのもお手上げだ。

 

 キンジのやつ、上手くやってるとは思うが基地に保管されてるって色金が次にどんな展開を運んでくるのか、それだけが気掛かりだ。

 灰色の雲を仰ぎ、ボロボロになった肺から溜まった息を吐く。まさしく、器がくたびれたってヤツか。

 

「いや、くたびれたどころじゃないか。こんな物件、三流悪魔でも取り憑きやしない」

 

 安堵から、だな。誰に聞かせるわけでもないのに独りでに口が動く。

 年を重ねると独り言が増えるってドナと保安官も言ってたっけ。あ、いや、パメラだったか。

 

「……」

 

 半眼を向けた先にいるミカエルは、仰向けに倒れて動かない。

 腹部から広がった血が昔の西部劇にかぶれた服も赤色で台無しにしてる。

 自分の槍に腹を抉られる、なんとまぁ皮肉だ。もしくは因果応報か。

 

 

 

 

「──ガブリエルにトリックを教えたのは、誰だと思う?」

 

 背後から声がしたときには頭が掴まれていた。

 ああ……ったく、地面に天使の翼が焼き付いてなかった。トチったな、天使の死体からはいつも身の丈以上の影の翼が背中から焼き付いてたってのに……安堵するのが早すぎる。

 ちくしょうめ、ミカエルのトリックにハメられた。

 

「damn it……」

 

 殺風景な墓地を映していた視界がまばゆい白に染まる。見えなくても分かる、天使に頭を掴まれ両目と口から光を吹き出して焼かれる光景を何度も見てきたからな……

 終わった、味わったことのない熱が口と両目から広がり、悲鳴が止めるに止められない。墓地でよりにもよって天使に両目を焼かれてる、皮肉を貰うのは俺の方だったらしい。手足はスクラップ、言うことを聞かない。

 

 無理だ、命が刈り取られるまでこのまま焼かれる──そう覚悟したとき、あまりに突発にミカエルの悲鳴が飛び込んだ。

 

「……あぁ…?」

 

 頭が浮遊感に襲われ、奪われていた視界に土くれが差し込む。

 誰だ、新手? いつ近づいた? いや、それよりもミカエルに、傷を負わせた……?

 

「……なるほど。私と同じで新たな波動を放っている。その槍も。そういうことか」

 

 チッ、視界の右側が欠けてやがる、やられた……右目が持っていかれた……

 天使お得意の謎めいた専門用語を聞きながら傷物になった視界に舌打ちが鳴る。だが、片目と指先さえ動けばまだやれる──

 

「一つ提案がある。近い未来、私は戦争を起こす。その為に軍隊が必要だ、私につけば勝利は間違いない。だが逆らえば負けることになる。おそらく死ぬ」

 

 飽きずにまた軍隊かよ、馬鹿の一つ覚えめ。

 

「返事を聞かせろ、いまここで。槍を渡すんだ」

 

「──ミカエル。スカウト中に悪いが一つ聞かせてくれ」

 

 悲鳴を上げる体で墓碑で背中を支えると、振り向いたミカエルにけらけらと笑ってやる。

 

「異世界から来たお前は、こいつをやったらどこに行く?」

 

「──待て」

 

 待つかよ、お馬鹿。

 真っ赤な血に濡れた右手を墓標に刻んだ血の図形に叩きつける。一瞬でスタール墓地を閃光が包み、取り憑いた器ごとミカエルをここではないどこかまで吹き飛ばした。

 

「海の底にでも沈んでろ、放火魔め」

 

 欠けた視界でミカエルが消えたのを確認してから呪詛の言葉を吐いてやる。いつもは目くらましに乱用してるが本来の用途はこっち。

 天使を別の場所に吹き飛ばすのがこの図形の役割、たとえ大天使だろうと問答無用だ。

 

「……お前、何者だ?」

 

 九死に一生、命を拾ったが次に捉えたのは見知った風貌だった。

 ここにきて天秤がバランスを取りに来たか。またもや嬉しくないタイプの再会だ。黒いローブで細身を隠し、ミカエルに傷を負わせたであろう槍の先から血が垂れてる。

 

「そのシスの暗黒卿みたいなローブには見覚えがある。お前、クレアを狙ってくれたいつかの通り魔だな、どうやってこっちに来た?」

 

 深く被ったフード付きのローブで目元は見えないがその槍は間違いなくクレアを狙い、カイアを殺した槍だ。

 幽鬼のごとき姿と身に纏った不穏な気配は間違いようがない。

 あの色の付いた煉獄みたいな世界からどうやってこっちに……ミカエルとは違った方法で次元の壁を跨いだとしたらこいつも規格外。ミカエルが執着したあの槍もヤバそうだ。

 

「……」

 

「わーお、寡黙とは近頃珍しい。ミカエルでさえそれなりにお喋りだってのに」

 

 欠けた視界とスクラップ寸前の五体で相手するには上等すぎる。奇襲を踏まえてもミカエルに傷を負わせた相手、手練れだどうする……

 

「恩は返した」

 

 女の声でそう発すると、黒いフードがめくられ、

 

「──おい、こいつはどういう……」

 

 カイア……待て、カイアはこいつの槍で殺された。なのになんでだ、こいつがカイアと()()顔をしてるのは一体どういう……

 どう見てもシフターとは思えない。となると残りの可能性は……異世界の、あの辺境世界のカイアか……ミカエルの波動がどうとかの専門用語にもそれなら合点がいく。

 

「もう会わないことを願ってる」 

 

 カイアの顔でそう言うと彼女は動けない俺に踵を返す。

 ……もう会わないか、だといいけどな。

 

「そう願ってるよ」

 

 ついに一人になった墓地で、痛みにうんざりしながら携帯を開く。あれだけやってもまだ動くとは……科学の力は素晴らしい。

 チャーリー様様だな、また悪魔式の電話に頼らずに済む。さて──

 

『やぁ、ディーン。悪いニュースが2つあるんだけどどっちから聞く? でかいのとそうじゃないヤツ』

 

 緋緋神が片付いてないってのにミカエルか、笑えねぇ。

 

『ああ、それとタクシー頼める? 昔懐かしの、ローレンスのスタール墓地まで』

 

 

 

 

 

 






これまでの総決算みたいな戦い方してますが一応まだ続きます。

12月は我ながらスパートかけれたと思います、無茶苦茶やりました。残りの旅路はイギリス行って、緋緋神との決着をつけて一段落予定。そこから先は未定。

ファイナルシーズンの話に突撃する足掛かりはミカエル戦で作れたし、どこまで続くかも未定です。ミカエルの槍のナイフ化について、かなめ戦での感想で頂いたアイデアを参考にさせて頂きました。感謝です。

たまに話数を眺めてだらっと続けすぎた感じもするんですが…………開き直ってスパナチュと同じ話数を目標にするのもいいかもしれませんね。

次の更新は来年になります。残り僅か良いお年を、今回の話が暇潰しになれば光栄です。

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