哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

109 / 196


ヒルダ、ジャンヌ辺りは両作品で動かし安いキャラクターでありがたい限りです。


母親

 

 

 今まで、数は少ないが友好的な関係を築いた魔物は存在する。彼女はその中でも特に記憶に残ってる一人だ。人間の血は吸わない、その意地にも似た理念を最後の最後まで貫いた吸血鬼。皮肉にもあのゴードンとも縁がある。

 世の中、何が起きるか分からないと言うが、まさか一日に二人揃っての再会とはな。

 

「煉獄には前にも来てるが、こんな有料物件があるとは知らなかった。ヒルダ、説明するのが遅れたが彼女はレノーラ。古い知り合いだ」

 

「アメリカの吸血鬼?」

 

「昔はね」

 

 思わぬ協力者の背中を追って吸血鬼の群れから逃げた先、鬱蒼とした林の中には廃墟が佇んでいた。幽霊屋敷のような白木の建物には植物のツタが絡まり、中に入った印象は錆び付いたホテルと一言で表せる。ジャングルで野宿が半ば約束されているこの世界では信じられない場所だ。数日間借りするだけならこの上ない。

 自然だけが続いた世界で、突然現れた建築物には俺もヒルダでさえ目を丸くしている。長テーブルと長椅子が安置された広間でレノーラは腕を組んで椅子に座る。

 

「ここにも頭の働く怪物が少しはいるの。資材には困る世界だけど、昔は地獄から悪魔が運んで来ることがあった」

 

「地獄って?」

 

「ここは地獄の裏口とも呼ばれてる。地上と地獄の間に位置する場所だから、誰にもバレず地獄を行き来きするのに使われるんだ」

 

「密入国のルートってわけ。だから、怪物の縄張りを通るのに賄賂を蒔いてたのよ。その悪魔もだいぶ前に死んだって話だけどね」

 

 懐かしい話だ。悪魔にしてはひょうきんな野郎で妙に頭に残ってる。

 

「ここも私の仲間が使ってたけど、みんな他に移り住んだり、出て行ったりで──最後に一緒にいたマディソンって狼の子もちょっと前に出て行ったわ」

 

「ちょっと待て。もしかしてそのマディソンって……長い黒髪の、背の高い子じゃなかったか?」

 

「そうだけど……知り合い?」

 

 怪訝な顔の彼女に俺は軽く頷く。そうか、そうだよな……あの子はこっちに……

 

「昔、ちょっとな。そうか」

 

「聞かないでおく、訳ありみたいだから。そっちの吸血鬼との関係と一緒で」

 

「面白味もない関係よ。この悪趣味なテーマパークを出るまでは協力するというだけ。ここの空気は喉が渇いて仕方ないわ」

 

 テーブルに躊躇いなく座ったヒルダは欠伸を噛み殺すような仕草をする。お前に眠られると本気で困るんだが本当に眠いというよりは癖、緊張感からの仕草に見える。ここに来て、まだ大して時間は経ってないがふざけたことの連続だ。ストレスが溜まるのも無理はない。俺もお粗末な木の椅子に腰を下ろす。

 

「どうしてまたこっちに? とっくの昔に脱出したって聞いてるけど?」

 

「分からん。気が付いたらいたとしか。理由もないのに戻ったりしない」

 

「ここには彼女の見張りがたくさんいる。とっくに貴方は懸賞金をかけられてお尋ね者よ」

 

 彼女──薄々と感じていたこの世界のボスについて、俺は半ば確信しながら口にする。

 

「……イヴか。女王様はいつも仕事が早い」

 

「彼女はまるで『ロード・オブザリング』の冥王サウロンよ、手にいれたのは魔力じゃなくて出世だけどね」

 

 万物の母──イヴ。全ての怪物の祖とされるいけすかない女だ。ディック……リヴァイアサンのボスに人望がないのは分かってたがイヴに地位まで奪われたか。ディックにはざまあみやがれだがイヴはイヴで気に入らない女だ。出世を祝う気分にはなれない。

 

「イヴがここを仕切っているの?」

 

 テーブルに座りながら、ヒルダが話に割り込んでくる。レノーラはつまらなさそうに半眼で、

 

「彼女の信者はたくさんいる。ここには怪物しかいない、そして彼女はすべての怪物の母親。反抗期のまま育った例外を除いたら、ここではみんなマザコンよ」

 

 しばらく会わない間に、ずいぶん毒舌家になったが思えば彼女はイヴに私怨がある。イヴの『人を襲え』のテレパシーから来る命令に背き、自決を選んだほどだ。毒を吐きたくなるのも当然。人には危害を与えない、そう誓って仲間と過ごしていた暮らしを、あの女に台無しにされちまったんだからな。

 

「イヴが仕切ってるなら、確かにこの世界は監視カメラだらけだ。面倒なことになったな」

 

「怨みもあるでしょうね。お前たちが仕留めたんでしょ?」

 

「西武時代までタイムスリップしてヤツを殺せる武器を探しに行ったよ。最後はあいつが自分から自爆したようなもんだが」

 

 キンジに欧州の戦い、悟空のことを丸投げした罰かな。いや、それは関係ないか。あのキャプテン・ゴードンみたいに因縁のある連中がここにはわんさかいる。

 

「イヴだけじゃない。ここは俺たちがぶちこんだ囚人のいる刑務所、鬱憤を晴らしたいって連中は四方八方にいる。最悪だ。思い出したくもないが前回はここを出るまでに数年かかった」

 

 俺は、大きく頭を左右に振った。肩をぐるりと回して、肩の凝りと一緒に、自分に都合のいい妄想と一緒に振り払おうとも思った。イヴ、もしくは彼女の配下との遭遇を避けて、この世界からは抜け出せないだろう。異世界で天使の軍隊を相手にするのと五十歩百歩だ。

 

「今回は新記録を叩き出すことね。いいえ、叩き出しなさい。こんな場所、数日いるだけで頭がおかしくなる。おかしくなるわけにはいかない」

 

 同感だ、この悪趣味なテーマパークで長居はしたくない。ヒルダと俺は決して仲がよろしいとは言えないが目的は合致してる。

 身の毛もよだつような悲鳴の混声合唱が永遠と響いてくるような世界、控えめに言っても数時間過ごせば満足。それ以上は地獄だ。ヒルダに同意の視線をやる。

 

「ああ、帰ろう。ホームシックだ」

 

 ただ、その前に──聞くことがある。

 

「レノーラ、ベニーって名前の吸血鬼を知ってるか? フランス系、ガタイが良い」

 

「一度はここを出たのに、また戻って来た吸血鬼のことなら知ってる。でも随分と前に……」

 

「────」

 

 何より聞きたいことをぶつけた途端、苦々しい顔でレノーラの視線が俺から逸れる。分かりやすい、あまりに分かりやすい反応だった。

 その先に続くであろう言葉には察しがつく。

 

「いいんだ、ありがとう」

 

「貴方とここを出たって噂は聞いてる。お気の毒に」

 

「恩人だった、間違いなく。もしかしたら、ここのボスになってるかもって期待──希望的観測を持ってたが都合良くは行かないよな。ああ、いいんだ……」

 

 息を止め、動きを止め、目をつぶる。吸血鬼でありながら、キンジに負けず劣らずのお人好しだった。

 自分は人間を襲わずに逆に襲おうとしてる吸血鬼を返り討ち、そんなハンターみたいなことを繰り返した挙げ句にここに戻ったら、周りが敵だらけになってるのは当たり前だ。もし会えたらと思ったが──残念だ。

 

「本当に残念だ」

 

 別れなんてのはやはり慣れない。それが長い時間を共にした相手なら尚更だ。が、わざとらしくヒールが鳴らされて、重たい空気は台無しにされる。

 

「レノーラ、と言ったわね。ここには地上と繋がる出口があるのでしょう。出口の場所を知ってるなら、案内を頼めるかしら?」

 

 ヒルダの声で現実に引き戻される。嘆くならここを出てたからにしろ──そう言われているみたいだ。

 

「俺のガイドは信用ならないらしい。君がよければ、このまま一緒に地上にも行ける。やり方は習った」

 

 頭に冷水をぶちまけるつもりで考えていたことを一度白紙にしてから、レノーラを見る。彼女は特に表情を変えずに、

 

「一緒に地上に戻らないか、そのお誘い?」

 

「ああ、俺とヒルダは戻る」

 

 通常、怪物だけで煉獄は抜け出せないが誰かに相乗りする形で抜け出すことはできる。ベニーはそうやってこの世界から抜け出した。だが──彼女はゆるく首を横に振る。

 

「やめとく。あっちに居場所はないから」

 

 やや驚いたように、ヒルダが目を開く。

 

「こんな掃き溜めに永住するつもり?」

 

「貴方はあっちに馴染んでるみたいね、でも私は馴染めなかった。最後は穴蔵に閉じ籠ってるだけの最低な暮らし。イヴは気に入らないけど、ここでは信者から祭り上げられてるだけの女でしかない」

 

 皮肉めいた笑みで、彼女の目線が上を向く。

 

「この生存競争以外に何もないシンプルな世界が私の居場所、もう地上に戻って飢えと戦うのはごめんなの」

 

 自分の居場所はここ──奇しくもそれはベニーが最後に出した結論と一緒だった。俺は人間、彼女が拒むならヒルダはまだしも、俺からは何も言えない。地上に出たところで明るい未来が約束されているとは、言えないからな。

 

「出口のことなら知ってる。ここから遠くない場所にブロッサム──『リヴァイアサンの花』が密集してる場所がある。そこに地上と繋がる出口があるって話よ」

 

「待て、花なんて見たことも……しかも、リヴァイアサン?」

 

 一転して、不穏と言うには余りある単語に椅子を揺らしそうになった。

 

「連中の死体に生えてくる。鞘は褐色で中央は血のように赤い。リヴァイアサンは基本的には死なないけど例外が、身内の縄張り争いとかね?」

 

「死体に花が咲くのか、恐ろしい話だな」

 

「連中の死体は数ヶ月かけて腐っていく。そこに花が咲くの。目立つからすぐに分かるわ」

 

 墓に花を手向ける必要もないわけか。数年越しに発覚した新事実。あんまり嬉しくない。

 いや、待て……リヴァイアサンの花。それはミカエルが口にしていたあの……

 

「ここにしか咲かない花、連中は花じゃなくてブロッサムって呼んでる。地上に持ち帰ったら、新種って言い張れるかもね?」

 

「いいや、辞めとくよ。その手の話は最終的に痛いしっぺ返しを貰うのがお約束だ。気のせいかもしれないがヤバイ代物って感じがするしな」

 

 今はここを抜けることを第一に考えよう。単なる目印以外の価値を見いだすことはない。

 おどけるレノーラは、ここまでの会話でガイドを引き受けるとは口にしていない。出口がある場所のヒントはくれるが直接同行するのは断る、そういうことか。イヴとのゴタゴタは避けたいって顔に出てる。

 

「分かった。長居しても状況は変わらない。頭がおかしくならない間に、帰宅する。予期してない再会だったけど、会えて良かったよ」

 

「気を付けて。逃げ延びてくれることを祈るわ、その方があの女への嫌がらせになるから」

 

「嫌がらせの為に助けてくれたのか。なるほどなぁ、すごく現実的な理由で安心した」

 

 それでも助けられたことには礼を言うよ。本当に手短に、簡単な別れの言葉を送ったあとに、俺とヒルダは改めて鬱蒼とした木々に囲まれた世界に戻った。

 

 

 

 

 

 以前は川や湖、平原くらいは見かけたがここにはそんなもの見当たらない。レノーラから口頭とは言え、大体の道は教わった。彼女を信じて進む以外には、他の名案はヒルダからも浮かんで来なかった。仮にレノーラの話が嘘なら、またこの世界を走り回って出口を探すというだけのこと。当初の作戦に戻るだけのことだ。

 

「吸血鬼の力の根源は血だろ。そこらに転がってる死体から血を吸って、パワーアップとかできないのか?」

 

「お前は道端に這えている草を、非常時でもないのに食べようと思うのかしら」

 

「今は非常時かも。余裕があるなら何よりだよ」

 

 鬱蒼とした林を抜け、少しだけ開けた場所に出る。レノーラの言った通り、右には川が流れていて、初めて水のあるエリアに出た。

 野宿する上では、極めて重要なポイントだが俺たちはここに居座るつもりはない。左手に元始の剣で武装したまま、既に結構な距離を歩いて重たくなりそうな足を動かす。未だに例の花は見当たらない、あるのは死体だけ。

 

「私もワトソンとヨーロッパに行くべきだったわね。高貴な私、荒れ地の散歩は嫌いよ」

 

「また飛行機にタダ乗りか。便利だよな、どこにでも行きたい放題だ」

 

 香港では理子の影に引っ付いて、ヒルダは飛行機にタダ乗りする荒業をやってのけた。その気になればヨーロッパにも同行できたはずだ。今は一緒に怪物のテーマパークを歩いてるけどな。

 イギリスは俺も行ったことがないがここよりはマシなことだけは確実。ここはプレデターが出没するジャングルといい勝負だ。

 

「例の花、見つからないわね。砂漠で水を探している気分だわ。砂漠は苦手よ、肌が荒れるし」

 

「肌対策に200ガロンの血液を注文するくらいだもんな」

 

「常日頃の積み重ねが、差が生むのよ」

 

「真面目なこと言ってるけど、やってることは病的な健康オタクだよ。真っ赤なバスタブなんて今時ホラー映画でもやらない」

 

 不条理な魔の眷属の割に、たまに正論を言うのがヒルダ。日頃の積み重ねが大事、それは言えてる。

 

「真面目な話、マザーの力は大天使やアマラに比べたら可愛いもんだ。強いのは強いんだろうがアバドンやリリスみたいな地獄の有名人に勝てるかどうかのレベル、本当に苦笑いしたくなるような化物じゃない。むしろ厄介なのは自分でオリジナルの怪物を作ったり、予想のできないことをやってくる不気味さと姑息な手を考えるずる賢さ」

 

「お前にそっくりね」

 

「ウケたよ、真剣に分析してやったのに」

 

 荒れ果てた、そんな表現がぴったりの野道を歩いて──どれだけ経ったか分からない。携帯電話は空気を読んだように電池切れ、ヒルダとの和気藹々には程遠い会話も既にネタ切れ。殺伐とした荒れた地面を踏んでいく足音と、怪物の悲鳴だけが聞こえる世紀末のような有り様だった。

 遠くない、と軽く言ってくれたレノーラを恨みそうになったとき──視界の景色はようやく荒れ果てた荒野に形を変えた。少しではなく、今度こそ周りが完全に開けた広い場所。荒れた野原には不気味な赤と褐色の見たことのない花がところどころに咲いている。

 

 桜があんなに綺麗なのは下に死体が埋まってるからって、以前にテレビでどこかのタレントが言ってたような気がする。そのときは妙に頭に残ったが、今の俺はその節には迷わずかぶりを振ってしまう。

 

「死体の上に咲く花が必ずしも美しいとは限らない。1つ学んだな」

 

 四方に花が咲いている、それはつまり四方にリヴァイアサンの死体があるということ。そう考えるだけで嫌悪感が逆撫でされるみたいだ。

 とは言っても、出口と思われる青白い光も眼前の荒れ果てた地面の下から吹き出している。あれだな、前にここを出たときにもあれによく似た光が吹き出してた。ようやく出口とご対面したが素直に通れもしないらしい。つまらない顔でヒルダが空を仰ぐ。

 

「雪平」

 

「見えてるよ。春、キンジの目の前に、神崎が空から降ってきたんだ」

 

「聞いてるわ」

 

「もうすぐ春だ、だが俺の目の前にはリヴァイアサンが空から降ってきてる。なんだこの差は?」

 

 怨みを乗せた視線を、出口を遮るようにわらわらと空からスライムのような液体状の姿で落ちてきた怪物に向ける。地面に広がったドス黒いスライムは、すぐに成人男性の姿に代わり、そして本来の牙の生えた顔のない姿に戻っていく。目測で10はいる、ろくに売れもしないパニック映画の1シーンみたいだ。

 

「後ろからも来てるわよ、団体で」

 

「ああ、確認した。ピシュタコ、レイス、ヴェターラ、たぶんスキンウォーカーに人食い鬼、吸血鬼、マスカ、ジン、あれは……ルーガルーか。なんでもアリだな。みんな揃って草野球でもやろうってか?」

 

 お返事なし。前と後ろから、包囲するようにジリジリと距離を詰められる。酷い絵面だ、まるで怪物のオールスター戦。

 新年の初めからなんでこんなことに……俺も何かの理由をつけてイギリスに行くんだった。帰国するんじゃなくてキンジについて行けばよかったぜ。

 

「ヒルダ、どいつもこいつも一撃も貰わなければなんとかなる。一撃貰うとまずい連中が何体かいるが」

 

「遠慮はいらないから、一蹴しなさいな。この世界に法律はないし、ここの住人は既に死んでるようなもので人間でもない。心配せずとも完全に9条の外よ」

 

 理屈っぽいがそうする。どいつもこいつも凄惨な死体を作り上げそうな連中ばっかだしな。俺はリヴァイアサンを、後方の怪物にはヒルダが背中を合わせるような形で向かい合う。

 吸血鬼とタッグ、それも煉獄で。嫌でもベニーのことを思い出しそうになる。この場に一緒にいてくれたらどれだけ心強いか……どれだけ、嬉しかったか。

 

「なあ、先に言っとくが俺は理子とお前の因縁についてはもう何も言わない。理子が自分で片を付けるって言ったからな。俺は踏み込まない。それでもお前があの子にやってたことを思うと、ルシファーと同じ場所で、理子と同じように檻で過ごしてた身としては……やっぱりお前のことがまだ気に入らない」

 

「それ、ここでする話なの? 私もお前のことは嫌いよ。お父様を討たれたし、一応は祖であるアルファの吸血鬼もお前たちに倒されてる。私個人の私怨もあるにはあるのだし?」

 

「最後まで言わせろ。お前とは確かに……まだ複雑な関係だが、俺は吸血鬼の友人を前は置き去りにした。力になってやれなかった。こっちは数えられないくらい助けられたけどな。だから、今回はお前と一緒に家に帰る。何がなんでもな。頼むから──今度は一緒に帰ってくれ、それだけ」

 

 リヴァイアの数は14。一体一体の力はメグには遠く及ばない。不意を突かれなければ片付けられる。

 

「……回りくどいわね。構わないわ、お前の命を救って夾竹桃に恩を売ってあげる」

 

「抜け目ないことで」

 

「あとはそうね、お前とは無縁な豪華なディナーでも奢ってもらおうかしら」

 

「お前、このタイミングでよく飯の話できるな?」

 

 感嘆してやるよ、ヒルダ。ブラドの箱入り娘がここまで楽しい女だとは正直思ってるよ。

 俺は右手で抜いた天使の剣を背後のヒルダに手渡す。

 

「マザコンども。今日の俺は不愉快だ、ものすごくだ」

 

 殺傷圏内──四方を一度に囲まれないように位置関係を頭に起きつつ、まずは一匹目の腹部を一突き。崩れる肢体を無視して、側面の二体を凪ぐようにして、一気に刈り取る。

 刃で傷さえ作れば一撃必殺──それだけ元始の剣という武器は攻撃性能に限れば他の追随を許さない。どこに触れても御陀仏。あとは、刻印の恩恵を受けた体で連中の牙を避ければいい。

 

 背後からは、スタンガンに近いヒルダの放電の恐ろしい音がする。あれは想像以上の広範囲に被害を及ぼせる技だ。リヴァイアに魔術が通用するのは、過去の一件で明らかになってる。

 それはさっきの怪物オールスターにも同様に。電流の燃料切れにさえ目をつむれば、何度見ても恐ろしい能力だ。これで第一形態なんだからな、恐れ入る。

 

『ッシィィアアアアアア!』

 

 見た目はおぞましいが、神崎やカナに比べてしまえばリヴァイアサンの動きは単調、散漫もいいところ。

 一匹、また一匹と、コルトに匹敵する一撃で瀕死に追いやれば両手の指では足りなかった数もすぐに減っていく。あるときはヒルダの電流に巻き込まれる形で倒れ、スタンしたところを俺が仕留める。

 

「来なさい、飼い犬──今宵お前たちに餌はない」

 

 迫る牙を掻い潜り、一太刀。突き、刺し、抉り、視界に真っ黒な液体が乱れ狂う。

 背後から何度も繰り返し聞こえるスパーク音と肉が焦げる異様な匂い。ここは煉獄、生と死だけに支配された純粋な世界。

 

 地面には黒い粘液がそこかしこに広がり、気付いたときには前後を挟んでいた群れは姿を消していた。

 そして、本気で力を引き出した刻印から──腕が焼けるように熱を持つ。殺意やそれに近い敵意を持ったとき、ここぞとばかりに腕が熱くなる。

 まるで餌を見つけたように……どんどん酷くなる、剣を振るう度に底の見えない暗闇に落ちるこの感覚──

 

「雪平、手遅れよ」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ放浪した意識が引き戻される。鋭い声は明らかに緊張感を持っていた。その理由はすぐに分かった。

 

「みたいだな、手送れだ」

 

 女だ、見知った銀髪の、ここにはいないはずの制服姿のジャンヌが、アイスブルーの瞳をこっちに向けている。丁度、出口に続く光の前で立ちふさがるように立っていた。

 いや、違う。あれがジャンヌの形をしているだけの怪物なのはヒルダも見抜いてる。その鋭い緊張感の意味は、あれが放っている異様な気配。

 

 人間に化ける怪物は大勢いる。シフター、レイス、人に擬態する怪物は珍しくもない。リヴァイアサンもそうだ。だが、ジャンヌの形をしているあれは──当たりだよ、ヒルダ。人間の俺にもはっきりと分かる。あれはさっきのモンスター軍団とは一線を画してる。あれは──

 

「──嫌がらせか、また俺の知り合いに化けやがって」

 

「良い別れではなかった。嫌がらせの一つくらいはしたくなるものだ。私の子供を虐めてくれたのだからな」

 

 声までジャンヌそっくりだ。うんざりする。会いたくもなかった。何年も前のことなのに、一度しか会ってないのに一瞬で理解できた。

 

「噛み付いて自滅したのはそっち。先に仕掛けてきたのはそっちだろ、女王様?」

 

 怨みを込めて、冷たく笑ってやる。彼女も冷たく、唇を歪めた。

 

「ごろつきのハンターに何度も入ったり出たりされると迷惑なのでな?」

 

 彼女は万物の母──イヴ。

 この世のあらゆる怪物の祖とされる、母親(マザー)だ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。