哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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逸れて、逸れて、独自路線。


 


始まりの場所

 

 

 

 冷や汗が伝う。

 目の前には大天使が二人。逃げ場のない走行中の機関車の中で、過去最悪の1セットに睨まれちまった。

 

「ルシファー、いつ仲直りしたんだよ。そこまで仲良し兄弟じゃなかっただろ」

 

「取引した、お互いの目的の為にな。というかなんだこのポンコツは、また変な趣味に目覚めたのか?」

 

 シニカルに魔王は笑う。行き場なく浮遊していた磁気推進繊盾が逃げるようにかなめの背後に集まる。

 笑えねぇ、機械すら威圧しやがる……

 

 頭上からはマッシュの手が迫ってる。この忙しいタイミングでミカエルとルシファーの来訪、タイミングが悪いなんてものじゃない。

 そもそも敵意を持った大天使との遭遇に良いタイミングなんてものがあるかも疑問だが、この状況が過去最悪にやばいのは明らかだった。

 

 考えろ、相手が悪すぎる。もし戦いになれば何をどう工夫しても同時に相手にするのは無理だ。

 万全の大天使を同時に相手できるなんてのはこの宇宙を探してもアマラくらいしかいない。

 

 どちらか一人を相手にするにしても大天使、LOOの乱入がどう働こうとトランザムの中が血に染まる。アホな神どもが皆殺しにされたかつてのホテルの再来だ。

 だが、同時に首を向けられるよりは命が繋がる見込みはある。指を鳴らされるだけでここは血の海、何より俺の中に残る恩寵に引き寄せられたんだとしたら……みんなは巻き込めない。

 

「取引だと? 息子と自分の安全は約束する、あとは全部殺すなり支配するなり好きにしろとでも言ったのか?」

 

 ルシファーは笑う。それが笑みが答えだとばかりに。

 頭を冷やせ、先生の教えだ。死んだらビビるも震えるもない。

 生き残る可能性を探れ。細い可能性を見つけたらあらゆる方法で首の繋がる可能性を広げろ。

 

 かなめとレキを背中に退かせたまま、眼前を睨む。ルシファーもミカエルもまだ仕掛けてはこない、殺気だってはいない。多少は怨みを買ってるはずの俺を見てもまだ噛みついていない。

 

「ルシファー。そこまで息子に御執心とは思わなかった。まさか異世界から戻っちまうとはな、親は子供の為ならとんでもないことをするって言うが魔王にも当てはまっちまうとは驚きだぜ」

 

 刹那、無数の銃声が一斉に響き始める。的は一つ、空から降りてくるガイノイド。飛び火しちまえばそっちも大火事どころじゃねえが、そんな事情知るわけない。

 トランザムの内装を見渡していたミカエルがやがて銃声が止まらなくなった列車内の喧騒ににたりと笑う。

 

「パーティーの真っ最中だったか。飛び入りは可能かな?」

 

 笑みに染まった顔の双眸に青白い光が宿る。息を殺すようなかなめの呻きが銃声の中に混じって聞こえてきた。

 なまじ鋭すぎる感性が眼前の存在の異質さを捉えたんだろう。アマラに近い、生物とは別の場所に身を置いている異質な気配を。

 

「かなめ、さっき言った通りだ。レキと先頭車輌まで上がれ。俺は知り合いと少し話がある、最初で最後の命令だ。事が終わるまでこの車輌には誰も近づかせるな、頼んだぞ?」

 

 そう、最初で最後。戦妹とはいえ、俺とかなめの関係は公の場を除けば横並び。だが、今は敢えて命令という言葉で指示を出す。

 今は普通じゃない状況、かなめにもレキにもそれは分かってる。

 いきなり生まれた裂け目からとんでもない化物が現れるなんて色々説明必須な状況であるが、残酷なことに説明してやれる余裕はない。

 

「……ここから先はウィンチェスターのステージってことでしょ。聖書でしか聞かない名前のオンパレード、色々理解は追い付いてないけどね」

 

 かなめの声に銃声がノイズのように混じり、継ぎ目なしの炸裂音が響き続ける。

 

「雪平──先輩。LOOはあたしたちでなんとかする。こっちは任せるよ、あれは──お前にしか頼れない」

 

 振り向かずとも、かなめが背を向けたのが分かる。

 鋭く、研がれた刃物のような凛とした声を残して。

 

「任せろ、ウチのルームメイトは頼んだぞ。自慢の後輩」

 

 なんでもないって声で答えてやる。なんでもないって顔で強気に見せてやるしかないんだ。

 けど、頼りにされてここまで嬉しいと思った日もない。遠山かなめ──俺の自慢の戦妹。そっちは任せたぜ。

 

「行け」

 

 しかし、やっぱ大天使ってのはラファエルを除いてエンターテイナーだな。チャックの影響か知らないがどうやら戦いの舞台をわざわざ身繕ってくれたらしい。

 離れていくかなめには手を出さず、レキが前の車輌に足をかけようとしてもやはり動かない。

 

 殺意や敵意よりもルシファーは悪趣味なテーマパークから抜け出せたことへの解放感、ミカエルは次元を越えられたことへの達成感が勝ってやがるのか?

 大天使の頭の中を探るほど骨の折れる作業もない。理由はなんであれ願ったり叶ったりだ。

 

「雪平さん。ご武運を」

 

「そっちもな。どっちがボスか教えてやれ」

 

「はい」

 

 静かなレキの足音も銃声に隠される。

 トランザムの後尾、客車には俺と二対の大天井だけが残された。

 

 ルシファーとミカエル、チャックが作り出した最初の二人。最終戦争のメインキャストに置かれた、モノホンの化物に恐怖に駆られそうな頭を殴りつけるつもりで視線を固定する。

 

「話は済んだか?」

 

「ああ、お陰様で。騒がしい出迎えで悪いね、大天使さま。出来れば後日機会を改めて欲しいんだが──」

 

「邪険にするな。私の頭を撃ち抜き、まだ息をしている人間は他にはいない。認めよう、お前は障害だ。私の計画を進める上で必ず、邪魔になる」

 

 何から何まで、そこまで都合よくは行かない。

 天使は神聖なもの、残念ながらそれは人間の勝手なイメージに過ぎない。

 眼前の二体が切に証明してる。これが人間に幸せを運んでくれる、優しいヤツに見えるか?

 

 厚いコートを着たまま嬉しくないタイプの称賛をくれたミカエルがふと、肩を揺らす。

 一応言ってはみたが見逃してくれるには泥をかけすぎたらしい。天使の軍隊を率いて、世界を上から下まで荒れ地にしちまうようなヤツが寛大なわけないか。

 

「いいぜ、わざわざ一人にしてくれたんだ。これ以上は求めない、歓迎するぜ大天使さま」

 

 右袖から天使の剣を滑らせたとき、

 

「あー、盛り上がってるところ悪いんだが私はここで失礼する。いけ好かない顔がグチャグチャになるのを見たいのは山々だがやらなきゃならないことがある」

 

 シニカルな笑みでルシファーはミカエルを、次に俺を交互に見てくる。

 同じ赤い瞳でも、鮮血をぶちまけたようなルシファーの瞳から漂う禍々しさは十字路の悪魔の比じゃない。

 

「あとは二人で、どうぞごゆっくり」

 

 芝居ががった口調でルシファーが指を鳴らす。

 次の瞬間、トランザムの駆動音と連なった銃声が世界から消えた。

 

「ここは……」

 

 音だけじゃない、景色もだ。四方を囲むのは枯れ果てた無数の木々、足元にあるのは柔らかい砂でも砂利まみれでもない湿った地面。ネバダの砂漠とは何から何までかけ離れてる。

 朽ち果て捨てられている《立ち入り禁止》と書かれた錆びた看板。遠目に見える廃墟となった教会。それは記憶のページに確かに刻まれてる。

 

「ルシファー……随分と楽しい舞台を用意してくれるじゃねえか」

 

 訝しげに四方を見渡すミカエルを見据え、既に姿を消してしまった魔王に皮肉を吐いてやる。ルシファーがここにミカエルを招くとは、皮肉にも程がある。

 異世界の、しかしミカエルにはこの場所が分かるんだ、顔を見れば分かる。

 

「──スタール墓地か。おもしろい」

 

「最終戦争の舞台。あんたとルシファーが首を奪い合う、口火を切る場所。愉快な置き土産だな」

 

 スタール墓地。ローレンスの外れにあるこの墓地は、ミカエルとルシファーの最終戦争の舞台となった場所。

 始まりの街、真昼の決闘。ミカエルとルシファーを道連れに俺はここから地獄の檻に堕ちた。ルシファーにとってもそして俺にも、忘れられない特別な場所。

 

 ルシファー、愉快な置き土産を残して自分はさっさと息子の元に一飛びか。だが、これでトランザムを血で汚すこともキンジやかなめにミカエルの横槍が入ることもない。

 何よりこれで、転がる首は俺かミカエルのどちらかになった。それについては礼を言ってやる。

 

「後始末の必要はなくなった」

 

 何を、とまでは言わない。周りに数えきれないほどかけられた墓標をミカエルが見やる。あざといことしやがる。

 

「ミカエル、ルシファーのバッテリーを材料に使ったってことはお前の恩寵は何一つ傷を負ってねえってことか。だが調子付くのもその辺しといた方が良さそうだぜ?」

 

 袖から落とした天使の剣を逆手に持ち変え、もう一方の手は手札にある最高火力を引き抜く。以前の戦いでは見せなかったその剣にミカエルの瞳が動く。

 

「……原始の剣、血にまみれたおぞましい武器。いかがわしい刻印も一緒か」

 

「この前とは違う。ここは墓地だ、俺の抱える悪趣味なオカルトグッズも喜んで力を奮ってくれるだろうよ。何より後始末の必要がねえからな」

 

 ルシファーは去った。残りはミカエル、ほうっておけばこの世界もあっちと同じ地獄にこの天使は変えようとするんだろう。

 そしてこいつは座るんだ、荒れ地になった世界で、民のいない悪趣味な玉座に。

 

「随分と憎まれたものだ。殺したのは一度だけだろう? それに甦った、ルシファーの力で。聞かせてくれ、その憎しみの根元を」

 

「確かに首を落とされた恨みはある、ジグソーパズルみたいにバラバラにされた。だが、んなことはどうでもいいんだよミカエル。人間が欠陥だらけってお前らの理屈には同意だが、手当たり次第にぶっ殺されるのを容認できるわけねえだろ。そんなに王様になりたきゃ── ()()()でボスとやりあってろ」

 

 ──武偵法を足蹴りするような殺意を視線と声に乗せて怨敵に差し向ける。

 

 ──ミカエルは笑みと共に、影だけが映し出される背中の両翼を大きく広げた。

 

「来たばかりだが、私に言わせれば人間に勝る怪物はいない。悪事はやりたい放題、世界中を荒らしてる。狼男もヴァンパイアも生きるために人を殺してる、純粋じゃないか。だがお前たちにあるのは殺戮本能、それがすべてだ。お前たち人間の脳の奥深くに眠るその本能は、豹のように獲物に飛びかかり、相手を血の贄とすることで自己満足を得る」

 

 どこまでも澄んで、神々しい光を宿した両目が鋭く刃の形を作る。

 

「高慢じゃないか、スポーツのように殺戮を楽しんでる。純粋? いや、違う。酔いしれたいだけだ、血の臭いと刺激に」

 

「ああ、確かに。そんなイカれた遊びをしてる連中も見てきた。だが、人間全員をその枠に入れるのは悪魔はみんなアバドンだって言うくらい強引だ。人間がみんなお前の話す殺人鬼(マーダー)じゃない」

 

 退路はない、このスタール墓地から出るには目の前の化物に勝つしかない。大天使に背中を向けて、逃げられるわけないのは学んでる。逃げるという行為ですらない、投身自殺だ。

 仮に、仮に逃げられてもミカエルはこの世界を荒しちまう。さっき口から出た計画ってヤツもどうせロクでもない結果を生むヤバイものに決まってる。

 

 ──逃げてもそれは単なる先送り、理不尽な対戦カードはいつか巡ってくる。

 それならここでいい。このスタール墓地で、もう一度大天使を叩き落とす──

 

 始まりの場所、ローレンス。最終戦争を終わらせたこの場所で──

 

「始めようか。どちらかの首が落ちるまで」

 

「来なよッ!」

 

 






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