購買から部屋に戻ると、食卓には中華料理の皿がズラリと並んでいた。カニチャーハンにエビチリ、酢豚に餃子にミニラーメンに、アワビのオイスターソース和えまで揃ってる。
食べなくても分かる、うまいやつだ。しかもどれもこれもキンジの好物ばっかり。考えられてるなあ。
「……これ全部星枷が作ったのか?」
「ま、まあまあね!」
「やめとけ。カマキリが馬車の前で鎌を振り上げて威嚇するようなもんだ。悲壮を通りこして滑稽だよ。こないだ目玉焼きを作ろうとしてタマゴで手をドロドロにしたの忘れたか?」
「あれはタマゴが悪かったの! だからあたしは悪くない! プロほど素材にこだわるものなの!」
と、家事の一切のできない英国貴族様もプロ意識だけは高めだった。反論とほぼ同時に俺の脇に肘を入れやがったのもプロの誇りを守る正当な理由──んなわけあるか。冷蔵庫の余り物でうまい飯を作ってこそのプロだろ。
ちくしょうめ、暴力反対だ。
「た、食べて食べて。ぜんぶキンちゃんのために作ったんだよ」
「ああ、頂くよ」
「はい、あ、あなた……」
そこ! 新婚ムードを晒すんじゃない! 二人きりの空間を作るな、俺と神崎もいるぞ!
「お……おいしい? ですか?」
「うまいよ」
とキンジが答えると、それだけで星枷は幸せいっぱいといったカンジだ。神崎はそれが面白くないらしく俺の足を無言で蹴りやがった。
ったく、子守りは専門外だ。誰かに変わってもらいたいね。凶暴な子ライオンのあやし方を知ってるやつがいればな。
「ほら、白雪も食べろよ。いつもなんで俺の世話ばっかり焼くんだ」
「そ、それは……キンちゃんだから、です」
「答えになってないだろ」
「……そ、そうかも。私も食べるね、キンちゃんと一緒に食卓を囲めるなんて夢みたい……」
‥‥‥神崎、俺の足を蹴るのはよせ。
人を八つ当たりに使うんじゃない、しかも蹴る力がさっきより強くなってねえか‥‥‥?
はぁ……食い物って誘惑する女みたいだよ。一口食うとほら、夢中だ。キンジのやつ、カニチャーハンにやられちまって威嚇状態の神崎が見えてない。見えてるのは目の前の料理だけ。
「雪平くんもどうぞ」
ようやく救いの舟が来やがった。星枷の隣には俺が足早で、キンジの隣の席には神崎が渋々とついた。
そりゃそうだ、テーブルにご馳走が並んでる。作り手が誰であれ食いてえよな、神崎。結局、純粋な食への欲求には勝てないってことだ。
星枷の料理は隙のないオールラウンド、和洋中どれを作っても美味いんだよな。テーブルに並んでいる多数の皿はどれも味が約束されてるようなもんだが、とりあえず俺はエビチリの皿を持ち上げて、
「キンジ、俺も食べてもいいか?」
「俺に聞くなよ」
「お前に作られた料理だ。俺がかっ込んでも悪いだろ。許可は大事だよ、許可は。ルームシェアなんて傘を盗った盗られたで簡単に戦争になる。あとあれだ、チャンネルの奪い合い」
お次は星枷に視線を変える。
よし、お許しが出たな。さて、エビチリを失礼して……うまいのは見れば分かってたけど、口にいれるとやっぱりうまいんだよなあ。
駄目だ、お手上げ。俺のシュリンプ料理なんかより全然いける、最高だ。見た目もよければ味も良し。
一方、評論家気分で絶賛するの俺の前では……腕組みした神崎が、ヒク、ヒク、とこめかみを震わせていた。
「で? なんであたしの席には食器がないのかしら? 箸くらい用意するもんよね」
「アリアはこれ」
神崎に用意されたのは、割ってない割り箸が白飯に突き立った丼だった。白飯だけの丼では味気ないが突き立った割り箸に目が行ってそれどころじゃない。
「なんでよ!」
「文句があるんなら、ボディーガードは解任します」
「フルハウスの最悪の回を見てる気分」
「数は足りてないけどな」
「それは関係ない。俺にも酢豚くれ」
賑やかになってきたな。退屈しないよ、キンジの周りは。
……うまっ、この酢豚。
◇
放課後。
昼下がりの公園は燦々と陽光が降り注ぎ、草木は穏やかな風に吹かれて揺れていた。園内では小さな子供を連れた家族が笑う声が聞こえてくる。まさしく快晴の空の下だ。
「ほらよ、買ってきてやったぞ」
ベンチまで歩いて戻り、買ってきた紙袋を手渡すと夾竹桃は照りつける陽光をうっとおしそうに眼を細める。
「嫌な天気。うっとおしいわね」
「そう思うのは少数派だよ。ベーコンバーガーデカ盛りにチリチーズフライドポテトのラージ、なのにヘルシーシャカシャカサラダ──以上ですか?」
「変よね、でもサラダ以外は私じゃない」
お目当てのサラダを抜き、夾竹桃は少し軽くなった紙袋を返してきた。一緒についてきたドレッシングを容器に注ぎ、透明なカップを片手でシャカシャカとシェイクする。
小気味好い音に肩をすくめてやってから、俺もベンチに腰掛ける。しゃかしゃかと無言で容器を振っている夾竹桃が不機嫌そうに横目で見てきた。
「好きなだけシャカシャカしろ」
案の定というか夾竹桃は無言で容器を振っていた。
園内には小さく噴水が作られており、落下した水の飛沫に小さな子供がはしゃいでいる。夫婦と子供、家族揃っての楽しそうな笑い声が少し羨ましい。俺はかぶりを振って紙袋を開いた。
「綴先生が言ってたよ、アドシアードが終われば武偵高に通えるってさ」
「要は監視でしょ。念のため言っておくけど、動くつもりはないわ」
「俺は監視で寄ったんじゃない。たまたまお前を見かけたから様子を見に来たんだ。誰にも頼まれてねえよ、厄介なやつに絡まれちまったな」
「驚いたわ、自覚はあるのね」
「そこは否定してほしかった。でもサラダはタダで食えたろ、チャラにしてくれよ」
言葉で言っても信じるかどうかは信頼関係の深さに依存する。蠍に嫌われるのはいいとして、毒の尾を向けられるのは勘弁してくれ。
紙袋からフォークを片方渡してやり、夾竹桃は手袋をしていない手で受けとったフォークをカップの容器の中に挿した。不機嫌な目もいつもの変化の薄い表情に戻っている。取調室で話をしたクールな魔宮の蠍だ。
清涼な風に包み袋を揺らし、俺もベーコンバーガーにかじりつく。デカ盛りに恥じない大きさは食べごたえも味も抜群だった。
炭水化物の塊だろうと美味しい物は美味しいんだ、体に悪い食べ物ほど美味というのはあながち無視できない話かもしれない。
横目でベンチを見ると、夾竹桃はノートにペンを走らせていた。
ノートには大きな丸で囲んだ夾の文字とアルファベットで……NETA・NOTE──ネタノート?
「なあ夾竹桃、そのノート……」
「ネタノートよ」
「名前どおりかよ。何のネタ?」
「マンガ」
夾竹桃はペンをカップに変え、またサラダを食べはじめた。ネタになることなんてあったんだな。
‥‥‥つか、さっき通ったの神崎の戦姉妹か。一緒にいたのは火野ライカだな、覚えてるよ。彼女は強襲科のBランク武偵で蘭豹のお気に入り、父親も武偵でアメリカでは結構有名な腕利きだ。
スーフォールズの保安官がサイン欲しがってたっけ。クレアとアレックス、二人の娘は微妙な反応してたけどな。
あれはまさに母の知られざる一面知ってしまった娘の顔だった。
懐かしい思い出に瞼を伏せるが、気持ちを切り替えると、べンチに背を預けて体を反らし、流れる綿雲を眺める。
星枷の護衛から数日が経過していた。当然ながら星枷には神崎とキンジが常に傍について、俺とレキもローテーションで魔剣の襲撃に備えてる。
強襲科の現Sランクと元Sランクの24時間の監視。
狙撃科のSランクが遠隔から対象を守ってるし、部屋は赤外線センサーと大量のカメラが仕掛けられたトラップハウス。迂闊に手出しはできないはずだ。
だが、面倒なことに胸騒ぎが止まらない。
イ・ウーについて知らないことが多すぎる。国際的な犯罪組織、名前を口にすることも危険なブラックボックス。そんな組織をいったい誰が統べてやがるんだ──俺は考えてからすぐにかぶりを振った。
分かりきってるな。悪魔を統べるのはルシファー、天使を統べるのはミカエル、化物を統べるのは同じ化物って相場が決まっている。
「似合わないわね。何か悩みでも?」
「武偵には気をつけなければいけないものが3つある。闇と毒と女。大切なことを学んだよ、フルハウスはテレビの中だからおもしろい」
「後学のために聞かせて。その言い回しは意図的?」
「結構楽しいもんだぜ」
「さすがの私もちょっと引くわ」
「お前も変な言い回しが多いだろ。今日から仲間だ、おめでとう」
「荒地の王様になった気分だわ」
俺は足を組んで両手を頭の後ろに持ってくると、再び思考に没入する。
着目するのは超能力者を誘拐する理由だ、超能力者を集めて何を企んでやがるのか。
自然と表情が険しくなるのが分かる、血が煮えたぎるように熱くなる。超能力者を集める計画か、やってることが悪魔と同じだ。
魔剣──お前が男か女かも分からねえが、俺にはお前の目が黄色に見えるぜ……
「雪平、雪平切。聞いていて?」
ゆるゆると顔を上げてかぶりを振る。
「聞いてるよ。俺、どんな顔してた?」
「酷い顔よ、疲れてる」
「疲れてないよ。なんていうか、バッテリーをチャージできてない感じ」
「それを疲れていると言うのよ。あとポテト冷めてるわよ」
……本当だ。思考に耽るのも程々にしねえとな。
超能力者を集める、嫌な記憶に触れちまったせいでポテトが駄目になった。ま、冷めてもジャンクフードは美味いんだけど。
食べ終わったハンバーガーの包み袋を丸めて紙袋に入れるとサラダの容器は中に置かれたあとだった。
俺は冷めたポテトに少し眼を伏せると、背を丸める。穏やかな風が吹き、白い造花が黒髪の上で揺れる。靡いた髪を手で抑える姿は陽光よりもずっと眩しかった。
背後から笑い声が聞こえてきて首だけ振り返ると、家族連れがこちらを指差しながらほがらかに笑っていた。
ポテト食ってる姿がそんなに面白いのかな。気になって横目で見た蠍は、うっとおしいと嘆いていた空を見上げている。
「……丸くなったと思う?」
不意の言葉に一瞬戸惑い、かぶりを振ってから俺は笑った。
「なった、司法取引をしたことが影響してるんじゃねえか。さもなきゃなんだろ、間宮あかりに負けたこと。分かんねえ、ともかく会ったときのお前だったら俺を隣に座らせたりしない。今頃俺は毒を盛られてるか、鋼糸で絞め殺されてる」
なったよ。毒の知識を学ぶ為なら手段は問わず、技術を磨くことに妥協も感傷も許さないのが魔宮の蠍って犯罪者だった。
「それが今は、どうだ? 戦おうともしない。話をしてる。ポテト食いながらな」
「……そうね」
「俺も丸くなったよ。あの夜は釈然としない幕切れだったからな。司法取引のあとで私闘をふっかけてやるつもりでいたのにこの有り様だ。魔宮の蠍の相談に乗ってやるなんて夢にも思わなかったよ。サラダを奢るなんてさ」
「神崎アリアと遠山キンジの影響よ」
「それも予想してなかった」
俺はポケットに手を入れ、背を深く倒す。
「どうした? 泥棒のお友達に嘆かれちまったか?」
「あの子とはハイジャック事件以来会ってない。コルトが手に入らないなら、私からしてあげられることはないから」
夾竹桃の言っているコルトは天使から悪魔まであらゆる物を殺せる特別な銃だ。その拳銃に殺せない物は5つだけ、俺はそのうちの1つを知ってるが殺せる殺せないの相手じゃなかった。
この世界のルールから逸脱した、そもそも生き物とは呼べない例外を除けば獣人も、悪魔も天使も魔女も一発の弾丸で必ず命を刈り取る必殺の武器。
それがコルト──俺たちの手から幾度となく離れては、形を変えて何度も舞い戻ってきた因縁の銃。
(なんでも殺せるコルトか‥‥‥)
親父もとある存在を殺すためにコルトを探し求めた時期があった。探した理由は単純明快でコルトでしか殺せない存在だったからだ。
妻の……母さんの仇だった。普通じゃ殺せない存在、銃もナイフも効かない化物。だから親父はコルトを探し求めた。
理子がコルトを探していたのも親父と一緒さ、コルトでしか殺せない存在を相手にするつもりだ。ハイジャックのときのあいつの反応は普通じゃなかったからな。
「聞きたいことがある。理子のことだ。あいつはコルトで何と戦うつもりなんだ?」
「答えられないけど、察しはついてるでしょ。あなたは誰ではなく何と口にした。つまりはそっち系よ」
「そういうことか。つまりいつもの相手」
腕組みして一つ頷いてやる。まあ、知っていても公園で話せる名前じゃないか。
「理子より強いのか?」
「私が手を貸しても絶対に勝てない」
「……よしてくれ。お前と理子の力は知ってる、なんとかなるだろ」
「絶対に勝てない」
夾竹桃は悩む素振りも見せなかった。俺は険呑に瞳を細める。
「そんなに強いのか?」
「化物よ。彼は大胆で利口で冷酷」
「‥‥‥なるほど、多才だ」
つまらない嘘を重ねる女じゃない。敵味方を抜きにして、夾竹桃は自分が認めた者には称賛を惜しまない女だ。そんな彼女に『化物』とまで言わしめる相手──こいつはヘビーだ。
「差し障りのなさそうな部分だけ、抜き出して話してあげる。神崎アリアに味方したからには、いつか関わることになるだろうし。私も悩みの種だから取り除けるならそうしてちょうだい」
「俺に化物退治を頼むのか?」
「それが仕事でしょ。ウィンチェスターは怪物を引き寄せる磁石、どうあっても避けては通れない道でしょうね」
「お前で二度目だよ、怪物の磁石なんて言ったのはさ。だけど、お前の言うとおりさ。怪物退治は家業だ。危ないことは何度もあったけど、いい人が死んで俺は生き延びた。皮肉だね」
続けてくれ、と俺は返す。
どうせ楽しい話は出てこないだろう。
「あの子が狙っているのは、今のナンバー2。序列で2番目に立ってる化物よ」
「……理子がコルトを欲しがるわけだ。リヴァイサンのナンバー2をワルサーで殺せるとは思えない。合点が行ったよ」
だが、理子の求めるコルトも今では使い物にならないガラクタに成り下がった。コルトの代わりになる武器もあるにはあるが俺は考えてから首を横に振る。
『原始の剣』は武器じゃない。
あれは第一級の呪いだ。
一瞬でも浮かんだ馬鹿げた考えを振り払い、立ち上がった夾竹桃の背中を俺は紙袋を持って追いかける。
「場所を変えるわよ、助手席に乗せなさい」
「お前、歩いてきたのか?」
「散歩が趣味なの、あとマンガ」
「健康的なことで」
家族連れに手を振ってやり、インパラのある近くのパーキングまで歩くことになった。俺はドアを半分開け、助手席側に回る夾竹桃に目を合わせる。
「最初に言っておく。BGMは俺が決める」
「ドライバーの好きになさい。カセットテープは持っていないから」
変わらないトーンで夾竹桃は助手席に居座った。
なあ、好きにするって言ったよな? テープを漁ってるその右手はなんだよ?
「洋楽ばかりねぇ」
「俺の親父は79年より前の曲しか聞かなかったんだ。新しい曲を知る機会もなかった。ほとんど車に乗ってたからな。旅ばかりさ、仕事で」
「私も風任せの生き方をしたことがあるわ。まあ、これぽっちも面白くなかったけど」
「ヒッピーみたいに?」
「愛と平和はないけど」
それは面白くなさそうだ。俺は段ボール箱に詰め込んだカセットの山から一つ抜く。
「無限罪のブラド。それがイ・ウーのナンバー2よ」
窓の外に目をやったまま、彼女はそう言った。無限罪のブラド……?
「知らなきゃ恥か?」
「イ・ウーは知っているだけで身に危険が及ぶ、国家機密だから。本当は知らないことが懸命よ」
「もう知っちまったけどな。こういうの知ってるよ。『手遅れ』って言うんだろ」
「懸命なのは秘密を守れる人間ではなく、秘密を持たない人間である」
「とんでもないのを持っちまったな。バラしたくてウズウズしてる」
自嘲気味の冗談でとりあえず誤魔化すとテープが回りだし、流れ始めた曲にインパラのエンジン音が被さる。
V8エンジンと一世代前の懐メロが重なる車内、ようするにいつものシボレー・インパラだ。
「行き先は?」
「『HOTEL―POROTOKYO』の109号室」
「……どこだよ?」
「私の部屋。今はそこを借りてるの」
「待て、女子高生がモーテル暮らしだって?」
「案外いいものよ。ちょうど良いぐらいに広くて」
「ああ、埃っぽくないんだろ。俺が知ってるのは粗末なベッドと壁に皹が入ってる安っぽいモーテルさ。倹約家なんでね」
要はホテルまでのタクシーかよ。俺の彼女には料金メーターなんざついてねえぞ。
インパラのハンドルを叩いてやって、俺は溜め息を吐くとパーキングを出た。かまわねーよ、ドライブには一度誘ってるからな。
HOTEL―POROTOKYOの名は聞いたことがある、いわゆる富裕層をターゲットにした高級ホテルだ。ホテルの一室を私室にしやがるとはなぁ、安っぽいモーテル暮らしをしてた身としては、羨ましいよ。
「いいホテルよ。紹介しましょうか?」
「やめとくよ、大雨の日にホテルで贅沢しようとしたことがあってさ。あー……とんでもないことになった。高級ホテルは苦手だよ、誰がパーティーやってるか分からん」
「誰が開いていたの?」
「聞いたら後悔するよ。アホらしくて」
「ふーん。でも聞いてみないと分からないわよ?」
神崎みたいなこと言いやがって。マンガの種にもならねえ話なのによ。しかも都合よろしく信号待ちかよ……
「異教の神が集会を開いてやがったのさ。カリとかオーディンとか、有名な奴等がテーブルに座って会議してる。議題は、最終戦争をどう乗り切るか。どうだ笑えるだろ?」
人里離れたハイウェイ沿いのホテルにしては豪華すぎたよ、すぐに疑うべきだった。新婚がディナーにされたときはゾッとしたよ。ああ、本当にさ。
「バカバカしい」
「だよな、ノアの大洪水みたいな状態でパイ食ってんだから」
「神が、最終戦争をどうして恐れるわけ?」
……そっちかよ。
いや、そっちなのか。
「正確には異教の神だ。人間を茹でてスープのダシにするような危ない連中。大天使やリヴァイアサンを作った神とは別モンだ」
「というと、万物のクリエイター」
「良い例えだな。知り合いに聖職者がいるなら教えてやれ、あれは戦争じゃない家族の確執。癇癪を起こしたルシファーとミカエルの兄弟喧嘩だ。全地球上の存在を巻き込んだ迷惑極まりない規模のな。異教の神が止められる話じゃなかったのさ、戦争と違って家族の確執は止めようがない」
「なるほど、お得意のスケールの狂った話? いいわ、そのまま続けて」
「異教の神たちは話し合いの場を設けようとした。他ならないルシファーとな。応じないなら力業もやむなし、危うく器の候補である俺たちも天使2人を呼び出すチャイムとして使われるところだった、肋の骨を折られてな?」
肋の骨に天使避けが書かれているお陰で、俺たちを目印に連中がやってくることはなかった。
カリはその魔除けを骨ごと折るなんてことを言い出したが、奴のお友達が先走って既にルシファーを呼んでいたことで……洒落た高級ホテルは惨劇の舞台に変わった。
「結論を言うと、所詮は異教の神。力の差を理解してたのはトリックスターだけだ。集まった神は10人はいたがみんな赤子の手を捻るようにルシファーにやられたよ、3分もかからずにな。哀れなもんさ」
……ロキがいなかったら全部あそこで終わってた。
彼を除いた神たちは、雁首揃えてかかれば大天使の一人や二人くらいどうにかなると思っていたんだろう。だが実際に待っていたのは戦いとすら呼べない一方的な蹂躙。死屍累々だ。
とまあ、語っておきながら、いまいち盛り上がりに欠ける昔話と言わざるを得ない。神だの天使だのが出てくる話はゲームやアニメだけで充分だ。
実際の天使は世間が思ってるような清く崇高な連中じゃない、信仰を踏みにじるような言い方になるが俺が見てきた天使たちはその半分がロクでなしだった。
「それでどうなったの?」
やっと信号が変わったと思ったら、同時に質問が飛んでくる。すっかり忘れてた、普通の子には面白味のない話だがそもそも隣の蠍は普通じゃない。
「そいつらに軟膏でも塗ったと思うか? 必死で逃げたよ、それで俺たちとカリの神様だけが生き残った」
「ハラハラどきどきの日常だったってことね」
「楽しいのは最初だけ。すぐ嫌になる」
「ほんと、貴方の話はマンガのネタになるわ」
次回でアドシアード開始です。
『いい人が死んで俺は生き延びた。皮肉だね』S2、22、エレン・ハーベル──