哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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欠けた瞳

 

 

 

 

 

「恐れるのは死か、退屈か。簡単なクエスチョンさ、そう、答えは退屈だ」

 

 

 いいや、違う。

 死も退屈もどっちもロクなもんじゃない。

 

 

「悪魔にとって本当に恐れるものは退屈。意味のない、空っぽな空虚な時間こそ本当の絶望。ウィスキーと女があれば喜んで自分から地獄に転がり堕ちるのが人間だが、我々はそう簡単にはいかない。堕落できるほど没頭できるものがそうないからな」

 

「──なら、この無意味な時間も‥‥‥さっさと終わりにしてくれないかな、もう飽きてきたんだけど‥‥‥お前の貧相な顔を見るのも‥‥ち、ぃ‥‥‥」

 

 ‥‥‥右目がやられてるのか、もうどこがやられたのか分からなくなった。視界が切り取られたくらいじゃもう驚きもない。

 

 赤く、血まみれになった剃刀が手品のように宙に浮いたまま綺麗な銀色の光を取り戻すと、持ち主の手元へ帰っていく。ポルターガイスト現象、念力、驚きやしないし、驚いてる余裕もない。

 反射的に動こうとした足は、右も左もまるで反応しない。手も足も鎖が肉を貫通して、血まみれになりながら吊るされてるんだって忘れそうになる。違う、忘れたかったのにまた思い出した。

 

 今日で何ヶ月──何年、何十年だ──あと、何年持つ、何年続く──あとどれだけ、いつまで俺は‥‥‥玩具にされ続ける‥‥‥?

 

「ああ、謝罪しよう。指と言ったがやはり一番は眼だな、リリスも褒めていた。目を最後にとっておいてたのは正解だとなぁ」

 

「はは‥‥だから先に腹を引き裂いたのか、イカれてるぜあの女。悪趣味なマーダー女の話題にはついていけない‥‥‥まずいバーでだって盛り上がらないよ」

 

「そうか? 私にはよく分かるぞ」

 

 醜悪に笑った途端、そいつの瞳は白色に変わる。

 何よりも汚れた、おぞましい透明の瞳。剃刀を手にしたそいつの名前は、アラステア。リリスと同じ白い瞳を宿した、地獄の権力者。

 

 そこは地獄、人間や魔物が行き交う地上よりも下にある、陽光も温かみも入り込まない地の底。

 俺とディーンの魂は、リリスの放った猟犬に食い殺されそこに墜ちた。手足の肉を支えに鎖で串刺しにされ、悪夢みたいな苦痛と景色を毎日のように魅せられる。

 

「いい目だ、だから片方は残した。お楽しみは残しておいたほうがいい、燃え上がる。炎は悪魔の友達だ」

 

「友達の少なそうなお前にアドバイスをやるよ、いつも俺の体を‥‥‥切り刻んでくれるお礼だ‥‥‥ああ? 欲しいだろ、アドバイス‥‥‥」

 

「おお、お楽しみの他に助言までくれるのか? それはいい、何をくれる、実に聞いてみたい」 

 

 両手を広げ、愉快げにアラステアは言う。

 Hell's Grand Torturer──地獄で最高位の地位を与えられた拷問官。

 雷鳴鳴りやまない地獄で俺の体を毎日余す事なく切り刻み、殺し続けた最悪の怨敵。

 

 

「‥‥‥くたばれ、共産主義」

 

 唾でも吐いてやろうと動かした喉から血があふれだした。蛇口が壊れたような吐血に、くつくつとアラステアは喉奥から笑い声をあげて額に手をやる。

 

「──キリ。お前は実に、実に愉快だ。いいぞ、最近の連中にはどうにもユーモアがない。実に退屈だ、見習ってほしいよいまのお前を」

 

 快晴とは無縁の地獄の空から、イカれたと思っていた耳にまだ落雷の音が反響する。不愉快なアラステアの言葉も遅れて聞き取れた。

 

「考えてるんだろう、ここに来て何日、いや何年、何十年経ったのか」

 

 だとしたらなんだ──

 残った左目で狂眼を作ったときだった。

 

「──お前には感謝してるよ、心残りがあった。100年間全精力を傾けたが()はなんというか特別だった。まさに英雄だ」

 

 思い出に耽るように眼の前の悪魔は語る。

 何を言ってるのか、このときの俺にはその意味がわからなかった。血まみれで、ろくに機能してない頭に醜悪な顔が焼き付けられただけの、それだけのこと。

 

 そして頬が裂ける、裂傷なんて一言じゃ片付けられないくらい壮大に、肉が削がれて赤い間欠泉が吹く。

 何度も観てきた景色のはずだ、それでも眼の前に立った幽鬼は笑う。

 

「そしてお前が来た。また手こずると覚悟したよ、だがお前との時間は実に──愉快だ。絶対にモノにしたい女、そう言ってもいい」

 

「おいおい、次は指じゃなかったのかよ‥‥‥」

 

 地獄と地上では流れている時間が違う。

 地上の4ヶ月は地獄では40年分、休みはない。毎日、時間の感覚もわからないなかで俺はヤツと過ごした。

 

「メグを覚えてるか? あれは腕がいい、誇張なしの逸材だ。だがお前が私のナイフを取れば──お前は私の最高傑作になる」

 

 剃刀を持った芸術家、ルビーはなかなかいいたとえをしてくれたよ。

 虚無に叩き落とす前に、アラステアは言った。地獄で俺の体を切り刻み、あの40年でまったく別の生き物に作り変えてやった、と。

 

 ああ、辛かった。

 痛いとか苦しいとか、そんなもんじゃない。体のすべてを切り刻まれ、ようやく終わったと思えばまた次がやってくる。白い瞳で微笑んだアラステアの剃刀が毎日のように赤く染まっては銀色に戻る、その繰り返し。

 

「お前はケダモノだ、人間には戻れん。英雄の血は絶えた、揃いも揃ってジョンのかわいいお嬢さんはたった、たった30年で根をあげた! お前もディーンも親父の期待した男にはなれなかったということだ!」

 

 最後に残った事実と、結果だけでいうなら勝負はアラステアの勝ちさ。ああ、リリスがずっと求めていたルシファーの檻を閉ざす為の第一の封印は、俺たちがアラステアの誘いに応じたその瞬間破られた。

  

 肉を引き裂かれ、体を流れる血という血を毎日のようにぶち撒けられて、最後の最後に決まってアラステアは提案を持ちかける。

 分かってる、あいつの誘いに乗るしか、あの地獄から抜け出せる道はなかった。逃げ場のない毎日‥‥‥あのときは、もう、あの日が限界だった‥‥‥

 

 けど言い訳さ、そんなの。俺もディーンもそれは自分が一番分かってる。

 

 いまでも思う。

 アラステアの剃刀を受け取ってからの10年、たしかに俺はあいつの言う通りケダモノだった。だとしたら、俺が最後に行くのはまた地獄か?

 

 この世の地の底に、俺の魂はまた堕ちるのか?

 それとも地獄よりもっとひどい場所か。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 尋問科────話術、心理学、人体学などを使用し、確保した犯罪容疑者から情報を引き出す方法を学ぶ学科。

 薬、心理的負荷、司法取引、ありとあらゆる手を使い、価値のある情報を引き出す。そう、どんな手を使っても。

 

 

「噂は独り歩きする。だから私は自分の目で見たものを何より優先する、よく言うだろう。百聞は一見にしかずってやつさ」

 

「へぇ、それで。その目は何を見たんだ?」

 

「隠そうとしてる人間から情報を引き出すやり方は知ってたつもり。だけどあれを目にするとねえ。柄にもなく鳥肌が立っちまったよ。あんなの尋問じゃない──芸術だ。遠山のルームメイトってのも納得だね。あんたも遠山に似て、普通じゃないところにいる」

 

 毎度御馴染みの尋問科棟。

 ヒルダを交えたマザーとの数年ぶりの再会と煉獄からの帰還から数日、俺の隣りで饒舌に喋るのはいまは日本にはいないキンジを追いかけてやってきて尋問科の新鋭こと鏡高菊代。

 

「まさか。普通からかけ離れてるって話で俺がキンジと勝負できるわけ無いだろ」

 

「” まさか ” をそこまで強調しなくても」

 

「知らないかもしれないけど、あいつは歯で弾を噛んで止めちまうんだぞ? その手の話じゃあいつはメジャー級だ」

 

 

 キンジと比べられたことには自然と苦笑いがわいてくるのも、パトラに弾をぶち込まれたときの光景がいまでも脳裏に深く焼き付いてるからだ。

 虫歯治療でコーティングされた歯で鉛弾を止めるんだぞ。それこそ普通じゃない。

 

 

 たまにあるんだ。綴先生が交渉して、警視庁に行くはずだった容疑者を先に武偵高で取り抑えて調べること。

 先生の尋問の腕は日本で5本の指に入る。『クローザー』のブレンダみたく、凄腕。実力が実力なだけに先生は警視庁にも顔が利いて、今回みたいなことも起きる。

 あっちからみても、先生は切札の1枚。喧嘩するよりお友達でいたいってことだ。

 

 鏡高菊代。彼女を交えての尋問も先生の一声故。そこそこ気に入られてるんだろう、そんな気がする。

 

「話を戻すけど、尋問に芸術も何もない。あるのは仕事をこなせたか、そうじゃないか。それだけだ」

 

「称賛のつもりだったんだけど、にしちゃ反応は冷ややかだね。傷口を抉られたって顔だ」

 

「そんなんじゃない。君とならもっと、他に楽しい話ができるのにって思っただけ」

 

「理性的だね。こう言えばいいってお手本みたいな答えじゃないか、逆に気になるよ」

 

「俺に欠けてるのは慈悲と哀れみと猟奇犯を許してやれる心、理性じゃないよ」

 

 廊下に立ち並んだ自販機でコーラを買って一休み。

 

「それといまは『右目』かな」

 

「ウケた、そのレベルのブラックジョークは久々に聞いたよ。またね、雪平」

 

 鏡高と別れ、尋問科の生徒たちのちょっとした溜まり場にもなっている掲示板の前で壁に背をつける。

 

 何の掲示板かといえば、尋問科の生徒間で情報を共有するための、公の回覧板ってところかな。副次的な効果で生徒が集まりやすい場所になってるけど。

 

 

 

「よぉ、愛弟子ぃー。お仕事ご苦労さまー」

 

「どうも、先生。あるもの全部吐かせましたからあとはお任せします、現場はここまで」

 

 いや、生徒だけじゃないか。けらけらと上機嫌に笑いながらやってきたのは他ならぬ綴先生。コンパがうまくいったか、それとも競馬かパチスロか、なんであれいいことがあったらしい。

 

「ホント頼りになるねェ、新米の教育までやってくれてさぁー。これでもう連中は脅威じゃない、あの馬鹿げた名前には恐れ入るけどね」

 

「犯罪組織にいい名前なんて期待するほうが野暮ですよ、むしろダサいくらいの方が叩きやすくていい。乱れ切った生活を保持するためにホテルを購入、馬鹿げてます。札束でコンパニオンまで連れこんでる、LAじゃあるまいし」

 

「日本じゃなくてイスタンブールに住むべきだよねえ、そう思わない?」

 

「イスタンブール、世界の十字路、危険と富の町。俺は欲望渦巻くLAでいいや、ナイトクラブもうまいダイナーだってある。ロス市警は優秀だし」

 

 LA、欲望が渦巻く夜の町。みんなが嘘つき。

 喉に炭酸を流し込みながら横目に先生を見る、無駄に美人。だけど危険な匂いのオマケ付き、それが業務課の人間ってことか。

 

「んで、どうだったの彼女は」

 

「いいんじゃないですか。先生が目をつけただけのことはある、有望株ですよ。変にランクが高いだけの人より出来がいいのは当たり前って思ってるのよりね」

 

「テストでBを取るたびに泣き喚いてたタイプ」

 

「端的に言っちゃうとその通り。キンジの昔の知り合いって聞いてましたが、あとはうまく指導してやればBランク相応の仕事はいけるでしょう、Aだって目指せる」

 

 誇張を抜きにして鏡高菊代という女はウチの学科向きだ。

 キンジ曰く、強襲科よりも諜報科寄り。搦め手を好む女ってのは尋問科に向いてるが、何より思考が現実的なのがいい。

 生まれた環境と経歴がそうさせたんだろうが、あの子はきっとこれからも先生と仲良くやれる。たまにしか冴えない俺の勘は、そう言ってる。

 

「Aだって、ねぇー。お前はその気になれば、その先にだっていけるモノを持ってる。よりによって向上心を置いてくるとはなァ」

 

「御冗談を。まるでその気になればSだって目指せる口ぶりだ。AとSの間には1ランクって言葉以上に壁がある、先生は俺より優秀な武偵だって見てきたはずです。俺はAランクそこそこ、先生の引いた及第点をなんとかってところですよ」

 

 まだ昼間の日差しが窓から入り込んでくるというのに、先生は関係なくスキットルを呷る。中身は水や聖水ってことはないだろう、あれは体に良さそうなものを飲み込むときの顔じゃない。

 

 先生にとっては栄養剤同然の酒が通ったところで、会話は新たな方向に舵を取られる。

 窓から入り込んでくる日差しを睨むように先生は据わった瞳を遠くに向けたままだった。

 

 

「愛弟子ぃ、あたしとゲームしないか?」

 

 

 そう、思いもよらない方向に舵は取られる。

 ミカエルに焼かれ、片方だけ残った左目を歪めて俺は半信半疑に聞き返した。 

 

「ゲーム‥‥‥ですか?」

 

「そ、ゲームだよゲーム。尋問科らしい簡単な一本勝負。あたしがこれから一つ質問をする、お前は嘘を言ってもいいし、本当のことを言ってもいい。嘘ならあたしは見抜く、真実ならお前は勝負から降りた、ドローってことでどう?」

 

「‥‥‥それ、色々ゲーム性が崩壊しちゃいませんか? というか、ゲームっていうより先生が俺に質問するための口実だと思うんですけど‥‥‥」

 

「ゲームって言ったほうがあんたも乗り気になるでしょ?」

 

「準備の準備段階ってことですか、真実を聞き出すための。さすが先生だ、餌をまくのがうまい」

 

 納得だ、うまく乗せられたわけだ。元から拒否権があったかどうかは怪しいところだが、そこまで御膳立てしてきた先生の『質問』に俺も正直好奇心がわいてきた。

 

 ようするにこれは、尋問科の講師とダウトで勝負するようなもの。

 先生の実力を知ってるだけにとんでもないアンフェアな場所に引き寄せられたが、勝ち目の薄い戦いを後味の悪い引き分けに持っていくのがウィンチェスターのお家芸。

 

 どうぞ──と、言葉をかけるつもりで首をかるく揺らす。

 とどのつまり、先行は譲る。ふ、と先生は危険と美麗が混在したその顔に笑みを歪めた。

 

「さっきのお前の発言、AとSの間には1ランクって言葉以上に壁があるってやつだけどさぁー、たしかにAとSの差は大きいよねぇ。ランクだけで見るならお前より上も何人か見てきた、けどお前はなんていうのかなぁ──普通じゃない」

 

「今日二度目ですよ、それ言われたの」

 

 肝心の質問ってやつは来ないまま、先生の言葉に先に突っ込んだ。

 

「尋問科の基準でいえばAなんだけど、ランクだけじゃお前の能力は計れない気がするんだよね」

 

「らしくないですね、ずいぶんと抽象的だ。先生にしちゃらしくない、実力を分かりやすく示すためのランクじゃありませんか」

 

「いやさぁー、ずっと思ってたんだよ。お前のやり方は、教科書や授業で学んだ練習したのレベルじゃない。どのタイミングでどのカードを切ればいいか、どこを狙えば弱みを突けるか。どこを狙えば相手が弱るかを知ってるヤツのやり口だ。人間がどういう生き物か、何をどうすればどう相手が弱るか、お前は熟知してんだよ。さながら──悪魔みたいにさぁ──」

 

 スキットルを皮コートの懐に戻し、先生の顔からさっきまでの遊び心は抜けていた。寒気が爪先から立ち昇ってくるような冷たい瞳が俺の残った眼を射る。

 

「長い時間、贅沢なまでの経験を重ね続ければそれも可能。けど膨大な時間と経験、数を数えるのも馬鹿らしくなるような場数を踏む必要がある。人間を──理解する必要があるんだよ、雪平」

 

「先生──何が、言いたいんですか?」

 

「そうだよねェ。回りくどかったな。ようするに数十年生きてきただけの高校生が持ってるものじゃないってことよォ、仮にお前のその歳で身につけてるとしたら時間も経験もすっ飛ばせるだけのとんでもない才能がついてる。それこそ入学式でSを取れるだけの一級のやつさ」 

 

 論理を組み立て、逃げ場を塞ぐように先生の口は動き続ける。静かに、陽光に柔らかに照らされていた空気が重たくなる気がした。

 

「ところがお前の持ってる才能ってやつは、お前が言ったとおりあたしの基準で及第点そこそこ。誇張して上の下だ、時間も経験もちゃらにできるには程遠い──だから聞きたかったんだよ、お前のこと」

 

 

 言葉が刃物だというなら、それはどこまでも研ぎ澄まされた刃なのだろう。

 

 

「これがあたしからの質問。雪平、お前どこでどうやって学んできた?」

 

 

 鋭い。感嘆するぜ、さすがは先生だ。

 ただのゲームや質問っていうのは片付けられないくらい、その言葉は俺の本質を抉ってる。

 ‥‥‥嘘で誤魔化すか、真実を言って引き分けに持ち込むか、だったな。どこでどうやって学んだかと言われるならそれは‥‥‥

 

「地獄で10年、悪魔に学びました。正確には地獄にいた40年のうちの10年間を」

 

「ははっ、地獄ねぇー。そりゃまた‥‥‥派手なのが出てきたなぁー」

 

「死んだ俺をまず出迎えたのがそいつでした。地獄にやってきた人間を拷問する悪魔、なかでも一番の権力を握っていた拷問のエキスパート。最初の30年間、俺は毎日そいつに体を切り刻まれた。原型が残らなくなるまでじっくり、でも地獄では死んだとしても次の瞬間には元通り。一日が終わればまた切り刻まれる、最低の無限ループです」

 

 視界に見えるのは赤黒い頭上、雷の音はいつでも四六時中耳を潰しに来る。安らぎなんてない。

 

「一日が過ぎると、その度に囁きやがった。される側から‥‥‥する側に回れって。自分と一緒に地獄に堕ちてくる人間を拷問する、それが悪夢の毎日から助かる唯一の方法。最初は足蹴りしてやった。イカれたサイコパス、お前はただのゴミだって‥‥‥でもそれがずっと続いて、地上での4ヶ月は地獄では40年になる。30年間、俺はあいつに切り刻まれて‥‥‥それであとの10年は‥‥‥差し出されたナイフを受け取ってあいつと拷問する側にまわった」

 

 忌まわしい記憶のページを引き出せるだけ引き出して、喉に炭酸を流し込むような強引な刺激で頭の中をリセットする。

 

「なんの面白味もない、トリックもない。これが先生の睨んだ答えです。30年、悪魔の拷問を味わって身を持って奴等のやり口を覚えた、残りの10年間は直接手ほどきを受けました。ヤツは剃刀を持った芸術家、同じ悪魔ですら恐れる。どこを攻めればどうすれば弱るか、あらゆる壊し方を教え込まれました」

 

 それが俺と、アラステアとの記憶。

 だから俺は、高尚な人間じゃない。ジョーを見殺しにしただけじゃないんだ、俺の罪状は。だからカインの刻印も容易く食らいついた。

 

 

「40年、俺には他の連中にはないあの時間がある。及第点そこそこの才能に、白い目の悪魔から受けたものがぐちゃぐちゃに絡んで先生に違和感を抱かせたんでしょう」

 

「ファンタジーここに極まりだけど、作り話にしちゃ大したもんだよ。まるで()を言ってるアクションがない」

 

「嘘を言っちゃいませんからね。ま、このゲームはここまで。先生も暇ってわけじゃないでしょう」  

 

 かぶりを振って、俺は先生に背を向ける。

 先生にデコイもフェイクも、マジカルシルクハットも通用しない、必ず本物を当ててくる。

 

 信じるかどうかは貴方次第、夾竹桃の言葉を借りて終わりにしましょう。

 

 

「人間は最後の一瞬まで、充実して生きなきゃならない、罪人も聖人も等しく。なぜならそれが人間に与えられた義務であり、権利だから」

 

 ────?

 

「たまには教師っぽいことも言っとかないとなぁ。お前あれだね、作家とか向いてんじゃない?」

 

「まさか、夾竹桃みたいに多才じゃありませんよ」

 

 振り向いた先で皮肉っぽく笑う先生は、無駄に美人って言葉がぴったりで。そうして思うのは、この人の教えを受けられた俺は、幸運だったってことか。

 

 

 

 

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