哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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記憶編────
Prince of Hell


 

 

 昔、知り合いの占い師がこんなことを言っていた。

 

 人間は一つの目で未来を、もう一つの目で過去を見ているのよ、と。

 

 両目の光を失った彼女がそう口にするのは、返しに悩まされた。

 

 片方の目で明日を、もう片方の目で昨日を見ているとしたら俺に残された左目は、何を見ているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、コーヒーいる?」

 

「いや、なんか年取った気分だし、まず水だ。それで朝飯は? 今日はそっちが作る番って」

 

 白いフェンスに囲まれたガレージ付きの家。

 少し年季の入ったリビングの角、これも今ではレトロと言われそうな冷蔵庫の奥からペットボトルを引っ張り出す。

 まだ完全な冷めきってない頭に薬をやる要領で喉に水を流し込むと、ぼんやりと霞んでいた視界も少しマシになった。黒いパーカ姿でキッチンに立ってる夾竹桃もよく見える。

 

「貴方が遅いからミラクルにあげた」

 

 熱したフライパンにフライ返しをわちゃわちゃと動かしながら返事が来る。ペットポトルのキャップを締めたのと偶然にも同時だった。

 淡白に告げられた回答に、俺の視線は一足先に食事にありついている小さな同居人へと移る。

 

 ミラクル──『奇跡の犬』とディーンが勝手に名付け、すっかり住み着いてしまったテリアのワンちゃんは俺の目線に気付くと、一度丸い目を覗かせてからすぐ自分の食事に戻る。我関せずって言ったのかこのワンコめ……

 

「冗談じゃなさそうだな」

 

「これが冗談の顔に見える? もっと飲んどきなさい、鉢植えに水やりかってくらいにね。目が覚めるかも」

 

「もう覚めてるよ、目覚まし代わりの冷たいお返しをどうも。ご機嫌斜めの蠍と犬なら犬と話したほうがマシだ。おい、頼むから今度は俺の朝飯食うなよ?」

 

「この子のせいにしない」

 

「してない、誰もミラクルのせいになんて」

 

「卵でいいでしょ?」

 

「ああ、でも作るならスクランブルで。スクランブルでね、ただ──」

 

「薄く焦げ目でしょ、分かってる。朝からベーコンレタスバーガーよりは健康にいいかもね」

 

 昔はずっと先の健康よりも目先の満足感が大切だったんだよ。それにベーコンレタスバーガーはいつ何時食べても美味い。

 

「金一さんからメール来てた。パトラの方は順調だとさ、妊娠4ヶ月だと」

 

「乗々能力者と超能力者のハーフ、それに親があの二人。生まれてくる子はとんでもないでしょうね」

 

「パトラと金一さんの子供だからな。とんでもなく、美人でイケメンだろうよ。それにきっといい子だ。──お年玉どれくらいやる?」

 

「気が早いわ。いい知らせが届いたときにまた考えましょう」

 

 パトラか。敵として、そして味方として、忙しく因縁が絡み合ったが最後には金一さんと、無事結ばれた。

 ミイラにされたかけたのは一度や二度じゃないが、俺も首を落とすつもりだったのは一度や二度じゃないから公平だ。

 

 パトラと金一さん。純粋に祝福し、これからの二人の幸せを願おう。

 金一さんの子供だからな、俺やキンジは誕生日プレゼントやお年玉なんか弾みまくるんだろうなー。先が見えてる。

 

「あ、あのさ……夾ちゃん? その卵、焦げ目だけで炭にしろとは言ってない」

 

「……作らせて文句言わない」

 

「いや、だって黒焦げならお前も文句言うだろ」

 

「まだ黒焦げにはなってないわ、一歩手前。自分でやったらどう?」

 

「やるって言ったろ」

 

「言って後悔してる、ベーコンはなし」

 

「待て、そんなの聞いてないぞ……ッ!?」

 

「今日はベーコンの日じゃないの。ちなみに今決めた」

 

 心なしか、自分の皿に夢中だったミラクルも深く俯いた気がする。でもお前はベーコン食べちゃ駄目だからな、獣医さんにこっぴどく怒られんの俺なんだから。

 

「お二人さん、また飽きずにやりあってんな。安心したよ、普通でいるのが普通じゃないからな」

 

「入ってくるならチャイム鳴らせ、ディーン・ウィンチェスター。ちなみに飽きずにって言葉にはすごく語弊がある」

 

「そうね、語弊がある。そこは意見が合致した」

 

 ジャンクフードが詰められているであろう紙袋を持参にやってきたのはディーン・ウィンチェスター。

 お馴染みの革のコートに右手薬指の指輪は、久しぶりの再会にもいつも通りの安心感がある。

 

「円満のコツ知ってるか? 謝ること、丸くおさまる。全てを許す、愛と寛容の精神が世界を救うんだ」

 

「また変な映画見ちゃったのか、やめてそこまでだ。食欲と性欲の化身がそんなこと言ってるの見ると胃が痛くなる。それに別にやりあってるとかそういうのじゃない」

 

「……? じゃあ、さっきのは素人お笑いショーの練習?」

 

 ウケた、実にディーンらしい返し。いいぞ、いけミラクル。兄上様にとっしんからのかみつく攻撃だ。

 

「はぁ……相変わらずね。雪平、口開けて」

 

「はい、開けときます。なんでもいいから何かくれ………ん……何これ……これ本当にベーコン?」

 

「ビーガンよ」

 

「納得、サミーちゃん用か。腹へった、休戦しよう。コーヒーでよろしい?」

 

「よろしい、そっちの兄上様は?」

 

「苦しゅうない。ああ、実は俺からも手土産があるんだ。なんと期間限定で復活の幻の逸品、きっと驚くぞ?」

 

 口に投げ入れられたベーコンの感想はさておいて、問題はディーンだ。

 突然の訪問に慣れてるが、俺がコナ・コーヒーを淹れている間にも夾竹桃が買い込んだモダンなテーブルの上に持ってきた紙袋の中身を──置いていく。

 

 期間限定、幻の逸品。先程のディーンの言葉に彼方からのエレンの言葉が甦る。

 エレンはいつもこう言っていた、豪華絢爛な前置きほど怖いものはない。隣の椅子に座る夾竹桃は目を大きく丸めたあと、深く俯いた。

 

 三人分のカップをテーブルに置き終えて、俺も咳払いを挟んでから高い天井を仰ぐ。……これ、期間限定だったんだ、知らなかった……

 

 思わぬ奇襲を貰った気分でコナ・コーヒーを喉に送る。まだ目を丸くしたまま夾竹桃は控えめにそれを指で差した。

 

「……この物体は?」

 

「これか、エルビスバーガー」

 

「エルビス……? でもこれバーガーじゃ……」

 

 右から左から、夾竹桃はそのインパクト抜群の物体を色んな角度から眺め始める。

 

「そうだ、ドーナツだ。二つある、上と下に一つずつ。ケチくさいのは一個のドーナツをスライスしてバーガーを挟んでるところ、王道はずばり口をゴジラみたいに開けて、一気に……」

 

 エルビスバーガーとは、ハンバーガーを上と下から二つのドーナツで挟み込んだ、見るからに胸焼けしそうな最高に欲深いバーガーのこと。

 

 一つのドーナツをスライスして挟むのはディーンの言った通りだが、このドーナツも一目見れば分かるレベルで砂糖をたっぷり纏ってる。

 上から派手に突き立てられた串も合わせて、見た目のインパクトはなんていうか……怪物にいかくされてる気分。これを一気に一口でいけるのなんてそれこそゴジラくらいだ。

 

「さあ、一気に」

 

「……切、さっきはごめんなさい。子供っぽかったわね、謝るわ。そのお詫びとしてはだけど、私の分もどうぞ?」

 

 控えめな声色で夾竹桃はトレイをずらし、コレステロールの怪物が俺の目の前に二つ並んだ。言葉と行動が一致してない……

 

 一個でも凶悪なエルビスバーガーが二個は、母さんお得意のウィンチェスターサプライズに匹敵するカロリーだ。イカれてる。

 俺は友人に弄って貰ったばかりの右奥歯を気にするように頬を軽く叩く。

 

「冗談じゃない、前に虫歯を治療したときガースに無茶言ってなんとか神経をギリギリ残してもらったんだ。こんな砂糖の塊食ったら今度こそ俺の歯は破壊されちまう」

 

 キンジも言ってたが虫歯の治療というのは決して痛みとは無縁ではいられないのだ。恐れ知らずの神崎は、歯を磨いたあと砂糖たっぷりのミルクをがぶ飲みしてたけどな。

 

 「返すよ」と、俺は丁重にトレイを隣の彼女にお返しする。

 薄闇色の困り果てた顔で俺を、そして伏せているミラクルを見た。 いや、俺たちの方を見られても。

 

「……飢えてる子供がいるんだぞ?」

 

 こんなときだけ真面目な顔と真面目なトーンで喋るんだからタチが悪い。

 砂糖たっぷりのモンスターをどうするべきか悩んでいると、今度は家の呼び鈴が鳴った。渡りに船だ、出迎えてる間に策を練ろう。

 

「はい、どちら様で──って、なんだよ。ようこそ、サムにアダム。ディーンならもう来てる、上がって」

 

「だと思った。じゃあ、遠慮なく」

 

「アダムもどうぞ、ディーンがハンバーガー持ってきたんだ。俺と彼女じゃ食べきれなくてさ、残ってるの全部やる」

 

「先に聞くけど、何か裏がないか?」

 

「いいから上がれよ、スポーツチャンネルも見れるぞ。でっかいテレビで」

 

 夾竹桃が持ち込んだでっかいテレビ。あれ控えめに言って最高だぞ、と招いてやるのは残った兄弟二人。アダムとサミュエル、夾竹桃には紹介するまでもないな。

 

「どうやって来たの? インパラはディーンが持って行っただろうし」

 

「車だ。お前が戦争の騎士から拝借した赤いマスタングで」

 

「あれまだ動いたのか、ちょっと驚き。流石は騎士の馬だ」

 

 リビングに戻ると、まだ夾竹桃がバーガーを睨み付けている真っ最中。ちらりと目線を振ったアダムの顔が強ばる。

 

「嘘をついたな、裏があった」

 

「裏なんてない、あれ期間限定の幻の逸品だってさ。ゴジラみたいに一気にどうぞ。ゴジラみたいにがばーっと一気に、いけアダム」

 

「できるわけないだろ、僕の顎を外す気か」

 

「まさか再登場するとは……砂糖たっぷりの、なんだ。カロリーたっぷりの怪物だ」

 

 そうだよ、サム。これは砂糖たっぷりの恐ろしいモンスター、ドーナツだけ切り分けて一つずつ片付けるか。

 かぶりを振り、計画を立てる。アダムの言うとおりだ、誰でも顎は外したくない。

 

「自分の行動に疑問を抱いている、誰もが折に触れて持つべき悩みだわ。だけど、人間は間違った選択をしないか心配しないより何も選択しない方が問題よ」

 

「それはすごくいい言葉。じゃあ選ぶか、危険に生きろがアッシュのモットー」

 

 そういうことは、優しくも厳しい口調で言われるもんだと思ってた。いざ聞くと、やけに淡々としてる。まあ、この状況で言葉に真剣味を持たせるも何もないか。

 

 スライスされたドーナツを外し、上の一枚をかじる。

 砂糖が過多なのは否めないがドーナツは好きだし、最初からこうすりゃ良かった。上からドーナツ、バーガー、ドーナツの順に繋がれたモンスターを串からそれぞれ抜いていき、

 

「よし、融合解除。下の一枚はお前の担当、あとは任せた」

 

「こんなところで役割分担とはね、間のハンバーガーは?」

 

「サム、アダム。どっちかどう?」

 

『『断る』』

 

 そっか、それなら仕方ない──

 見事な即答。最初から打ち合わせていたような切り返しに苦笑する。息、合ってんじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おはよう。呪われてるにしては、いい夢だった?』

 

 目覚めに聞く第一声としては最悪だった。

 白いワンピースの少女に戻ったリリスが、真っ白な部屋の壁を背にして冷ややかに笑う。

 

 瞼を開いて初めて見るのが悪魔の総大将。目覚めて早々、壁に頭を叩き付けたくなる。色を失った白色の瞳は、いつ見ても不気味なんて可愛いもんじゃない。

 小さくない溜め息を吐いて瞼を閉じる、見間違いじゃなくもう一度瞼を開けると変わらずリリスの顔はそこにある。

 

『いいわね、こういうの。ルームメイトになった気分でテンション上がっちゃう』

 

「俺に何したか忘れたか? 辻褄が合わなすぎてつまらない小話にもならない」

 

『冷たい。独り身のわびしい部屋よりも起きておはようを言ってくれる相手がいたほうが幸せだと思わない?』

 

「体をバラバラにしてくれた相手以外ならな。醜悪な目だ、まるで勲章だな。経歴がきらきら輝いてる」

 

 ──手に爪を思い切り立て、まだ残ってる睡魔をリリスの幻覚ごと吹き飛ばす。

 ルシファーの幻覚がそうだったようにきつけの痛みで幻覚はなんとかなる、一時しのぎだが。

 

 

 

 

 

 

「原水での仮眠はどうだった?」

 

「思ってたよりは快適だ。静かだし。部屋は殺風景極まりなかったけど」

 

 殺風景な白い部屋から外に出ると、キンジと出くわした。目覚めて最初に話した相手が相手だけに妙な安心感が胸を撫でる。

 

「でも、いい夢を見れたよ。夢っていうか、ただの願望なんだろうけど。ところで、いいところで会ったな。折角だし、ガイドしてくれない?」

 

「いいけど、歩くのは覚悟しろよ。だだっ広いからな」

 

「それって船内地図か……? すごいな、筆で描いた船内地図なんて初めて見たぞ」

 

 和紙に筆で書かれた奇怪な地図を頼りにキンジが止めていた足を前に出した。

 誰が描いたのか知らないが筆でよく地図なんて描けるな、一瞬目を疑っちまった。いや、旧字体から察するに緋鬼、だろうな。隊長格みたいなのと再戦したらしいし。

 

「……はっ、聖堂まで作っちまうとはな。さすが第一級の犯罪組織、やることが派手だねえ」

 

 ラテン語がビッシリと彫り込まれた大理石の床を俺は半分呆れながら見渡した。

 高くそびえたステンドグラス、生花を生けた白磁器の壺が壁や側廊に飾られ、石柱の組み込まれたその空間はどこをどう見ようとしてもカトリック様式の教会。

 

 しかし、教会と一口に言える場所でもない。だから呆れるしかなった。

 なぜならこの教会は『一部』に過ぎない。人工芝で一面緑に染められた見渡す限りの庭園も、ピアノや大きな蓄音機が並んだ音楽ホールも、この教会も含めてすべて一つの乗り物の中に組み込まれている。

 

 ここは原子力潜水艦ーー伊・ウーの艦内。またの名を『イ・ウー』、シャーロック・ホームズが創設した、超人たちの集まるイカれた学校だ。

 

 麻薬カルテルが潜水艦を作る時代だが、まさか原子力潜水艦を盗んで学校にしちまうとはな。現実は創作よりも奇なりか。

 

 

「キャスと初めて会ったときを思い出す。こんな感じで床にラテン語やエノク語の魔除けを書きまくってた。懐かしいよ、パニックルームはこんなに清潔じゃなかったが」

 

「アリアとは前にここで……そういや、話してなかったな」

 

「金一さんに意識を飛ばされて、気付いたときは星枷と救命ボートの上。……しかし、まるで移動都市だな。教会といい、さっきの鮫やら恐竜の標本の山はまるで映画で見た大英博物館だ。あの水槽見たか、シーラカンスだぞ?」

 

「シャーロックは生きたプテラノドンを飼ってるんだ、もう驚かねえよ」

 

「プテラノドン‥‥‥? ジュラシック・パークみたいに動いてるプテラノドンがいるってのか? こう、標本じゃなくて」 

 

「夢を壊して悪いが映画はかなり誇張されてる、パッと見じゃ突然変異したペリカンみたいだったぞ」

 

 津羽鬼との一戦を終えると、津羽鬼の上役である閻とやり合っていたキンジから連絡があった。

 閻はキンジが、津羽鬼は俺が、そしてもう一体の鬼である壷は神崎が各々撃破。緋鬼による神崎の拉致は未遂の結果に終わった。

 

 そして、気配を殺しながら現れたサイオン・ボンドというお役人──ワトソンが名前を口にするなとまで警告してくれたMI6のエージェントに身柄を渡して解決、したはずだった。

 モノホンの偉人、本の中の英雄(シャーロック卿)が深い霧の奥から訪ねてくるまでは──

 

「よく勝てたな。強かったろ、相手」

 

「キャスが神崎にやったアレで不意を突いた。ミョルニル、あれで動きを止めてから撃破」

 

「マイティー・ソーかよ。たまに思う、お前が敵じゃなくて良かったって」

 

「俺もだよ。俺はゼウスもカリもオーディンも怖くないが、お前のことは怖い。これからも同じ陣営でいようぜ」

 

「ちょっと待て。比べる面子がおかしいだろ、そんなボスラッシュみたいな中に混ぜんな」

 

 前回は金一さんに意識を飛ばされて、結局俺はシャーロック卿と話すことはなかった。蠍の尾にノックアウトされちまったからな。

 

 深い霧の、カツェの超能力を応用した霧のブラインドの中から現れたシャーロックは、死んだにしてはまた随分と顔色が良かった。

 そして、俺に言った────最後の殻金を求めるなら一緒に来るといい、と。

 

 

「志願が必要って知ってたか」 

 

「なにが?」

 

「潜水艦に乗るには。閉ざされた空間でやっていけるかどうか、兵士は心身両方で試される」

 

「神崎や誰かさんみたいに海や水が苦手だとまずいしな」

 

 

 聖堂の奥から続いている扉を抜けると、それまでの景観とは一転し、重々しい鋼の隔壁が顔を出した。

 何枚にも重ねられた隔壁は、キンジが側まで近付いた途端上下・左右・ナナメに開いていく。なんだこれは……守りが厳重過ぎる。この隔離、何を守ってやがる……

 

「こいつだけは、さすがに確認しとかないとだからな」

 

 一度来たことがある口振りで、キンジは、格子組の耐蝕鋼へと変わった床を足で小突く。

 左右の壁に埋められた電子版もアクセスランプが点灯し、さながらSF映画の1シーンみたく近未来的な空気が急に漂い出した。

 

 ここは原水、無尽蔵の動力で活動する色んな意味で危険な兵器。その深部に隔壁で区切られたどう見ても安全面で放されたエリア────

 

「先に聞いとくが、ここって博物館みたいに楽しいヤツじゃないだろ。10万ドル賭ける」

 

 ラジオハザードの、放射性物質への注意換気マークの描かれた隔壁が開き、

 

「デカい家には秘密があるか、ジョン・ウィック並みのコレクションだな。お前と神崎の周りはやっぱ退屈しない」

 

「退屈の反対か?」

 

「ああ、昨日より無茶苦茶なことばっかり」

 

 ここまで呆れと感嘆がバランス良く続いたがこれには……どう反応したらいいか分からない。

 

 隔壁の奥に隠されていた広大なホールには巨大な柱が天高くそびえていた。

 合計8本の──ICBM、大陸間弾道ミサイルを目にしたら誰でも言葉を失う。とんでもない飛び道具を積んでやがったな……

 

「安心しろ、多分あれはミサイルじゃない。一種の、乗り物だ。オルクスみたいに改造されてる」

 

「……そうなのか?」

 

 勘にしては落ち着いた顔でキンジが頷く。

 

「ヒルダに襲われたとき、ワトソンがあれに乗ってやって来たんだ。空からな」

 

「ワトソンくんちゃんもやることが派手だね。魚雷を乗り物にしちまうんだ、ミサイルだって有り得ない話じゃないか」

 

 イ・ウー御用達の小型廷オルクスは、魚雷を改造した乗り物だった。ミサイルが乗り物に魔改造されても不思議じゃない。なんたって超人たちの溜まり場がキャッチコピー。人材には困らないだろう。

 

「なんて顔してんの、あんた達。揃いも揃ってひっどい顔してるわね」

 

 神崎は、まるで最初からそこにいたように隔壁の脇で腕組みしていた。生死不明、行方知らずだったシャーロックと再会できたからか表情は心なしかいつもより明るい。

 

「久しぶり、神崎。元気そうで何よりだ」

 

「妹が世話になったみたいね。お礼を言うわ、ありがとう」

 

「礼ならキンジと夾竹桃に。俺は夾竹桃にくっ付いてきただけさ、正直言うと大英博物館には一度行ってみたかったし」

 

「あんたは相変わらずね……タフなのは海兵隊仕込み?」

 

 ちっちゃな体の貴族様は小さな歩幅で俺の前まで来ると、緋色の瞳を真っ直ぐ俺の目に据えてくる。もう何度思ったか覚えてないが、キンジの周りはどこまでも美人美少女に溢れてるな。

 

「かもな、鬼軍曹ジョン・ウィンチェスターのブートキャンプを生き延びたお陰だ」

 

「……その目、もう、治らないんでしょ。……キンジから聞いたわ。誰にやられたかも」

 

 沈鬱げに神崎は言うと、緋色の目を逸らした。

 最後に神崎と会ったのは、ジーサードたちと本土に戻る前だったな。神崎は英国、俺とキンジは本土に、違う国の土を踏んだ。

 

 あのときはまだ、ミカエルに右目を奪われる前だったからな。……ったく、ミカエルは本当に面倒なことをしてくれた。

 

「頼むからそんな顔するな。片眼で済んだのはむしろラッキーなんだよ、あんな化物に敵意を向けてまだ首と体が繋がってる。普通は両目を焼かれてジグソーパズルみたいにバラバラだ」

 

「無理ね。バスカビールは家族だって、あんたがそう言ったのよ? 澄ました顔で……いられるわけないじゃない。無理よ、そんなの……」

 

 ありがとう、神崎。それと、ごめん。

 ジャンヌの時も思ったけど、こういう顔されるとやっぱり堪える。親しい相手ならなおのこと。

 

「大丈夫だよ。まだ左目は無事だし、俺は残った眼を大切にこれまで通りやってく。そんなことより先に最後の殻金だ。俺とキンジがぱぱっと取り戻してやるからお前はかなえさんの釈放にそなえて、いつでも甘えられるようにやりたいことリスト、ちゃんと作っとけよ?」

 

 眼を丸くして、そして神崎は苦笑する。

 やりたいことリストは大切だ。いざ突然と再会すると、どう甘えていいのか分からなくなるもんだからな。

 

「もうすぐ鬼ノ國、気付いたときにはデススターのど真ん中だ。決戦前お約束の談義は、二人でどうぞ? 俺はさっきの標本の前でマグライト振り回してるよ。ナイトミュージアム気分で」

 

「プテラノドンのケージは放すなよ?」

 

「善処する。──プテラノドンってどうやって繁殖すんのかな、やっぱ卵? それとも哺乳類と同じ? ちっちゃいプチラノドンもいるかも」

 

「可愛いからって盗んじゃダメよ? 寮じゃ飼えないんだから」

 

 

 

 

 

 踵を返すと、聖堂の壁に男がもたれかかっていた。

 

『天にまします我らの父よ、みなが聖とされ。主のみくにがどうとかこうとか。皆を空くから、お救いください』

 

 くたびれたコートを足首まで垂らし、男はステンドグラスが照り輝く頭上を仰ぐ。

 シャーロックの知り合い、そんなわけない。吐き気がしちまうほどよく知った顔だ。吐き気と憎悪がぐちゃぐちゃになって頭の中を一瞬で満たした。

 

『──真実は語られなかった、これでは到底神について知ることはできない。私は文字通り荒れ地をさ迷い続けた。ときには狂信者と呼ばれながらも探し続けたよ、我らの父を』

 

「我らじゃない、お前のだ。無視しとけばいつか消えてなくなる作戦は前に失敗したから壮大に愚痴ってやる。手土産も持たずに戻ったのか、ジャックでさえ豆を持って返ったっていうのに」

 

『おいおい、普通その年になれば昔の知り合いとの再会は喜ぶもんだ。それがたとえこんな、尼さんの生産工場でもな?』

 

 信仰心なんて欠片もない、さっきの祈りも顔に土を投げてるようなもんだ。いや、信仰心はある。

 だがこいつが信仰するのはみんなが祭り上げてる()じゃない。

 

 ツイてない。その見られただけで呪われそうな()()()()、二度と見たくなかった。全員墓場に送ってもう無縁だと思ってた、完全にふいうちだ

 

 サービス旺盛な呪い、嫌な相手限定の同窓会みたいだぜ。メグやルビーならまだマシだった、見たくもない顔だけ呼びつけてくる。

 

『ひどい顔だな、砂糖でも舐めたらどうだ。キャンディでも、まあ甘けりゃ何でもいい緊張せずに済む』

 

 その名はアザゼル、地獄の王子。

 ローンレンスの家を、母さんごと焼き払い、すべての始まりを作った、黄色い目の悪魔。

 

 そして、今回は終わりを報せに来た。

 なんにでも意味やメッセージを持たせたがるのが人間だ、だからこの黄色い目の悪魔がやってきたのにも意味を感じてしまう。

 

 これから行く鬼ノ國、鬼たちの住まう場所ですべてが終わるんだ。

 シャーロックが撃った一発の『緋弾』から始まった──この無茶苦茶な旅路が。

 






 活動報告にも上げましたが一区切り前の最後の章です。四年続けて展開が早いのか遅いのか、感想、お気に入り、評価、支えになりました。反応を貰えるのはやはり大きいですね、ありがとうございます。
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