「仲直りってことかしら?」
「ジョー、いま私たち三分間睨らみ倒したの。なんでか分かる?」
「母さんは謝らないってこと」
「お前は謝るつもり?」
「母さんが謝るならね、キッカケをくれたら謝るわ。平和的に、キリみたいに」
「あの子は平和的になんて謝らないわ。謝ったと見せかけて別の傷跡をつけて帰る子よ」
バーのカウンターで見えるお決まりのやり取りには不謹慎にも呆れより安心感が勝った。
流れ弾がを貰ったことはさておき、あの二人にとっては何事もないほうがおかしい。ハーベル一家の普通の規準は、他とは少しだけ斜めに逸れてる。
「そうやって憎まれ口叩きながらずっとにらめっこする気? もう子供じゃないのよ」
「まさか、確かに私はにらめっこが大好きよ。でも店は開けないと。ちなみに今のは私の勝ち」
「どこがよ、私の勝ち」
「あの二人、ずっとやりあってる」
「すぐに慣れるよ。ああ見えるだけでお前と肝っ玉母さんくらい仲がいいんだ」
カウンターから数歩分、離れたテーブルからにらめっこの結果を見届ける。苦笑いする友人と、二人分のグラスを添えて。
「さっきからスコッチが水に溶け放題だ。焼け酒タイムって言ってなかった?」
「気分が変わった、考えてみるとお前と久々に会えてアルコールに溺れて終わらせるのもな。ってことで溺れるのはやめだ。お母さんの調子は?」
「行ってみたいところがいっぱいあるって。ゆったりくつろぎながら本を読んで、美味しい料理で体重を増やしたいってさ」
平和な願いを聞きながら、氷が溶けまくったグラスを傾ける。水が溶けまくったお陰で、味はほんの少し柔らかくなった気がする。
エレンにしちゃ物足りないかな、俺たちも酒には強いがエレンとミックだけは別次元。鉢植えに水やりかって勢いでも翌朝は平然としてた。本の虫にしては、あの賢人はタフだったな。
「ケビン、お前のお母さんはいま思い出してもとても──逞しい人だったよ。襲ってくる悪魔を爆弾で返り討ちにしたり、魔女をボディーガードに雇ったりさ、昼間から酒を浴びてるそこらのハンターより逞しかった」
「母さんは昔から物事を割り切るのが得意だったんだ。生きていく為にはどんな環境にも適応しないと。でもこれって言うのは簡単だけど、いざやろうとすると躓く」
そう言って古い友人はグラスを揺らす。
昨日まで参考書を読み耽ってた勉学生が、いきなりシェルターみたいな部屋に匿われて意味不明な石板の解読に励む。
適応するのも一筋縄じゃいかないよな。躓いて当然だ。理不尽なのにも程がある。
「ああ、だからよくやったよ。お前も十分逞しくて、タフだ。お母さんの教育の賜物だな。お陰で俺たちも命を救われた」
「よしてよ、僕は君たちの間を取り持ちながら石板と睨めっこしてただけ」
「いいや、違う。お前は、一緒に大勢の人を救った戦友だ。それ以外に言葉がない。躓いて机に突っ伏して、スナック菓子食いながらクランクアップしても誰も文句は言えなかった。だけど最後まで走り抜いた、俺たちと一緒にな」
でもそうじゃなかった。頭がおかしくなる、傷を広げると分かっていても正しいことをやる。
隣でグラスを傾けるケビン・トランって男はそういう人間だ。
「お前を誇りに思う。いつまでも」
「……君って僕の母親?」
おー、そう来るか。母親ね。お可愛い笑顔だこと。
「その返しを教えたのは俺だぞ、使うなら別のヤツに使え。本心だよ、心からな。それと、お前のもアイスが溶け放題だぞ?」
「僕はいいんだよ、時間をかけてゆっくり進むタイプだから。時間をかけてね」
「スコッチに水が溶け放題でも気にしないか。うー、きっつ……喉が火炙りだ」
残ったグラスの中身を喉に傾け、一瞬の静寂を挟んでアルコールが体の中で暴れ狂う。
カウンターではボビーとルーファスがいつものようにやりあい、停戦したエレンとジョーは呆れた顔でそのやり取りを微笑ましく、眺めてる。
80年代のロックスターみたいな服のアッシュもビールを片手に添えて一緒だ。
洒落た店でもない。
高級感より使い古され、くたびれたって言葉が相応しい。でもここには安らぎがある。
「おおっ、一緒してもいいかな。ああいい、追加のアルコールは結構だ。座らせてもらえるだけでいいんだ」
「やあ、ドナテロ。ここどうぞ」
「すまない。ああ、椅子に座れるというだけで安心する、いつも思うんだ。立ち上がることは大切だ、だが時には座って自分自身を過去を省みることも大切だと。なあ、子供番組の司会者なら言いそうだろう?」
何人もの客を受け入れてくたびれたレトロなウッドチェアに腰を下ろすなりドナテロ──古い知り合いは饒舌に語り出した。
ドナテロ、なぜか隕石の降る場所にいつも立っている、不幸を磁石みたいにその身に引き寄せてしまう男。それはもう不幸で定評のあるキンジの対抗馬になれるレベル。
「子供番組の司会者?」
案の定、ケビンは怪訝なまなざしをドナテロへ向ける。
「ああ、司会者。アマラに魂を取られてから、道義上の問題が起きたらこう考えるようにしてるんだ。子供番組の司会者ならどうするか。いまの私の善悪の規準は、誠実な司会者ロジャースだ」
「子供番組の司会者が道徳の先生?」
「……ケビン、強烈なキャラでやられそうになるけどこれでもこの人教授で語学に堪能なすごい人なんだ。無神論者だったのにモノホンの神にも気に入られちまった、すごいだろう。愛嬌たっぷり」
驚きのまなざしを振られ、俺はケビンに肩をすくめてみせる。仮にも本業は教授、語学にも非常に堪能な聡明な人なんだが、それを強烈な個性で塗りつぶすのがドナテロ・レッドフィールド。
「ロジャースのお陰だ、うまくやってる。魂は盲腸みたいなもんさ、失くして初めて気がつく」
真面目な顔でとんでもないことを語るドナテロは、ルシファー曰くある日いきなりジャンヌ・ダルクにされた無神論者。どういう意味で言ったのかは、魔王のみぞ知る。
「駄目だ、ペースに飲まれるな。こういうときは話題を変えるんだ」
話題逸らし、キンジの十八番。そうだ、前に手頃な家を探してるって言ってたぞ。
ありきたりだがそれで行こう。
「どこから来たんだ?」
ドナテロはハッとした顔で、
「いい質問だ。我々は一体どこからやって来たのか」
「いや、そういうスケールの話じゃ……」
駄目だ、ケビン先生に任せよう。あ、ケッチも見つけた。あいつも巻き込もう。
ケッチを手で招き、入れ代わりに俺はテーブルを立った。
「ドナテロ、今日は無礼講だ。楽しんで?」
「ビールの味はまだ慣れないが、雰囲気はいいな。ミニLAみたいで」
「最高の誉め言葉、マスターに伝えとく」
拳を軽く合わせ、俺は心の底からの笑みを贈った。
次に見える顔はお馴染みの元宿敵。
「ケッチ、楽しんでる?」
「そこそこにね、そちらの捜査官とさっきまで楽しくトークタイムだ」
「頭痛誘発罪で危うく逮捕だった」
「おや、ヘンリクセン
こちらは蛇みたいにしつこく、おまけに優秀な現役のFBI捜査官。
パリッとしたスーツは今日はお休み、黒いレインコートはずいぶんとくたびれてる。でもここだとスーツよりもその方が似合う。
「このコートの赤いシミは国民の血税の色だ」
「それ、ブラックジョーク? 女の子口説くなら別のヤツがいいかも。どうですか、娘さんとは」
「遠慮を知らない男だな、想像に任せるよ。今時の若者が将来なりたいものはなんだと思う?」
「連邦捜査官じゃないな」
「講師や宇宙飛行士は努力がいるから嫌、有名になりたいんだそうだ」
「俳優なんてどうです。異世界じゃ俺、それなりに売れてる俳優だった。手伝いますよ?」
「口説き文句としては10点だな。俺のよりひどい」
目を伏せて笑う捜査官に俺も苦笑する。これ以上はやめておこう、頭痛誘発罪は貰いたくないからな。
「失礼、お嬢様からのコールを伝えに来ました。あっちで呼んでるわ」
まるで言葉に言葉を被せるようにやってきたのは頼りになる敏腕ハッカー。あどけなさと愛嬌が滲み出ているチャーリー・ブラッドベリー。
デスクワークも鉄火場もなんでもござれのスーパーサブで、ハリーポッターで好きなキャラクターはハーマイオニー。お決まりの芝居めいた登場も、愛嬌で殴り付けられてる気分になる。
「リュックを忘れた家出少女みたいだな」
「それって褒めてるの?」
「一応、誉めてる。お嬢様って……あいつか、尻尾に毒を持ってるお嬢様ね」
夾竹桃、そのブカブカの黒いパーカー気に入っちゃったのか。なんてこった、チャーリー以上に家出少女っぽい。いや、似合ってんだけど……
「でも危険な子って好きでしょ?」
「喉元へナイフ当ててくる出会いさ。あれで気に入った」
「喉元へのナイフで惚れた? ちなみに私もいまとってもいい感じなの、スパで知り合ったブロンドの子とルームシェアしてる」
意気揚々と、自慢げに語ってくれる姿が……どうしてか分からないけど、すごく、ああすごく……心のどこかで望んでる気がして、
「チャーリー、すまない……ほんとに、ほんとにごめん……」
そうしないと気が済まなくて、気がついたときには彼女の体を引き寄せて謝ってた。
「ごめんな……チャーリー……ほんと、に……ほんとに……ごめん……」
「……あのね、キリルくん? 私が思うに謝られる原因が5つあるんだけど、これってどれについてなのか教えてくれる?」
「……人間、たまに理由なく体が動くときがあるんだよ。いまここで謝っとかないと一生後悔しそうな気がしたから、そんだけ。その5つ全部まとめてさっきの謝罪ね、これで真っ白」
割れたパソコン、血まみれの浴槽、横たわる妹同然だった彼女。地獄より見たくない景色が頭に差し込まれ、フラッシュバックする。
謝罪なんて自己満足だ、どこまでいこうと過去は都合よく覆りやしない。
「分かった、何について謝ってるかはこの際置いとく。許す、これで綺麗さっぱり──またね、戦友」
駄目だ、敵わないなあ。
──ああ、またな戦友。
「いい空気のところごめんなさいね? 貴方の兄上様、待つことを知らないタイプの人だから」
「知ってる、デスクでジッとしてられないタチなんだよ。ザカリアの作ったRPGじゃ重役候補だったけど」
呼び出した彼女の元には、ディーンとキャスのお決まりのコンビもいた。コンビ名はたしかキャスディーン、だっけ?
「いい空気ってもしかしてチャーリーとのこと?」
「ええ、見てたらいい感じだったから」
「大事な子だ。でもいい感じより先には行かないよ。だって」
「彼女は女が好きだ」
ディーンの言葉に夾竹桃は目を少し丸めて「……気に入った」と、怪しく微笑んだ。
視聴者人気をかっ拐う悪役って感じ、理子も昔言ってたな。不敵な笑みが悪の女幹部って感じで好きだってさ。
「んで、これは察するにいまからタッグ
「みてのとおりよ」
なるほど、と心中納得する。店に負けず劣らずの年季の入ったフーズボールがすぐ前に鎮座しているからだ。
フーズボール、サッカー版ボードゲームと言えばイメージやすい。ボードの側面に飛び出ている選手の人形が取り付けられた四つの棒をプレイヤーが操り、ボードのなかに用意されたゴールにボールを入れる。
ルールは実に単純だ、オフサイドやファールスローで待ったをかけられることもない。
しかし、子供の遊びというには重たく、張り詰めるような緊張感が漂い始める。遊びっぽいことを遊びじゃ片付けないのがディーンの特技だからな。
「負けたほうがビールを奢る、何杯でも」
ディーンのそれは、重たい空気がそのまま言葉にのしかかったような重厚感のある声。まるで野晒しの荒野の抜き打ち勝負かって緊迫感が肌を撫でつけていく。
すっかり現代社会に毒されちまったトレンチコートの天使さまもやる気十分の目をしてる。
「──上等。ポーカーで巻き上げた金を全部そのまま頂いてやる。エレンへのツケもこれで減刑だ、どうだ俺の思うつぼだ」
「横から失礼。ツケっていうのはいずれ払ってくれる客にのみ許される特権なの。貴方のはただの借金、雪だるま」
「……ジョー、えっと……どっちの味方?」
「給料をくれる方」と、見も蓋もない言葉を残して看板娘は去っていく。それがキックオフの合図となった。
「数年越しの、雪辱を晴らすチャンス……! いくぞキャス!」
「させるかよ! 盛り上がってるとこ悪いがそうはいかないぜ、俺はフーズボールが地球1強いぃぃいい!」
「今日から地球2位だ、ざまあみろーッ!」
「日頃の恨みだディーン! 大勢の前で返り討ちになるといいねェ! いけ、マードック、ロイ、サンダース!」
「選手の人形に名前つけたワケ……!?」
こっちの方が力が入るんだよ、大見得を切って負けたくない。この勝負、負けられん!
「ところで、どうなんだ。あー、調子は?」
「調子ってなんのことかしら、大天使さま」
「白いフェンス付きの家のことだよ、ヴェロニカ・マーズ。ワンコを混ぜて三人、ガレージの付いた城の居心地は?」
「悪くない。でもオープンな間取りより仕切られてた 方が私は好き」
「意義あり、仕切りはないほうがいい、物を探しやすいしからな。そこだ、この……!」
物を失くして大ダメージ、そしてルームシェアの相手と戦争勃発。お決まりの流れだ。傘を奪った奪われたで戦争になる。
「驚きだわ、修行僧みたいに何もないあの部屋で何を探すつもり?」
「ああ、そうだな。欲望のままに電子レンジに本棚、テレビで流れてる清掃用具にキッチンのおともたち。そうやってどんどんものが増えてく。次はバランスボールに健康器具か?」
「あ……ちょっと……! お喋りは終わりッ! 抜かれた、外! 外にクリア! クリアしなさいキリ!」
「ちくしょうめ! この……姑息な……だがまだこっちには守護神ワッツが……!」
……
…………
………………
「ピート・ミッチェル大佐はいつまでも憧れの人だが、酒を奢るのは好きじゃない。派手に金をばら蒔いてやろうか、コイン」
「コイン?」
「ああ、コインを撒く。カナダ式だ。コインってところが」
案の定、敗者となってしまった俺と夾竹桃はちびちびとチャーリーが持ち込んでくれたクラフトコーラを仲良く二人分のグラスで飲んでいた。
守護神ワッツがやられちまうとはな。明日からは地球2位を名乗らねえと……
「やっちまったな、飲んだくれにビールのタダ券を渡しちまった」
「そういうゲームだったの、悔いはないわ」
「お上品なことで」
けど、財布に風穴が空くのは決まった。
見ろよ、ボビーにフランクまでいる、飲んだくれのアベンジャーズだ。なんて光景だよ。
「そう肩を落とすな、干乾びた骸骨みたいだぞ。救いをやる、ブルーラベル・スペシャルだ。一杯やれ」
「‥‥‥ルーファス、それがなんで
おお、見ろ。
早速飲んだくれのボビー・シンガーと我等がディーン・ウィンチェスターがやり合ってる。真夏のスポーツドリンクかって速さで喉の下だ。
ストッパーをかけるヤツ? いるわけないだろ。
「ところで先生、タールピットと流砂は何が違うんだろうな」
「さぁね、タールと砂の違いじゃない?」
「最近、流砂って見ないよな」
「……なんの話なの?」
「昔はドラマでもよく見たじゃないか、登場人物がみんな砂にのまれて。自然界の殺人トラップ」
「夜寝る前にいつもそんなこと考えてたの?」
いつもじゃない、たまに。たまに寝付けないときに気になることが頭に浮かぶだけ。でも怖いだろ、自然界の殺人トラップってまさに的確だ。
呆れたように笑い、彼女は席を立つ。グラスは起きっぱなし、そして手招き。ああ、なにそこまでやるわけ?
「トップガンを引き合いに出したのはそっち。貴方の大事な看板娘と約束したのよ、負けたらお店のムード作りに貢献するって」
ピアノの前に立った夾竹桃が髪を後ろ手でかきあげる。これは嬉しいサプライズ、さすがジョーだ。
「ほい、先生。俺お気に入りのマーベリック仕様のグラサンだ」
エールついでにパーカーの襟に差してやる。師匠はジャンヌ先生だろう、泳げない以外は何でもできる女だ。腕前は想像に難くない。さて、
「何でいく? 盛り上がるやつ」
隣に座り、薄闇色の瞳に問う。
「驚いた。貴方の秘密って、パリの地下墓地みたいにいっぱいなのね。ピアノも嗜んだの?」
「今日はブラックジョークだらけだな。昔は浅く広くなんでもやりたかったんだよ。そんじゃあーーFloor Killer。ブチ上がるのから行くか」
「派手なのは苦手。けど、たまには王道を行きましょうか」
鍵盤に指がかかる。
Floor Killer──最初から最高潮の最頂点。みんながいるこの場所で、最高のハコで、クラブミュージックを楽しみましょう。
「外から見ると、天空の城ラピュタみたいだな。根が絡み付いて、最後の空に上がっていく場面に似てる」
俺がデススターと吐いて捨てた場所を見るやジブリ好きのルームメイトはそう言った。天空の城、あれもデススターに負けない反則要塞だ。
「なあ、さっきの……寝不足か? 目を閉じてジッとなんか思い詰めた顔して」
「実は少しだけ寝てた、いい夢だったから。夢というか願望ってやつかな。行こう」
「……大丈夫、なのか? なあ、なんか……最近変じゃないか? もしかして例の……」
「俺はいつも変だよ、変じゃない方がおかしい。やっとデススターと対面して気が昂ってる」
鬼の根城──鬼ノ國。そこは島全体がマングローブの密林に覆われた小島だった。砂浜や岩場はない、木々がそのまま海に接し、島の中を隠している光景は、ラピュタというのもあながち遠くない。
キンジ曰く、奴等が移動に使っていた爆撃機のサイズから測るに200m四方ぐらいの小島だそうだ。無数の幹が海面に根を張った孤島……インディ・ジョーンズの舞台って言われてもおかしくないな。
教授が艦内でしてくれた話によると、鬼ノ國は旧日本軍が海底油田採掘のために建設した着底式採掘場。かつて使われていたであろう建物にも名残がある。
軍が廃棄した物資を利用して、独自の国家を作り上げたんだな。マングローブの中に。
「どこもかしこも鬼だらけね、右も左もみんな鬼だわ」
「鬼の国なんだから当たり前だろ」
キンジと神崎はこんなときにも平常運転。
艦に残ったシャーロックと鬼一人を除き、派手な偃月刀を持った候、閻と津羽鬼、俺、神崎とキンジの六人で密林の国を進む。
どこを見ても鬼だらけ、神崎の意見にはひどく賛成だ。どこを見ても鬼だらけ。どいつもこいつも食うか呑むか、寝るか。怠惰な連中しか見当たらないな。
「悪魔でも営業活動する時代になんともゆるいご身分だこと」
「……あい、かつての地獄の王は十字路の長だったと聞きます。とても勤勉だったと」
「クラウリー、十字路の取引王。いまはもう虚無の彼方だよ。最後は自分のやりたいことをやって散ったってさ。こんなこと言うとは最初は思ってなかったけど……もう会えないと思うと残念だよ」
停戦状態らしく、俺たちを先導してくれた閻、と津羽鬼は足を止めて、そびえた建物を見上げてゆく
「覇美様はこの『天守閣』に御座す」
「然れど、今時分は御休みであろう」
かつての旧日本軍の居住設備と思われるそれは四階はありそうな高さだが、コンクリートは剥き出しだし、窓ガラスもドアすらない痛々しく錆びた、廃墟同然の城だった。
素敵な建物だね、特にあの錆びた鉄骨とか。キンジ天守閣って言葉に苦笑いしてるが、連中のボスが居座ってるならそれはれっきとした城だ。
『馬小屋も廃墟も愛しの彼女がいればどこでも城だ。神よ、世界が滅びる前にどうか楽しい夜を過ごさせたまえ』
……黙ってろ、狂信者が。さっき退出のボタンを押してやっただろうが。
『脳がオーバーヒートする前に氷で冷やす?』
氷か、お前には必要なさそうだな。
リリス、名前からして冷たそうだ。黙って地獄に落ちてろ。
『もう堕ちてるわよ、経験済み』
黄色と白、不気味な瞳が揃って俺を睨み付けてる。リリスとアザゼルが同じ空間に揃い踏み、そんな光景は悪夢でも物足りない。
……やっと覇美の足下まで来たんだ。最後の殻金に手が届きかけてるってときに……頭がやられるわけにはいかない。
「やっと来たわね。キンジ、キリ、ここが山場よ。最後の分かれ道、覚悟はいい?」
「いつでもしてる。お前が空から落っこちて来たときからな」
凛とした神崎の言葉で我に返る。
ここが分かれ道、ここだ。ここだけでいい。ここだけ持ちこたえればいいんだ。簡単な話じゃないか、 残ったリソースを全部回して『今』だけもたせればいい。
「行こう」
ここが分かれ道、決意を固めて俺たちは先導する二人の鬼に続く。
想定外な黄色い目と白い目の悪魔を、頭の奥に引き連れて、
『正義の味方っぽく理由持たせても駄目。本当は殺したくてウズウズしてる。良かったね、大義名分で殺せる相手が見つかって』
リリスでもアザゼルでもない声に歩きだそうとした足が止まる。頭の中は悪魔で渋滞してるってのにまた飽きずにトラブルが舞い込んだ。
「……ダゴン」
『観戦しに来た、特等席にね。ああ、あんたの頭の中のこと。もう先客がいるの?』
「あい? 何か言いましたか?」
きょとんと、首を揺らした候にかぶりを振る。
黒い革のジャケット女を、無視するつもりで通り過ぎる。
ダゴン、もう一体の黄色い目。アザゼルより後ろの、地獄の王子。
……この調子じゃ同窓会が開けそうだぜ、悪夢再びだ。頭の中にどんどん悪魔が、住み着いていきやがる。
もう神様相手に怯む心配はなさそうだ。