「……謀反か?」
つまらなさそうに呟いた刹那、前後から覇美を挟み込んだはずの閻、津羽鬼の体が空を舞った。
トラックにぶつかったような勢いで前から仕掛けた閻が、後方から飛びかかった津羽鬼がコンクリートの壁に突き刺さり、それでも殺しきれない衝撃は壁を破って二人の体を天守閣の外へと放り出した。
一瞬。たった一瞬見せた覇美と臣下二人の攻防は、背中に寒気を覚えるには十分すぎた。
人なんて粉々になりそうな鬼の一撃二発分を片手一本ずつで防ぎ、カウンターで二人を投げやがった……
「嘘でしょ……」
「……閻が、自分が七人いても手傷一つ与えられないって言ってた。ハッキリと分かったよ。冗談じゃなさそうだ」
ああ、冗談なら良かった。いや、今回ばかりは優しい嘘をつかれても困ったかな。
ボロボロだったコンクリートの壁を襖みたいに突き破って手練れの鬼二人はたった一度の攻防で場外。冷酷に勝敗を下された。
津羽鬼の超スピードに反応し、閻の剛力を押し返す膂力。超能力も魔術もない、俺が一番敬遠したい身体能力だけで相手をねじ伏せる、五体そのものを兵器とするタイプ。
どうやら極東戦役は最後の最後で一番の化物が控えてたみたいだな。
「キンジ、こい。覇美、第六天魔王。魔王からは、逃げられない」
野生味溢れる瞳がキンジに突き刺さる。
赤銅色の髪に緋色のヒガンバナを一輪、生花の髪飾りとはどこかの誰かさんを思わせるがあいつほど穏やかじゃなさそうだ。
「ご指名みたいだね」
「いいのか? なんとかなる引き出しがないなら俺が出るぞ?」
「女の子に指名されてそれは通らないよ。あの子は俺を選んでくれたんだ、応えよう」
未だに分からねえよ、何がトリガーになってやがるんだか。
恒例の『もう一人のキンジ』の姿になったルームメイトは一歩ご指名に応じて歩を踏み出す。戦いの舞台に上がるその動きに、覇美の頬がほころんだ。
「キンジ、いま戦ない、つまらない。覇美は明日、日の本と中つ国とで天下布武する。強いもの出させる、始める!」
古めかしい言葉だがそいつはーー
『戦争よ、分かるでしょう? あの子は心の底から戦いを望んでる。だからお友だちになれた』
……緋緋神と意気投合できたってわけか。
神崎や猴よりも覇美の性格は緋緋神に近い、それだけ悪いお友だちの影響も受けやすい。天下布武、総合格闘技ほど和む催しじゃねえな。
「覇美、君は強い男が欲しいんだね。戦いを、自分を打ち負かしてくれる強い者を待ってる、そうだね?」
「おう。覇美が好きは、強い者! 覇美、自分より強い者の物に、なりたい! 覇美より強い者、まだ現れぬ!」
期待を色濃く込めた瞳で、覇美はキンジに小首を揺らす。
「キンジ、お前は────強いのか?」
至って簡潔に。お前は強いのか、と。
胃が軋むような緊張感は、皮肉なことにイカれそうな頭が台無しにしてくれた。アザゼルがわざとらしく両手を叩き始めたからな。
『名案を思い付いたぞ。彼女に "戦争の指輪" をプレゼントしてやったらどうだ? どうせクローゼットの奥で潰れてるだけだろう、くれてやれ』
また額にコルトが欲しいなら言え。今度は3発ぶち込んでやる。その黄色い両目に2発と額の真ん中に1発だ。
『つまらないことを言うな。罵りあっても楽しくないだろ? 私たちは同じ頭の中、一つ屋根の下で暮らしてるようなものだ。どうせなら共同生活を楽しもう」
『おー、すごいね。威圧感あるじゃん、お友達大丈夫?』
他人事のようなダゴンの言葉が指したのは覇美が持ち上げた鉄の塊みたいな大斧だ。床に触れた途端、地響きみたいなおぞましい音が鳴る。
500kg……いや、それ以上か。刃が落ちたさっきの音は完全に地震だ。あんなもん鬼の力で叩きつけられたら一発で木っ端微塵だ。
ギャラリーの席から力の塊みたいな物騒な獲物を睨んでいると、覇美の……光ってる。
僅かだが着物姿の覇美の体を緋色の光が包むように明滅してる。緋色の光、この一年ですっかり不吉の前兆になっちまったな。
「キンジ、長引かせちゃダメ! あの子への緋緋神の影響が、少しずつ強まってる!」
有無を言わさず、ガバメントを抜こうとした神崎にキンジがかぶりを振って制す。
「駄目だよ、アリア。あの子のご指名は俺だ、それに君が傷つく姿はあの斧に殴られるよりもずっと、俺の心に深い傷を残すことになる。だからどうか俺を信じてくれ。君が望むなら俺はーー何だってしてみせるよ」
ウチのルームメイトはつくづく悪い男の手本みたいな男だよなぁ。
普段のひねくれ遠山キンジとこのイーサン・ハントみたいな優男モードとのギャップ。この落差にみんなやられちまうのかな。これからも増えそうだ。
『あんたもあれくらい甲斐性があればねぇ』
「キンジ、どうせ計画があるんだろうから心配はしてない。ここまで長々と振り回してくれたんだ。遠慮はいらない、やっちまえ」
「覇美、これは大切なことだけど、朝食は何だった?」
ダゴンの不愉快な小言を無視してやると、キンジが唐突に毒気の抜けることを聞き始める。
見ろ、天然の気がありそうな親方さまも不思議そうな顔してるぞ。なんでこのタイミングで朝食を聞くんだよ、何かの作戦か?
「スイカ」
「うーん……スイカだけかい?」
「おう」
「……まあいいか」
どういう意味だ……?
キンジはスイカで納得したらしい。神崎と候を見るが二人もキンジの真意は読めていない俺と同じ顔だった。
天守閣の床をキンジが前に進む。
距離を詰めながら手を開いては閉じ、遠回しに武器は使わないとアピールしながらお互いが自分の間合いに相手を誘う。
1m半、白兵戦には不自由ない距離まで縮めたところで足は止まった。
「天下ぁ──布武ぅ! こい、キンジ!」
覇美は青光りする凶器を担ぎ、もう片方の掌を正面に開いて見せる。あの鉄の塊を片手で……単純な力比べじゃ天と地なんてレベルじゃないな。
相手は五体がそのまま凶器になってるような緋鬼だ。一撃貰えれば致命傷、桁外れの膂力で叩き潰される。
あどけない顔して、相手は武者修行を嗜んで戦いの経験も貯まるに貯まってる猛者だ。言葉通り御自慢の武器を携えて鬼に金棒の状態。
(キンジ、正気か……?)
キンジの立ち姿、構えを察するにあの馬鹿、金棒を持った鬼に素手で挑むつもりか。頭のネジが一本二本外れてるお可愛いい話じゃないーー狂気の沙汰だ、イカれてる。
「ハビがおいで」
……いや、イカれてない。
それが最善策だと判断したからの素手だ。銃やナイフで武装するより素手で戦った方がーー勝ち目があるとキンジは判断したんだ、末恐ろしいことに。
「キンジ────っ!」
神崎の張り裂けぶような声が天守閣を駆ける。
先手を譲って仕掛けることを放棄したキンジの真上から、大きく振り上げられた斧は無慈悲に下ろされた。
あんなふざけた速度であんな鉄の塊が飛んできたら、人間の皮膚も骨も意味を持たない。一発で命は刈り取られる。
が──まるで鞭を振るうような重量とは不釣り合いな速度で振るわれた理不尽な斧も、存在が理不尽な男の首を落とすには、まだ足りなかったみたいだ。
「……ッ……!」
覇美の瞳がぱちりと見開き、初めて驚きの顔を見せる。
理不尽には理不尽を、にしても無茶苦茶だ。そいつは無茶苦茶過ぎるぜ……キンジ。やることなすこと全部無茶苦茶じゃねえか……
閻と津羽鬼の謀反でギャラリーの鬼たちが逃げてなかったらきっと阿鼻叫喚だった。
自分たちの嗜好の為に生かしている、と吐いて捨てた人間が──本気で振るった親玉の斧を素手で止めちまったんだからな────
「お?」
そして、ありえないものを見せられて驚きに染まっている覇美の胸にキンジの手が当たる。
恐ろしいことに受け止めた斧の刃に今度は指先で穴をくりぬき、即興で握り込むための場所を作ったキンジは斧もきちんとホールドしてる。逃げ場はない。
覇美の胸にキンジの手が乗せられたとき、俺はようやくさっきキンジが投げ掛けた質問の真意を察した。
神崎の殻金は覇美が飲み込み、鬼袋という鬼しか持たない特殊な器官に隠されている。そう、ヒントは最初からあったんだ。
わざわざ朝食を聞き、スイカという答えに僅かに悩んだ。俺は少しだけ同情する気分で目を伏せる、それはつまり、
「ふッ」
ジークンドーには寸勁という技がある。
最小限の動きで最高の威力を叩き込む。相手の懐、拳一つ分の間合いから一気に衝撃を送り込む最速の一撃。
キンジがどんなトンデモ法則で打ち出したのかは定かじゃないが、キンジが置いた掌から手榴弾のごとき破裂音が上がった途端、俺も、候も、神崎も三者同時に言葉を失う。
「うええぇぇぇん」
掌から破裂音を響かせるや、四つん這いになった覇美の口から『鬼袋』に隠していたものが次から次にこぼれ落ちる。
黄金のサイコロ、判子、珊瑚の笛、白銀の指輪……鑑定番組にでも出せそうなものが次から次に口から外にあふれてくる。
……即死の一撃を真っ向から受け止めて、逆にカウンターの一撃で勝負を決めやがった。
ほんの少し見ない間にまた化物らしさに磨きがかかったな。これがSDAランキング71位、遠山キンジ。敵じゃなくて良かった、心の底から安心したよ。
「うぇええぅえええぇん!」
「なんでもくわえ込むからだ」
鬼袋から物を吐くのは、気持ちいいことではないらしい。この反応からするにな。
四つん這いで涙を流して口から物を吐く、悪魔的な危険な響きがする光景とは別に、勝負が喫した安堵感から俺は後ろ頭を掻く。
……二日酔いの最高潮みたいな景色だな。敵ながらエグい。腹の中に入ってたせいか、遠目だが全部濡れちまってるのが見える。やけにリアリティーを感じちまうぜ。
くわえ込んだ物が消化されてないところを見るに鬼袋の中にあるのは胃液とはまた違った……やめとこう、こういう分析は鈴木先生の担当だ。
「もうない。もう出ない。殻金、それ」
最後の最後で牙に引っ掛かりながら出てきたルビーの宝石は……あれが、最後の殻金。千年パズルの最後のピース、はっ、やりやがったなお見事だ。
「覇ッ、覇美様ッ……!?」
「鏖す。口惜しや、人間共……!」
逃げたと思っていたギャラリーがいつの間にか盛り上がってきたので、神崎がガバに手をかける前に一歩前で制してやる。
「大将戦は終わったんだ、これ以上やるなら選手交代で俺もでしゃばらせてもらう。ここまで来たら、エレガントにことを運びたいなんて言っても手遅れだからな」
一番の問題は片付いた。後始末くらいは引き受けてやる、やるならこい。フラストレーションが発散するまで相手をしてやる。
袖から天使の剣を滑り落としながら、そのまま睨み合いに突入すると、
「みーつけた! みーつけた、キンジ! 覇美よりつよい! つよいとつよい、つれあいなる!」
さっきまで四つん這いで倒れていはずの覇美の、快活な声が待ったをかけた。
……待て、つれあいって言ったか? つれあいって……
「くぉぉぉぉおら! バカキンジぃ! あんたはまたちっちゃな女の子にっ! このロリコン! ロリコンは社会共通の敵!」
神崎の怒声が響くやお決まりのように俺も額を抑える。
キンジの胸に両手両足で抱きついて、顔の高さを揃えた覇美は──星枷がいなくて良かったな。
「は、覇美様がッ、せ、接吻なさった!」
「み、見て仕舞ったぞよ!」
どうやらこういうのは昔の神崎レベルで見慣れていないらしく、鬼たちはさっきまでの好戦的なムードそっちのけで大騒ぎ。
一方、鬼たちに代わって敵意を吹き出した神崎は、キンジの両太腿を後ろから抱えてーー派手なプロセス技の鉄槌を決めた。
「と、遠山……」
「あの二人も飽きないな。候、神崎の中の──」
「あい、殻金のことですね。猴はシャーロック卿に、その役目も仰せつかってます」
「良かった。帰国して玉藻を訪ねるまでは無防備のままだからな。そこの二人、そこまでだ! そのじゃれあい、一旦停止とするッ!」
ダウンしたキンジの背中にバックマウントで跨がって、後頭部を好き勝手に殴っていた神崎の手がようやく止まる。
キンジが朝食を吐く前で良かった、あんなもん一日に何度も見るようなもんじゃない。ま、一歩手前だったひどい顔してるけど、止めるのが一足遅かったらアウトだったな。
「遠山、殻金は持ってますか?」
「あ、ああ。これでいいか?」
胸ポケットに潜ませていた殻金は、ルビーのように真っ赤なパズルのピースのように珍妙な形をしてる。それぞれ形は違うが、覇美がくわえ込んでたこれは、宝石というより勾玉に近い。
「雪平……」
キンジから受け取った殻金を一度掌の上で見つめる猴は 、やがて瞳を鋭く尖らせていく。
「やめてくれ、偽物を掴まされたなんて言わないよな?」
「これは間違いなく殻金の結晶です。猴が覚えている、藍幇が持っていた殻金とも部分的にピッタリ合わさる形状です。これが殻金であることには違いありません。でも、その……」
俺だけでなく、神崎とキンジを合わせて三人分の視線を一度に浴び、言い淀んでいた猴はやがて額に汗を滲ませながら、
「……効力を、失ってるです。これは力を失った脱け殻、ただのルビーと同じものになってしまっているです」
俺が、キンジが、神崎を囲う場の空気が凍り付く。
「きっと緋緋神が、覇美を通して機能を破壊したのでしょう。難しいことですが、殻金に掛けられた術式を狂わせて機能停止に追い込むことは、可能です……」
……先手を、打たれた。
殻金は緋緋神の侵食を防ぐ、一つの術式。溢れようとする水を塞き止める為の壁だ。その壁を緋緋神は弄くり回し、壊した。
ご丁寧に外側はそのまま内側の機能だけを壊した。
最後の殻金という希望を手にした俺たちが落胆する姿を見る為に。
「それじゃあ……アリアは……」
キンジの顔が深く下を向く。
ちくしょうめ、希望を与え、それをそのまま絶望に変える。悪趣味にも限度がある。
化物みたいな連中の手にあっても、殻金を奪還する方法を選んだのは殻金を "新しく作る" 選択肢が取れなかったからだ。
その最後の一枚が葬られた。新しく殻金を手に入れる手段はない。たった一つだけ残されていた道が、途絶えた……
『一度餌を食わせてから奪い取る。下準備は手間をかけ、丁寧に仕込んでこそ得られる喜びは大きい』
お前の経験はアテにならないし、聞きたい気分じゃない。
他に隠れた道がないか頭の中をかたっぱしから探ってるんだ、その黄色い目は集中力を削ぐ。5分でいいからどっか行ってろ。
『経験からじゃなくともマニュアルから学ぶこともある。妙な話だと思わないのか? この一番盛り上がるタイミングで、この景色を一番見たかった仕掛人はどこにいる──?』
黄色い目に、視線が縫い付けられる。
地獄の王子、アザゼル。
ルシファーの檻を開いた最後の一押しはルビーだったが、ルシファー解放までの土台を作り上げたのは間違いなくこの──黄色い目の悪魔。
「あははーはは、あははっ!」
神崎の背から飛び出た日本刀が左目を抉るよりワンコンマ早く、俺の踵は全力で後ろに飛び退いていた。
「離れろキンジっ! 手遅れだ、もう来てる!」
冷たい刃がさっきまで俺が立っていた虚空を容赦なく裂く。脳内が隅から隅までけたましくアラートを鳴らした。
「避けたか、兵隊にしちゃ賢い。ちょっと生まれが違ってりゃ、スナイパースコープの代わりに顕微鏡を覗く人生だって選べたかもなァ?」
八重歯を覗かせ、狂暴な笑みを見せる。
もう、それは神崎のものじゃない。神崎の顔と声をしていても中にいるのは神崎じゃない。
「というわけで、残念だったな遠山。あたしは一手先を行かせてもらったぜ?」
邪悪に笑うのは、緋緋神だ───緋緋神が、神崎の体に降りた。
『恋の力は偉大ね、脳内麻薬と同じ』
ちッーー駄目だ。完全に神崎の意識が奪われてる。
「ちょっと前からアリアにはいつでも入り込めそうだったんだ。頃合いを見計らってたんだが、お前たちがあんまりガッカリするもんだから我慢できずに顔を出しちゃったよ。けど、猴も覇美も揃ってるし、今がベストタイミングだろ」
虚空を裂いた刀を背の鞘に戻す緋緋神は小さな背を後ろに倒しながら、笑う。
「ああ、ああ……残念だったな。残念だよな、遠山! 雪平ァ!」
奪った神崎の体で、神崎が見せることのない邪悪な笑みで。
「最後の殻金は壊れた、もうアリアはあたしの手の中だ! さあ、こうなったら次はどうするか分かるよな? あたしを止める方法は一つ、この前の続きをしーー」
「──Exorcizamus te, omnis immundus spiritus.omnis satanica potestas……」
「あ?」
きろりと緋色の瞳が向いた。
「omnis congregatio et secta diabolica.Ab insidiis diaboli──」
「お前、バカか? ラテン語の悪魔払いであたしが剥がせるとでも思ったか? ……つまんねえぞ、その余興は」
刹那、殺気だった緋緋神をキンジが後ろから羽交い締めにかける。
「……何のつもりだ、遠山」
「いいぞ、やれ切ッ! お前の即興に賭ける!」
「Ut inimicos sanctae Ecclesiae……」
ありがとうキンジ。信じて即興に付き合ってくれた礼は結果で返す。
緋緋神、ラテン語の悪魔払いで緋緋神が払えるとは俺も思ってない。けどな、ここに辿り着くまでに時間はあった。
「humiliare digneris──」
俺だって、伊達に非日常を今の今まで走り抜けてきてないんだ。
いつも刃物の上を渡ってきたウィンチェスター兄弟の浅知恵を舐めるな。一時期しのぎの嫌がらせの一つくらい頭の隅に置いてある。
「te rogamus──」
見てるか、ボビー。もう子供の頃とは違う、ちゃんとページを見なくても最後まで言える。あんたの教育のお陰だ。
「もう間違えねえよ。audi nos────アディオス、あばずれ」
長々と紡いだラテン語が引き金となり、ガラスが弾けるような粉砕音が響く。粉砕音に次ぎ、鉄骨が剝き出しとなった天守閣に青白い閃光が駆け抜けた。
俺の広げた掌が掴んでいるエノク語が掘られた金のカプセルは因縁深きアーサー・ケッチからの初めての贈り物。取り憑いたモノを強制的に引っぺがす、科学と魔術の──
ーーこれは魔術とテクノロジーの融合、双曲パルスジェネレーター。玩具の話は楽しいよな?ーー
ああ、楽しいよケッチ。最高だ。
カプセルに刻まれたエノク語が白く発光し、内側から溢れるのは肌を殴り付けるような突風。羽交い締めにされた緋緋神を捉えると、まじないの突風は風向きを変える。反対に。
「……っ、なんだよこいつは……ッ!」
「諦めろ、こいつはルシファーも大統領の器から剥がし取ったUKの賢人のドル箱商品だ。さっさと神崎の体から出ていきやがれぇ!」
「そんな玩具で……!」と怒声が響き、緋色の狂眼が向く。玩具だろうが兵器だろうがどうでもいい。涼しそうなお前の顔が崩れた、十分だ。
風向きは吹き付けるような突風から、引き寄せ吸い込むような逆風に変わった。
結われた緋色のツインテールが激しく揺れ、羽交い締めをほどいたキンジは床を転がるように離脱する。
器となった神崎の体から緋緋神の意識、魂、呼び方はこの際何でもいい、結ばれた二人をもう一度引き離す。
ああ、殻金がなけりゃ一時凌ぎだ。だが次の手札を用意するまでの時間稼ぎにはなる。
両足を踏ん張る緋緋神に向け、カプセルからあふれでる光と風は華奢な体をそのまま飲み込もうとする勢いで食らいつく。
さすが小賢しいUK御用達の玩具、燃料切れで緩む気配もない。そろそろ返してもらうぜ、緋緋神。ウチのルームメイトをな。
中盤戦
『────アディオス、あばずれ』S5、12、ディーン・ウィンチェスター──