青龍偃月刀。蘭豹先生が好み、半端な膂力では取り回すのも一苦労の重たい刃が軽々しく鼻先で暴れ狂う。
相手は神、この程度で狼狽してたら先が持たない。戦意を沈黙させ、震え俯いたところで目の前の戦神は迷うことなく刃を振り下ろす輩だ。
停滞も後退も緋緋神の前では許されない。受け入れられるのは前進、相対する道のみ。
XDから乱射された弾丸が覇美の斧に火花を散らし、触れれば木っ端微塵の獲物の足を止める。
如意棒、次次元六面、見えない斥力──緋緋神の抱える手札の枚数は、神社で戦ったときの比じゃない。一つ一つに狼狽してたら際限なしだ。
「タッググマッチだ、お前らが2人ならこっちも2人で相手をしてやる」
それはこの上ない話だな。
神崎はガラス張りの操縦席から動かない。
Pkで手を振れずに操縦を続けながら、神崎に代わって残った2人の器で緋緋神が迎撃に駆る。
3vs2の構図が消えたのはどうあれ朗報だ。猴が振り下ろした偃月刀に俺は左、キンジは右。さながら左右に裂かれるように別れ、刃に虚空を切らせる。
「だとさ。一応聞いとくが良さそうな作戦あるか?」
「即興で受けて立とう、それが一番良さそうな作戦だ」
「即興ね、得意分野だ。絶叫してるエンジンが完全にスクラップになる前になんとかしよう。blaze of glory──」
「栄光の炎」
そのとおり、" 明日に向かって撃て "。
高度は未だに上がり続けてる、あの神様に運転を任せっぱなしにしとくわけにはいかない。
迎撃に出てくる二人をまず制圧し、そのあと操縦席にいる緋緋神をなんとかする。
即興で並べた優先順位に従い、俺は残った左目を頼りにキンジと横一線に前に。
覇美と猴も鏡合わせのように横に並んで向かってくる。斧と偃月刀、飛び道具はない。XDの間合いに入った刹那、カットセーラー服の猴の両足に速射。9mmを先制で叩き込む。
「きひぃ────」
が、防弾制服の守りの外にある太腿から鮮血は飛ばない。人との違いを見せつけるような体さばきで鉛弾を流し、殺傷圏内──ミカエルに焼かれた右目に潜り込むような角度から、猴の偃月刀が鋭く凪いでくる。
「──
袖から抜いた天使の剣を刻印から引き出した膂力で振るい、胴を真っ二つにしかねない偃月刀の軌道を明後日へ弾く。
得物同士の交差で痺れる腕とは逆手のXDを至近距離からドロウ。空薬莢が連なるように虚空を跳ねるが、獰猛に笑った猴の肉は削れない。
弾は何もない場所を削り、ふざけた反応で射線の外を踊る猴に、先に弾を切らしたXDのスライドにロックがかかる。
「しぃ……!」
……その攻撃は通さないぜ。
下から顎を狙って這い上がる尻尾のアッパーより一歩先にバックステップを踏む。あの尻尾、まるで自立して動く鈍器みたいだな……
「──あはははははははっ!」
荒々しく叫び、天井に斧を食い込ませた覇美が上から降り注ぐような乱打をキンジに浴びせる。
スクラップ寸前の機体の床にあの斧が落ちるのは軽い恐怖だったが、両手を無手にした覇美から放たれる乱打も人間と呼ぶには程遠い速度、危機感は少しも冷めない。
凶器同然の覇美の乱打と、末恐ろしくも真っ向からそれをいなすキンジとの間で、休みなく連なった空気の炸裂音が上がる。
引き金を引いたサブマシンガン同然の炸裂音は上がり続け、上から飛び掛かるように仕掛けた覇美とキンジとの拳ひとつの戦いは止まらない。
残像を残す速さで永遠と繰り出される覇美の猛攻と、余裕を奪われながらも雨のように降り注ぐ拳から無傷で五体を守るキンジ。
刀同士のつばぜり合いよりよっぽど背筋がゾッとする。平賀さん、恐ろしいことに貴方の手甲はキンジと一緒に神に挑んでますよ。ええ、大英博物館ものです。
「──余所見とは余裕だなぁ!」
「余裕でガースしてやるよ!」
キンジと覇美、人の枠を逸脱した魔技に背筋が冷えた刹那、獰猛な叫びが耳に舞い込む。
真横を滑るギロチンのように偃月刀が首を跳ね飛ばす高さで迫り、ベニーお得意の首の動きだけで刃をやり過ごす。
……刻印からのバックアップがなかったら、今ので首が飛ばされて終わってた。無茶苦茶なことを言いやがる、緋緋神を相手に余裕なんて代物があるわけない。
カウンターで突き出す天剣の剣はまたしても虚空を抉り、跳ね上げられた偃月刀に顎を叩き上げられる。
「……ぐ、ッ……!」
「へぇ、砕いたつもりだぞ」
視界が上下にぐらつき、口の中に鉄の味が広がるが──浅い。
意識が刈り取られてもおかしくない場所だがマザーが引き上げてくれた第一級の呪いは、簡単な気絶は許してくれないんだよ。ディーンにかかったときはロウィーナの即死魔法すら跳ねちまったからな。
体を壮大に浮かせながら、痛みは無視して手首の動きで天使の剣を投擲。
浅かろうと一撃必殺になる刃を差し向け、強引に回避を取らせながら追撃だけはしのぐ。
刻印は所有者の身体能力を引き上げる。いや近づけると言ってもいい。
とんでもない気圧がのしかかる飛行中の航空機のドアを内側から吹き飛ばせる悪魔と、同然のレベルまで。
「残念だったな。こっちは30年、地獄で毎日上から下までバラバラにされ続けたんだ。顎を砕いた程度じゃ落とせねえよ!」
受け身を重ね、無手になった手はコルトの弾のレシピで加工した9mmの弾倉をスプリングフィールドに押し込み──発火炎を走らせる。
仮にもコルトで穿つ為の弾、一発でも通ればマグナム弾以上に足を止められる。
ストライカー方式のシングルアクションからスライドストップがかかるまで出し惜しみなく引き金を引く。
「そうこないとな。あたしはずっとお前と遠山と戦うのを楽しみにしてたんだ。この一戦は祝杯なのさ。退屈な世に、戦の火を撒く前のなッ!」
好戦的に息巻きながら、銃口から吐き出される弾がさっきの鉛弾とは違うことを目敏く悟ったらしい。
見えない斥力が猴へ被弾する手前で、直進する弾丸の運動エネルギーを殺す。
振れずに睨むだけで弾丸の雨を叩き落とす。ミカエルといいどいつもこいつも便利な盾を持ってやがる、羨ましいことこの上ない。緋緋神が一度回避に努めれば、生半可なカードは通らない。
「返してもらうぜ、クラウリー!」
刀身の伸びた天使の剣とでも言うべき白銀の刃を躊躇いなく一閃。
猴の駆る青龍偃月刀の間合いに改めて踏み入れた途端刃同士が重なり、鋼の悲鳴を上げる。
「お次はグレゴリの玩具か……! いいね! 間近で見るのは久々だぜ!」
「俺だって面汚しの玩具なんて出来れば使いたくなかったよ」
グレゴリからクレア、クレアから俺、俺からクラウリーと渡り歩いた剣は、この瞬間俺の手元にある。クラウリーのコレクション置き場から持ち出した白銀に塗られた剣は──持ち主の名前から
人間の魂を食らい、キャスに恥知らずと罵られた地上に最初に派遣された天使。連中が所持しているのは特殊な天使の剣、その形状はエストックに近く、不気味に光を弾く刀身の長さは通常の天使の剣よりも長い。
ジャンヌや星枷のように剣術の教えは受けちゃいないが幸運なことに専属の後輩は刀剣のエキスパートだ。
右足を少し引いて、緋緋神に対してほとんど横を向く。刀は地面と水平に構え、顔はほぼ同じ高さに。
柄を握る両手は後ろに大きく引き、右腋を大きく開けてから鋭く、一気に踏み込む。
「触れなば斬れん──」
先端科学兵装の刀を駆るかなめの動きを見よう見まねででっち上げ、忌むべき天使から持ち逃げした剣で力の塊みたいな偃月刀と相対する。
鋼の刃がぶつかり合う剣戟音と、拳の乱打が生む空気が爆発するような炸裂音。
黒煙を漏らして軋むエンジンの音も加わり、誇張なしに地獄のような光景が広がっていく。
「お前の首を落としたら、悪魔避けのタトゥーは剥いで壁に飾るか!」
「いまどきのゲームならお決まりの台詞だ。よく言われるんじゃないのか、インテリアの趣味が良いってさ?」
上品なお嬢様だ。いや、厚かましいっていうべきかな。そんなもんを飾りたいなんて断固ごめんだ。
「うおりゃっ!」
恐ろしい勢いで繰り出される刃と柄も混ぜた連打は……人体のどこを壊せばいいのか、熟知してる手際だ。急所を冷たく的確に、狙ってくる。
即興で動いた結果、俺と猴、キンジと覇美の対戦カードができあがる。
意識を落としての制圧を狙う俺たちと、容赦なく首を落としにかかる緋緋神。不意を突いて現れた強烈な斥力に刃がぶつかり合ったまま、ノックバック。互いの得物の間合いの外まで、距離が開く。
「おーっと……!」
視界の片隅では、カウンターで放ったキンジの後ろ回し蹴りがもう少しで覇美を捉えようかというところで惜しくも虚空を切らされる。
一時は後ろに飛んでカウンターを逃れた覇美をキンジの前蹴りが追う。が、それも俺と同様に強力な斥力の壁に阻まれ、奇しくも俺とキンジはほぼ同じタイミングで緋緋神から間合いを離されることになった。
「器用だな。かなめが知ったら驚くよ」
「師がいいのさ」
横並びになるのも一瞬、俺とキンジはエンジンの悲鳴を背にし、開いた距離を切り取るように富嶽の床を蹴る。
俺は左、キンジは右に。俺は無手の覇美に、キンジは偃月刀を抱えた猴の前に踊り出る。
どうやら考えることは同じだったらしい、さっきとは反対の対戦カードが出来上がる。喜色満面の笑みで唇を歪めた覇美が待ち構え、グレゴリの剣を挨拶代わりと突き出す。
「おっ、選手交代か。よし、今度は覇美の器でお相手束まつろう。ハンターと鬼、伝統の対戦カードといこうじゃないか」
「お生憎さまだったな、人食い鬼に追い回されるのも追い回すのもごめんだ」
右足の一点を狙って放った突きに対し、天井に刃を食い込ませていた斧めがけて覇美が派手に裏拳をかました。
恐るべきことに逸れて落ちてくる鉄の塊を腰のくびれで柄から受け止め、腕で柄を払うように回転。体の中心を軸に、フラフープを回すような要領で回転した刃に突き出した剣がさらわれる。
「ハッ、まだまだ行くぜ!」
「……無茶苦茶やりやがって」
狙いは明後日の方向に逸れ、殺しきれなかった衝撃が腕ごと体を虚空に浮かす。刻印を放し飼いにさせてこれか、対策抜きの生身で挑んでたらと思うとゾッとする。
巨大な斧をバトンのごとく軽々しく操る覇美は、腕と膝裏を使って体で弧を描くように戦斧の柄を払い、円運動を加速させる。
何度も、何度も、加速を重ねた巨大な刃は回転ギロチンと呼ぶに相応しい速度に達し、間合いに入ったものは細切れにすると言わんばかりの寒気を放つ。
「こいつでどうだ……!」
左手の指で新たな刃物を素早く抜き、ギロチンの外からルビーのナイフとアルテミスのナイフを覇美目掛けて走らせる。悪魔、不死の相手には際立って威力を発揮する二振りは──
「そんなんじゃ満足できねえなァ──!」
何もない宙を歩くという、最高に超能力者染みた方法でいなされ、鉄槌のごとき斬激にすぐさま後ろへ退く。
天守閣から逃げるときもそうだったが、何もない虚空を緋緋神は歩ける、空気を足場に変えられるんだ──いちいち驚いてられない。
刻印の恩恵をフルに頼った悪魔の膂力と、緋緋神の恩恵が乗った緋鬼の膂力。再度の踏み込みと同時に、背筋の冷える金切り音が交差。人ならざる存在から生まれた剣と、斧とは思えない速度で振るわれる斬激の衝突が火花を立てる。
「雪平、お前はあたしを困らせてくれるか? 退屈を忘れさせて、夢中にさせてくれるのか?」
「満足だの退屈だの好き勝手言いやがって。だったら三人から出て行けよ、動かせる体がなくて困れるぞ」
◇
回転ギロチンは上から、正面から、縦横無尽に駆ける覇美を付いて回る。
恥知らずの刀じゃギロチンの先にいる覇美には届かない、舌を鳴らした次の瞬間刀の先が切り取られる、音もなく刃を飲んだのは影に縫われた黒いボックス──これは……
(……次次元六面。いつ見ても、すっげーきもいデザインだな)
境内でも見せられた、一般の超能力より1ランク上にある攻防一体のパワーカード。前回は鉛弾を手当たり次第に飲み込まれたが今回は天使の剣を飲みこみやがった……
箱に飲み込まれた部分は……最初から損害しなかったように形を消してる。グレゴリの玩具じゃどうにもならない、かといって殺傷力に振り切った原始の剣で意識を刈り取るだけという離れ業は無理がある。
手には刃をごっそり削られた剣、これで胴体を真っ二つにしようとする殺人ギロチンを防ごうというのは命知らずどころの話じゃない。
さらに場には攻防一体の次次元六面、触れたものは平等に、容赦なく切り取られる。グレゴリの玩具では緋緋神の理不尽には抗えない。
もっと上のカードを切る。
手札に眠る、緋緋神に抗える一枚を。
「──────」
ギロチンが乱れる間合いのさらに外側から、青白い矛先を振るう。
「……そいつはまずいな」
鋼の悲鳴が響き、ギロチンの回転が止まる。
低く呟き、新たに描かれた剣よりもさらに広い間合いの外まで、赤銅色の逆立つ髪と和装を揺らして覇美は下がった。
忌々しい武器だ。苦い記憶が嫌でも甦る。但し、性能は緋緋神が嫌悪するお墨付きだな。頭から泥を被ったみたいな顔してやがる。
「ひどい悪臭だな、その槍に染み付いてる匂いには覚えがある。どうやって持ち出した?」
「転がってたから拾った。アマラおばさんも自分に傷をつけた槍は気に入らなかったみたいでね」
そう、俺が握るのは弱っていたとはいえ存在が規格外のダークネスに傷を負わせた槍。アマラを葬るべく、ルシファーが武器庫同然の自分の蔵から持ち出した強力無比な一枚。
悪臭とはうまいたとえだ。ルシファー贔屓の武器、地獄の悪臭がこれ以上なく染み付いてる。
「手癖の悪さは認めてやる、往生際の悪さ大したもんだ。ルシファーが2回も入っただけのことはある」
身の丈を隠す大きさの斧が壁となり槍をいなすが、後ろから聞こえる声にはこれまでとは何か違った、奇怪な響きがあった。
「あたしが気にしてやることじゃないけど、お前はなんというか、哀れだ。自分が盤上のコマだってことに気付いてない」
「……何を言ってやがる」
「楽しめたよ、久々にな。楽しい時間をくれた礼をしよう。昔話をしてやる。あたしの知る限りの話さ。神は世界を──作った、だがヘラやラーみたいな古代の神を作ったのは、人間。まあ、ある意味でな」
なんだ、何を言ってる……神だと?
斧が天を突き、浮いた体に切っ先が虚空を切らされる。
「進化した人間は神を崇めなかった、人間が崇めたのは太陽や地球、雨や星々だからな。神は無視されて、たいそう腹を立てた。神の恵みに気付かない人間は無礼者ってな。それで、古代の神を作り出した。ラーやアヌ、ヘラ、お前の贔屓にしてるアルテミスも、あらゆる神をな」
視界の隅で、黒煙を上げるエンジンに火が見える。
……まずいな、機体がこの世の終わりみたいな音を上げてやがる。一方で覇美の周りには次次元六面、今度は黙視で4枚……悪趣味なバリケードが増えた。
「……腹を立てたことがどうしてお友だちを作ることになるんだよ」
「責任逃れさ、作物が枯れたり死産は全部連中のせい、神はそうやって責任逃れ。彼等の神話がもてはやされるようになると神は焼きもちをやいて放り出した。今じゃあ宗教という名の隠れ蓑にくるまれて、神はご満悦ってわけだ。彼等は片隅に追いやられた」
機体が派手に軋み、ついに機内に火が回り始める。
「──神は人間を愛したりしない、神が愛するのは自分と自分が描いた物語だけさ」
「まずいぞッ! キンジ!」
機内に火の手が見えても、緋緋神覇美の動きは止まらない。「分かってる……!」と乱暴な相槌が飛んでくるが、場に展開された四枚の立方体が動き、問答無用に回避を迫られる。
左手で抜いたトーラスの弾をばら蒔いても迫る影には一時しのぎ。弾が着弾して箱に消えるまで数秒、たった数秒の足止めにスライドはロックがかかる。
「嫌いじゃなかったよ、お前のこと。カスティエルが靡いたのも分かる、出会いが違ったら……
最初は風を引き裂くノイズ、次に右肘から先の感覚が死んだ。
「……?」
左目の隅にオレンジの火花が散る。投擲に使ったルビーのナイフが右肘を上から下に貫き、悪魔を殺す為の刃が赤い滴を滴らせていた。
感覚のない肘の上で、閃光花火のようにオレンジの灯りが弾ける。PKで……ナイフを操った?
「なんでもかんでも投げるからこういうことになる」
緋緋神の冷たい声に矢が虚空を裂くような音が続いた。十中八九、いい類いの音じゃないのは分かる。左手はもう銃を握ってない、ルビーのナイフか……やられた。
切り取られたグレゴリの剣が立方体からふざけた速度で向かってくるのが見え、今にも軋みそうな床を蹴りつけ避ける。この状況じゃ片手で槍は無茶だ。ジョーのナイフで──
「よくやったよ、隻眼にしては」
何かがひしゃげた派手な音が覇美の回転蹴りによるものだと気付いた。惨劇と呼んでもまだ足りない光景に、即刻全神経を回避に割り当てる。
派手な音は回転蹴りが斧の柄を弾き、火薬を爆発させるような衝撃で斧を弾丸として撃ち出した音だった。斧の石突きは丸く削られてたがそれは蹴りやすく、このふざけた飛び道具を可能にする為なのだろう。
当たればどうなるか想像もしたくない凶器が背後後方でおぞましい音を鳴らす。即死の一撃はやり過ごした、だが安堵の時間には程遠い。
傷した機体は、気圧が下がり、火も手遅れなところまで回り始めてる。
「……ちッ!」
もう戦いどころじゃない、機体ごと火の海、最後は、海の藻屑だ。
押し寄せる次次元六面の穴を掻い潜り、こうなったら操縦席の神崎まで突っ切る。火の海になる前に全員の意識を落として飛び降り──
『──終わりだ』
アラステアの吐いて捨てるような言葉は頭の中に直接木霊した。右胸に銀色の刃が生え、足がもつれる。
背後から天使の剣をPKで飛ばされた、さっきと同じだ。今回は後ろから胸を抉られた。天使の剣は、悪魔も天使も殺せる……冷たく冷める視界に右足を振り上げる覇美が映る。
「……」
視界が暗転し、背中が一度、二度、潰れた喉に焼けるような熱気が入り込む。
斧……ああ、そうか。ただの前蹴りで機体の壁後方まで飛ばされたか……ちくしょうめ、またキンジにおんぶにだっこかよ……ミカエルは凌いだんだけどなぁ。
……駄目だ、天使の剣とルビーのナイフ。一本は腸を抉ってる。
「楽しかった、やはり戦いはいい。いつの時代も心を満たしてくれるのは恋と戦いだけだ」
「……神崎。器を奪い返すのにあと何秒かかる。できるならさっさとやってくれ。俺は6週間の早産だった、じっとしてられないタチなんだ」
いつの間に目の前で微笑んでいた友人に、干からびた笑いで首を傾ける。そこだ──
「っと、お得意の目眩ましはお預けだ」
「……ッ!」
背中に潜ませた血の図形に触れる前に、毒々しい赤色が目の前に弾けとぶ。
左肘を抉ったルビーのナイフがPKに引き抜かれ、痛みを感じたときには右手が掌ごと壁に縫い付けられていた。クラウリーの手をテーブルに何度かナイフで縫い付けたことがあるが……まるで意趣返しだ。
防衛ラインがあっさり抜けられた、手札にはもうカードがない。
「中途半端じゃお前は殺せない、だから──」
……だろうな。俺だってそうする。
緋緋神の手に、謀反だ。寝返ったように突き出される原始の剣が腸に吸い込まれるように迫る。
右手、左手、無理だ……阻もうにも動かせる場所がない。念入りに下準備を仕込まれ、骨の刃が腸を抉る。デジャヴ……こんなときにまで、最悪の言葉が頭をよぎる。
「あ……ッ……」
視界がぐらつく、ああ……ちくしょうめ。
なんかキンジが叫んでるが、聞き取れん。おい……マジか、よ……立方体ぶつける気か? んなことしたら、ジグソーパズルみたいにバラバラになっちまうぞ。
グロい……棺桶をベッドに。難しそうだな、海の藻屑か火の海か。出来ればスタール墓地に墓碑にはドックタグを埋めてってのが、最後の希望だったが──まあ、いいさ……うまくやれよ、キンジ。心配はしてない。
ああ、最後に一言。
最後まで、腐らずやれ──またな?
翼から回った炎は、霞みががった視界に最後まで赤一色の景色を見せてくれた。赤というより明るすぎる茜色、眩いオレンジ、まあ、どちらでもいい。
熱で溶けた時代錯誤な窓が歪み、パッキンの部分から割れて外へ無惨に吹っ飛んでいく。
キンジはどうせうまくやる。緋緋神の移動のまじないにうまく相乗りでもするだろう。
ヤツも機体ごとキンジを沈めるような雑な失い方はしない、貴重な遊び相手の最後には、勿体ないからな。
目と鼻の先に立方体が近づく。
大層なことだ。原始の剣に抉られた、もう一分も持たないのに五体をバラバラにしてくれる気かよ。
嘆く、嘆いたあとに視界が今度こそ真っ暗に染まる。
灼熱の熱気も消え、音もない。明るい炎の暖色もない。そもそも色がない。
視界を真っ暗闇が支配し、世界から音が消えたように視界と聴覚、五感が暗闇と静寂に押し潰された。
「なんだ、ビリーがウキウキで迎えに来てくれると思ったのに違うのか」
予想が外れた、俺が死ぬことを誰よりも望んでた彼女が迎えにも来ないなんて。どうせなら前に会ったジェシカってテッサの知り合いが良かったけど、まさか冥界も繁忙期か?
しかし、列車から飛び降りたときと違って、四方は見渡す限りの暗闇。幽霊になってバラバラの死体を一目見れるかと思ったがそれも外れた。
天井のない真っ暗闇、平衡感覚が奪われそうになる黒い足下。目印になりそうな物も、道も何もないブラックカーペット。
地獄に招かれる前に、死神が来ると思ってたがどういうことだ……?
「──彼女は来ないわ、色男。いつもみたいに書斎に偉そうに座ってる、私仕事できますよって顔でね?」
静寂を破った声に振り返ると、見知ったブロンドの悪魔がいた。
「メグ……!」
アラステアの教えを受けた姉弟子、アザゼルの娘が暗闇をバックに肩を揺らす。
いや、違う……悪魔っぽく微笑んでも、メグを真似たところで違う。こいつは──違う。
「残念だけど、彼女は眠ってる。可愛い顔を借りてるだけ」
────違う、メグじゃない。
────こいつは、もっと上の。
「……お前は誰だ?」