哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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魔女の誘い

 

 

 夾竹桃と話をした数日後、お決まりの展開というか、神崎とキンジが喧嘩した。俺は後ろ頭を掻きながら、そういえばルームシェアで揉める原因は女だったなと思い出した。

 事後報告で神崎がいなくなった理由を聞き、俺は渋々あいつが頼るであろうツテに連絡をとった。

 

 神崎は受けた仕事を途中で投げ出す女じゃない、ましてや家族が関係してる仕事だ。

 神崎は家族を見捨てない、私情で仕事を投げ出したりしねえよ。

 

 星枷から距離を置いたのは何か考えがあるんだ、要は得意のスタンドプレーさ。かまわねーよ、相乗りしてやる。それになんたって俺は暇だからな。

 

 

 第2女子寮の最上階の──たぶん、この部屋だな……と、俺は通路で立ち止まり、問題の部屋の前で眉を寄せた。ここで合ってるよな、表札がねえんだけど……

 

「雪平さん」

 

 振り返るより先に俺の脇を少女が歩き去っていった。

 首筋の毛がぞっと逆立つ。いつから背後にいた?

 

「人の背後に立つのが趣味なのか?」

 

「いいえ」

 

 抑揚のない喋りでかぶりを振られる。この子に皮肉は通じない、覚えとくよ。

 でかいヘッドフォンとドラグノフを持ち歩いた少女、つまりレキが俺が連絡をとった相手だ。

 Sランクが頼る相手を考えれば妥当だろ、レキは俺たちより先に神崎と組んで仕事をしてるしな。

 

 レキはそのCGみたいに整った顔でボーッとしていたがすっ、とカードキーでドアを開けた。

 手には、買い物に行ってきたのかコンビニ袋を提げたままだ。表札はねえがレキの部屋で合ってるみたいだな。

 

 

「どうぞ」

 

 レキは早々に薄暗い奥に行ってしまう。

 神崎より頭半分大きな背を追いかけて、俺は玄関をくぐった。

 

「貴族様のご機嫌は?」

 

「アリアさんは装備科に出かけました。気をつけてください。ここ数日は、風に──何か邪なものが混ざっている」

 

「この世界はどこに行っても邪なもので溢れ返ってるだろ。どこが地獄か分からねえよ」

 

「まるで見てきたような口ぶりですね」

 

「地獄に落ちて戻って来れるか? 天使が地上に釣り上げてくれるなら話は別だけどな」

 

 バカバカしい話になりそうなので会話を区切るが、今度はレキが切り出してくる。

 

「キンジさんは魔剣の存在を疑っています」

 

「誤魔化すなよ、らしくない」

 

「願望は時に人の感覚を鈍らせる。魔剣の存在を疑う余り、キンジさんは感覚を鈍らせてしまった」

 

「結論を急いで神崎と衝突したんだろ。パートナーを奪われて神崎も焼き餅。また遠山キンジお決まりの展開ってやつさ」

 

「存在しない相手と戦うことに意味はありません。護衛も然り。キンジさんは諦めてます」

 

「だが、お前と神崎は?」

 

「雪平さんは?」

 

「続けるに決まってるだろ」

 

 不意に問いかけを返され即答する。  

 抑揚のないレキ喋りだが不快には感じなかった。レキ、不思議なやつだよ。でも俺は嫌いじゃない。

 

 玄関を抜け、天井からブラ下がった裸電球に照らし出された室内は──何もない空間だった。

 ベッドも、箪笥も、テレビもパソコンもない。カーペットや畳すらないから、床も壁もコンクリートがむき出しだ。安っぽいモーテルの方がまだ生活感がある。惨い言葉が、不意に頭をよぎってかぶりを振る。

 

 そんな悪評を知るよしもない。レキはコンビニ袋からカロリーメイトを出して、空き箱を壁際に置いた。

 壁際に幾つか他の空箱が等間隔で並んでいる。糸の縫い目みたいに等しく、微かなズレもない。狙撃手の性質が表れてるよ。感心と同時に俺は深く溜め息をついた。

 

 ハンターはどうしようもない仕事だ。

 この部屋を見た途端、俺は真っ先に狩りの可能性を疑っちまった。なんでも狩りに結びつけるのはハンターの悪い癖だ、嫌なことがあると狩りをして忘れようとする生き物だからな。

 命がけで怪物退治をしてる時間は嫌なことを考える余裕がない、だから忘れられるんだ。酒を浴びるように飲むのと一緒さ、逃げ道になる。

 

 ただ生活感のない部屋にいるだけ。

 結論は至ってシンプル、レキが自分の部屋をどう好きに使おうとレキ次第。

 

「雪平さん」

 

 ふざけた話だよ、レキを疑うなんてな。

 俺はコンクリートがむき出しの床に胡座をかく。部屋の壁際に赤いトランクを見つけたがあれは神崎の私物だろうな。コンクリむき出しの部屋で一番浮いてるよ。

 

「どうかしたのか?」

 

「バックバンドをやるそうですね」

 

「キンジと不知火と武藤。四人で閉会式のアル=カタのお供だよ。お前は選手参加だろ、応援は必要ねえだろうけど頑張れよ?」

 

「はい」

 

 狙撃手はどんな厳しい環境にも適応し、本来の力を発揮するのが根底に根付いている。

 Sランクのレキともなれば、応援や野次を実力に響かせることはない。どんな記録を見れるか、正直楽しみだ。

 

 

 

 

 

 連休が終わり、アドシアードが始まった。

 俺たちがアル=カタの演奏をやるのは閉会式なので、これからしばらくはちょっとした手伝いと短縮授業の日々が進むことになる。

 

 アドシアード開会式場となる講堂のゲートは俺、キンジ、武藤の緊張感のない三人でモギリをやってる。

 俺たちが担当するのは報道陣の控え室に続くってだけの出入り口。この仕事、三人もいらねえだろと嘆きたくなるが蘭豹先生に見つかったら笑えねえ、サボれねえな。

 

 開会式前にはそこそこカメラやマイクを持った記者たちが通ったんだが……昼も3時を回ると、今さら来るやつはもういない。報道陣が3時を回って押し寄せるわけねえよな。

 

「……俺らの演奏するフー・ショット・ザ・フラッシュって、原曲のカバー・バージョンの、さらにコピーの、しかも替え歌だろ?」

 

「笑い話だよな。俺はクラシックロックをやりたかったよ。伝承──『これまでの道のり』に一票を投じるね」

 

 ヒマをもてあました武藤が、パイプ椅子に座ったままぼやく。キンジもヒマをもてあましてアクビしてらぁ。

 

「それって、あの海外ドラマのメインテーマか?」

 

「切がインパラに乗ってるとき、いつも流してる曲だよ。馬鹿の一つ覚え」

 

「なんて失礼な……名曲だろ?」

 

 つかキンジ、馬鹿の一つ覚えとはなんだ。お前だってタイタニックのテーマをノリノリで歌ってたじゃねえか、俺は忘れてねえぞインパラの中でカラオケやりやがって。

 バルサザールの言葉を借りるが、あの時ばかりは俺もあの映画が嫌いになったよ。

 

 

「俺は知らないし、それに懐メロは聞き飽きたんだよ」

 

「聞こえてるぞ。大嫌いだ、お前らの世代なんか……」

 

「いや、同い年だろ」

 

 キンジ、俺、武藤と会話が続く。要は三人ともヒマをもてあましてるんだよな。

 

「で、結局、アル=カタのチアって……星伽さんは出ないのか?」

 

「白雪? 出ないつってたぞ」

 

「そうかぁー」

 

 と武藤は、やたら残念そうに語尾を伸ばす。分かりやすい反応だな、男子高校生め。

 

「そういえば……キンジお前、星伽さんのボディーガードしてたんだよな」

 

「アリアと一緒にな。切もいる」

 

「警護される星伽さんって違和感なかったろ。守ってあげたくなるタイプだもんなぁ」

 

「守られる必要性を感じなかったぞ」

 

「同感。彼女にベレッタは必要ないよ」

 

 俺は相槌を打ち、晴天の青空を窓から眺めていた。平穏だ。とても魔剣が迫ってるとは思えない。

 いや、平穏に感じることが不気味なんだ。本当に危険なのは危機を認識できないことだからな。

 

「……で……キンジ。どっちなんだよ」

 

「何がだ」

 

「星伽さんと、アリア。どっちがお前のタイプなんだよ?」

 

「は?」

 

 キンジが眉を潜める。俺は顔を押さえながら喉の奥で笑った。こいつは潔い正面突破だな。

 

「アリアだろ」

 

「なんでアリアなんだ、よ。切、お前分かるか?」

 

「さあね、俺は講堂でなんか飲み物でも貰ってくるよ。あとは二人でどうぞ。俺はどちらの味方もしない、フェアにいく」

 

 だが、どろどろとした恋愛関係は口に合わない、楽しめそうにないよ。キャストが知り合いってだけで興醒めだ。退屈でユーモアも忘れそうになる。邪魔物は空気を読んで席を立ってやるよ。

 誰を好きになるかはそいつの自由、諦めるのも振り向かせる努力をするのも自由にやればいいんだ。

 

「お、おい切……お前は止めないのか?」

 

「何を止める、一方通行の会話か? まあ、それは一理あるな」

 

 武藤は驚いた顔でパイプ椅子を揺らした。

 俺はシニカルな笑みで空席のパイプ椅子をキンジに向けてやる。

 

「なんだよ。俺は眠いんだ」

 

「知ってるか、人間はどれだけ眠られずにいられるか。普通なら──11日だ。寝不足は有効な尋問方法と言うだろ、あれは拷問だよ」

 

「尋問科の講義は結構だ。俺はすぐにでも眠りたいんだがな」

 

「でもお喋りは楽しいだろ? 一方通行の会話は寂しすぎる。さあ、二人ともゴングは鳴ったぞ! かかってこい、トークバトルだ!」

 

 ファイティングポーズをとる俺にキンジが講堂を指差した。

 なにぃ? さっさと飲み物持ってこいって?

 

 

 

 

 

「雪平くん。おつかれさまですのだー」

 

「ありがとう平賀さん」

 

 と、装備科の平賀さんが屈託のない笑顔で給水用のボトルを渡してくれる。報道陣の仕事熱心な顔ばかり見ていたせいだな、無邪気な笑顔が心に沁みる。

 

 キンジと武藤を合わせて三個のボトルを袋に詰めていると、講堂で案内スタッフをやっている平賀さんが俺に声をかけてくれた。

 人選に言いたいことはあるが平賀さんはガイド役をやけに気に入って、その仕事ぶりをダイジェスト版で語ってくれる。なんつーか、妹の自慢話を聞いてる気分だな。

 

「楽しそうだね?」

 

 低身長の平賀さんに合わせて目線を下げると、平賀さんは顎に手を当てながら苦笑する。

 

「理子ちゃんがいないのは淋しいのだ」

 

「……あいつなら大丈夫だよ。イチゴ牛乳飲みながらスキップして帰ってくるさ」

 

 その顔を見ながら、理子が心配されていることに内心嬉しさを覚えていた。俺は、先日ようやく夾竹桃から理子が神崎との対決に執着する理由を聞いた。

 

 監禁された過去、一族が没落し、両親が死んでいること。ロクな物を食べれず、ボロ布しか身に纏えない生活を与えた原因が──無限罪のブラド。イ・ウーのナンバー2。

 

 神崎を倒し、ホームズと引き分けた初代リュパンを越えれば理子は自由の身になれる。

 それが理子とブラドが結んだ約束、夾竹桃はそう教えてくれた。約束が果たせなければブラドは理子を連れ戻す、檻の中にな。

 

 いけすかない、好きになれない。

 

 

 檻に閉じこめることが──気に入らない。

 

 

 

 

 

 

 心の中で悪魔が囁いた気がした。

 首を傾げる平賀さんの顔が真っ黒な煙で塗り潰される。

 脳裏に浮かぶのは赤い瞳の眼光だった。瞳は恐怖を誘い、背より生えた黒い翼は形を帯びず、されど黒い影は広がり雄々しく双翼を描く。

 

 この世界のありとあらゆる負を詰め込んでもアレには遠く及ばない。

 おぞましい血色の瞳をして、携えた翼は恐ろしく神々しい。

 

 理子、お前は檻の中で絶望を見たんだろ? 

 

 知ってるよ、お前は檻の中で誰と会った?

 

 俺は──

 

 

 

 

 

 急に袖を引かれて現実に引き戻される。

 途端に平賀さんの声が耳に戻ってきた。

 

「どうしたのだ。雪平くんも理子ちゃんが心配?」

 

「いや……理子には優しい友達がいて羨ましいと思ってさ」

 

 平賀さんがじーっとこちらを見上げていた。さきほどから口を固く引き結んで落ち着きなく体を動かしている。

 

「どうかしたか?」

 

「……雪平くんには優しい友達はいないのだ?」

 

 心配そうな目の色で小さな手が袖を引いた。俺は喉の奥で笑い、今日は何度目か分からないかぶりを振った。

 

「いるよ。ルームメイトのキンジ、ひねくれてるが根は優しいやつだ。武藤と不知火、腐れ縁。会ったばっかだが神崎、気分が良い日はももまんをくれる。他にもいるよ、アッシュ、ルーファス、ケビン、エイリーン、それに……ジョアンナ。アメリカにいた頃の友達さ、みんないい人だった」

 

 ポケットに両手を突っ込み、一人ずつ大切な名前を呼んでは顔が頭に浮かぶ。みんないい人だったよ。

 

「それに平賀さん。俺にとっては優しい友達だよ。武器を安く売ってくれるともっと優しい」

 

 意味がわからなかったのか、平賀さんは一瞬きょとんとたした顔になった。急に恥ずかしくなったが、いまさらなかったことに出来ねえし、やけくそに背を向けた。夾竹桃がいたらネタノート行きだな。

 

「常連さんはお安くしておきますのだー!」

 

 踵を返しながら、俺は右手を上げた。ほぼ同時に制服の携帯電話が震える。

 夾竹桃と邂逅した夜と同じ、知らない番号が画面をコールしていた。

 

 

『お困りのようね、ハロウィンでお兄さんにお菓子をとられたって顔』

 

「おい嘘だろ……なんで俺の番号知ってんだよ」

 

 俺は四方を見渡し、そして誰もいないことを確認して膝を折って受話器に怒鳴る。声の主であるくるくるヘアーの赤毛に向けて。つか、おいマジかよ‥‥‥

 

「──ロウィーナ。電話なのに表情を読むんじゃない。何の用だ、忙しいからくだらない用事は切るぞ。世間話ならディーンに聞いてもらえ、ジン持ってけば酔っぱらうまでは聞いてくれるよ。バットマン見ながらな」

 

『つれない反応しちゃって。きっと感謝することになる。デュランダルを探してるそうね?』

 

 俺はぎょっとする。通話の相手はロウィーナ・マクラウド。かつては敵、現在は協力関係にある腐れ縁のスコットランド魔女。

 

「なにか知ってるのか?」

 

『ちょっとね。策士の一族とかなんとか、気取った連中よ』

 

「なあ、300年以上生きた大ベテランの魔女だろ。迷える若者に知恵を貸す気はねえか?」

 

『あら、忙しいのに世間話を聞いてくれるの?』

 

 嫌味かよちくしょうめ。だが、これは手詰まりの状況に差し込んだ光明だ。俺は溜め息とかぶりを振った。

 

「悪かったよ、何から話す?」

 

『冗談よ。あんた達とは長い付き合いなんだから。気の利いたギフトを贈りにきた』

 

「見返りはなんだ? あんたはボランティアはしない。俺には分かる、長い付き合いなんだから」

 

『……皮肉がディーンに似てきたわね』

 

「分かんないぜ、サムかもしれない。もしくはウィリアムズ刑事かも。ジュリエット・ヒギンズってのもあるな』

 

 溜め息聞こえてるぞ。これで仲良くおあいこさ。咳払いが聞こえ、俺は耳を澄ませる。

 

『ドルイド教徒の魔女を覚えてる?』

 

「あれだろ、ディーンに忘却の呪いをかけた連中だ。はっきり覚えてるよ、インパラのキーを忘れるくらい記憶がなくなった。記憶が消え、いつか自分が誰か認識できなくなる。姑息な魔術だよ」

 

 記憶に新しい狩りだ。

 兄貴が魔女に呪いをかけられて記憶をなくしていった。最初は電気スタンドをペンと間違える程度だったが最後は自分の名前まで分からなくなってたよ。あのまま記憶が戻ってなかったと思うとゾッとする。

 

『ギデオンとボイドとカトリーナ。いけすかないガキどもだった。でもね、もう一人使用人がいたの。狩りをした私とあんた達を血眼で探してる』

 

「それは嬉しくないニュースだこと。そいつが魔剣か?」

 

『いいえ、違う。これは私からの提案。魔剣の情報を教える対価ってわけ。ハウスキーパーを叩いてちょうだい、私の部屋に忍び込んでクローゼットを血で汚す前にね』

 

「使用人は日本に?」

 

『だから電話したの』

 

 俺はやけくそに笑ってやった。強力なケルト魔術を使うハウスキーパーを一人でぶちのめす。しかも相手の顔は分からない──最高。

 

「魔女は何人もやっつけてきた。いいよ、仕事の範囲内だ。魔剣の情報を教えてくれ」

 

『教科書を探してみなさい。100年戦争を終結させた女の名前が書いてあるでしょ。それが探してる対戦相手』

 

 

 俺は頭を抱えた。

 イギリスとフランスの100年戦争を勝利に導いた人物。フランスの歴史を説けば必ずと言っていいほどその名前は上がる。

 

「……オルレアンの乙女か」

 

 

 リュパンの次は、ジャンヌ・ダルクかよ。

 

 

 

 

 

 

 




お気に入りが200件を越えていました。見てくださっている皆さんに感謝を。尖った小説がどこまで尖っていくかのか作者にも分かりません。


『かかってこい、トークバトルだ!』S7、17、ニック──

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