哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

120 / 196






『あたしはアラステアの弟子だったの、ディーンと同じよ。ねえディーン、クラウリーを好きにしていい?』


『つまり、予言者に危害をくわえる者は、なんであろうと大天使たちによって抹殺される。彼等は絶大だ、最高位の天使たち。天界の最終兵器といっていい』


『──よく聞け、何かがおかしい。異教の神にしては強すぎる』





The Road So Far(これまでの道のり)




『やっと分かった……! いつものお前の手口さ、威張り腐った連中を自業自得の目に遭わせる。それがお前の趣味だろ……ッ!』


『大天使はワケが違う、彼等は原始の創造物だからな。再生するにはかなりの時間がかかる』


『やめておいた方がいいぞ。ルシファーは連中を簡単にひねり潰す、命があるうちに逃げ出すことを考えろ』


『だがお前は使える。大きなモノを堀当てようとしている、恐れを知らぬヤツだよ』


『なら予言者と、悪魔の親玉が出くわしたら……』


『その悪魔に天の怒りが矢のように降り注ぐ』


『違う、ただの喧嘩。バカンスをしようと立ち寄ったらポーカーをやるハメになって相手の金を巻き上げた。ついでに、女房もイタダキ』


『……そうよね、あんたは片道切符を持ってる。覚悟しときなさい、今まであんたがやったことを考えると……スイートルームには泊まれない』


「あとのことは理解できた。ユニコーンと幸せに暮らしたけど別れて悲しいんでしょ? 私は吐き気を催しながら聞いてたけど、正直言ってグッと来た」


『神と大天使が来て光を作る前の世界だが何もなかったわけじゃない。暗黒があったんだ。凄まじいエネルギーと残酷な破壊の塊である暗黒は神と大天使たちによって成敗された』


『これがお前たちの役割。運命なんだよ、器になるために生まれた。天に行われるごとく、この地上にも行われますように──どちらかが、死なねばならない』


『……そもそもカインだって死にたいと願ってた、刻印が望むような殺人鬼になるくらいならな。そこでカインは原始の剣を使って自殺した……ところが、こんな噂がある。刻印を付けた者は──()()されない』




Now(そして今……)






The Emptyー虚無

 

「残念だけど、彼女は眠ってる。可愛い顔を借りてるだけ」

 

 ────違う、メグじゃない。

 

 彼女はとうの昔に命を落としてる。俺たちのために時間稼ぎを買って出て、天使の剣に刺し殺されたのをこの目で見てるじゃねえか。

 違う。現世にはもういない、メグは死んだ悪魔や天使たちが行き着く場所にいる。

 

 思考を戻す。

 見渡す限り、何も存在しない真っ暗闇。生き物はおろか、物体と呼べるものがそもそも存在しない黒一色の世界でメグの姿をしている" 何か "。

 

 五感で把握できるのはそこまで。

 耳を澄ましても何も聞こえない、目を凝らしても視界に入るのは目の前の女だけ。他には何もない、何も感じることができない。

 大量の黒い絵の具をただただ何も考えず、キャンバスに落とし込んで行ったような世界。景色という言葉が、死んでる。

 

「五感を奪われたって顔ね。でも私の声は聞こえてるでしょ?」

 

 最後に覚えているのは四方から迫ってくるキューブ。緋緋神となった神崎の次次元六面……

 

「……」

 

 この場所がどこで、眼前のメグの姿を借りたモノが誰なのか、一度頭が冷えてしまえば把握するのは簡単なことだった。

 生き物が死に絶えたというより、まるで最初から生命が存在していなかったような……この異様な景色。地獄や天国とは似て非なる、常識から隔離された世界特有の匂い。

 

 こんなイカれた場所を俺は1つしか知らない。

 ただ一人、この場所から抜け出したカスティエルから断片的に聞いた場所──

 

「虚無か……?」

 

 俺の半ば確信めいた質問に、

 

「すぐそばの宇宙から来たUFO的な霊体よ。貴方のよく知る色金と一緒」

 

「……どうしてメグの、俺の知り合いの悪魔の姿をしてる」

 

「訳があるの。本当の姿を晒したら、貴方はたぶん──怖がって自分の目を潰そうとする。そうなったらお互い()()当てられない」

 

 けらけら、とそいつは笑った。その姿は俺のよく知るブロンドの悪魔だ。アザゼルの娘、アラステアの教えを受けたルシファーの背信者。

 だが、外はそっくりでも中身は違う。根本から違っている。そして、メグの姿を借りたそいつが遠回しな答えを口にしてくれた。

 

「ここは神とアマラ以前の場所。天地想像の前にあった世界、そこには何もない。無、あるのは虚ろだけ」

 

 ──ここは『虚無』の世界。死んだ悪魔や天使たちが問答無用で投げ込まれる彼らの墓場。最後の終着点。

 

 キャスから聞いたとおりだな、本当に見渡す限りの暗黒だ。形ある物は何も存在しない、あるのは一面を覆っている暗闇だけ。

 誇張なしに確かに虚無だ。形あるものは何もない。妙に頭が冷めているせいか、焦りや危機感は良くも悪くも湧いてこなかった。

 

「天国、地獄、煉獄と来て、ついに虚無か。ここにだけは来れないと思ってたが、案外近くにあったんだな」

 

 最後に「来たいとは思わなかったが」と付け加えてから、俺はメグの姿を借りた『虚無の主』に返す。

 マザーがそうであったようにこいつも自由自在に他人に擬態、姿を変えられるんだろう。悪魔だろうが、天使だろうと好き勝手に。

 

「あんたのことも聞いてるぜ。虚無の世界を仕切ってる管理人は死の騎士(デス)を凌ぎ、大天使すら顎で使えるような化物だってな」

 

「カスティエルね、口の軽いこと。まるで高校生だわ。でもピザ男からこんな話も聞いてないかしら、私が唯一許せないことは眠りを妨げられることなの──分かる?」

 

「ぐ、ふッ……!」

 

 一段低くなった声で指が鳴らされた途端、俺は暗闇の床に膝を着いた。

 ……ああ、どいつもこいつも……っ、

 

「ザカリアは貴方を末期の胃ガンにしたけど、あんな回りくどいのは好きじゃないの。手を汚さないのが最高の拷問、そうでしょ?」

 

 ……声が、まともに出せない。吐血と体の内側から中身が破壊されていくような痛み。人外特有のふざけた出力のPK、まるで体が内側から擦り潰されてるみたいだ……

 こいつのさじ加減一つで骨を主要臓器にあてがうことが出来る。指をもう一度鳴らすくらいの、そんな気軽さで簡単に。

 

 痛みでろくに働きそうもない頭でもそれは簡単に分かった。手を汚さないのが最高の拷問──なんとも忌々しいアラステアの教えを守ってる。

 

 知るか、化物の安眠を好きで妨げたわけじゃない──開口一番にそう言ってやるつもりで、役に立たない喉の代わりに悪魔の皮を借りた怪物を睨む。

 

「ここは虚無。死んだ天使も悪魔も安らかに眠ってる。私も眠ってた。みんな眠りにつくわ、大天使だろうと例外なく。なのに、カスティエルが突然目を覚ました。そうなったら私も起きないといけない、そんなの我慢ならない……!」

 

 一転、ヒステリックな叫びが暗闇に響いた。

 真っ黒だけだった場所に、俺の口から罵詈雑言の代わりにと、吐かれた赤色の毒々しい花が咲いていく。

 

 時間にして一分にも満たない間、存分に苛立ち解消の道具に利用された俺は、ようやくPKの力場から解放された。

 虚無の主は、神やダークネスに次ぐイカれた化物。この程度の挨拶、それこそ指を弾いた程度なんだろう。銀河級プレイヤーはもう要らないってのに迷惑なことこの上ない。

 

 口元にまとわりついた血を雑に拭い、せめて自嘲気味に笑ってやる。

 

「……過激な挨拶だな。ここまで喜んでくれるとは思わなかった。不眠は沈黙の殺戮者だろ、それは俺も知ってる」

 

「そう。カスティエルを追い出して、やっと眠りにつけると思ったら次にやってきたのは人間。ねえ、参考までに教えて。人間が、どうやってここにやって来たの? 婚活バーと間違えた?」

 

「さあな、天国からも地獄からも入国を拒否されたのかも」

 

「だったら、考えてみなさい。鈍い頭を、精一杯働かせて考えてみなさい。ここは虚無、神の力も及ばない場所に貴方みたいな異物が紛れ込んだ理由が気になって仕方ない。その鈍い頭で、精一杯考えて」

 

 まだ苛立ちが収まり切らない声が何もないはずの暗闇に反響する。

 

「善人は天国、悪人は地獄、怪物は煉獄、そして天使と悪魔は虚無。ルールは曲げられない、決まってるの。それがたったさっき歪められた、ウィンチェスターって異物のせいでね?」

 

「人をバイ菌みたいに言うな。あんたの庭先に好きで踏み入ったんじゃない。女神の癇癪を買ったら、気が付いたときにはここにいたんだ。俺にとってもトラブルだよ、かなりデカいやつ」

 

 観光地じゃないんだ、誰が好き好んで虚無の世界に来るか。いや違うな、そうじゃないんだ。確かにここは天使と悪魔の墓場、角度は斜め上に逸れてるが死者が迎えられる場所という点では、ここに招かれたことは間違ってない。

 

 緋緋神が仕掛けた次次元六面──あらゆるものを止め、切り取ることのできる凶器。

 脳裏に残っている最後の景色から推測するに、俺の体は原始の剣を押し込まれた上で、次次元六面に投げ込まれて、そのまま()()()()()()

 

 あの世界最高峰の魔女であるパトラが『触れるな』と、わざわざ警告した危険物の山に正面から突っ込めばどうなるか。そして俺がいるのは角度は違えど、死者が眠りにつく場所。

 

 とても口にはしたくないが、俺は次次元六面に体を切り取られて──殺された。神崎に宿った緋緋神に。

 

「ええそうよ、貴方は死んだ。プラモデルのパーツみたいにバラバラになってる」

 

「グロい。分かりやすい説明どうも。多分、刻印のせいだろう。魂が悪魔になってるからこっちに引き寄せられた」

 

 それしか考えられない。半ば確信を持って答えた俺に、メグの顔をしたソレは吹き出したように笑った。

 

「アッハハハ! 冗談でしょう、クモの巣まみれの頭を働かせた結果がそれなの?」

 

「……何がおかしい。カインは刻印を宿した結果悪魔に傾いた。ここの入館パスがあるとすれば刻印以外考えられない」

 

「最後まで騙し遠せる素人ならともかく、私はここを管理してる責任者。ここはちょっと出来が良いだけのタトゥーシール1つで迷い込める場所じゃないの。もっと厳重に棲み分けができてる、だから腹立たしい」

 

 嘲りと苛立ち半々の否定。だが、それ以外の理由を探ろうとしても何も浮かばない。いや、それを突き止めたところでどうにもならない。

 

「分かった、呼び鈴も鳴らさずに来たことは謝るよ。睡眠の邪魔をしたことも謝る。だが、残念なことにーー俺は目が冴えきって、眠ろうに眠れない」

 

「眠らないなら場所を変えてあげましょうか。ここよりももっと深い、虚無のドン底に突き落として黙らせるって手もあるのよ?」

 

「そんな手があるならとっくにやってる。俺を黙らせる方法がないんだろ」

 

 即答してやると、心底つまらなさそうに顔が歪んだ。

 

「……賢いわね。そのとおり、忌まわしいことに貴方を黙らせる方法がない。かと言って、このまま貴方と永遠に話し続けるなんて耐えられない」

 

 どうやら、目の前の彼女はよほど眠りにつきたいらしい。それ以外のことはどうでもいい、これまでの言動を総括するとそう言わんばかりだ。ただ眠りにつきたいだけ、それだけに眠りを妨げた俺のことが気に入らない。それなら──

 

「なら、俺を元の場所に戻してくれ。そうすればあんたも眠りにつける。キャスにやったみたいに俺をここから追い出せばいい。お互いに良い話じゃないか、違うか?」

 

「駆け引きはしない。死んだらそれっきり、命は一度きりだから尊い、学校で習うでしょう。それを行ったり来たり、迷惑でしかない。死の騎士の言ったとおり、貴方は秩序を乱すことしかできない悪の権化よ」

 

 ……もっともなこと言いやがる。

 

「ビリーのお友達か、そんな感じだな」

 

「典型的なナルシストよ、規則を重んじた昔に戻したがってる」

 

「戻す?」

 

「あるべき状態に戻すってこと、現実世界や冥界をね。死人は死んだまま、天使は地上を離れ、悪魔は地獄に戻る、私は眠りにつく。彼女の計画ではそうなる予定」

 

「あんたは自分が眠れるなら、それでかまわないって顔だな?」

 

「ええ、多くを望んで良いことはない。私はただ眠りたいだけ。静寂を貰えればそれでいいわ。でもお前をこのまま追い出すのもそれはそれで気に入らない、根に持つタイプなの」

 

 スケールは段違いのくせに、妙に人間っぽい小言が洩れる。いつも通り、ファーストコンタクトは最悪もいいところ。眠ってる相手の頭上に空から落下して、頭を踏みつけにでもしたような最悪の出会いだ。

 

 分かってる、人間の命は一回。それがルールって言うのはよく分かってる。何度も贔屓されてる俺たちが異常だってこともよく分かってる。

 だが、限られた生を精一杯生きることと、永遠の命を持って生き続けること。どちらが素晴らしいとか、そんな議論は今は頭の片隅行きだ。

 

「なあ、このまま話をしたところで平行線だ。何にも解決しない。あんたも分かってるだろ、このまま俺とトークバトルを続けたところで何にもならない。駆け引きはなしって言ったよな、それなら取引でも駆け引きでもなく──お願いだ。俺を戻してほしい」

 

「やけに食いつくじゃない。死ぬのも仕方ないって、割り切ってるんじゃなかった?」

 

「ルームメイトと約束した、少なくとも緋緋神の件を片付けるまでは死んでやらないってな。神崎とも約束がある。なのにここ一番の大事なところで俺は何にもできず、バラバラになって転がってる。食いつくのは当然だ、戻れる見込みがあるなら俺はそっちに賭ける」

 

「私が追い出すまで、永遠とトークバトルでもしてやるって顔ね」

 

「それで戻れるなら望むところだ。スパイダーマンの話でもするか?」

 

 キャスは一度ルシファーに殺されたが、無事に虚無の世界から戻ってきた。俺は不愉快な顔でこちらを睨む彼女に半眼で答える。そう、ここは戻れる場所だ。管理人の許しさえ貰えれば……

 

 ただでさえ黒しかない重苦しい景色なのに、空気まで重たくなれば手がつけられないな。この手の交渉や駆け引きの手腕では綴先生に遠く及ばない。

 実際にこんな状況になってみて改めて届かない場所にいることを思い知らされる。そして、そんな先生に教えを受けたことは──俺の数少ない自慢だ。

 

「虚無、あんたは俺よりずっと長く生きてる。俺よりずっと利口だ。神とアマラ以前に存在してる場所を一人で仕切ってるんだからな。だから、恥を承知で頼む」

 

 ただ下手に出るだけじゃ駄目だ、相手にとっての利益もちらつかせろ。その上で可能な限りの自分の望む結果を引き寄せろ。どうせ五体はバラバラになってる、恐れはない。

 

「ここを出るためにあんたの許可が欲しい」

 

 スケールの大きさ、存在感だけで見たなら神とアマラの次に大きなモノホンの化物に、俺は今一度視線を正面からぶつけてやる。力の差は天と地どころの話じゃないが、虚無にも俺を黙らせる明確な方法がない。うんざりとしていた表情が、やがて別の顔に変わった。そして、

 

「ああ……そういうことか。緋緋神は建前でしかない。本当は──生きたいのね。武偵としての生活が楽しくて堪らない、もっともっと遊びたい、誰かと話がしたい、太陽の下を歩いていたい、そうなのね?」

 

 心底不吉な、あまりに邪悪すぎる微笑みがそこにはあった。

 

「いいわ、今はお前の願いを叶えてあげる。妥協してあげるわ、キリ。私を自分より優れていると認めたその潔さ、賢きことよ?」

 

 思いもよらないギフトを見つけた──そんな声だ。いつのまにか、ピラミッドでパトラが座っていたような黄金の玉座に虚無は座っていた。

 頬杖を突き、口角が三日月を思わせる弧を描く。ただ視線を合わせているだけで首にギロチンがかけられているようだった。

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「お前が気に入った」

 

「話が見えない」

 

「一度目は偶然、けど二度目は必然になる。さっきの言葉を訂正するわ、ワンヘダ。お前の刻印はとてもよくできてる、今回は不幸なトラブル。次は正式にお前を連れて来るわ、この場所に」

 

 背後から例えることのできない寒気がして、体が縫い付けられたように固まった。ぶくぶくと水底から何かが水面に上がってくるような──ただただおぞましい音が耳に流れ込んでくる。

 

「浴びるように悪魔の血を飲んだ挙げ句、刻印がお前の魂を一度悪魔に変えてる。勿論そんなことで虚無に来られても困るけど、それが()()()になれば話は別」

 

 やがて音が止まり、それが愚かな行為だと分かりながらも俺は、背後に振り向いた。

 たぶん、これ以上おぞましい存在をこれから先目にすることはないだろう。出来ることなら、今すぐにでも自分の記憶を数秒前に削り取ってやりたい。

 

「今は元の場所に戻してあげる、元通りの体でやりたいことをやりなさい。神崎アリアを緋緋神から解放して、今まで通りに暮らすのよ」

 

 虚無は笑う。

 

「ここに迷い込んだことや私のことなんて忘れていい、お前が重荷を下ろして幸せになり、求めていたものに手が届いたとき、そのとき──連れていく」

 

 楽しげに、

 

「虚無の世界に引きずり込んでやる。ええ、今は駄目。虚無は広い、お前の為の席はちゃんと用意しておいてあげる。安心して、お前は地獄に30年いたらしいけど──大丈夫、ここはもっと悲惨だから」

 

 心底楽しそうな声で、虚無は笑う。

 

「──地獄には物がある、ここには何もない」

 

 何もない暗闇に明後日の方向から赤い光が射し込んだ。あれが恐らく……外に繋がる扉。

 何も言うな、ここで言うべき言葉は1つしかない。今だけはここを出ること以外考えるな。

 

「分かった、約束する」

 

「良かった」

 

 その一言を残し、メグの体は真っ黒な液体となって役目を終えたように四散した。液体が床に滴る、生々しい音を残して。

 

「……流石に次は帰れそうにないな」

 

 考えるな、考えなくていい。先のことを考えればここで何もかも終わる。

 忘れたくても忘れられない約束が頭の奥に刻まれた。いや、先の悩みは明日考える。まずは今日を生き延びよう、みんなで。

 

 いい加減、神崎の体から緋緋神を叩き出してやる。『ピンチが最大のチャンス』って言葉には賛同しかねるが、ここは臨機応変に行こう。

 またプラモデルのパーツみたいにバラバラにされるのも、レーザーに心臓を貫かれるのもナイフに掌を串刺しにされるのもごめんだからな。

 

「……」

 

 あるのは一面の暗闇、墓碑も土も花もない。

 ここには数え切れない天使や悪魔たちが眠ってる、一人くらいタンデムしてもバレないだろ。

 

 去り際に見た虚無はご機嫌だった、バレてもこの一戦に限っては多めに見てくれる。緋緋神から神崎を解放しろと言ったのは他ならぬ虚無だからな。

 

 緋緋神──相手は神だ。何の備えもなしに挑めば、さっきの繰り返し。如意棒を抜きにしても、あいつの力は人智の外にある。

 いまの神崎の中にはモノホンの『神』が居座ってるんだ、俺がちょっと千年アイテムで武装したくらいでは勝負にならない。

 

 地力での差は絶望的、勝ち目の薄い勝負をひっくり返すには──バカをやるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「──呼んだか、へっぽこベーシスト。バンドメンバーが欲しいって?」

 

 

 

 その声はまるで、暗闇で伸ばした手を取るようにやってくる。

 

 いつだってそうだ。手を伸ばせば、まるで救いの手を先読みしていたようなタイミングでやってくる。

 

 悪戯好きな顔、人を皮肉ったような道化師のようなおどけた顔でやってくる。

 

「ズバリ言うとすごく困ってて……こんなところだけど久々に祈った。でも良かった、祈りはちゃんと届いたみたいで」

 

 緋緋神の力は俺の想像の外。測れるものじゃなかった。

 アンフェアな力にはアンフェアな力をぶつけてやるしかない。

 

「まだチンケなバンドに入る気ある?」

 

 カインの刻印でも届かなかった。

 だが、まだ俺には不公平な1枚が残ってる。

 正真正銘、天界が誇る最終兵器が──この世で俺にだけ与えられた、最高にアンフェアな剣がある。

 

「それって仮釈放のお誘い?」

 

「ここにはテレビもスパもイカしたストリップバーもない。でも日本はパラダイス。静かだし、自販機は多いし──いい風俗もたくさん」

 

「キリぃー? 前にも言ったよな、群れるのは嫌いなんだ。でも最後の言葉は気にはなっちゃうなぁー、キャストはサービス旺盛? 芯から燃え上がっちゃう感じ?」

 

 ニヤリと悪戯好きな神は、笑う。

 どんな餌を撒けば食らいつくかは知ってる、皮肉なことに誰よりも、知ってる。

 

「日本のおもてなしはすごいよ?」

 

 ──天に行われるごとく、この地上にも行われますように。

 俺たちは同じ役回りを与えられた、同類だ。お互いのことは誰よりも分かってる。

 

 ミカエルは父に従順、ルシファーは反抗的。

 そして時には従順に、時には反抗的に。どちらの形も取れたのが──

 

「一回だ。火遊び大好きな女神を黙らせるまでの一戦のみ。後始末までは手伝ってやれない、仮釈放だからな」

 

「十分だ。あいつの目論見を叩き潰せるなら、俺の指先一本まで全部レンタルすりゃいい。見込みは?」

 

()があれば見込みある、十分にな。まぁ、正直こんな日が来るとは思わなかったし、その顔は好きじゃないが」

 

「悪いな、この顔しかない」

 

 分かってる、と言って彼は笑う。

 再会の挨拶も程々に、長居は無用だ。

 十分休みは貰った。墓碑の下から這い上がる時間だ。

 

「お返事は?」

 

 返す言葉は決まってる、一言しかないだろ。

 天使を受け入れる為の、器の錠前を開けるためのキーワード。

 これが最初で最後、一回きりの相乗りだ。しくじったな、緋緋神。掘るべき墓穴が浅すぎるんだよ。

 

 

 

 

「──────Yes.だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 視界を染めるのは高速度の猛吹雪。雪は高速で移動するリニアの上では、烈風と共に小さな鈍器のように体を絶えず叩きつけてくる。

 

 觔斗雲での移動は、空を行く巨大な船から高速で走行するリニアへ戦いの場を変えた。

 

 超伝導リニア新幹線による、甲田山、白神山地といった豪雪地帯を突っ切る耐久実験線。まだまだ遊び足りないのはあったが、遠山のスペースを開けておいて正解だったぜ。

 狙い通り、遠山は觔斗雲の移動に割り込んで今もあたしの前にいる。まだアリアを諦めてないって顔だな、よしよし、そうでないとつまらない。

 

「ようこそ、遠山。お前に似合う事をしようと思ってな。この戦い、お前とアリアの出会いからお馴染みの『ジャック』で締めくくろう」

 

「実に21世紀らしい決戦の舞台だろ」

 

「ウィンチェスターの首は落ちた、残るはお前だけだ。さあ、戦ろうぜ」

 

 アリア、ハビ、孫。グルリと囲みながら一人残った遠山に促す。

 ウィンチェスターの首は落ちた、これで独占できるぜ遠山。あたしとお前だけの舞台だ。

 

「……俺にもこの、あいつの言葉を借りるよ。この感情のジェットコースターはキツい。アリアを救うために、あいつを殺しちまった。でもあいつは恨まないって言うんだろ、自分のやりたいことをやったって言うんだ。分かってる、そういうヤツだ」

 

「ああ、そうだ。それでいい、ナイフを構えろ、銃を取れ。持てる全部をぶつけてくれ、キンジ、お前への気持ちはコントロールがきかないよ」

 

「自分じゃ、どうしようもないんだ」

 

「これって恋なのかな。キンジ、これが──」

 

 恋──なのかな。恋──あたしはお前に恋してる。燃え上がるように熱くて抑えられない気持ちが、体の奥底からわき上がってくるんだ。

 

「……恋か。カレンデュラ、花言葉は悲恋。切が花に興味を持つなんて誰の影響だったんだろうな……」

 

「恋は恋だよ、遠山。恋とは戦い」

 

「戦いだぜ、遠山。舞台は整った、ここが最後の舞台!」

 

「戦おう遠山! はははっ!」

 

 カレンデュラ、金木犀の別名か。

 悲恋も恋の形だぜ、遠山。実るも実らないのも恋のうち。

 

 一つ、二つ──次次元六面を正面・右後方・左後方の三方向から増殖させる。8……9……まだいけるぞ。今のあたしは何だってできる。

 

 隙間を埋めるべく羅列されていく次次元六面、そして白銀の世界にあたしが光を灯してやる。ハビ、孫の瞳に緋色の輝きが宿り、雪に濡れた遠山の顔が険しく歪む。

 

「どうする、遠山?」

 

「まずは二発、次に一発」

 

「二段構えだ、凌いでみろ! もっとあたしを困らせてくれよ、遠山!」

 

 赤く、赤く、刻一刻と緋色の光は明るく、如意棒のカウントダウンを刻む。周囲の木々から雪や枝葉が、大地の微震にやられて剥離する。

 やはりアリアの器はいい。空間そのものが、如意棒のカウントダウンに合わせて軋む。

 

 この器なら、アリアならあたしの完全な現し身になれる──さあ、勝負のときだ。

 

「──この如意棒、止められるものなら止めてみなッ!」

 

 

 

 瞳に灯った緋色の光が臨界を迎え、遠山の頭と心臓に目掛けて孫とハビの瞳から緋色の道が一直線に走る。

 

 防ぐことも避けることさえ許されない槍、それが二本同時に伸びる。ましてや背後にはもう一本が控えてる。

 

 理不尽と言われても否定はしない、これで終わったとしても仕方ない。

 この気持ちをどう形容するべきか、掴み所のないあたしの気持ちを差し置いて、緋色の光は遠山の命を刈りとるべく進み、異変は唐突にやってきた。

 

「……?」

 

 無視できない違和感は雪に薄汚れたはずのリニアの屋根にできた、黒い穴が──開いていた。

 

 底の見えない深い池から黒以外のすべての色を抜き取ったような、明らかに異様な何かがいつの間にかあたしと遠山の間に広がっていた。

 黒より黒い──いや、一点の光さえ届く余地のない完全な黒。極限まで濁らせた黒シミが集まった穴からそれは何の兆しもなく噴き出した。

 

「……なんだッ!?」

 

 穴から吹き上がった黒い泥が光の早さで撃ち込んだレーザを飲み、まるで意思を持った生き物のようにとぐろを巻いた。

 緋色の光は黒く染まった腹の中へと沈み、柱のように高く直立した触手が口を開くかのごとく大きく横に広がって形を変えながら、真上から次次元六面の上にのしかかる。

 

 ……遠山が驚いてるってことはこれは、あいつも意図していない何か。いや、分かる──あたしには、このおぞましいという言葉では足りない存在に、一つだけ心当たりがある。

 

「ありえない……いや、そんなことが……」

 

 ……ありえない、それはありえない。地上に出てくるなんて話は聞いたことがない。

 だが、確かにあたしの前にありえないことが巻き起こってる。事実、次次元六面は黒い泥に覆われ、そこには最初から何もなかったように黒いシミの一部となった。

 

 泥が動く度に、耳を切り取りたくなるような音が響く。いや、あれは泥じゃない。そもそもあれはこの世のものじゃない──どういうことだ、どうして、どうして──

 

「──どうして虚無から外に出てきたかって?」

 

 おどけた声は黒いシミの中から響いた。

 バチ、バチッと配線がショートしたような音が続き、雷が響きだす。豪雪地帯に唐突に雷鳴がけたましく鳴り響き、雷雪がリニアを襲う。

 

 シミのごとく広がっていたシミが、最初に開いた穴の奥へ戻っていく。排水溝に引き寄せられるように黒い泥は退き、人肌色の腕が一本、穴から飛び出す。

 

「浅すぎたんだろ、墓穴が」

 

 まずは右腕が、次に左腕が小さくなった穴の中から這い上がってくる。

 

 

 は、ははっ……はは、ははははははは……ッ!

 

 

 あははははははははははーッ!!

 

「這い上がってきたのかッ……! はは、あははははははははははっ! ()()の世界から這い上がってきたか……! そうか、そうかそうか……!」

 

「切……っ! おま……」

 

「おっとぉ、キンジぃ? そこまで、感動のハグは後回しだ。棺桶から出られてキスでもしてやりたい気分だが、お嬢様を救うのが先決だろ?」

 

 黒く濁った穴が消え去ると、五体をバラバラにしたはずの雪平が何食わぬ顔で唇にチャックを引くようなジェスチャーを取った。

 原始の剣を突き刺したはずの腹も、クルド族のナイフで抉った掌にも与えたはずの傷がない。それに、

 

「おい、洒落た眼帯は忘れてきたか?」

 

「迷惑料代わりに置いてきた。結構気に入ってたんだけどな」

 

「おま…っ、右目……ど、どうなって、んだよ。み、見えるのか……?」

 

「ゲームでよくあるだろ、一度KOされると体力が満タンでふっかーつ」

 

 ヘイゼルグリーンの両目を細めて、雪平はだらしなく肩を揺らす。

 人間が虚無の世界に招かれ、ましてやあの墓場から這い上がってくるなんて馬鹿げてる。常識から逸れてるなんて話じゃない、どうりでルシファーが贔屓にしたわけだよ、イカれてる。

 

「ちゃんと見えてるよ、やさぐれあんちゃん。ドクター・セクスィーに診てもらったからな。いつでもカウボーイブーツを履いてるセクシーでラブカルテなドクター。テニスシューズじゃないから気を付けろ、間違えるとおばちゃんたちから怒られるぞぉー?」

 

「ど、ドクター・セクスィー……? ……おい、待てよそのドラマにテニスシューズって……!」

 

「口の減らない、随分と元気じゃないか。死ぬのは慣れっこってか?」

 

「虚無から這い出るなんて聞いたことがない。予想の外から攻めてくる、噂に違わないよキリ。さすがウィンチェスターだ」

 

「よし、仕切り直しだ。またタッグマッチ──いや、今度は三人でお相手しよう」

 

 仕切り直しに、アリアの瞳に温存していた如意棒にギアを入れる。仕切り直しの一発、さぁてどちらに、

 

「そうか。聞いたかキンジ、名誉を賭けてやろうじゃないか。インチキなし、トリックなし」

 

 言うや雪平が指を鳴らす。

 次の刹那、ヤツの心臓を抉るべく撃った如意棒が遥か彼方、ありえない屈折を描いて明後日の方向に逸れた。

 

「そのかっこいいレーザーもなし。悪く思うなよ、最後まで協力するって取り決めだ」

 

 ──違う。いまのは雪平の仕業じゃない。如意棒を曲げるなんて芸当、なんだこいつは──違う、こいつは何かが──

 

「いい加減大人になれ、ヒヒ。いじけたヤキモチが招いた戦争がどれだけ価値のない、虚しいものか知ってるか? あとには何も残らない、周りを巻き込むだけ巻き込んでそこで終わり」

 

「黙れ、随分と上からな物言いじゃねえか。お前に何が分かるってんだよ」

 

「ママに会えないからってその子から親を、家族を奪うのは筋違いなんだよ。ああ、随分と上からな物言いだ。こんなドラマチックな展開に割り込むのは柄じゃない、けど祈られた。他ならぬ、()()()から。だからやってやるさ──」

 

 薄暗い雪雷の中で、雪平の双眸が色を変える。

 地獄の権力者と同じ白色でも、地獄の王子たちと同じ黄色い目でも、カインと同じ赤でもない。

 

 どこまでも澄んだ蒼白の双眸が煌めき、雪平の体を起点に陽光が差し込んだように光が広がっていく。

 大きく背中から伸びていく影の両翼を広げ、そいつは強い声で、そう言った。

 

 

 

「──────大天使、らしくな」

 

 

 

 ……ああ、そうだった。思い出したよ、合点がいった。

 

 

 

「……そうか。キリ・ウィンチェスターってのは末弟だったな。家族から逃げた、皮肉屋で道化師みたいにおどけて、女にはひどく甘い」

 

 遠山も察したか。

 いや、あたしより早く勘づいたか。

 

「そっくりだ、仲良く家出コンビが手を結んじまったかーーははっ、はははっ! 抜け目ない、抜け目ないなぁキリっ! ちゃんと対抗策を引きずってくる、殺されてからカウンターを決めるとはなァ!」

 

 雪平が虚無から引きずってきたのは神が作った原初の創造物。四人の大天使の一柱。

 恐らく、あいつが本来宿るはずだった器が目の前のそれだ。だが、あいつは最終戦争をそっけのけで傍観者を決め込んだって話だ。

 

 つまり、目の前のこいつは最終戦争でも実現しなかった、本気の器を手に入れた──

 

 

「" ガブリエル "──────招待状なしでパーティーに飛び込むのが趣味なのか?」

 

 大天使ガブリエル、天界を抜け出した神の近親とまさかこんなところでご対面とはな。

 

「仕切り直し、これで3対3の勝負だ。行こうかキンジ、キスでもなんでもやって彼女を叩き起こせ。道は開いてやる」

 

「切、俺がいつも言われる言葉なんだが……お前はいったい何者なんだ?」

 

「偏差値低めで荒っぽい学校の学生」

 

 遠山はナイフを、そしてガブリエルを仕込んできた雪平も凶悪無比な大天使の剣を抜いてくる。

 

 大天使の入ったカインの子孫と遠山侍、この上ない対戦カードに胸の高鳴りは止まらない。

 おもしろい、ただその感情を抱きつつ、闘争心を滾らせる。最終局面を受けるべく、三人分の足は前へ踏み出した。 

 

 





次回、決着予定。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。