哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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Engage Kiss

 

 

 

 

 キャスを初めて見たとき、天使がトレンチコートを着てるなんてひどい冗談だと思った。

 

 だってそうだろ、コンスタンティンみたいな格好で現れたイケメンが自分が天使だなんて言い張ったら誰だってしかめっ面になる。

 

 第一、悪魔も怪物も信じるディーンが天使だけは頑なに信じようとしなかった。

 悪魔も怪物も会ったことがあるけど天使とは会ったことがなかったからな、見たことのないものは信じないと実に頑なだった。

 

 けど、本当はキャスが降りてくるよりもずっと前に俺たちは天使と会っていた。

 

 

 

『トリックを使ったのさ。お前らだって袖の下に1枚くらい隠してるだろ? とっておきのヤツ』

 

 

 

 それはこれまで敵対したどの異教の神よりも強力で、どの神よりも自由奔放で個性的だった。

 

 色が違う、気色が違う、最初から違和感はあった。ただの異教の神とは違った()()。それはあのとき、俺にだけ勘づくことができた違和感。

 空の遥か上にいる神が、同じ役割を押し付けたが故に気付くことのできたリンクする違和感。

 

 

 

「長いことバッテリー切れが続いたせいでフラストレーションが溜まりに溜まってる。なんていうか、爆発寸前の火薬庫だ。気休めに木の蓋を被せただけのな?」

 

 酷い。予算切れでまともな役者も脚本家も呼べないまま強行したB級映画みたいなセリフだ。自虐って言葉がここまで相応しい光景もないな。

 

 トリックスターに半分ハンドルを譲ってやった体は、無手の指がさながら操られたように勝手に持ち上がる。真っ向から押し寄せる斥力の壁は、指を鳴らす動作一つで、相殺。なぐりつけるような力場が消え去った。

 

 さすがにガス欠だった前回とは、違うな。

 理不尽な異能に、同じ理不尽な異能をぶつけて台無しにすると、刃物を具現化したような器三人分の鋭利な視線が一度に集まる。

 

 人の域を逸脱した理不尽な力。

 色金のアンフェアに抗うには、俺もアンフェアな一枚をぶつけるしかなかった。

 雪雷荒れるリニアの上で、俺が五体を貸してやったそいつの名前はガブリエル。

 

 

 

 兄弟が殺し合う最終戦争に、無頓着な神に嫌気が差して天界を抜け出した────

 

 

 

 ────大天使だ。

 

 

 

 

 

 

「その子は駄目だ、ヒヒ。返してもらう」

 

 ガス欠寸前の傷物状態でさえ、地獄の王子を瞬殺した最高位の天使。神の近親たる、天界が誇る最終兵器の一柱。

 

「本気も本気だな、大天使。地上の小競り合いに出張るとはどんな変化だ?」

 

「バカンス中に気付いたんだ、地上も捨てたもんじゃない。いい風俗もあるしな。怯まなくていいぞ、キンジ。道は開く、障害は取り除いてやるから突っ走れ」

 

「さすがにユーモアはあるな。だったら道を奪えばどうするッ!」

 

 神崎への進路を阻むように正面に並んだ覇美と猴が吠え、何もない虚空から次々と黒い立方体が手品のように這い出てくる。

 

「次次元六面か……神社といい、さっきの爆撃機といい、そいつには随分手こずったが──もう仕事はさせない」

 

 首元の深くに溜め込んだ恩寵が脈動する。

 天使のガソリンタンクたる恩寵から溢れ出したエネルギーは、翳した掌から吹き付ける雪を引き裂くような衝撃の波となって外へと暴れ出る。

 

 キャスお得意の恩寵を駆動させて放つ衝撃波。

 だが、原理は同じでも大天使の恩寵は出力がまるで違う。

 

「道を奪っても一緒だ。道を奪ったところでキンジは走り続ける。走るための足がある限りな」

 

 虚空を引き裂くように進んだ衝撃の波は一般の天使が引き起こす比じゃない。

 行く手を遮った漆黒の立方体を理不尽な力が飲み込み、抱き込むようにして共にリニアの上からかき消える。そしてキンジはやや苦味を持たせた顔で、

 

「……困ったもんだ、どっちで呼べば正解なんだ。ガブリエル? それとも切でいいのかよ」

 

「どっちも正解、どっちでも好きに呼べ。お嬢様を取り返す為のサポート役は引き受ける、目玉のシーンはお前が持ってけ」

 

「いつもと変わんねえな。生き別れの双子かってくらい似てるぜ」

 

「双子じゃねえよ。役が一緒だったってだけ、劇場は違うがな。目覚ましの一手は決まったか?」

 

「……出たとこでやる、援護してくれッ!」

 

「それが仕事だ。一緒にナートゥを踊るか!」

 

 前を先行するキンジが速度を上げる。

 ガブを相乗りさせたまま俺も不安定この上ない足場を駆け、後ろに続く。

 

 相対する三人の体を操った緋緋神が次に切るのは肉眼でもはっきりと波を打ち、揺れているのが分かる緋色のカーテン。

 立方体の次は斥力の壁、切れる手札はまだまだ残っていると言わんばかりに最後尾で佇んだ神崎の顔は笑みを浮かべたままだ。

 

 違うな、神崎は自信家だがそんな笑みは作らないんだよ。緋緋神。

 ただ雪を散らしているだけの虚空から引き出すように、いつの間にか手の中に収まっていたのは今までの狩りの記憶を、フレーム表面に無数の傷を刻んだスプリングフィールドXD。 

 

 ガブのトリックが引き寄せた『元カノ』の銃口を揺らめく緋色のカーテンへ定める。

 

 

 

「Bleesed be the Lord my strength, which teaches my hands to the war, and my fingers to fight.」

 

 

 ──主よ。どうか我が手と我が指に戦う力を与えたまえ。

 

 

「My goodness and my fortress...my high tower and my Deliverer. My shield,」

 

 

 ──主は、我が砦、我が塔、我が救い、我が盾なり。

 

 

 

「はっ、敬虔って顔かよ。お前ら二人、神は敬わず足蹴りしてきたんだろうが」

 

「俺は初聖体にはちゃんと出てんだよ、ぶどうジュース飲んでただけだがな。いつかの約束を果たす時間だ。祈ってやったぜ、アルテミス」

 

 

 and he in whom I trust. Here you go baby.

 

 《主よ、あなたを信じます》

 

 

 ハンターの守護天使たる狩りの女神に向けた祈りを背に、立ちはだかった緋色の壁を鉛弾の雨が上から下まで串刺しにかける。

 点を超えて線に見える発火炎。従来のストンピングパワーを明らかに逸脱した異能の恩恵を受けた9mm弾の嵐が1発、2発……緋色のバリケードを食い破って緋緋神への射線を開いた。

 

「……まあ、食い破るか」

 

 新たに咆哮のような銃声が轟き、緋色の光を纏ったガバの45口径弾が暗闇を引き裂くように放たれる。

 緋緋神の超能力が上乗せた45ACP.弾は壁を食い破ったパラベラムをロックしたような精密さで叩き落とし、神崎への飛来を許さない。

 

 だが、緋色に揺らめいていた絢爛なカーテンはもう肉眼にもほとんど見ることはできない。斥力の壁は機能不全、足にしがみついてくるような感覚はない。

 大量の空薬莢を走行するリニアの外にばら蒔きながら続けた消耗戦の意味はあった。スライドのロックがかかるの同時に放った一発がほぼ不可視になりかけの斥力の壁との間で静止、やがて鈍い音を舞い上げて消えかかった壁を完全に穿つ。

 

「二枚目のトリックも突破だ。なんでも来い緋緋神、ガブリエルはアスモデウスへの鬱憤がまだ残ってる、いつになく絶好調だ。来いよ、お次はなんだ?」

 

 恩寵が通い蒼白に染まった瞳で、三人まとめてお決まりの言葉を投げ掛ける。

 どうする、緋緋神。手札を切らないならキンジは進むぞ。出たとことは言ったが何か策があるって顔してた。追い詰められた時のキンジはとんでもない。俺なら止めるね、全力でな。

 

 雪雷乱れる悪天候、不安定ですらまるで足りない最悪の足場。そんなことは気にもせずキンジは駆ける。

 

 蘭豹先生の教えだ、戦場を選ばない。

 あの人は偽りなくいい講師で、いい教官だよ。どんな地形や天候気候でも動けるようにノウハウを体に叩き込む。死なないようにな。

 

「遠山、お前も悪運の強いヤツだよなぁ。ここまで来ると一級品だぜ。お前は獣人も魔女も人間もみんな抱き込んじまう。でもまさか、大天使を引き込むとは……さすがにあたしも驚いたよ」

 

 迎撃を務めるべく、先頭で立ち塞がった孫が饒舌に語る。得物である青龍偃月刀も健在の姿を見せつけるように、くるりと一回りさせる。

 

「あたしの考えを外から抉った。遠山、お前は本当に楽しいヤツだな。ますます気に入ったぜ」

 

 饒舌。そいつは違うぜ、ガブ。

 口が回りすぎてる。無意識に口数が増えてるのは追い詰められてるから。心を落ち着かせるためのなだめ行動。緋緋神は少なからず察してる、キンジが何かやばいことを考えてることに気付いて拒んでる。

 

「ヒヒ、口とおてての動きが食い違ってる。近づくのは許さないって?」

 

 刹那、足が独りでに止まる。

 俺じゃない、ガブが足を止めた。半分はハンドルをくれてやった器から青白い双眸が鍵を押し込んだような強く発光する。

 

 言ってみれば、天使の瞳が青く染まったときは動力源と繋がった合図。攻撃前の警告だ。

 いいさ、やっちまえガブ。俺が許す、アスモデウスとロキで溜め込んだ鬱憤を今日ここで八つ当たり気味に精算してやれ。

 

(やっちまえ、トリックスター……!)

 

 頭の中でGOのサインを出してやると、偃月刀の刃が白煙が吹き、刃から柄にかけてあり得るはずのない自然発火が始まる。触れることもなく、ただ対象を蝕むように赤い焔が徐々に勢いを増す。

 

 その光景は、レバノンで忌々しいアスモデウスをダサいスーツごと焼き払ったときと瓜二つ。

 だが、違うのは恩寵の欠損もなく、器がくたびれる心配もいまはないってことだ。あのときよりも遥かに、凶悪だ。

 

「……ちッ」

 

 絢爛な装飾も刃も燃え付き、台無しになった偃月刀を不愉快そうに孫は捨てる。

 即座に香港でも見たクンフーの構えを取るが──悪いな、もう背後は貰ってる。

 

「小細工が好きなのも一緒か。お得意のトリックは見えてるぜッ!」

 

 翼を使った瞬間移動で背後を取った俺の顎を尻尾が鞭のように跳ねあげようとする。そいつにも痛い一発を貰ったばかりだがもう当たらない。

 目をくばることもなく振るわれた尾は頬を切るが伸びきったところを掴んで乱暴に孫を引き寄せる。

 

 ガブを招き入れたことで、動体視力も膂力もいつもとは桁違い。刻印の恩恵を受けていた虚無に落とされる前よりもさらに上がってる。

 「おい…ッ!?」とワメいた孫の額に雑に掌を押しつける俺は……ひどいな。悪役極まりない構図だ、まるで人を襲うジンの構図だぜ。

 

「見えてたらなんだ、強行してやる。マナーのなってないお客様はご退場くださいませ」

 

 抱えた孫の体ごと反転し、視界に緋緋神崎と覇美を納める。一方で孫の口と両目からは光が溢れるに溢れ、中に宿った緋緋神ごと強引に意識を抜いていく。

 

 映画でありがちな首を圧迫して意識を落とすよりは平和的か、あくまでも意識を落とすだけ。ミカエルみたいに目を丸焦げ焼き焦げにするわけじゃないしな。

 一瞬呆た顔を見せながらもキンジが隣を抜き去り、一度は入れ替わった前後の位置関係も先をキンジ、後ろに俺が控える元の形に戻る。

 

 残りは二人。意識を落とした孫、もとい猴の体はリニアに横たわ──いない!? おい、ガブ……! どこに猴をやった!?

 

『レバノンにあるアジト、サムとディーンのところだ。こんな速度から転がって落ちたら? ヒヒなら指先ひとつ触れずにやれる、まともな対応だろ?』

 

 まともだけど、あとで説明の電話がいるな。 

 迎えにいくまで、ジャックと仲良くバナナでも食べてる光景を切に願ってるよ。

 

 

「これで事実上の3vs2。数ではこっちが有利を取り戻した。さあ、どうする?」

 

「ガブリエル、ここまで好戦的にお喋りできるようなヤツとは思わなかったよ。祈られただって? 故郷を抜けて天使も毛嫌いしてたが、いまさら人間に忠実ってか?」

 

「知らなかったのか。俺は忠実だよ、人間に。人間たち」

 

 からかうような口振りと白銀と漆黒のガバメントが揺れたのはほぼ同時、マッハ6はくだらないイカれた加速弾が飛来してくる。

 余裕を見せてもしっかりと攻撃のタイミングは選んでくる。45口径に緋緋神の超能力が加わればまさに必殺の凶器。

 

 不公平と言っても過言じゃないその弾丸をナイフで二つに裂き、ベレッタを抜き撃ちで弾道を逸らしたキンジの存在も、天秤にかけられるレベルで不公平なんだろうな。

 

「たしかに欠点もあるがそれを認める強さが人間にはある。直そうとする、傷つけられても、赦そうとする心がある」

 

 首を刈り取ろうとする神相手にも一歩も退かない姿勢、勲章ものだなキンジ。いまのお前を見て人間が弱いなんて言える輩はいないよ、くどい台詞だけど誇りに思う。

 

「俺はずっと眺めてるだけの傍観者だった。だから責任を取ることにした、ミカエルにもルシファーにも、父にもつかない。人間の味方だ」

 

 雪雷は荒れ、悪天候にさらに拍車がかかる。

 掌で編まれていく青白いプラズマのボールは知ってる、ミカエルやルシファーも愛用していた飛び道具だ。

 

 何度も見たが、そのどれもが頭が悪い、としか表現できない威力だった。

 ガブは出来上がったプラズマを両手で覇美へと撃ち出し、再度展開されようとした斥力の壁に横槍を入れる。やはり頭の悪い威力というのは間違いじゃねえな、今まで手こずった緋色のカーテンが見事に粉々だ。

 

 過去、未来を含めて、多分いまこの瞬間が俺にとっての最強の状態なんだろうな。ガブにおんぶにだっこと言えばそれまでだが体裁なんてもうどうでもいい。

 

 大天使にくたびれない器をくれてやった。

 そこに『不可能』を『可能』に書き換えるアンフェアな男までいる。理不尽な盤上をひっくり返すには十分。

 

「この瞬間が俺とお前の最頂点だ。いくぜ、キンジ!」

 

 

 

 

 

 

 

「言われるまでもないッ!」

 

 やることなすこと全部出鱈目だ。

 アンフェアの言葉を多用する本人が、皮肉なことに一番不公平なことをやらかしてる。

 

 死んだと思ったら、もっと凶悪な姿になって一時間とも経たずに現れる。これが不条理、不公平でなくてなんなんだ。

 

 心底苦笑いが止まらない。

 いつもはやる側の立場だったから今までは分からなかったが、一度死んでから甦った相手を見るのは……一瞬、喉から上が麻痺したように言葉を奪われる。

 

 見る側の立場になってから気付く。イカれてるよ、すごいことだな。

 

 生き返ったり死んだり、それなりに繰り返してきた俺が言うのもおかしいが、俺のルームメイトは十分、いやそれ以上にイカれてる。

 神の野望を阻むのに、お友だちの天使を体のなかに入れて墓穴から出て来たんだからな。ウケたよ、これは現実で映画じゃないんだぞ。

 

「一人の女の為に命を賭けれる、それをバカと思うか、そこまで入れ込める存在がいることを羨ましく思うかはそれぞれだ。だが、テメーが抱える不条理の捌け口に一人の女の人生をダメにしちまうってのはどう狂っても羨ましくねえなァ」

 

 ガブリエル、キリストを代表する大物天使を率いれたと語った切が饒舌に吐き捨てる。

 大天使。アリア同様に超常的な存在を中に入れたその力は控えめに言ってーー理不尽だ。さっきまで俺の後ろにいたはずが音もなく覇美の頭上を盗んだと思うと、そのまま押し倒し、マウントを取った。

 

 早いも、反応も、俊敏もない。ヒステリアモードのいまだから分かる。完全に何もない虚空から現れた。何をどこから計算しても瞬間移動、間合いも距離も関係ないんだ、無茶苦茶だぜ。

 

(……よくあんなのを二体も檻に落としたな)

 

 銃弾撃ち、銃弾斬り。

 俺もアリアのガバメントから放たれる超能力付きの弾丸をいなすための技をいつも以上の集中力で、継ぎ目なしに披露していく。

 

 苦楽を歩んだベレッタで、スクラマサクスから加工されたナイフで、乱射される緋色のオーラを纏った弾を真っ向から破る。

 

「台無しにされちまうといいねぇ!」

 

 ガブリエル、じゃないな。このアクション映画みたいな荒っぽい喋り方は俺の隣人のほうだ。

 

 前に立ち塞がっていた覇美が倒れたことで道はクリアになった。覇美も立ち上がろうと暴れるが鬼のバカカでも大天使の膂力はそう簡単には一蹴できないらしい。

 

 そして、覇美が抑え込まれたことでアリアへの道を阻むモノはなくなった。

 扇風機の羽のように回り、ギロチンと化して向かってくる二振りの日本刀も──俺の首より遥か前方で虚空に縛り付けられ、止まった。

 

 ははッ、何でもアリなんだな。

 

「イカれた扇風機だ、嫌いじゃない。でも夏にはまだ早い」

 

「今度奢ってやるよ! 貧乏遠山のなけなしの金でな」

 

「いいな、人助けって腹が減るんだよ。カロリー使うし」

 

 それがヒーローってもんだよ。

 イーサン・ハントもインディ・ジョーンズも食事はする。

 

「……なんだ、なんなんだ遠山。その顔はなんだ、お前何しようとしてるんだ……」

 

「戦いだよ、緋緋神。ずっと考えてたんだ、お前とどう戦えばいいのかって。悩みに悩んだ、でもやっと答えが出た。お前とどう戦えばいいのかなんて、簡単なことだったんだ」

 

「く、来るな……遠山ッ! よ、寄るなっ、いまのお前は……来るな、とにかく来るなッ!」

 

 大口径の弾の嵐は勢いを増す。が、俺はその暴風域に逆に飛び込んでいく。

 困惑、そう困惑だ。俺がいまからやろうとしていることへの困惑。緋緋神アリアの表情は一気に曇り、行く手を阻もうと無数の弾が飛び交う。

 

 知るか、そんなこと。手を伸ばせばそこにアリアがいる。ここまでやってきて鉛弾で退いてどうする。

 そもそも退路がないしな。暴風域だろうがなんだろうが道は正面突破の一つしかない。それに最近アメリカで嵐に突っ込んだばかりだ、もう一度同じことをやればいい。

 

「邪険にするなよ、緋緋。俺がやろうとしてるのはお前も大好きなことだ、だってお前は戦と恋の神なんだろう?」

 

「来るな、遠山。お前、何をしようとしてるんだ」

 

「お前と、恋しようとしてる」

 

「──はぁ? いッ……今、なんて……おま、っ……バカかよ……!」

 

 顔の下から上まで赤くなった緋緋神との近づいたはずの距離が、遠ざかっていくように開いていく。いや、目の前の空間が歪んで見える。

 緋緋神が歪めたんだ、俺をこれ以上近づかせない為に。防御の構えをとった、それならたたみかけるだけだ。

 

「遠山キンジがいまのいままで、一度でもまともな策を取ったことがあったか? その男はそれでまともなんだよ」

 

 冷たいご挨拶だな。けど、今回はスルーしといてやる。歪んでいた空間が綺麗に元通り、緋緋神と俺とを繋ぐリニアの床がちゃんと見える。

 

 空間を歪めようと斥力の壁を立てようと、後ろに控える大天使が一手で凪ぎ払ってくれる。

 天界の最終兵器、あの本にも書かれていた異名は何の間違いもなかったってことか。

 

 正真正銘の守護天使を味方につけた気分だ。負ける気がしない──

 

「お前も言ってただろ、恋も戦も大好きなんだって。恋だって戦いだ、フラれれば悲しいし、実れば嬉しい。そうやって俺たち人間はずっと恋をしてきたんだ、戦いと同じくらいずっと昔から。違うかい?」

 

「……! ふざけんなっ、そんな勝手なワケの分からないことを……! な、っ……う、動か……この、ガブリエルッッッ──!」

 

 絶叫が響く。これまで暴れていた緋緋神の二色のガバメントの引き金にかかった指先が……止まった。弾の嵐がやんで、暴風域だったアリアへの道が開く。

 

「忘れてねえか、緋緋神。ガブとの因縁は知ったこっちゃねえが、俺にはお前に体をバラバラにされた借りがあるんだぜ」

 

 しかし、答えのは切のほう。まるで何かに押さえ付けられているように緋緋神の体は動きを止めている。それが誰の原因か、言うまでもない。

 背後から、荒れ果てていたはずの空から青白い光が差し込む。さっき見た切の瞳の色、蒼穹の如く澄み渡った蒼白が陽光のようにリニアの床を照らし出した。

 

「逃げ場はない、諦めて恋する男の告白をおとなしく聞くんだな。いまのお前に相応しい言葉を知ってる、俺の好きな市警の言葉だ」

 

「──……はぁ?」

 

「yippee-ki-yay──ざまあ見ろ」

 

 ……女神相手に乱暴な男だな。

 だが、諦めたように緋緋神はようやく、俺の目を見てきた。真っ直ぐ、ようやく視線を結べたねアリア。

 

 そして、ようやく手が届く。

 睨むだけで動かない緋緋神に。

 

 

 

「洒落たことしてご満悦か、バカ天使。嫌な晴れ模様だ」

 

「いいや、快晴の下も悪くない」

 

 

 仰ぐまでもなく、雪雷を奪い去った空から陽光が降り注ぐのが分かる。体を透くような風がアリアの髪を舞い上げる。

 

 快晴の空の下──アリアと出会ったあの日、アリアが空から落ちてきたあの日、体育館の跳び箱に一緒に挟まったあの日も──そうだった。

 

「"あのとき" と一緒だな」

 

「──お、おいっ、待て……遠山……っ!」

 

 狼狽える、慌てる緋緋神の手をそっと取る。

 ほら、これでもう逃げられない。

 

 覚えてるか、パトラの呪いにかかってお前が眠ってたときにどうやって起こしたか。いや、お前はあのこと覚えてなかったかな。

 大変だったんだぞ、あのときは白雪も切も総出で乗り込んで──

 

「──やっぱりバカの一つ覚えなのかもな。これしか思い付かなかった」

 

 知ってるか、アリア。

 パートナーってのは、ただ犯人を追うだけのコンビじゃない。

 パートナーにはそれ以上の意味がある、それで毎日助け合うことができるんだ。

 

「……! …、……」

 

 切は言ってたよ。

 とびっきりの言葉と行動で心を揺らしてやればいいって。

 諦めずに語りかけてやれば体を奪い返すことはできる。あいつは実際に自分の兄がやった姿を見てるんだ、疑わない。

 

 アリアの顔が視界を埋めていく。

 腰を抱き寄せ、震える桜色の唇との間の距離を埋める。一度ならず二度までも、なんて言葉がある。そしてこれが俺からの二度目だ。

 

 眠ったお姫様を目覚めさせるのはいつだってキスだ。それは間違いのない兄さんの言葉。

 カメリアの、緋色をそのまま落とし込んだような瞳が脈を打つように大きく、丸くなる。

 

 緋緋神とアリアは繋がってる。

 何度も見てきた、だから、分かる。

 熟れたリンゴのように真っ赤になっていくその顔を見て、俺は笑う。

 

「休暇は終わりだ。いい夢──見れたかよ?」

 

「っぷはぁ! ば、バカキンジ……ぃ! こら、調子に乗らないっ!」

 

 返してもらったぜ、緋緋神。色々とな。

 

 





緋緋神戦、これにて終わりです。
次から騒ぎの収拾をおいて長かったメイン筋の区切りです。お疲れ、雪平くん。
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