「おのれネット通販め……騙したなぁ!」
今からガレージセールでも始めましょうかと言わんばかりの物が散乱したテーブルの上に、新しく財布が加わった。
「……雪平、何なの? 朝から何事?」
「誤解して当然だよ! ネットの説明だと8つのポケット+着脱式id入れだ。8つ+id入れで9個だと思うだろう? でも違うんだ、id入れはポケットに差し込んで使う、最悪だよ!」
計算が狂った、なんてまどろこしい説明をしてくれるんだ。いや、これは詐欺だ。由々しき事態だ。
「いつも入れてる遊戯王カードを抜けばいいじゃない」
「あれはお守り。どんなときも持ってないとご利益ないの。財布から抜くなんてデッキから墓地に埋葬するようなもんだ」
「……?」
「" 愚かな埋葬 "ってこと。うまい」
そんな冷ややかな眼で見るな。
夾竹桃め、今のは自分で言うのもなんだけどわりとうまかったぞ。
ああ、騙された俺が愚かって意味じゃないからな。どれだけとんちを見繕っても嘘は騙されるより騙そうとするほうが悪い。当然だ。
「ちょっとした誤解があったんでしょ。運がなかったと思って妥協すれば?」
「ちょっとした誤解ってのはガリレオと教皇の間にあったことだ、これは違うね。この恨みは何十光年分だ」
「そう、でも光年というのは時間じゃなくて距離の単位だから。年がつくと時間の単位だと思いがち、フィートポンドというのも、実は重さじゃなくて仕事量を表してる」
「ポンドってつくと重さっぽいのにな。なあ、口を開くたびに皮肉だってカードが一緒に出るのは仕様か?」
「そんなカードがあるの?」
ほら、きょとんとお澄まし顔だ。すっかり慣れたよ、その顔もな。お可愛いことで。
「お邪魔しまーす。さっきから近くにいる理子りんでーす。ねぇ、そのやり取りあと何ターン続きそう?」
「何十光年」
「……時間の単位じゃないって」
「冗談に決まっているだろう、私は最初から理解している。それより理子、ストレス解消にやけ食いはやめておけと言っただろう」
「違うよ、これはいつ食べても美味しいの」
キンジ、神崎が留守にしている男子寮の我が家は見事元イ・ウーの構成員に占領されていた。
ソファーに陣取る怪盗と魔女、理子とジャンヌ。去年この二人に本気で首を落とされかけたと言っても説得力はない。
殺気も敵意も雀の涙ほども放ってないからな。
理子についてはソファーを占領して呑気に菓子を食ってる、足元には既に開けて空になった袋が散乱中だ。
イチゴ牛乳も濃いポテチも大好きなのは知ってるが、聖女さまの言葉は正しい。今日のこれはやけ食いの領域だな。
「待て、その手をおろせ。その肉が一生の肉になるぞ」
「キリくん何言ってるの? 意味わかんない」
「友人のアドバイスは聞け、食べ物は友達じゃないんだ。愚痴なら聞いてやるから」
「愚痴って?」
ばりばり、ポテチの租借音を聞かせながら理子は「何のこと?」と首を傾げた。
「はあ……教育的介入が必要だな。てか、お前ら三人とも日曜日の朝早くからなんで俺んちにいるんだ、来るなとは言わないが他に行くところなかったか?」
「今日日曜日だよ? どこも渋滞、ファミリーと学生で混雑してる」
「だから代わりに俺の部屋を渋滞させたわけか」
「わぁ、海外ドラマみたいな返し。刑事ドラマに一人はいるよねー、こういう口のまわるキャラクター。キリくん好きそうだし」
「そもそも三人で渋滞というのがおかしな話だ。……三人で渋滞か?」
きょとんとジャンヌの碧眼も丸くなる。
たとえだよ、たとえ。よし、教育的介入だ。ポテチを数枚くすねてやる。コンソメの、わさびだと? いまはそんなのがあるのか?
「神崎とキンジが出ていても相変わらずこの部屋は賑やかだ。今頃は大気圏突破かな。オゾンより下、それとももう地上に降り立った頃か」
うん、悪くない。わさびとポテチ、相性の良さは赤魚とパイナップル並みだな。味皇様も納得の味だ。
「私も最初は耳を疑ったぞ。シャトルで緋緋色金を宇宙へ還すなどと言われてはな」
「20万ドル出す気があれば一般人でも宇宙に連れていってくれるらしいぞ」
「手荷物料は込みか?」
「ジェットパックはサービスかなぁ」
ソファーを陣取ったジャンヌ、理子が同時に窓の外から広がっている蒼白の空を見る。そもそも俺には20万ドルって紙幣の山と縁がない、旅のお供はいつもひび割れモーテルだったしな。
「それで。緋緋色金は元々宇宙から降りてきた、あの話は本当なのか?」
「ああ、どうやら本当らしい。本人からもガブからも話を聞いた。緋緋神は元々ヤツの母親、同じ金属生命体と宇宙を漂ってたが色々あった地球へ落下。自力じゃ宇宙に戻れず、母親に会えなくてグレてたんだと」
「親の愛が受けれずに人間相手にグレる、どこかで聞いたような話ね。ガブリエルが乗り気になるわけだわ」
「皮肉なことに。父親と母親の違いはあるけどな。俺にもなんかくれ、腹減った」
「理子のポテチ分けてあげる、……ってもう食べっちゃってるか、やってることはグリム一族なのに食欲はブルットバッド並みだよね」
「おまえも詳しいね」
いつも冷蔵庫から俺のコーラをかすめるだろ、固いこと言うなよ。それにグリム一族は騎士だ。ウチの家系に騎士はいない。
神崎が緋緋神から意識を取り戻したあと、俺たちはまず星枷神社を訪ねた。
正確に言えば、緋緋色金の第一人者である玉藻と星枷白雪ーー二人と話をする為に飛んだ。ガブの背中にある翼で、リニアの上からちょちょいとズルしてな。
神崎が緋緋神から体を奪い返した技術、超能力的なテクニックは星枷も玉藻も驚くような高等テクみたいだったが、そっちにはちょいと無縁なキンジと俺にはちんぷんかんぷんだった。
神崎がひっそりと超能力について訓練してるのは知ってたが、やっぱり何でも学んどくのはいいことだよな。
思いもよらないところで役に立つ。玉藻が割り砕いて言ってくれたバージョンによると、キンジが緋緋神の心に隙を作り、その一瞬を逃さず神崎が支配権を奪い返したってことらしい。
心に隙ーー恋の女神が恋で隙を作られた。これこそ皮肉だよ。恋を好んでも、恋がホームグラウンドってわけじゃなかったんだな。
それにキンジは第一級の女たらし、相手が悪かったな。とどのつまり、運がお悪い。
「……ガブリエルは? 私も彼に命を救われたようなものよ、礼を言いたかったんだけど」
「ちゃんと言っといたよ。お前もあっちの世界から渡ってきたみんなも感謝してるって、バラバラに別れちまう前にな」
夾竹桃が渡してくれた瓶のコーラは冷たい。申し分ないな。
「ガブリエルに」
「ガブに」
軽く瓶同士をぶつけ、音が響く。
再会して、戦って、別れて、なんというかあっという間だったな。ガブリエル、最後まで人間の味方でいてくれた唯一の大天使。
一時的な釈放。ガブがそう言っていたように虚無の泥はあのあと舗装されたアスファルトの地面を抜けて迎えに来た。
相手は虚無だ。どうにもならない。行方をくらましても意味はない、それが分かっていたからガブも逃げようとしなかった。それだけであそこで会ったメグの形をした存在が、どれだけイカれてるかが分かる。
(求めていたものに手が届いとき、虚無に引きずり込む。求めていたもの、ね)
頭の中で虚無の言葉がひっかかる。虚無への片道切符を持たされたのは俺も同じ。
いつか、
「キリくん、変な顔。お腹冷やしちゃった?」
柔らかい棘のない声でハッとする。
「いいや、何でもない」
「そっか。理子も喉乾いちゃったなぁ。夾ちゃん理子にもおひとつ頂戴な」
求めていたもの、それはなんだろう。
理子、ジャンヌ、夾竹桃、見渡せばそこには家族がいる。炭酸が喉を焼くのも構わず、ただ瓶を喉へ傾ける。
メアリー母さんは言ってた。
血の繋がりだけじゃ家族にはなれない、家族は築き上げていくものだと。
最後に頼れるのは家族。俺が最後に助けを求めるのは、俺の首を落としにやってきたここにいる三人、なのかもな。それってちょっと、ロマンに満ちてる。
「ジュマンジでも見るか」
……何だよ、名作だろ。
揃いも揃って視線を向けやがって。
どうせ始まったら誰も文句言わなくなるよ。
「待って、夾ちゃん。理子が言うから、ネクストステージ?」
「95年版に決まってるだろ。古き良きアドベンチャー映画だぞ?」
「ショッピングモールの中を動物が走り回る映画か?」
猿がバイクに乗ってる映画。
そうだよ、ジャンヌ。動物がゲームの中から飛び出てくる映画だ。
「いいよ、じゃあジュマンジ見ながらコーラで乾杯しよ。理子が乾杯やるね」
はいはい、任せるよ。盛り上げ担当。
なんていうか、この瞬間はーー最高。
◇
「おい、大丈夫か? 歩き方が変だぞ?」
「……走る車から落ちたみたいです。例えるならですけど」
たぶん常連って言っても通るであろう綴先生の部屋で、ほぼ指定席に使っている革椅子に陣取った。
時間差でイギリスから溜め込んでた疲労が回ってきたかな、リニアでやった分まで。これならどのみちシャトルには乗れなかった、最初から断っといて良かったぜ。
飛行機はまだしもシャトルだ。ワイルドスピードみたいに車で宇宙まで行くわけには行かないからな。貴族様はいつだってやることが派手だ。
不思議そうに顔をしかめる先生は、短くなったタバコを革手袋の右手で灰皿の底に押し付ける。
「そんなのは体験済みだろ、しかも何回も」
「最近はありませんでしたから」
「あんたさぁ、日頃からちゃんと体はケアしとけってあたしは言ってるよー? でないとあとから影響が出る。骨折とか銃創とか、刺し傷ーー」
「猫の噛み傷」
「感染症はこわいよぉ? というか、マジでその目戻ったんだねえ。どうやったの?」
「話すと長い」
けらけらとおどける先生は新しく、青く横長のケースから一本抜いていく。
ジタン・カポラルーー両切りか、いつも見てるのより短い。いつ変えたんだろ。
「というか、煽らないでくださいよ。近くに毒のエキスパートがいるんです。感染症の怖さは知ってる」
「手遅れになる前にちゃんとベッドで寝て、健康的な生活に変えな。ピラティスとかどう?」
「俺はコーラと鎮痛剤でいいや、のらりくらり誤魔化しながら走ります。コーヒーのほうがききそうですけど味の問題が」
炭酸がない世界は終末だ。
ニコチンとタールがなくても俺は生きていけるが炭酸がないとどうにもならん。世界の終わり。
煙が部屋に揺れるのもいつもどおり。
ニコチンとタール、アルコールに満ちた匂いはいつ来ても変わらない。部屋に染み付くようなこの感じ、やっぱり似てる、エレンのバーに。
エレンのバー、俺にとっての我が家にどこまでもそっくりだ。
年季の入ったおんぼろの照明もダブりそうになるほどだ。だから入り浸るように通ったのかもしれない。あそこはもう、アザゼルの策略で焼き払われちまったからな。
「のらりくらりねぇー。んで、それならそっちの顎の傷は? 目は元どおりなのにさ」
「深剃りしてまして」
「なに使ったの? 芝刈機?」
「だったら今頃は血の海ですよ」
顔一面が真っ赤になってる。
力を抜くように笑い、今度は俺が尋ねた。
「先生こそ黒煙草なんていつから吸い始めたんです? しかも英国のドル箱タバコだ、コンビニじゃ見かけませんよ?」
「んー、もう廃盤らしくてさぁー。嫌になるよね、ネットで買い占めちゃったよ。いつまでもあると思ってたんだけどねぇー、なくなるときは一瞬」
首を揺らし、窓の外遠くを見つめるような目で、そしてまたけらけらと俺に向けて先生は笑う。
廃盤ってことはもう新しくは製造されないんだな。つまり、いま現存している在庫が尽きたら最後。この世から姿を消しちまう。
どこか名残惜しむような表情で先生は煙を肺に入れる。息を吐き、煙を立ち上がらせる所作はまるで洋画に出てくるアウトローな女主人公。
ワケありなバックボーンを背負った、骨太な武闘派って感じがする。無駄に美人、脳裏に言葉が浮かんだときだった。
「ふぅー……なあ、愛弟子ぃー。女が豆腐料理をやめて、腹筋をやる回数も減ったってどういうことだと思う?」
「そりゃ簡単です。豆腐料理を食べなくなって腹筋をやる回数も減った。それはつまり、男と別れた。とどのつまり、おしまいってことだ」
分かりやすい。
肩をすくめて俺は笑う。すると、先生は革椅子に背中を深くこしかけて座り直した。
「実はお前が日本を出てるあいだにデート、したんだよ。フリーの探偵調査員、セキリティーコンサルタントをやってるって男と」
マジか。それは面白そうなイベントだ、どうして事後報告にしちまったんだろ、ちくしょうめ見逃した。
「にしては浮かない顔ですね。そいつはマザコンで、赤ん坊言葉で言い寄ったんですか?」
「いいや、レストランで素敵な夜だった。中世騎士のショーもあったし」
「……中世騎士? ジョークですか?」
「楽しそうだろ? 教務科の連中との話に出たんだよ、んで話をしたら、そしたら行くことになったわけ」
教務科もユニークなもんが流行ってるな。
だが、中世騎士のショーを見ながら飲み食いできるってのは理子やジャンヌみたいなイベントや催しごとが好きな層にはウケそうだ。
しかし、先生は浮かない顔してる。さて、クエスチョンだ。問題を投げられたつもりで俺は答えを探してみる。
「そいつに決闘でも挑まれました? ボコボコにしすぎて罪悪感がある」
「違う、なんであたしが素人と決闘するんだよ」
「じゃあ、身の程知らずにも先生の料理を盗んだ。頼んだボトルを一人で空にされたとか」
「あたしをからかおうなんて身の程知らずだよねぇ。そんなのお前くらいだよ。そうやってからかうならやめた、話さない」
「別にからかってませんよ、ちゃんとクモの巣張った頭で考えてます。ここまで続けてそりゃないですよ」
手品じゃないんです、ここで打ち切られたら不完全燃焼もいいところだ。
しばらく視線で抗議してやると、先生は一度かぶりを振って前置きし、
「ーー財布を忘れたんで車に取りに行ったらキスしてやがったんだよ、ブロンドの田舎娘と」
「田舎娘って……そんな言い方は……」
「違う、田舎娘役なんだよ。ショーでドリンク運んできた」
「……命知らずもいたもんですね。グレートキャニオンから飛び降りるようなもんだ」
「そこから先は恐いので聞きません」と、据えてから俺はつまみのようにテーブルに置かれていた袋からジャーキーを一枚かすめとり、物理的に口を塞いだ。
「隠れた何かが人にはある、いつも評判通りとは限らないあたしからの与太話はこんなところでいいでしょ」
さて、と先生はそこまで言うと最初から短かったのがさらに短かく燃え尽きたタバコを積み上がった灰皿に捨てる。
「ーーいつ行くのさ」
「卒業式が終わればすぐに」
「そっか。暫くこの部屋も静かになりそうだな。今回は長いんでしょ?」
「ええ、期限に目処はつけてません。簡単には終わりそうにないので。お陰で教務科に通すにはちょっと手こずりましたが」
「あたしの顔が利いたかなぁ、感謝しろ?」
「ごもっとも、影響力のある師を持って幸せですよ、ありがとうございます」
教務科には海外の依頼として通した。依頼者はジーサードの会社というのも建前だ。
異世界を越えてきたミカエル、そして舞い戻ってきたルシファーと決着をつける。
俺も原因を作っちまったからな、それに目下の問題だった緋緋色金のことも片付いた。神崎が乗っ取られる心配もなくなった。
だから俺はーーこの国を出る。
「いい師だよね、あたしってさぁ。権力を求めない、名声も。理想の講師」
離れんのは、正直辛くないといったら嘘になるけどな。
「完璧な自己紹介ですね。気が効いてて、シンプルで、論理的だ」
「皮肉も極めると芸術だねぇー。愛弟子、たまには皮肉以外も言え。職場のパーティーなんて大嫌いだ、だらしなくてはた迷惑な酔っぱらいばっかりで」
「ああ、田舎娘さらった男とはパーティーで、でしたか。警備会社入りする武偵も増えましたからね」
「ショットグラスを土産に売るような場所で出会いを期待すんのが間違いなの。引き連れて返れんのは脳震盪くらいさ、みんな飲みまくり」
それは先生もでしょ。俺だって初聖体じゃブドウジュース飲みまくってた。
「愚痴ったら腹が減ったな。世界が終わる前に楽しい夜を過ごしに行くか」
立ち上がると、先生は椅子にかけていたコートをとる。
「先生の奢りですか?」
「中華料理以外だ」
「やった、俺は骨付きのステーキがいいなぁ、肉汁たっぷりのガツンとくるやつ」
「調子に乗るな」
「トリュフのシーズンってまだですかね?」
「ルールを決めとこう。やたら高いキノコはなしだ、鶏以外の卵も駄目、あんたとあたしより年上の酒もなし」
「そもそも俺は飲めませんよ」
踵を返し、部屋を出る。
暫くの別れだな、先生の部屋。
カウンセリング、それなりに楽しかったよ。懐かしい記憶にも浸れた、感謝してる。
「シーフドタワーはどうですか?」
「駄目。あたしのクレカを止める気か」
久しぶりに日常回オンリー、最後に絡み多めだった三人と講師との一幕です。次が緋緋神編ラストになります、ここまで追いかけてくれた読者さんに感謝を。