武偵高の終業式・卒業式は、通常の高等学校・職業専門学校より遅い3月28日に開かれる。
在校生にはランクの昇降や進級の可否が通達され、卒業する生徒は見事この地獄のような学校から外へ羽ばたくわけだ。強襲科は実際死者が出てるしな。
宇宙旅行に出ていたキンジと神崎もこの日になるとちゃんと帰国してる。
手短に緋緋色金のことを聞いてみたが無事にお空の上にいる母親のもとに帰れたそうだ。これ以上ない綺麗な落としどころかもな。
緋緋色金の喪失で星枷はここ最近多忙に追われてたらしいが彼女も今日は朝から顔を見せてる。
みんな焼かれたはずの俺の目を見るなり奇妙な顔をするが星枷については例外。いつも通りのやりとりを返せたのははさすが不条理を得意とする魔女ってことなのかな。ジャンヌもヒルダも驚いてなかったし。
終業式が終わって講堂から出る際、出口付近で俺やキンジを含め、在校生は混雑していた。武偵高では4月に全員が名札を付けるといういまでは形骸化した規則がある。
「なんでこんなところで配るんだよ……混むに決まってんだろ、ありえん、ありえんだろ」
「キンジ、昨日手鏡割っただろ」
「どうして?」
「鏡を割ると不幸が7年続く」
「こっちは生まれつきだよ」
不幸に定評のあるキンジは嘆息し、隣の星枷に苦笑いをプレゼントしていた。キンジ曰く、レキはロシアにいるらしいが理子と神崎は見つけた。
ジャンヌと夾竹桃もいる、在校生なんだから当たり前か。ワトソンもいた。
視界を広く持てば、武藤兄妹や不知火と中空知も見つけられた。みんなそれぞれ、卒業式って空気に色んな表情を浮かべてる。来年は自分たちの番、だからな。どんなこと考えてるんだろうな。
「こういう式典があると、未来への期待に胸が膨らむわね」
爽やかな笑顔で青空を見上げた神崎に、
「期待に」
「胸が」
「膨らむぅ?」
しかし星枷、キンジ、理子はなにをそんな事をのたまうのかと、神崎の胸目掛けて視線を振る。
「なんであんたらセリフ割って言えてんのよ!」
そりゃ、同じ事を考えてたからだろ。
とは、恐くて言えるはずもない俺は、逃げ場を求めるように今日も快晴な空を仰いだ。
「おーアリア女史。お疲れ様ですよ。こっちこっち。こっちです」
しかし、在校生が混雑している講堂でキャスを思わせるレトロなトレンチコートを着た、明らかに浮いている影がひとつ差し込む。
「お前たしか外務のキャリア組のーー」
「銭形。見ての通り、面白いのは名前だけじゃないわよ?」
「おい蠍、こっちは激務のあとなんです。察しろです」
「あらごめんなさい、人のタイヤを小銭でパンクさせた恨みとでも思っておいて。誰かさんから学んだの、許可をとるよりやっちゃってから謝るほうが楽だって」
一悶着あったらしい腐れ縁の蠍と一緒にいるのは、銭形乃莉。Ⅰ試験をこなし、外務省欧州局事務官にあの若さで座っているお偉いさんだ。
東大の薬学部を出てる誰かさんと同じ、紛れもないエリートである。てか、やっちゃってから謝るほうが楽なんて論理は俺教えてないぞ。
「いやーしんどかったです。副大臣命令をくらってからこっち、ツイッターとかフェイスブックを駆使して、徹夜に次ぐ徹夜の大捜索。山積みの書類タワーに劣らない過酷さ、頑張ってやったんですから驚きやがれですよ。ほら、ちゅうもーく」
間延びしたゆるい感じで、銭形は中庭の一角をだぶだぶのトレンチコートをふるいながら、見るように示した。
キャリアがなんでこんなところに、どうでもいい疑問は……吹き飛んだよ。
「すごいな、これは」
言葉が出ない。
いや、どう表せばいいんだろうな。
「覚えてるかあれ。バスジャックでアリアが助けた学生だ。あっちはハイジャックから助けた乗客、ANAのパイロットとCA、ココのときの新幹線の客までいるぞ」
「ああ、恐れ入ったよ。他にも老若男女だ、たくさんいる。なんてこった、ここに来てまだ神崎のすごさを思い知らされた」
中庭にいる老若男女。軽く囲みができてるこの大勢の人たち全部が、神崎がこれまで助けた人たちらしい。
集った彼ら彼女らには菓子やらジュースやらが振る舞われており、ちょっとしたお花見パーティーだ。ここにいるみんなが神崎に救われた、それは本当にすごいことだよな。
「親父が、話してんだ。昔から兵士たちは歓待され、語られたり、歌われたり、銅像を立てられたりした。だけどいまの時代、戦場での兵士たちの犠牲はないがしろにされてる」
「国民の多くは、芸能人のニュースを追いかけるのに忙しいもんね」
腕を組み、理子は「だけど……」と加える。
「ああ。だけど、あれは無意味じゃない。あの景色が神崎がこれまでやってきたことが無意味じゃないって、何よりの証明だ。お見事だよ」
「サプライズはまだあるみたいだぞ。アリアにとっても、お前にとっても」
そう話ながらやってきたジャンヌの言葉の意味に、いや、駆け出した神崎が向かう先を見て……ああ、俺もキンジも、理子も目を見張った。
良かった、本当に良かった……良かったな、神崎。本当に……
「ママぁ……!」
人が溢れるような中心に、間宮と話していたロングスカートのワンピースの女性。それは神崎が日本にやってきた理由で、誰よりも神崎が大切に思っていた人。
「釈放、されたんだね。星枷が手を回してたのは知ってたけど、こうも早いとは理子もびっくり。驚いちゃったなぁー」
今まで貯めていたものが溢れてたように泣きじゃくって母親に抱き止められる神崎。
その姿を遠く見ている理子の目は、ほんの少し、羨ましそうに見えた。でもそれは一瞬。丸い瞳をそっととじ、次に開いた理子の目にはもうその影はない。
「でも綺麗。いい景色だね」
これまでの空白を埋めるように、何度も母親のことを呼ぶ神崎。ワンピースが涙に濡れても気にせず娘を抱き締めるかなえさん。
理子、俺もほんの少し、羨ましいよ。でも良かった。ありきたりな言葉しか出ないけど、良かった。
かなえさんの近くには前に一度見たことのある神崎の顧問の弁護士さんもいる。銭形、キャリアがわざわざ出てきたってことはもう、大丈夫なんだろう。
かなえさんは自由の身で、神崎はこれまでできなかった家族との時間を取り戻せる、良かった、良かったな……
「キンジ! キンジきてっ、早く!」
神崎に呼ばれるようにキンジも走り出す、命がけで守ったパートナーのもとに。
「ねえ、ママ……あたし、話したいことがたくさん、たくさんあるから、ううん、あのーー」
神崎、ゆっくり話せよ。もうどこにも母さんは行かないんだからさ。
「あれがあの子の望んだもの、取り返したもの」
「うん、アリアが戦ってた意味。それが」
「あそこにあるものか。その通りだな」
かつては神崎と敵対した、イ・ウーの刺客たちと俺はその光景を目を留める。
あれが神崎が取り返したもの。家族。
そして、手に入れたものは命を賭けて共にいようとしてくれるパートナー、か。
目を伏せ、俺はもう一度開いた目に神崎の姿を留める。ずっと見たかった、あいつの心からの笑顔を。
「お別れ、言わないの?」
インパラの鍵を手元で揺らしたとき。
蜂蜜色の髪を春風に靡かせ、理子がそっと振り向く。
そんな彼女に、そして、カメリアの瞳に最高の微笑みを咲かせた神崎に向けて、俺はかぶりを振って答える。
いいんだ、これでいい。
「ーーーまた会える」
そして俺は、インパラと最後のドライブに出掛けた。
本土行きの、航空券を武偵手帳に挟んで。
いつだって戦うのは、家族のためだった。いつでも戦う理由の底にあるのは家族のことだった。
だから神崎のことはほおっておけなかった。母親を救いたいと話してくれたあのときから、ほおっておけなかった。
「……」
V8エンジンがいつになく吠える。
古き良き、アメリカの魂が心地よく音色を奏でてくる。まるで別れの前の祝いをくれているようで、ちょっと嬉しい。
ハンドルを撫で、信号でブレーキを踏み、そしてまた燃料を燃やして駆け出す。
275馬力、40年を超えてもまだまだ尽くしてくれる最愛の車。神崎やキンジとも何度も、色んな時間を過ごした愛しのインパラーー
すれ違う、何度も見てきた街並み。学園島を越えて、都内へ。何度も走った道を駆ける、
時代錯誤と言われたかすれたカセットテープで、もう何十年も昔に録音された曲をかけながら、かなめと因縁の一夜を広げた空港への道を走る。
「ーーそこのインパラ。止まんないとキップ切るわよ?」
……止まるも何も、隣に並んでから言うことじゃねえだろ。
開けた道、白線を挟んで隣に並んだMINIにこぼれるのはどうしようも表せない気持ちだった。
そこにあるのはどうしようなく見慣れた、綺麗な横顔。緋色の髪と瞳を持った俺のーー
「別れの言葉はなしってワケ?」
……ったく、折角の母親との再会だったのに、こんなところまでお可愛い車で追いかけてきたのかよ。何やってんだよお前は……
「……はっ、そうだったな。忘れてたよ」
まるで映画みたいな停止のやり方だ。
そんな言葉をかけられて止まらないわけにはいかない。
眩しい微笑みに、俺もハンドルに両手をやったまま笑う。
アリア、独りきりのアリア。おぼえてるか、去年お前は自分から言ったんだ。自分は独唱曲ってな。
生きとし生ける者、みんな一人ぼっち。
アナエルはそう言った、それが翼を失って地上に墜ちた彼女が学んだことであり、彼女が見つけた真実なんだろう。
けど、それでも俺は、俺は、ジョーがくれた言葉を今でも信じてる。
『すみません、勤務中にこういうことはしないんですが……貴方はエレノアかーーエレンという知り合いがいますね?』
この世界で自分がたった一人だと思えるときも、助けてくれる人は必ずいる。
『彼女は貴方のことをすごく心配してます。貴方に伝言があると』
愛をくれて、暗闇を抜け出す手助けをしてくれる人が必ずいる。
『こう言っています。どなたかに自分の気持ちをハッキリ伝えないならーー"あの世から背中を蹴り飛ばす"って』
たとえそれが、もう会うことの叶わない人だとしてもな。
『貴方はもう一度、人を信じてみるべきです』
「ーーまたな、神崎」
顔を会わせることはせず、俺はアクセルを踏みながら呟く。神崎も何も言わない。
何も言わずに二つのエンジン音が重なり、隣合って発進した神崎のMINIもやがて離れた車線に、学園島への道へ逸れていく。
家族は築き上げていくものだ、血の繋がりは関係ない。
だからお前とキンジは、理子もレキもジャンヌも白雪も、バスカビールは俺の家族だ。
たとえどこにいても、
それが違う国だろうと、
手の届かない場所にいたとしても、
「俺たちは家族だ。ずっとずっと変わらずに」
これからも、ずっと一緒だ。
ーーー
ーーーーー
ーーーーーー
その場凌ぎで乗り切ってもいつかはそのツケが思わぬ形でやってくる。しかし、目の前の問題がどうしようもないとき、どうしても目先の問題を投げることだけに手一杯になる。
そしてその場を乗り切る為に払った代償が、新たな問題となってやってくる。いつだってその繰り返し。
「お…えッ…ぁ、あ…!」
噎せかえるように吐いた血は、今日この日まで丹念に手入れされていたはずの聖堂の床を台無しにした。
石柱はひび割れ、聖母を象った石像の顔には夥しい血が振りかかり、目から血の涙を垂らす姿はどうしようもなく猟奇的だった。
「……逃げろ、ジャック! もう収拾は、無理だっ……! 逃げろっ、いけ、いけえええッ!」
聖堂の真ん中で倒れ伏したルシファー、かつての堕ちた天使の亡骸の前で、ソレは雄々しく両手を広げる。祭司のように、神々しい立ち振舞いで、佇んでいた。
実際、神々しいのだ。その存在はどこまでも神々しくて当たり前なのだ。
ディーンの体を借りて、聖堂の空気感を味わうように両手を広げているそれは、どうしようもなく神に近いのだからーー
「邪険にすることはないだろう。ここは私を奉る場所だ、だろう? 敬うべきだ」
頭がおかしくなりそうな痛みを無視し、ルシファーの槍を持って死地に、飛び込む。動けるのは俺だけだ、行かなきゃみんな死ぬ。
ここが丸ごと墓地になる。ジャック、さっさとサムと転がってくるキャス連れて逃げろ、秒でしか無理だ、20秒も稼げない。
刹那、視界を青白い光が埋め尽くす。
諦めた。
無理だ、距離なんてどうこうの話じゃない。刃が触れるだの、切りあうかわすだのそんな次元の話じゃない。
全身が火傷、裂傷、なんとでも表現できる痛みに襲われ、真っ赤に染まった床に顔がぶつかる。
ざけんな。勝つ負けるの話じゃない。
相手になるか、こんな化物。
「いい器だ」
その声は紛れもない兄の声。
そして中に潜んだ化物は、たったいまルシファーを殺した実の兄。
ミカエルは父に忠実、ルシファーは父に反抗的。
喉から壊れた蛇口のように血をこぼしながら、あがきのように俺は名を呼ぶ。
「……ミカエル」
深夜、静まり返った聖堂で立っているのはミカエル。
ミカエルの剣ーー本来与えられるはずの最高の器を手に入れた、最高の化物だ。
まずは100話をこえる長々とした作品を追いかけてくれた読者さん、ありがとうございました。
書き始めた当初は、終わらないだろうと思っていたスーパーナチュラルも完結してから数年経ちました。エタらずにここまで書けたのはひとえに評価と感想をくれた人たちのお陰です、評価や感想は作者にしてみるとモチベーション兼ご褒美みたいなもんですね。
100話をこえても昔から感想くれる人や、スパナチュに興味を持ちましたと言ってくれる人もいて、遅筆な作者は毎回結構な時間を持っていかれましたが楽しい趣味となりました。
まだ完結していないアリアの原作は、先生のスゴさを思い知らされますね。あの引き出しの多さはなんとも凄まじい……
一方、スパナチュのスピンオフはシーズン1から更新されないことが決まりました。が、打ち切られても他の局で新しく契約されて復活する可能性があるのもまた海外ドラマ。吹き替えの到着を楽しみにする毎日です。
長々筆を振るいましたがここでタイミングがいいので一区切り、活動報告にも書きましたがまた休暇に入りたいと思います。
ちなみに第一話って某ヴレインズがまだ放送してたときに書いてるんですよね、これ時代を感じます。
また会えるときまで、ありがとうございました。感想、評価を貰えると舞い上がって読ませてもらいます。