哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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大天使編
再び、非日常の始まり


 

 

 

 武偵が気をつけなければいけないものが3つある。闇。毒。そして女だ。

 

 この3つを軽んじれば、いつか首を絞められる。

 そして恐ろしいことに、これは何も武偵に限った話じゃない。

 

 

「──ねえ、この続きは? 興味があるなら‥‥‥場所を変えて飲み直すのは?」

 

 

 

 ネブラスカ州、オマハ──

 陽が沈み、本格的に人が入り始めたバーでショットグラスを煽るブロンドの女とスーツの若者。

 着崩したラフなシャツの女と律儀に引き締めたスーツの男との構図は対照的、薄い化粧でも十分に見栄えする端正な顔は離れたテーブルからでも映える。 

 

 

「仕切り直し? それはなんというかな、とても‥‥‥いいね、魅力的だ」

 

 と、男は腰を持ち上げる。

 靴、時計、スーツ。身につけている物からでも分かる、そのレベルの資産家だ。おまけにルックスもよしと来てる、そのまま一人で飲んでたら遅かれ早かれ他の客が声をかけていた、かも。

 

 同情するよ、仕事に身を費やしたあとに来たバーで一番誘われちゃいけない女に誘われた。控えめに言っても運がお悪い、最上級に。

 

 

「ちょっと待った、何も飲まずに出てくつもり? ウチの店でそんなこと許すと思う? ここ、ネブラスカで一番イケてるバーなんだけど」

 

「たしかにイケてる、あのメイズ・ランナーのポスターとか最高。けどごめん、実は奥さんに頼まれてるんだ。いま出て行った客の身辺調査。このままだと黒っぽいかな」

 

 ドル札を卓に置き、顔を歪めた女性に手で示す。

 一杯も飲んでないのに退店か。エレンが聞いたら背中を蹴り飛ばされそうだ。しばらく腕を組んでいたもののゆるりと取った札を懐に運び、

 

「ふーん、じゃあ行ってよし。さっき行ったことはホントだからまた来て、ネブラスカで一番イケてるってところ」

 

 

 青い瞳が自信ありげに細められ、同時に釣りあがるような唇にフッと笑みがわく。

 瞳の色のせいか、どこか知り合いのフランス魔女をを思わせる彼女にやんわり笑い、踵を外へ。

 

 浮気で済むなら良かっただろうよ。

 だが現実は残酷だ、その場限りの女の火遊びと思っていても現実はその火がもっとやばいものに引火することだってある。

 

 コンスタンティンの映画が教えてる。窓の外、案外すぐ隣にやばい世界は広がってるってな。

 

 

 

 

「そこの人、悪いこと言わないからその『女』だけはやめときな。本当の意味で、今日の一夜限りになっちまうぞ」

 

 冷えた夜、暗い空。ほかに人気のない路地。

 映画でも撮れそうな最高の雰囲気を問答無用に後ろから声をかけて台無しにする。

 

 案の定、振り返った男の顔はひどく不機嫌で、

 

「覚えてないが嫌がらせしたことあったか? 最悪だぞ、最低の仕返しだ。なあ、映画の観すぎか?」

 

「──F()B()I()だ。いいからその女はやめとけ、あんたも手足をもがれて床に転がることになるぞ。腹に悪趣味なタトゥーも彫られてな」

 

 無視しようがない悍ましい言葉と宵闇にバッジを晒すと、男の顔が凍てついた。

 壊れた人形のようにぎこちなく回った首が、隣で立ち尽くすままの女を見開いた瞳で見やる。驚くほど無表情な女の顔は、彼をゾッとさせるには十分すぎる。

 

「‥‥‥よしてくれ、冗談‥‥‥‥だろ?」

 

「残念ながら隣の彼女はイカれた足フェチ女さ。あんたは早いことに家に帰れ、タチの悪い当たり屋に絡まれるのとはワケが違う」

 

 FBIが出しゃばるほどの重大犯罪に絡む女。

 関わりたいか? いいや、それがスーツの似合う美人な女優だとしても俺ならごめんだね。

 

 人間、本当にやばい類の危機感を抱いたときは行動は早い。1日限りの付き合いより自分の手足の安否が勝った彼は、一目散に背後の暗闇を駆けて行った。

 

 明日の彼に待ち構えているのが理不尽で悪態をつきたくなる仕事だったとして、少なくとも壁に全身を叩きつけられて手足を持ってかれるよりは相当マシ。

 

 死んだら嘆くこともできなくなるからな。

 一人きりになった女が鎌首をもたげるように、気味悪く首を動かす。

 

 

「ねえ、聞かせて? 男の嫉妬ってどうして見苦しく見えると思う?」

 

「2年周期に起こる連続殺人。被害者は全員男、共通するのはみんな資産に余裕があって顔もいい。ここまでなら羨ましがる男もいそうなもんだが最後は手足を持ってかれて腹に刃物で紋章を刻まれる有り様だ。羨ましくないな」

 

「さっきからあなたの言ってること意味のわかんないことばっかり。まるで外国語を聞いてるみたい」

 

 会話の流れをぶった切りながら語った俺に、無表情な顔を切り替えた女はわざとらしく肩をすくめる。

 その所作は恐ろしく現代に馴染んでる。

 

 ブラドもやっていた人間社会への潜入(スリップ)だ。自分の正体を隠してとけ込んでいる怪物は数知れないが、この連中はそのなかでも指折りだ。前回会ったときは警察の機関にまで根が張ってた。

 

「そうか、じゃあこれも言っといてやる。被害者の胸にあったのは、ギリシャのパンテオンにある文様をアレンジしたもので女神ハーモニアの神殿を表す。あのイカれたやり口にあるのは女神への忠誠──お前たちはハーモニアと軍神アレスがくっついて生まれたもの──()()()()()

 

 

 ご丁寧なことだ。今度は分かりやすく顔に変化があった。先生の教えを受けてりゃ尋問科の一年でも分かるだろうよ。

 

 アマゾン族、アマゾネス。空想じゃなく実際に存在した女だけで統率された厳格な戦士たち。いや、戦士たちだった──と言うべきか。

 長い戦争で数を減らした連中は、ハーモニアに格上げを頼んで人の枠から外れた力を手に入れた。女神様は見事自分を信仰するアマゾネスたちを『怪物』に変えちまったわけだ。

 

 

「‥‥‥捜査官じゃない、何者? どうやってそこまで調べたわけ?」

 

 正体は割れてる、疑心抜きに確信を持ってここまで喋ってやったからな。これで逃げることもない、危険分子を放置して逃走すれば上から罵詈雑言とペナルティが落ちる。

 

 連中の殺しは二年周期。これだけ死体が出まくってるってことは、例の悪趣味な《儀式》が始まってるってことだ。

 ‥‥‥前回は踏み込む寸前で逃げられたからな。数年溜め込んだ忌々しいツケを返してやる。

 

「飲んだくれの友だちが残した本に色々と書いてあった、飲んだくれは偉大だ」

 

 一歩、半眼を作りながら前へ出る。

 海を飛び越え、ネブラスカまで戻って来た。時間があるわけでもなければ、あと少し車を飛ばせばカンザスのバンカーに着くってのに忌々しい記憶が脳裏をかすめて寄り道せずにはいられなかった。

 

 心地いいとは言えない視線を返してやると、代わりに重たく空気にのしかかるような声が返ってくる。

 

「捜査官がそんなにお喋りなわけない、ってことはハンターね、そうでしょ? さすがにやり過ぎだと思ってたのよ、私は目をつけられるとは思った。けど信仰は曲げられない、神聖なものよ。そうやってずっと長い間守られてきた、だから歪められないし、やり方を変えることなんてできない」

 

「現代人とアマゾン族の倫理や価値観が一緒だとは思ってない、生きてきた時代が違うんだからな。だがそれを踏まえて俺に言わせれば──いまお前たちがやってんのは、生まれてすぐの娘に自分の父親をぶっ殺させるイカれたサークル歓迎会だ‥‥‥」

 

 左腕を揺らし、袖に仕込んだルビーのナイフが手元に降りる。

 

 

「それが私たちを生み出した女神への信仰」

 

「一族の結束と繁栄をもたらす、血の掟」

 

 

 郷に入れば郷に従え、そんな言葉を少しは聞かせたくなる。

 理子に言わせれば、そう、2Pカラーと呼びたくなりそうな髪を除けばソックリなのが二人やってくるや三方向から囲むような位置で足を止める。

 

 良かった。三人いれば一人は口が軽そうなのがいてくれそうだ。よっぽどあの忌々しい儀式に横槍を入れられたくないらしい。

 

 血の掟、口が固いのは信仰心の表れ、だとしたら俺にはやっぱり無縁だ。初聖体なんてぶどうジュース飲みまくってた記憶しかない。

 

 人気の失せた路地。殺人現場って言われてもおかしくない重苦しい空気が辺り一帯を包む。こういうときなんて言うんだっけ、映画とかならそうたしか──

 

 

「お次はなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマゾネスが目当ての男を見つけたら、そこからはあっという間だ。妊娠、出産、子供が15歳くらいまでに成長するまで1週間もかからない。言ってみればそれが『軍隊』を作るためのシステムなんだ。2年ごとに出産適齢期の女が派遣されて子供を作る、そして街では猟奇殺人が起きる」

 

 流れていく景色を車のシートから眺めつつ、頭の片隅に積み上げていた記憶のノートからまた一冊、引っぱり出す。

 

 大の男が手足を引きちぎられて、胸には刃物で刻まれた血文字の紋章。場合によっちゃ壁をぶち破って全身の骨もバラバラと来てる、これが猟奇殺人じゃなきゃなんだ。

 

「問い詰めたいポイントが多すぎて困るんだけど。つまりこういうこと? 生まれてすぐの赤ん坊が1週間でテニスができるまで成長するって」

 

「アマゾネスが子供を作って産み落とすまでの時間は普通の人間とは比べものにならない。飲んだくれの天才が残したギリシャの化物大百科が正しいなら、38時間後には生まれてすぐ人間の言葉を話せる天才赤ちゃんが揺りかごに乗ってる」

 

「人の常識で測ろうとしたのがバカだった。アレックスが聞いたらどんな顔してたか超気になる」

 

 今日は薄めのメイクで年相応に素行不良の少女っぽくほくそ笑むクレア。がんじがらめの縁で結ばれたミルズ保安官の娘だ。ああそれとキャスの娘でもあるのかな、俺の認識だとね。

 

 最初は自虐的だったのに最後はいつものごとく問題発言とは、眩い髪色が変わらないように中身のほうもまったく変わってないらしい。

 オマハからリンカーン、ブルー・ヒル、レッド・クラウドを抜けて、三時間近くってところでようやく帰ってきたぜ、懐かしのカンザス州レバノンだ。

 

 

「もう済んだことだけど、聞かせて? どうして殺す必要があったの? 人間を食べるタイプには見えない、それも儀式ってわけ?」

 

「儀式、そうだな。根本にあるのは自分たちを作って力を与えてくれた女神への忠誠。殺すのは誘いをかけた女じゃないんだよ、クレア。被害者を殺したのはほんの少し前に生まれたばかりの‥‥‥()だ」

 

 刹那、ハンドルを握るとは饒舌になるはずの教え子から言葉が消える。ゾッとするよな、俺もだよ。楽しいドライブもイケてるBGMも台無しにされる。

 

「生まれた子供は、父親を殺し、獲物とすることで女神への忠誠心を示す。そうやってようやく一族の一員になる、この殺人事件の実態はアマゾネスによるイカれた入団テストなんだよ」

 

 クレアとの久々のドライブだってのに、台無しにされる胸糞の悪さだ。殺し損ねれば当然一族に居場所はなくなって、信仰第一の組織に殺されるだけ。

 

 ハンターとはどうあっても相容れない。

 だとしても、おもしろくないと言いたげなクレアの横顔は──昔より随分と大人びて見える。嫌なものをたくさん見て、それと同じくらい素晴らしいものも学んだってそんな顔だ。

 

「なに?」

 

「いや、なんでもない」

 

 街並みは消え、入れ替えわりに深い森の風景が新しく入る。

 クレアが走らせる年代物のリンカーンが静かとは言えない排気音とエンジンを響かせて、メーターを忙しく振った。

 

 エマ──もう随分と前だけど、顔も名前もはっきりと思い出せる。今でも忌々しい狩りの筆頭だよ、後味の悪さは‥‥‥俺がやってきたなかでも屈指だ。

 やり直せるなら、君にもっと違った形で手を伸ばせてたらあの最低な最後は変わったのかも。そう思うとやっぱりやりきれないよ。

 

 経緯はどうあれ、君はたぶん兄貴(ディーン)の‥‥‥

 

 

 

 

「着いた。賢人のバンカーってここでよかったんだっけ? ‥‥‥? キリ‥‥‥? キリル? ちょっと聞いてる? もう着いたよ」

 

 

 

 あ、ああ‥‥‥やばいな、ぼーっとしてた。

 いまになって時差ボケ? ないな、ありえん。ありえんだろ。

 

 

「‥‥‥悪い。その、なんだ、昔より運転がうまくなったな。半分寝そうになった」

 

「私に車の運転教えたの誰だった?」

 

「そうだった。楽しい思い出だよ、ダンボールの壁に突っ込んだ。助かったよ、えっと3時間くらいか」

 

 結局、クレアはネブラスカからカンザスまでずっとハンドルを握ってくれた。

 アマゾネスの一団とやりあったあとでこの距離、率先してハンドルを奪ってくれたが結果的には休めて良かった、文明から隔離された緑色が目に染みる。

 

 すぐそこにある見上げるほどのデカい廃墟、久々に戻ってきたぜ、懐かしのアジトだ。

 

「あとは歩いていける、ありがとう。もうスーフォルズに帰るのか?」

 

「どうかな、もしかしたら寄り道するかも。けど昔みたいに長居はしないつもり、ちゃんと帰る」

 

「そっか」

 

 車を降り、運転席側に回ってもエンジンはついたまま。長話はなしか、ならこれだけ。

 

「クレア、どうせ言っても無駄だろうけど無茶はやりすぎるなよ? やばいときは保安官に頼め、でなきゃ俺たちがついてる。いつでも電話しろ」

 

 いつでも駆けつける、やばいときはいつでも。

 それが──家族だからな。理由は後回し、家族は助け合うものだ。全力でな。

 

 フッと、吐息をこぼすように小さく笑ったクレアは左手で握ったスマホを軽く振る。はっ、ちゃんと電話するって? だといいけどな。

 

 

「──またね、キリ。言うの遅れたけど、誕生日のプレゼントちゃんと届いたから」

 

「センスないって?」

 

「正直ひどいとは思うけど、でも嬉しかった。この機会に言っとく────」

 

 なんだよ、らしくない感じだ。

 いつものクレア・ノバックらしくないと言いかけて、

 

「感謝してる。ハンターになったあの日からずっと、いまでも変わらずに。気を付けなよ? 私が無茶やるのはお手本がそうだったから」

 

 ああ、余計なことを言わなくて良かった。

 

 

「うまくやるよ。May we meet again. (再び会わん)

 

 またな、クレア。

 

 そして。

 後ろ手を振り、いつも通りのやり方で俺とクレアは別れる。いつも通り、アメリカでも日本でもずっとやってきた別れ方。

 

 

 ──May we meet again. (再び会わんことを)

 また次も無事に生きて会えると信じて。

 

 

 

 

 

 

(さて、キンジはうまくやってるといいが)

 

 

 終業式が終わり、日本を発って数日になるがルームメイトからの連絡はまだ一通もなし。機を見てこちらから連絡をやるのもアリといえばアリだが‥‥‥

 なんというか、例のごとく女絡みのトラブルに巻き込まれるとしたらそろそろな予感がする。色金の案件が片付いたからってキンジが女とトラブルを引き寄せる磁石ってことは何も変わらない。

 

 ま、そっちはジャンヌや神崎に任せるか。さすがに今回ばかりは‥‥‥こっちをほったらかしにもできないしな。

 

 かぶりを振り、歩きながら取り出した携帯は結局使うこともなく懐に戻す。

 見上げる度に思うよ、本当に馬鹿でかい建物だ。ハンターはチップもケチるような連中がほとんどだってのに賢人ときたらだ、そろそろ、錆びた入口の扉が見え──

 

 

「‥‥‥‥」

 

 

 見えるはずだ。

 アバドンから爺さんが命懸けで守った《鍵》でしか施錠でかなかった入口の鉄扉が。

 

 それが、どういうことだ‥‥‥?

 ‥‥‥悪い冗談か?

 俺の目には、とんでもない力を加えられてひしゃげた縦長の板が見えてる。

 

 古今東西の魔術的な魔除けを描き、物理的にも魔術的にも堅牢なはずのバンカーの入口が、ぶっ壊されてる‥‥‥?

 

 

「‥‥‥──ちくしょうめッ!」

 

 

 呑気に歩いていたのが一転、胸を掻きむしるような胸騒ぎと共にXDを抜きながら扉の破られたバンカーのなかに駆け足で踏み込む。

 

 踏み込んですぐ特徴的な螺旋階段の下に見える光景を見てしまった俺は‥‥‥トリガーガードに添えた指を思わず離しそうになる。

 

 

「おおっ、遅かったな。懐かしの我がルームメイトだ、おかえりキリくん! お前からも言ってくれ、思い込みで話をするなって」

 

 ‥‥‥悪夢にしてもタチが悪い。

 

「私が一体なにをしたぁ? 近頃は行儀よくしてただろ!」

 

「ルシファー‥‥‥それに、ミカエルか? カラコン入れたのか、似合ってるぞおめでとう」

 

「‥‥‥口の、減らない‥‥‥あのとき目だけじゃなく首も飛ばしやるべきだった」

 

 言ってろよ。最悪だぜ、トランザムのときに続いてまたもや魔王と天使の親玉が同じ空間、同じ場所に揃っちまった。

 朗報があるとすりゃミカエルは手負いだ。両目の出血が酷く目がまともに開いてない、茶色の皮コートも獣に裂かれたようにズタズタ‥‥‥何があった?

 

 いや、一つしかない。

 ルシファーやガブでさえ一方的に制圧できるミカエルをここまで傷だらけにできるとしたら、

 

「キリ? 日本に戻ったんじゃ‥‥‥」

 

「久しぶり、ジャック。ワケありで戻ってきたんだが取り込み中だったみたいだな」

 

 ルシファーの力を糧に生まれてきたネフィリム(天使と人の子)しかない。

 聖書のなかでもっとも罪深い存在とかかれてるが今のところは純粋無垢、ただの世間知らずの子供だ。母親が良かったからかな。

 

「歓迎するよ、見ての通りさっきから取り込み中だ。喜ばしくないことにな」

 

 現実に戻る。

 不機嫌この上ないディーン・ウィンチェスターの視線は1ミリのそれも無く、ルシファーに突き刺さる。

 傷だらけのミカエルと違い、魔王は無傷。俺も残念なことこの上ないって気持ちを乗せてさっきの返事だ。

 

「それで、行儀良く? 魔王さまよ、行儀良くってのは俺をミカエルと墓地で二人きりにしたことか? 残念ながらそいつじゃ配慮が足りねえなぁ、埋葬する手間が省けるだぜ」

 

「そのいちいち捻くれた物言いはやめろ。嫌味な野郎だ、恩を仇で返すとはな。なあ、ジャック? 私は本音で向き合ってる、わかるだろ? 昔の私とは違う、親になるってことは相応の心構えがいるんだ」

 

 バンカーの中央ホール。

 器用に距離感を殺し、心に這い寄ってくるような甘い囁き。悍ましい中身を隠して、綺麗なものだけを見せてくるルシファーの声色にーー横槍が刺さった。

 

 

「マギーにしたことは?」

 

 今度は、こっちもキャスと一緒に敵意前回のサム・ウィンチェスター。

 マギー‥‥‥その子は覚えてる、ミカエルが焼け野原にした最終戦争の世界から連れてきた生き残りの一人だろ。ポーカーがやたら強かった女の子。

 

「途中参加で話が見えないんだ、詳しく聞かせて欲しいんだけど?」

 

「おい待て、私の話を聞けッ!」

 

「彼女は犯人の目を覚えてた。目が‥‥‥赤く光ったって。殺したのはお前だ‥‥‥! そうだろう!」

 

「こいつの言う事を信じるのか? サムは私を憎んでる、私を貶めようとしたんだぞ!」

 

 ‥‥‥行儀良くが、笑えるぜ。

 無駄だよ、魔王さま。息子の顔は完全にあんたのほうを疑ってる、必死の弁明したところで手遅れだ。

 

「息子の前でいい父親を演じようとしたが、結局欲求に勝てず()()()()()()。騙されるなジャック、どんなにそれっぽい言葉を並べてもそいつは魔王だ、そう簡単に歪んだ本質は変わらない‥‥‥!」

 

「そこまで言うなら試せばいいじゃねえか。ジャックが本気で力を使えば、嘘かどうか、考えてることを無理矢理喋らせるくらいできるんだろ? ラファエルが昔やってた、できないことはないはずだぜ?」

 

 ディーンに後追いで口を挟み、四面楚歌のルシファーを見る。  

 地獄の檻で永遠のような時間を過ごした怨敵。時には手を組むことも、器を貸してやることもあった。利害が一致して一緒の敵に向き合ったこともある。

 

 だが間違いなく言えるのは、こいつの本質は出会ったときから何にも変わってない。

 

 

「────だからなんだァァァ! 私を見て、わめき出したから頭蓋骨を割ってやった。それがなんだって言うんだ! 関係ない、たかが人間だぞ!?」

 

 

 黒より暗い黒色だ。何を混ぜようと根底にある色は変わらない。

 

「そんな目で、見るな‥‥‥! いいか、本気で向き合ったぞ。私を父として、慕ってほしかった‥‥‥!」

 

 

 怒りと失望。残念だと言いたげに指先を突き付ける姿は、息子に拒絶される父親の構図。

 だがこの場合は、拒絶するべきだ。子供を持つことで、生き方や考え方が一変する親は確かにいる、いい方向にな。

 

 だが、ルシファーは違う。 

 伝承にあるとおり天使の顔をした、悪魔だ。

 

「父さんじゃない、お前は‥‥‥モンスターだ」

 

「ああ、そこが問題だ。母さんとよく似てるよ‥‥‥自分も人間だって言うつもりか、父が作ったできそこないの失敗作と! ‥‥‥ハァ、残念だよ‥‥‥二人で偉業を成し遂げたかった、宇宙を作り変えたり楽しかったろうなぁ‥‥‥お前となら父を超える神になれる、父より偉大な存在になりたかった」

   

 未練を振り切るように荒々しく腕を振って、次第に両の目が不気味な赤色に塗り潰されていく。

 

 

「しかぁし、私を拒絶するなら用はない」

 

 

 刹那、第六感に従って俺はルビーのナイフを抜いてルシファーの懐に踏み込んだ。

 

 条理予知なんてものはない、完全な勘。

 だが、悲観的な予感ほどうざったらしいほどよく当たる‥‥‥

 

 

「えっ‥‥‥」

 

「欲しいのは力だ。父を超えるだけの強さ」

 

 一手間に合わず、ゾッとするような空を鋭く裂いた音が鳴る。

 ルシファーが右手を振るったと思うや、次の瞬間にはジャックの喉から青白い光が血のごとくこぼれだしていく。恩寵だ──まずい、それは──まずいまずい────それは、やばすぎる。

 

「ジャック‥‥‥!」

 

「やめろ!」

 

 ディーン、そしてキャスが叫び、俺もナイフを頭めがけて突き出すが──遅い。足に見えない錘を巻きつけられたように動きが愚鈍だ、やられた‥‥‥ヒステリックに叫んでる合間にまじないを仕込んでやがった‥‥‥!

 

 喉の傷口から天使のバッテリーとも言える恩寵がルシファーの喉を通り、吸い込まれていく。

 青白く発光する煙が完全に喉に消えるのに数秒もかからない。その意味を理解した途端、背筋を串刺しにされるような悪寒と同時に、頭が真っ白になる。

 

 ルシファーがジャックの恩寵を飲み込んだ──

 ミカエルを正面から制圧する力を持ったネフィリムの恩寵が、大天使のなかに流れ込んだ‥‥‥? 

 無茶苦茶だぞ、無茶苦茶じゃねえか‥‥‥ルシファーだけでも匙を投げたくなるレベルで手に負えなかったのにそこに大天使以上の力が流れ込んだ?

 

 ざけんな、どうしろってんだ。

 

   

「ッッ‥‥‥!?」 

 

 目の前を閃光が走り、視界をシャットアウトされた上での腹の中身をぶちまけそうになる気味の悪い浮遊感が脳裏を伝う。

 

 

「しかし、抜け目のなさは第一級だな。もう少しでまた邪魔されるところだった、そんなに私に嫌がらせをするのが楽しいか? しつこすぎる、すっぽんかよ」

 

「ルシファー‥‥‥今度は聖堂か。墓地じゃなくて」

 

「墓地よりはいいだろ? 祈りにきたアホどもに崇められるかも、人間は何でも《死》に意味を見いだそうとする。何にでも価値をつけたくなる、ある日転がっていた神聖な遺体──うぅー、ゾッとする、吐きそうだ」

 

 赤い瞳を暗闇で不気味に光らせ、笑う。息子に拒絶されながらも目論見がうまく運んだ現実に、上機嫌な表情で汚らしく吐いて捨てながら、笑う。

 

 あのときはトランザムからスタール墓地に。

 今回はバンカーから夜の聖堂か、ルシファーが聖堂で両手を広げてる、字面だけ見れば笑えるよ。実際には頬が硬直して笑うも何もない。

 

「キリ‥‥‥どうなった。ここは‥‥‥」

 

「どうって、やばいってことしか分かんないよ。すごくやばいってことしか‥‥‥」

 

 サム、後ろにはジャック、この3人だけか。

 あとはたぶん、ミカエルを含めてバンカーに置き去り。ミカエルはあの傷だ、心配ないがそれよりもいまはもっとやばいのが目の前に、いる‥‥‥

 

 ‥‥‥キンジのトラブルを心配をしてた矢先にこれかよ。ルームメイトを気遣う余裕が、ほんの数分前までにはあったのになぁ、泣けるぜ‥‥‥どうしろってんだよこんな化物に‥‥‥

 ネフィリムは、父親の天使を上回る力を持って生まれてくる。父親が大天使のネフィリムなんて無茶苦茶もいいところだ、その無茶苦茶な力が魔王にプラスされちまった‥‥‥

 

 どうしろってんだよ、ちくしょうめ‥‥‥

 神崎の嫌ってる言葉3つ、悪いが全部使いたい気分だね‥‥‥

 

「さて、ジャック。余計なのが二人付いてきたがまあいいだろ。お前ら二人とも長い付き合いだ、色々楽しくやってきたしな。まとめてお別れタイムと行こう」

 

 教会はやっぱり苦手だ。

 リリスがミサをやったあの夜も最低だったが、今夜はあれ以上を記録しそうだ。まさかあの上があるなんてな、最低だぜ。愚痴でも吐いとかないと、()()を見てるだけで頭がどうにかなる。

 

「下がってろ。キリ‥‥‥」

 

「残弾15。鉛が聞くとは思わないけど嫌がらせにはなるか」  

 

 9mmを装填済みのトーラスを兄に手渡し、ジャックを後ろに下がらせる。

 平賀さんが多少弄りを入れてるがトーラスは日頃から狩りで愛用してるカスタムライン、こういうときに扱い慣れてるってのは好都合だが、んなこと分かってる。

 鉛でどうこうできる相手じゃなくても、ただ殺されるよりはよっぽどマシだ。だから俺もやってるよ、ルビーのナイフで頭を串刺しにしてやる。

 

「勝ち目のない無駄な場面でも向かってくる、何度もうんざりさせられたが最後だと思うと淋しいよ。なんだっけ? そう、お得意の全力とやらで止めてみろ」

 

 なら遠慮なく、どうせ次がないなら手元のチップは全部投げてやる。勝ち目のない対戦カードなんてもういい加減慣れた。

 

「やってやるよ、触れなば切れん‥‥‥」

 

 

 

 

 





またのんびりやってきます
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