哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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Morningstar


明けの明星

 

 

 

 

 メリーランド州ー聖母マリア修道院。

 ──1972年、閉鎖。

 

 神父に取り憑いた黄色い目(アザゼル)が尼僧を虐殺し、祈りと労働の場所に死屍累々を作り上げたこの事件はメディアから『修道院の惨劇』と呼ばれた。

 

 だが、黄色い目の目的は虐殺じゃない。

 死屍累々の山を築いたのは、修道院の下に()()()()()()の声を聞くためだったと、のちに十字路の王(クラウリー)が教えてくれる。

 

 

 尼僧の亡骸を通し、檻の中から声を聞く。

 それが虐殺の本当の目的。  

 

 

 あの日、ローレンスでメアリー母さんが天井に磔にされ炎に包まれたのも、

 親父がハンターになり、俺たちを兵士のように育て上げたことも、

 すべては、狂信者である黄色い目がその声に耳を傾け、命令に従ったから。

 

 

 そして、忌むべき黄色い目の願いは、ヤツがコルトの弾に倒れてから数年後──俺たちが修道院を訪れた夜に、叶うことになる。

 

 

「「「‥‥‥」」」

 

 

 白いドレスで修道院に横たわったリリスの首から溢れた血が何かに導かれるように修道院の床を進み、やがて円を、やがて8本の線が円のなかに渦を描くようにして血の模様が出来上がっていく。

 

 その場にいたサムも、天使の妨害を振り切って飛び込んきたディーンと俺も、修道院の床をキャンパスにした血の動きに釘付けにされる。

 

 倒すべき怨敵だと思っていた最初の悪魔(リリス)こそ檻を閉ざす66番目の最後の封印。

 何もかも最初から仕組まれていたように、現実は最低で最悪で、これまで費やしてきた何もかもが最後の最後で塗りつぶされた気分だった。  

 

 異常な光景は鮮明に憶えてる。

 何の音も聞こえない真夜中。自分から心臓を握りつぶしたくなる重苦しさのあとに床が、割れた。

 

 

 ──古びた錠前にようやく鍵が嵌まった、なぜかそんな気がした。

 

 

「‥‥‥──ッ、出てくるぞ」

 

 

 蝋に灯った火だけが頼りだった暗がりが一瞬で光が満ちる。割れた床の下から溢れ出した眩い光は神々しさすらあった。地獄の底と繋がっているとはとても思えないほどに、眩く、明るい。

 

 実際繋がってたんだ。聖母マリア修道院、そこはこの地上でただ一つ、ルシファーの檻と繋がっていた場所。

 ルシファー。それはかつて父である『神』に呪いの刻印を渡され、堕落し、地獄に叩き落された大天使の一柱。

 光をもたらすもの、悪魔にとって父。

 

 味方だと思っていた女悪魔に、ミカエルが率いる天使たちに踊らされた俺たちが‥‥‥地上に解き放き放ってしまった最強で最悪の化け物だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間は見たいものしか見ない。間違った解釈をして、最後には正しい答えを見失う。アスモデウスがそうだったようにな、私が作った最低の失敗作」

 

「たしかにあいつはできそこないの小物だった。よくもまあ、あんなダサい白スーツを側近に置いてたもんだ!」

 

 構えも何もない、棒立ちの魔王にナイフを構えて突っ込む。どれだけ早く動こうとしても所詮は人間の速さ、最初から出し抜けるとは思ってない。

 元から指を鳴らされるだけで頭が吹っ飛ばされる理不尽な対戦カード、まともに戦ってどうにかなる次元を通り越してる。

 

 飽きればリセットボタンを指で押せばいい、それで俺たちは終わりだ。指が鳴った次の瞬間には塵にされてる。

 ましてやネフィリムの力を取り込んで今まで以上に力を蓄えた魔王だ、突っ込んだ手前情けない話だが──どうすりゃいいんだか。

 

「魔王さま、これでも一緒に戦った仲なんだ。どうせ効かないんだし、一撃くらいかっこよく決めさせてくんない?」

 

 殺傷圏内ッ、ここだ。

 

 不気味に、赤い瞳を潜ませたまま笑うルシファーとの距離は腕一本分もない。

 最初の一発だ。皮肉屋で、高慢。人間は格下、ましてや新しい力を手に入れたこの段階なら──この最初の一振りは‥‥‥通る‥‥‥!

 

「残念だがお前の言葉は信用ならない。ルビーのナイフ、まだ持ってたのかぁ? お前たち、少しは借りたものに責任持つってことを覚えろ。あぁ、彼女は兄さんが一突きしたんだっけ?」

 

 振り払ったナイフは、まるで空間に縫い付けられたようにヤツの喉を前にして動かなくなる。いくら力を込めても前に進まず、後ろに引くこともできない。

 

「借りたナイフで元の持ち主を一突き、ひどい話だまったく」

 

 ‥‥‥ざけんな。一発入れられる一番のチャンスだったんだぞ‥‥‥こんな無茶苦茶なやり方で防ぐやつがあるか。

 

 

「そう嘆くな。私の首から恩寵を抜く、この期に及んでの小賢しい努力は認めるが相手が悪い。お前は私を二回も入れた、考えは読める。玩具は没収、他の武器を探せ。ナイフの代わりに爪切りとかどう?」

 

 動かなくなったナイフをそのまま虚空に放置してジョーのナイフを新たに抜く、といきたいところだが考えは見抜かれてる。

 ナイフを持ち替えても、今度は首に刃物を向けることすらできなかった。形見のナイフを手元に滑らせるのと同時に、激痛と浮遊感がやってきて視界をグチャグチャにされる。

 

「‥‥‥ぐ、ぉッ!?」

 

 バカみたいな悲鳴と肺にあった空気が垂れ流し。

 腹に一発もらい、そのまま後ろまでふっ飛ばされたんだろう。

 ‥‥‥人間の力じゃない。明らかに手を抜いた一撃でこの有様だ、危険度のメーターはとっくに振り切ってる。

 

「人生では色々ある、起きてほしくないことも起きるときがある。それでもできる限りのことをし、前に進む。そうすればいつか、お決まりのハッピーエンドがやってくる」

 

 イカれてる。反応しろだの避けろだの、土台無理な話だ。手を抜かれてなきゃ肉の破片にされてる。

 硬い床に頭から行くのは逃れたが、受け身をこなしても揺れる視界で見えるのは朗報には程遠い。

  

「くそ‥‥‥ッ!」

 

 悪態をつきながら引き金を引きまくる兄と、全身から火花を散らしながらルシファーが弾を弾いてる冗談みたいな光景は、心底残念なことに現実だ。

 

「ハッピーエンド──首が折れて安らかに眠る」

 

 にやついた顔の、首に添えられた右手がスッと真横に引かれる。

 

 サムの悪態に次いで、俺も舌打ちが我慢できなかった。ちくしょうめ、全身そのものが防弾製か。

 首を狙っても、目を捉えても、撃つ弾が片っ端から跳ね返されてる。‥‥‥分かっちゃいたが、BB弾で戦車を狙う方がまだマシだ。

 

 異世界のミカエルと同等以上に渡り合えるネフィリムの恩寵、神の近親である大天使よりもさらに1ランク上の動力源がいまやルシファーの手の中だ。

 楽しくて堪らないんだろうよ、いつでもうるさい口がさらに饒舌だ。 

 

 会話を楽しむ気なんてさらさらなしの俺たち、ジャックに関してはほぼ無言だってのに一方的に魔王の口は動き続ける。

 

「サム、たとえて言うならお前は絶対にモノにしたいオンナ、何度もフラれて意地になるようなもんさ。だがこうなったらお前は用済み、お互い今日限りで新しい相手を探そうじゃないか」

 

「‥‥‥地獄に落ちろ」

 

「もう行ってる、何度もな。左にはろくでなし、右にはマヌケか。キリが左でサムが右、助けを送るときの合図はなんだっけ、鳥の鳴き真似? 残念だがもう()()()()はつかない、ほら、鳥だけにぃ?」

 

 怨嗟を込めた兄の視線も気に留めない。

 いつもどおりの皮肉で、嘲り、すべてを斜めに見ているような態度でルシファーは首を傾げる。

 

 ああ、言ってやる。右のマヌケに同じくだ、地獄に落ちやがれッ!

 

「鳥がなんだ、バカかお前は! こう見えても日々成長してるんだよ、そのつもり。とどのつまり、もうタダのろくでなしじゃない‥‥‥!」

 

 右手でXDを抜きつつドロウ。ワトソンくんちゃんお得意の一剣一銃(ガン・エッジ)の構えで修道院に鉛弾を撒く。

 聖職者が見れば絶句どころじゃないが、残念ながら神は留守だ。姉貴もカジノで遊んでる。

 

「いいや、違う。お前は今でもメジャー級のろくでなしだ、何も変わっちゃいない。祈りの場所で連続殺人でも起こす気か? 危ないのは禁止」

 

 またしても鉛玉が明後日の方向に弾かれる最中、ルシファーの親指と人差し指が重なる。

 銃声が乱れるのも関係なしにスワップ音が鳴った途端、引き金にかけた俺の指も止まった。

 ‥‥‥こういうときドラマや映画ではなんて言うんだっけ。

 

 

「嘘だろ‥‥‥」

 

 ──南京錠が引き金をロックしてる。

 まるで手品のように現れた南京錠が引き金を邪魔し、弾が出ない。この仕掛けは夾竹桃の‥‥‥

 

「お友達の得意技、懐かしいよなぁ。喉元へのナイフで惚れた記念すべき出会いの夜だ。コルトを盗みに来たってところはムードに欠けるが」

 

 サプライズ、そう言いたげな顔と両手を広げる芝居がかった動きでルシファーは嘲る。

 火野も嵌められたTNKワイヤーに並ぶ夾竹桃の毒以外の絡め手の一つ。こんなときでも殺人セグウェイと襲撃してきたいまや懐かしい夜の一幕が脳裏をかすめる。

 

「ふざけやがって‥‥‥」

 

「おいおい、教えてやっただろ。どんな時もユーモアを忘れるな、苦しみを乗り切れる。情けない顔も多少は誤魔化せるしな」

 

「僕らの情けない顔を見るのがお前の楽しみだろ。この状況を心底楽しんでる‥‥‥違うか!」

 

 刹那、天使の剣を抜いたサムが文字通りの横槍を挟もうとするが会話の隙を狙った奇襲気味の踏み込みも呆気なく半身で逸らされ、カウンターに鳩尾を拳が撃ち抜く。

 

「ざんねーん、楽しみってほどじゃない」

 

 190cmを超える体が跳ね上がり、あっさりと奇襲を退けながらルシファーはかぶりを振る。

 

「楽しみってほどじゃないがチャンスをやろう。ワンサイドゲームも面白くないしな、一人だ。サムとジャック、どちらか一人は生きてここから出してやる」

 

「はぁ‥‥‥?」

 

 なんだ、突然‥‥‥だと思った。

 だが、一瞬の時間があれば違和感がすぐに追いつく。お互い様だ。お前に二回も体を貸した、俺だってお前の考えは読める。

 

「ほんとに?」

 

「待て‥‥‥」

 

 見ろ。俺よりルシファーと縁のある、本来の器である兄があの顔だ。

 痛みにうめきを上げながらもジャックの問いに即座に待ったをかけた、サムは正しい。檻の中で最低最悪の共同生活をやった仲だ、分かってる。んな、都合のいい提案を死屍累々を積み上げることが趣味の魔王がするわけない。

 

「サムとジャック。二人で殺し合って、生き残った方は出てもいいって?」

 

 どうせそんなところだろう、と言ってやる。期待も希望も欠片も混ざってない声で言ってやった。

 案の定、喉を抑えて笑ったルシファーにジャックもサムもそれ以上は何も言わなかった。

 

 歪んでる? 非道? 腐ってる?

 これが法で裁ける犯罪者ならいくらでも口にしてやるが、相手はルシファー。聖書に書かれてる地獄の魔王、殺しが使命だと自分で口にするような殺戮と破壊の権化。

 

 そんな分かりきったこと、言うだけ無駄だ。

 この世の悪意をすべて纏めたような存在に、お前は悪だと言って何になる。意味なんてない。

 結局、息子を持とうが本質は変わらなかった。人間だってそれは同じ、良い父親になるか、悪い父親のままか。ルシファーは変わらない、それだけの話。

 

「キリ、お前は本当に──残念だよ。アスモデウスみたいな小物じゃなく、お前を作れば良かった。黄色く染まった目と殺意と怒りに溺れた姿が見れないのが残念で仕方ない。アバドンやリリスとも仲良くやれたかもなァ、寝室に頭蓋骨でお揃いのキャンドルなんか作って。舌の使い方はB級だが」

 

「もしそうなってたら、コルトを盗んで自分の頭をぶち抜く。あばずれアバドンも冷血サイコパス女もこっちから願い下げだ」

 

 冷たい殺気で満ちる修道院に、あまりに場違いな口笛が鳴る。自殺はいまでも大罪とみなされてる、それを真っ向から皮肉るようにルシファーは自分の指を銃口に見立てて、頭を真横から撃ち抜いた。

 

 ‥‥‥化物め。

 残念と切り出した一方、悪夢じゃ片付けられない戯言を連ねる声色はどこまでも、本当にどこまでも楽しげだった。

 

 

「神になり変わろうとしても、父親らしく息子を導こうとしても結局はこの有様だ。大天使さま、刻印が堕落させたなんて言い訳ここまで来ちゃもう通らないんだよ」

 

 ‥‥‥ルシファー。

 一緒に戦ったこともあった、利害の一致で頼りにしたこともあった。

 一方で、全身を消し炭にされ、頭のなかをぐちゃぐちゃに荒らされて、身を何度も切り刻まれた。

 

 僅かな感謝が、恨みと憎しみでぐちゃぐちゃに塗り潰される忌まわしい関係だ。

 お前だって本当はそうなんだろ、一度は抜け出した檻にもう一度叩き落とした俺が、心の底ではすぐにでも首を切り落としたいほど憎くて仕方ない。

 

「神でもあの子の父親でも何でもない」

 

 使い物にならなくなったXDを破棄し、形見のナイフをいまは亡き看板娘に、覚悟を決めるつもりで握り直す。

 

 

「お前はただの‥‥‥イカれた大嘘つきだ!」

 

 

 ジョー、正直さ。虚勢を張ってもやっぱりこの対戦カードには足がすくんじまうよ。

 地獄の檻でのルシファーとの時間は、アラステアの拷問なんて天国に思える。凄惨なんて言葉、いくら並べたって足りやしない。

 

 だからさ、女々しい話だけど君が残してくれたナイフにすがるよ──お前が残してくれた、俺の手札にある最強の1枚に。  

 

 分かってる。俺たちは、涼しい顔してサクッと問題を解決しちまうような無敵のヒーローじゃない。

 

 家族はみんな死んでいく。

 好きな人とも一緒になれない。

 非日常から抜け出して家庭を持とうとすれば必ず血を見る、そして元のレールに引き戻される。

 

 いつも通りだ。

 愚痴を吐いて、シャツを血まみれにして、回し車の人生を恨みながら、世界を救ってやる。

 

 

「さっきの話、私がどうしてサムとジャックにだけ参加券を渡したか分かるか?」

 

 

 修道院の床を踏み砕くつもりで右足を前に、動かせるだけのギアをすべて回して、疾駆。

 

 

「お前は私に嫌がらせをすることしか頭にない。自分が生き残ることより少しでも私の進路を邪魔してやろうって迷惑な考えで頭がやられてる。玉砕、特攻、相打ち、見映えするのはテレビの中だけなんだぞ。武偵高で何を学んできた?」

 

 どうせ距離なんてヤツには関係ない、それなら殺傷圏内に自分から踏み込む。

 

 

「俺が何になりたいか教えてやろうか。明日お前の安眠を邪魔する男」

 

「私に悪夢を見せるって? 気取りすぎだ、状況を考えろ。朝が来る頃には、お前は尼さんの生産工場でバラエティーにとんだ肉の残骸だ」

 

 そいつはヘビーだ。それにグロい。

 

「今のうちにほざいてな、虚無に叩き落とされる前によ。気取ったついでに言っといてやる」

 

 念力の妨害はない、距離は詰められる。

 まだ、まだナイフは届かない。乗せろ、会話に乗せて時間を稼げ、秒でいい──先生の教えだ、退路がないなら使えるものは全部ばら撒け。

 

「やりたい放題暴れて、アマラに目をつけられないことだな。言ってなかったが叔母さんは旅行から帰ってきてカジノとスパにお熱だ。天国への階段を歌いながら虐殺してたらまた雷が落ちるぞ」

 

「父もアマラも関係ない。殺しが使命だ、首をへし折ってやる」

 

 笑う。この瞬間が楽くて仕方ないと、そう言わんばかりにルシファーの唇は歪む。

 楽しむってことには隙がある。勝負より自分の欲望を優先させてるわけだからな。実際問題、一度は離れ離れになった距離が、消える──殺傷圏内。

 

 

「ところで、言い忘れてたんだが」

 

 ルシファーの唇が動く。

 血まみれになってもいい、また目を焼かれちまっても構わない。

 唯一の急所である動力源の隠れた魔王の首に刃の先端を向け、飛びかかる。

 

 

 

()()()()()、ナイフ好きの彼女元気?」

 

 

 

「──くたばれえぇぇぇェェ!!」

 

 

 怒り、恨み、込めれるだけの負の感情を乗せて振るった刃は‥‥‥嫌な耳鳴りを残し、動きを止める。

 

「本音が出たな、ワンへダ。口ではああだこうだと理由をつけても、自分のヘマで死なせた女に未練はありまくりじゃないか」

 

「ちぃ‥‥ッ!」

 

「父に見捨てられて、兄弟に殺されかけた。何度もな。家族が足を引っ張る、女もそうだ。お前の頭の中はいまでも現実逃避の真っ只中」

 

 

 大天使の剣‥‥‥ 

 ルシファーも当然ながら地獄の王である以前に元は大天使。神の近親にだけ許された太古の武器も当然持ち合わせてる。

 

 首を一閃するつもりの刃が鍔迫りになるや、一瞬で爆発したふざけた膂力に左腕ごと弾かれた。

 金切り音が舞った刹那、目の前で拳が握り込まれていくのが見える。ガード? 肘を入れる?

 

「証明してやる」

 

 駄目だ。防御にならん、骨と肉ごと貫かれる。

 

 完全にカウンターの入る距離とタイミング、首の上にギロチンが現れたような錯覚と共に、目の前のステンドグラスから光が差し込んだ。

 

「‥‥‥遅いぞ、コンスタンティン。助かった」

 

 ステンドグラスを透過する光が収まった刹那、ルシファーの背中から肉が裂ける音が鳴る。

 ‥‥‥ったく、時間稼ぎも含めたトークバトルだったが及第点は貰えそうか。

 

 

()()()()()()、遅かったな。一人か、いつものマヌケ軍団はどうした?」

 

 深々と背に天使の剣を刺されたたまま、ルシファーはなんともない顔で後ろのキャスに首を向ける。

 ちくしょうめ、致命傷までいくとは思ってなかったが先端科学兵装とやれる武器が無傷かよ‥‥‥

 

「いまさら力を求めて何を望む‥‥‥!」

 

「宇宙を木っ端微塵にして作り変える、父が作ったのより素晴らしい世界にな」

 

 その場で足が踏み鳴らされる。

 それだけで腹に鉄球をぶち込まれた衝撃が走り、俺とキャスは殺傷圏内の外側に吹き飛ばされた。

 

 ‥‥‥どういう原理かなんてもういまさらだ。

 考えてる余裕なんてない。

 

「構想はあるんだー。火を吹くドラゴンや‥‥‥喋るロボットを作る。人間も分際を弁えて私に服従するならぁ、チャンスをやろう」

 

 二日酔いを嘲笑うようレベルで視界がぐらつく。

 いっ、てぇ‥‥‥‥キンジやサードならうまく着地してたか‥‥‥

 頭から叩き落とされるのは避けても、クッションも何もない床におもいっきり投げ出された体は悲鳴をあげる。

 

 

「僕らも学習する‥‥‥!」

 

「おっ?」

 

 仰向けのまま首を持ち上げると、ルシファーの右手から鉛色の鎖が垂れていた。

 右手だけだがルシファーの手には、確かに天使を抑え込む為の天使封じの手錠がかかり、足下には透明な液体が不格好でグチャグチャな円を囲んでる──

 

 血を流し込んだような真紅の瞳が、初めて天を仰いだ。

 

 

「おい、冗談だろ」

 

 

 無様に寝転んだままジッポーを灯し、赤い火種を気の抜けるような力のないスイングで魔王の足下に投げ込んだ。

 

 

「yippee-ki-yay、くそったれ‥‥‥!」

 

 

 なんとか振り切った腕が崩れ落ちるのと同時に、サムがばら撒いた聖なるオイルから勢いよく火が吹き上がる。

 転がったジッポーから引火した火は、サークルと呼ぶには歪で孤というにはあまりに不格好。コンパスで描いたような円には程遠い。

 

 だが、噴き上がった火はルシファーの膝上まで燃え上がり、確かな熱気を感じさせるバリケードでヤツを隔離した。

 手錠と聖油の二重の罠、これでいくらか時間は稼げる。さすが優等生の兄上様だ、抜け目ない。

 

「大丈夫?」

 

「‥‥‥ああ、なんとかな」

 

 ジャックに手を借りて痛む体を起こすと、くたびれたトレンチコートを揺らして吹き飛ばされたキャスも戻ってくる。

 まだ顔は険しいままだが。

 

「頼れる援軍ありがとう」

 

「それは嫌味か?」

 

「来てくれなかったら腹に風穴が空いてた。45口径よりずっとデカいやつ、感謝してるよ」

 

「なら良かった。サム、いつまでも留めてはおけないぞ」

 

「ああ、分かってる。それよりディーンと──」

 

 

 何かが修道院の床に音を立て、続けようとしたサムの言葉が止まる。足音じゃない‥‥‥ゾッとする想像を抱きながら俺も、他の三人も音が鳴った地点を凝視する。

 

 ‥‥‥冗談じゃない。まだ二分も経ってないぞ。

 

「なに驚いてる? この手品は前にやってる、ヴィンスのライブでな。雪平切ちゃんお得意のジャージー・スリップ。私からのアドバイス、女を口説きたかったら今度は別の手を使え」

 

 手錠だけじゃ足りない、だから聖油と重ねての二重の拘束。

 

「おいおい、一度見せたからって拍手もなしか? なつかしいだろ! 楽しい夜だったよな、ちびっ子ギャングもまだ元気だった」

 

 鎖がひちぎれ、サークルの外まで吹き飛ばされた壊れた手錠に俺たちの誰も、声を出せなかった。

  

 時間付きの錠前が一つ外れた。

 悲観論で備えろ、武偵としての癖で最悪な次の展開を考えて足が一歩、後ろに下がる。

  

 聖油は天使を封じ込める。

 時間付きだが、ラファエルやガブリエル、異世界のミカエルさえ閉じ込めた。だが、神の石板からふざけたエネルギーを得ているときのメタトロン相手に一度だけ‥‥‥

 

 

「時間切れだ」

 

 蝋燭の火を消す気軽さで、ルシファーに息を吹きかけられた場所から火が、消えていく。

 悪い悪夢を見せられているようだった。やっとのことで作り上げたバリケードが‥‥‥一瞬で更地だ。

 

 

(ふざけんな‥‥‥無茶苦茶じゃねえか)

 

 

 無茶苦茶なのは分かってたが、投げつけるカードがことごとくにやついた笑みで排除される。

 どうする‥‥‥一番の対抗策である聖油を見せちまった、そろそろルシファーも飽きる頃だ。本気で殺しに来る。

 

 図形で吹き飛ばす──駄目だ、それは最初に考えて破綻した。書こうとした瞬間、距離なんて関係なしに手が切り落とされる。

 暴れる心臓に手がつけられくなりかけたとき、隣から重たい声がかけられた。

 

「‥‥‥ジャックを連れてキャスと逃げろ。なんとか足止めする」

 

「‥‥‥いや、駄目だ。逃げれないからさっきまで一緒に突っかかってたんだろ。それに逃げるなら兄貴を入れて三人の方だ。俺の首が落とせたら、とりあえず満足して数日は猶予をくれるかも」

 

 俺の葬式で悲しんでくれるならね。あいつはそれを見て大笑いしたいって感じだから。

 けどそうなったら‥‥‥虚無と結んだあの契約がどうなるか。

 ちッ、また別の角度から首にギロチンが迫ってきやがった。そうこうしてるうちにルシファーの背後に眩い光が差し、天使特有の影しか見ることのできない両翼が、照らし出される‥‥‥

 

 地獄の長とは思えないほどその姿は神々しく、ぐちゃぐちゃに歪んで悪意を溜め込んだ中身なんて、全部嘘なんじゃないかって思うほど──光に満ちてる。

 

「‥‥‥一人殺すくらいじゃ満足しない」

 

 悪態をつきながらサムが光源の中心を睨む。

 ‥‥‥お遊び抜きだ、今度こそ全力で殺しに来る。

 この場にいる、魔王を除いた全員が重たく息を呑んだとき‥‥‥いや、なぜかキャスの横顔は、いや、何かが違う。

 

 違う。何か、この地雷原で置き去りにされてるような状況においてキャスの顔だけは、何か別のものを見ている気がする。 

 勘だ。よくある刑事の勘とか、そういう経験から来る曖昧で言語化できないもの。

 

 先生のもとで、尋問科で学んだ勘が、違和感をもってくる。あと少しでギロチンが落ちようとするこの状況でも、待ったをかけるような違和感。

 

「──すまない、私にはディーンを止められなかった」

 

「キャス?」

 

 なぜか、サムに向けてかぶりを振る。

 そうだ、なんでディーンは来ない──真っ先にルシファーに突っ込んできそうな兄がどうしてキャスを先行させて姿を見せてない?

 

 ディーンを止められなかった?

 やめろ、その言葉は知ってる。こういう状況で、その手の言葉が飛び出すときは、総じてディーン・ウィンチェスターが目先の問題を解決するのに無謀な一手を取った時だ。

 

 

「‥‥‥なに?」

 

 修道院の外へ繋がる背後の扉から光が差し、ジャックが腕で顔を隠す。

 外はずっと夜だった、普通の光じゃない‥‥‥それに何よりもその光は、ついさっき目の前で見た。

 

 ‥‥‥ちくしょうめ、そういうことか。

 後ろを振り向くと、硬く閉じていた扉が勢いよく音を響かせ、開け放たれる。

  

 

『資格はある、だが君は言うなれば代車だ。乗れはするが本来用意されているのは別にある。ああ、気を悪くしないでくれ。代車というのは言葉の文だ、君と組むドライバーはまた別ってことさ。行方知れずの放浪の身だがな』

 

 

 ずっと昔、したり顔でそう語ってくれた天使の言葉が蘇る。

 代車、つまり俺は本来の器じゃなかった。乗れはするが本来の力は発揮できない。

 

 

「──()()()と利害が一致した、お前をぶっ殺そうってな」

 

 

 光が消え、ただ一人姿を見せなかったもう一人の兄が開ききった扉の前で淡々と吐き捨てた。

 本来ヘーゼルグリーンで染められているはずの両目を‥‥‥青白く光らせて。

 

 その目と、どう見ても全身からこぼれ落ちてる異様な雰囲気にルシファーの口許が‥‥‥歪み、相対するように足を動かしていく。

 ああ、知ってる。舞台こそ違うがこの景色は、スタール墓地で見た終末一歩手前の‥‥‥あの景色。

 

 

「ミカエルを入れたか。『剣』があれば私に勝てるとでも?」

 

「やれば分かるさ。息の根を止めてやる」

 

 

 ‥‥‥たしかに、たしかにこれしかルシファーを止める手はなかったのかもしれない。

 

 天使の長、神が最初に作った近親である大天使ミカエルの為に用意された本来の器。それが『ミカエルの剣』──父に従順な兄、天と同じ役割を与えられた兄の器こそがミカエルにとっての最大の武器。

 

 異世界産でもそれは、変わらないんだろう。

 目の前にいるのは、どれだけ無茶な動かし方をしても全力を出してもくたびれることのない器を手に入れた‥‥‥万全になった、大天使ミカエル‥‥‥っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 化物を殺すために、新たな化物を作り上げる。

 目の前の問題を払うために、新たな問題の種を撒いていく。

 

 何度も重ねてきた俺たちのやり方は、今回も例外じゃなく新たな厄災を招くことになる。

 

 この修道院がこれまでどおり最悪な後味を残してくれる凄惨で最低な──新しいシーズンの始まりだ。

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