哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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迷子編
迷子? Mygo?


 

 

「バーガーは体に悪いと聞いた。食べなくとも平気だと」

 

「ああ、そのとおり。だけど、少し食べてみれば分かる。最高だ」

 

「ふっ、そうなのか? まだよく分からない」

 

 やんわりと、それはそれはただの大学生のように弟は笑う。

 親父が見ればこの光景をどう思うだろう、日本のバーガーショップでポテトとバーガーをよりによって俺たちが食ってるのはーーどんな顔するかな。

 

 ま、何にしても平和だ。

 テーブルについてバーガーとポテトを食べる。晴れた陽光が外のアスファルトを照らし、店内にも外にもちゃんと人の声がしてる。平和そのものだ。

 

「えっと‥‥‥弟なんだよね? ‥‥‥君が、‥‥‥?」

 

「分かるよ、ワトソン。俺のほうが下に見えるんだろ? でもそこには複雑な理由があって。ま、我が家は複雑でね」

 

 帰国して数日。

 こうやって会いに来てくれた、いまでは親しい友人ワトソンくんちゃんは、信じられないような聞いちゃいけないような顔で俺を見てくる。

 

 目の前の弟はバーガーにかぶりつきながら初対面でも『肌、綺麗だね』とかマイペースなことをかましてる。ディーンに似てるようで毒気のなさはサム似か。

 

「俺、こっちのアダム、上のディーンとサムは母親が違うんだ。だから顔も結構似てないんだよ、ほら、俺なんて顔だけなら東洋系だろ? 母親寄りなんだ」

 

「キミの母親のことは聞いてないぞ」

 

「話すときもなかっただろ、その、色々ありすぎて話すタイミングもなかったし。日本人、警察官、コーヒーはブラックしか飲まない、ワーカーホリック。それ以外はさっぱりだ、調べる気もないが」

 

 日本のコーラをバーガーショップで頂くのも久しぶり、ダイナーで貰うのとはまた違う。この懐かしの炭酸をまた生きて飲めるなんて感激だ。

 喫煙者と飲んだくれがニコチンとアルコールのない世界を地獄と呼ぶなら、俺にとって炭酸のない世界は終末だ。

 

 炭酸に胸躍らせてる間にワトソンが口を開いた。

 

「ところで、えっと‥‥‥どうして日本に?」

 

「いい国って言ってたから興味があって。それと、考える時間が欲しかった」

 

「そうなんだ。いいことだよ、自分の知らない土地、文化に目を向けて味わうことはね」

 

「君もそうなのか?」

 

「ここに来て、変わったことは‥‥‥あるかな。うん、特に気持ちの面では、とても、いい変化をもらったと思う」

 

 なんて乙女な顔してるんだか‥‥‥

 俺は応援してるよ、ワトソンくんちゃん。どうか幸せになってくれ。

 

「‥‥‥長い間留守にしていた、いまさら同志の元に戻るべきかどうか。それにもう兄弟はいない、父は会いにも来ない。私は一人っきりだ」

 

「けほっけほっ‥‥‥」

 

 ば、バカ‥‥‥噎せたじゃねえか。

 

「えっ、兄弟って‥‥‥」

 

「ああ、まあ‥‥‥兄弟っぽくないからな、俺とか。大学で仲良くしてた友達とかそっちのことなんだろ、俺は全然知らねえけど。それで、じゃあしばらくは日本で?」

 

「巡ってみようと思う、しばらくは色々なところを。そのあとはさて、どうしたものか」

 

「まっ、そういうことなら『神』のご加護をあることを。困ったら連絡くれ、いつでも手伝う」

 

「おや、もう頼み事はないのか?」

 

 探るように首を傾げる弟の顔に、ストローを噛むようにしながら俺は窓の外から見える平和な景色に横目を向ける。

 

「もうないことを祈るよーー天使さま」

 

()はないぞ、キリル。体はそうでも魂のほうはもうもたない。次に私が入れば、君の魂は間違いなく焼き切れる」

 

「おいよせ‥‥‥ワトソンくんちゃんがいるのにそういう話はやめろッ! つか入るとか入らないとか、オカルトの同好会じゃないんだぞここは! それと、俺をその名前を呼ぶんじゃないっ、お約束みたいになってんじゃねえかいらねえんだよそんなの!」  

 

「ゆ、ユキヒラ‥‥‥もしかしてだけど、これってとんでもない状況だったりするかい‥‥‥?」

 

 賢くて察しのよろしいワトソンくんちゃんの目線が恐る恐る逸れて、

 ‥‥‥俺はワトソンの頬を掴み、無理矢理アダムに向うとした軌道を変える。

 

 

「ちょっ、な、なにをするんだ‥‥‥!?」

 

「いや、よくない展開だと思って」

 

「?」

 

「‥‥‥い、いま目が光らなかった!?」

 

「あとから話すよ。色々あったんだ、本土で。愚痴も混ぜるから今度ゆっくり聞いてくれ、ワトソン先生」

 

 愚痴りたいことはノート1ページじゃ足りない。

 でも目の前の弟に大天使が取り憑いてる、なんてのはさすがに言えないか。

 

 

 異世界からやってきたミカエル、そして体を乗っ取られた兄を巻き込んだ一件は幕を下ろし、紆余曲折を経て俺は再び日本の地を踏んだ。

 

 表向きには海外で依頼をこなしていた扱いということで、イタリアへの修学旅行に行けなかったとか、キンジと中空知が退学になって武偵事務所を立ち上げたとか、そのまま中空知が社長になっちまったとか、帰ってくるなり頭がパンクしそうな情報量や報告をもらって匙を投げたくなったがなんとか持ち直してる。

 

 俺の方から今回の一件で変わったことと言うと、目の前にいる腹違いの弟と久々に会話をしたってことかな。

 その理由も、例によって複雑な経緯になっちまうんだが。

 

 久々に再会したワトソン、一人旅もなんのそのなアダムと別れて俺は江東区の、久々に満喫させてもらったバーガーショップをあとにした。

 いくら日本の治安が穏やかでも土地勘のない弟を見ず知らずの国で一人きりにするというのは心もとない、などと当たり前の考えは頭をよぎりもしなかった。

 

 モノホンの守護天使が取り憑いてるし、一人旅も大丈夫だろ。とびっきりのボディーガードが24時間休憩無しで取り憑いてんだから。

 

 

 

 ということで、愛しの67年シボレー・インパラとの久々のドライブで向かうのは東京都港区台場7丁目、学園島の南端・20区のワンルームマンション。

 退学になってから武偵の会社を立ち上げたまではいいものの、どうやらキンジには何としてでも東大に入学しなければいけない理由があるらしく立ち上げた会社は中空知に任せてこれからはその新居で勉強に励むらしい。

 

 少し留守にしていただけでこの目まぐるしい状況の変化ときたらさすがは遠山キンジ。話題のほうが向こうからやってくる男、飽きさせないよ。

 とはいえ、電話で聞いたところだとこの勉学、マジでなんとかしないと死活問題って感じだった。何か裏で抱えてんのかなぁ、あいつも変なところで隠し事がうまいから。

 

学園島は交通の便が悪く、土地が余ってて、銃持った生徒がウロウロしてるって最低な理由から家賃が安い。

 聞いていて悲しくなりそうな理由も、キンジには色々好都合だったらしくインパラは目立つということで、仕方なくわざと少し離れたパーキングから渋々歩くことにする。

 

 男子寮の時みたいに、いつもの面子に居座られてしまうのを危惧してか部屋は神崎たちにも秘匿してるらしい。一応無害なリストに入れてくれてるのは喜ぶべきか。

 

 

「呼んでくれてありがとう、それと久しぶり。色々あったらしいけど生きて会えてよかった」 

 

「その物騒な挨拶、他になかったか? まあいい、生きて会えてよかった。言っとくが椅子はないぞ」

 

「見りゃ分かる、修行僧みたいに何もない。でも見ろ、エアコンはあるぞ」

 

「よし、救いがあったな。あとは⋯⋯椅子の代わりにダイニングセットを買うか」

 

「インテリア雑誌に知らせとかないとなぁ」

 

 とりあえずハイタッチ。

 何もない部屋に響く。

 

「んで、この段ボール。引っ越しの手伝いをやれってんなら」

 

「業者を頼めば金がかかるけど、おまえならコーラとハンバーガーで済むしな」

 

「‥‥‥楽しいヤツだね、ほんと。じゃ、そっちの段ボール机にして。俺はできる範囲で片付けとくよ、気が散らない範囲でな。って言っても、勉強のほうじゃあんまアシストはできそうにないが」

 

 いつの間にか訛りまくりの英語話せるようになってるし。ったく、どこで覚えたんだか。

 

「けど、ロースクールだろ?」

 

「そっちは兄上様。俺は法律を学ぶより法律を破る勉強をしちゃったわけ。自慢できないよ、けどもし環境を用意されててもあんなに勉学には励めなかっただろうな。だから気持ちってのは大事だ、応援してるよキンジ」

 

 真剣にやろうとしてることはからかわないさ。

 簡単に入れる場所じゃないが、目指そうとする意思を横から足蹴りする資格なんてあるのは育てた親くらいだ。俺にはない。

 レジ袋から缶のコーラを、これも懐かしい。しばらくは瓶しか飲んでなかったからな。懐かしきプルタブを捻るこの感覚。宝箱の錠前をこじ開けるかのごとくだ、中身は知らん。

 

 

「なあ、変なこと聞いていいか?」

 

「変な答えを返せばいいのか?」

 

「そうじゃなくて。お前もし普通に学校行って、普通に暮らせるとしたら何やりたかった?」

 

「?」

 

 ああ、普通の暮らしができてたらって話か。

 そうだな、何やってただろう。てか、何をやりたいかって話か。開けたばかりのコーラを手に、少し考えてみる。

 

 

「そうだな、婆さんはローレンスで車の修理をやってたからそれを継ぐ。あるいは親父みたいに軍に入隊する、他は‥‥‥縁があったならエレンのバーで、あとは‥‥‥警察? ロスの市警とか? 生みの母親は腕利きだったみたいだけどね、ワーカホリックの」

 

 駄目だ、考えてみたけど定まらない。

 普通じゃない暮らしに慣れすぎて、憧れはしてもいざ何がしたかったって言われると考えが纏まらない。

 

「つか、なんでそんなこと? もしかしていまの、新手の慰めか?」

 

「いや、なんでもない。ーーなあ、もしさ。もしーー」

 

「いいよ、聞け。その聞こうかどうか迷ってる顔は見るに堪えない。聞いてやるからさっさと言え。俺が死んだら、お前人生の相談役がいなくなるな」

 

「それは心配するな、お前はたとえ首が離れても死なない」

 

「ウケた。やばいときは大門先生と城之内先生を呼んでくれ」

 

 どうしてどいつこいつも俺を首無し騎士やデュラハンにしたがるんだ。やばいときは失敗しないお二人になんとかしてもらおう。

 

「それで、真面目な話。何を言いかけた?」

 

「‥‥‥」

 

 煮え切らない、察するにこういうときに出てくる話は絞れる。特にこういう顔は、腐る程見てきた。

 なんでかって? 我が家のお決まりの家族の問題が頻発した時の顔だから。

 

「家族の話題か、察するに」

 

 とりあえず会話の口火を切ってやると、降参って素振りでキンジは胡座をかいた。

 

「尋問科に隠し事は無意味か?」

 

「これでも先生の最高傑作なんで、一応な」

 

「‥‥‥セントラルパークで会った、あの人ってお前の母さんなんだよな?」

 

「? メアリー母さんだろ。趣味は怪物と悪魔をメリケンサックで殴り倒す」

 

「ああ、知ってる。武闘派なんだろ。でもお前を生んだ母親は別にいてーー」

 

「そ、顔が東洋寄りなのはそのせいだ。どこで何してるかも顔も知れず、今もどこかで行方知れず。恨んでないよ」

 

 案の定、触れにくい話題だろうが別に気にしてないと言ってやる意味でもコーラに手をつけた。なんだ、やっぱりそっち系だったか。

 

「‥‥‥なんでもないって顔だな」

 

「踏み込まれて嫌なラインはあるよ? けどお前とは鉛で頭をぶち抜かれるかってところを二人三脚してきた仲だし、なにをいまさら」

 

「‥‥‥なあ、もしその‥‥‥切? お母さんがどこにいるか居場所が分かってたら‥‥‥」

 

 

「行かないよーー俺は行かない」

 

 即答する。

 それがキンジが本当は望んでいた答えかどうかは分からないが、俺は迷うこともなかった。

 

「悪い‥‥‥軽率だった、謝るよ」

 

「ああ、違う。恨んじゃいないんだ、香港でも言ったろ?」

 

 段ボールを机代わりに勉強ってムードが完全に台無しだな、それは俺も謝らねえと。

 

「別に恨んじゃいない、母親としての、‥‥‥大切にしてもらうというか、愛してもらうってのはエレンが十分くれたからな。恨んでない。調べるつもりもねえがあっちにも理由はあっただろうしな。どこで何をしてるのかは探らねえし、恨んでもいない。陰ながら元気でやってればそれでいい、くらいの関係さ」

 

 それがすべて。

 その気になれば、あの手この手で探れる。キャスやクラウリーにでも頼み込めば、いくらでも機会はあったがそんな気にもなれなかった。

 好奇心すら弾まない。ただ元気にやってればそれでいいに尽きる。関心もない、悪く言えばドライだがそれで全部だ。

 

「器用だな、お前って」

 

「なんで?」

 

「普通はそんなふうに割り切れないだろ」

 

「自己防衛ってやつ? 変にひねくれてたからその恩恵かな」

 

「‥‥‥きっと。俺がお前の立場なら、そんなふうには振る舞えないな。狩りのことも、俺には無理だ」

 

「言葉を返すよ、キンジ。お前は十分、俺は出会ってまだ数年だけどそんな俺の目で見ただけでもお前は十分大勢の人を救ってるし、神崎や理子、ジャンヌやレキ、みんなの居場所というか拠り所になってる。苦しい時に駆け込める場所っていうか、俺には真似できないし、自分で思ってるより立派なやつだよお前は。嘘じゃない」

 

 それに、

 

「それにいいやつだ、貧乏なのにコーラ奢ってくれるし。あと聖剣も貸してくれたしな、ステーキで」

 

「言っとくが日本中探してもお前くらいだぞ。コーラと遊戯王カードで一緒にテロリストと戦ってくれる隣人は」

 

 ふっ、といつも通りにルームメイトは笑う。少しばかり肩の力が抜けたとそんな顔だった。

 

「いいよ、キンジ。別にいまじゃなくてもいい、また話したくなったら振ってくれ。なんたって山積みだった問題を片付けて、いまの俺は暇だからな」

 

「そうする。お前が本気になったら、どうせ隠しておけないしな。また話す。てことで俺は勉強する、荷物は任せた‥‥‥!」

 

 清々しい切り替えの早さですこと‥‥‥

 まあ、俺もこの荷物をなんとかして邪魔にならないように横になっとくか。夕食はキンジが用意してくれるって話だしな、枕でも借りて寝とこう。

 

 考えを纏めて、近くにあった段ボールに手をかけたときだった。

 

「‥‥‥!」

 

 慎ましいチャイムの音にキンジがウルトラマンみたいなポーズで跳ね起きる。

 いや、なんだよその臨戦態勢は‥‥‥

 ぎろ、とキンジが不満たっぷりの目で俺を睨む。

 

「話してねえよ、ウルトラマン。俺は誰にも話してない、もちろん星枷にも」

 

「じゃあ誰だ‥‥‥不動産屋か、宅配便か、銃弾の訪問販売か……?」

 

「あるいは探偵調査員か。罪のないドアにカンフーを入れられる前に出たらどうだ?」

 

「物騒なこと言うな、新居一日目だぞ!」

 

「ロカが言ってたよ、LAで1100ドルもする新車のタイヤを撃たれたって。1本で」

 

 日本も例外じゃない、なんでも起きる。

 家主を先頭に、俺も後ろから開いたドアの方へ顔を覗かせる。

 えっーーあ、あの‥‥‥

 

「キンジ、おま‥‥‥知り合いか?」

 

 少し紫がかった肩ぐらいまでの黒髪をツーサイドアップにし、身長は130少しってところか。どう見ても小学生低学年の少女が、慎ましく、そこには立っていた。

 紺色のサスペンダースカート。白い半袖シャツの襟首には、赤い紐リボンが垂れている。キンジは‥‥‥いや、分かった。君は誰だ、って言いたげな顔だ。面識なし、少なくともキンジのほうには。

 

 が、彼女のほうはそうじゃなく。

 

「‥…家を間違えてないか? 迷子か」

 

「やっと……ここまで、来られました……やっと、会えました……」

 

 自然なキンジの応対に、天から伸びた紐をなんとか掴んだ。そんな大袈裟な表現すら浮かんできそうな喜びようで、少女は言った。

 とんでもない一言を。

 

「お兄ちゃん様」  

 

「ん……んん?」

 

「急にすみません。私は、お兄ちゃん様の妹です。追われているんです。匿って下さい」

 

 狼狽えるキンジに追い打ちがかかる。

 ああ、近視感があると思った。

 誰かに似てるなって、いま分かったよ。少し長めに横に伸ばした髪と目元、かなめにーーよく似てる。

 

「切‥‥‥」

 

「えっと‥‥‥迷子? Mygoーー?」

 

「洒落言ってる場合かよ‥‥‥シットコムじゃないんだぞこの状況」

 

 このとき、かなめによく似たこの少女の来訪で静かに俺は悟った。

 キンジのお家騒動、またしても開幕。

 

 

 

 

 

 

 

「私の存在は誕生から10年ずっと秘匿されてきたので、お兄ちゃん様も知らなかった事と思います」

 

 借りたばかりのワンルームマンションに押しかけて、そう玄関先で語るのは…‥育ちの良さそうなどこかの資産家のお嬢様って言われても通りそうな10歳ぐらいの少女。

 

 両サイドを少し伸ばしたテール、穏やかな大きな目と長いまつ毛、雪原を思わせる白く澄んだ肌はかなめにひどく似てる。そしてカナにも。

 

 見た目はもちろん、なんていうんだろ。

 かなめやカナが持ってる少し浮き世離れしたというか、独特の空気。先天的な真似できないもの。二人からしか浴びたことのない匂いが、目の前の少女からは漂ってる。

 

 思わず身構えそうになった俺に対し、キンジは一歩前に出ながら、

 

「──ここはお前の家じゃない。帰れッ」

 

「おまっ、ちょっと待て!」

 

 警戒するのは分かるがストレートすぎるだろ!

 ほら、困り顔になった! 俺だって疑う気持ちはあるがそいつはちとストレートすぎるぜ‥‥‥

 

「とりあえず、話を聞かせてくれ。秘匿されてたって言ったよな? キンジ、9歳、10歳の子供からそう簡単に飛び出す言葉じゃない。話を聞いてみよう、それくらいはいいだろ?」

 

 俺も子供だからって油断はしない、リリスはまだ学校にも通ってない幼い少女に取り憑いて滅茶苦茶してやがったからな。あのアバズレのせいで身にしみてる、見た目で判断はしない。

 

 その上で、俺は屈んで少女の目線に自分も降りながら続きを求めてみる。

 さっきの容赦ないキンジの対応に、少なからずショックはあったらしく円らな瞳は透明に潤んで‥‥‥俺まで罪悪感が飛び火してくるがやがて縋るように、少女は半歩前に出た。

 

 もうドアの外には出たくない、そんな意思表示と共に縋るような声色で。

 

「私は、帰る場所が無いんです。所在が分かる家族は、お兄ちゃん様だけなんです。名乗るのが遅れました。ーー私はロスアラモスのGシリーズ、GⅤ。ジーフィフスです」

 

「‥‥‥!?」

 

「嘘だろ‥‥‥」

 

 とんでもないカミングアウトにキンジは言葉を失って目だけを大きく見開く。

 たまたま診察に行った病院に武装したテロリスト集団が乗り込んできたレベルの衝撃だ。 

 これはまた……やばい名前が出てきやがったぜ。

 

 

(ジーフィフス‥‥‥5番目か)

 

 

 ロスアラモスーーかなめやサードと同じ人工天才計画の生まれってことは‥‥‥この子は、本当にかなめの妹ってことか‥‥‥?

 

 思わず、隣のキンジにもう一度横目を向けるとちょうどキンジの目もこっちの意見を伺おうって感じだった。

 

 ロスアラモスなんて間違ってもただの迷子の女の子から飛び出すような言葉じゃない。それにかなめやカナに似た、遠山家特有の雰囲気をこの子から感じるのも、そういうことなら合点がいく。

 

 がーーそこで背中に冷たいものが走る。

 匿ってくれ、追われてるって言ったな‥‥‥?

 

「ちょっと待て。その話が本当だとして。とどのつまり、君が追われてるっていうのはーー米国(アーミー)か?」

 

 緊張を額に滲ませながら首を傾けると、ジーフィフスと名乗った少女はゆっくりと頷いた。

 ‥‥‥新居に引っ越しして早々とんでもない話になってきたな。

 

「で、出まかせを言うな、騙されないぞ。たった一年で妹がホイホイホイって増えてたまるかッ!」

 

「‥‥‥何がホイホイホイだよ。その微妙にウケ狙ってる言葉回しはなに?」

 

「ウソではないのです。お兄ちゃん様‥‥‥」

 

 警戒心未だ解かずのキンジにも、信じてもらうしかないといった様子でジーフィフス、少女は胸の前で両手を祈るように合わせる。

 

 ロスアラモスは、研究所を脱走したサードやかなめにも何人もの暗殺者を差し向けて、あの手この手で命を奪おうとしていた。

 いまでこそジーサードがやってくる刺客をかたっぱしから無力化させて味方に引き込んだせいで落ち着いてるらしいが、人命だろうが容赦なしのスタンスは何も変わってないらしい。

 

 真っ直ぐに、もうあとは正面突破しかないといった淀みのない視線はキンジから動こうとしない。

 このまま新居1日目の飾りっ気のない玄関で我慢比べなんてごめんだ、もう結論は出てるしな。

 

「もういいだろ、キンジ。作り話にしちゃクオリティーが高すぎる」

 

「お前その‥‥‥どっちの味方なんだ!?」

 

「このまま玄関で押し問答やってたら、新居1日目から不審者のレッテルを貼られかねないぞ? 妙にかなめに似てる気がしたけど人工天才の繋がりなら筋は通るし、10歳前後にしちゃ大人びすぎてる言動にも納得がいく」

 

 視線を落とすと、朗報が舞い込んだように少女の顔は明るくなる。

 嘘、まやかし、おとぎ話。どれもこの地上に溢れてるが今回はそのどれでもない、現実だ。

 

「お前も元は探偵科なんだ。現実か作り話か、こんだけ材料が並んだら見分けはつくだろ?」

 

 キンジが『帰れ』と言えば『お兄ちゃん様』の押し問答も数分経ち、そろそろ隣人が不信感を募らせるかって瀬戸際でキンジはまだ渋々といった様子だが少女を部屋に招き入れた。

 

「‥‥‥失礼します‥‥‥」

 

 と、ちゃんと靴を脱いで揃えてから部屋にアガったジーフィフスは、小さな体には引っ張るのも一苦労だったトランクも邪魔にならないように隅に動かしてある。

 控えめな『失礼します‥‥‥』の言い方といい、どこか会長の面影もちらつく子だな。

 そもそも遠山と星枷は『近い縁で結ばれてる』とかなんとか玉藻がプリンを盗み食いしながら口にしてた気がするぞ。もしかしてキンジと会長も離れた親戚だったりして。

 

「言っておくが、ここに住ませるつもりはない。ご近所付き合いもあって一旦上げてやっただけだ」

 

 警戒心が振り切ってんなぁ。俺が留守のうちにまた知り合いに背中から撃たれたと見える。

 

「いがみ合いはひとまず置いといて。銃もナイフもなし、文化的に話し合いだ。キンジも新居は荒らしたくない、君はお兄ちゃん様に信じてほしい、だったら話し合うのが一番早い。そうだろう?」

 

 ここは俺がレフェリー役として手を鳴らし仲裁してやる。

 俺もこの子の話は気になるしな、それに第一印象を信じるなら律儀でいい子っぽい。神崎なんて押しかけてまずコーヒーを要求しやがった、あの貴族様に比べたらファーストコンタクトは雲泥の差だ。

 

「‥‥‥ありがとうございます‥‥‥‥聞いたことがあります。お兄ちゃん様の近くには腕利きの、獣人ハンターがいるって‥‥‥」

 

「俺って腕利きか?」

 

「性格はお察しだ。でも確かに腕はいい」

 

「優しい言葉をどうも」

 

 俺の噂はさておいて。

 話を戻す意味でキンジから。

 

「キンジ、お前は本当に知らなかったのか? かなめやジーサードからこの子のことは?」

 

「何度も言うが、俺はこいつのことなんて知らん。ジーサードからもかなめからも聞いたこともない」

 

「無理もありません。彼らは第1世代、私は第2世代の人間兵器で、同じロスアラモスでも住む地区が違うんです。第2世代の方が戦略上高位なので、こっちは向こうの事を教わりますが、その逆は……」

 

「ないってことか。それは分かった。で、そんだけ大切にされてる高位の人工天才サマがどうしてこんな治安の悪い、家賃の安さ以外に取り柄のない部屋にやってきたんだ?」

 

「私はーー私自身にも秘匿された何らかの作戦のため、ロスアラモスから在日米軍基地に運ばれました。それは……もしかしたら、この国で多くの命を奪うために……そう思ったら、怖くなったのです‥‥‥自分がなにか恐ろしいことに使われるかもしれない。何も知らないまま、このままだと取り返しのつかないことをしてしまうんじゃないかって‥‥‥」

 

「だから逃げてきたのか。唯一この国で頼れそうなキンジのとこに」

 

 聞いてて悲しくなりそうなキンジの自虐混じりの質問にも理路整然として答えが返ってくる。

 面識がなくとも唯一頼れそうなキンジのもとに逃げ込んだのは、この子のなかにある倫理観や良心が見せた最後の抵抗ってことか。それは文字通り、命がけの脱獄だしな。

 

「お兄ちゃん様の事は国防総省の準危険人物リストで知りました。私の家族だという事も。私には家族がいる。家族とは……損得抜きで助けてくれる人だと、書籍や辞典には書いてありました。だから……」

 

「確かにな。家族は損得抜きで助けるものだ、けどな。家族ってのは積み重ねるものだ。ただ血が繋がってる、生まれが同じってだけじゃない」

 

 今一度、しゃがみ込んで目線を同じ高さに持っていく。

 特に目元はかなめによく似てる、他のところよりも遥かに。

 

「だから、もし君が本当にキンジの妹ならこれから繋がりを重ねていかなきゃ。本当に『家族』になるってのはそこからだ」

 

「えっ‥‥‥」

 

 どうやら否定的な言葉を予感してたらしく驚いたその顔はなんていうか、ここにやってきて初めて年相応の女の子って感じだよ。

 

「キリ。キリ・ウィンチェスター。お兄ちゃん様の元隣人だ、よろしく」

 

「あっ、は、はい‥‥‥!」

 

 よし、握手は成功。

 

「次はハイタッチ」

 

「は、はい‥‥‥!」

 

「よし、最後はグーでタッチ」

 

「は、初めてです‥‥‥こ、これはいったい‥‥‥」

 

「コミニケーションの基本。これでもう君と俺は知らない仲じゃなくなった。改めてよろしくな?」

 

 クレアやクリシーからは不評だったけど、この子はノリノリで付き合ってくれた。ま、初めてのことに好奇心が働く年頃ってのもあるんだろうけどな。

 

「‥‥‥おい、カンザス生まれのイーサン・ハント。子供に甘すぎやしないか?」

 

「機嫌を取ったあとに本命の意見を落とす。お前もズル賢くなったね、俺がいなくてもやっていけるよ」

 

「誤魔化すなよ」

 

「キンジ、これだけは聞いてくれ。今は突然の出来事でイライラもするだろうがその感情は置いとけ。これから決断しなきゃいけないことがいっぱいある、もっと受け入れるのが難しい事実もたくさんやってくるんだ。それでも最後は先に進むことを強いられる、それが現実だ」

 

「はぁ‥‥‥現実はいつでも容赦なしか。けどーーその通りかもな。顔つきとか仕草で、お前が遠山の縁者っていうのは、なんとなく分かったよ。俺の妹ってのはーー分かった」

 

 後ろ頭を掻き、なんとか頭のなかで状況を整理したキンジは白旗を挙げたつもりなのか両手を挙げた。

 

 愚痴るだけ愚痴って、不満を垂れ流した最後には現実を見て戦うことを決める。これぞ遠山キンジ、その微妙に諦めの悪いところが好きだ。微妙な潔さもな。

 

「けど、話を聞いてるところだとお前はその作戦に重要なユニットだろ? よく脱走できたな?」

 

「ーー─護衛の人工天才を消火器で叩いて気絶させて、逃げてきました」

 

 ‥‥‥しょ、消火器で殴った!?

 

「くっ、く‥く‥‥ッ‥‥そうかそうか。ああ、やっぱりこの子はお前や金一さんの妹だよ。消火器で護衛を殴って気絶させたか、こいつは傑作だ。勲章者だなぁ」

 

「すでに1人やっちゃってたか…‥。この思い立ったら滅茶苦茶やる行動力は‥‥‥」

 

 遠山家の血筋ーーと、繋げたそうな顔でキンジは大きく溜息をついた。

 久々に見る友人の嘆息に苦笑いしながら、俺は土産を詰めてきたスーパーの袋の中から残っていた瓶のコーラを3本抜く。

 

 

「蟠りが解けた記念だ、炭酸で一杯やれ」

 

「お前ってこのコーラみたいなやつだよな」

 

「何が?」

 

「冷蔵庫に入れられなかった、出しっぱなしのコーラ。あるいは出しっぱなしのビール」

 

「分かった、そういうことだな。読めたぞ、出しっぱなしのビールみたい。それってつまり」

 

「「ーー生ぬるい」」

 

「‥‥‥」

 

 夾竹桃に言ったら絶句されたけどな、これ。

 見ろ、フィフスちゃんもぽかーんとしちまったぞ。

 この空気をどうすんだよお兄ちゃん様よ‥‥‥

 

「とりあえず君はーー炭酸よりオレンジジュースとかの方が良かったか? そこで自販機あったから一緒に行くか、俺も昔はぶどうジュースが好きだった」

 

「初聖体のときはがぶ飲みしまくった話だろ? お前は結婚式なんてすっ飛ばして披露宴をやってりゃみんなずっと幸せって思うタイプだよな」

 

「そりゃまたなんでさ? おかしなこと言うぜ、大事なのは結婚式だろ。なんでいきなり披露宴を始めるんだよ」

 

「いいや、違うな。きっとお前は、式を見ながら心のなかではこう思ってるんだーーいい音楽に、飲み物に食い物。披露宴なら一日中やってられる」

 

「‥‥‥なんてやつだ。祝いの席なのにデリカシーがなくて食い意地は一丁前、歓迎されるとは思えないね」

 

 小馬鹿にしながらも土産のコーラはちゃんと引ったくったるんだな、お兄ちゃん様よ。

 

「あ、あの‥‥‥差し出がましいのですが、お兄ちゃん様……その、ごめんなさい。おうちに入れてもらって安心したら、昨日から何も食べてない事を思い出してしまって……」

 

「そういや俺もまだ飯食ってない。いいよ、キンジ。今日は奢ってやるから飯行くぞ」

 

「‥‥‥奢ってくれるのか?」

 

 信じられないって顔してる。

 いつからお前のなかで俺はケチなキャラになったんだよ。久々の再会なんだからそれくらいはするさ、たまにはな。

 

 

 

 

 

「ていうかお前、日本語うまいな。普通、『お兄ちゃん』に『様』は付けないが」  

 

「Gシリーズは、日本語と英語で育てられますので」

 

 どっかの秘密結社の公用語と一緒か。

 ちょうど、食糧や日用品も買い溜めしたかったってキンジの願いもあり夕食は台場で取ることになった。

 初めての東京に明るい顔ではしゃぐフィフスだがその一方で出てくる言葉は相変わらず。普通の外だ。

 

「各国で破壊工作をするために作られた私たちは、その潜入作戦に備えて、遺伝子の祖国に応じた母語でも育てられるのです。Tシリーズはロシア語、Cシリーズはアラビア語、Rシリーズはスペイン語です」

 

 ちゃっかりしてやがる。

 自然に溶け込めるよう、その国の文化や生活についても同然教育されてんだろ。

 T、C、R、祖国とアルファベットからある程度モデルになった人物は絞り込めそうだが、さて。そこまで好奇心の引き立てられる話じゃないな。

 

 モノレールを降りて、案の定満員だったフードコートを見て三人唖然とする。

 

「キンジ、Bプランは?」

 

「6階のレスラトン街。割高だけどな」

 

 即答か。そりゃお前の金じゃないしな。

 

「切さんも日本語上手ですね。生まれはローレンスと聞いてました」

 

「俺の場合、母親が日本人だったのと。ま、この顔だからね。本土にいたときからアジア系の知り合いがそこそこいたんだよ。まあ、便利なことだけじゃなかったけどな」

 

「‥‥‥?」

 

 ぽかん、とそんな擬音が浮かんでそうなキンジに一瞬悩みながら俺は続けた。

 

「機嫌が悪けりゃ人種だろうがなんだろうが理由にして、ふっかけてくる連中もいるんだよ。ベガスじゃアフリカ系の女ハンターとバーで飲んでたところを絡まれて、一緒に暴れ回った。下品な言葉が彼女の逆鱗に触れて、もうひっちゃかめっちゃか。さすがに同情したね、やばい女を引いたあの黒シャツに」

 

 エレンのバーじゃなかったから俺も彼女もあのときは遠慮なしだった。

 ロスと同じでラスベガスは金と欲望の渦巻く混沌の街。とはいえ、感情の手綱はちゃんと握っていてほしいもんだね。

 

「‥‥‥そんな話、初めて聞いたぞ」

 

「あんまり楽しい話じゃないだろ? 人間誰だって大なり小なり辛い経験をしてる、お前には言ったと思うけど暗い過去を自慢したり他人と比べるほど無駄なことはないよ」

 

 理子なんて特に分かってる、朽ち果てた石ころほどの価値もない。無駄だってな。

 6階のレスラトン街にある洋食店はオープンテラス席なら空いているということで夕焼け空の見える、オーシャンビューのテラス席を案内してもらった。

 

「すごいです、波の音が聞こえます‥‥」

 

「そりゃまあ、東京湾はそこだからな。な、あれなんて言うんだっけ」

 

「あれってなんだよ、あれか? あれはカモメだ」

 

「違う。こういう日没のあとに残る光だ、アフターなんとかって言うだろ?」

 

「ああ、それはーー」

 

「『afterglow』ですね。意味は残光、夕暮れ、名残の光ーー」

 

 afterglowーー

 日没に残った僅かな残光。淋しさ儚さ、一瞬の輝きから来る美しさ、意味は受け取り方次第か。

 オーシャンビュー、今日やってきたルームメイトの妹と一緒に見る東京湾の夕焼け。不思議なもんだね。

 

「昔、サンタモニカのビーチで見た夕暮れは最高だった。ノースショアのビーチやドブロブニクの夕日とだって張り合える」

 

「ここのは?」

 

「ここのも最高。カモメもペリカンもいるし」

 

「あれ全部カモメだ。ペリカンなんてどこにもいないぞ」

 

「似たようなもんだろ。カモメもペリカンも、遠い親戚みたいなもんだ。空を飛んで、水辺にいて、するどいめ」

 

 そうこうしてると、ケチャップでネコが描かれたオムライス、小さなハンバーグ、アジフライ、苺の載ったミニパフェなんかが載ったキッズプレートが運ばれてくる。

 

「うわあぁ……!」

 

「まあ、食べろ。いろいろ考えるのは、食ってからだ」

 

 と、空腹だったのか感極まってるフィフスちゃんに言ってからまたメニューを開いたキンジはーーいいよ、食いたいだけ注文しとけ。

 

 

 

 

 

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