百年戦争──それは現在のフランスとイギリスの境界線を決定付けた戦い。
今にまで語り継がれる戦争をフランスの勝利に導いた英雄、それがジャンヌ・ダルク。
旧友の赤毛の魔女が教えてくれた魔剣の正体。
「予定が変わった。モギリは終わりだ、テーブルを畳め」
「……どうした」
有無を言わさない声を添え、俺はうたた寝したキンジの肩を揺らす。
「襲撃者の面が割れた。お前の幼なじみと連絡がつかない。おかしな様子はなかったか?」
「白雪が……?」
ハッとキンジが飛び起き、視線を左右にさまよわせた。
起き抜けの表情は、早々に凍りつく。
「さっき武藤が教務科に確認してくれた。昼過ぎから星枷と連絡がとれないらしい。良くてケースD。神崎の悪い勘が当たったな、報道陣に紛れてとんでもねえ有名人がチェックインしてるかもしれねえぞ」
「待て。白雪から、メールが来てる──」
「文面は?」
「‥‥‥おかしい、俺には分かる。この文面はおかしい、白雪の意志が感じられない。これじゃ機械的すぎる。まるで誰かに無理矢理打たされたって感じだ」
険しい顔つきでキンジが否定する。メールを見るまでもなく、俺も頷いて返した。
「可能性としてありえなくない、むしろ可能性大だ。会長から毎日メールを貰ってたお前が言うなら、それ以上信用できる理由はない。‥‥‥よし、まだ間に合う。キンジ、潜入工作で面倒なのは?」
「‥‥‥行きよりも帰りってことか」
「そうだ。チェックアウトを止めるぞ。星枷となにがあったか知らねえが連れ戻したら一緒に謝まってやる。今は手を貸せ」
「……お前は何も知らないだろ」
「それは関係ない。ルームメイトのよしみだ、半分くらい負担してやるよ。代わりに今週のゴミ出し当番はお前がやれ」
俺とキンジは武偵校の路地へ飛び出した。キンジは星枷に電話をかけるがやはり繋がらない。そして神崎にも電話をかけるが──
「駄目だ、アリアも繋がらない……」
だが、もうキンジは携帯電話を見ておらず、その代わりに食い入るように誰もいない路地を見ている。
「悪いことばかりじゃない。魔剣の潜伏先の検討はついてる。会長も多分一緒だ」
「お前……分かるのか!?」
「ああ、でも時間がない。いくぞ、強襲科が大好きな走り込みだ。行儀の悪いゲストを捕まえにいく」
英雄の末裔だろうが関係ない。
そう簡単にデス・スターのど真ん中から逃げられると思うなよ。
◇
「……ジャンヌ・ダルク。怪盗リュパンと探偵ホームズの次は英雄ジャンヌ・ダルクかよ。この学校に来るヤツは有名人ばっかりだな!」
「皮肉を叩ける程度には落ち着いてるな。いいぞ、ユーモアは忘れるな。苦しみを乗り切れる」
「やるしかないのは分かってる。だけど、百年戦争の英雄だぞ。勝てるのか?」
「こっちは最終戦争を止めてる。キャリアではフランスの英雄にも負けてない。超能力の相手も何度もやってるし、なんとかするよ。むしろ、今回みたいな普通じゃない相手が我が家の専門分野」
魔剣が恐れる物は火。
火刑に処された逸話にあるように火が苦手なんだ。火を遠ざけ、得意の近接戦闘に持ち込める場所を探せばいい。人を遠ざけることもできれば言うことはない。
その条件に当てはまる場所が一つある。
とどのつまり、魔剣が星枷を連れ去った場所は武偵校三大危険地帯の最後の場所──地下倉庫。
「……悪かったな。こんなことになって」
「なにが?」
「白雪の一番傍にいたのに、魔剣のことを信じてなかった。敵に踊らされてたのはアリアじゃなくて俺のほうだったんだ、言葉もない」
嘆くようなキンジに、
「今日勝てばいいんだろ? ずっと負け続けても、今日だけ勝てばいい。今日だけ頑張り切れれば、俺たちの勝利だ。簡単な話じゃないか」
端的に、単純明快にそう言ってやる。
行程がどうあれ、最後に笑える結果になればそれでいい。
「……慰めるの下手だな」
「お礼はいらないよ」
武偵高の地下は多層構造になっていて、俺たちは地下2階の立ち入り禁止区画まで階段を下る。
地下2階より下は水面下だ。エレベーターに飛び付き、パスワードを打ち込むがどういうわけか動かない。
‥‥‥おかしい、普段通りじゃない。
俺とキンジは視線をぶつけて意見を合致させる。つまりこいつは、ビンゴだ。
「ハシゴあったよな?」
「変圧室に浸水用の隔壁も兼ねて設置されてる」
「仕方ない。人力でいくぞ。まあ、錆びてるだろうけど」
変圧室のハシゴはキンジの説明にもあったが浸水時の隔壁も兼ねた金属板で出来ている。三重の板でボイラー室まで降り立ち、同様にハシゴを使って下るしか最深部に行く道はない。
地下倉庫の最深部は地下7階にある。
「白雪が最深部にいる確証はあるのか?」
「レキから電話があった。海流の流れに違和感を覚えるってな。調べてみたが地下倉庫の最深部は第9排水溝に続いてる。ヤツは俺たちが仕事してる真下を堂々と通過していきやがったんだ。平賀さんがメールをくれた、第9排水口に不可解な繋ぎ跡があるってな」
「そうか、レキも探してくれたんだな」
「競技は失格になっちまったけどな。カロリーメイト奢ってやろうぜ。それくらいはしてやらねえと」
錆びたハシゴをおろして、急いで地下の最深部に降りる俺とキンジの手は皮が擦りむけ、急けば急ぐだけ手が傷ついていった。
地下7階の地下倉庫に降り、俺たちは手を意識しないために食い入るように前方の暗闇を見渡した。
地下倉庫の奥は大倉庫と呼ばれ、武偵からも特に敬遠される場所になっている。
そこは即ち火薬の密集地帯。地下倉庫の中でも最も危険な弾薬が集積されているエリアだ。
もし銃を使おうものなら、跳弾次第でローレンスまで吹っ飛ぶことになる。なんたって呆れる量の火薬がズサンな置き方で保管されてるからな、スタール墓地までタダで見学に行けるだろうよ。
錆びた鉄と火薬、嗅ぎ慣れた匂いが密封された空間から漏れ出す。
無数の火薬が詰まれているであろう通路の先は……通常では機能していないであろう赤い非常用蛍光に照らされていた。
歩くスピードを緩め、キンジの目が細まる。
反論はなかった、ここでビンゴだ。真っ暗な闇の中で光る無数の赤い蛍光は生物の眼にも見えて不気味に俺たちを見下ろし続ける。不意にキンジが深く息を呑みこんだ。
「……IMCSがやられたらしい。携帯が圏外になってる。時間がないな‥‥‥切、地獄に乗り込む準備は?」
「できてない。いつだって出たとこ勝負、ハイジャックと一緒だよ」
「爆弾詰んでてもまだ飛行機の方が安全か」
「一度、真夜中に廃墟の倉庫を探検してみろ。ちっとも楽しくない」
キンジは兄の形見である緋色のバタフライナイフを取り出し、開いた。俺もルビーのナイフを左手で握る。
毛色は違うが武偵高で狩りをするとは思わなかったよ。どこに行こうと狩りが転がってくる、海を渡ってもな。
バタフライナイフはとにかく音が出やすい。
携帯や護身に秀でる反面、潜入時には不向きな武器だ。慎重に取り扱うキンジに習い、俺も息を潜めて気配を殺す。
赤い光の下、鏡面のバタフライナイフが角の向こう側に立っている星枷を──いた、見つけたぞ。不規則に並んだ火薬棚の向こうにいる誰かと会話してる。
「‥‥‥」
キンジが指をちゃきちゃきと動かす。これは武偵が使う暗号の一種。指信号だ。意味は──タイミングを合わせろ、だな。
いいぜ、任せるよ。
曲がり角ギリギリまで体を寄せて、耳をすます。巫女装束の白雪と魔剣が会話してる。男喋りの──女の声だ。
「敵は陰で、超能力者を錬磨し始めた。我々はその裏で、より強力な超能力者を磨く──その大粒の原石──それも、欠陥品の武偵にしか守られていない原石に手が伸びるのは、自然な事よ。不思議がることではないのだ。白雪」
「欠陥品の、武偵……? 誰のこと」
「ホームズには少々手こずりそうだったが──あの娘を遠ざける役割を、私の計画通りに果たしてくれたのが遠山キンジだ。だが、あの男は姑息にも忌むべき一族を引きいれた。ウィンチェスターは災厄の代名詞。神話規模で災厄を招きいれる。私に続け、白雪。ノアの方舟に選ばれたのだ、私が今から、連れていってやる。お前に相応しき場所にな」
……何が方舟だよ、あれは神が堕落した人類に怒って洪水を引き起こしたって話だが、その人類が堕落した原因こそ神にある。
人間を堕落させたのは神が贔屓してたルシファーだが、そもそもやつが堕落したキッカケを作ったのは神だ。本末転倒の話さ、人間が堕落した最初の要因は神と神の姉さんの姉弟喧嘩だからな。
書き起こせば、これだけで海外ドラマ1シーズン分のエピソードが組める。
「……キンちゃんは、キンちゃんは欠陥品なんかじゃない!」
「だが現にこうして、お前を守れなかったではないか。ホームズは無数のカメラを仕掛け、ウィンチェスターは魔除けを張ったが罠を仕掛けていたのは、私の方だ」
刹那、厄災はやってきた。
パキ、パキと床に白いものが広がっていく。その、白い何かとほぼ同時に、倉庫の温度が急に寒くなった。そうじゃない、俺たちの周りだけが……ここだけが、冷却されてやがる。
それが超能力だと認識した瞬間背筋が凍り付き、タイミングを待たず叫んだ。
「いけ、走れキンジ! 向こうは俺たちに気づいてる! 星枷をかっさらって逃げるぞ!」
俺は壁に描き終えていた血の図形に手を押し付ける。
図形はオレンジ色に発光を起こし、赤い非常灯の下に激しい閃光を解き放った。
血と持ち主の手で反応する目眩まし、同時に星枷の方へと駆けていたキンジが手を伸ばす。キンジの足なら7秒もあれば星枷に届く──!
「キンちゃん!? 来ちゃだめ! 逃げて! 武偵は、超偵に勝てない!」
「──やってみなきゃわかんねえだろ!」
ああ、よく言った‥‥‥!
凍りついてしまった床を蹴り、俺はキンジの背中を追いかける。ロウィーナの情報が当たったな、魔剣は氷の超能力者だ。火刑に処された史実を否定するがごとく冷気を行使することができる。
「遠山、闘争において蛮勇の命は長くない。お前はやはり欠陥品のようだな」
「知るかよ、そんなこと。さっきから原石だの相応しい場所だの勝手なこと言いやがって。いいかげん頭に来てるんだよ……!」
「だめ! キンちゃん!」
星枷の悲鳴のような叫びに続き、キンジの足元に何かが突き刺さる。
ヤタガン……フランスの銃剣だ。湾曲した刀剣がキンジの影に突き刺さりやがった。不意の反撃で倒れたキンジの体には、床を凍らせた白い物が足から広がってやがる。
「『ラ・ピュセルの枷』──罪人とされ枷を科される者の屈辱を少しは知れ、武偵よ」
「知ってるよ、濡れ衣で逃亡生活させられるのはおもしろくない。だが、トリックで張り合う相手を間違えたな。ジャンヌ・ダルク・30世さん?」
キンジに追い付いた俺は、注意を惹きよせる意味でデュランダルの正体を呼んでやる。
火薬棚で姿は見えねえが近くに気配を感じる。何度も遭遇してきた魔女独特の気配だ。
「……ウィンチェスターか。いらぬ縁があったものだな。古巣のハンターに知恵を借りたか?」
「トリックを使ったのさ。彼女をモノにするために涙ぐましい努力をする奴は多いがあんたはピカ一だな」
まだ見えない魔剣に皮肉を飛ばす。
「俺が神話規模の厄災を持ち込む、さっきの会話を聞いて確信したよ。お前は理子や夾竹桃と違って、こっち側にいる。超能力者を誘拐して戦わせるだって? 黄色い目と同じだな、てめえのやり口は悪魔と一緒だ」
「黄色い目は狂信的だった。暗い闇の底の住人と我が一族を同列にしないでもらおう。黄色い目はお前たちに討たれたが、その目的もお前たちの手によって成熟し実を結んだ。地獄の檻を開けたハンターが厄災でなくて、何だと言うのだ?」
「‥‥‥んなことは分かってるんだよ。俺は……アラステアの剃刀を受け取った。お前の言うとおりさ、檻を開けたのは俺たちだ。否定のしようがない」
アラステア──二度と口にしたくなかったその名前を呼んだ時、俺に浮かんだのは冷笑だった。
制服の袖から銀の剣をスリーブガンの要領で取り出し、ルビーのナイフと構えを作る。即興の変則な双剣で十字を斬ると、飛来した2本の銃剣を撥ね飛ばした。
「だが、お前が語る計画。超能力者の誘拐ッ、断じて許容できねぇ。何があろうと目の前に転がってる仕事をこなすのが、プロのハンターってやつだからな!」
「ならば挑むがいい。伏兵を気取ったホームズも連れてな」
シャッ、という次の銃剣が空を斬る音。
火薬棚の隙間から今度は4本の銃剣が放たれる。俺とキンジめがけて2本単位で銃剣が飛来するが、同じトリックを続ければマンネリ化を招く。奇襲でもなんでもない。
四本の刀剣が火花を散らし、飛来したヤタガンを撥ね飛ばした。
二本は俺の変則の双剣、あとの二本はキンジに飛来した銃剣を撥ねた日本刀だった。とても見慣れた、英国貴族さまの日本刀。
「あんた達、もっと注意を逸らす会話はできないわけ?」
重苦しい空気を切り裂くような、アニメ声。部屋の片隅の天井で電気が灯った。その光が、片隅から広い倉庫を一周するように、次々と灯っていく。
「お次はなんだ?」
天井から照らされる純白の光を俺とキンジは見上げた。いや、舞台が照明に照らされたんだ、次は主演の登場に決まってる。
ま、独唱曲の舞台にしては役者が多すぎるがな。キンジの背中と頭を踏み越えて登壇したのは──
「アリア!?」
日本刀を構えた神崎だ。
「そこにいるわね、魔剣──! 人の庭先によくも忌々しい事件を持ち込んでくれたわね。未成年者略取未遂の容疑で、逮捕するわ!」
──そして、舞台の幕は上がる。
旅はいつか終わるもので、ウィンチェスター兄弟の旅はシーズン15を最後に区切りを迎えるそうです。シーズン1から10年以上、ですか。シーズン5を物語の区切りとすれば、10シーズンも物語が長く続きました。ずっと彼等の旅路を眺めていたいのが本音ではありますが、15シーズン積み重ねてきた旅路の結末を自分は楽しみに待つことにします。