哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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奪り還せ

 

 

 

 

 次世代の戦争。

 Zセカンドが口走った笑えない言葉に場が静まり返る。冗談を言える空気じゃない、それはこの女の険しい顔からも分かる。

 じゃ、次世代の戦争って何だ、サイバー戦争?

 米国お得意の最先端科学兵装のことか?

 

 

「‥‥‥ジェダイ計画か」

 

 周りの空気が冷えたなかで、心当たりがあるらしいジーサードが、そう呟いた。

 

 ‥‥‥嘘だろ。命知らずのジーサードがあんな顔するのか。楽しい計画じゃなさそうだ。

 俺よりも鋭くそれを察したであろうキンジが間髪入れず問いかける。

 

「ジェダイ計画‥‥‥何だそれ。ジェダイって‥‥‥スターウォーズのジェダイか?」

 

「名称の元ネタはそれだ、80年代米軍が計画した。お前らがジェダイ計画の継承者──? 半凍結扱いだったジェダイ計画が人工天才計画に、引っ付いて蘇ったってのか‥‥‥?」

 

 ジェダイ、ジェダイの騎士。俺も真っ先に思い浮かんだのはキンジと同じでスター・ウォーズ。

 悪魔だって夢中になる名作映画だが、この場で出てくるとなると始めてその言葉が不吉に感じる。

 

 この場でもう一人、心当たりがありそうなマッシュに俺は視線ごと言葉を投げた。

 

「マッシュ。ジーサードがこの反応じゃお前も知ってるんだろ? ライトセイバーを開発するとか、そういう楽しいご計画か?」

 

「ジェダイ計画は、平たく言えば超能力者を軍事利用する作戦だった。当時は天然の超能力者を全米から徴用して、精神工学的に育成したんだ。君も知ってるロシアの超心理学アカデミーでは未だにその研究が続けられてる」

 

「ロカの卒業校か。癖の強い魔女軍団を兵士に仕立ててるなんて俺からすれば速攻凍結もんだけどな」

 

 「まさに映画の世界の話だ」と、キンジがごもっともなことを口にする。

 Zセカンド自身が口にした通り、超能力は派手だが軍の求める破壊工作に向くかと言われたら否。その意味でもいい計画とは思えない。

 

「派手さは必要ない。求めるのは遠隔にある1cm3のプラスチックを1㎝押し下げる力──その先の説明はいるかな?」

 

 

 が、ジェダイ計画ってのは俺のちゃちな考えが及ぶような優しいものではなかった。

 

 マッシュの言葉で、さっきの俺の考えはひどく楽観的だったと思い知らされた。

 プラスチックをたった1cm押し下げる、たったそれだけで何ができるのか。断片的なキーワードも軍資利用と考えれば‥‥‥巡り巡って最悪の答えに辿り着く。

 

 今回は俺の見当外れでも良かった。むしろそうであって欲しいと思える珍しいパターン。

 だが現実は、キンジも俺と同じ答えに辿り着いたようだ。

 見れば分かる。額に汗を滲ませながら生唾を飲んでる。この場に来てから一番生きた心地がしない、そんな顔をしてる。ひどい顔だ。

 

「精神感応でコードを読み取り、コンパネをPKでイジる。ジェダイ計画のスローガンさ。秘密裏に禁止条約が結ばれて結局実行されることはなかったがな」

 

「笑えねぇ。危うくゴールデン・アイに報復される一歩手前だったわけだ」

 

 実行されなかった、ジーサードの言い回しは遠回しに()()は『可能』ではあったわけだ。幸いにもGOのサインが出なかっただけで‥‥‥

 

 報復を恐れてか、それとも生物兵器のように非人道的とみなされてか、どっちにしても踏みとどまったのは英断。

 そして、計画が蘇ったとしたら悲報だ。

 

「それが今になって蘇ったってことは、条約そっちのけでどこかに仕掛けようってか‥‥‥?」

 

 キンジが疑いと敵意を向けると、Zセカンドは慌てた様子でかぶりを振り、否定した。

 

「違う。これ以上は決して言えないが、我々は核戦争に備えているワケではないのだ」

 

「じゃあ、第2世代は何のための人工天才なの?」

 

 これまたごもっともなツクモの問いがかかる。

 次世代の戦争、そしてジェダイ計画の話が浮き彫りになってからのこの否定。肝心なところに差し掛かると、どうしてもブラインドをかけられる。

 

「それは、どうしても言えないのだ」

 

 Zセカンドもそれを分かっていながらやはり肝心な部分は口を閉ざそうとする。 

 

「お前たちの手に負える話でもない。‥‥‥っ、今この世界には、野蛮で邪悪な者が急速に蔓延りつつある。第2世代とは、そのウイルスのような存在から平和を守る──新たなる世界の警察の、テスト要員なのだ。フィフス様はその決戦兵器、人間兵器を超えた人間最終兵器の試作。頼む。ここまで話したのだから、返してくれ」

 

 Zセカンドは緊張感と焦りをここまで来ればと隠す様子がない。Zセカンドはいま自分の立場で話せるギリギリのライン、ほぼ黒を踏みかけている場所の話をしてる。

 俺たちの了承を身を切る思いで買おうとしてる。形は違うがこいつはこいつでかなでのことを案じて、大事には思ってる。

 

 だがそのベクトルはとてもじゃないが正しいとは言えない。だからキンジに迷う素振りもなかった、新たな説得材料を加えられても首は縦には動かない。

 

「それならお前たちが勝手に戦え。何のためなのか教えてももらえん目隠しされた戦争に、うちの妹は徴兵させんぞ。ジーサードもいいな? 基地内は治外法権だからって、人は殺すなよ。俺がいる時はちゃんと9条を守れ、殺しはなしだ」

 

 と、先に腹を括ったらしいキンジは──家族として、無論兄として、かなでを守るように抱き寄せた。

 

「……分かった。兄貴が闘るなら俺も闘るぜ」

 

「俺も乗った。この子はやっと学校に行ってこれから家族や友達と楽しくやっていこうって最中なんだ、ふざけた徴兵制度で台無しにしてほしくねえな」

 

 キンジがやる気ならとジーサードは義手ではない方の指を鳴らし、俺もZセカンドに半眼を注ぐ。

 

「ここは既に完全武装した兵が囲んでいる。狙撃手も配置した。ジーサードの車にも砲を向けてある。お前たちが生きてフィフス様を連れ去れる可能性は1%も無いぞ」

 

 んなことは言われなくても分かってんだよ。

 状況はお世辞にもいいとは言えない。ここはデススターのど真ん中、不殺のハンデとかなでを守りながら訓練された兵士の包囲を抜けるとなるとそう楽には行かない。

 

 ま、敵地のど真ん中に突っ込んだ時点で浅くない傷は承知の上だ。

 

 

「Zセカンド。7月15日、これが何か分かるか?」

 

 一触即発手前の空気が漂い始めたとき、キンジは唐突にそう問いかけた。

 

「アメリカの住民登録カードによれば、7月15日はかなでの誕生日。この子には市民権がある。平和で豊かな国民の為に『軍』があるんじゃないのか?」

 

「お前の言葉には耳が痛いがそれでも、フィフス様は返していただく。結末は一つだけだ」

 

 真正面から投げられた言葉には一瞬苦い顔をしながらもZセカンドは首を横に振った。

 場は沈黙。再び静まり返る。あとはどちらが先に抜くかを考えていたとき、かなでが動いた。

 

「‥‥‥Zセカンド。もうこうなってしまっては、話すしかないでしょう。私が何者で、何のために生かされ、何をする者なのか。すべてを話さなければ、この場が収まることはありません。いいですね?」

 

「い、いけません。フィフス様。それは軍機どころか国家機密で……第2世代の他には、大統領閣下とロスアラモスの長官殿にしか知る権限が無いのです」

 

「ジーサード。これから話すことが貴方が先ほど見せろと言っていた手札、すべてです」

 

 まるで白旗をあげるように、もうそれしか手がないと言っているようにかなではキンジの腕のなかで呟いた──

 

「お兄ちゃん様、本当に感謝しています。生まれてから、こんなにも楽しい時間を過ごしたことはありませんでした。お兄ちゃん様と過ごした時間は、いい思い出ばかりです」

 

「お、おい、かなで‥‥‥」  

 

 慌てるキンジを置いて、かなでは腕のなかから抜ける。

 背筋を正し、まだ幼い素顔はもう覚悟を決めたような大人の顔だった。大人にしちまったんだ、人工天才計画という場所が、誰かに甘えることも許さずこの子を大人にしちまった。

 誰かに甘える時間を奪われた、そしてこれからまたこの子は──奪われようとしてる。これが現実だっていうなら世の中病んでる。

 

「切さん、ツクモさん。どうか落ち着いてきいてください。お兄ちゃん様やジーサードよりもお二人のほうが詳しいことかと思います」

 

 このタイミングでキンジやジーサードではなく、敢えて俺とツクモを名指したかなでは自分の胸にそっと手を置いた。

 

 

 

「私の胸には、ある色金が埋められています」

 

 

 落ち着いた声で語られた言葉は、俺とツクモの目を見開かせるには十分すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 色金。超能力者を遥かに凌ぐ、超々能力の動力となる金属。天使でいうところの恩寵だ。

 シャーロックが神崎に撃ち込んだことで始まった緋緋色金を巡る騒動はまだ記憶に新しい。端的に言うなら色金は、人がどうこうできる代物じゃないってことだ。

 

 それが、かなでに埋まってる‥‥‥?

 人工天才計画は‥‥‥この子にマジで色金を埋めたっていうのか‥‥‥?

 いや、それよりも。本当に色金が埋められてるって言うなら‥‥‥

 

「‥‥‥気付かなかったのか?」

 

 振り返ったジーサードの瞳がツクモを鋭く射る。

 ツクモは玉藻御前と同じ、妖狐の系譜。星枷と縁があり、色金への造詣は他の化生より一段深い。ネバダでも近くにある色金の存在を探知機のように感じ取れたって聞いた。

 

 だが、いまのツクモはジーサードの視線に慌てて首を横へと振った。ツクモ自体、信じられないって反応だ。超能力者でも魔女でもない俺はともかく、この距離で妖狐のツクモが気付かないなんてことがあるのか‥‥‥

 

「ジーサード。ツクモさんも、ロカさんも気付く事は無かったことでしょう。私の色金は、瑠瑠色金を元にロスアラモスが開発した──人工色金だからです」

 

 

 人工‥‥‥色金‥‥‥?

 待て、色金を‥‥‥人の手で、模して作り上げたってのか‥‥‥? あの魂まで欲の塊みたいなベラやアナエルでさえ手を出さなかった色金を作って、こんな子供のなかに埋め込んだ‥‥‥?

 

「私の色金は白色で、組成的には他の色金と異なる構造をしています。だからツクモさんやロカさんが気付くこともなかった、ロスアラモスでは、COUNTER-Irokane──『カウンター・アイ』──逆色金と呼ばれていました」

 

 イカれてやがる‥‥‥

 天使、悪魔、イヴやリヴァイアだって声を揃えて言うさ、色金は‥‥‥人がどうこうできる代物じゃない。

 ましてやそんな歪んだものを実験感覚で子供のなかに埋め込むなんて正気じゃない。そこにどんな国益や大層な大義名分がついてたとしても留まるべきラインを越えてる。

 

「キリ、すごい顔してるよ‥‥‥大丈夫?」

 

「妖狐のお前なら分かるだろ、異常だ。これは普通じゃない。幼い子にエボリュウ細胞を埋め込むような実験だ、本土にいる同業者全員を代表して言うよ。イカれてる‥‥‥」

 

 淡々と連なった、かなでの背後で渦巻いていた悍ましい現実を聞いて口の中が、うまく言い表せない感情と一緒に渇いていく。

 かなでの言った人工色金ーー逆色金の名をキンジが呼び聞き返すと、かなでは緩やかに頷いて答える。その中身はまたしても俺たちが、予想だにしないものだった。

 

 

「色金は神。その神は人を乗っ取ろうとしました。逆色金は人がその逆の事をするために開発されたのです。人が、神を乗っ取るために──来たるべき、()()との戦いのために」

 

 

 ‥‥‥なんて日だ。

 ここは日本だぞ? だけどまるで、出てくる会話にはダサいネルシャツを着て本土の土を踏んでる気分になる。

 ようやくミカエルを黙らせた矢先、来たるべき()()の戦いと来た。たまには超常現象の絡まない会話をしてみたいよ。

 

「神々との戦いだって? 笑わせるな、ルシファーやベルゼブブ、アスモデウスみたいなのが攻めてくるっていうのか?」

 

 額に汗を滲ませたマッシュは、いきなり飛び出したスケールの飛躍した話にバカにするような半笑い。

 

「……そういうのも来るだろう……」

 

「来ないよ、そいつら全員叩き潰した」

 

 困り顔でZセカンドがそう答えるので、マッシュとZセカンドに交互に視線を振っておく。その3体の名前は無視できない、ベルゼブブというか暴食の悪魔だったが。

 

「確かに攻めてきたが全員叩き潰して虚無の、墓の下だ。しかもよりよってアスモデウス、ルシファーが一緒に挙げられて嘆いてるぞ。策士を装ってるただのとろい小物だ、相手じゃない」

 

「聞いてくれ。人は全ての神を空想で創作してきたワケではない。有史以前から、その偶発的な出現は常にあったのだ。人類の伝説に登場する数多の神々は、その記録でもある」

 

「知ってるよ。オーディンやカリが高級ホテルを作って宿泊客をスープの出汁に使ったのも、オシリスが罪悪感のある人間を掻っ攫って独り善がりの裁判で死刑を下しまくってたのも全部現実だ。神はすぐ近くにいる、ベッドで寝てるときにアルテミスは襲ってきたしな」

 

「‥‥‥エネイブル、その、彼は‥‥‥何を言ってるんだ?」

 

「専門家なんだ。そっち系の」

 

「キリ、少し黙れ。お前が口を出しちまうとややこしくなる」

 

 ややこしくって‥‥‥真実だぞ。

 総司令ジーサードからから黙れと言われたので黙る俺と、『続けろ』とキンジがZセカンドに目で促す。

 

「神とは、一口には言えない。神にもよりけりだ。野蛮で邪悪な神もいる事は知っているだろう。そして……近々その干渉が急激に増加するという予知があるのだ。神話にあるような神と人との大戦が、今また現実になろうとしている」

 

 近々ってなんだ。最終戦争も黙示録も家族総出でもう止めた。異教の神が人にちょっかいを出してくることなんて今に始まったことじゃない、みんな知らないだけだよ。

 

「‥‥‥それで、かなではその神との戦いにおける人間側の重要な兵士だって?」

 

「‥‥‥? ああ、その通りだ。第2世代の人工天才は、その侵入を地球規模で防衛するための武力なのだ。私は通常兵器──社会に侵入した神を葬るだけの『神殺し』とするなら、フィフス様は神を乗っ取り戦局を決定付ける、決戦兵器なのだ」

 

 キンジが思ったより素直に神々の話を信じ込んだせいでZセカンドは少し意外そうな顔で話を続けた。

 

 

「だとさ、ツクモ。神と戦うのに女の子の体にお手製の色金だってよ。杭だナイフだ銃でずっとガチンコしてるハンター(俺たち)が馬鹿みたいだ」

 

「気持ちは分かるけどサード様の言うとおりだよ。お前が口挟むと絶対ややこしくなる。もうややこしくなってる気はするけど」

 

 と、隣まで歩いていくと相変わらず毒を吐くのに容赦のないツクモだ。

 この場においてはツクモは貴重な自然の超能力。かなでの色金についての話、この計画の信憑性、真偽判定については一番頼れる。

 

「通信機に喩えると、お兄ちゃん様の知る自然の色金は神から人への片通話しかできない──専用回線電話のような物でした。ですが、私に埋められた人工色金はどの神の心にも電話を掛けられる、交換電話のような物です。私は任意の神の電話番号を探知し、電話を掛ければいい」

 

 逆に、その心を乗っ取るわけか。

 色金お得意の乗っ取り、体や意識のジャック。乗っ取ってさえしまえば倒す必要もない、決まればそこで勝負はつく。

 

「サード様、失礼します。その話は確かに‥‥‥嘘と断言するには、話が通り過ぎてます。管狐といって、全く同じ発想による狐憑きへのカウンター技が古い修験道で使われていました。戦術的にも、真新しいものではありません」

 

 ツクモが控えめに、しかし堪らずといった様子で意見を差し込む。

 

「ただ……かなでちゃんは、任意の神には憑依できない事と思います。知的生命体の精神を乗っ取るには、超能力者自身が一旦相手に化ける──心を同調させる必要があります。気性が似た者には右脳から直感で憑依できる事もありますが、そうでない者には左脳から憑依するしかなく、それには俗に言う『思考速度』を合わせないといけません」

 

 気性が似た、つまり緋緋や神崎のように自分と親和性のある、相性の良い相手には直接の憑依も可能だがそうでなきゃ一旦一手間が入る。

 

「日本の冠位であれば正一位、鳳や神と称されるクラスの化生になったら、思考速度は人間の20倍から30倍はくだらない。そいつらを乗っ取ろうってならこっちもそれくらいの演算速度が必要になる」

 

「うん。人は、神になりきれない。脳の情報処理スピードが追いつかないんです」

 

 俺とツクモの見解が重なる。だが不穏なことにまた疑問が浮かんでくる。だとしたら決戦兵器というわりに役割範囲が狭すぎる、これじゃあピンポイントで効果を発揮する銀の銃弾だ。

 

「‥‥‥そういうことかよ」

 

 俺が思考を巡らせている一方、何かに気付いたジーサードが舌を鳴らし、キンジも目を見開いた。

 遠山兄弟二人が揃って目を見開いた刹那、かなでが苦々しい顔のZセカンドの方を一瞥してから、

 

「‥‥‥はい。だから私には──遠山金叉のDNAが使われたのです。HSSの思考スピードを使って、神にハッキングするために」

 

 とても不安を感じさせない、あまりに綺麗な発音でそう述べた。

 

 ──遠山金叉さんは、キンジと金一さんの父親でもう亡くなられてるが無茶苦茶強くて、大勢の人を救った素晴らしい人だったって聞いてる。

 口を滑らせた一石が昔命を救ってもらった、憧れの人であるとも言ってた。

 

 それは、分かる。人工計画に使われたDNAがキンジの御父上であることは分かるが‥‥‥ひ、ヒステリア‥‥‥サーヴァント‥‥‥? ヒステリアで、サーヴァント? なんだよそりゃ、シンドロームって体質とか遺伝か?

 

 俺は理解できなかったが、キンジとジーサードはかなでの言葉を聞いて"やはり"と言った顔で重たく受け止めてる。

 気になるがとにかくその、『ヒステリア』で思考スピードの問題が解決できるとしたら本当にかなではその次世代の戦争とやらに充てがわれちまう。

 

「それだけではないのです──私には、もう一つ遺伝子に秘密があります」

 

「お、おやめくださいフィフス様──それ以上は!」

 

 言い淀むかなでと、これまでで一番必死さを見せるZセカンド。次にかなでが言おうとしてるのはおそらく、キンジの意思すら曲げさせようとするほどの──

 

 

「…ア、ラカ、ティルロ……」

 

 

 ‥‥‥?

 俯き、言い淀んでいたかなでの口から絞り出された言葉に場が静まり返る。カタコト、英語‥‥‥いや、なんだこの言語は‥‥‥もう一つの遺伝子……母親について触れる流れだと思ったが……母親の名前じゃない、違う。

 

「か、かなで? お、おい‥‥‥!」

 

 キンジも本能的に悟る、いや‥‥‥覚えがある。俺とキンジは嫌と言うほどこれに似た光景を見たことがある。気配や雰囲気の消失と変化。不可解な言語の発声は、ちくしょうめ‥‥‥!

 

「まずい、乗っ取りの兆候だ‥‥‥ッ! 基地なのになんで魔除けを描いてねえんだよ、誰かがかなでに仕掛けてきたぞ!」

 

「ツクモぉッー!」

 

「は、はい‥‥‥曾お婆様から習った……飯綱の古語に、似た言葉で……正しいかは分かりませんが、『喋りすぎだ』、と、聞こえたような──き、気息が拡張して、は、早すぎます‥‥‥! い、一体誰が‥‥‥!」

 

 狼狽えるツクモをよそに、かなでの雰囲気が変わる。さっきまではあやふやな薄い膜のようだったものが、今度は確固たる形を保ったもように明確に、かなでの纏っている空気が変わる。

 

「Zセカンドっ。これはどういう事だ。俺は超能力に詳しくねェから見たままを言うが、かなで──ジーフィフスが、誰かに乗り移られたように見えるぜッ。ジーフィフスは乗り移る側じゃなかったのかよッ?」  

 

「……ラルゥスキキ、ラルスロハ、イサロロネ、イサメメネ、テオ──」  

 

 ッ、この言葉は‥‥‥

 

「「‥‥‥『お前が深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いている』」」

 

 ツクモと俺の声が一語一句同時に重なる。

 今度は明確な言語、それはかなでに憑依するタイミングをずっと窺っていたよう口振りだ。取り憑いたヤツには明確な意思がある‥‥‥

 そしてこれは、逆色金によるカウンターを決められると不都合な存在が確かにいるって証明しちまった。

 

 

「まずい、なんて強く、速い‥‥‥! サード様、普通の相手ではありません、こ、このままでは‥‥‥!」

 

「──ツクモ、俺が突っ込む! そのまま妨害してくれッ!」

 

「くッ‥‥‥続きはあとだ」

 

 かなでへ向けて飛び出した俺に、よりかなでに近い位置にいたZセカンドもやむなしと飛び出す。

 露出の隠していた服を脱ぎ、今度は肌を水着同然に露出させたZセカンドは、これが戦闘態勢ってことだろう。どうあっても止めてやると言った顔のZセカンドと俺はかなでに飛びかかろうとして、

 

「な‥‥‥ッ!?」

 

「嘘だろ‥‥‥ッ!」

 

 ほぼ同タイミングで進路を折り、真横へ飛んだ。

 殺風景だった部屋には、いつの間に小さな光の粒が見えて俺とZセカンドはやむなしに直進する光源を避けるべく進路を折るしかなかった。

 まるでサークルのようにかなでの体を飛び交う光の粒は、カウントを刻むように4つ、8つ、数を増やしていく。瞬間移動──ツクモが怯むわけだ、腕がいいだけじゃない。色金のことも勉強済みか。

 

 不用意に飛び込めば、最悪瞬間移動に巻き込まれる形で体がひちぎられる。これは俺たちの焦りと身の防御を同時に買える姑息な一手だ。呪い袋で相手を引き剥がす算段だったが簡単には近づけなくなった、どうする‥‥‥

 かなでの体を人質にした、狡猾な立ち回りに俺たちが手を緩めている間にかなめは、部屋から悠々と歩いて出ていく。

 

 かなでが見せることのなかった、俺たちを嘲笑うような皮肉めいた顔を最後に残して。

 

 

「ボケっとするな! かなでを追うぞ、キリ、ジーサード! Zセカンド、お前もかなでの護衛なら止めるのを手伝えッ!」

 

「やっているッ! 得意ではないが、瞬間移動を妨害している所だッ……ええい、時間を稼ぐ! その間になんとかしろ!」

 

 利害が一致したZセカンドもこのまま加勢してくれる流れだ。

 ツクモも今すぐにでも『ここは退いて形勢を立て直しましょう‥‥‥!』と叫びたそうな半分泣きそうな顔してるが、ジーサードがもう先陣を切ったキンジの背を追いかけた手前退くに退けず後ろに続いてる。

 

 遠山兄弟と人工天才と化生+a。

 頭数は揃ってる、いつもの即興だ。相手は未知数だがこれでなんとかするしかない。

 

「追うのはいいが兄貴、どう手を打つッ。一応キリは拾っといたが相手もかなりやべえぞ」

 

「キンジ、神社でやったあれならどうだ。カナが蠍の尾で神崎の意識を落としたときの」

 

「ああ──俺も同じことを考えてた。憑依されても、体は人間のままなんだ。ジーサード、かなでを気絶させるぞ。アリアが緋緋神に取り憑かれたときは脳震盪を起こさせて、強引だが追い出せた。かなでを傷つけたくはないが、仕方ない。この前はカナに委ねたが今回はお前がやれ。俺たちで足止めする」

 

「いいね、さすがはキンジだ。久々に組むってのに一瞬で方針が決まった」

 

「久々って数ヶ月だろ、お前と組まずに数ヶ月。短い平穏だった」

 

 あのときはカナがトドメを買って出てくれたが今回はジーサードにそれを委ねる。了解、その他全員でかなでの足を止めにかかる。

 廊下を走り、よし、背中は見えた。まだ、かなでに手は届く。朗報だ、まだここを立ち去れてないってことはこいつもまだ寝起き。完全にかなでの体は操れてない。

 

「エネイブル、ジーサード! 3~4分は私がフィフス様の瞬間移動を止めるッ! 失神させる事で憑依を遮断できるのなら、頼む──フィフス様を傷つけずに、止めてくれっ!」

 

「いえ、5分ッ! ツクモも手伝います! サードさまっ、どうかその間にかなでちゃんを‥‥‥!」

 

「遮断さえできれば、逆色金にパスワードを掛けるような形で再度の憑依を防げるッ!」

 

「ここで追い払っとけば再発の危険はねェってことか。了解だ」

 

 ジーサードが平手のような構えを取ると義手の指から短い針が伸びる。ワトソンお得意の仕込針‥‥‥懐にそんな小道具仕込んでたのか。さすが抜け目ない。

 

「よし、4分と30秒で終わらせぞッ。俺に続け!」

 

 叫んだ刹那、先導するキンジが靴が煙を巻くような急ブレーキをかける。

 

 

「ど、どうした兄貴‥‥‥」

 

 分かってる、キンジはこの状況で無意味なことをやるバカじゃない。

 後続の俺たちを手で制した、視線の先には‥‥‥小さな銀色の球、パチンコの玉が廊下の床板に転がっててキンジの目はその一点を凝視している。

 

 遅れて違和感が首にまとわりついてくる。

 ‥‥‥どうしてこんなもんが基地にあるんだよ。

 

「‥‥‥やられた。最初から、俺たちはずっと見られてたのか」

 

「待って、な、なにあれ‥‥‥!」

 

 毒づいたキンジに続き、ツクモが耳を揺らし驚きの声を上げる。

 床板に乗ったパチンコ玉が、丸い形を崩し‥‥‥銀色の液体がとけるように床板に広がってる。とけてるだけじゃない、床板の細い隙間からも銀色が、迫り上がってきてる‥‥‥‥

 銀が混ざり、どんどん体積を増やしてる。パチンコ玉は気付いたときには人一人くらい飲み込めそうな水溜りになってしまった。こんなときに、冗談だろ‥‥‥

 

 

「‥‥‥お次はなんだ?」

 

 

 異変は止まらない。

 鈍い銀色の液体はどんどん湧出し、やがて水溜りが独りでに練り上げられると‥‥‥銀色の柱が伸びていくようにまっすぐに水溜りから起き上がる。水溜りが、また形を変えてる。

 なんだ、こいつは‥‥‥まるで決まった形を持たない液体金属みたいだ。獣人でも魔女でもない‥‥‥なんだこいつは‥‥‥

 

 ついにスカイネットがキンジを殺しに来た?

 んなわけない。だがこの一刻を争う場面でキンジが足を止めたってことは答えはひとつ。

 正体は分からねぇがこの銀色は‥‥‥間違いなく敵意を持ってる‥‥‥!

 

 

「ありゃミロのビーナスでも気取ってんのかァ?」

 

「T-1000だろ、未来から派遣されてきた。見ろ、腕も伸びてきたぜ」

    

 既に人と同じぐらいの体積になった、蠢く銀は──形状も人体のようなものに変えて、それはさながら裸の女性の形を模した‥‥‥マネキンやブロンズ像。

 ただしジーサードが毒づいたミロのビーナスとは違い、肩部からは二つの腕もちゃっかり伸びてる。

 

 手足、腰、腹部から胸部と、一通りの人の形を取った銀の女は顔の上部、ちょうど額の辺りを歪に膨らませて……袋が弾けるような音を鳴らす。溜まっていた邪魔な空気を破裂させて、抜きやがった。

 

 銀で編まれた長い髪、血色もあったもんじゃない銀の顔、肉を完全に削がれた細身の裸体を象ったそれは、僅かな俺の期待を踏み潰し、()()()。動けない置物ならどれだけ楽だったか。

 よくもまあ、廊下にこんなものを置きやがって。かなでを乗っ取ったヤツとこいつは、組んでるな。タイミングが良すぎる。

 

 視界のもう遠くで、かなでが外に繋がる扉をくぐるのが見える。固く施錠された扉もあのレベルの超能力の前では無意味、遠隔で鍵を弄られて一瞬で自動ドアだ。

 

「‥‥‥頼みがある」

 

 苦いものでも口に含んだような声色でキンジが呟く。

 

「なんだ、前にも言ったがターミネーター相手は俺も初めてだ」 

 

「今度援軍に来てくれるときは、ドクター・ストレンジも一緒に連れてきてくれ」

 

「あー、ウケた。スパイダーマンも連れてきてやるから安心しろ、ちゃんと日本製の。社長、お菓子作りで腕が訛ったなんて言ったら承知しねえからな」

 

 

 俺が言い終わる前にキンジはスタートを切り、ワンコンマその後ろにジーサードがぴたりと疾駆。

 踏み込んだ足元の床が爆ぜるような音を経て、彫刻女との間合いを侵略する。得体の知れない彫刻女が動くよりも先にキンジは仕掛けたかったらしい。開戦の引き金は目論見通りこっちから引けた。

 

 前世はトリケラトプスと言われても笑えない勢いの突進のまま、先制のキンジの飛び蹴りが首に叩きつけられ、ジーサードの下から突き上げるよう一撃が肝臓を無慈悲に撃ち抜いた。

 






雪平切、ヒステリアモードを知らなかった‥‥
原作だと現在27巻の時系列ですね、結構追いかけてきた方かな。
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