哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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那由多

 

 

 それはまるでお手本のような一撃だった。

 鳩尾と首。人体の急所を寸分狂わず撃ち抜いたジーサードとキンジの蹴りは、思わず感嘆の声が出そうになるほど綺麗な先制攻撃だった。

 

 元大統領の護衛でRランク武偵のジーサード、そしてアジア最強ランキングで50位以内をマークしてるキンジの蹴りはちゃちな刃物なんかよりよっぽどやばい凶器。

 ましてや急所に決まっちまえば、普通は戦意を砕かれる。そう、普通の相手なら。

 

 

「──ッ!」

 

「うぉッ‥‥!?」

 

 鋭い蹴りは2発分、確かに的を捉えたが水銀で作ったような女の体は微動だにしない。

 人体からは上がるはずのない金属音だけが響き、今度は見るからに硬質な体から一転、芯を失ったようにしなやなかに伸びる両腕がキンジの足を掴んだ。

 

 チッ。もし体の硬度を弄れるとしたらこの銀の女は打撃を通さない硬質にも、反対に軟質にもなれる。

 人体のルールをガン無視する銀の女は、腰から突然生えた新たな2本の腕で鳩を穿ったジーサードの足も絡め取った。

 

 

「嘘だろぉ‥‥‥」

 

 奇妙奇天烈な現象には見飽きてる俺も、さすがにこれには声が漏れる。

 ‥‥‥これで腕が4本、もう無茶苦茶だぜ。

 

「サード、キンジ! 白兵戦は面倒だッ、頭下げてろっ!」

 

 女の髪の先端が鋭く尖り、頭部に無数の針が出来上がろうとする一歩手前で、俺は手元に偲ばせた1枚の武器(カード)を引き抜く。

 冷静と怒りのリャンメンになってる戦闘モードのキンジの蹴りが通らないのに9mmや刃物が通るわけない。

 

 なら別方向からだ。

 斬るのも叩くのも駄目なら、()を落とす。

 

「こいつで、どうだっ!」

 

 投げ放ったオカルトグッズは、足の支えを失ったキンジとジーサードの体を避けるように下から浮かび上がるような軌道で無防備な女の顎を跳ね上げた。

 

 

「アスガルドからこんちきしょうを込めて」

 

 

 刹那、響いたのは鋼を叩いたような音。同時に電線がショートを起こしたように青白い光が女の被弾部位から弾け飛ぶ。

 鋭利に研がれていた髪の針が動きを止め、キンジとジーサードの足を絡め取るように蠢いていた銀の腕も硬直。本来の彫像さながらその場で静止した。

 

 ミョルニル。兄がオカルトグッズのオークション会場から紆余曲折の末持ち帰った北欧神話屈指の知名度を誇る遺物。かの有名なトール、またの名をソーが振るったとされる雷を撒き散らす危ない槌だ。

 

 顎を撃ち抜いて役目を果たしたあとも床に転がった鉄槌はまだ青白く発光を続けてる。まさに取り扱い注意のオカルトグッズ、液体金属相手でもちっとはスタン効果はある。

 

「このクソ忙しいときにッ!」

 

 苛立ちを込めたジーサードの、マッドブラックのプロテクターの脚部から炎が噴き上がる。ロケット燃料による噴射炎で勢いを得たジーサードの足が両腕の束縛を振り切り銀色の首を下から刈り取った。

 

 だが、またしても嫌な金属音が響いただけで女に堪えた様子はない。

 

(‥‥‥あの女、骨格が丈夫だとかタフだとかの次元じゃねぇな)

 

 新たに一撃叩き込んだジーサードも険しい顔で距離を取る。キンジも一度殺傷圏内の外に──って、出ねえのかよなんか策があんのか‥‥‥?

 

「‥‥‥ッ!?」

 

 キンジがワンアクション、揺らした制服袖からベレッタとデザート・イーグルが飛び出るようにして両手に収まる。

 

(スリーブガン‥‥‥!)

 

 理子が香港で見せたのと同じ、袖にレールを仕込んでやがったのか。

 俺が初めて見る小道具。そしてキンジが叫ぶようにDEとベレッタのトリガーを一緒に引き、えっ、ちょっ‥‥‥待てッ‥‥!

 

「うぉおおおおっッッ!」

 

 

 次の瞬間、キンジの雄叫びと共に解き放たれた銃声の嵐と点を突き抜けて線になった発火炎で廊下は地獄となった。

 

 まだその場に留まっていた水銀女の体に浴びせられる.50AE弾とパラの鉛の嵐は、嘘だろ、ど、どうなってんだ‥‥‥!? 

 弾倉1本分なんてレベルじゃない。た、弾が‥‥‥切れない。次から次に‥‥‥弾がベレッタとDEから飛んでくる‥‥‥!

 

 20、30、40‥‥‥まだ、続く。ど、どうなってやがるッ!? 

 弾切れはどうした! まるで機関銃だ、拳銃の装弾数じゃない。どうなってんだよキンジ、こりゃ手の込んだトリックか!?

 

「おいっサードありゃなんだッ!」

 

「兄貴の新しい玩具さ」

 

 Beautiful──と、地獄絵図の中でジーサードが呟く。あまりに恐ろしい玩具だが、ッ──ちくしょうめ、弾痕にまみれながら首が、動きやがった。

 ブラドのときと同じだ。弾は食い込んだ矢先に独りでに排出され、傷も元通りに塞がる。

 やがて銃声とオレンジの火花がやみ、鉛色の体に大量の銃弾の跡を刻みながらも銀の彫像は、たしかに蠢いてる‥‥‥

 

 

「くっ‥‥‥」

 

 苦い顔でキンジが両腕を下げる。

 あれを貰って動けるとなると、正直白旗を振りたくなってくるが、別の突破方法を考えてるあいだにかなではここを出ようとしてる。

 どこのどいつか知らねえが、こんな反則みたいなキャラをバリケードにしやがって‥‥‥泣けるぜ

 

「時間がない。キンジ、サード、あの女は俺が引き受ける。だからかなでを取り返したら急いで戻って加勢しにこい」

 

 俺たちの目的はこの水銀女を倒すことじゃなく、その先にいるかなでの奪還。かなでを逃がしたらその時点で俺たちの負け。

 キンジとジーサードが乗っ取られたかなでを、あの水銀女と俺が。この場で一番利口な対戦カードの組み方はおそらくこれだ。

 

「あー……ちょっといいかな。ボクに策がある。もうちょっと進め。その銀色の女を、そうだな、とにかく屋外まで押し出すんだ」

 

 アイコンタクトでキンジ、ジーサードと方針を固めたとき、作戦会議室から、メガネを整えつつのマッシュが待ったをかけてきた──押し出す?

 

「押し出せ、っつってもよォ……どうする。銃も通じねェ。1mだって押せねえぞ」

 

 ああ、見るからに重そうだしな。あいつは動かずに通路をふさいどくだけで役目を果たせる。

 

「殴る」  

 

 えっ? 殴るのか?

 キンジがものすごい顔で拳を握りしめてんだけど。

 

「はァ? アイツは殴っても元に戻るだろうが」

 

「戻る前にまた殴る」

 

「き、キンジ?」

 

「お、おい兄貴……前からアホだとは思ってたが……」

 

「拳が我が家の主武器なんでな。だから拳でブッ飛ばす。屋外と言わず、向こうの山までな」

 

 真剣な顔でキンジが無茶苦茶なことを言い始める。

 向こうの山までって‥‥‥ジーサード、なんとか言ってやってくれ。

 

「──おう、マッハ2の『桜星』だな」

 

 こっちも負けじとすごいことを言い出した。

 

「それも最後に1発入れるから、俺の号令で後ろから押せ。かなでの警護で世話になった礼に、今から兄ちゃんがいいものを見せてやる」

 

「了解だ」

 

 待て、おうせいってなんだ‥‥‥ま、マッハ2って‥‥‥

 マッハ2って、戦闘機の速度だぞ‥‥‥?

 

 いや、狼狽えるな。これが、普通なんだ。遠山家の基準ではマッハ2なんて普通なんだ。

 キンジが俺やジーサードの前に出て、水銀の女と再び向かい合うように構えを取った。

 その構え自体は、何度か見たことがある──だが、俺は忘れてたんだ。

 

 

「──『那由多』──」

 

 

 そう、俺は忘れてたんだ。

 この数ヶ月、目にしていなかった『遠山キンジ』って男の本質を忘れてた。

 

 静かな力を蓄えるような呼吸、静の姿勢から一瞬で反転するような暴を剝き出しにした飛びかかり。

 開いていた距離を一気に侵略するキンジに対し、女が全身から無数の針のような先端を突き出し迎撃しようとするが一歩早くキンジの拳が突き刺さる。

 

 ガキィイイィィンと、背筋が冷たくなる音が響き渡る。突き刺さったキンジの右正拳は、間違いなく人が生身で受けちゃいけない威力をしてる。

 それでも女の体は動かなかった。拳が密着する近接戦闘の距離、このまま体を針に変えればキンジは串刺しだ。

 

 

 

 マヌケなことにキンジが串刺しにされる姿を一瞬でも思い浮かべた。

 やっぱり俺は、しばらく会ってないうちに遠山キンジのことを忘れてた。

 

 

「‥‥‥」

 

「‥‥‥」

 

 

 兎角、兎に角がある。ありえないものと言う意味だ。

 銃弾をナイフで斬る、手で逸らす、逸らして弾の位置を反対にして元の方向に返す、掴む、歯で止める。

 今まで、俺はキンジの馬鹿げてる技の数々に肝を冷やしてきたが。それは去年の、2008年の記憶。

 

 

「──うおォォォォ……おおおオォォォォッ!」

 

 ──左正拳、右鉤突き、左鉤突き、右縦拳、左縦右鉤突き──最初はかろうじて追えたがもう、よく分からん。

 殴る前にまた殴る、そう言った通りキンジは水銀女を殴り続ける、恐ろしい速度で。何かしようとする前に殴って、とにかく殴る。殴って止める。

 

 休みなく、しかしすべて打点を読ませないように手を変えているであろうその打撃音はやがてブルドーザがガラスを踏み潰しながら進んでいくような、おおよそ拳が出せるような音ではなくなっていった。

 水銀女は、なにもしない。というか、こんなことされたらなにもできない。息つく暇もなく永遠と打ち込まれる拳と響き続ける派手な道路工事みたいな音に俺もジーサードも気持ちは同じ。

 

 すごいぞ、かっこいいぞとかじゃない、ドン引きだ。

 さっきの鉛の嵐が可愛く見える。

 

 

「おおおオォォォォォッ!」

 

 2009年、去年よりさらに進化したキンジにはもう液体金属だってバリケードにはならない。

 弾なら排出して元に戻せても、キンジの拳が作った凹みは元に戻る前にさらに撃ち込まれて、綺麗に女性の形を取っていた数秒前からは考えられない捻り、歪んだ姿が出来上がっていく。

 

 漫画やアニメによくある再生するなら再生が追いつかない速度で攻め続ける、まさか現実でそれを目にするときが来るなんて‥‥‥あの水銀女は、連打のなかで必死に元の形に戻ろうとあがいてるんだろう。

 

 だが、もうこうなったら手遅れだ。 

 無限にループするような一方的な乱打を受け続けた女の体は女性らしかった凹凸を失ってほぼ平面になりつつある、だけでなく‥‥‥恐ろしく重そうだった体が、浮き始めた。

 撃ち込む場所を絞って突き上げてるのか、拳一つでマジで解決しちまうんだな。ハハッ‥‥‥俺、昔これと模擬戦やらされたんだぞ‥‥‥勲章者だよ。

 

 

「ジーサードぉッ──! 来いッ!」

 

「いくぜェッ!」

 

 合図を聞いて飛び出したジーサードが、凄まじい加速のままキンジの背へ飛びかかった。

 

 もうさっきの言葉は驚かないぞ、こんな意味不明な攻撃を見せられたんだ。

 分かった。『桜星』とはこれはようするにジーサードの加速してきたエネルギーをそのままキンジの攻撃に加えるとか、そういうヤツだ。

 マッハ2ってのは、その、キンジの攻撃にジーサードが突っ込んできたふざけたエネルギーが加わることで生まれる代物────んなもんぶつけられたら、

 

 

「外まで押し出したぞッ、マーッシュ!」

 

 ジーサードの叫びが本営の廊下に響く。

 案の定実にバイオレンスな姿になって水銀女は外へと吹き飛んでいった。

 切羽詰まった大変な状況なのに何かとんでもないものを見せられた気がする‥‥‥

 

「了解。ちょっと手荒に行くがいいかい?」

 

 マッシュの声で現実に戻される。

 策があるって言ったけど、一体なにを‥‥‥なんかこの流れ、嫌な予感がする‥‥‥

 

 息つく暇なんてない。俺の胸騒ぎを嗅ぎつけたように開きっぱなしの格納庫で突如無人戦闘機がタキシングで地上旋回し始めた。

 

 

「お次はなんだ‥‥‥」

 

 こんな状況で戦闘機が稼働したら、周りの兵隊もそりゃ狼狽えてる。てことは、連中の仕業じゃない。となると誰がやったのかは明らかだ。

 

 旋回したハリアーは胴体左下にあるGAU-12/U機関砲を水銀女に定める位置で、停止した。

 

「おい、マッシュっ!」

 

「どうも乗っ取りが流行ってるらしいのでね、ボクも流れに乗ってみたわけだ。あー聞こえるかい、今あれを乗っ取った。飛ばすまでは出来なそうだけど、地上走行と武器管制まではハックできた」

 

 いや、無人戦闘機のシステムをこの短時間でハックしちまったのはファルコンさながらの魔法使い級の手際だが──水銀女だけじゃなくて結構俺たちの方にもイコライザーが向いてるんですけど‥‥‥!

 

 

「仮にもここは米軍のキャンプだからね、どこの誰とも分からないのに荒らされるのはボクもおもしろくないんだ。米軍の諸君、床に伏せて、神に祈れ!」

 

「みんな伏せろぉおお!」

 

 叫びながら俺は廊下に伏せ、さっきの大技でスタミナを使い切ったようなキンジもジーサードとダイブするように頭を下げた。

 間一髪、コンマ数秒遅れてスピンアップした機関砲から蜂の群れが羽ばたくような音がして‥‥‥100、200発ではきかない赤熱化した25㎜弾が問答無用で本営にぶちまけられた。

 

「む、無茶をするなぁぁぁぁあ!」

 

 残念ながら突貫工事と言われそうな脆い本営は、水銀女ごと巻き込まれる形で破片を飛ばしていく。

 阿鼻叫喚のなかでZセカンドが叫ぶも虚しく、瓦礫は降り注いでもうどうしようもない。蜂の巣だ。とはいえ、当然こんなもん浴びたら水銀女も今度こそ無事では済まない。

 

 無数の弾が銀の体を貫通して後ろの本営の壁に突き刺さり続け、ついに形を失って完全に弾け飛んだ。

 

 それだけじゃない。さっきまで瞬間移動の光の粒が回っていたかなでの体がいまは数本の黒い柱に変わってる。形こそ違うがあれは察するに‥‥‥次次面六面。

 機関砲を浴びた水銀女から飛び散ってた銀の破片からかなでの体を保護するために、乗っ取ってたヤツが一時的に切り替えてたんだな。

 

 次次面六面を張りながら瞬間移動の準備を同時に進めるには、それこそツクモが言った神クラスの妖レベルの脳の処理速度がいる。

 機関砲が止まり、水銀女から飛び散っていた破片も消えたことでかなでの体に再び瞬間移動の光が、集まろうとする。ここだ。

 

 

「──今だ(ナウ)ッ!」

 

「──Hoo-yahー!」

 

 

 伏せていたジーサードが弾丸のように飛び出すのと同時に、俺が既に床に描いていた血の図形に手を叩きつけた。

 赤い図形から迸ったオレンジの光が、阿鼻叫喚になっていた本営のなかを一瞬覆い隠す。

 

 ま、元々は天使用だ。

 乗っ取りを引き剥がすとまではいかないが、ワンテンポ瞬間移動への切り替えに余計な合間を作るくらいの邪魔にはなる。超々能力から超々能力への切り替えだからな。

 

 視界が元の明るさを取り戻したとき、ジーサードがかなでの脇を通り過ぎるのが見えた。

 コンマ数秒足らずの余計な一手間も、ジーサードが懐に食らいつくには十分すぎた。

 

「‥‥‥‥」 

 

 眉を寄せてジーサードを一瞥した、かなでは……支えを失って正座を崩すようなポーズで床につく。

 パソコンの電源を強制的に落とすように、かなでに取り憑いていた精神ごとかなでの意識を麻酔針で落とす。なんとかうまくいったな。

 

「ジーサード、かなで‥‥‥は‥‥‥ッ‥‥‥」

 

「大丈夫だよ、気を失ってるだけ。さすがにうまくやっ‥‥大丈夫か? ふらついてるぞ」

 

 さっきの大技が堪えたのか、キンジは立っているのがやっとという感じで、足がおぼつかない。

 下手すれば自分で足を絡めてよろけそうな様子に俺が肩を貸そうとして、

 

「お、おいキンジっ‥‥‥!」

 

 キンジが膝から崩れた。

 まずい、意識が飛んでる‥‥‥!

 

「兄貴! おい、衛生兵! 衛生兵を呼べッ!」

 

「何がどうなってんだ! キンジッ! おいっキンジっ!」

 

 

 

 かなでに取り憑いたものを引き剥がし、得体の知れない水銀女を遠ざけたというのにそれは、あまりに後味の悪い幕引きだった。

 

 キンジはそのまま東京医科大に運び込まれ、基地で暴れたことへの俺やジーサードへの米軍からの咎めはなかったがかなでの身柄は、米軍に保護されるという形でZセカンドが引き受けることになった。

 それは、もうかなでがキンジの元に帰れなくなったとそういうことだった。

 

 

 





   
書いてて漂う微妙にインフレに取り残されてる感。
アンジェリカもいるし、ガイデロニケ編を終えてから+最終章、クランクアップ予定
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