哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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赤い瞳の竜悴公姫

 

 

「逆色金は通信機のような性質上、本来24時間ごとに定期的にパスワードを変えるような形で乗っ取りへの対策が必要だった。Zセカンドが護衛に選ばれたのはかなでちゃんの身柄を守るだけじゃなく、逆色金を保護する上で超能力者の方が適任だったからだね」

 

 翌日。一通りの検査のあと、病院を退院することができたキンジをインパラに乗せて、俺は学園島南端の例の新居への道を走らせていた。

 一緒について来てくれたツクモが俺に代わって経過報告をしてくれる。かなでがZセカンド、現在は米軍の保護下にあることも含めて。

 

「逆色金は本国で摘出されることになるけど、色金とかなでちゃんの検査が終わったら……こっちに帰れるよう、上に掛け合ってくれるって」

 

 決して、軽快とは呼べない声のトーンでツクモは続けた。ライフ・リミットのように倫理観棚上げで脱走を防ごうとする連中だ。

 次世代の戦争という、向こうがひた隠しにしたい情報を握っているかなでの身柄をおとなしく引き渡してくれるかは甚だ疑問だった。

 

 だが、かなでの体に逆色金がある以上、今回のようなことはいつでも起こり得る。Zセカンド、米軍のバックアップがかなでの助けになっていることも‥‥‥腹立たしいことに現実だ。

 

 じゃあ、このまま米軍の厄介になって目隠しされた戦争に駆り出されるのあの子にとっての幸せか? 

 んなわけない。あってたまるか。やっとできた家族や友だちと裂かれて、勝手に徴兵されることが幸せなわけないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 自宅に着くと、ハードトップの閉じた黒のマセラティが既に着いていたので、一旦俺はキンジをジーサードたちに任せ、武偵高に帰ることにした。

 

 キンジが倒れた原因は、端的に言えば『遺伝』。ジーサードもそれ以上は答えられない、と苦い顔だった。遺伝、遠山家の家系そのものに触れるような立ち入り辛さをすぐさま感じ、結局それ以上を触れることはなかった。

 それ以上踏み込むのは、心配より好奇心が勝っている気がして気持ち悪かったからな。

 

 

 キンジが抜けて一人になった部屋は、あと一年俺が使ってもいいらしく有り難くこれまで通り雨風を凌がせてもらってる。

 

 変わったことといえば星枷がドアを切り裂いて上がってることがなくなったこと。神崎のガバメントが家具をバラバラにしなくなったこと。

 それと以前は冷蔵庫を埋め尽くしていた理子のプリンが両手で数えられるくらい控えめになったことか。

 

 

「──神々との戦争ねぇ‥‥‥」

 

 

 

 去年と違い、もう綿が飛び散って買い換える必要もなくなったソファーに仰向けから倒れ込む。

 

 次世代の戦争、神々との戦い、Zセカンドのあの言葉はどこまで鵜呑みにすればいいのやら。いや、真実だとしてどう捉えたらいいものか。

 

 本に描かれている神は実際に存在して人間の暮らしのすぐ近くに潜んでる。

 深刻な顔でZセカンドはああ言ってたが、んなことはとうの昔ウッドペッカーに夢中になる前から知ってる。

 神はおろか、悪魔や天使とも数十年近く争ってきた俺に言わせれば、深刻ぶった顔で神と人類の戦争がなんのだの何をいまさらって話だ。

 

 

「あら、ひどい顔。今夜は美味しい肉とチーズで祝うべきかしら」

 

 重苦しい頭のなかに、透き通るように明瞭な女の声が差し込まれる。

 初対面は首を例によって首を落とし合うファーストコンタクト、今では奇妙な縁で繋がれたイ・ウーの残党の一人がいつの間にか床にできていた黒い影から這い上がってきた。

 

「ああ、意地らしいよな。()()()、前にも言ったが夜中に堂々とハンターのとこにやってくる吸血鬼ってのはどうなんだ? 悪魔が十字を切るくらい違和感がある」

 

「クッキーでも持ってきた方が良かったのかしら。まあ、いいわ。遠山がいなくなって暇でしょう? どうせ暇なら一杯付き合いなさいな」

 

 と、暫くぶりの再会だというのにヒルダは数ヶ月前とは何も変わらない図々しさと、昨日今日も会っていたような気軽さで話を決めてしまった。

 自分視点でなんでもさっさと話を決めに行くのは何も変わってない。安心を覚えちまうほど、ヒルダはヒルダ。変化無しだ。

 

「ワインがないと飯を食わない女がいたけど、お前もその口か?」

 

 手品のようにその足元の影からは、今度は青銅製と思われるトレーがワインのボトルとグラスを乗せたまま浮かんできた。

 茨や蜘蛛の彫刻なんかで飾られた青銅器は些か不気味だが、ヒルダが愛用しているなら価値ある工芸品なんだろう。そういうの好きだから。

 

 吸血鬼を部屋にあっさり通すハンター、かつてのゴードンがこの場に居たらありったけの殺意を俺に飛ばしてくるだろう。あの殺人鬼のなりそこないがヒルダに敵うとはとても思えないが。

 

「けど一応ここは学生寮で、俺は学生だ。お誘いは嬉しいんだが明日酔っ払って登校でもしたら放課後には体罰フルコースを貰って海の藻屑になる」

 

「馬鹿ね、明日は日曜日よ。お前は礼拝にも行かないし、暇なのは知ってるの。遠山がいなくなって淋しいんでしょうけど、鼠は船が焼け落ちても灰の中に巣を作るものよ。なんとかなるわ」

 

「‥‥‥最後の言葉はもはや馬鹿にしてるだろ。生憎だがその船はフライング・ダッチマンだ、鼠なんてそもそも住めないよ」

 

「それならむしろよかったじゃない。鼠じゃなく船員として住み着けるのだから、お友達でも作ったら?」

 

「お友だち?」

 

「海の魔物クラーケン」

 

「‥‥‥お前、だいぶ人間社会に冒されてるな」

 

 聞き覚えのあるモンスターにやんわりと溜息が引き摺り出された。クラーケン、海に潜んでいるとされる有名な怪物だ。

 実のところこの化物は実際に存在して、クラーケンのエキスは色んな呪いの材料として重宝されてる。原始の剣を探すのに俺も利用したしな。

 

 とはいえ、現実のクラーケンもいまの会話の流れで出てくるブラックパールを沈めたクラーケンもどちらとも友達にはなりたくない。

 影から浮かんできた食器とワインのボトルを載せたトレーをテーブルに上げてやりやがら、俺は慇懃無礼な来客にかぶりを振った。

 

「そもそも考えてみろ。ダッチマンだ、あそこで働くのは最高気温マイナス40度近いヤクーツクで人を追うよりキツい」

 

「ダッチマン、ヤクーツク。ウィンチェスターの喩えはいちいち個性的だわ。次は吹雪のなかのセルビアの山中?」

 

「いいや、まだ10月にも入ってないのに寒さ自慢の話はやめとこう。ところで何持ってきたんだ、ビールなら首が落ちるまで飲まないことに決めてるが‥‥‥」

 

 ヨーロッパのワイン大国ルーマニアの出で、そして高級趣味のヒルダが持ってくるとなれば安物とは思えないが、にしても変なラベルだな。

 

「気になる? 願いを叶える魔法の大家からお礼が届いてね」

 

「ああ。古物商を営んでるってあれか、例の()()()()の」

 

「そう。いいぶどう園を持ってるみたいだから、何度かギフトに貰ったの。良き取引のあとにだけ、贈られてくるクラフトワイン──ま、せいぜい国内クラスかとおもってたんだけど、これがワールドクラスの純血と言ってもいい出来でね」

 

「‥‥‥ワールドクラスとはね。お前がそんな俗っぽい言葉を使うはしゃぎようか。文句なく10点満点?」

 

「聞くより実際に嗜んでみなさいな。聖餐式のワインの代わりとでも思ってね」

 

 自分のことは常に褒め称えるようなヒルダは、一方で他人を評価したり褒めることはよっぽどじゃないと許さない。

 てことで、そんな自尊心と自信の塊であるヒルダから栄誉を貰ったワインは実際すごいんだろう。

 

 良顧客である獣人や魔女たちにしか見ることのできないラベル、市場には顔を出すこともないワインだとしたらある意味『幻』って言ってもいいのかもな。

 ステッカー、ラベル、カード、ディーンが昔行ってた収集家の心を掻き乱す三種の神器。

 

「ところで、お前ってあの子より上なの? それとも下?」

 

 敢えて主語を抜き取った、ガタガタになってしまった質問と一緒にヒルダは向かい側のソファーを陣取った。

 なんでも出てくる影から次は皮の椅子でも出てくるもんかと思ったが、そうではないらしい。

 

「そのガタガタな質問補足を求めたほうがいい? それとも答えが分かっちまうと俺が不機嫌になるタイプのやつか?」

 

「結局お前の血は飲めないままだから、ならせめて好奇心くらい満たしでもらおうと思ってね。ねえ、ウィンチェスター。お前と夾竹桃、どちらのが長く生きてるの?」

 

 きたきた。弱い所を突いてやったって気持ちよさそうな顔で笑うヒルダは実に悪女、ファンタジー映画に出てくるような悪役貴族の匂いがダダ漏れだ。

 だが、お生憎様。聞き方が悪かったな。

 

「そりゃ俺に決まってるだろ。地獄で40年、煉獄にいた時間も合わせてお前や夾竹桃の3倍は長生きだ。もっと敬え」

 

「舐められたものね。聡明な竜悴公姫がそんな屁理屈で引き下がると思う?」

 

「経験上、自分で聡明とか美麗とか言うやつはロクなやつはいないよ。アスモデウスやアバドン然りだ。さっさと乾杯しようぜ、こうなったら日曜学校はお休みだ」

 

「アスモデウス、アバドン──闇に名高い四番目の地獄の王子とカインに統率された地獄の騎士」

 

「‥‥‥さすがに詳しいな。少し驚いた」

 

 嫌な話題を変えるのに利用したつもりだったが思わぬヒルダの博識ぶりに不意を突かれた。

 

「お前ほど深くは知らないわ。地獄の騎士はカインが直々に手を下して壊滅したと聞いていたもの」

 

「ああ、アバドンを残して騎士団はカインの手で仕留められた。かの有名な()()()()でな。そのアバドンも今頃虚無の彼方、全滅は間違ってないよ。一番厄介な1体が最後まで残っちまったけどな」

 

 アバドンは慇懃無礼、自信家、イエスマン以外は許さない絶対的な暴君。ベルフェゴールの話によればヤツが統治していた当時の地獄は、リリス以上の恐怖政治だったらしい。

 リリスも冷血サイコパス女には違いないがアバドンやアスモデウスに比べれば、いくらか統率力や皆を纏める力はあったんだろうな。俺の腹を引き裂いたイカレ女だけど。

 

「アバドンが生きていたからヘンリー・ウィンチェスター、爺さんは死んだ。けど、アバドンが生きてなかったら結果的に賢人のアジトは今も寂れたまま。そうなってたらきっと世の中は、今よりグチャグチャになってた」

 

「矛盾を認めてこそ、人は壊れずにいられる。私とお前、夜の血族とハンターがこうして同じ空間にいるみたいに」

 

「お前も矛盾だらけみたいだな」

 

「突飛な発想をするハンターはたくさんいるけどお前たち兄弟はその上をいくわ、イカれてる。だからアルファも気に入っていたのでしょうね」

 

 バチッとスタンガンが弾けるような音がして、一瞬目を離していた隙にテーブルのグラスには真っ赤なワインが注ぎ終わっていた。

 これはまた──血のように赤い。グラスを通して見えるその赤色は、吸血鬼が何よりも欲してやまない赤い鮮血にクリソツだ。

 まさにヴァンパイア用のワインだ、ヒルダが上機嫌に牙を覗かせてるのも納得だな。

 

「言うほどイカれてないよ。たまに分の悪い賭けにオールインするだけ、もう数十年やってるけど」

 

「それにブラックデニムを正装だと思ってる」

 

「なんだよそれ、夾竹桃の入れ知恵か? 正装なんて究極的に言えば地域によりけりだろ、LAじゃ葬儀のときもネクタイしない」

 

 

 ワインなんていつぶりだろ。

 ディーン、サム、親父もそうだけどビールやウィスキーみたいな派手なのが好きだった。酒に強いのは家系かな、アダムはどうか知らないが。

 

 会話を切ってグラスをヒルダの方に傾ける、白い指をくるりと回してヒルダもガラスを向けてきた。

 

 

「それで女王様、何に乾杯する?」

 

「凶暴でいてくれる世の中に」

 

 ‥‥‥?

 詩的というか、独創的というか、掴むのに苦労する実にヒルダらしい言葉にグラスに添えた指が止まる。

 

「世の中病んでるってことか?」

 

「雪平。安心で落ち着ける場所はね、人も怪異も鈍くするの。お前もよく知っているはずよ、一歩踏み外せば首が落ちる死地。そんな道を走り続けてきたからこそお前はまだここにいる、温室育ちのハンターなんて長生きしないからね」

 

 覚えておきなさい──そう教授するような口振りでヒルダは最後にほくそ笑む。

 

 正確には()()()()()()()じゃなく()()()()()()()()()んだ。

 他に道がなかったから、そこを通ってきただけ。

 下手すれば自主的に聞こえそうなヒルダの言葉は誇張してる。それに腕利きの兄やキャスやクラウリーのようなサポートがあった俺は十分温室育ちだ。

 

 

「凶暴な世界のおかげで平和ボケしなくて済むってことね。常在戦場、気持ちで備えるのは大切だがあんまり凶暴すぎる世界も疲れる。この世界はしょっちゅう破滅の危機に見舞われるからな、俺に言わせればもっとゆとりを持って欲しいね」

 

 結構なスパンで破滅の危機に襲われる世界に愚痴を吐きつつ、今度こそヒルダとグラスを重ねてワインを口に含んだ。

 ‥‥‥、‥‥‥この、なんとも言えない‥‥‥いや、このなんとも言えない‥‥‥

 

「おもしろい顔するわね。よしなさいよ、期待しちゃうわ。ジャンクフードで毒された舌で気の利いた表現でも聞かせてくれるの?」

 

「‥‥‥高そうだ」

 

「‥‥‥、‥‥‥終わり? 味や香りは?」

 

「人生変わるよ?」

 

「お前、もしかして酔ってるの?」

 

「酔ってない、10段階の13。ハンターは大抵アルコールとお友だちだ、死ぬまで生きるだけって生活に酒はうってつけだしな」

 

 この軽蔑とも驚きともどっちにも取れる眼差し、懐かしいー。

 

「ところでこれ、マリンレッド──洒落てる、いい名前だよな。由来とか聞いた?」

 

「さあ。大きな取引のあとにはいつもくれるけど、そこまで聞いたことはなかったわね」

 

 そう言って、ヒルダはそれからも手慣れた様子でワインを嗜んでいた。アルファも好きだったよな、ワイン。リヴァイアとの席でも高そうなのが並んでた。

 

「しかし、吸血鬼とワインって映えるよな。ヴァンパイア・ダイアリーズってよく出来てる」

 

「ああ、そうだわ。折角だし、あのときの決着をつけましょうよ。ハンターと夜の一族、旧き時代から続く戦いをね」

 

「とか言って新品のトランプの箱開けてんの最高にミスマッチだぞ。犯罪現場にID持たずにお茶目な私服で行く捜査官並みだ」

 

「それはただの職務放棄よ。シンプルにポーカーでどう? あっちではそれで稼いでたんでしょう?」

 

 テーブルに二つの細長のケースと、中には金色のコインがずらり。1枚をヒルダが持ち上げると、表面には特徴的な刻印が焼き付いてる。

  

「マヤ文明、アステカのコインか。いいコレクションだな、何千ドルする炭の塊よりずっといい」

 

「60枚あるわ。お互い30枚ずつ、これを取り合いましょう。1ゲームごとに1枚の参加費をプレイ前に徴収。2ゲーム目は2枚、3ゲームでは3枚と1枚ずつ参加費を増やして、手持ちのコインが先になくなるか、掛け金を払えなくなった時点で負けでいかが?」

 

 音を立て、ヒルダの右手から左手にカードが虚空を流れるように移動する。

 綺麗なドリブルだこと。慣れてるな。

 シンプルとはいえ、ルールも道具も揃えてこの準備の良さ。最初から遊んでいく気満々だったな、この吸血鬼。

 

 

「乗った、アステカのコインを奪い合うなんて海賊っぽくていい。それで、ゲーム形式はどうする。テキサスホールデム?」

 

「クローズドでいきましょう、ただしジョーカーを抜いてのゲーム。高貴な私、イカサマには容赦しないわよ。コインが尽きる前に黒焦げになっちゃうかもね」

 

「そりゃおっかないな。分かった、イカサマも玄人技もなし。真っ向勝負といこうぜ、お嬢様」

 

「決まりね」

 

 何度かドリブルを繰り返したあと、ヒルダはトランプを2枚束にテーブルの上で分ける。

 そのままバチッバチッと、今度は少し重たい音を鳴らして分けられたカードが交互に挟むようにして混ざっていく。

 

「ショット・ガン・シャッフルはカードを痛めるぜ」

 

「それを言いたくてウズウズしてたの?」

 

「さて、どうだかな。イカサマはなしとはいえ、カードの引きで半分は決まるゲームだ。カットさせてもらう」

 

 双方のシャッフルを終えて山はテーブルの中央に置かれる。

 1時間前は殺風景だったテーブルにはワインとコイン、まだ使われていない新品のトランプのデック。随分と賑やかになったもんだ。

 酒とトランプ、ましてやポーカーとなればどうやっても思い出すのは昔のこと。

 

 配られた5枚を広げ、目を通す。

 エレンに払った酒代よりもお前に巻き上げられた賭け金の方が多いなんて、ほんと酷い話だよな。

 

 ピスコとローズマリーとスターフルーツをミックスしてとんでもないドリンクに変える。ジョー、俺のなかでは今でも君がこの世で一番のカクテルの職人だよ。

 

 

「1枚」

 

「即決ね。早速強い手が舞い込んだ?」

 

「どうかな」

 

 俺は1枚、ヒルダは2枚。

 各々の捨て札がテーブルに集まる。

 

 高めを見るならスリーカードからのフルハウス狙い、あるいは3枚の染め手からフラッシュ。

 楽観的に見ればワンペアともう1枚は高い数字を残した2枚交換ってのが一番ありそうだが、さて。

 

「そういや、初めて会ったのもカジノだったな。ピラミディオン台場、あれがいまや去年の夏か」

 

「あのときはただの挨拶、パトラへの借金の返済みたいなものだった。次に会ったときが勝負、そのつもりだったんだけどねぇ‥‥‥」

 

「次に会ったときは建設中のスカイツリー、俺にルシファーがくっついてた」

 

「ジャンヌに進言しようか迷ったわ。セラピーを勧めたほうがいいってね」

 

「今でも勧めるか?」

 

「必要ないでしょ、カウンセリングもセラピーもお前には夾竹桃で足りてるし。カインの血筋を毒するなんて大した子、獣人界なら後世に伝わる殿堂入りね」

 

 何の殿堂だよ、悪の殿堂か?

 魑魅魍魎の獣人界には、もっとやばい伝説や噂が溢れてるだろうに。

 

「受ける。レイズ、3枚」

 

「──駄目ね、下りよ」

 

「おや、やけにあっさりだな。女王さまが参加費だけふんだくられるなんて」

 

「そうね。頭から指先まで捻くれたお前なら、何の役もないゴミ手からの1枚交換で仕上げた虚像で、最初からハッタリ勝負の可能性もあるけどぉ」

 

 お口直し感覚でワイン飲みやがって。

 見た目で言えば未成年だし。これ、結構すげぇ状況かもな。

 

「なんか根拠が?」

 

「お前の戦い方はいつだってそう。()()()()()()()()()()()()()()って相手に自分からラインを引かせておいて、いざ近づいてきたらその引かせた境界の外から袖に隠したナイフで一突き。実力を見誤らせて地雷を踏み抜かせるのが、いつものお前のやり口」

 

 ヒルダが手札5枚を伏せたまま置く。

 そっと、空になったグラスに新しく注ぎながら。

 

「お前は優秀な兵士で優秀なハンターでいい武偵よ。認めるのは少し癪だけどね」

 

 ヒルダが‥‥‥褒めた?

 

「おいおい、お前こそもう酔ったのか? そんな優しいこと言ってくれて、あとから思い出して後悔してもしらねえぞ?」

 

「お前こそ、いつか今日のことを思い出して笑い合える日が来るかもね。明日か、数年後か、あるいはもっと先になるかもしれないけれど」 

 

 

 ああ、それはなんというか。

 そうくるか。それは、ちょっと楽しみだな。

 

 

「残念、直撃しなかったか」

 

 

 俺は伏せていた5枚の手札を表に返す。

 黒一色の染め手。

 

「スペードのフラッシュ、袖に隠してたのが原始の剣だとはね」

 

「ブラックジョークが冴えてるよ。もしも本土に行くときがあったら言ってくれ、案内するぜ。リトル・トーキョーとかどう?」

 

「LAで一番うどんが美味しいお店の話? 渋滞に巻き込まれて地獄だったって」

 

「なんで知って‥‥‥いや、大丈夫。そんなの愚痴るヤツは夾竹桃しかいない。LAはたしかに楽しい一時をくれるがあの欲望渦巻く混沌の街を離れても、渋滞だけは恋しくならない」

 

 俺も追加をもらおう。

 久々に酔ってもいいかもって思ってきた。

 

「渋滞が嫌なら車のないところはどう?」

 

「カタリナ島?」

 

「似合いそうね。ゴルフのカートにでも乗ってマルガリータがお友だち」

 

「それもいいかもな、モーテルにあるパターゴルフ大好き」

 

 それじゃ次のゲームと行こう。

 新たにカードをカット&シャッフル。

 

「カットするか?」

 

「古くから魔女の間でこういう言葉があるの。友人は信用すべし、けれどカードだけはカットせよ」

 

「そりゃギャンブラーや玄人に伝わる言葉じゃねえのか?」

 

 はっ、やっぱり現代社会に毒されてるよお前って。

 紫電の魔女。その赤い瞳は、血のように赤く、一度見れば嫌でも脳裏に焼き付く。

 新たに手札に加わる5枚のカード、テーブルを挟んで対面しているのはブロンドの吸血鬼。アルファがこれを見れば何をのたまうやら。

 

「もしお前がヴァンパイアに転化したままだったら──今より少し、仲良くなれたかもね」

 

「いや、きっと今ほど仲良くはなれなかったさ。今のほうがいい」

 

 ああ、絶対に。

 ベニーみたく、一緒に煉獄を走り回れるような友達にはなれなかっただろうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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