哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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境界線を越える時

「逃げたわね」

 

「衝突は免れねえさ。このまま地上に返してくれるとは思えねえしな」

 

 俺は警戒しながらルビーのナイフを制服の中に押し込んだ。試しにやってみたがルビーのナイフと銀……天使の剣は刃渡りが違い過ぎる。双剣には向いてないな。皮肉だよ、これぞ付け焼き刃ってやつだ。

 

「神崎、単独行動の収穫はあったか?」

 

「魔剣が尻尾を出してくれただけでも収穫よ。少しは役に立ったわね。バカキンジも」

 

「な、なんだそれっ」

 

「勇を使え蛮を使え、賢を使え愚を使え──って言うでしょ。バカキンジモードのバカキンジには、バカキンジなりの利用法があるのよ。バカとハサミは使いようって言うでしょ」

 

 出てくるなりバカバカ言いやがるな、この貴族様は。だが悪くないタイミングだった。キンジも助けられた身で反論は言えてねえな。

 

「策士の一族に一芝居打ったのか?」

 

「魔剣は白雪を見えないところから監視してた。それも、距離をどんどん詰めている感覚があったわ。でも、あたしやレキがいる内は決して襲って来ようとはしなかった。だからあたし、わざとボディーガードから外れたの。食いつきやすい餌を撒いてあげたってこと。あんたは腕の時間貸しだし、護衛がバカキンジだけなら魔剣も仕掛けやすいと思ったの」

 

「……俺は餌かよ」

 

「あんたかキリがアシストしてくれることに賭けた。キリは魔剣の正体を暴いたし、キンジは魔剣を誘い出してくれたわ。あたしは白雪の救出。こっちは白雪を入れて四人よ、盤面は悪くないでしょ?」

 

 かぶりを振るがキンジは何も言わなかった。ああ、悪くない盤面だよ。要は囮だが独歌唱(アリア)が俺たちを頼った作戦を組むとはなぁ、頼りにされるってのはなかなかどうして悪くない。このまま追撃する気でいる神崎は投擲されたヤタガンを拾い上げた。カメリアの瞳が訝しげに細められる。

 

「ジャンヌダルクは火刑で……十代で死んだはずよ。それが生きてるなんて」

 

「そっちの筋の専門家から聞いた話だ。間違いない、氷の超能力は火刑に抗う術。魔剣は氷を操るⅢ種超能力者だよ」

 

「……超偵だね」

 

 久しく喋らなかった星枷が指摘する。

 

「キンちゃん……ごめんなさい……私、ここにこの服で、誰にも内緒で来ないと……学園島を爆破して、キンちゃんの事も殺すって言われて……」

 

「いつから言われてたんだ」

 

「昨日……キンちゃんが線香花火を買いにいってくれた時に、脅迫メールが来て……私、キンちゃんが傷つけられるのが怖くて……従うしか、なくて……ふぇ……ぇ……っ」

 

「いいから、今は。泣くな」

 

 星枷は床に泣き崩れ、駆け寄ったキンジの言葉にただ頷いている。星枷とキンジの関係を利用しやがったのか。キンジを餌にすりゃ星枷は絶対に断れない。大切な物を餌にする、なりふり構わずだな。

 

「脅迫されてた、誰も責めてない。そこはみんな分かってる。本当に、みんなそれは理解できるよ星枷。君の人となりはよく分かってる、君は誠実だ。お世辞抜きに」

 

「切もこう言ってる。誰も気にしてない」

 

 周囲を警戒するが音沙汰はなく静かだ。神崎が声をかけてきた。

 

「爆弾の脅し、どう思う?」

 

「さあな、何にしてもほっとけない。奴が誘い込んだフィールドだ、地の利はあっちにあるぞ」

 

「油断はしないわ」

 

 ……ああ、油断はできないな。魔剣も夾竹桃や理子に匹敵する怪物。それにこれまでの二人と違って超能力の属性を持ってる。場合によっては栄養ドリンクも考えねえとな。

 

「聞いてもいい?」

 

「手短にな」

 

「さっきの話、檻を開けたって言ったわね。魔剣は厄災って言ってた。これはあたしの直感よ、けどよく聞いて。檻の話をしたとき魔剣の声が震えた気がしたの。恐怖、信じられないでしょうけど怯えてた」

 

 めざとい奴だ。俺はこの時、初めて神崎の直感を恨んだ。俺やキンジ、超能力者の星枷も気づかなかった魔剣の変化を神崎はその直感で感じ取った。多分、当たってるよ。俺は目を細めて、かぶりを振る。神崎はシャーロックの子孫だ、真実を追及する瞳に不思議と俺は嘘をつけなかった。違うな、つきたくなかったのかもな。会話の主導権を取った俺に神崎は視線で続きを促してきた。

 

「檻には化物が入ってた。ライカンや魔女が束になってかかっても赤子の手を捻るように殺される。彼の力は絶大だ、最上位の天使、天界の最終兵器と言ってもいい。だが、あるとき神の手で地獄に幽閉された。神の創造物である人間を壊し始めたからな。彼が檻の外に出るときはミカエルと一騎打ち、最終戦争が始まる」

 

「……」

 

「──ルシファーだよ。天使と悪魔の戦争で奴を幽閉する檻の65の封印が解かれ、最初に生まれた悪魔……リリスを俺たちが殺したことで檻が開いた。黙示録の四騎士を呼び出し、話し合いの席に集まった北欧とギリシャ神話の神を奴は3分足らずで皆殺しにしやがった。止められるのはミカエルと創造主である神、そして彼の姉だけだ」

 

 原始の剣、神の石板、神の手、どんな物でも殺せるコルト……あらゆる聖遺物や神話の武器を使っても彼は殺せない。神崎の反応は……

 

「あのねキリ、作り話は限度ってもんがあるのよ? 最終戦争が始まったら、こんなにのんびりとした時間は流れないの!少なくとも世界規模で災害が起きるし、あんたは知らないかもしれないけどね、ギリシャ神話や北欧神話の神々の伝説だってとんでもないの!」

 

「つ、作り話だぁ……!?」

 

「SF映画の見すぎよ。ちょっと良い決め台詞があったらあんたはホイホイ真似するじゃない。現実に空想の世界観を持ち込むのは程々にしなさい。特に悪魔や神、国によっては崇拝する対象を侮蔑するのは危険な行為よ。ほら、なんって言ったかしら。ここまで……でてるのよ。喉のとこまで! そうよ……!中二病! あんたは中二病!」

 

 

 

 

 

 俺は神崎と奥へ続く道に仕掛けられていたTNKワイヤーを切断した。ワイヤーは追跡をかわすために俺たちの首の高さに調整してある。夾竹桃は足場に使ってたが魔剣は罠に使ってやがったか。踏み込んでたら首が落ちてたな。星枷を連れ、俺たちは倉庫の奥に消えた魔剣を追いかける。基地局を壊された影響で応援は呼べない、ここにいる戦力で魔剣を叩けるかにかかってる。

 

「さっきの氷はG6からG8ぐらいの強い氷。魔女の氷は、毒のようなもの。それをキレイにできるのは修道女か──巫女だけ。聖なるオイル、清められた油を使えばキレイにできるかもしれないけど。とっても貴重な物だから手元にはないの」

 

「要注意ね。魔剣は剣の名手でもあるわ、近接戦にも長けてる。敵が複数いる場合は、まず距離を置いて、遠くからうまく敵の戦力を分断して──1人ずつ、1対1で片付ける。これが魔剣の戦術パターン、複数を一度には相手にしない。策士家よ」

 

「緻密な策を練り上げても時には運否天賦や行き当たりばったりで台無しになるのがお約束さ。ジベール署長が良い手本。やってやろう、行き当たりばったりで魔剣の策を台無しにしてやる」

 

「……台無しにされるの間違いじゃないか?」

 

 そう言ったキンジは神崎と一緒に前衛、俺と星枷は伏兵の後衛で陣形を組んでいる。

 

「白雪、魔剣の顔は見たか?」

 

「ううん……敵はずっと棚の陰に隠れてた。そこの扉から逃げた時も、影しか見えなかったよ」

 

「仕方ないわ。魔剣は、決して自分の姿を見せようとしない。素性を見破られたこともアクシデント、沈黙で終わらせたりしないわ」

 

 神崎の言葉を返すようにして、異変はやってきた。床にあった排水溝から──水が出ている。排水溝の中で水が逆流してやがる。どうやらアクシデントに見舞われたのはお互い様らしいな。水量はみるみるうちに勢いを増し、壊れた蛇口のように水を勢い良く吹きはじめた。排水の手段を失い、床には行き場のない水が広がっていく。

 

「……海水だわ」

 

「ああ。どこか排水系を壊しやがったな。アリア、お前の弱点ばれてるぞ?」

 

 赤面した神崎がキンジの足を思いっきり踏んだ。綴先生が言ってたな、神崎は泳げないんだ。つか、人のことを笑ってる場合じゃないぞ。上の階に登らねえと俺たち全員大倉庫で溺れ死ぬ。神崎に踏みつけられたキンジの靴が排水口から漏れた水に隠れる。水位は靴から足首へ。足首から脛にまで来やがった。

 

「倉庫で浸水か。お次はでっかいミミズの化物でも出てくんのか?」

 

「……マズいぞ。いくら広い大倉庫でも10分もすれば水没だ!」

 

「隔壁を開けて上に上がるわよ!」

 

 のんびり会話をしている間にも水位は上がる。上階へ続く隔壁を開くがもう水は天井ギリギリまで来ていた。焦る気持ちを堪え、俺は3重の扉を開ける。いきなり開け放つことはせず、キンジがナイフを鏡代わりにして様子を窺うが……なんかスイッチ押しちまったな。ぷつん、と支えになっていた糸が切れたのが分かる。地下倉庫全体に鈍い音がした。

 

「……お次はなんだ?」

 

「……チッ!捕まれアリア!白雪も流されるな!」

 

 泳げない神崎の手をキンジが掴んだ。隔壁を開けた瞬間水の勢いが急激に増しやがった。上に逃げるのを読まれたな……水位はみるみるうちに地下倉庫の天井に達し、俺たちを押し流すようにして上階の床に吹き出した。

 

「きゃあっ──!」

 

 地下6階のフロアに上がった白雪が水流に足をとられて姿勢を崩した。キンジに手をとられていた神崎もリノリュームの床に足を滑らせた、手を引かれたキンジもドミノ倒しに崩れて物陰に流されていく。孤立した俺はしがみついていた隔壁に全体重をかけて水を押し返し閉じにかかる

 

「ち、くしょうめ……!」

 

 どこかに潜んでいる魔剣へ呪詛を込め、俺は怒りを力に変えて隔壁を押し切った。猛烈な水圧と相対した腕は疲労感で軽くなっているが休んでる時間はない。戦力を分断して1人ずつ片付けるのが魔剣の戦術パターンなら孤立した俺は格好の餌だ。ルビーのナイフと天使の剣は……流されてないな。

 

 周囲を見渡すと、足元が水浸しになったこの階は壁のように巨大なコンピューターが無数に並ぶ、スーパーコンピューター室。武器庫から一転、情報科や通信科の箱庭だ。俺は自由になった両手でトーラスを抜き、遊底を引いた。平賀さんにメンテ頼んだばっかだ、海水に濡れたくらいで機能不良に陥ったりしない。泳げない神崎と最初に流された星枷が気になるが──心配は頭の隅っこに放り投げてやる。

 

「今まで色んな魔女と出くわしたがお前が一番見境ないぜ」

 

「噂どおりの礼儀知らずか。お前たちハンターの方がずっと見境がないのだがな」

 

 待ち構えていたのは刃のような切れ長の眼、サファイアの色をした碧眼だった。2本の三つ編みをつむじの辺りに上げて結った髪は、氷のような銀色。モデルのような長身は甲冑によって武装されている。

 

「これでリュパン4世による動きにくい変装も終わりだ。シェイプシフターたちは人の皮を被ることで人間に擬態する。お前に変装は通じない、だろう?」

 

 挑発を投げかけた甲冑姿の少女に俺は銃口を持ち上げた。ジャンヌ・ダルクーー犯人はフランス人、神崎の推理も少しは当たってたな。

 

「色々見てきたからな。憑依、擬態、トリック、幻覚、出会ってないのは……異次元の世界にいるもう一人の自分くらい。いまのところはな」

 

「懲りない男だ、私はお前のような男は嫌いではないがな」

 

 ジャンヌダルクは背後から西洋の大剣を手に構えた。見れば分かる、普通の剣じゃない。あの剣には悪魔のナイフや天使の剣に似た非日常の産物特有の匂いを感じる。あれが魔剣って呼ばれる理由か。

 

「へぇ、嫌われてると思ったよ」

 

「ウィンチェスターは殺しの代名詞。魔女や怪物はおろか、異教の神ですらお前たちと関わりたい者などいない。キリ、ここから立ち去れ。アメリカへ戻って狩りをしろ。この国にお前の安らげる場所はない」

 

「だとしても。昨日今日初めて会った魔女におとなしく従うハンターがいると思うか?」

 

「お前は多くの犠牲を招いたが同時に多くの者を救った。犠牲を払い、最後には災厄を打ち払ってきた。お前には分かるはずだ、敵は力を研磨し来るべき時に備えている。私たちには時間がない、白雪に通じる超能力者の確保は来たるべき戦いへの責務だ」

 

「ああ、よく分かったよ。知り合いが得体の知れない組織に徴兵されるのを見過ごせてって言うんだな。爆弾魔と通り魔の次は超能力者の連続誘拐犯、どこのだれがこういう外道のオールスターチームを作ったんだ?」

 

「白雪を正しく導ける場所はイ・ウーだけだ。星枷の籠から解き放ち、彼女に自由を与えてやれる」

 

「それを決めるのは俺たちじゃない。血は変えられなくても生き方は変えられる。人間だけじゃない、天使や悪魔だってそうだ。ルールや掟に逆らっても自分が正しいと思えることをやれる。それが自由意思、誰だって選ぶ権利を持ってる。あいつは自分の意思で星枷の巫女から星枷白雪になれる、お前の導きはお呼びじゃねえんだよ」

 

 本当に大切なのは自分の意思。星枷は小さな籠の中に大切な物を抱えてやがる。狭い籠だ、けど籠の中には姉妹や家族がいる。支え、支えられる家族がいる。籠の中がいるべき場所かどうか決めるのは星枷自身だ。お前の導きは必要ない、眼下で続けられた言葉をまとめて否定するように言ってやる。

 

「正しい場所にいるかどうかは自分で決める。安らぎなんていらん。そんなもんはてめえにくれてやる。キンジの部屋が俺の居場所だ。苦しもうが構わん、疫病神扱いも好きにしろ。アメリカでセレブ扱いされるよりずっとマシだ」

 

「大切な物があれば傷つくことはセットのような物だと?」

 

「哀れなもんさ、欲しいものは手に入らない。だから俺は今ある物を手離さないためだけに必死に戦う」

 

 トーラスの発火炎が煌めくとほぼ同時、息苦しいまでの殺気に襲われる。甲冑に覆われていない膝へ二連射、足を無力化させる先制は当たり前のごとく西洋剣に弾かれる。破れ鐘を力の限り叩いたような異音がして、いつのまにかコンピューターの一角に弾痕が生まれている。人を凌駕した魔技に一歩足が後ずさる。今まで出会った魔女はまじないや魔法を絶対視する傾向があった。銃やナイフ、科学を毛嫌いし、その思想は一般的に浸透している魔女に通じる部分がある。

 

 だが魔剣は例外だ。隙を作らず、トーラスを撃ちまくったが嘲笑うように睨み付けた西洋剣が揺らめいた。体をコマのように回転させながら鉄の雨はかたっぱしから撃墜される。剣の名手、神崎の情報が語るとおりだ。

 

 魔女であり、卓越した剣は騎士を思わせる熟練度。まるで魔法と近接戦闘のハイブリッドだ。躊躇わず空の弾倉ごとリリース、新たな弾倉をトーラスに押し込んだ。ジャンヌは目を細め、切っ先をリノリウムの床に立てる。

 

「アリア。彼女は偉大なる我が祖先──初代ジャンヌ・ダルクとよく似ている。その姿は美しく愛らしく、しかしその心は勇敢──だが、お前の心はどこまでも続く暗闇、お前の心は空っぽなのだろう?」

 

「俺は尋問科だ。言ってやるが検討外れだよ」

 

「欲しいものは手に入らない。何を食べても埋められない。故郷に帰ることも嫌になったか?」

 

「ああ勝手に思いこんでろ」

 

「そうやって誤魔化せばいい。友に嘘をつき、自分にも嘘をつく。だが私は誤魔化せない。お前の心の中が見通せるのだ」

 

 恨めしくなるほど美しい碧眼が半眼を作っていく。欲しいものが手に入らず惨めな想いをするのが人間。だから、欲しいものが全て手に入るとおかしくなる。それが真実だ。言葉に乗るな、乗ったら最後爆弾だ。何もかも駄目になって、ひっかぶる。

 

「飄々としていても心は打ちのめされている。犠牲に次ぐ犠牲、代償を払って戦ってきた価値があるか不安になっているのだろう?」

 

「……」

 

「狩りに引退はない、引退する前に皆死ぬからだ。誰かを救いたいなど偽り。心はとうに折れている。何も考えずに済むからとりあえず戦っているだけ」

 

「黙れ」

 

「空っぽのはずだ、感情がないんだからな。お前の心はとっくに──死んでいる」

 

 深く息を吐いた。自分がしたことを忘れるなんて幸せだ。そんなこと、できるわけないのにな。

 

「傷ついた、古傷を抉られた。傷を癒すには、仕返しが一番だよな?」

 

 刹那、装填したトーラスの弾丸を吐き切る。依然、跳弾がコンピューターを抉り、構わず俺は全力で距離を詰める。西洋剣の刃が届く必殺の距離が近づき、ジャンヌの下半身に力が入るのが分かる。まだ、まだ遠い……弾をすべて吐き出した弾倉を交換。床に音を立て、排出された空薬莢がリノリウムの床を跳ねる。

 

「──どこへ行き、どこに帰るかは自分で決めてやる」

 

 ありったけの弾薬を吐き出し、ホールドオープンしたトーラスを破棄。正面を見据えて一段加速した速度で殺傷圏内に突進する。迎撃にジャンヌが前に出てくるが、俺はスライディングでジャンヌの斬擊をくぐった。上半身と下半身を両断する斬撃が頭上で空を裂く。サファイアの瞳が驚愕に染まり、俺はジャンヌの顎を肘で打ち上げた。

 

「……ッ!」

 

「傷を抉ってくれた仕返しだ。お前は──ガースされた」

 

 インパクトと同時に袖から滑り落ちる天使の剣を左手で握る。仕返しにぴったりの台詞を手向けに、逆手に持った剣を当初の狙いである露出した右膝へ突き立てた。

 

「う……うううッ!」

 

 苦悶の声を上げながら、ジャンヌは大剣を背後に放り投げた。眉を寄せた俺の目の前で──微細な氷の粒が前触れもなく浮かび上がった。目の前だけじゃないな、室内の至るところに雪が、舞ってる。ここは地下倉庫、その面妖な光景の意味を悟るのに時間はかからなかった。

 

「Damn it……」

 

 やられた──膝の白い肌色が透き通るように真っ白に色を失っていく。俺が攻撃したのはジャンヌじゃない。氷の超能力で作られた精巧なニセ者だ……

 

「ウィンチェスター、お前の胆力は素晴らしかった」

 

 放物線を描いて飛んだ大剣は──コンピューターの壁の影から出てきたジャンヌに握られる。

 

「覚悟も捨て身の戦術も。だが、しかし、私の策を打ち破るにはまるで程遠い」

 

 策に嵌められたのは俺だったわけか。俺は足元に突き立てられたヤタガンに舌打ちした。どろどろに崩れていった氷のニセ物の中に仕込んでやがったな。駄目だ、足が凍って縫い付けられてる。

 

「リュパン4世はお前を利用し、仇敵の撃破を企んでいた」

 

「お友達のブラドはよっぽど目の上のたんこぶらしいな」

 

「ブラドは私の一族の宿敵でもある。峰理子にとってブラドはお前たちにとっての黄色い目。覚えておくといい、お前は死んでも甦るのだろう?」

 

「人をゾンビみたいな言うな。だが、そんなに憎い相手なら俺が退治してやる。ブラドだけじゃない、ここまで関わったら最後までだ。お前もブラドもイカれた組織の連中は全部纏めて、ぶちこんでやる」

 

 足は駄目だ。だが、まだ手は動く。俺はまだ動く右手でジッポを捻って火を付けた。不意に灯った小さな灯りを見て、彼女は小さく鼻を鳴らす。

 

「フッ、私の超能力も安く見られたものだな」

 

「──それはどうかな?」

 

 吊り上げた唇のまま、俺は火を付けたジッポを床に放った。刹那、ジャンヌの瞳が虚をつかれて狼狽する。落下地点から着火した火は、円を描くようにリノリウムの床を勢いよく走り抜けた。

 

「実はここに来る前に図書館で宿題を済ませてきた」

 

 走り抜ける火は海水を蒸発させ、膝まではあろう火がジャンヌを大きく囲み、火柱のサークルを作り上げる。それは一瞬の出来事、殺風景な空間には眩い炎が揺れていた。それが普通の火じゃないことは彼女も百も承知。一歩、俺が前に出てやるとジャンヌは苦虫を噛み潰した表情で睨んでくる。

 

「こいつはあらゆる呪いを払い、天使を閉じ込めるための聖なるオイルだ。大天使だって外には出れない、お前の氷だってこのとおり溶けてるよ」

 

「……キリストに伝わる聖油か。どこで手に入れた?」

 

「キャスって友人がくれたのさ。炎が苦手なあんたが聖油のサークルから飛び出せるかな?」

 

 見ればジャンヌの美貌には僅かな怯えの色が冷や汗と共に滲んでいた。炎が苦手なんだな、それに囲んでいるのは魔女には毒でしかない聖なるオイルの火柱。澄まし顔でいられるわけない。

 

「いつまでも留めてはおけないぞ。武偵は超偵に勝てない」

 

「かもしれないな。だが今日は俺の勝ちだ──ざまあみろ」

 

 

 

 

 

 




果たして主人公が強いのか作者も不安になってきたこの頃でございます。図形で天使をふっ飛ばす、聖なるオイルでサークルを作る、スプレーで悪魔封じを描く……一度真似してみたいと思ったのは作者だけでしょうか。

魔剣編も終盤です。尖った作品ですがいつも見てくださる方々、感想、評価励みになってます。シーズン14吹き替えが来日するまでに極東戦役まで進めたいですね。





『安らぎなんていらん、そんなもんはてめえにくれてやる』S4、22、ディーン・ウィンチェスター──

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