「キリくんと蘭豹先生の闘技場一騎打ち、なかなかエキサイティングだったねぇ。頼りになるのは鍛えた肉体だけのノンオプションバトル、まさに超エキサイティングって感じ」
「ありがとう、理子。実は冷や汗を掻きながら考えてた。いつお前と交代しようかってな」
「残念。理子は教習科の実習は見る専です。ほい、おまちどおーさまー。ジャンヌ、夾ちゃん焼けたよー。おあがりよー」
青海苔、鰹節、ソースとこれまた器用な手つきで理子は舟皿へ盛り付けたたこ焼きに振りかけた。
観葉植物だらけの夾竹桃の部屋で焼かれていくたこ焼き、そしてそれを囲むのは理子、ジャンヌ、夾竹桃のイ・ウーの同期三人組と俺。ちょうど一年前、修学旅行Ⅰでのココの列車乗っ取りのあとにもやった。
そう、走行する列車から叩き落されて、死の騎士に出世した堅物ビリーと久々に再会したあの修学旅行での爆弾事件だ。もう一年経ったとは驚きだ。そんなにカレンダーを捲った記憶がない。
物思いにふけっていると、声をかけてきたのは今日も銀髪が麗しいジャンヌだった。
「冷や汗を掻いていたわりには好戦的な立ち回りだったがな。カポエイラ、源流にあるのは自由と解放。お前らしくはあるがあんな曲芸どこで覚えた?」
「曲芸とは酷いな。後ろ回し蹴りなんて実戦では使えないって言うタイプか? テレビで見てる分にはいいが街中で使ったら酷い結果になるって」
曲芸や魅せ技の側面が初見殺し、読まれにくさにに繋がってる。攻撃とは思わせない、それが最強のふいうち、意識の外からの攻撃だ。
ごりごりに焼かれたたこ焼きを俺も舟皿から一つ掬い取る。うまい、無難に。普通にイケる。ああ、どこで覚えたかだったな。
「キリくん、お代の代わりに教えてよ。理子も気になってるんだよねぇ。あんなメガトンキック、どこで学んだの? ヤマブキシティ? ウー! ハーッ!」
裏の無法者モードはさておいて、こっちのお前は何時でもハイテンションがデフォルトだね。パーティーでは特に。
「ディーンは学校でレスリングチームを作ったけど俺も色物の格闘技クラブに誘われたことがあったんだ」
「格闘技クラブ? そんなの初めて聞いたけど」
「言ってなかったからな。色んな格闘技をやってる生徒が集まってワチャワチャやる感じの、もうその頃には親父の海兵隊プログラム免許皆伝だったからクラスの女の子に誘われてそのときに」
夾竹桃にも初めて話す。
州を飛び越えて西へ東へ行ったり来たり生活のなかで本当に少しいただけの集まりだったからな。
「お兄さんはレスリングでキリくんはカポエラーしてたの?」
「ああ、カポエラーしてたの。詳しい子がいてちょっとカポエラーしてjogoしてたの。兄貴の方は95年のレスリング州大会で優勝してた、って‥‥そっちの話をするとまた逸れちまうから今度で」
ディーンとソニー、少年保護施設での二ヶ月の狩りとは無縁の兄貴の生活。この話をするとまた話が逸れる、そろそろ呑気にたこ焼きを食べながらできる話題に舵を戻そう。
が、話を切るつもりの俺とは違い、理子が訝しげな瞳でこっちを見ていた。サファイアブルー、薄い紫の瞳も追随するようにこっちを向いてる。
そう、ジャンヌ、夾竹桃の視線も援護とばかりに向いてるんだ。
「んじゃ、手短で」
「そうだな、そこで切られても私も気になる。手短に話せ」
「雪平。手短に話しちゃいなさいよ」
案の定、揃って続きを急かされる。
さすが同期、さすが友だち。息合ってんじゃん。楽しい話じゃないんだけどな。代金として舟からもう一個たこ焼きをくすね、せめての反撃としよう。
「もうずっと昔、ディーンが学生だった頃さ。食べ物を盗んで捕まって刑務所送りになるのをいい児童保護施設の人に助けてもらった。俺とサム、親父は狩りで別の州にいて、兄貴は少しそこで俺たちと離れて暮らしてたんだよ。レスリングチームはそのときに」
更生施設に保護されて、ディーンは一時的に本土を駆け巡る狩りの暮らしの外に出た。親父が見つけるまで、ほんの二ヶ月くらいだけ。
「保護師の人はいい人でね、俺は日本に来る前に一回会っただけなんだけどいい人だった。友達もいたし、いい仲になってる女の子もいたみたいだから、たったの二月だけどきっと最高の思い出だったと思う。たぶん心の何処かで憧れてた暮らしが、そこにはあったんじゃないかな。結局俺や親父と一緒にモーテル生活のハンターの道を選んだけど」
ソニーはいい人だったし、父親同然にディーンのことを気にかけて愛してくれただろう。狩りとは無縁、みんなとバカやって楽しいことやって、それはきっと、
夢のような時間だったんじゃないかな。
たった二ヶ月だけ見れた、楽しい夢。
もしあそこで留まることを選んでたら今頃どうなってたのかな。
‥‥‥てか、なんだよ御三方。黙っちゃって。
「おい、揃いも揃ってどうしたんだ。てっきり俺が感想を聞くターンだと思ったんだけど」
「ううん、悲しいお話というかいいお話だったからさすがの理子も言葉を選びたくなったっていうか、考え中」
「心地いい夢よりも家族と役目を取ったのだな、誇り高い志だ」
「せめてその思い出が永遠に、永遠に色褪せないことを祈るわ」
「‥‥‥どいつもこいつもローマの休日見終わったあとみたいな顔しやがって。お前ら本当に元特A級の国際テロリスト集団か? ただのいいヤツじゃねえか」
この三人が第一級の国際テロリストだったなんて言っても一体誰が信じるんだよ。疑いと呆れを半分ずつの目でやんわりと俺は肺の空気を吐いた。
「でもたまに手がかかるよ? ディーン・ウィンチェスターって男は。そりゃもうわりと深刻なレベルで。機嫌斜めの日は独裁者みたいになるし、ウチは家族でしょっちゅう喧嘩する家系だから」
「だったら譲れないことで喧嘩しなきゃね。譲れないことで喧嘩するのは、意味があることだもの」
「‥‥‥考え方がうまいね、さすが夾竹桃だ。その器用さにはにじゅうまるだな」
「あなたは何でもかんでも円満におさめたがる。だから私はアドバイスするの、何でもかんでも」
ああ、心強いね。
楽しそうな顔しちゃって。俺にとっちゃ日本でのこの生活がある意味──いや、やめとこう。折角のパーティーにこれ以上どんよりムードは必要ない。
今日は騒いで食って、遊びまくろう。
今年も残り二ヶ月、一日一日が大切だ。楽しもうが嘆こうが時間は過ぎていくんだからな。
◇
「楽しい時間はあっという間ね。 始まりがあれば終わりもある。限られた時間の中で精一杯楽しんでおかないと」
「ああ、一瞬一瞬が大切だ。毎日が楽しいと思えるときは特にな」
楽しい時間はあっという間。
暗くなった夜空の下を歩きながら夾竹桃が名残惜しげに吐いた言葉には俺も100パーセント同感だ。
夏が終わって、夜も肌寒さを取り戻した季節。
騒いで、食べて、遊んでの理子、ジャンヌ、夾竹桃との楽しい時間も名残惜しくお開きとなって今は男子寮への帰路。
楽しい時間が終わって、暗い空の下を夾竹桃と並んでの帰り道。仕組んでんのかってくらい去年と一緒だった。流石にもうグレたミカエルと顔を合わせるってことはないだろうがな。
「ジャンヌは厄介な依頼が来たって言ってたから正直忙しくて来れないもんかと」
「マルウェア対策のエンジニアが狙われた話なら片付いたみたいよ。政府お抱えのね」
「お役人お抱えのエンジニアが狙われた、そりゃ一癖二癖ある厄介な仕事だな。サイバー犯罪も日夜過激に狡猾になってきてる。コンピューターの魔術師チャーリーもボヤいてたよ」
マルウェア。政府のコンピューターシステムや発電所にも侵入するデジタルパラサイト。
政府が抱えてたそのエンジニアが狙われたとなると色々厄介事の可能性が浮かぶ。しかし、リヴァイアサンの時にも感じたがコンピューターのエンジニアってのは周りが思ってるよりも、変な連中に狙われちまう職業なのかな。
ふと、隣を見る。
いつもの、いつもと変わらない夾竹桃。俺の部屋に忘れた万年筆を取りに来る、そんな理由でついてきてくれた毒使いの顔はいつも通り。
「どうかした?」
「いや、去年もこんな感じで歩いてたから。同じだなぁって」
「けど、変わったこともあるわ。去年より私とあなたは仲良しになった」
「‥‥随分ストレートに言ってくれるんだな」
「もう遠回しに言うような仲じゃないと思ったの。それに、あなたが日本に残るかどうかは──私次第なんだし、ストレートにもなるわ。人生は短いんだから」
‥‥‥ああ、ったく。
そういうこと言うのか、この女は。ストレートなようでちゃっかり曲がってる。カットボールだ。なんか言うつもりだったのに見事に詰まらされた。
言う言葉を、考えさせる。
「どうなっても俺とお前の関係は変わらないよ。もうそんな仲じゃないと俺は思ってる。夾竹桃、俺は‥‥‥」
俺は、駄目だな。
こういうときどう言えばいいんだろう。
お前が好きだ、嘘偽りなく大切に思ってる。
ああ、前にも言ったとおりだ。これまでの捻じれ狂ったしがらみを全部抜きにして、もしお前とこれからの時間一緒に生きていけたら──それはとても幸せだって心から思う。
でも思うこととできるかどうかは別だ。
ああ、だから‥‥‥なんて言うべきなんだろ。時間は有限で、人生は短い。だとしたら俺は君に何を、どう伝えれば正解なんだ。
「なんと。必死だな、顔には出さないが頭の中は切羽詰まってるようだ」
それは、頭の中で必死に組み立てていた積み木を横から蹴飛ばされた気分だった。
なんの前触れもなく、視界が変わる。
真っ黒な空の下を歩いていたのが、一瞬で眩い照明の下にいた。冬の寒さがようやくやってきたような夜空の下から、何がどうなってるのか。一瞬で違う場所に投げ出された、理屈なんて通らない、お決まりのパターン。
目を丸くする夾竹桃が室内を見渡す。
どう見ても古びた音楽がかかった廃れたバー。年期の入った木張りの床、各テーブルにはレトロなランプ型のスタンドライトがオレンジの灯りを灯してる。
「‥‥‥瞬間移動に巻き込まれた?」
「いや、それならよかったが事態はもっと面倒くさいと思うぞ。俺はこの潰れそうなバーに一度来てる、それに‥‥‥」
さっきの声には、覚えがある。
‥‥‥俺は今どんな顔をしてる。平静を装ってるつもりでもきっと酷い顔をしてる。
「そう、酷い顔をしてる。間違ってシャンプーを二回やったときの顔だ。考え事をしてるとよくある」
くだらない、まるでその場でいきなり思いついたようなたとえをくれた男は、まるで胡散臭い髭面の宣教者。
外も胡散臭いが中身はもっと胡散臭い。夾竹桃も話には聞いてるはずだ、だからその横顔はクールな彼女にしては珍しく驚きの色一色で染まってる。
威厳も何もない数日着たような皺だらけの緑のシャツで、ストロー付きのカクテルと一緒に座ってるのは古い知り合いだ。それなりに古く、去年も一度会ってる。
洒落た色のカクテルも、肌寒さから解放してくれたフロアの温かみも、混乱でどうにかなりそうな頭じゃ苛立ちしか堪らない。
まだ信じられないし、正直俺も混乱してる。
混乱と驚きと呆れでグチャグチャになった顔で俺はようやく慇懃無礼な態度で座ったままの知り合いに問い詰める。
「‥‥‥チャック。何しに来た?」
「声を聞いたから。祈っただろう?」
「助けは欲しいが頭痛の種は欲しくない」
「それは傷つくな、まるでトラブルを背負って現れたみたいな言われようだ。祈りに答えるときもある」
傷つく? よく言うぜ。慇懃無礼、やはりその言葉がしっくり来る。上から目線、謝罪だろうと何だろうとどんなときも見下ろす立場で話をする。実に
「背負ってないのか? 俺にはそうは見えないな、また突然前触れもなく現れて。話し相手が欲しくなっただけには見えない」
「待って、勝手に話が進んでる所を巻き戻すのを許してちょうだい。チャック‥‥‥? つまり彼がカーヴァー・エドランド‥‥‥? 神の預言者であの本の作者の?」
「ああ、始めまして。夾竹桃。君には鈴木桃子や魔宮の蠍という名前もあるがまあいい、キリに倣って夾竹桃と呼ぼう。君は漫画家、僕は作家、同じクリエイター同士だ。で、どうだった? 僕の本は。物書きとしての君の率直な意見、感想が欲しい」
夢幻同然の光景だ、肯定されてようやく夾竹桃も驚きを苦笑いに変えた。
そう、彼は作家だ。あの忌々しい本を出版して、俺たちには1円も金を払わず、いきなり姿を消して雲隠れした作家。チャック、カーヴァー・エドランド、神の預言者、どれも休暇用の仮初めの名前さ、どれも的確じゃない。
「今まで読んだ本は数しれず。そのなかでもスパナチュはトップ10にも入らない、1000以内にも。贔屓目に言っても駄作だ」
「うん、メタトロンはそう言ってた。けど僕が今聞きたいのは彼女の意見だ。君の友人の感想が聞きたい、読んでくれたんだろ?」
「あ‥‥‥ええ、出版されてるものは全部読んだけど」
「どうだった?」
ただのヘボ作家じゃないのは夾竹桃も分かってる。
分かってるから戸惑ってる、目の前にいるのは──者ではなく概念だ。
教会で敬虔な皆々様が一方的に会話、祈るように語りかけてる存在と、夾竹桃はいま対話の機会を用意された。信心深い云々は別として戸惑って当然だ。
いきなり現れては戸惑いと困惑を持ってくる。いつだってそれが銀河系プレイヤーのやり口。
チャック、冬コミが近いってのにあんまりウチの先生を困らせないでほしいね。
「言ってやれ、夾竹桃。あくびを堪えて読むのがやっとだったってな」
「全部が全部じゃないだろう。『決戦の時』は?」
「リリスのイカれたおままごと、ルビーを信用しないディーン、アバズレのペットに腹を割かれるの三本立て。ひでえ話だな。夾竹桃、ビールタダ飲みできるって」
「本気? この状況で、飲めると思うの?」
「ディーンだったら飲むだろ、関係なく。悪いな、夾竹桃。どうやら一対一での会話はお望みじゃないらしい」
「いいわ、相席してあげる。どこまで援護できるか分からないけど」
チャックと対面するように俺と夾竹桃は赤いソファーに腰を下ろす。目の前に座ったチャックは俺たちを交互に見たあと、
「望みなしの片思いが不条理な嫉妬に変わるのが常の世界、だが例外もある。倦怠期の夫婦喧嘩もいつか終わりが来る」
「やめろ。さっきから奥歯に物が挟まったような物言い方されて一日の許容量を超えた。チャック、もう一度言わせてもらう。まさか孫に会いたくなって来たわけじゃないだろ、何しに来た?」
「困ったときの神頼みに応えた。すごい顔だな、聞きたいことが山積みって顔だ。まあいいさ。どうぞ聞いてくれ。最後に君と会ったのは去年だったな。ちょうど今頃、極東戦役の小競り合いの真っ只中」
小競り合いか。ソドムとゴモラを焼き払ったり大洪水で世界を水浸しにしたことに比べれば、極東戦役は確かに小競り合いだ。
スケールは落ちるだろうよ、俺はあれを小競り合いとはおもえねえけどな。
去年、まるで俺がカインの刻印をでっち上げたことを知っていたかのようにチャックは原始の剣を持ってきた。
仲を修復したアマラと家族旅行に出かけて音信不通だった中でいきなりの訪問だ。そしてすぐにまた行方を眩ませた、何の痕跡もなく。
「そのあとは? 雪平に剣を渡した話は聞いた、でも聞きたいのはそのあとのこと」
「ああ、どこにいた?」
「それは難しい質問だ、あらゆる場所にいた。宇宙の果てからその先まで──今君たちのトレンドになってるレクテイアを含めて」
レクテイア、近頃まさにトレンドというか勝手に飛び込んでくる名前はここでもご登場か。
しかし、険しい面持ちの夾竹桃はめざとくチャックの発言に引っ付いてきた違和感を拾った。宇宙の果て‥‥‥
「ごめんなさい、ストップをかけるわ。宇宙の果てからその先まで、その言い方だとレクテイアは異世界というよりもこことは違う天体に存在する、私にはそう聞こえるんだけど?」
ああ、俺もそう思ってた。
つまるところの異世界、グレたミカエルが暴れていた世界やバルサザールが飛ばしてくれた怪物のいない世界、あんな感じでレクテイアもこことは違った異世界的なものの一つだと思ってたが──
続いたチャックの言葉がそれをやんわりと否定した。
「レクテイアは別の天体に存在する。異世界というより別の惑星、別の宇宙──異世界の住人というより宇宙人、ナルニア国というよりスタートレックか」