哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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ハンターライフ(クリスマス編)


呪いのクリスマス(前)

 

 

 ーーミシガン州、イプシランティ。とある家の玄関の前にディーンは立っていた。目の前には既婚済みの女性がかぶりを振っている。心が覚束ない、そんな様子の彼女とボールペンとスーツを用意したディーンの間には重たい空気が佇んでいた。ハンターがスーツを着るタイミングはーー狩りが起きた際の聞き込み。

 

「娘と私は眠ってて、主人はツリーの飾りつけをしていたの。天井で大きな物音がした。そしたら主人の叫び声が……まさかFBIの世話になるなんて……」

 

「なにか見ましたか?」

 

「いいえ、降りて行ったら主人は消えてた」

 

 涙声に語る女性にディーンは続ける。

 

「鍵はかかってた? 押し入ったあとは?」

 

「なかったわ」

 

「合鍵を持ってるのは?」

 

「私の親だけ」

 

「お住まいは?」

 

「フロリダよ」

 

 フロリダからミシガンまでは車で何十時間もかかる。頭に聞き込んだ情報を書き込んでいると、部屋の中を散策していた弟が木の段差を下ってきた。

 

「ウォルシュさん、お邪魔してすみません。一通りの捜索は済みました。では、失礼します」

 

 サムは形式的な別れを口に、ディーンもボールペンを片付ける。

 

「追って連絡を」

 

「……ええ。ねえ、警察は誘拐された可能性があるって……」

 

「あります」

 

「でも犯人からは何の要求もないわ。身代金の要求もない。あと三日でクリスマスよ。娘になんて説明すれば……」

 

「今はなんとも」

 

 先に返事をしたディーンと入れ替わり、重い面持ちでサムが返答する。クリスマスは三日後、中途半端に終わってしまった家の中の飾り付けは悲壮感に満ち溢れている。これが普通の誘拐ならどんなに良かったか、自分たちが目を付けた時点で、その可能性は薄い。ハンターが関わる事件は普通の誘拐よりも遥かに酷い結果を生んでいる。自虐的に言って、被害者にとっては疫病神だ。

 

「見つかったか?」

 

「靴下と宿り木くらい。あとこれ」

 

 呪い袋ーー魔女が暗躍したと思われる痕跡はなく、代わりにとサムが手渡しのは小指のサイズよりも小さな何か。薄い白色をした『それ』を受け取ったディーンは眉をしかめる。

 

「歯か……どこで?」

 

「煙突の中」

 

 虚を突かれて、目が開かれる。

 

「大人が通れる幅なんてないだろ?」

 

「バラバラになれば可能だ」

 

 サムは恐ろしいことを、あっさりと軽く言い放つ。

 

「じゃあパパが煙突に入ったとして……」

 

「引きずり込んだ奴を突き止める。キリに探らせよう。今頃はモーテルで宿題してるよ」

 

「だな。パソコンおたく二号に呼び掛けよう」

 

 サムはかぶりを振る。二号がキリ、ならぱ一号は誰なのか。酷く不機嫌な気分になりそうなので追及はしないことにする。クリスマスムードの住宅地に背を向け、ディーンはお馴染みの番号をコールした。二回目のコール音と同時に間抜けな欠伸が聞こえて、つい憤慨したのは致し方ないことだろう。キリには現場に足を運ぶ代わりに別の角度から事件を洗うように頼んでおいたはずだが……

 

「どうかした?」

 

「宿題をサボった」

 

「キリが?」

 

「ああ、第一声が呑気な欠伸さ。どうせコバートアフェアの一気見でもしてたんだよ。モーテルのベッドで寛ぎながら」

 

「帰ってみれば分かるよ」

 

 サムは苦笑いでインパラのドアに手をやった。彼の普段の素行を考えると、素直に首を横に振れない。

 

 

◇ 

 

 

「クリスマスの前に人を煙突に引きずり込む者……ラクシャサ、ウェンディゴ、それとも別の何か」

 

 キーボードを叩くと、画面には古今東西の伝承から引っ張ってきた資料が入れ替わりに写る。頬杖を突いて、キーボードを打ちならしていると、目当ての食べ物を紙袋に詰め込んだディーンとサムがドアを開け放った。

 

「言ったとおりだろ、犯人は煙突の掃除人」

 

「ああ、こいつはバートだろ?」

 

 いつもの安くて埃っぽいお決まりのモーテル。留守番を預かっていたキリはパソコンの前で眉をひそめた。ディーンが近くのテーブルに買ったばかりの紙袋を置く。キリがパソコンからサムに目線を変えた。

 

「なぁ、バートって?」

 

「メリー・ポピンズ」

 

「「メリーポピンズって何?」」

 

 ーーミュージカル。サムは喉から出そうな言葉を寸前で押さえつけた。何を言われるか分からない。

 

「知らないなら、もういいよ」

 

「12月になって行方不明になった男がもう一人いる」

 

「マジで? その男性もミミズの化け物に引きずり込まれたの?」

 

「分からんが天井で物音がしたそうだ。今度の敵は何だと思う?」

 

 部屋を歩きながら、不意にディーンが犯人の正体について踏み込んだ。キリがパソコンを経由して印刷した用紙をテーブルに広げる。

 

「たぶん、二人とも有り得ないって言うよ。特にディーンに限っては間違いなく否定する」

 

「なら問題ない。僕は否定しないんだろ?」

 

「有り得ない物ばかり見てきたぞ?」

 

 苦い表情で後ろ頭を掻いた。2体1、民主主義を掲げるなら見事にキリの敗けだ。言い負かすには相手が悪すぎる。調べものを任された手前、結論や予測を述べないわけにもいかない。否定される覚悟で考えを口に出す。

 

「悪いサンタ。つまり、サンタに相反する連中」

 

「それは有り得ない」

 

「だよな。俺もそう思いたい」

 

 口にしたのは自分自身だが、自分でもバカらしく思える見立てだった。印刷した紙に描かれているのは古今東西のサンタの伝承に付いて回る化物。ディーンの言葉に頷き、閲覧していたパソコンをサムの方にくるりと回転させた。

 

「兄貴はどう思う?」

 

「有り得ない、本音を言えばね。でもサンタに相反する者って意味ではあちこちに伝承がある。キリが印刷した紙を見れば分かるよ。クランプスやブラックピーター、色々な言い伝えが残ってる」

 

「いったいどんな?」

 

 腕を組んだディーンは顎を揺らして、サムに続きを促した。

 

「その昔、悪党になったサンタの兄弟がいて、そいつがクリスマスになると現れ、悪人に罰を与える」

 

「煙突に引きずり込むのか?」

 

「まぁ、手始めにね」

 

「趣味が悪い。よっぽど生活環境が捻れてたんだろうね」

 

「じゃあ犯人は……サンタのグレちまった兄弟?」

 

 聞いたディーンも半信半疑。キリに目配せされたサムもゆるく首を振った。

 

「いや、でも確かそういう話だ」

 

「そもそも兄弟どころか、サンタがいない」

 

「分かってるよ。それを教えてくれたのは兄貴だ」

 

「そこまで。サム、ディーンもそれ以上はなし。俺もいるんだ、不穏な空気は遠慮してくれ」

 

 ストッパーなんてものは要は汚れ役だ。空気を読まずにキリは頬杖を突いたまま会話に割りこむ。空いた手が静かにノートパソコンを閉じた。

 

「たぶん、僕の考えは間違いだ。サンタなんていない」

 

 

 一転、言い切ったサムが冷蔵庫に向かおうとして、ディーンがそれを呼び止めた。

 

「いや、分からんぞ」

 

「えっ?」

 

「被害者は二人とも行方不明になる前に、同じ場所に行ってるんだよ」

 

 被害者の共通点。サムとキリはディーンの言葉に視線を縛り付けられた。二つの事件を結びつける手掛かり、犯人の正体が掴めない現状では大きな朗報だった。

 

「同じ場所って?二人ともツリーが750ドルもして、買いたくても買えないから森林保護区まで行ったとか?木をこっそり伐採して盗みに?」

 

「750ドルの値段でツリーを売ってるのは、クリスマス間近になったハワイくらいだよ」

 

 斜め上を行ったキリの推測にサムが咳払いを交える。いくらなんでも750ドルはぼったくりだ。論点がずれてる。

 

「親父もバーでリースを盗んで帰ってきたけど、森林保護区にチェーンソーを持ち込んで木を盗んで帰って来たりはしなかった。そんなことが出来るのはマクギャレット少佐だけだ。それで、被害者はどこに?」

 

「行けば分かる」

 

 ディーンの手の内でインパラの鍵が揺れた。

 

 

 

 

 

 ーーサンタ村へようこそ。高く掲げられた木の看板を静かにサムは見上げた。元気に駆け回っている子供たちとトナカイやサンタの仮装をするスタッフたち。一目では数えきれない人数の子供たちの声があちこちから聞こえてくる。家が密集した場所は子供たちの賑やかな声に満ちており、木に釘を打ち込んで繋がれたトナカイを模した作り物やリースを始めとした飾りがあちこちに見られる。ポケットに手を入れ、仏頂面で歩いている三人には悪い意味で浮いていた。

 

「案外、お前の言ったとおりかもな?」

 

「いや、悪いサンタなんていない。僕とキリがどうかしてた」

 

「いたら奇跡だ。どうせなら俺たちもやってみるか?」

 

 

「サンタやトナカイの仮装なら俺は抜けるよ」

 

「違う。クリスマスさ。昔やったみたいにさ」

 

 笑って話してかけるディーン。微かな笑みで誤魔化すようにサムが首を横に振る。

 

「嫌だよ」

 

「なんで、ツリーを買ってこよう。三人でやれば派手なクリスマスになる」

 

「僕にとってクリスマスは嫌な想い出しかない。やるならキリと……」

 

「俺も嫌だ。そんな気分じゃないよ、悪いけど」 

 

 一歩歩幅を遅らせ、二人の背中を突いて回るようにキリが歩くペースを変える。

 

「なに言ってるんだ、楽しかっただろ?」

 

「誰の子供の頃を言ってるんだ?」

 

「なあ、やろうぜ」

 

「いや、僕はーー嫌だ」

 

 それ以上の論争は続かなかった。普段は見ることのできない真剣なサムの表情はどこか痛々しい。理由に心当たりがないわけじゃない、だが口にするような理由でもない。ディーンにとっては、これが最後のクリスマスになる。一年後には悪魔の取引の代価として地獄の猟犬が魂を回収するためにやってくる。取引に応じた人間を地獄に送り届ける使者として。

 

「ごめん、電話だ。ちょっと外すよ。二人は引き続き手掛かりを調べといて。たぶん、別のハンターからのバットシグナルだ」

 

 折り畳み式の携帯を開き、キリが一歩後ずさる。訝しげなディーンにサムの指摘が続く。

 

「別のハンターってボビーからの要請?」

 

「そんなところ。兄貴たちだけでも大抵の狩りはなんとかなる。俺がいなくてもね。向こうでの話がついたら連絡するよ。足はどこかで適当に見つける」

 

『良きクリスマスを』ーー着飾った台詞でキリは背を向けた。追いかけるにも早足で携帯を提げたまま、彼の背中は遠ざかる。気味の悪い疑心を抱えて、ディーンは携帯を開いた。

 

「ボビーに確認するか?」

 

「いや、今はやめとこう。何かわけがあるさ。僕らは目の前の仕事を片付ける」

 

「ああ、そうするよ」

 

 被害者の足跡を辿る。別れたサムとディーンは村の奥地へ。単独行動で離れたキリは村の入口の前に踵を返していた。コールした番号は非通知、電話帳にも登録できない特別な番号。三回目のコール音で電話が繋がったと同時に、背筋に冷たいものが走った。刃物に背中をなぞられる、イカれた表現でもまだ生温く感じるほどの悪寒。この世に生を受けた生き物が出せる気配じゃない。

 

「クリスマス気分には早いんじゃない?」

 

 携帯電話を通して聞こえる声、そして生の肉声が同時に重なった。暴れる心臓を押さえつけて、不要になった携帯電話を閉じる。いつから背後にいたのか。いや、いつ背後に現れたのか。振り返ると、その女は腕を組んで此方を見据えていた。ブロンドの髪をうっとおしそうに手で掻きあげると、大きな瞳が徐々に不機嫌な眼差しに変わっていった。

 

「うざい。なにか喋ったら?」

 

「一言も喋ってないのにうざいのはおかしいだろ。悪魔のラブコールに呼び出された人間の心境を語ってやろうか」

 

「ふーん。あれがラブコールに聞こえたのね」

 

 女はキリをからかった。言葉で、そして白目すら真っ黒に染まった『悪魔』の瞳で。ルビー、後に幾多の悪魔を殺すことになるクルド族のナイフの最初の持ち主。後に魔王の檻を開いた女。後に飛ばされた別の世界でサムと婚約を果たしていた女。メグ、クラウリーに並んで縁を紡いだ悪魔。

 

「用があるのは俺じゃなくて兄貴だろ。悪趣味な硫黄の匂いを振り撒きやがって。いい加減、実家に戻ったらどうなんだ?」

 

「今日は挨拶よ。サムじゃなくて、あんたへの挨拶」

 

 

「お前が興味があるのは兄貴だろ。七つの大罪を相手にしたときのことは感謝してる。味方についてくれたこともな。だがお前は悪魔だ。多少は変わっていても悪魔ってことは変わらない」

 

 メグには気を緩めたところで足をすくわれた。警戒心を緩めるつもりないが、不運にも確信を突かれた。

 

「一人で来たってことは話し合いに応じる気はあるんでしょ?その気があるならとっくにやってる。首を折ってお仕舞い、言ってること分かる?」

 

 人差し指を持ち上げ、くいっと横に曲げる動作を目の前で見せられる。不気味なジェスチャーが絵空事でないことは不運にも理解できた。その気になれば指の動作一つで人の首を捻れる、それが連中だ。目の前の女に明確な敵意はない、少なくとも今の時点では。鏡越しになるように女を真似て、キリも腕を組んだ。話を聞いてやる、そのつもりで彼女の言葉を待つ。意図的に作った不敬な態度にルビーは小さく溜め息を置き、普通の人間さながら肩をすくめた。行き交う子供には一瞬たりとも目を移したりはしない。

 

「変えて仕切り直しましょう」

 

「なにを?」

 

「場所よ、場所。クリスマス気分の頭で会話されたらこっちが迷惑なの。近くのダイナーで仕切り直し」

 

「注文が多い悪魔もいたもんだな、クレーマかよ。マジキーンを見習え」

 

「あの悪魔も我が儘でしょ」

 

 キリは目を丸くする。彼女が知っているとは思ってもみなかった。悪魔もドラマを見る時代、もしくは借りている器の記憶を覗いたのかは定かではない。覚束無い足取りでキリは最寄りのダイナーを訪ねた。前のテーブルに座るのは外見はブロンドの美人だが、中身は地獄の門から飛び出してきた悪魔。それを知るのは自分だけ。

 

 普通にコーヒーをオーダーして、普通に運ばれてきたコーヒーを彼女は受け取った。店内にはカウンター席を含めて複数の客がいるが、目の前の女が悪魔だと警告を促して、その何人が信じてくれようか。狂人の戯言と一蹴されるのは想像に難しくない。警告すら満足にできない相手と日夜戦っている、自虐的にかぶりを振りたくなった。最高だ。

 

「どうして俺に挨拶なんて洒落た真似を?悪魔に感謝されることはしてないし、お近づきになりたいと思ったこともないんだが?」

 

「頼みがあるから。一年後、お兄さんはサムの傍からいなくなる。それまでに一人で戦えるようにサムを鍛えないと。貴方にも協力してもらう」

 

「……断る」

 

 ばっさりと言い切り、視線を明後日の方向に向けた。

 

「一つ、俺はディーンを地獄にやるつもりはない。近づく猟犬はかたっぱしから殺す。二つ、サムを一人で戦わせるつもりはないぞ。俺とボビーがいる。三つ、お前が何を考えているのかは知らん。だが、よからぬことに繋がってるのは分かる。要はーー答えはNo.だ」

 

「現実を見たら? 敵対するより友好関係の一つでも築こうとは思わないわけ? 形でも良い返事をして、様子を見てから考えるとかないわけ?」

 

「ないな、あんたは頭が良い。それに力もある。一歩間違えたら破滅に直結だ。今すぐに悪魔払いしないだけでも善処してるよ。目の前にプラスチック爆弾を置かれて黙ってるんだからな」

 

「じゃあ、そこに付け足しといて。爆弾は爆弾でもモーションセンサー付き。選択肢を間違えればあんたの言うとおり、破滅するかもね?」

 

 コーヒーを飲みながら、呑気な警告だった。彼女のお目当てはサム、そのために外堀を埋めにやってきた。それが呼び出された理由のすべて。自分が思っている以上に悪魔は暇らしい。それとも水面下で動くことに徹しているのか。分かることは、この女は水銀スイッチを内蔵した爆弾。解体するにしても一筋縄ではいかない障害であること。なにを考えているのか、それ以上に最終的になにを目指しているのかが鍵だ。

 

「協力関係は結ばない。だが、俺からも手出しはしない。それが結べる最大限の関係だ」

 

「善処してそれ?」

 

「最大限のな」

 

「分かった、話にならない。今の段階で貴方に何を言っても無駄なのは分かったわ。無駄なことはやらない。それで、あの辺鄙な場所でなにやってたわけ?」

 

 頼んでいたサンドがやってきたのと質問はほぼ同時だった。

 

「狩りだよ。誤魔化しても見破られるだろ。先に話しておくと事件の調査。それだけ、納得したか?」

 

「あの辺鄙な場所に何を調べに行ったのか。そこを答えてくれると納得するんだけど」

 

「口が軽いと女に嫌われる。事件を調べに行ったんだよ。悲惨な事件」

 

 悪魔に狩りの内容を逐一話すつもりはなかった。誰でも身から出た錆は、遠慮したい。サンドをほおばり、返答する気のない意思表示とするがルビーは気にもしていなかった。咀嚼していることも躊躇わず、追加の質問が投げられてくる。

 

「あんな場所にまで出向いてるってことは、クリスマス、それともサンタクロースに関連した事件?まさかサンタを追いかけてるなんて言わないわよね?」

 

 ……追いかけているのは悪いサンタ。つまり、半分は正解みたいなもの。サンドを持った手を止めると、ルビーが半信半疑の視線を向けてきた。

 

「……それ本気?」

 

 悪魔に同情される気分をどう表すべきか。飲み込んだサンドの味がしない。

 

「半分だけな。ここの代金って……」

 

「奢らない」

 

「分かってるよ。で、半分本気だったらどうする?サムに目をかけてるのも見込み違いかもな?」

 

「飛躍しすぎ。でもサンタを追いかけてるのは正気じゃないわね」

 

 両手を組んで、細く歪められた目が蔑んでくる。

 

「サンタについての伝承はあちこちにある。人を殺して回る悪いサンタがいるかもしれない」

 

「クリスマスにサンタが人を殺して回ってる。ねえ、普段からどんな物を食べてたら、そんな間抜けな考えができるようになるわけ?」

 

「ベーコンチーズバーガーだよ。たまにブリトー。間抜けかどうかは調べてみないと分からない」

 

「分かるわよ、クリスマスに人が殺された。そこからサンタに行くのが前提として間違ってる。そもそもクリスマスはどこの文化?」

 

「どこって、キリスト様だろ。クリスマスはキリスト様の誕生日なんだから」

 

「違う。クリスマスは異教徒の伝統行事。キリストが生まれたのは秋で、教会が異教徒の冬の祭りを横取りしてクリスマスと名付けた。薪の形をしたケーキも赤いサンタの服も異教徒文化の名残から来てる」

 

 憐れみ半分で語られた言葉は続く。

 

「あんたが追ってるのはサンタじゃない。大体の検討はついたわ。殺された人間の家はクリスマスの飾り付けの真っ只中だった。どうなの?」

 

「あ、ああ。俺は見てないけど、サムからはそう聞いてる」

 

「敵は異教の神。サンタじゃないわ。古い文化に縛り付けられてる連中」

 

 半信半疑だった。キリは険しい表情で眼前の悪魔を一瞥するが嘘を言ってる様子じゃない。自分の考えを淡々と述べ続けた、本当にそれだけのことに思える。運良くウェイトレスに頼んだコーヒーが、間を置くようなタイミングでテーブルに差し出された。

 

「異教の神がなんで……いや、異教徒文化の風習か?」

 

「そうよ。コーヒーの糖分でちょっとは頭が回ってきたみたいね」

 

 自分がコーヒーを飲み干して、ルビーはちらりと道路の向こう側にある家を見た。クリスマス間近、家の庭先を御夫婦と思われる男女が協同で飾りつけをしている最中。

 

「異教徒文化の風習にシモツケソウを使った話が出てくるでしょ。シモツケソウは魔力がもっとも強いとされる草。異教徒たちはその草を使ってリースを作った。神への生け贄として」

 

「ああ、思い出したよ。神に捧げる生け贄の目印か」

 

「そのとおり。神は草に惹かれて立ち止まり、その近くにいる人間を食らう。カリスマ主婦を気取った女たちがリースを飾る行為は『私たちを殺して』ーーそう書いた看板を家の前にぶら下げておくようなものなの。玄関か暖炉の上にでも飾ってたんでしょ」

 

 ……キリは静かに両手を上げた。まるで見ていたような口ぶり。犯人は悪いサンタって言われるよりも遥かに説得力がある。被害者の家を捜索すればリースの一つや二つ、転がっていても不思議じゃない。

 

「腹を空かせた神様が行事を建前にして、御馳走を食べにやってきた。煙突の上から。笑えないな」

 

「かつては当たり前の風習だった。生け贄も今と違って、選び放題だったはずよ」

 

「今は違う」

 

「だから、餓えてる。12月の終わりなのにミシガンは雪すら降ってない。気候は温暖そのもの、誰も変に思わなかった?」

 

 窓の外に広がるのは季節外れの暖気。12月のミシガンなのに雪も降らず、異常なまでに空気は暖か。

 

「変だな、かなり変だ」

 

「ーーホールド・ニカーよ。冬の祭りの神。生け贄の代わりに暖かな気候をくれる。まだ満足してないなら、今もおかわりを探してるんじゃない?」

 

 つまり、冬至の神。ブラインドの開いた窓から晴れた空を見上げて、目を細めていく。ブロンド悪魔の見立ては悔しいほどに説得力に溢れていた。

 

 

 

 

 




ようやくルビー本人を出せました。シーズン3のルビーは味方の印象が強く、シーズン4の彼女は裏で暗躍している印象が強いですね。ツリーが買えないから、森林保護区から木をタダで盗む元軍人…

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