哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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Wayward

 

 

 

 

「それなに?」

 

「フィッシュタコス」

 

「つまりなんて魚なの?」

 

「海で泳いでるやつ」

 

「なんだか分からないのによく食べれるわね、釣り餌の残りかもしれないわよ?」

 

「心配ない、後ろにいた客が言ってた。彼は鉄人シェフだ」

 

 サムとディーン、パリッとしたスーツとお決まりの偽名で捜査官になりすました兄二人との思わぬ再会と家宅捜索を経て、郊外にある葉の落ちたオーク(楢の木)の前にインパラとカマロの黒塗り二台が並んだ。

 

 鉄人シェフ作のフィッシュタコスは文句のつけようがないんだが、たまにサムに似て食に健康志向が入る夾竹桃先生は首を傾げてくる。

 

 

「雪平、さっき朝食代わりにパイフェスで食べたばかりよね? なのにもう電池切れ?」

 

「あれは朝食じゃなくて」

 

「11時のおやつ?」

 

「俺は食べ物のありがたみを知ってるんだ。これまでの経験からな」

 

「貪り食ったら有り難みもないでしょ、気付いたら冷蔵庫の中のゼリーやヨーグルトがごっそり消えてる──Touche」

 

「Touche? もしかしてフェイシングみたく今ので一本取ったって? でも自分で言うのはおかしいだろ、それは取られた俺が言う側だ」

 

 

gotcha(分かったわ)

 

「ゲロッパ?」

 

「言ってないから。何がゲロッパよ」

 

 

 とまぁ、それはさておいて。

 深夜に冷蔵庫を開いてみろ、なんだってご馳走に見えてくる。

 

 あと朝方に早起きしたとき、なんか食ってもう一回ベッドに行って二度寝することの幸福感。あれは堪らないね

 予定の時間より早く起きて、冷蔵庫のゼリーを食べてまだ時間あるからもう一回寝る。キンジと神崎には睡眠サイクルが狂ってるって酷評されたがあれはクセになる。

 

 カマロのドアを背にいつものように横並びでやりあってると、案の定怪訝な目が二人分。少ししてからディーンが「見てらんねえ‥‥‥」とかぶりを振った。

 

 

「じゃれ合いは継続中だな。飼ってる猫同士がよくやるあれだ、俺のほうが偉い、私のほうが綺麗って小競り合い」

 

「ああ、本気の悲惨な喧嘩じゃない。彼女はキリの冷蔵庫の中身がどうなってるか知ってるんだからね。居着いてるよ」

 

「あんなの毎日見せられたら堪んねえ。フルハウスに出てくるステファニーとDJの喧嘩を派手にしたバージョンさ、たまに見るので十分」

 

 数歩歩けば手が届く、この距離だ。最初から最後まで全部聞こえてる。そのセリフ、そっくりそのまま2人に返せるんだぞ。俺と夾竹桃に言えた立ち場か。

 ロウィーナ曰く、二人こそ暑苦しいメロドラを日夜仲良く繰り広げてるじゃないか。

 

「てか、立ち位置的にステフとDJはそっちじゃねえのか? しょっちゅうやり合ってるし、一番上と真ん中だ。警告しとくが部屋のなかに馬を入れるなよ、尻尾だけでも駄目」

 

「あの回はまるで竜巻よ。最後は感動がやってきたけど、前半はものすごく気まずい事故を見てる気分」

 

「だから見逃せないってこと。構成を考えた制作側の勝利だな」

 

 長女のDJがお友達のキミーと馬を手に入れて、自分の部屋に連れ込む回。無茶苦茶だよな。

 タナー家にドタバタに議論してると、ディーンが「そこまでだ」とやんわりかぶりを振って話を戻す。

 

「この際フルハウスでもビッグバンセオリーでもなんでもいい。頭数は揃ってるんだ、ドラマみたいにパパっと解決しよう」

 

「子供は拉致、母親は無事だが舌を抜かれた。確か前にも見たことが‥‥‥」

 

 そこでサムは言葉を切り、インパラのボンネットの上で捲っていた親父の手帳のとある1ページをEnterエンターキーさながら指で叩いた。

 

「あったよ、これだ。77号線の連続誘拐、最後に起きたのは86年、親父が追ってた」

 

「待って、77号線‥‥‥」  

 

 俺も夾竹桃から借りた黒ペンでカマロのボンネットに広げた地図に線を引く。

 オハイオからカンザス、そしてテキサスまで1000マイルを越えて州から州に繋がる道だ。

 

「現場はアクロンとカントン、イースト・スパータ。決め手は見つからなかったが目撃者が絵を描いた」

 

 サムが見せるページには典型的な骸骨、ドクロのマスク。さっき警官が見せてくれた被害者の母親が描いた絵と瓜二つ。

 

「こんな状況で偶然ってことはないよな。その事件も子供は連れ去られて、大人は喉を切られて血を抜かれた?」

 

「あるいは舌を抜かれた。これは親父がやり残した狩りだ。だから俺たちに回ってきた、()()()()()ことを()()()()ってことさ」

 

 

 神妙な面持ちでディーンはそう言った。

 それは、もうずっと昔みたいに思える白いドレスの女を祓ったあの夜の、すべてが動き始めたあの夜に聞いたのと同じ言葉。

 やり残したことを引き継ぎ、悪霊や怪物を狩る。あの頃は、それが親父が遺したメッセージだと信じてがむしゃらにただ走った。それ以外の道は見えなかったからな。

 

 久々に聞くことになった因縁の言葉にどこか懐かしさを覚えながら俺は広げられた手帳、今は亡き親父の遺品を目を傾ける。

 ‥‥‥親父か。親父は俺たちがルシファーを檻に叩き落としことも母さんが生きてることも知らない。

 

 もし何かの間違いで、そう、たとえ数時間でも親父と話ができて、母さんと家族みんなで食事とかできたら──って、有り得るわけないか。夢幻だよな、そんなの。

 

 

「親父は手抜きを嫌った、出くわしたからにはちゃんと根本まで叩いてやろう。二度と起き上がれないように」

 

 20年以上経って性懲りもなく表に出てきたのが運の尽き、サムとディーンに俺と夾竹桃まで加わった、つまりおしまい。今回でイカれたパーティーはおしまいだ。

 

「『クローザー』な武偵の方の勘はなんだって?」

 

「喉を裂いて血を吸う、舌を抜く。スプラッタームービーにかぶれたヤツの犯行じゃないとすると──」

 

「吸血鬼よ、ドクロのマスクをした吸血鬼。体に魔臓を持ってない吸血鬼」

 

 夾竹桃‥‥‥まぁ、俺がディーンに言おうとした答えも大体それだ。一番可能性があるのは吸血鬼、一定のスパンで移動しながらその都度巣を作るタイプだな。

 

 けど魔臓を持ってる吸血鬼はヒルダとぶち込まれてるブラドくらいだろ。母親の方は‥‥‥よくよく考えるとヒルダは父のブラドのことはともかく母親の話はしない。

 

 元UKの暗殺者ことケッチから聞いたところによれば、ヒルダの母親でブラドの妻はルーマニア国立加齢科学研究所に属していて名前はマーリア──研究員らしい。

 ヒルダがシャーロックの行なっていた緋色の研究を引き継ぎ、玉藻が驚くところまで独自で研究を進めていたのもそう考えるとある意味納得か。

 

 駄目だ、ヒルダのことから離れよう。

 ここで逸れないと、頭の中にあの超音波みたいな高笑いまで聞こえてきそうだ。

 

 

「被り物なんかなくてもこの連中はモノホンの立派なモンスターなのにな。ただの猟奇犯なら美しきコロラドのフローレンスにある連邦刑務所にご招待だが、この連中は猟奇犯がどうこうのレベルじゃない。頭のイカれ具合はブラドを飛び越えてアバドン並み、吸血鬼だとしたらエルキンスを襲ったのと同レベルの節操なしだな」

 

「コルトの借りがある。エルキンスの意思も親父と一緒に引き継ごう。前の事件と同じ連中ならパターンがあるはずだ」

 

「そうね、このパターンで行くなら次に狙うのはカントンよ。ターゲットは家族連れ?」

 

「郊外に住む家族を狙うそうだ、周りに民家がない孤立した家で子供は5歳から10歳の間。当てはまる家族を探そう」

 

 言い切ると同時に、サムが手帳を静かに閉じた。

 作戦は決まった、ターゲットになりそうな家を探して夜に襲ってくるのを待ち伏せする。

 

「一人でも捕らえたら巣の場所を吐かせる、こっちは苦労しなさそうね。クローザーがいる」 

 

 クローザー‥‥‥この場合は、野球の抑えの方じゃなくて尋問をテーマにしたドラマの方だと思うんだけど‥‥‥

 

「俺、実はあのドラマあんまり見てない‥‥‥」

 

「‥‥‥えっ?」

 

「おい、マジかよ。名作じゃねえか」

 

 まさかのディーンが反応する。

 夾竹桃と二人仲良く信じられないって感じで目を大きくさせる。息合ってんじゃん。サブカルチャー好きだもんな、おたくら。

 

「サミュエルは?」

 

 夾竹桃の薄紫の瞳が向くが、

 

「‥‥‥僕も最初のシーズンしか見てない」

 

「ほら来た、2対2だ」

 

 ‥‥‥狩りの話をしてたはずが一体何の論争をやってるんだか。

 あとは夜に備えるだけ、それぞれ車に戻ろうとしたところで見慣れた‥‥‥見慣れた白のSUVがこっちに徐行してきた。

 ディーンとサムもどっかで見たような‥‥‥そんな顔してるが俺は、知ってる。あの遠目でも分かる引っ掻いたようなリアの傷とか、親近感すら覚えそうな凹み具合は間違いない。

 

 ‥‥‥クレアとアレックスがぶつけまくった傷だからな。  

 スーフォールズからまたもや長旅か。一足先に俺が出迎えちまおう。ああ、マジか‥‥‥!

 

 

「保安官、久しぶり。スーフォールズから随分と遠いけどどうしたの?」 

 

「昔の知り合いに用があって来たんだけど、見覚えのありすぎる車が泊まってたから──そしたら会いたくない二人ともうとっくに日本に帰っちゃった二人の顔を見かけた。どうしてアメリカに?」

 

「あー、一時帰宅? 話せば色々と長くて。俺もあっちの彼女とたまたまオハイオに寄ったらたまたま見慣れた顔が聞き込みしててこの流れ」

 

「いつも通りってわけね、思わぬ再会」 

 

「まあ、そういうこと。思わぬ再会がデフォルトになっちゃってるから。はぁ‥‥‥ジョディ、元気そうで何より」 

 

「そっちもね。あーらー」

 

 なんだよ、夾竹桃の方見てにやついて。前にドナがやってたのとおんなじ反応だ。

 

「保安官、スーフォールズからの長旅お疲れ様。ところでその顔は? 私、なにかやっちゃった?」

 

「いや、たぶん何もやってない」

 

「ねえ、キリ。その、彼女との関係は良い感じなの?」

 

「あー、たぶんいい感じ? 出会ってから一年のクレアとアレックスくらいかな」

 

「‥‥‥」

 

「母親特有の娘のことになると急に真顔になるの辞めてって」

 

 挨拶とセットの軽いハグで出迎えた彼女は、スーフォールズを守ってるミルズ保安官。夫と子供を早くに亡くしながらも、保安官とハンター、そしてじゃじゃ馬娘の保護者をこなしてるタフな女性。

 

 逞しそうな見た目からもう只者じゃないって感じだが実際、訓練された暗殺者や怪物の群れを返り討ちにする末恐ろしい保安官だ。スーフォールズの平和は安泰。

 

 私服ってことは本当にオフに知り合いに会いに来たってことか。オハイオまでよくやるよ。クロノスの話をした途端に再会とはなァ。

 

「会いたくなかったお二人さん、サム、ディーン。思わぬ再会が続いちゃった?」

 

「ああ、さっき振りに」

 

「またもや頼もしい援軍が来ちまった。やぁ、ジョディ元気だったか」

 

「あなたたちの周りに比べたらスーフォールズは何倍も平和」

 

 

 俺だけじゃなく二人との親しげなやり取りには、付き合いの長さが出てる。知り合ったみんなが次から次に欠けていく日常、その中で保安官とは‥‥‥もう家族同然の付き合い。

 

 頼って、助けられ、思わぬ再会にも気が緩む。

 特に俺の場合は二人より少し恩義があって、ああ──そう、それはとても大きな借りで。

 

 アレックスと、クレアを見守ってくれて帰る居場所を作ってくれたこと。本当に感謝してる。

 

 黒の革ジャン、影をちらつかせるややくすみがかったブロンドと強気な笑みは、何年経っても変わらなくて、すごく安心する。

 

 

「──ちょっとなに。なんかあった? いきなり大袈裟なハグしちゃって」

 

「デカくなったな、また背も伸びたか? アレックスとそんなに差もなさそうだ」

 

 

「ちょっと頭撫でないで。いつまで子供扱いするわけ? もう二十歳はとうに超えてるんだけど」

 

「子供扱いはしてない、ただ会えて嬉しいだけ。どこに行ってもお前は危なっかしいから、元気にしてるって分かっただけで嬉しいんだよ」

 

 けど、やっぱり背伸びたなぁ。

 施設にキャスと迎えに行ったときからかなり伸びてる。まあ、あれから何年も経ってるし。

 

「やっぱ派手なアイライナーも強気アピールのオールバックも似合わないな。今の方が絶対いい」

 

「それもう3回は聞いてるかな。いつも通り一つの意見として覚えとく。おかえり、キリ」

 

「ただいま、クレア。一時帰宅だけど」

 

「だと思った」

 

 

 そしてクレアは笑う。

 施設に迎えに行ったときの、まだ髪を下ろしていなかったあの頃よりもほんの少し、柔らかくなった笑みで。

 

 クレア、本当に大きくなったな。

 正直昔は、あのままアウトロー真っしぐらに進んだらどうしようと思ったけど‥‥‥あの時の俺に会えるなら是非とも安心の言葉を送ってやりたいね。

 

 

 再会してすぐ、らしくないことばかりが頭をよぎっていく。

 母親を失い、ハンターになると言い出したクレアと一緒に、数え切れないくらい狩りをした。本土のあらゆるところを巡って、一緒に血まみれになった。

 

 危なっかしいお前は、誰かの命を救うためなら容赦なく傷だらけになって、ガラスを突き破ってシフターを追いかけたときはヒヤヒヤしたよ。何回も、本当に、ヒヤヒヤした。

 

 それが俺の、罪悪感とエゴであっても、今のお前が元気で居てくれて本当に嬉しい。

 

 

「キリ?」

 

「悪い、もうちょっとだけ」

 

 大袈裟と言われても、俺は‥‥‥怪訝に見上げてきたクレアの体を抱き締める。ごめん、クレアもう少しだけ‥‥‥

 

 大袈裟だよな、分かってる。でも今回だけ。

 今回だけと言い訳して俺は押し通す。

 もしかするともう────お前とこうやって会えるのはこれが最後かもしれないから。

 

 

 

 






保安官、終盤だけどようやく登場。
作者は普通に好きでした。
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