「正直信じられない。いつもなら知り合って間もない相手には問答無用で噛みつくクレアが、夾竹桃相手にはマンチカンみたいに敵意なしにすり寄ってる。まさかのミステリーだぞ保安官」
「彼女の描く漫画のファンだからよ。アレックスもペイシェンスも」
「揃いも揃って全滅か、漫画の力は偉大だな。でも確かにあいつの画は達者で話も斬新だ、たまに実話に基づいてるし」
「ディーンはどうなの? たしか日本のアニメが大好きって言ってなかった? そう、えっちなやつ」
「うん、えっちなやつね。ビンゴ、個人的にいかがわしいイラストを描いてもらってはしゃいでた。ジャパニーズアニメーションの神髄を見たとかなんとか、そこまで言うか」
空から降りていた陽光は完全に消え、一面が暗闇に包まれた真夜中。
これまでのパターンから次に狙われるのはカントン、そして郊外に住む周囲から孤立した家族連れの家と狙いをつけた俺たちは、3台の車で手分けして候補になりそうな家を別々に見張ることにした。
サムとディーンのお決まりコンビ、夾竹桃とクレア、そして俺と保安官はSUVで今もこうして張り込みの真っ最中。
窓から明かりが溢れ、夜更かしする子供の声が聞こえる一見どこにでもありそうな家をジーサードリーグから頂いた携帯カメラ内蔵の双眼鏡でベテラン保安官と仲良くお仕事ってわけだ。久々の再会で積もる話もしながらな。
「あの二人、案外相性がいいのかもな。ディーンは美人に弱いし、あいつは無駄に美人だから」
「ふーん、それって10段階からいくつくらい?」
「11くらいかな。‥‥‥いくつって言ったらそのにやついた笑みを消してくれる?」
「切り出したのは貴方でしょ、無駄に美人じゃなくておとなしく美人って言えばいいのにひねた一言を付けちゃって。私が言う必要はないと思うけど優しい子よ、私にだって分かる。日本に帰ってからもクレアと通話したりネットでゲームしたり、最近は一緒にオンラインのライブを見たって」
「ほんとに? やり取りしてるのは知ってたけど想像以上に仲良しだったな。ライブはともかく、クレアがネットでゲームって‥‥‥へぇ」
「ネットにはいろんな意見も危険も潜んでるけど、人と人が本当の絆を結ぶこともある」
さすが保安官、言葉の重みが違う。
特にジョディの、保安官としても人としても色んな物を見てきたからこその説得力に満ちてる。サイバー犯罪が蔓延る今の世の中じゃ胸に染みる言葉だな。
久々に再会しても保安官は保安官、クレアと同じで何にも変わってなくて旧友に会えた喜びだけが胸を撫でていく。
ハンターはいつ死ぬか分からない仕事、再会を約束した相手から次にかかってきた電話が身内からの葬儀の誘いなんてことは一度や二度じゃない。だから再会できるってのはとても、喜ばしいことなんだ。
どっかのガースは、再会したら女を作ってオマケに狼男になってたけど。正確にはライカンスロープ。
「絆か‥‥‥俺には高尚な言葉すぎて分かんないな。分かりあったと思ってたら全然そうじゃなくて、背中を切りつけられたり後ろ足で砂をかけられたり、実際こいつはどこまで自分に信頼を置いてくれてるのかって疑うわけじゃないけど考えたりしたこともある」
「うわぁ、理屈っぽい。そんなのキリらしくない」
「らしくないってなんだよ。いや、毎回そんなことを考えてるわけじゃないよ? ただ日本に行ってからさ、首を奪い合ったり一触即発で紆余曲折ありまくったヤツと手を組むことがありすぎて」
頬杖をついて暗がりでも分かる薄ら笑いと一緒にこっちを伺うジョディに、かぶりを振って俺はなんていうか弁解モード。まるで取調べを受けてる気分だ、だから最後は白旗を振るつもりで聞いた。
「そんなに理屈っぽいかな?」
「私の知ってるキリ・ウィンチェスターはひねくれてるけどそこまで何にでも理由を求めるほど理屈っぽくなかった。貴方たちとはもう出会って随分経つけどいつだってお互いがお互いを助け合ってる。家族は理屈抜きで守る、理由はいらない──世の中、理屈も理由もいらないものだってある」
「‥‥‥なあ、ジョディ。分かり合うってことに理屈はいらないのかな?」
「ええ。みんなそうあってほしいって希望を言ってるだけなのかも」
「無責任な奴らだな。でもその方が楽しそうだ」
隠すことなく、今度はちゃんと笑みを向けられた。
分かり合うことに理屈はいらない──絆ってのは俺にはちょっと高尚な言葉だけど今の保安官の言葉はとてもいい言葉だと思う。心から。
「ふっ‥‥‥」
「なに? 張り込みはまだまだ耐久戦よ?」
「いいや、考えてたんだ。ジョディがいなかったらリヴァイアサンが漂白洗剤で火傷するなんて気付かなかったし、UKの賢人のマヌケ共への逆襲もうまくいったかどうか、だから‥‥‥ありがとう。クレアとアレックスのことだけじゃなくて、初めて出会ったあのときから今まで一緒に無茶な戦いに付き合ってくれて」
「お礼なんて。もうとっくに割り切ってるわ、ボビーとあなた達に出会ったあの日からね」
逞しいお返しで。
ファンタジー映画に出てくる国の再建に燃える誇り高き兵士みたいだな。いや、兵士じゃなくて日夜犯罪者から誰かを守る保安官だが。
「──メールだ。サムとディーンが張ってた家がビンゴ。一匹捕らえたらしい」
「待ちぼうけもここまでね。単なる変態の猟奇犯だったってことは?」
「そっちはそっちで厄介だけど、ただの猟奇犯なら死人の血でダウンしない」
「ビンゴってことね、犯人はヴァンパイアの団体」
ジョディがシートベルトを締め直し、エンジンをかけなおす。よりによってディーンに捕まるとは運がない、一番最悪な形で煉獄行きだなざまあみろ。
「着く頃には全部ゲロってる。夜が明けるまでには片付けそうだ」
「良かった。コーヒーを飲んで朝の会話を楽しむ余裕はありそう」
「そういうコーヒーやお茶のCM、増えたよなぁ。家族で朝の会話を楽しみましょうってやつ、野球中継の合間に5回は見たよ」
「朝の団欒は大切よ? それに朝食は1日で一番大切な食事、聖書にも書いてある」
「聖書って‥‥‥あの中身は自慢話ばっかりのバカ売れのベストセラーはアテになんないよ。でも朝にうまい飯を食う幸せについては心底同意する」
「世の中は便利になったけど人は前より孤独になった、電話とかメールじゃなくちゃんと会って話すことは大切」
「フェイス・トゥ・フェイスのコミニケーションは確かに大切だ、スナップチャットじゃ分からないこともある」
「スナップチャット? もしかしてスナップチャット‥‥‥やってたの?」
「‥‥‥再会したときより驚いた顔してるな。訳ありだよ訳あり」
「いつも訳ありだらけ‥‥‥」と身も蓋もない言葉を貰い、ジョディはなめらかにハンドルを切る。ディーンの荒っぽい発進とはまさに正反対。仕事柄かな、でもドナの運転はドラッグレースみたいなもんだったけど。
SUVが家の明かりに背を向けて反転する。あの子たちは大丈夫、これまでの傾向を見るのに複数の家を同時に襲うタイプじゃない。
「じゃあな、お坊ちゃんお嬢ちゃん。夜更かし楽しんで」
吸血鬼の巣に殴り込み、まさに本土に帰ってきたって感じだ。
俺の頭はやっぱりどうにかしてんのかな、実家に帰ってきた気分だよ。
◇
もう使われてない農場、それに廃屋と小屋を隠れ蓑に使うのはヴァンパイアがよくやる手。
今回も例外じゃなく、ディーンが吐かせた連中の巣はカントンの端も端、オハイオ出の大統領の墓所からも遠く離れた人の足が遠のく場所に作られてた。
車を小屋の手前に停め、もう使われていないはずのソレを仰ぎ見る。‥‥‥なるほど。
閉鎖された農場なのに確かに何かが潜んでるような気配がある。まだ日の出てない夜ってこともあるがかなり陰気だ。
「逃亡中の殺人犯が隠れるにはうってつけだな。ホラー映画の出だしのシーンとしては上々だ」
「ホラー映画見るの? ハンターなんて日常がホラー映画みたいなものじゃない」
「保安官もお一つどうだ、俺のお勧めは『死霊の盆踊り』。大作だぞ、クレアは30分持たなかった」
「15分でも称賛されるべき、最後まで観てたら頭がどうにかなってた。怖すぎてね」
と、こっちもホラー映画に出てきそうなモノホンの鉈を背負ってクレアと夾竹桃も歩いてくる。
現実のヴァンパイアに銀も十字架もニンニクも利かない。連中の動きを封じれるのは死人の血、退治するには首を鉈で落とすしかない。
しかし、夾竹桃が手袋を外してるのはどういうことだ? ヴァンパイアにはどんな猛毒も通用しないことくらい分かってんだろ、連中の神経に入り込んで悪さができるのは死人の血だけ。
「キリ、こっち」
ジョディがSUVの荷台に置いてあった傷だらけのケースを引っ張り出して鍵を開けると‥‥‥すごいな、ショットガンにライフル、ナイフ、銃火器と刃物のオンパレード。インパラのトランクより派手だ。
「戦争でもしにいくつもりだったのか?」
「備えあれば憂いなしって、ボビーもそう言ってたでしょ?」
「憂いなしね。アサルトライフルだって必需品だよな」
だが、今回頼りになるのはあくまでも鉈。原始的な肉を断つ刃物を抜き取ってケースを締める。
大人数でヴァンパイアの巣に奇襲をかける、アルファを捕らえときを思い出すが今回はあいつほど大物じゃない。
それに揃ってんのは全員現場慣れしまくってる腕利き、一癖ありのアウトローの集まりすぎてアベンジャーズっていうかエクスペンダブルズだけどな。
「いくぞ、野郎ども。全部終わらせて乾杯しよう、メキシコ流で」
「映画の見過ぎ」
「そう言ってやるな、クレア。あれは実際結構楽しいんだ、飲み過ぎ注意だけどな。それより最初はストレートで行くのか? それともジャブをかます?」
「油断するな、相手の数は分からない。先に攫われたみんなの無事を確認しよう。僕とディーンが先に踏み込む、後方確認と援護は頼んだ」
了解、後尾や伏兵は前衛よりやりやすい。
乾いた土を踏み、恐ろしくも静かな空気で充満した農場の一角。見上げるほどの高さと車が数十台は収容できそうな広さはある小屋へディーンとサムがご丁寧に気配も足音も残さずそれこそ幽霊のごとく踏み込んだ。
さすがに手慣れてる、そこいらの諜報科や泥棒のレベルじゃない。次に保安官とクレアが、背中を合わせて視界を殺すようにしながら俺と夾竹桃も踏み込む。
「誰もいない‥‥‥? ヴァンパイアは?」
「まだ潜んでるのかもな、気は抜くな。連中は影みたいに這い寄ってくる」
一見して、見渡してもドクロの仮面どころか人の影一つ見えず、クレアが訝しげに呟くのも分かる。
だがシフターもヴァンパイアも気付いたときには音もなく足元に寄ってくるモンスターだ。冬の夜の空気は冷たく、肌を刺すような冷ややかだが鉈に籠もる力はまだ解けない。
常に首に縄をかけられているような息の詰まる緊迫感、なんたって相手は人間の枠を逸脱してる道徳の欠片もないモンスター。こればかりはいくら援護があっても払えそうにないな。
「聞いた?」
「何が」
「このヴァンパイアの手口のこと。数年ごとに子供を二人攫って食べ物を与える、そして成長したら血を吸う。そのサイクルをひたすら繰り返してる」
無声音で背中を合わせたまま夾竹桃が言葉を投げてくる。ああ、人食い鬼が長い凍眠を越すのと同じやり口。アレックスがいなくてよかった。
言いたくないがこのヴァンパイアは、貯蓄してるんだろ。食料を。
「見つけた‥‥‥みんな無事か。よし、みんな早く出よう」
「俺たちの後ろにいれば安全だ。さ、急いで。ジョディ! クレア! みんな無事だ!」
「ええ、分かった。けどね、ディーン‥‥‥裏口を探したほうがいいかも」
「裏口なんてある?」
「ないわね」
「ないな、映画みたいに壁を突き破って出るか」
攫われていた子供たちは小屋の奥に備えられていた扉のその奥、小さな資材置き場のような空間に押し込まれていた。
サムとディーンの反応から全員無事だ、とりあえず最悪の事態は回避できたわけだが‥‥‥
保安官は言葉を詰まらせ、クレア、夾竹桃、俺が続けたのもお世辞にもいい展開とは言えないときに使うタイプの声色。
そりゃそうだ。髑髏のマスクで顔を隠したヴァンパイア、この事件の元凶がご丁寧に俺たちが入ってきた入口を横一列に塞いでる。八人‥‥‥多いな。やっぱりバレてたか、夜の散歩にでも行ってろよタイミングの悪い。
整列して出口を塞いでるのは細身から図体のでかいプロレスラー体型、兵士やアスリートみたいに鍛えられてそうなのと様々。ただし悪趣味なマスクで顔を隠してるのは全員同じ、骸骨もホッケマスクもやっぱ好きじゃない。
鉈やらバットやら鋸やら、バラエティ豊かな鈍く光ってる凶器もセットでまるでカルト教団だぜ。
「ふーん、殺気立っちゃって。食うかそれとも食われるか?」
「なら、食い方を教えるわ」
澄まし顔のクレアとどこ吹く風の顔色を変えない夾竹桃にマスクの内側から低い唸りが轟く。わざわざ出番を待ってたのに女二人にフラレてワイト軍団もお怒りみたいだ。
「まずい、低血糖だな。ワッフルでも食ってきたらどうだ?」
あの人数だ、子供を守りながらやりあうのは骨が折れる。現実的じゃない。
なんとか進路をこじ開けて子供を逃がす、そのあと大暴れして息の根を止める。
こんな分かりやすい状況なら言葉にしなくたって全員考えは一致してる、クレアも保安官も一緒に死線を歩いた腐れ縁だ、連携の練度は言うまでもない。
数では負けてるがこっちは全員が一人で数人分の首は飛ばせるレベルの腕利き、同情するぜ。
位置的に子供たちとサム、ディーンより数メートル出口側にいる保安官とクレア、俺と夾竹桃の四人が静かに前へ出る。
首の奪い合いがゆるりと始まろうとしそのとき、仮面付きの背後から‥‥‥女が歩いてきた。
他とは違い、素顔を隠してもいなければ黒いボロ布で身を固めてもいない。顔立ちだけなら20代前半、髪は後ろにまとめられ黒の革ジャンも相まってストリートやナイトクラブではしゃいでそうな立ち姿は他の連中とは違いすぎる。
「はっ、ようやく女王さまの登場か。オプションってなんかついてたりするかな?」
いつもの調子で嘲るディーンに苛立つわけでもなく女の口元は余裕めいて歪み、笑みを見せる。
──待て。この女、どこかで‥‥‥どこかで会ったような気がする。どこかで──駄目だ、思い出せない。
「‥‥‥‥どこかで見たツラだな」
ディーンの記憶にも引っ掛かった。
てことは俺の勘違いじゃない、だとしたらこの女は‥‥‥
「‥‥‥──ジェニーか?」
記憶を探っていたとき、サムのその一言で埃のかぶっていた記憶のページがめくられる。
ジェニー‥‥‥ジェニーだと‥‥‥?
「嘘だろ‥‥‥あの、ジェニーかよ‥‥‥」
「おい、マジか! 久しぶりなぁ! 高校の同級生に出くわした気分、苦手なやつに。でも元気そうだ。前より血の気がいい」
「相変わらずね、ディーン。前に会った時より顔が濃くなった? サムも」
「十年前だぞ、アバズレ女。誰だって変わる」
「けど貴方は何も変わってないわね、キリ。若返りの薬でも手に入れた?」
はっ、そっちも髪型以外は何も変わってねぇな。
十年経ってんのに一切老けてねぇ。
「あなた達、ヴァンパイアの友達がいたの?」
「あれは十年前、親父と再会したときに殺し合ったヴァンパイアの残党。信じらんねぇ、エルキンスの意思を継ぐなんて言ってたら本当に仇討ちの機会がやってきやがった」
「雪平、若返りの薬を持ってるなら言いなさい、興味があるわ。個人的に」
「んなもんねぇよ、サイエンティストに頼めサイエンティストに。小学生くらいになれるかも」
なんて再会の挨拶をやってるうちにサムとディーンも子供を連れて俺たちのすぐ後ろまで歩いてきてる。
それじゃ再会の祝いにあの革ジャンにイカしてる傷の一つや二つプレゼントしにいくか。
前回は鳩尾を思いっきり蹴飛ばされたしな。十年越しに仕返しの機会が巡ってきた、ざまあみやがれあの時よりは遥かに白兵戦の技術は上がってる、顔面についでにパンチしてやる覚悟しろ‥‥‥!
「二人とも、うまくやってよね‥‥‥!」
勇ましい、エレンやボビーが見たら絶対同じこと言うよ。じゃないと保安官なんて務まらないのかもしれないけど。
ジョディがまず殺傷圏内ーーあとに道を作るような勢いで踏み出したのを機に、前屈みでクレアが突っ込みながら鋭く鉈を振り払い、俺、夾竹桃も出口へと続く道へ疾駆。
刃物がぶつかりあう甲高い音が瞬く間に小屋を満たし、凶器を構えた仮面のヴァンパイアとの混戦──そしてジェニーとのまさかの十年越しの因縁が、ここに結ばれた。
「
「ビールをがぶ飲みしたくなるセンスのなさ?」
「はっ、それより酷いな。そのダサい革ジャンと同じくらい酷いよ」
「笑える、ものすごく。ねぇ、キリ。馬鹿野郎って呼んでいい?」
「普通、女がそういうのは二度目のデートだけどな。でもそうだな、お前は普通じゃなかったか。yippee-ki-yay、ざまあみろアバズレ‥‥‥!」
十年振りの彼女との会話もこんな状況。互いに純度100パーの敵意で溢れてる。
容赦躊躇いなく、マスクで隠れた顔と体を繋いでいる首を目掛けてマチェットを振り払う。
ああ、ひどい景色だ。みんな顔が真っ赤でやばいもんが地面に転がって────言っただろ、夾竹桃。かなめを連れてこなくてよかったよ、ホント。
シーズン1から次に登場するのが15の最終話‥誰が登場予想するのか。