吸血鬼──キンジや神崎と違い、ヒルダやブラドと出会うずっと前から俺は連中と縁がある。
初めて連中の存在を知ったのは十年前、サムを大学に迎えに行って行方をくらましていた親父と久々に再会したとき。以後、俺たちの狩りに複雑に絡んでくる
アレックスとの出会い、理子と共同戦線を結ぶ理由にもなった吸血鬼、ヴァンパイア。これから先もしつこく俺の人生に絡んでくんのかな、このマナーも何もない種族は。
「いつでも来なよ。首を落とす前に頭蓋骨を粉々にしてやるから」
膂力では圧倒的に勝るであろうヴァンパイアにも臆せず刃を振るい、傷を避け、最後にはその一振りで首を刈る。
暗いブロンドと白いクレアの肌に、真っ赤な血が化粧のように咲き誇った。
一緒に旅してた頃は本当に危なっかしかった、対峙するのと自分の命を秒で天秤にかけるくらい危うかった。
けど今は違う。アレックス、保安官、ドナ、ペイシェンス──新たに家族を持って自分の意思で狩りを続けて誰かを救ってきた今のお前は、間違いなく第一級のハンターだよクレア。
「触れなば切らん」
ま、知り合いの成長に喜んでられる穏やかな状況じゃないんだが。
逆に俺の首を横から攫うような軌道でやってくるマチェットを首ごと上体を逸らすようにして、払われる刃の下ギリギリへ首を逃がす。
ギロチンが真上を振っていくこの感覚‥‥‥無茶苦茶だよなぁ。実際、表情の見えないマスク吸血鬼も信じられないって類の声が中から漏れてやがる。
昔、似たような反応をしたヴァンパイアを見たよ。
「おい、嘘だろ。ベニーの曲芸かよ‥‥‥!」
兄貴とキャスも見せてもらっただろ、煉獄でベニーに。
本当に、飽きるくらいにさ。
‥‥‥なあ、ベニー。分かり合うのに理屈はいらないそうだ。だから俺たちが分かり合えたのも、別におかしいことでもなかったのかもな。
「あばよ、ライオンキング!」
煉獄で何度もやったように、
これまでの狩りで何度もやったように、
回避の動きをそのまま鉈を一閃。カウンターの一振りで目の前の吸血鬼の頭を叩き落とした。
「ライオンキング? ジェイソンじゃなくてライオンキング?」
「ドナが昔言ってたんで。来るぞ、夾竹桃!」
さすがイ・ウーの残党、ヴァンパイアのふざけた膂力で振るわれるマチェットをこっちもふざけた反応速度で紙一重で捌いてる。
それだけじゃない、やりやがったな‥‥‥不意に夾竹桃の目の前で乱れていた刃の嵐がやむ。
抜け目ない。どうやったのか知らねえがヴァンパイアの動きを止める死人の血をいつもの毒の爪に仕込みやがったな。
って、感心してる場合じゃねぇか。
側面から抉るように薙いでくる新手の刃をややノックバックしながら受け、ルビーのナイフを額目掛けて投げ入れる。
クルドのナイフでも致命傷にはならない、だが額に差し込まれたら怯みはする。勢いのままマスクの額に突き刺さったルビーのナイフで稼いだ数秒足らずの硬直、それがそのまま煉獄への片道切符になった。
今回は頼れる援護があるからな。
数秒の足踏みを見逃さず、ジョディが不意を突くように俺の目の前で鉈を一振り。子供を先に逃がしといて良かった、こんなの見たら死ぬまで完全にトラウマもんだ。
「刃物の調子は?」
「よく切れる、貴方のパートナーは?」
「もっと切れる。あいつの爪はナイフより鋭い、それに毒付きだしな」
時間が経つにつれ、継ぎ目なしに響いていた剣戟音も刃物のぶつかる感覚も開き、静かになる。
視線を下げれば地面に転がってるグロテスクなマスクも最初に出口を塞いだ八つ、あとは女王さまとの因縁だけだが──
彼女と殺し合ったのはまだアザゼルと対決するよりもさらに前、あれから俺たちはルシファーやイヴ、リヴァイア、ミカエルに地獄の王子。両手の指でも足りない数の化物と戦ってなんとかしてきた。
さすがに今回はもう駄目だろう、手を尽くしてもどうにもならないってときでもなんとかやってきた。ふざけるなって今でも言いたくなるけどな。
──あの頃とは違う。
昔みたいに数での不利もない。となれば、アルファでもリヴァイアを返り討ちにするようなベニーみたいな死地を歩き続けた手練れのヴァンパイアでもない相手に、ウチの兄が負けるわけない。
「アディオス、アバズレ!」
台詞と絵面はこの上なく暴力的だけど。
◇
無事に攫われていた子どもたちを送り返し、B級ホラー映画みたいな悪夢の一夜は終わった。
思わぬジェニーとの因縁が絡んだのは想像の斜め上もいいところだが、これでエルキンスへの少しばかりの恩も返せただろう。
エルキンス、俺が話せたのはタイムスリップした先で出会った過去のあんただけだったが、あんたが見つけてくれたコルトには何度も命を救われた。まぁ、同時にトラブルの種になったのも一度二度じゃ足りないが‥‥‥感謝してる。
一夜明けて、あんなスプラッターな夜は全部夢だったんじゃないかって思うほどに空は快晴。見下ろすように注がれる陽光もまるで我関せずって言ってるみたいだ。呑気なもんだよ。
「B級ホラーにこんな快晴出てくる?」
「探せばあるんじゃないか。こんな『快晴』の空の下のカットも探せばあるかもしれないぞ。つか、昨日のはそもそもB級を突き抜けてツッコミどころを探すZ級映画だよ」
カマロのだだっ広いボンネットに座り、クレアは愚痴るように空を仰いでいた。隣に座り、二本持ってきたラムネの一本を渡すとそそくさと背が向けられる。
「どうかしたか?」
「そんなに近く見ないでって、まだ落とせなくて血でアイライン引いたみたいになってるから」
「けばいメイクのバイカーよりマシだろ。眉もアイラインも別に派手に弄んなくても、お前なら十分男をひっかけられるよ」
「‥‥‥急にそんなこと言われると不気味。なんか頼みごとでもされるわけ? それともやばいニュースを聞かせくれる前フリ?」
「はっ、素直に褒めてんだよ。一年に一回くらいは素直に受け取れ。この世界は理不尽で溢れてて、俺が言える立場じゃないがお前はもう十分理不尽な目に遭ってきた。確かに世の中理不尽な環境を強いられるのはお前だけじゃないが、みんながみんな正しく大人になれるわけじゃない。誰も言わないかもしれないから俺が言っとく、お前は立派に育ったよクレア。お父さんも母さんも誇りに思ってる」
ああ、きっと誇りに思ってる。
俺がお前の立場だったら多少回り道をしていても今のお前みたいに真っ直ぐにいられたかは怪しいもんだからな。
「強くなるしかない、ドジはできない。でないと死んじゃうから」
「だな。怪物はいつだって容赦無し、手加減もしてくれない」
「捜査のやり方を教えてくれたのはジョディだけど、狩りのことも、戦い方も、生き延びることも、全部──キリが教えてくれた。あの頃は狩りのことしか考えられなくて、それしか拠り所がなかった」
「親を失って、拠り所にできるものだって他になかった。普通だよクレア、別に後悔することじゃない」
「そう、でも私もあの頃よりは大人になった。だから──もう遅すぎるけど一応言っとく。家族を失って一人になって、そんなときにずっと側にいてくれた。本当は狩りだけじゃなくて──ちゃんと支えになってくれたよ、キリは。今でもずっと、感謝してる」
‥‥‥
‥‥‥‥あっ、ちょっ!
「あっ、おい! どこ行くんだよ!」
「アレックスから電話、前に言ってたライブの誘いかな。それとも夜勤明けの愚痴だったりして」
「大変な仕事なんだよ看護師は。アレックスによろしく言っといてくれ、お仕事お疲れ様って」
「伝えとく」
いたずらっぽく、それはそれは売れ始めた女優のような綺麗な笑みをくれてからクレアは後手を振って歩いていく。
‥‥‥拠り所になってくれてたのはこっちだよ、クレア。
みんながみんな早死にして消えていくのが俺たちの人生で敷かれたレール、そんななかで間違いなくお前の存在は俺には大きかった。だからお互い様さ、俺だって感謝してる。
「お別れのスピーチは終わった?」
「ま、そこそこいい感じで。悪いね、現場の片付けまでやってもらって」
「気にしないで。トランクにやばいものを積むのはもう慣れた。スーフォールズじゃもう珍しくない」
「スーフォールズの平和は安泰だね。いつも言ってる気がするけど」
実に保安官らしからぬ台詞と共にジョディの乗ったSUVがの隣までやってきた。
助手席の夾竹桃もドリンクをちゅーちゅーやって完全にくつろいでる、すっかり警戒心を失ってるなあの蠍。
あ、インパラも戻ってきた。
これで後処理も終わり。親父がやり残した狩りをまた一つ精算した。お疲れムードで肩を回しながらディーンが、サムと助手席から降りてきて俺もお疲れムードで手を挙げる。
「お疲れさん。ま、急な再会だがおかげで助かった。まさかジェニーがボスだったとはな」
「僕もあの一瞬で思い出せた自分に驚きだ。まさか十年経って巡り合うとはね」
「何が起きるか分かんないよ、ここはアメリカ。なんだってあり得る。久々に再会して真っ先にやったことはヴァンパイアの巣に乗り込む、安心したぜ。今も昔も我が家はやっぱりイカれてる」
ああ、褒め言葉でね。いい意味で。
あ、ハンバーガーくれるの? どうもサミーちゃん、味覚が濃いものを欲するアメリカ人好みなベーコンチーズバーガーは実に最高。
「このあとはどうする? 日本に帰るのか?」
「んー、もうちょっとやることがあって。夾竹桃がこっちの会社で依頼を貰ってるからそいつを片付けてからかな。そっちはバンカーに?」
「その前におふくろとボビーの顔を見に行く、一度見に来いってうるさいからな。今日行って黙らせとく」
「はは、最高。まさかいい感じになるとはね」
ハンバーガー、ラムネ、おまけに楽しい話まで聞けて満足だ。どうやらロウィーナからも進展があるみたいで着信が入ってる、仕事が早くて助かる。
カマロのボンネットから腰を起こすと、ストローでちゅーちゅーやりながら夾竹桃も車から降りてきた。
ちゅーちゅーガキっぽく音を鳴らして目の前まで歩いてきたその姿はどう見ても‥‥‥
「詐欺だよな。お前本当に二十歳超えてんのか?」
「‥‥‥」
踏むな‥‥‥! 足踏むなって!
「男ってちょっとした冒険感覚で女の年齢に触れようとするけど、好奇心と冒険心とデリカシーのなさって紙一重。冒険心ごと吹っ飛ばないようにね」
「待てっ! 待って! あれだけキャリーバッグで俺の足轢いといてまだやんのか!」
「キリ、分かってると思うけど私がアレックスに言ったことは忘れないで。するなとは言わないし、二人のことは二人が決めること。だけど何かあってからじゃ遅い」
おい、いきなり何か真剣な顔で言い始めたぞこの保安官。ちょっと待て、昔もあったぞこの得体の知れない雰囲気。
待て待て、この快晴の下でそんな話は‥‥‥‥
「油断したときに病気はやってくる。信頼できる相手でもちゃんと線引きはーー」
「おいっ‥‥‥こ、ここでする話しかッ!? 酔ってんのかジョディ‥‥‥! いくらなんでもここは快晴の空の下なんだぞ!?」
「なに慌ててんの? ジョディも言ってたじゃん、人に聞かれて困ることはしちゃいけないって。ちゃんと言ってやったら?
通話を終えて戻って来るなりにクレアも無茶苦茶なことを言い出す。なんで笑ってんだよ、このお馬鹿!
「クレア! さっきのいい感じの雰囲気は何だったんだよ、裏切りやがったな!? そこは俺の味方で援護するところだろう! おい、サムっ! 援護してくれ!」
「そこ突くか‥‥‥」
「ナイフに背中を刺されたな、グサって。ものすげえ切れ味。覚えとけよ、ディークス捜査官。彼女のことを思うなら忘れちゃいけない」
「なんでそんなに楽しそうなんだよッ! ディークス捜査官はシーズン通して一途だろうが!」
「覚えておいて。キリは確かに真面目で、基本的には真面目だけどいつも持ち歩いてるとは限らない。だから必ず──」
「そこまでだ! それ以上の発言は裁判長サムの権限により無効とする!」
「僕が仕切るのか!? 勘弁してくれ‥‥‥」
「あのときと違ってここにはマッシュポテトもチキンもないんだぞ! 飯もなくてそんな会話で盛り上がれると思うなよ! 終わりだ終わり!」
やがてサムとディーンもなんとも言えない顔でこっちを見てくるので無理矢理会話を切る。残ったラムネも一気飲みだ、ちくしょうめ。
懐かしの、なんとも言えないあの食事会を思い出したよ。懐かしいことの連続だ、ちくしょうめ。
「それじゃあ。私たちは行くわ、いつまでも休暇ってわけには行かないから」
「アレックスがパンケーキ作っててくれるって。たぶん生焼け」
「隠れてハッパ吸ってるよりはいいよ」
「なんて言うんだっけそれ。黒歴史ってやつ?」
そう、黒歴史ってやつだな。アレックスも昔はやんちゃだったしな。今でも面影ありまくりだが。
ああ、じゃあ俺たちも行くよ。さっきの会話のせいで夾竹桃がなんとも言えない顔を向けてくるがなんとかするさ。お互い子供じゃないし。
会えて良かった、そしてーー
またな、戦友たち。
そう、また会えると信じて俺はいつもの言葉を残す。このアンフェアな世の中は、明日がどうかなるかなんて分からないからな。
◇
「どうやって探す? もし見つからなかったら」
「そういうアプリで。とりあえずロウィーナからかかってきた電話に期待するさ、上々ならテキーラでも奢って労おう。もう四枚舌は卒業したみたいだしな」
「四枚舌ってなに?」
「二枚舌を二回。裏切ったってこと」
運転は夾竹桃に任せ、とりあえずオハイオから西海岸への来た道を戻りながら俺は少し前に着信を貰ったロウィーナにかけ直す。
おそらく頼んでたレクテイアの神様のことで進展があったんだろう。でなきゃ、どうでもいい世間話にかけてきた。ロウィーナに限ってそりゃないか。
よし、繋がった。
『お待たせ、スコットランドの女王様。いいニュース期待できそう?』
『きっと感謝することになる。二時間経ってかけ直してくるなんていいご身分ね、キリエル。ニュースを聞かせる前に教えて、私の着信音はなに?』
『ちょっと待て。出なかったのは悪かったけどそんなのどうだっていいだろ』
『メインテーマよ。インディ・ジョーンズのメインテーマ。これで溜飲が下がるの?』
隣からAnswerがやってくる。まさに横槍だ。
いや、別に隠すようなもんでもないけどさ。夾竹桃先生、運転しながら会話の潤滑油もしてくれるなんて実にマルチタスクだな、器用なこって。
『インディアナ・ジョーンズですって? 探検家で教授で蛇を恐れてるあの墓荒らしのインディアナ・ジョーンズが私の着信音──?』
『‥‥‥ものすごく詳しいんですけど。墓荒らしっての微妙なところだけどな』
墓に忍び込んでるのはたしかだけど。
俺は2が一番好きだ、特にトロッコと吊り橋での攻防。答えが割れたところでトロッコみたいに脱線しかけた話も元のレールに戻る。
ハンズフリーにした携帯から溜息がこぼれ、すっかり腐れ縁の魔女の声が改めて聞こえてきた。
『まず最初に言っておく、リービアーザンの居場所を突き止めた』
お見事。さすがロウィーナだ。
朗報を聞いて身構えていた体からも力が抜けた。テキーラにかりかりのクリスピーダックとプラムソースでも付けるか。
『お見事、女王さま。どうやって見つけた? 顔認証ってことはないよな、新手の探索魔術とか』
『魔女たちにキリ・ウィンチェスターがレクテイアから来た神を血眼で探してるって話を流したら返事があった。ドンとマギー・スターク、あの色物夫妻にどこで恩を売ったの?』
刹那、スピーカーから漏れた言葉に呆れと驚きと色んなものが一気に頭へ流れ込んできた。
色々と言いたいことがあるやり方だがドンとマギーの色物夫妻か‥‥‥また懐かしい名前を。
『知り合い?』
『何年か前に夫婦喧嘩を仲裁してやったんだ。スケールのでかい傍迷惑な夫婦喧嘩をな。ドンとマギー、二人とも何百年も生きてる強力な魔女』
『性格は一癖あるけど貸し借りはしない二人よ、信用できる。リービアーザン、あの二人は
トーマス橋‥‥‥
そういうことか。
西海岸、そして海、トーマス橋。
ここまでキーワードが揃ってればロウィーナからの言葉を待たなくても大体の想像はつく。
「サンペドロ‥‥‥リービアーザンはLAか」
西海岸有数の港町。大型のタンカーや無数の船が行き来きするLAの観光地の一角。
遠路はるばるやってきた海の神様が泊まり込むにはぴったりだな。
一応まだ続きます、最終回じゃないです