armed detective: LA
かのルシファー・モーニングスターが愛し、数々の映画や創作の舞台にもなったエンタメの都。
リトルトーキョーやチャイナタウン、人種のサラダボウルと呼ばれるアメリカらしい古今東西の文化や人が入り乱れた、眠らない夜の街。
西から東までだだっ広い大国アメリカでNYに並んで人口の多い、国内有数の巨大都市がこのLA。カリフォルニア州ロサンゼルス──
常夏のハワイ然り、温暖な気候で知られるこの街には日夜観光目当てで多国から人がやってくるが、けどまさかレクテイアの神までやってきてるとはな。
こっちの世界に潜んでる『神』って名乗る連中はアルテミスや玉藻みたいな例外を除いて、利己的、傲慢、不都合な相手は皆殺しを地で行くろくでなしの集まりだ。
LA名物、全然進まない渋滞の洗礼を浴びてヤケにならなきゃいいけどな。
◇
一面真っ青と言ってもいい晴れ模様。
まさに西海岸という空の下には賑やかなフィッシュ・マーケットが開かれていて、地元民からツーリースト、多種多様なルーツを持った人々がまるでサラダボウルのように混ざり市場を活気づかせていた。
LAの港区の中でもサンペドロは大きな港だ。
広大な海や胸が透くような広さのビーチに目が向く一方で、停泊している大型のタンカーやクレーンに積み上げられていく無数のコンテナや船といった人の手が入った建築物なんかも街の景色を飾ってる。
何と言ってもここはLA。
陽気で賑やかな港街には間違いないがそれでもサンペドロは巨大な港街ってことで訳有りの積荷やコンテナを載せたタンカーや船の運び込みを危惧し、
だが、今回は迷い込んだのは武器商人でもテロリストでも国際指名手配犯でもない。
レクテイアの神──
別天体からやったきた、モノホンの神。
「俺の悪魔避けは1号線沿いにあるタトゥー・スタジオで入れたんだ。狩りでLAに寄ったときバーで知り合ったDJの子が教えてくれてさ。大人しそうな子だったけど左耳はピアスがバチバチに侵略して両肩から頬にかけて狼のタトゥー。あのインパクト抜群のネイビーの髪もふくめて今でも忘れられない」
「珍しいわね、バーで女の子を口説くのはお兄さんの担当だと思ってた」
「夾竹桃、LAだぞ? LAのバーでディーンが女の子を引っかけると思うか? ありえない」
首を振ればすぐ隣にはツーリースト御用達のビーチが見える舗装された道を歩きながら、僅かに読み違えてる夾竹桃にかぶりを振ってやると返ってくるのはやや驚きの瞳。
なんだ聞いてないんだな。そう言えば俺もディーンとLAについては話してなかったか。
しかし、そこは賢く察しのいい女だ。東大薬学部卒のサイエンティストはすぐ答えにたどり着いた。
「もしかして嫌いなの? ステレオタイプの古い映画オタクのディーン・ウィンチェスターがロサンゼルスはお嫌い?」
「意外だよな。インパラのハンドル回しながら愚痴ってたよ。渋滞と重税とデトックスの街、夢を追いかけて挫折した連中の掃き溜めだとさ」
「‥‥‥驚いたわ、ディーン・ウィンチェスターといえば酒池肉林の代名詞。刺激を求めてはしゃいで飛び混んでいくタイプに見えたけど」
「ちなみに親父に言わせればビーチは汚いし、室内でグラサンするやつばっかのナルシストの巣だって。どうりで二人ともホレイショ・ケインが嫌いなわけだ」
父、息子揃ってあんなところにいたら窒息するってよ。息苦しいを飛び越えて窒息だとさ、重症だぜ。
ディーンは音楽の趣味だけじゃなく、ちゃんと親父の嗜好を受け継いじまってるわけだ。
「逆に質のいいオーガニックの店がたくさんあるとかでサムは気に入ってた。お前にも見せたかったよ。前に寄ったときはヨガに瞑想、健康オタクっぷりが凄かった」
「家族の中で見事に別れたわけね。LAの空気に浸れるか、拒絶か。楽しめるか、楽しめないか。聞くまでもないけどあなたはどちらについたの」
「親父が欲しいのは身内からの率直な意見だと思ったんだけどお望みは賛同だったみたいだ。愚かなイエスマンの」
「‥‥‥たまに悪魔より悪魔みたいな毒を吐くわね、今のはさすがの私もちょっと引くわ」
「よりにもよって毒の専門家が何言ってんだよ。バカか、お前は」
「でもあなたには混沌としたLAの街は、似合ってるかもね」
「似合ってるかどうかは分からないけど太陽は好きだよ」
俺は基本中立、従順なときも反抗するときもある。
ある意味、どっちかに偏りそうな秤を保っとくのが役目だったのかな。どちらかの味方にも敵にもなれるように。
「バーの話に戻りましょ。やけに饒舌になってから気になっちゃった。口数が多いのはその子が美人だったから?」
「それもあるけど、そのあとナイトクラブで彼女が見せてくれたDJプレイが最高にイカしてたからな。ただの美人ってだけよりワンランク上だ、今でも頭に焼きついてる」
「物事を斜めから見るのがデフォルトのあなたにそこまで言わせるとはね。確かに口説いたのはただのDJじゃなくSクラスのDJだった」
「口説いたわけじゃない。でもすごかったぞ、フロア全体の空気が彼女に掌握されてるって感じで、みんなアドレナリン出まくりの一体感で彼女のテクに蹂躙されてた。睨まれた最後、まさに狼の眼光」
「つまりこういうことでしょ。バーでタトゥースタジオを紹介してもらってその女の子が出るハコにも連いて行って、一晩楽しく騒いでアガって楽しんだ。羨ましい思い出、憎くくてしかない。そんな属性盛りまくりの子と一人でバーで盛り上がってアフターまで──」
後半になるにつれ、目からハイライトが消えかかり声に妬みや影が差し出したのでとりあえず咳払いで静止をかける。
そのどうして誘わなかった、みたいな目は辞めろって。いつの話だと思ってんだよ。
私もその子と楽しみたかった、そんな不満不平を込めた瞳が絡みついてくる。
「いや、怖いぞその目。何に対して怒ってんだよ、悪魔避け入れたときって何年前だと思ってんだ。キンジとすらまだ会ってない。まあ、アッシュと一緒に行ったサンセット通りのライブハウスのスラッシュメタルバンドよりはオーディエンスの心を掴んでた。もし今でも続けてたら彼女きっと大物になってる」
「メジャーから声が?」
「かかってるかもね。今日もオーディエンスをブチ上げてるかも」
サイン貰っとけばよかったかもな。
なんて笑っていると、隣にはまだ何か納得してないって顔があった。
夾竹桃って女は無表情を通してるように見えて、結構表情の変化が激しい。呆れるときは呆れるし、歓びで舞い上がったときはそれはそれは表情筋がゆるゆるになってはしゃぐ。
言葉を待っていると案の定。
「二つあるわ」
「二つ? まだ聞きたいことが?」
「ええ。LAにやってきて、一夜の楽しい思い出が蘇ったのは分かった。けどLAなら他にも思い出はあるはずよね。ホラー映画の撮影スタジオで働いたことや芸能マネージャーに間違われたカスティエルとの珍道中もある。なのに真っ先に出てくるのがバーとナイトクラブなの?」
「そうなるな。何せ、彼女は見た目もDJのテクも第一級だった。一緒に組むVJはさぞかし大変だろうな。二つ目は?」
「スラッシュメタルってどんな音楽のジャンルなのよ」
そこ食いつくのか。
やや意外なところを突かれた。
「そこが気になったのか?」
「なんか‥‥‥電動工具みたいだし」
「俺が思うに大音量で唸り声を上げるやつだな。電動工具みたいに」
「大音量で唸り声?」
「ハマると楽しいぞ、きっと」
「ハマればね」
「アッシュはどっぷりハマってた。あいつは髪型と見た目からしてもうスラッシュにメタルって感じだったからな」
‥‥‥いや、一昔前の絶滅したメタルロックの方があってるかもしれない。ヴィンス・ヴィンセントも好きそうだったし。
ルシファーが取り憑いたって聞いたらどんなに騒いでたことか。本当にさ、見てみたかったよ。
「誰かを失うのは辛い。どうしてか死んでしまってから、その人との他愛のない思い出や時間が大切なものだったって気付くんだ」
「どうしてか近くにあるときと失ったあとで思い出や時間は価値を変えてしまう」
「よくある話だよ、近くにいすぎてありがたみを忘れてたって。でもそんなのは言い訳だ、本当は言い訳なんだよそんなの。伝えたいことがあるなら──手の届くうちに言っとかないと」
「あら、今聞きましょうか?」
ああ、ったく‥‥‥挑発的に笑うとやっぱりお前は美人だ。いつまでも目を離せなくなる、お前はお前が思ってるよりもずっと──綺麗で。
手の届くうちに思ってることは伝えたほうがいい。
俺達みたいに欲しいものは手に入らず、今あるもの手元にとどめておくのが精一杯の人間は特に。
「いや、ホテルに着いたら言うよ。ドリンクを片手にテレビでも見ながら」
「そう。あなた最近忘れっぽいから、今言ったことも全部忘れてスポーツ中継の実況になるかもね。贔屓目たっぷりの」
「ははは‥‥‥お見事。今のは効いた、猛毒のエイの尻尾に刺された気分だ。ああ、見事な
「
フッと、ジャンヌや理子にも似た美麗と悪戯っぽさが混ざった笑みが咲いた。
そんな顔を見せられると皮肉も言えなくなる。何ともアンフェアで不公平なことだ。
「ところで何着ていったの? スラッシュメタルを見に行く雪平切の服装は」
「夾ちゃん、理子りん、聖女さまとボウリングに行ったのと同じだな。ドクター・ストレンジの魔法円がプリントされた黒いシャツ」
「あなたも好きねぇ。I love you in every Universe──」
「あらゆる宇宙で君を愛してる──スクリーンで観た時はじーんと来た」
どれだけ人を助けて、世界を尽くしても、それが=自分の幸せに繋がるとは限らない。
いや、繋がるかどうかは考え方次第か。駄目だ、らしくないことばかり考える。これからレクテイアの神と一悶着あるかもって思うと何か急いてんのかな。
「快晴の下のビーチもいいけど夕暮れ時はもっといい。砂と海とオレンジの陽が差して、本当に綺麗に見える」
折角のLAだってのに。
なんか勿体ない。
「なあ、カリフォルニアドリームって信じるか?」
快晴の下、砂浜と寄せる波。
蒼穹の空に見下ろされ、賑わう子供と大人。何も考えないでただ今この瞬間を楽しんでいるように見えてしまう。
レクテイアとか、門とか砦とか、そんなこと何にも知らずそこにある日常、与えられた時間を目一杯楽しんでる。
首を回せばすぐ隣には夾竹桃の顔。
俺、どんな顔してるんだろ。きっと変なことを聞いたのは11月なのにまだ寒さにやられてない、日本とは違ったこの気候のせいだ。思ってる以上に日本にやられてる。
「みんな気ままだと思わないか、俺たち以外」
「向こうも同じことを思って見てるかも──ないわね。誰もが悩みを抱えてる。大なり小なり、みんなが傷を抱えてる」
「だな。世の中はいつだってアンフェアでみんなに傷を負わせてく」
そう、世の中はアンフェアに満ちてる。
いつだって理不尽でアンフェアだ。きっとこの世界を作った神は、作家はそういうアンフェアな世の中で人がもがいて進んだり立ち止まったりする人間ドラマが大好きなんだろう。
悪趣味極まりない。
「雪平、あなたは完璧主義?」
不意に投げられた言葉にハッとする。
息をたっぷり吸い込んで浸かった水面から、ゆっくりと引き上げられたようなそんな感覚。没頭してた思考が一瞬で戻された。
「そういうところもあるかもな。銃、ナイフ、狩り。いや、一番は自分が納得するところまでケリをつけたいところかな。受けた恩はちゃんと返したいし、救ってくれた人にはちゃんと納得できるまで礼はしたい。でもリリスやアバドンに言われた通り本当は中途半端なのかもな、何もかも」
「中途半端でも、成功と失敗を繰り返して完璧に近づこうとすることができる。それが人間よ。完璧じゃないからそうあろうと努力もできるし、研鑽を積める」
「‥‥‥口で言うほど簡単じゃないだろ」
「そうね。簡単じゃない。けれど、理不尽でアンフェアな世の中だからこそ、正しく生きるのには価値がある」
一点の曇りも疑いもなく、そういうことを言えるのはちょっと羨ましい。そこまで堂々と言われたら綺麗事なんてありきたりな一言じゃ払えないよな。
「今のは是非ともベラに聞かせてやりたいよ」
暫くビーチ沿いを話しながら行けば、お目当てのホテルが見えてくる。黄土色で染められた巨大な長方形の外観からして、雨風を凌ぐだけの壁がひび割れてるモーテルとは一味違いそうだ。
夾竹桃が泊まってる富裕層御用達の高級ホテルにどことなく似てる──『HOTEL―POROTOKYO』に。
しかし、見てくれが立派なホテルって言うと、どうしても嵐の中での異教の神の集いのことが頭をよぎるのいい加減になんとかならないもんかな。厄介な爪痕を残してくれたもんだぜ。
「なあ、前にLAに来たときリトル・トーキョーでうどん食べたの覚えてるか?」
「あれだけ渋滞の洗礼を浴びればね」
「正直、お前と一緒にLAに遊びに来れるのはあれが最後だと思ってた」
「思ってたより早かったわね」
「まったくだ。理由はどうあれ、またお前と本土を巡れて実はすごく嬉しい」
「そうねぇ。今度こそJorgeで白トリュフ料理を食べれると思うと私も心が躍るわ」
‥‥‥?
気のせいか?
「おい、ちょっと待て。Jorgeって言った?」
「75年のシャトー・ディケムと」
「最後の晩餐か? LAでも屈指の高級イタリアンだぞ。あそこで白トリュフのテイスティングメニュー全部食べる気か‥‥‥!?」
きょとんと、「なにか問題が?」とでも言ってる童顔に苦笑いが来る。おい、顔を寄せてくるな。それで圧をかけようってんならやっぱり色々ずれてるぞ。
しかし、ある意味目には毒って言ってもいい程度には見た目が暴力的な夾竹桃だ。
自眉が綺麗すぎるとか、顔のラインから何まで整いすぎてるとか、黒髪があまりに似合いすぎてるとか言いたいことは尽きないが何より────
若作りって言葉を上から踏みつけて引き裂くようなお顔だよ、ホントに。
「……お前、
香港ではバスカービールの面子が、キンジも実は色んなところで飲酒に触れてるが未成年は元々酒とは疎遠じゃなきゃ駄目なんだからな。
ヒルダも我が物顔でワイン飲んでやがるが、あれも人間社会のルールでいけばグレーゾーンだぜ。
酒は大人になってから、そのルールを破って親父のビールをくすねた小学生のディーンは見事に‥‥‥吐いた。それが結論だ。
「──残念だわ。そこまで言うなら、代わりのレストランはあなたが決めてちょうだい。ちゃんとした景色もムードも楽しめてドライブスルー以外のきちんと2人で食事ができる場所を。代金は4・6で」
返ってくるのは、それなら仕方ないって顔だ。夾竹桃はかぶりを振った。
さも代案を飲みましょう、とでも言いたげに。
「4・6? お前が4で俺に6支払えって?」
「半分出してあげるわ。安心して決めてなさい」
「4・6が半分か? 俺より数字に弱いとはな、俺より稼いでるくせに」
あんなスチームシャワー付きのいい部屋に泊まっててよく言うよ。あの観葉植物の山だって総合計したらいくらになるんだか。
臆せず反撃してやったがカウンターをくれてやれば黙ってる女じゃない。ほら、来たぞ。
「あなたの子供はきっと皮肉屋ね。顔は良くても」
「お前に似たらきっと言い訳の達人だな。顔は良くても。寄宿学校と鉄拳育児、そして最後にはグレる」
「あら、公立の学校に通わせたところでグレるときはグレるものよ。あなたはきっと娘ができたら溺愛するタイプだから言っておくわ。可愛さのあまり我が子をしつけできない親は悪人を育てるようなものよ。甘やかすだけが全部じゃない」
「極端すぎるって。そりゃいいこと悪いことはちゃんと学ばせないと駄目だけど、親父みたいに厳しすぎるのはね。程々に。そう、程々に。あんまりルールや現実ばっかり教え込んでるとすぐ大人になって、親に甘えることを知らないまま内面は大人になっちまう」
それは悲しいだろ、子供は親に甘えるのが仕事みたいなもんなんだからさ。
甘える間もなく親を失したり、離れ離れになったってヤツが俺の周りには両手の指じゃ足りないほどいるからな。だから余計にそう思うのかも。
「つか、なんでこんな話になってるんだ? 最初はトリュフ料理がどうとかの話だったような‥‥‥」
「‥‥‥私に聞かれても困るのだけど。えっと、どうして話が逸れたのかしら」
「さあな、話の流れがいきなり逸れて迷子になるのはいつも通りだが‥‥‥とりあえずLAを出る前にどこかちゃんとした店に寄っていこう。俺が選ぶ、ちゃんと二人で食事を楽しめる場所をな」
「ふーん、4と6は?」
「今日のお前はココが取り付いてんのか? ま、それはそのときだ。食いながら降伏条件を話し合おう」
「I copy──」と、無線用語でお洒落な返しを貰ったところでエントランスへの自動扉が開く。
外から見ても察しはついたが中を見ると案の定、豪華絢爛なエントランスが飛び込んできた。
大理石の床、広々としたスペースは空虚に見えない程度にインテリア用品で飾られ、受付のスタッフはさも当たり前のように捜査官役でドラマにでも出てそうなブロンドの美人。
吹き抜けのエレベーターも高級感たっぷりで一度に何人乗れるんだって広さだ。
「ここにいて。チェック済ましてくる」
「分かった、おとなしく待ってるよ」
と、この時は何にも考えずに任せた。
彼女はイ・ウーの元生徒。あそこの公用語は日本語と英語ってこともあって夾竹桃は理子、ジャンヌ同様に英語も話せる。
ちなみに理子はややフランス訛り。神崎はガチガチの英国英語と生まれ育ちの影響が出てる。
そして、キンジもあるときなぜか急に英語が話せるようになってたんだが西海岸訛りと映画に使われるような荒いスラングが多用されてて‥‥‥癖がすごい。
西海岸出身の役者が出てる映画の字幕吹き替えをひたすら見て繰り返して学んだって感じだ。ま、言語なんてのはコミニケーションの一つの手段、結局意思疎通ができれば問題ないって俺は思うんだが、
「──終わった?」
夾竹桃が話を付けて戻ってきた。
なに、二本指立てて。部屋のこと?
「二部屋取れたって?」
何? 違うのか?
じゃあ‥‥‥ツイン?
「ツインか? まあ、LAだからな。部屋が取れなくても仕方ない、お前が大丈夫ならツインで」
「行くわよ、ダブルだって」
‥‥‥‥
「‥‥‥‥えっ?」
「朗報よ。バンカーのあなたのベッドより広い」
「いや、そりゃそうだろ。そうじゃない、ツインは取れなかったのか?」
「歩きながら話しましょう。あのダイハード3に出てきそうなエレベーターでも乗りながら」
ちょっと待て。
確かにレバノンのアジトじゃ俺の部屋にテレビ見ようって押し入ってそのまま寝て行くのがデフォルトだった夾竹桃先生だが‥‥‥英国で泊まったのも一部屋だったけど本土でもまたやるのか?
あ、待て。俺も乗る!
吹き抜けのエレベーターに遅れて乗り込み、額に手を置く。
さすがはLA、退屈しないよ。えっとなんだ、ダイハード3?
「大丈夫? ひどい顔ね」
「ほっとけ。ダイハード3か、ロッタリーの話でもするか」
「昨日の当たり番号は?」
「悪いことはできないよな。エレベーターでおしゃべり、出るときには死体になってる。ジョン・マクレーンにもジョン・ウィックにも密室で鉢合わせたらおしまい」
「何かあるでしょ、対処法が」
「諦めてピンを抜いた手榴弾を口に入れる。その方がまだマシって思える相手ってことだ。レクテイアの神がそこまでの残酷な化物じゃないことを祈るね」
部屋のロックを開けると、ああすごいね。
真っ白な清楚な壁、俺とクレアがリフォームした壁の何倍も綺麗。床は‥‥‥なにこれベルベル人?
ベッドも広い。2人とか余裕、まるでインパラのボンネットみたいに広い。んで、窓の向こうには広がりゆく海。知ってるよこれオーシャンビューだ。
「こんないい部屋よく取れたな?」
「ダブルだから。先にシャワー浴びるわ。神を探るのは明日にしましょう」
「ああ、俺はちょっとロウィーナに連絡を‥‥‥なんだ?」
蠍がこっちを見てる、不思議と尾をちらつかせてる姿に見えるのは気のせいだろうか。
「ああ、シャワーなら俺は別にあとからでも大丈夫だ。ゆっくり使ってくれ、いい部屋取ってくれて助かった。あとから飲み物も調達してくる」
「一緒に入る?」
「‥‥‥‥」
このお馬鹿、キンジを前にしたかなめみたいなこと言いやがって。
「俺もお前も十代の子供じゃないんだぞ?」
「そう。それならお先に」
挑発的ないつもの、悪戯が成功したような顔を残して視界から小さな背中は消える。
どこまで本気なんだよ、お馬鹿。
さっさとシャワールームに消えてしまった腐れ縁をそのまま、俺は持ち込んだノートパソコンを開いた。ルームサービスでも頼むか。