鮮やかな彩色のツートンヘアー、大きく整えられた深海色の瞳、水面からギリギリで覗かせているしなやかなくびれ。
そのどれもが視線を呪縛し、縫い付けるには十分すぎるほど魅力的だった。見てくれのいい美人や美女ってのは山程いるが目の前の
人からかけ離れた、明瞭には言い表すことのできない危うさを備えた美しさ、とでも言うべきか。
もしバーで声をかけようとする者がいれば、見るだけにしておけと忠告してやりたくなる女。触らずに眺めるだけにしておけと言いたくなる女。
それが俺の ”女神リービアーザン" に対しての第一印象だった。
セイレーン、ローレライーー人魚の美しさに誘われた船乗りが悲惨な結末を迎えてしまう伝説は世界中に残ってるしな。
触れようと手を伸ばせば火傷する、それが人魚。あるいはマーメイド。かのモンスター退治の同業者、グリム一族的に言うのなら‥‥‥ナイアッド。
「お発目にかかります、海神リービアーザン。突然の来訪、どうかご容赦いただきたい」
あくまでファーストコンタクトは敵意なし、いきなり押し寄せたことを踏まえて俺は言葉を選んだ。
チャックの言葉を信じるなら、こっちにやってきてるレクテイアの神のなかで彼女ーーリービアーザンが一番話のできる相手。だとしたら彼女だけでも慎重になるべきか。
彼女以外の他の連中がアバドンやアスモデウスみたいな一切コミニケーションの通じない相手でもおかしくない。となればやはり彼女とのファーストコンタクトは大事だ。
レクテイアの神‥‥‥
神だ。そう言うだけあって確かにそこらの獣人やモンスターとは纏ってる気配が違う、存在感が濃い。存在感、人ならざる気配って言うべきかな。
ーー人外が纏ってる雰囲気、匂い。ハンターなら誰しもが備えてる定規、人とは違った種であることを表す異質さのゲージが目の前の彼女はアルファやイヴ並に濃い。
煉獄の巨頭並にやばい相手ってのは疑いようもないな。
「あ゛ー?」
とりあえず見てくれは礼節な言葉を返し、頭のなかで彼女について考えを回していると、喉の奥からややダミらせるような声が返ってきた。
神崎ほどじゃないが結構高めな声とその見た目もあって、アニメのケモノキャラがそのまんま飛び出してきたみたいにも見える。
‥‥‥アニメのキャラが外に出てきたなんて前とは逆だな。前は俺たちが『スクービー・ドゥー』のアニメのなかに入ってったっけ、自分でも頭がおかしくなったのかって言いたくなるが。
機嫌の悪そうな表情で俺を射抜いたリービアーザンは泣き腫らした目のようなメイクのせいで‥‥‥めんどくさい女って雰囲気がガンガン出てる。
クレアとアレックスも一時期似たようなのをやってた。アイラインを下げてわざと垂れ目っぽくして泣き顔っぽくさせるんだっけ。ラメも入れて、なんかすごいことになってた記憶だが。
「──レクテイアの共通語が分からぬのであれば仕方あるまい。ヒトオスよ、特別にお前の言葉で言い直してやろう。妾は偉大なる海王、再生の女神、リービアーザンである!」
そんな懐かしい記憶を呼び起こしてくれたリービアーザンは流暢な日本語で名乗り直してくれた。
慇懃無礼なのはさておき、その日本語は引っかかりもなくジャンヌやヒルダ同様に達者なもんだ。
「ご丁寧にどうも、随分日本語が達者だな」
「日本語はよい。アラビア語と同様、美しい旋律の言語じゃから妾は気に入っておる。ヒトオスよ、キサマのことは聞いいておるぞ」
「へぇ、誰からなんてのは野暮な話か。お友達のモリアーティ様は俺のことをどう話してたんだ?」
「自らの過ちも何もかもを帳消しにし、綺麗に死ねる場所を探しておるが実際はより大きな存在に操られているだけの操り人形。キサマの人生は、なんと言ったかーー回し車の人生‥‥‥キヒヒッ‥‥‥はてさて、ここがキサマの望んだ死地かのぉ」
けっ、あくどい精神分析だ。
露骨な敵意を持ってるってわけじゃねえが友好的と言うには怪しいグレーゾーン。神崎の八重歯よりもさらに野性味のあるギザギザの歯を覗かせるように彼女は笑う、楽しんでやがるな。
「アポなしでやってきた身で言うにはちょいと心苦しいがな。調子に乗ってでかい口ばかりたたくと後で恥をかくことになるぜ? 人魚みたいな格好してるくせにチャッキーみたいな笑い方しやがって」
「チャッキー? なんじゃそれは」
「この国で一番子供たちから愛されてる人形だよ。ファンシーな見た目があんたにそっくりだ」
「ほう、さては妾のこの高貴なる聖鱗と神聖なる御髪に惹かれたか。軟弱なヒトオスにしては見る目があるようじゃな、褒めてやろう」
「そりゃどうも。ま、そのツートーンの髪はたしかにイカしてる、聖なる鱗よりも俺はそっちのほうが好きかな」
こればかりは否定できない。リービアーザンの色鮮やかな輝く鱗も青とピンクの二色に塗り分けられた髪も、神に違わぬ人からかけ離れた美しさがある。
危険なほど視線を奪おうとするほどに。
「ふふん、キサマごとき妾に触れることはかなわんがその問答に免じて慈悲はやろう。キサマに神を見せてやる、存分に美の女神の姿を拝むがよい」
と、プールのなかで胸に手を当てるようにしてノリノリで言い張った神様はとても楽しそうだ。そりゃもう無茶苦茶ノリノリって感じ。
‥‥‥尊大な態度はさておき。この神様、ヒルダ以上にのせられやすいな。
違う天体の神ってだけに身構えはしたがラファエルやミカエルよりよっぽど俗っぽい。不遜な態度もその見た目もあってか、レクテイアの神ってことも忘れて愛嬌に流されそうになる。
ああ、一方的な信仰と食欲のことしか考えてない異教の神なんかよりも百倍マシだ。
が、はぐれちまった夾竹桃とロウィーナ、ケッチのこともあり俺は会話を一歩前に踏み込ませる。
「再生の女神、リービアーザン。海のように広いあんたの器に甘えて、いくつか聞いてもいいか?」
「よい、許そう。今の妾はほどほどに気分がよいからな」
「ありがとう。あんたの目的はこの地球、こっちでの領土拡大でその為にモリアーティと取引したって聞いた。それは今でも変わってないのか?」
「その志しじゃぞ。今もノアに客人としてもてなしを受けておるゆえ不満はない、ここへ来たのもいずれ妾の掌に収まる領地の視察じゃ」
「モリアーティはただのソシオパスだ。何の理念も目的もなく、ただゲームをやるように他人に戦争や殺し合いを起こさせて自分はポップコーンを食いながら高みの見物だ。俺も今まで何回もそういう連中と取引してきた、だから分かる。乗ったら最後爆弾だ、全部台無しになって最後には不幸をひっかぶる」
利害関係なんて綺麗なもんじゃない。
モリアーティが望むのは押し寄せてくるレクテイアの住人と急激な変化に耐えられなくなった地球の原住人との間で起きる戦い、闘争。
そして血を撒き散らしたあとに出来上がる新しい世界を我が物顔で見物することだ。
御大層な理念や目的なんてものはない、ただ自分がそうしたいからするだけ。
モリアーティも根本はルシファーと一緒だ。かつては最終戦争というも目的があったが最後はただ意味もなく生きている者を殺して楽しんでた。
「悪いことは言わない。もう一度立ち止まって考えてくれ。このままモリアーティと組むことが正しいかどうか」
モリアーティが興味があるのは自分の張り巡らせた策略とそれによって起きる結果、世の混沌だけ。
核兵器と同等の力を持つレクテイアの神たちすら利用し、ヤツは自分の望む盤面を作ろうとしてる。盤上に地上のあらゆる存在を乗せたまま、こんなにも傍迷惑って言葉はないさ。アマラと神の喧嘩並みだ。
説得はした。
疑心を与えないようにこればかりは嘘を含まず、純度100%の真実だ。
あの男は信用するな、その一言に尽きる。だが、
「ヒトオス、キサマは豪快だが少々警戒心に欠けておる。ノアで話題になったが遠山キンジというヒトオスがルシフェリアと死合い、文句ナシの勝利を収めたとか」
「‥‥‥もう色んなヤツに言ってきたがあいつを人間の枠に入れていいかはかなり怪しい」
「いずれは妾がそのヒトオスを討ち、ルシフェリアより強いという評判を得る算段じゃ。じゃがその前にこの海王にはやることがある」
竪琴に指を滑らせ、耳の奥まで梳くような心地良い音色を奏でながら対照的に芯まで冷えるようなリービアーザンの怪しい瞳が俺の体を貫く。
‥‥‥第六感なんてのは五感ほどアテにならねえのが持論だが今回ばっかは嫌な予感がバリ3だ。
「なんだよやることって。バスケの試合でも見に行くのか? モリアーティのコネならベンチ裏の最前席だって余裕そうだが」
「キサマも遠山キンジに劣らず、この世界の魔の者を数多く屠った選りすぐりの兵と聞く。あらゆる怪異がキサマとの関わりを避け、畏れると。キヒヒィ──であればこそ、妾が手を下す価値があるというものよ」
「おいおい、そんな綺麗な音を聞かせといてこれから首を落とそうってのか。矛盾もいいところだろ」
「たった一人、キサマ一人の為に奏でる女神の旋律じゃ。死者への手向け、十分じゃろう!」
「人魚のかわいこちゃんよぉ! こっちの世界じゃ演奏会の場で死合なんて最高に罰当たりだぜ。侵略する気ならこっちのルールは最低限学んどくべきなんじゃねえのか」
壮大な音楽をバックに殺し合いなんてジョン・ウィックみたいなこと俺の専門外だ。
しかし、水面に浸されたリービアーザンの体が揺れ動く。竪琴を奏でながら、それまで静かだったプールの水面に波が、立ち始めたーーーー
はっ、話し合いの空気じゃなくなったな。
波が荒れた、まさに船乗りに牙を剥く海のようにプールの波は高く、音を立て始める。次いで、リービアーザンの奏でる曲もまた別の演目にーー変わってやがる。戦闘態勢ってことか。
「ヒトオスよ、せいぜい妾を楽しませてみせよ。万に一つ、妾の気が変わるかもしれぬぞ?」
「そりゃ寛大だな。だが残念だったな、そっちが首を落としに来るなら楽しませてやる義理はない」
ヤツが竪琴ならこっちは銃だ。
9mmモデルのXDのスライドを遠慮なく引き絞る。
海神の名乗りのとおりに彼女は水を操れる、いきなりプールに波が立ち始めたのもそのせいだ。
だだっ広いプールで地の利は露骨に取られてる、神を相手にハンデ戦。要はいつものことか。
「ヒトオスヒトオスって言われんのもそろそろうざったらしくなってきたからな、近頃我慢してきた俺のマイナス思考の餌食にしてやる覚悟しろッ!」
銃口と一緒に睨んで返してやると、それがそのまんま開戦の合図になってしまった。
リービアーザンの腰回り、色とりどりの花弁が浮かんでいる水面からパシャッと小さな飛沫が立った。刹那、飛び跳ねた無数の水滴がそのまま半透明の弾丸となって俺のもとへ飛来した。
「嘘だろ‥‥‥ッ!」
鳴り止まない旋律をバックに、俺も牽制の弾を撒きつつプライベートプールのサイドを慌てて駆ける。
弓矢ほどじゃないが銃に比べれば遥かにサイレントで肉眼には見え辛い飛び道具、厄介だな。
おまけにその原理だとそっちはプールが干上がりでもしないと弾がなくならない、ふざけやがって。
「キヒヒィ‥‥‥走れ、走れ! 止まってもよいぞ、穴が増えるがな」
「ありえない。どうしてどいつもこいつも初対面の相手をスイスチーズみたいに穴だらけにしたがる、世の中病んでる!」
十分にこっちの鉛弾も届く距離。回避に意識を割きながらも竪琴、そして音を奏でる腕を目掛けてさっきから引き金は弾いてるが‥‥‥
‥‥‥器用な女だ。
水滴の弾丸はただの飛び道具じゃなく、意図的に俺の放った弾にぶつかることで弾道をリービアーザン本体から逸らしてる。
本当ならたとえ動き回りながらだろうともう数発ぶち込んでるところだ。この神様は孫やカリみたいに近接戦闘で派手にやるより竪琴を奏でながら中遠距離から手堅く追い込んでいくタイプか。
まだ彼女の手札はほとんど見えてないが真っ向から張り合うのは十中八九よろしくない。揺さぶってみるか。
走りながら空の弾倉をリリース。サイドに落とすのと同時に人食い鬼用の信号弾に指をかける。
「こいつで‥‥‥どうだっ!」
「むっ‥‥‥?」
ホールドオープン覚悟でばら撒いた鉛の弾幕、その後ろに隠すようにして照明弾を撃ち込む。
一風毛色の違う飛び道具の登場に髪色と同じピンクの眉が揺れ、吐き出された茜色の明るい火の玉はやや放物線を描きながらそんな彼女の胸元目掛けて落ちていく。
「ちっぽけなピストルで妾の相手はできぬとようやく知ったか。じゃが大いなる海を統べる妾にそのような矮小の火が通じるものか、ヒトオスぅ!」
「そいつはどうかな!」
無手になった俺の手は、既に足元に描き終えていた血の図形を思い切り叩き、天使を追い払う為の閃光を解き放つ。
避けれるものなら避けてみろ、ただし視界はもらったぞ。
vsリービアーザン。