哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

155 / 196
正直者の天使(アナエル)

 

 

 

「今日は終わりよ。明日いらして」

 

「繁盛してるみたいだな、シスター・アナ。金持ち相手に往診も始めたんだって?」

 

 耳覚えのある声にげんなりとしながら振り向く。

 本当は振り向きたくない。けど万が一に背中から一突きされてはあまりに馬鹿らしい。それも自分の同志たちの武器となれば下手なブラックジョークにもならない。

 

 信仰治療師のシスター・ジョー、天使としてのアナエルの名を合わせて割ったような呼び名で声をかけてきたのは、東洋寄りの顔に緑の強いヘーゼルアイの双眸をした黒シャツ。

 

 皮肉屋、奇天烈、癖のあるどうしようもない性格は置いてルックスだけは及第点以上にあるのはまさに神の仕掛けた皮肉ね。内心毒を吐き、顔には愛想笑いを浮かべて向き合う。

 

 

「キリ。いきなりやってくるのが得意ね。前にも言ったでしょ? 私が大忙しなのは医療制度が機能してないから」

 

「資産家との太いパイプも手に入れてボロ儲けって聞いたけどな。お一人様300ドルから。それで諦めてた傷や病気が治るなら奇跡みたいなもんか」

 

 減らず口を叩くのが生き甲斐みたいな連中は天使にもいた。カスティエルの同僚だったバルサザールや他ならぬウィンチェスター兄弟のせいで出世コースから叩き落とされたザカリア。

 

 連中をたとえるのにピッタリの言葉がある、壊れたスピーカー。黙って欲しいのに黙るってことを知らない。

 

「人間は生きるために貪欲だってこと。生きるためなら何でもするし、いくらでも払う。ここは地上よ、地上でいい生活をするにはお金がいるの。私は彼らの傷を治し、彼らは私に感謝の言葉とお金をくれる。つまり利害の一致」

 

「勘違いしないで。理由は何であれ、君の治療のおかげでまた人生を前向きに生きようって思えた人がたくさんいる。だから俺は別に、君の仕事のことは否定しない」

 

 その口振りは品行方正には程遠い。

 でも本気でこっちが不愉快になるラインは決して超えない、境目を器用に嗅ぎ分けて敵意を買わないようにしてる。ルールを破るのが特技みたいな家系のわりに律儀ですらある。

 あの癖だらけの兄の下で学んだ、末子なりの処世術ってところ?

 

「それで、ニューオーリンズまで何の用? まさか本気で治療を受けに来たわけじゃないでしょ?」

 

 「気分で入れたタトゥーを消してほしいなんて言わないわよね」と、金庫の蓋を施錠しながら聞くと「似たようなとこ」と雑な答えが返ってくる。

 

 雑な受け答え、けれど彼がやってくるとき呼び出すときは必ず後ろに大きな問題が控えてる。

 というか、ウィンチェスターと会うときはいつだってトラブルがくっついてくる。

 

 一度目は緋緋神、二度目は異世界のミカエル。今回が例外なんて言える? 

 ご丁寧にたった一人で来てるのよ、ありえない。

 

 

「どうぞ、おすわりになって」

 

「ありがとう。いいね、この集会場。いい感じに日当たりもよくて。公共の施設みたいだけどレンタル料っている?」

 

「用があるなら早く本題に入って。それともただ世間話をしたいだけならごめんね、他を探して」

 

「ああ、ごめん。話をしに来たのは当たってるよ、でも世間話じゃない」

 

 日焼けで色が変わりかけの椅子に座り、一度かぶりを振ってから彼の顔が真剣味を帯びた。

 先ほどまで軽々しい、楽観的という言葉がしっくり来ていた顔が一瞬にして反転した。相変わらず、すごい落差ね。内側に潜んでいた別の人格と入れ替わったみたい。

 

 そして、次に出てきた言葉にいつものごとく息を呑まされることになる。

  

 

「アナ、()()()()()()って聞いたことないか。星を渡る龍神、殺戮の女神ってワードに覚えは?」

 

 

 案の定──それは厄介事の名前だったからだ。

 狼男やシフターみたいなケチな怪物だったら聞き流せた、でもアイツをケチな怪物というのはさすがに苦しい。

 

 これでも反応は抑えたつもりだけど、アラステアから直々に教育を受けた彼には十分すぎるヒントをあげてしまった。

 地獄でアラステアから受けた拷問と尋問の技術が武装探偵として人の社会や治安の為に使われてる。

 

 皮肉って言うべき? 

 それともルシファーが大好きなセンスのないブラックジョーク?

 

「その顔は知ってるって感じだな」

 

 数秒の沈黙。考える素振りを見せるように間を置いてから答えた。

 

「ええ、知ってる。出てくるのと同時に周囲の地形と生物をグチャグチャにするから天使たちは『災害』って呼んでた。前に現れたのはイングランドで、当時そこに居着いてた全生命がガイデロニケの登場で焼き払われた。例外はなし、平等に葬られる」

 

 つまり、生きる者はすべて皆殺し。

 淡々と告げるけど世界の終わり一歩手前を何度も見てきただけにキリは落ち着いてる。楽しい顔はしてないけど。

 

「まさに殺戮の女神。問答無用で皆殺しにしちまうってのは聞いてたが実際どの程度の被害なんだ?」

 

「イングランドに現れたときは半径十数㎞、小さな虫や植物まで根こそぎ消えた」

 

「笑えねぇ、天使の軍団がアマラに落とした雷みたいなもんか。ソドムとゴモラを焼き払ったのと同じレベルのグランド・ゼロ」

 

「死の灰は降らないけどね、でもそんな感じ」

 

 かつて天使たちが最後の切札として神の姉に落としたエネルギーの塊。爆心地には死の灰が降り注ぎ、周囲が丸ごと汚染される。

 えげつないたとえ方だけどあながち遠いとも言えない。周囲を地形ごとダメにして生き物を消す、根本的なところは一緒。

 

「イングランドだと記録上は火山噴火による火砕流と溶岩の湧出──破局噴火(ウルトラ・プリニー)による痛ましい悲劇ってことにされてる、自然災害よ」

 

「ちょっと現れるだけでダンテズ・ピーク、傍迷惑この上ないな。話を聞くだけで嫌いになるタイプだ」

 

「まぁ、向こうも貴方のSNSの写真を好きにはならないでしょうね」

 

「ウケた。今からデジタルデドックスでもしとこうかなぁ」

 

 目の前で足を組んでいた彼は、いつものように冗談めいた口調で肩を竦めた。

 その一方で、私には疑問が残る。ただ興味があるってだけで話を聞きに来たとは思えない。

 

 それを裏付けるように。

 長い眉の下、ヘイゼルグリーンの瞳がやがて考えに耽るように細みを帯びていった。

 

「ねえ、わざわざ聞きに来たってことはまだ先があるんでしょ? 最近レクテイア周りの話が賑やかになってるのは知ってる──聞かせて」

 

 初めて会ったときはちょっとした敵対関係。

 私は電池切れのルシファーの隣にいて、そっちは弱った魔王を追いかけてきた。私たち、いい出会いだったとは言えないけどあの頃よりはマシな関係になってる。

 

「私の仕事はここに来る者たちを癒やして話を聞くこと。私にだけ喋らせて何も言わないつもり? それって不公平じゃない?」

 

「アンフェアだって言いたいのか」

 

「お願い上手な女は好きでしょ? ルシファーから聞いた」

 

「‥‥‥こいつはお笑いだ。あいつが俺について言うことに真実なんてない、嘘がどれだけ少ないかだ」

 

 やや呆れたように首が振られる。

 そして腰を浮かして椅子に座り直すと、

 

「楽しい話じゃないぞ?」

 

「下手な前置き。婚活バーじゃないのよ」

 

「‥‥‥信仰療法師の言葉とは思えねえなぁ。さて、どこから話したもんか」

 

 そもそも貴方たちが楽しい話を持ってきたことが一度でもあったかしら。

 左の指で側頭部を数回小突く奇妙な動作ののち、改めて私と彼の視線が絡みついた。

 

 

 

 

 

「訳あってリービアーザンってガイデロニケとは別のレクテイアの女神と会ってきた。近いうちにガイデロニケが‥‥‥こっちに現れるらしい。どこに現れるかまでは分からねえがその言葉自体は虚言とも思えなくてな。あんたはジョシュアの弟子だった。レクテイアや女神たちのことにも詳しいと思ってさ」

 

 嘘じゃない、そう言いたげに瞳と声に迷いや淀みはなかった。

 

 会話の流れから薄々とその可能性も考えたけど、いざ聞かされると推測が当たった嬉しさはない。

 有名人でも人気者の俳優やアーティストがふらりと現れるのとは違う。

 

「ジョシュアの弟子だったのはとうの昔。天界での私の役職は知ってるでしょ、ただのボタン押し。やってくる魂を数えるだけ。レクテイアやエンゲージ、女神たちのことも他の天使たちが知ってる以上のことは知らない」

 

 ジョシュア、神の声を聞くことができる天使でその言葉を皆に伝える伝令係、そして庭師。メタトロンとは別に、大天使たち以外でまだ神との距離が近かった天使。

 ネフィリムが生まれる寸前、地上に降りたところを地獄の王子ダゴンに殺された。

 

「頭の中がそのまま大図書館のメタトロンもいなくて私に白羽の矢を立てたんでしょうけどお生憎様。イーサン・ハントの力にはなれない」

 

「なるほどね。天使さまはサイコパスな女神がやって来るって聞いても特に興味はなしか」

 

「ごめんね。貴方はガイデロニケがこっちに来るのを止めたい、もしくはクビでも跳ねてやろうってつもりかもしれないけど私にすればガイデロニケはただの災害。いいえ、私というか天使ね。彼等からすればシカゴの火事やサンフランシスコの地震、ポンペイと一緒なの」

 

「ある日突然勝手に起こる災害に手出しするつもりはないと?」

 

「キリ、憤る前に考えてみて。近いうちにガイデロニケが本当にやってくるとしてよ、今回が初めてじゃない。イングランドに現れる以前からガイデロニケはこの星にやってきて地上の生命を荒らしてるの。なのに神は? 大天使たちはどう? 何もしない、見てるだけ」

 

 ハッキリと言ってあげる。それが答えよ。

 地上を作った神が、その近親である大天使たちが何もしないならそれが天使たちの総意。エンゲージのこともそう、地上で行われてる小競り合い程度にしか思ってない。

 

「だから私もどうでもいい。扉と砦、レクテイアの女神たちとエンゲージ。私には関係ない」

 

 扉と砦、レクテイアの民の大移動、そしてその裏で巻き起こっている見えない勢力争い、利権、背後に蠢いている何もかもが⋯⋯⋯どうでもいい。

 

「そうか。いいんだ、あんたが扉のほうに傾いてないって朗報を貰った。一時でも協力関係を結んだ相手と戦うなんて気分最悪だからな」

 

「天使には無縁よね。不安になることも恐怖に苛まれることも。けど高揚感や喜び、純心もない。そこは羨ましくもある、人間は自由よ」

 

 刹那、緑の瞳が大きく収縮した。

 

「人間が自由?」

 

「ええ、貴方だって本当は選べる。ただ自分で選択肢がないって思ってるだけ。一時でも協力関係を結んだ仲でアドバイスをあげる、パスしなさい。全部忘れて通り過ぎるのを待つ」

 

「‥‥‥本気か?」

 

 そして今度は鋭くなって私を射る。

 その瞳に応えるように私も続けた。

 

「ええ、本気。ハンターだからって何でもかんでも相手にしないといけないわけじゃないのよ」

 

「だからトラブルは避けて傍観者でいろって? できるわけないだろ、見過ごしたら罪悪感でおかしくなっちまう。おかしくなるわけにはいかない」

 

「じゃあ貴方がガイデロニケが現れる場所を突き止めたとして、どうやって止める? 分かってる、いつもみたいに無茶やって対抗する術を引き込むのよね。いつもそう。解決策を見つけたことに夢中になってその代償も破ったルールのことも何も見てない」

 

 呆れてるわけじゃない。

 心配してるわけでもない。

 でもこう思わずにはいられない。今までのことを不利な戦いをなんとか勝ちに持っていけたと思ってるなら、本当におめでたい男。

 

 

「バブルガムは知ってる? コインを入れてガチャガチャやるアレのこと」

 

「なんだよいきなり‥‥‥」

 

「コインを入れたらガムが出て幸せになれる。だから子供はみんなこう考える。コインさえ入れ続ければガムは無限に出てくるってね」

 

 コインという対価を払う限り、ガムは無限に手元に舞い込んでくるって勘違いしてる。

 

「いつかはガムが切れてなくなるっていうのにそれを理解してない。有限を無限と間違えてる」

 

「何が言いたいんだよ、アナ。俺が現実を知らないガキだって言うのか?」

 

「言ったでしょ、これはアドバイス。貴方は普通なら一度入れただけで廃人にされる大天使をもう何度も入れてる。ラファエルでさえ一度出入りした器は頭も体もグチャグチャになるのに、貴方はより強力なルシファーとミカエルまで入れてしまった。入れることができた」

 

「……」

 

「そしてトラブルに対処した。天界の最終兵器の恩恵をフルに使ってね。貴方はまた自分の身を切ってガイデロニケをどうにかしようと考えてるんだろうけど貴方の魂はミカエルを入れたことでもう焼き切れる手前よ。血の代償はいつまでも払えない」

 

 二人だけの講堂、冷たい空気が静寂と共に満ちる。

 ルシファーはその強大な力のせいで器が保たなくて何度も宿主を壊しては新たな宿に、器を転々と入れ替えた。それが当たり前で道理、本来は魂も体も一度でくたびれて駄目になる。

 

 けれど、眼前の男は耐えられた。

 だから二度、三度と自分の魂と器をコインとして支払い、大天使という切札を手札に抱え込めた。

 

「そっか、アドバイスありがとう。なんやかんや心配してくれてると思うとそのつたない表現も庶民的で愛嬌があるって感じるよ」

 

 それでも無限に払えるわけじゃない。

 貴方は何でもないって顔してるけど、その裏では必死に自分の傷を見せないようにしてる。器用に何でもないって顔を取り繕えても、それは傷が塞がるわけじゃないのよ。

 

「キリ。たまに会って話すくらいなら貴方はそこまで嫌いじゃない。常に一緒はごめんだけどたまに電話するくらいにはね。けどそれは今の貴方。魂が焼き切れて空っぽになった貴方は──もうみんなの知ってる貴方じゃない。中身が死んで肉と皮がただ残ってるだけのハリボテ、そんな貴方と楽しいトークなんてできないわ」

 

おい、アナ────

 

 

 施錠した金庫をバッグに入れ、立ち上がった私に慌てるような声がかかる。

 けどこれ以上、私から話すことはない。ごめんね、ロスタイムはこれでおしまい。

 

「そろそろ自分の人生を歩いたら? もう貴方は十分誰かのために尽くした、命をかけて貴方を救ってくれた友達もそのことは分かってる。恋愛映画でも見て愛を伝えなさい。大事なのは生きてるうちに楽しむことよ」

 

 縁があったらまた会いましょう。

 できれば忘れた頃に、ふと顔を思い出した頃くらいに会えるといいわね。たまになら、そのだらけたサーファーみたいな喋りも我慢できるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てよ、天使さま。まだ話がある」

 

 

 まさに帰ろうとしていた背中を呼び止める。

 ここで別れていたら、次もまたそれなりにいい気持ちで再会できたのかもしれない。もし次があればの話だが少なくとも俺はいま絶好の別れのタイミングを自分から切り捨てた。

 

 今日の稼ぎと一緒に去ろうとしていたアナエルが怪訝な顔で振り返る。

 テーパードパンツのせいでより分かりやすいしなやなかな足のライン、出口に向いていた足が止まったのを見て俺は目的の物をその胸下へほおり投げた。

 

「‥‥‥なんなのこれ」

 

「LAのサンタモニカにある貸し倉庫の鍵だ。現金で22万3000ドル、中のトランクに入ってる」

 

 鍵に落とした目が人外特有の得体の知れない不気味さを帯びて持ち上がる。

 

「‥‥‥どうしたのよそんな大金。大物の犯罪者に懸賞金だって賭けられる額よ。lotteryを当てたわけじゃないでしょう」

 

「俺が後ろめたさなしに使える金のほぼ全部をかき集めた」

 

 さらに一つ、アナエルの瞳が驚きに脈打つ。

 

「その金であんたの頼みがある、これは前払いと思ってくれればいい」

 

「やめて。20万ドルも使って頼みごと? 普通の頼みじゃないわ、そんな大金が手元に舞い込んでくるのは普通の話じゃない。なんでも半分は幸運、でもあとの半分は悪運よ。ダメ、引き受け────」

 

「アナ。俺が頼みたいのは‥‥‥助けてほしいんだ。これから先もしも、サムやディーンにキャスにジャックに母さん、俺の家族や夾竹桃やジャンヌ──話題の遠山キンジや俺の知り合いが困ったとき、やばいときに力を貸してやってほしいんだ。這いつくばってるなら手を差し伸べてやってほしい、今日本当はそれを頼みに来た」 

 

 一息で俺はすべてを言い切った。正面突破だ。

 駆け引きはなし、本当に頼みに来ただけ。

 力なく、これが真実だって裏目なしに笑ってやると少しだけ顔の強張りを解いてからアナはビジネスウーマンさながら両腕を組んだ。

 

「協力してほしいってこと? 今じゃなく、先に待ち構えている脅威に対して私に力になれって?」

 

「あんたの物差しで22万ドル分、俺の家族の助けになってやってほしい。いいだろ、ルビーとサムが結婚してる別の世界だったらディーンはあんたとデキてたんだ。手を貸してやってくれ。ウィンチェスター兄弟、チーム・バスカービル、元イ・ウーの仲良し三人チャリーズ・エンジェルもみんながみんな厄介事やトラブルを拾ってくる」

 

 どうせ運んでくるのはやばいトラブルだろう。だから無償の奉仕とは言わない、用意できる今動かせるマックスをそこに詰めてある。

 神崎みたいなリアル貴族や漫画や小説のキャラみたいに日本円で一億をポンッと出せるわけじゃないが彼女の大好きなブランド漁りの軍資金くらいにはなる。

 

「50年代に売られていた子供用科学教材には普通に放射性同位体が入ってったって知ってる?」

 

 が、次にアナエルから出てきたのは全く別のどう考えても関係のない言葉だった。

 放射性同位体? 科学教材?

 

「何の話だ、マクガイバー? X線で子供の靴がぴったりか調べてたって話か?」

 

「ええ、ようするに危険はあとで分かる。ケールが毒でヨガが背骨に悪いかもしれないってね。キリ、まるで駆け引きはなしって顔で札束を積んでるけど話すことはそれだけなの? まだ何かあるんじゃない?」

 

「あるように見えんのかよ、これでもあんたを信用して話してるんだぞ」

 

「翼を失って天使たちは悲惨だった。みんな血眼になって地上で器探し、でも私は違う。思慮深く耳を澄ませ、深く考えて立ち回った。貴方の言葉ってね、これからやってくる危険に対して私に力を貸してほしいって前払いの報酬を含めて予防線を張ってるみたい」

 

「おかしいか? 何か起きてから動いて、今まで散々失敗してきたんだ。人間、年をとるのと一緒に学ぶってもんさ」

 

「いいえ、やっぱり違う。貴方がこんな大金と一緒にまだ起きてもいないことに頼みごとをしに来るなんて違和感しかない。予防線じゃないわよね、分かるわよ。こんなのまるで、()()()()()()()()()あとの補償システム」

 

 睨みを利かせた瞳が青白く発光し、言いようのない重苦しくなった空気に息を呑む。

 言わなくていいなら言うつもりもなかった。

 言葉ってのは、夾竹桃曰く時として毒になる。一度口から出てしまった言葉はそのときは無害でも、後に厄介事を招いて自分を蝕むことになるからだ。

 

 みんなが言葉に気をつける。

 一度出ちまった言葉は喉に戻せないからな。

 

「あるんでしょ、本当はそれを伝えにきたんじゃない? 本当に力になってほしいのはそっち。もう一度首を横に振ってみる? それとも目の前にいる腕利きのカウンセラーに話してみるか」

 

 別に、そんなんじゃない。

 そんなんじゃねえよ、アナ。そんなんじゃない。

 補償システムとか、そんなんじゃない。

 

 

「俺は────俺はもう虚無に一度堕ちてる。こっちに戻ってくるために奴と取引をした。戻してくれる代わりに時がきたら俺を引きずり込みにやって来る」

 

「⋯⋯⋯は?」

 

 玉藻が言ってた。

 人にはそれぞれ、魂の帰る場所があるという。

 

 虚無、そこは死んだ天使と悪魔が眠る場所。

 地獄のような身を焼く炎も、天国のような安らぎの景色もない。すべてが闇に塗りつぶされた無、何も存在しない無の空間。

 

「虚無⋯⋯⋯? あの虚無が迎えに? ありえない、人間が虚無に堕ちるなんて聞いたこともない。ありえないわよ」

 

「カインの刻印はたとえ所有者が死んでもその魂を解放しない。理屈はよく分からねえが俺は虚無のボスと話をして、なんとかあそこを抜け出してきた。でも言っちまえば仮釈放だ、いつか直々にお呼びがかかる」 

 

 だとしたら俺の魂は、一体どこで眠りにつくんだろうな。

 

   

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。