開け放された記憶の扉
久々に会って変わってしまった知り合いをみて、昔はもっと楽しいやつだったのにって思うことがある。
誰のことかと言えばチャックだ。
昔のあいつは食っていくもやっとのただの売れない物書きだった。今のような大層な『神』って立場じゃなかったけど、自分の身を危険にしてでも誰かを助けようって気概があった。
かつては幽霊に襲われているファンを守るために鉄の棒を振り回して立ち向かうくらいには、芯があった。
それが神って分かってからのあいつは、世界の危機を高みの見物してるだけ。腹にやばいものを隠してるような不気味さまである。
正直、ここ最近は特にそう思う。
神々しく立派な立場をやってるよりも必死に現実でもがいてた売れない作家のチャックの方ずっと好きだったって。
「経歴真っ黒の人間が過酸化水素を8本買ってる、髪でも脱色したと思うか?」
「だとしたら実に平和的で嬉しい限りですがおそらく過酸化アセトンの材料でしょう。爆弾が切れて自作しようとした」
「過酸化アセトン、あれはC4なんかと違ってピーキーな爆薬だよなぁー。非常に強力、非常に不安定。なんか誰かさんみたいだよね」
と、蘭豹先生に似て鋭い猛獣のような視線が俺を刺した。最近、夾竹桃にも似たようなことを言われた気がする。
すっかり記憶のページに刻み込まれた武偵高の風景は、俺がLAに行く前も帰ってきたあとも何も変わってない。今こうして先生と歩いている廊下も何も変わってない。
「自己主張が振り切ってるような爆薬です。ドアを吹っ飛ばしたり細かな作業には向かないし、少し機嫌を損ねただけで辺り一面自分ごと吹っ飛ぶ。あれは最初から自分の命なんて勘定に入れてない自爆覚悟の殉教者向けの代物だ、まさか日本で自作しようとなんてヤツが出てくるとは」
「頭が痛いよねェー、やはり願うべきは酒を飲んで映画を見て自分の部屋で寝られる平和な世の中」
「先生、近頃の麻薬カルテルのドローンはとんでもなく高性能らしいですよ? DEAの知り合いがぼやいてました。艶がないから判別し辛いし、数10kgの白い粉をしきつめて大胆不敵に沿岸警備をすり抜けてくるって」
「お前さぁー、人を憂鬱にさせるのが本当に上手だよねぇ。平和を説いた矢先にそんなこと言える男、なかなかいないよ?」
皮肉を適度に混ぜた褒め言葉、懐かしい。
これでこそ帰ってきた実感があるもんだ。さっき爆弾魔をオトしたばかりとは思えない陽気さで先生は言葉を続ける。
放課後、窓を通って差し込む光はオレンジに。日本の冬ならもうあと一時間すれば真っ暗だな。
「なぁー愛弟子ぃー、悪を悪だと分かってたら人はそれを選ばないと思うか?」
性善説、じゃないな。
「つまり、幸福と勘違いしてるだけだと?」
「そ、奴隷制度が悪と気づくまで600年かかった。平和な世の中、まだ遠く。あーあー、重労働でくたびれちゃったよー。お前どうせ暇だろぉー? 酒買いに行くぞ」
えっ、あの⋯⋯⋯えっ?
これから買いに行くんですか?
「⋯⋯⋯先生、また朝からウォッカをガブ飲みする生活ですか? この前は酔ってシリアルにまでかけてた、朝の7時にですよ?」
「あァ? 最近流行りのわざとらしい健康食品でも飲めってか? お茶だのダイエットのコーヒーだの、あたしはパス。あんなのマウスウォッシュの方がマシだよー雪平ぁー」
「まあ、先生がタバコも酒もやめて健康食品にかまけるようになったら尋問科の全員が腰を抜かしてどうにかなっちまうでしょうね」
「言うねぇ、イエズス会の神父だって酒もタバコもやるんだぞ? ベッドのお楽しみ以外はなんでも」
けろっとした顔とは裏腹に返ってきたのは聖職者を正面から蹴りつけるなかなかダークな答えだ。
腐る程、聖職者を偽って聞き込みしてきた俺が言うのもだが⋯⋯⋯先生は肝が座ってるよ。いろんな意味で豪快で逞しい。
「不適切なたとえというか、意図して答え辛いたとえを持ってくるのが本当にお上手にですね。柔いところを確実にえぐってくる」
「それはお前もだろ。覚えとけよ、人生に失望は付き物だ。だから首が繋がってる限りは立ち上がれ、立つだけ立って別に逃げてもいい。一番やばいのはそこで寝たまま終わっちまうことだよ」
「ええ、覚えときます。何より先生の諦めの悪さとしたたかさはもうずっと傍で見せてもらいましたから、今のはきっと忘れません。あっ⋯⋯小銭ない。二千円札切るか」
しかし、さっきのは謂わばジャブでしかなく。
自販機の前で立ち止まって財布の中を睨みつけたところで本命が来た。
「そりゃ良かった。最後まで聞かずに海外に出て行ったヤツはしばらくして航空貨物で帰国したぞ、小さい箱に入ってな」
ああ、まさにそれは必殺の一撃。
今日聞いたなかで一番ダークで、危険な刃物と言っていいな。うん。
「⋯⋯⋯安心しました。先生お得意のブラックジョークの切れ味が健在で。でも今日の先生の尋問には痺れました。まさにクローザー、先生の前ではドリアンみたいな凶悪犯も相手になりませんね」
「はァ? 待ってよ、言いたいことは色々あるけどさぁー。なんでドリアンなの? ドリアンみたいな凶悪犯ってなんなの?」
「ドリアン、つまり棘があって硬い殻を割れない。棘があって喋んない犯罪者」
つまり難敵ってことだ、尋問科の生徒で密かに流行りだしてる隠語というかニューアンス?
あれ、先生の顔がなんか微妙な感じに⋯⋯
自販機から落としたコーラを手に歩きながら、いきなりやってきた変化に背中が冷たくなる。
「あ、あの⋯⋯⋯先生? もしかして死ぬほど苦手な食い物だったりしますか?」
「お前さぁ、あー、覚えてる? 遠山と武藤の馬鹿が持ってきたじゃん」
「⋯⋯⋯」
先生のなんともいえない視線を浴び、埃にまみれていた記憶のページが唐突に開かれる。無論、埃まみれなのは嫌なタイプの記憶だったからだ。
「記憶から消えてました。ちくしょうめ、そうでした。懐かしい⋯⋯⋯武藤が貰ってきたんですよね、そう、あれは興味本位とかで。雑誌持ってきてアイドルの人気投票云々でバカ騒ぎした次の日に──あー、綴先生」
「なにさ、愛弟子」
「すごい匂いでしたね、あれ」
「パイナップルに似てるって聞いてたけど大違いだった。ありゃ腐った牛乳だよ完全に」
「持ち込み禁止の国があるわけです。先生、さっさと買い物行きましょう。先生はお酒を、俺は追加のコーラとラムネでも買って今日の働きを労う」
もはや強引に話を変え、生徒の影もすっかりと消え失せた廊下を、階段を下って、
「しけてるねぇ、アルコールもタバコも抜きであたしの相手する気なの?」
「お言葉ですが高校生はアルコールもタバコも厳禁でおまけに俺たちは罪が3倍ですよ?」
「あんたとお友達はグレーゾーンっぽいけどね。ま、いいや。インパラ回せ、ATF捜査官。楽しくドライブ、できる生徒を持ってあたしはついてるついてる、しあわせーっと」
「銃器だけは合法ですからね、俺たちは。ていうか俺がタクシーやるときは無茶苦茶褒めてくれますよね、先生って。讃えられるのは嫌いじゃないですけど」
「んなことないって。事実しか言わないぞあたしは。アンタはあたしの最高傑作。ヒーローだよ、輝く鎧に身を包んだ白馬の騎士だぁー」
「何が白馬の騎士ですか。夢を壊すようで申し訳ありませんが白馬の騎士がヒーローなんて俺に言わせれば片腹が痛すぎて大激痛の妄想です」
華々しく手を開いて、しかしわざとらしく舞台役者のように言ってのける先生に俺は額を抑える。そんな俺に先生は訝しげに顔色を入れ替えて、
「へぇー、片腹がねじれ狂うわけだ。じゃ、お前のいう白馬の騎士ってなんなのか教えてよ」
「そりゃ決まってますよ、白い馬に乗ってやってくるのは『死』です」
「⋯⋯⋯は?」
「いや、だから『死』ですよ先生。白い馬に乗ってやってくる、白馬の騎士とは『死』です」
「哲学の話だっけ?」
「まさか」と、俺は目を大きくした先生に弾痕まみれの通路を歩きながら続けた。白馬に乗ってやってくるものと言えば、あれしかいない。
「──黙示録の騎士の一柱、騎士の指輪の一つを所有してる ”死の騎士” のことでしょ? 死神の大ボス、他の三人の騎士たちとは明らかに格の違う一番の化物。白馬の騎士と言えばあれしかいません」
白い馬──まあ、現代では白い車が馬の代わりになってるがそこは些細な違いだ。
死の騎士、他の三人とは明らかに異質。あのルシファーでさえ正面からのぶつかいは避けて、遠回しにまじないをかけてなんとか手綱を握ろうとした化物。
あ、あれ⋯⋯先生?
なんで先生まで額を抑えてんでしょうか。
「あの、先生?」
「いやお前ってあたしの想像を、いくね⋯⋯⋯あたしからのアドバイス、女の前でその話はやめときな。お前のは夢をぶち壊すどころからガソリンまいて火事にするレベルだから」
「真実ですよ? まあ、知らないってのは幸せですよね。部下の死神でさえ、彼とは好き好んで会いたがらない」
「なんでそんなの知ってんの?」
「実体験です。仲のいい子がいて名前はテッサ。女優みたいに美人なヤツでした、死神ですけど」
「⋯⋯⋯たまに思うんだよ。お前、実はアメコミの世界からやってきたのかもって。あたしも疲れてんだろうね⋯⋯⋯はぁ⋯⋯⋯んで、お前が言ってんのってヨハネの黙示録の四騎士のことだよねぇー? 星が落ちて大勢が死に、そのあとにやってくる騎士たち」
一瞬で切り替え、整った美麗な顔が落ち着きを取り戻す。さすがに感情の操作が手慣れてる、もしくは大人の余裕ってやつなのかな。
「お詳しいですね、さすが先生。聖書も頭の大図書館に保存済みですか?」
「けど残念だね。死が乗ってんのは青褪めた色の馬で、白いのに乗ってんのは別のやつ、最初に現れる騎士。片腹痛くなるのは相手の方になっちゃうよ、知ったかはさ」
「ええ、そこが複雑でして。聖書に書かれてる騎士と実際の騎士はちょっと違ってるんです。そっちの方がウケると思ったんでしょうね、きっと。実際に最初にやってくるのは赤い馬の騎士、戦争です」
「えっ、なに、なんだって?」
「本では二番目になってますが馬の代わりに赤のマスタングに乗ってる、俺が貰いました。それと青褪めた馬に乗ってるのは飢饉。知り合いの天使が肉を食うだけの置物と化しましたよ、実に厄介だった」
順番が世に広まってる本のものとは違う。
そして対応してる馬も。戦争の騎士は真っ先に現れてエレンとジョー、ルーファスが乗り込んだ街を住民同士が殺し合う地獄に変えた。
そして飢饉もえげつけない。
皆が、欲望のタガを外されて狂った。心臓が破裂して死ぬまでケーキを体に押し込むとか、本来は『食べる』という概念のない天使のキャスがひたすらハンバーガーを貪り続けて他の行動に移れなくなった。
人が、自分の抱える欲望の奴隷になる。
飢饉っての本当に、色んな化物を見てきた今でも変わらずに嫌な相手だと思う。えげつなさは未だにこの上ないと思う。いや、それは「疫病」もか。
黙示録の四騎士たち。
最終戦争の始まりを告げる使者、とりあえず今でも縁があるのは死の騎士だけだが──
「聖書は嘘っぱちですよ、先生。実際に騎士が司るのは「戦争」、「飢饉」、「疫病」とそして「死」の四つ」
「はいはい、あんたが小説を書くクラスをとってるのはよーくわかったから。んで、もうタイトルは決めてあるの?」
「ふっ、そうですね、『超自然』とかどうですか? ゆっくり考えときます、インパラ回してきますね綴先生。久々に一緒にセトリ組みましょう」
超自然、スーパーナチュラル。
求めるものは、平和な世の中か。
◇
「ユキヒラ、いるかい? 僕だよ、話があるんだけど入るね」
ある日の昼下がり。
思った以上にLAの気候に触れていたせいか例年よりもさらに寒く感じる日本の冬の朝。ワトソンくんちゃんの澄んだ声が響いた。
「ああ、ワトソンくんちゃんか。どうぞ上がって」
リバティ・メイソンの優等生。
今や頼れる友人であるワトソンは部屋に入るなり少し怪訝な顔で俺と、テーブルの上を交互に見てきた。
なんだろう、ここまで来てからキンジがいないのに気付いたとか? いや、あいつが退学になってからそれなりに経ってるのにそりゃないか。
「大丈夫か? お目々を開いて」
「いや、静かだと思ってね」
「ああ、そっちか。キンジがいなくなってから大体こんな感じだよ。星枷が刀を振り回すこともなくなったし、神崎がガバであちこち穴だらけにしていくのも減った」
だから今まで定期的に買い替えていた家具も、去年と違って遥かに寿命が延びてる。ソファーの中身が派手にぶちまけられることもなくなった、長かった内戦がようやく落ち着いたみたいの変わりようだ。
「賑やかなのも悪くないがこれはこれで静かでいい。心が安らぐ、まるで禅の世界」
「⋯⋯⋯へぇ。どれどれぇーーん? 」
「なんだよ、その目は⋯⋯⋯」
顔を横に、斜めに、あちこちから目の前にあるテーブルを覗き込んだ挙げ句ワトソンはジッと俺を見て、
「このテーブルは禅には程遠いけどね。そっちのデスクも」
「たまたまだな。なんか飲むか?」
「ユキヒラ」
「ん?」
「問題ありだよ」
と、端的に呟いた。
冷たさすら感じる落ち着いたその冷静な目は、い、医者の目をされてるんですが⋯⋯⋯
「いや、ないって。ないから」
「初期症状って言って欲しい?」
「まさか。病気じゃないから先生」
「疾患かい?」
「おい、大丈夫だってワトソン先生。散らかってるのはたまたまなの、たまたまだから。間が悪いときにお前が来たんだ、それだけ」
元々、医者の一族でも知られているワトソンに心配されるのは問題はないと言いながらも心がざわつく。
かぶりを振って、どうにか話題を変えてやろうと思うがワトソンは携帯の画面をこっちの先を行くように見せつけてくる。えっと⋯⋯⋯
「君に必要なのはこれかもね。今度プレゼントしようか?」
「プレゼント? へぇ、一体なにをくれ──自己啓発本!? まさか、冗談だろ!? そんなもんこの世で一番似合わない奴が何言ってんだよッ!」
「部屋を片付けられない人間は気持ちの整理もできない。いいかい? 君は幼少から海兵隊に仕込まれてる、それを踏まえて言わせてもらうとこのテーブルは⋯⋯⋯鬱の現れだ!」
「は、はぁ!? 待て、やめてくれ! 待った、テーブルだけだろ散らかってるのは! 見ろ、ベッドメイキングはちゃんと海兵隊みたいに整ってる! 自己啓発なんて無用だ無用バカバカしい!」
「いいかい、君に必要なのは自己啓発じゃなくプロの助けだ」
「笑わせてくれるね。物に囚われない生き方をしろとか己を知れば世界が変わるとか、あの手の本はどうにもうさんくさい」
「さっきの本はね、ベストセラーなんだ。何百万人も読んでる。助けになるよ?」
おい、これはタチの悪いドッキリか。
英国貴族がまるで押し売りセールスだぞ。プレゼンが得意なのは知ってるがこれは方向性が違う。
「そうか、分かった。ストレスは命取りだぞ、ワトソンくんちゃん。力を抜け、頭は温度計みたいなもんだぞ」
「意味不明だし、実はちょうど良かったんだ。卒業前に君には何か、そう、ギフトを贈ろうと思ってたからね」
「それで自己啓発本? なあ、ワトソンくんちゃん。その気持ちだけで嬉しいし、キンジがいなくなって確かにこの部屋は色々環境が変わったけど別に死んで会えなくなるわけじゃない。俺はこれまで通り」
「なんとかやっていくって言うのかい?」
「正解。今回も本土ではイベントだらけの滞在だったけどいい思い出もそれなりに作れた。お前が心配してくれてるほど毎日に絶望してないよ、俺は。ま、コナコーヒーでも飲んで落ち着け。片付けや気持ちの整理整頓なんてのはドバイの開発と一緒だ。みんなできない、不可能だと思ってるだけでその気になればいつだってできる」
一度席を外し、2人分のコナコーヒーを用意して俺はワトソンのもとに戻る。
ハワイのお宝とも言っていいコナコーヒーも、いまやインスタントで楽しめる世の中。インスタントといってもこの文明社会、なかなか馬鹿にできない。
神崎も初めて味わうインスタントコーヒーをギリシャコーヒーに似てるとかゴチャゴチャ言いながら、結局最後まで楽しんでいきやがったしな。
車から財布まで若干ブランド好きの側面を見せるワトソンは、ハワイの歴史ある伝統コーヒーも案の定というか口に合ったらしくご機嫌だった。
「聞いてもいいか」
「なんだい、あらたまって。どうぞ、ボクだけ聞いてばかりはunfairだからね」
「いや、プレゼントの話。夾竹桃への贈り物なんだけど去年と同じく万年筆ってわけにはいかないし、どうしようかなって思ってて──」
「駄目だ、ストップ。無難なプレゼントなんて許されないよユキヒラ」
「えっ?」
「パートナーに無難なプレゼントなんて、たまにはリスクを取ることも必要なんだ。それだと大切な人だって伝わらないじゃないか」
「無難なプレゼントはリスクなさすぎで駄目?」
「そうだよ。君は恐れ知らずのウィンチェスターだろう。先の見えない暗闇の中だろうと携帯電話のライト一つで突き進むのが君だ。無難なプレゼントだって? とても賛同できないね」
「………せめて懐中電灯とかマグライトとかにしてくれないか。携帯電話のライト一つは無防備すぎるって」
たとえ話にしても携帯のちゃちな明かりを頼りにするなんて悲しすぎる。
しかし想像以上にプレゼントの話に食いついてきたな、思ったより、思ってる以上に俺たち愉快な仲になってんのかもな。
「君には話しておこう。トオヤマとインドに行ってルシフェリアを見てきた、レクテイアの神でヒルダは『熾天使』と呼んでいたよ………」
「ああ、ルシフェリアね。キンジとぶつかって負けちまったってレクテイアの神か。名前がルシファーに似てて嫌な感じだが………大丈夫だったか?」
「うん、凶々しさはあったけど………ヒルダも言ってたけど君が地獄の檻に落としたそっちの『魔王』に比べれば、淀みなく澄み切ってるって」
「両方実物を見たヒルダが言うなら、そうかもな。そいつは食事をウジ虫に変えたか? ぶつかってきた通行人を灰に変えたり、首を反対にねじ曲げたりは?」
「………そんなモンスターを頭のなかに招いたんだからボクは君を恐れ知らずって言ったんだよ」
ジト、っと吹き出しでもついてそうな目を向けてくるワトソンにどう返そうか一瞬静寂を作ったとき、唐突に携帯が音を鳴らした。
「ユキヒラ、鳴ってるよ?」
「ああ、神崎からだな」
「『Houses of the Holy』をアリアの着信音にしてるの? 初めて知ったよ、君ってそういうところこだわるよね」
「イギリスの至宝だろ、どっちも。悪い、出るぞ。はい、雪平──」
「き、きりぃぃぃぃぃぃ──!」
「待った。緊急事態らしい、ワトソンもいるからスピーカーにする。耳がやられそうだ」
耳元にアニメ声の音爆弾でも跳ねたようなご挨拶の第一声に、俺は電話口を遠ざけながらハンズフリーに切り替える。
電話越しに声から相手の感情、思考を読みとむ交渉術の技術は尋問科のカリキュラムにも一応、用意されてる。尋問もネゴシエーションも核になるのは相手との対話だからな。
んで、俺の経験からすると、
「緊急対応部隊?」
「いや、助けじゃない。にしては声がはしゃいで舞い上がってる、レオポンのでっかいぬいぐるみを持って帰ってきたときみたいにさ。神崎、ちゃんと聞いてるよ。一体どうしたんだ、ほら、落ち着いて。何があった?」
「キンジがパパで、あたしがママなのぉぉぉーー!」
⋯⋯⋯ふぅ。
コナコーヒーは本当にうまい。
「今の⋯⋯⋯聞かなかったことにできねえかな。50ドルかけてもいい、キンジの新居で絶対にややこしい展開が待ってるぞ。ワトソン、今だけ現実を見るなって言ってくれないか、見ちゃいけないって」
「ああ、そうだね⋯⋯⋯見てはいけないというのは聖書や神話でよく見かけられるモチーフだ。ロトとその妻、ペルセウスとメデューサ、オルフェウスとエウリュアレの共通点は分かる?」
『『──必ず見て悲劇に終わる』』
どうやら気が合ったな、嫌な答えだね。
カップを持ったまま、俺とワトソンは顔を突き合わせそして、降参とばかりのため息を重ねた。
「今年も残るところ僅か、このまま平和的に年末まで行けると思うか?」
「そうであってほしいものだね。気付いた時にはクリスマスがやってきてる」
「子供ができた夫婦は大変だろうな。クリスマスのお約束、子供がどっちの家庭で過ごすか祖父母で争う」
「⋯⋯⋯君はダークなたとえが本当にうまいね」
「先生がうまいからな、一緒にいすぎて磨かれちまったのかも」
インパラのトランクを開き、立てたショットガンを支えにして二重底になっている武器庫に聖水を詰めたスキットルと超能力者用の手錠を投げる。
今年も残り少し、最後までよろしくなBaby。
やっぱり君といると心が落ち着く。これから一波乱待ち構えてるって分かってても。
「ユキヒラ、さっきのことだけど」
「キンジに子供ができたかって話か? とんでもないよな。けどなんでもあり得る、遠山キンジだからな。何にしても行けば分かるさ」
「だね、百聞は一見にしかず。この国の言葉に従うとしよう。ユキヒラ、今日は君の援護があって特にうれしい」
「お役に立てそうだな。俺もとんでもない場面を一人で見ずに済みそうだからすごく心強い」
もし俺に人生の転機点ってのがあればそれは、いなくなった親父を追いかけてサムを迎えに行ったあの夜のことを言うんだろう。
あの夜、あれからもう10年くらい経って、色んなものが変わってしまって、多くの大切なモノを──失ってしまったけど変わらないものもある。
「それじゃ、いこうぜワトソン」
「いこうか、ウィンチェスター」
黄色い目を追いかける──始まりの夜と同じく、ショットガンは倒れ、あの日と変わらない音を鳴らしてインパラのトランクは閉じた。
それは……
これがあの日と同じ、人生の転機点なんだと愛しの
長らく続いて参りましたがFinal Seasonです。
1.2の間の時系列でspnのコミックが出るようですね、めでたい。アリアは今年もクリスマスに新刊が出るようです、めでたい。