哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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心の底から感謝してる(神崎・H・アリア)

 

 

 あの夜以降、黒煙となって逃走したアバドンの姿を見たという報せはハンターのネットワークにも地獄にいるベルフェゴールにも入ってない。アナの天使のラジオも言わずもがな。

 突如としてやってきた地獄の騎士は、今度は完全にその足取りを消してしまった。

 

 

 聖油の火で一時的に器から追い出したがそれは別にアバドンの存在を焼き払えたわけじゃない。

 払えたのはあくまで器という外側だけ、他の悪魔や天使と同じで新しい器に取り憑けば依然と変わりなく活動できる。

 

 だというのにあの慇懃無礼で今すぐにでも地獄で復権活動を始めたいであろうアバドンが地獄に顔を出してない。

 少しでもヤツを知ってるならそれが異常なことくらい分かる、ある意味自分の欲望に正直なんだ、アバドンという悪魔は。

 

 

 となると伝令を果たして、用が済んだってことで虚無のボスに連れ戻されたか。そう考えるのが一番しっくりと来る、本来アレは眠っている者を外に出すのを嫌ってるからな。

 アバドンを地上に野放しにするかどうかは俺も最初から疑問だった。

 

 

 だが、虚無がアバドンを連れ戻したなら色々とハッキリすることもある。

 

 ルシファーが外に出ようとしてる、アバドンの口から出た話がマジであること。

 そして、俺が虚無と結んだ取引も………そろそろ真剣味を帯びてきてるってこと。

 

 どっちも嬉しいニュースには程遠いな。

 今年ももう終わりかけ、このまま何事もなくってことにはならないか。

 

 

 

 

 ついに西海岸の暖かさが夢幻に思える寒さになってきたこの頃、「色々と話したいことがあるウチに来い」とキンジからぶっきらぼうなメールが届いたので俺は放課後またもや元ルームメイトの家を訪ねることになった。

 

 どういうルートで知り合ったのか謎だがちなの絵の先生を自称する夾竹桃を連れ、いつものようにインパラを飛ばして数日ぶりにキンジのマンションに。

 すごいね、夾竹桃がクレヨンとクレパスと画用紙を買ってくるんだぞ? 

 

 色鉛筆じゃなく、クレヨンとクレパスってところにまた味がある。

 あれだね、まさに結婚した友達の娘さんへのプレゼントって感じ。いや、半分くらいはそのとおりなんだけど。

 

 

 

「遅かったわね。来るって連絡してから結構経ってるわよ? 時間を軽視するのは武偵として悪い傾向だわ、なおしなさい」

 

「それには同感。だけど身なりを気にする人間もいるのよ?」

 

 腕組みして時計をわざとらしく指で示した神埼に、夾竹桃は恐れ知らずにカップを持ったまま反論。ゴジラに3式機龍で立ち向かう。

 

「ていうか、そのカップなによ?」

 

「カフェに寄らされた。朝の完璧な一杯はなにより大事だからって。ああ、夾竹桃がね」

 

「雪平、私は5秒で出せるブラックコーヒーを頼んだわ。貴方が12種類の材料を使う気取った飲み物を頼むから6人がかりで20分かかったのよ」

 

「気取ってないし20分もかかってない。お前のなかの20分が世間を流れる20分とズレてるんだよ」

 

 断固として否定するが俺たちよりも先に来て上がり込んでいた理子が横槍を入れる。横槍というか、同期への航空支援。

 

「キリくんって子供のときは、絶対ウルトラマンのカラータイマーとかああだこうだ言ってたタイプだよね。点滅してからやたら時計見たりしてさ」

 

「理子、お前のするどいめも錆びついたな。アメリカキッズの偉大なヒーロー、ウルトラマングレートにカラータイマーはございません」

 

「ほう、理子とそっちの話題でトークバトルしようって言うの? へぇ、その勇気は勲章者だね」

 

 いや、さすがにこっちの会話じゃお前がマニアックすぎて俺もついていけない。さっきのは正直ふいうちだ。

 恒例の両手を挙げてホールドアップすると理子はポッキーを3本、手札を広げるように指で……ああ、これで手打ちね。ありがとう。

 

 狭い部屋に、キンジ、神崎、理子、そして俺と夾竹桃がぐるりと囲むように座ってる。声には出さないけど完全にヒッピーの集会だよな、このスタイル。

 

「とりあえず仲良くやってるみたいでよかった。揃いも揃ってみんなちなに夢中だからな。大事な娘の育児をめぐってまた派手に弾や刀が飛び交ってないか実は心配だったんだ。キンジの新居がかつての二の舞いにならないか」

 

「ごめんなさい、育児で大変だとは思うけど許してあげて。最近夜にエナジードリンクを飲むのが常習化してるの、いつも以上にカフェインで頭がやられてる」

 

「お前、俺の母親か? 冗談通じてるって。どれだけの付き合いだと思ってんだよ」

 

「冗談? こんなときに冗談を言える頭こそブラックジョークだわ。小さな子を導く大変さは貴方も知ってるでしょ? それがかつて敵対した相手なんだから今回は私も感嘆したわ。大したものよ、遠山キンジ。雪平、貴方も敬意を払いなさい」

 

「敬意はあるさ」

 

「だったら示して」

 

「やってみよう」

 

「よろしい」

 

 

「アリアとキーくんが言わないなら理子が言っちゃうね。ていうかもう今更なんだけどさぁー、二人とも結婚して何年?」

 

 肩の力が抜けた、そう言いたげな顔で理子の自由気ままな猫みたいな目がキンジ、神崎に振られてから俺たちへ向いた。

 夾ちゃん、何も言わずに肩を揺らす。ああ、俺が話していいのね。了解。

 

「理子、残念だが俺も兄貴も未婚だ。金一さんとパトラを見て、式に憧れないかと言われたら少し、嘘になるが……」

 

 濁すようにして言うと、

 

「……意外ね。去年のキリならハンターは家庭とか結婚は無縁だってしんみりモードに入ってるところなのに」

 

「最近ちょっとあれだよね。キリくんも人間味が出てきたよね、やっと地上に降りてきた感じがする」

 

「………お前ら俺をなんだと思ってるんだ」

 

 いつまで経とうと楽しいやつだね。

 なんだかんだで仲がいいってのも見てりゃ分かるよ、そのほうが平和的でいい。

 

 理子と神崎、日本で出会った大切な存在。

 一緒に大勢の人を救って生き抜いてきた戦友、お前らの為なら俺は死ねる。だから二人とも俺の家族だ、他にいいようがない。

 

 神崎、理子、二人とも母親のことを心から思ってて、俺のメアリー母さんとの向き合い方が変わったのはキンジと、間違いなく理子と神崎のおかげだ。

 そう、バスカービルのみんなには俺はずっと色んなところで助けられてる。

 

 レキも星枷にも。バスカービルは愉快な大家族ってところか、しょっちゅう崩壊する。

 

 

「結婚かぁ。でもちなちゃんが結婚したらキーくん泣いちゃうかもね」

 

 ふと、理子がそんなことを言うのでキンジが座っていた腰を浮かして食いついた。

 

「ちなは誰にもやらん、やらんぞ。結婚したきゃ俺とアリアを倒してからいくんだな」

 

 

 ……いや、お前そんな無茶苦茶な………

 

 

「………キーくん、いくら結婚の条件って言ってもそれは無理ゲーだって。そんなことできたらヘラクレスの試練並みの偉業だよ……」

 

「死ぬか、利口になって辞めるかだな」

 

「愛は死んでも貫くもんだろ。男はおのれのためにのみ生きず!」

 

「……き、キンジが愛を語ってるわ………」

 

「遠山キンジ、貴方そんなに熱い男だったのね………今のはちょっと感動したわ」

 

 と、驚きと謎の感動が入り混じったような顔の夾竹桃と神崎に、奇遇だな理子。俺もこういうとき、どういう顔をしていいか変わらん。

 とりあえず苦笑いしておこう、反応に困ったときはとりあえずこれだ。8割ほどのスマイル。

 

「てか、キンジ。いまや平賀さんの科学兵装を引っ提げた超々能力者ってかなりインチキな組み合わせの神崎だけでも勝てるやつなんて限られてる。そこにお前みたいなモンスターまで加わったら誰が突破できるって言うんだ。理子、この奈落のダンジョンに挑める勇者っているか?」

 

「んー、アリアとキーくんにはキリくんの対魔物魔女特効も刺さんないからね」

 

「いや、情けない話だが俺は10分持たんぞ? ベレッタ抜きでもあの鬼太郎の指鉄砲みたいなので撃たれて終わるって。というかちなのことは愛してるが家族としてだ、変なこと言うなって。今のキンジは鵜呑みにしそうな怖さがあるんだから、父親ってのは子供のことになるとそうなる」

 

「昔からキリくんは律儀にノリノリに返してくれるからね。理子も燃えちゃうってもんですよぉ〜。ま、可能性があるのはアリアのお師匠様くらいかな。女王陛下の最強の剣と盾ーーRランクのアンジェリカ・スターなら、さすがに二人も必死になるんじゃない?」

 

 

 くふふッ──と、挑発的に理子の明るい瞳が丸みを帯びた。反骨精神が突き抜けてる神崎も、さすがにその名前には腕を組んで少し思案するような顔つきになる。

 

「あんたもえげつけない名前出してくれるわね。たしかに英国の最強戦力よ、彼女は」

 

 はっ、あの自信家の神崎がキンジと二人がかりでも勝てるかどうか悩んじゃうのか。どうやら噂以上、化物という言葉でも足りないモンスターだなそれは。

 

「アンジェリカ・スターか。俺も会ったことはないが噂は山程聞いてる。NCIS、CIA、FBI、多方面から凄まじいのをな。俺が本土を出る前に聞いたときはSランクだったが。ジーサードが言ってたよ、彼女とだけは絶対にぶつかるなってペンタゴンから何度も釘を差されたって」

 

 女王陛下の最強の剣と盾、理子の言った言葉が表すのはつまり──彼女が秘密情報部のサイオン・ボンドや化け物揃いのSASの軍人たちを押し退け、『英国最強』の座にいるってことか。

 

 神崎の実力を見ればその偉大さやばさは推して知るべきだが諜報機関や特殊部隊の化物を抜いて女王陛下の切札とはねぇ……

 いい師匠はいい弟子を育てる、その逆も然りというがどうりで神崎が無茶苦茶強かったわけだ。神崎自信の母親に対する信念の強さも、最初からあったのは間違いないが。

 

 

「噂ならあたしも聞いてる。アリアの師匠ってことでチェックしてたからな。喜べ、キンジ。お前の嫌いなSDAランキングで彼女はお前より上、さらに人間やめてる化物だぞ?」

 

「おい、それホントか? アリアの師匠は俺よりランキング上の人間やめてたってわけか」

 

「ちなランクは7位で一ケタ入りだ」

 

「な、………7位………」

 

 最初は意気揚々と食いついたキンジだが、裏状態の理子が続けた一ケタっての予想してなかったらしく一転してたじろいだ。

 それは俺もだ。神崎を戦妹にしてたってことはまだ10代のはずだ。

 それであの化物ランキングで………7位だって? 冗談もここまで来ちゃ笑え────

 

 

「世界7位よ。イングランドでは1位」

 

 ゾッとする言葉を吐いた夾竹桃に、俺とキンジはほぼ同時に目を開いた。世界で7位……?

 

「じょ、冗談だろ………! このキンジですら世界78位の、化物ランキングなんだぞ!? このプレデターと真っ向勝負できそうなキンジがだぞ!」

 

「おい待て! ()()、とはなんだ! しかも、俺をプレデターのハンターみたいに言うんじゃねえ! 化物ハンターはお前だろっ! そもそもランクを盛るんじゃない! 78位? 違うな、間違ってるぞ。俺はたしか90そこらだったはずだ!」

 

「ロカが言ってた、先月繰り上がってお前は世界で78位だ。ちなみにアジアじゃ堂々の32位だってさ、よかったな。10代で50位以内ってだけでも相当やばいってジーサードが……お、おい……! バカ! 来客に飛びかかってくるんじゃないよ!」

 

 ちなが保育園にいるせいで隠す必要もなく飛び掛ってきたキンジと、本当に久々に組手を取る。

 なんでお前んちで、しかも久々に、やりあってんだよ! お前取り押さえるのなんて一年ぶりくらいだからなッ!? 

 

「るせぇ! 普通に慎ましくて生きていきたいささやかな希望をあのランキングは破壊して弄ぶ、これが分かるか! ようするに俺にとっちゃアレは悪夢だ、俺の希望が損なわれるいらぬ情報を勝手に送りつけてくるんだよッ! そして今日、その悪夢を届けに来たのはお前だっ! 不吉を届けに来たぜ、じゃねえんだよーッ!」

 

「いや、言ってないからね!? 微妙にうまいこと言ってるけどそんな洒落たセリフ言ってないからね!?」

 

「俺は真紅目(レッドアイズ)を持ってこいって言ったんだぞ! なんでそんないらぬ情報を持ってくるんだよッ! 嫌味かお前はァ!」

 

「……あんた、まだ返してなかったの? あれって去年の話でしょ?」

 

「ジャンヌと欧州行くときだね。キリくん、もう極東戦役(バトルシティ)終わったよ?」

 

「私はいつも言ってるでしょ? 雪平、借りたものに責任を持つってことを知りなさい」

 

「お、お前らなぁ……! キンジ、ストーップ! この無益な争いやめよ、誰も得しない! てか……俺も最近気づいたんだけどなぁ……お前も俺のPSPのケースと充電ケーブル持っていっただろぉッー!?」

 

 

 

 

 

「お、ワンダースワン安売りだってさ。ね、みんなでデジモンやろう? 夾ちゃんもキーくんも。てことで選曲は、無限大なButterfly」

 

「いいえ、それを言うなら二人が出会えた意味を問うべきよ。Matrix EvolutionでOne Vision」

 

「俺たちは武偵だぞ? 心に響いてくるのは強さの意味。よってBLAZING BLUE FLAREだ」

 

「OK。もうそれならみんなの真ん中とって──With The Willね」

 

 慣れた手つきでインパラのダンボールボックスをかき回し、理子が後部から身を乗り出してテープをセットする。乗り出した体を理子が退くと、V8のエンジンサウンドに曲が重なり出した。

 早速鼻歌とは、今日の峰理子さんは随分とご機嫌だな。

 

 

「しかし、リービアーザンが保育士とはね。どうせやってくるとは思ったけど、まさかそういうことになってるとは。キンジの周りは本当に話題が尽きない、尊敬するぜ」

 

「でも大人気って言ってたよ? えっと、リービアーザンーー里美安沙子先生だっけ?」

 

「偽造パスポートと適当に書いた履歴書が即採用、もちろん人手不足もあるのだろうけど看護師のように子供の状態を診れるし、歌はどんなジャンルの曲でもすぐに完コピ、歌は異様にうまくて、集団をまとめる術を知ってる、神らしくね。私は天職だと思うけど」

 

 

 どうやら既に、案の定というか、キンジとちなを追いかけてリービアーザンはあの新居に押しかけていたらしい。 

 やはりというか水から水に移動できるあいつは、スエズでキンジと戦ったときにめざとくマーキングをつけていてそれを頼りにワープしてきたとか。

 

 パトラの妹、キンジでなんとか取り押さえたみたいだが捕虜の扱いなのに海産物や酒を図々しく求めたり、寝具にいちゃもんをつけたり──ああ、キンジもどうやら俺と同じ感想を持ったらしい、あまりに俗っぽく人間社会に毒されてる神様だってな。

 

「ま、リービアーザンは話した感じでは俗っぽいというか人間臭いところが結構あったからな。それに戦うとなったら容赦ないがそうでなきゃ、アバドンや異世界のミカエルと違って民を大事にする感じの王様って感じだったよ。民がなきゃ国は成り立たないって堂々と言えるタイプの指導者、たしかに小さい子を導くのは天職かも」

  

 こればかりは正直な感想を述べ、人工浮島の荒れた道を武偵高への帰路にハンドルを回していると、バックミラーに理子のにやりとした顔が、なんだよその顔は……

 

「キリくんにしてはデレデレ評価ですなぁ」

 

「真実を言ってるだけ。今まで会った神さまは玉藻とアルテミス以外ロクなヤツがいなかった。それに比べたらあの女神はかなり上等な志をしてるよ」

 

「キンジはロリに甘いけど、お前もほんっとにツートンやメッシュ入りの女に弱いよな。性格じゃなく性癖まで尖ってんのか?」

 

「……ちげぇよ、変なこと言うな。キンジはたしかにロリに相当甘いが」

 

 最初のふんわりとした声色からフリーフォールみたいな落差で鋭くなった理子の声と内容に、信号前で分けて踏むはずだったブレーキにも力が入った。

 ったく、ふいうちにもほどがある。

 

「理子、武藤が言ってたよな。眼鏡をずらしての上目遣いは全人類の男が夢中になるって。それと似たようなもんだ。世の中にイキった赤メッシュの女が嫌いな男がいるか?」

 

「……夾ちゃん」

 

「ええ、たまに過激派になるの。おもしろいことにね。あ、雪平。そう言えば言い忘れたことが、そこを右に」

 

 あ?

 そこを右折したら帰路から逸れるだろ。武偵高や寮に帰るなら左だ。

 

「あっ、そうそう。理子も寄りたいところあるんだよね。キリくん右折、回れぇ右!」

 

「い、今から寄るのか!? もう夜だってのに一体どこ行くんだよ!」 

 

 

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