哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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最終回前編
長いので前後編に分けております。


カレンデュラ(雪平切)

 

 

 

 

 サ厶・ウィンチェスターと連れ立って、首を真上に傾けると、その日の空は蒼穹のごとく澄み渡った青空だった。いつか、雪平と公園で仰いだときに見た空に、よく似てる。

 私がいる霊園墓所は広大で、周囲を森に囲まれているせいで生き物の鳴き声が騒がしい。それはそれは森が鳴いているように聞こえるほどだ。

 

 アメリカの国土面積はロシア、カナダに続き世界3位という広さを誇り、日本と比べれば20倍以上の面積になる。

 広大な墓所を見上げるような背丈の男と、彼の兄より『ミラクル』と、奇跡の名前を贈られたシェパードと共に歩いていく。

 

 

 名前のとおり、普通とは思えない出会い方をした愛犬に目を傾けると、厳粛な場と弁えているのか、それともサミュエルにハンドラーの資質があったのか。

 

 元気が取り柄の普段の姿からはかけ離れて、飛んだり跳ねたりをつつしみ、主人と私の後を物静かな足取りで追ってくる。その姿はどこか人間っぽい。

 やがて、足取りは止まって一つの墓石の前に向き直る。

 

 

「遅れたね、母さん。とりあえず、ああ──終わったよ」

 

 膝を折ったサミュエルに続いて、私も目線を下げながら手元の花を手向ける。すべての事態には一応の決着をつけた。いまだ怪異や幽霊はあらゆる場所に潜んでいるが──とりあえず、終わったのだ。

 

 人の心にある善と悪。天使や悪魔。運命。そして神にまで抗った。最後にはいつだって、家族を選んで、ノンストップで駆け抜けた。無傷とはいかないし、色んな場所に傷を作って、たくさんの犠牲を払った。

 

 みんなが血を流し、傷ついて、それでも世界は神に見定められるだけの枠から外れることができた。それが最後に残った──結末。

 

 

 一人、果てのない道路を歩いていくジャックの背中が頭をよぎり、小さく目を閉じる。

 

 

 ──いえ、一人じゃなかったわね、彼はいつでも私たちの近くに、どこにでもいる。

 

 他ならないあの子が、そう言ったのだから間違いない。あの子はアマラと一緒に、いつも私たちを見守っていてくれる。だから、

 

 

「きっと、世界は変わっていくわ。きっと」

 

 

 ──メアリー・ウィンチェスター。短かくも一緒の時間を過ごした相手に私も言葉を贈る。

 それは本来叶うはずのない出会いだったけれど、私も雪平もサムもディーンも生きた彼女との時間を過ごすことができた。

 神の姉のきまぐれに感謝すべきね。今一度目を伏せてから、首もとにかけた認識標に手を伸ばしていく。

 

「これも一緒に……」

 

 靡きそうになる髪を片手で抑えながら、外した認識標を彼の胸元へ突き出す。

 

「いいの? 形見だろ、あいつの」

 

「一緒にお願い。彼女に持っていてほしい、そうあるべきよ。だって、母親なんだから。雪平もそれを望んでる」

 

 怪訝な顔で聞かれたのも一度だけ。それ以上は何も言われず、墓の前の土が軽く指で解されていく。少し掘り起こせば、出てきたのは海兵隊である『ジョン・ウィンチェスター』の認識標。

 過去にサミュエルが埋めた父親の形見が顔を出し、そこに重ねられるように新たな一枚が置かれ、共に上から土をかけられていく。

 

 少しだけ軽くなった首もとに指を向け、まだ残っている金属の涼しさに、そっと目を閉じる。これでいいの、親は船の錨と同じ、拠り所なんだから。

 

 ──信じてくれた、いえ、出会い自体に感謝してる。ありがとう。

 

 私はうっすらと首を振って、思考を打ち切った。蒼穹のごとく澄み渡った蒼い瞳のような大空を、何も思うわけでもなく仰ぎ見る。それはとても、どうしようもなく、

 

「……綺麗だわ、空」

 

「ああ」

 

 吸い込まれてしまいそうな穢れのない空に視線が呪縛される。これが自分たちの守った空、そう思うと、少しだけ誇らしかった。

 

 足元に何かが触れ、不意に視線を下げるとミラクルの鼻先が足を撫でている。自分らしくもないと思いながらも膝を屈めて、綺麗な毛並みを撫でていく。

 犬、そう言えば──と、長らく気になっていた話を、この機にぶつけてみることにする。

 

「ねえ、犬を間違って轢いたら、女と同棲することになったって話。あれってほんと?」

 

「……キリが喋ったのか。今の今まで聞かれなかったから油断してた」

 

 突然の思い付きで投げた質問は、当たり前だけど驚きを与えてしまう。それでも短くない付き合いになっているので、歯切れが悪くも肯定が返ってくる。自分の弟が如何にお喋りか、彼が知らないはずもない。

 

「事実だ。かなり前のことだけど」

 

「一時的でも狩りから離れる理由を貴方に与えるなんて、とんだユニコーンがいたものね」

 

「メグにも同じことを言われた。君はどっちかと言うと、悪魔っぽい。まあ、良い意味で」

 

 天使が善、悪魔が悪。そんな認識はこの本土の地を踏んでから、既に崩壊している。やや真面目ぶった顔つきで、捉え辛いを答えを出されるアンバランス加減はかつて同期だった銀氷の魔女を想起させるが、案の定と言うべきか、毒気が抜かれてしまった。

 

 苦々しく吐き捨てるなら、追及するのも一考だったというのに、用意した悪戯が台無しにされた気分だった。

 小さく笑い、当て付けのつもりで攻め立てるはずだった視線は母親の墓標に向けていく。

 

 

「戦った価値は、あったと思う? 死の騎士、虚無、神にまで逆らった価値はあったと思う?」

 

 済んだことをいまさら掘り返しても結果は変わらない。愚かしさを孕んだ質問は、口にしてから当たり前のように後悔の念に襲われる。だからこそ、その答えには正直救われてしまった。

 

「価値はあったよ。あのとき、戦わない道を選んだら、この空は見れなかった」

 

「この墓所も地獄絵図のままだった?」

 

「ああ、僕らは正しい選択をしたんだ。そう思わなきゃ。確かに完全勝利には程遠いし、みんなが傷を負って、ボロボロになって、欠けて、それでも……」

 

「価値はあった?」

 

 静かな決意を込めて、頷かれる。あまりに短い返事の中には、数多の感情が同時に込められているのだろう。

 それはこれまでに走り抜けた長い道程を、切って詰め込んだようなもの。視界に入り込む顔は喜色満面には程遠い。

 

 けれど──きっと世界は移り変わっていく。

 

 私たちは神に放棄されたこの世界で、明日を勝ち取ることができたんだから。

 

 神の描く筋書きに縛られない世界、それが苦い後味と共に私たちに与えられた唯一の報酬。

 

 

「帰りましょうか」

 

 踵を返し、墓碑に背を向ける。一人と一匹、足音はすぐに追い掛けてきた。雪平よりもディーンや遠山キンジを越える長身が隣に影を作る。

 

 地獄はロウィーナが統べるようになって在り方を変えた。十字路の悪魔たちは取引のノルマに追われることもなくなり、人間を誑かして、関係を持とうとする連中もいなくなった。

 

 地獄との扉は開きっぱなしだがその危険性は過去とは比べるまでもなく低い。

 クラウリーが追われた玉座に、母親である彼女が君臨しているというのはなんとも感慨深い話だわ。

 

 

 神が不在となって一部の天使たちが必死にやりくりしていたバッテリー切れ寸前の天国も、これからはジャックのメスが入る。

 混乱続きだった天界が、本来の有るべき姿を取り戻す日も遠くないのかもしれない。アナエルは相変わらず、金銭と引き換えに傷を癒す例の商売をしながら、世界を渡り歩いてるそうだけど。

 

 地獄は変わった、そして天国も、この地上もきっと変わっていく──

 

「次はいつ会える?」

 

「ハーベル家の墓参りには来るつもり。ジョアンナのナイフも今は私の()()だし、来ないわけには行かないでしょ。ジーサードからも連絡が来るの、バスケの試合を観に行こうとか、たまにアメフトになるけど。いつだって会えるわ、生きている限りいつでもね」

 

 服の内側にあるナイフを目で示しながら、続ける。貴方はどうするの──そう口に出すまでもなく、答えは返ってきた。

 

「僕はケビンを探してみようと思う。ロウィーナが仕切ってる今は、あそこも変わった。悪霊になって地上を徘徊する以外にも道はある。ケビンを探しながら狩りを続ける、約束を守るよ」

 

 ふと、喉から出そうになる言葉を寸前で押し込める。アイリーンとの関係をどうするのか、すべてが終わった今、彼女の気持ちに返答を返す権利は既に与えてられている。

 サミュエルとアイリーンはお互いに気持ちがあるのを知ってるし、二人を阻んでいたのはどうしようもない雁字搦めの状況だけ。

 

 そして、その問題もクリアされた今、どんな道を選ぶのも自由。個人的には、リサと彼のお兄さんには取れなかった道を選んで欲しい。けど、ここで答えを聞いてしまうのは──アンフェア。やんわりとかぶりを振る。

 

 敢えて聞く必要もないわね。白いフェンスがある家に子どもや犬と住む、そんなどこにでも有りそうな結末を願ってる。貴方のお兄さんには望むことのできなかった未来を、貴方が過ごせることを願ってるわ。

 

「もし会ったときは、秀才の彼によろしく伝えてちょうだい。ゴーストタウンから出られたのは彼のお陰だから」

 

「ああ、僕から伝えておく」

 

 ハンターは狩りの向こうに何を求めるの? 

 

 更なる戦い? 

 

 まだ見ぬ安らぎ?

 

 それとも──開いた傷跡が癒える日を? 

 

 

 

「またね、サミュエルーーMay we meet again. (再び会わん)

 

 

 

 

 

 

 路肩に停まるシボレー・インパラ。大きなドアに背を預けて、煙管をくゆらせる。もっとも、その重たい煙がもたらしてくれるずの酩酊感には浸れず、立ち上る紫煙は、虚しく、空気に溶けて消えていく。

 

 暫くぶり、そう呼べるほどの期間も空けていなかったはずなのに、肌を撫でていく日本の四季の冷たさは妙な新鮮さを帯びていた。

 

 LAの太陽にやられた?

 いいえ、ありえないわね。

 

 うっすらとした笑みを置き、夕日が沈んでまだ暗闇が降りたばかりの空を仰ぐ。

 不意に気配を感じ、やや気だるげな視線を向けると、いつの間にか隣に男が立っていた。

 

 

「あら」

 

 

 遠山キンジだった。腕を組み、相変わらずの仏頂面で遠い虚空を見据えている。ここまで接近されても気付かないほどに呆けていたのは、失笑ものね。

 

 だけど、何も呆けていただけじゃなく、一目見れば分かるレベルのただならぬ気配が今のこの男からは滲み出てる。

 軽く、入りたてのようなものだけどなってるわねヒステリアに。何をトリガーにしてきたかは触れないでおきましょう、本音では気になるけど。

 

 

「いつ日本に?」

 

 

 程なくして、落ち着いた声が飛んでくる。

 女性には弱く、甘くなるのがあの姿。控えめなこの第一声はやはり入り立てってところね。

 

 結局、雪平は最後までこのヒステリアモードのスイッチも秘密も知らぬままだった。あれだけ一緒にいたルー厶メイトなのに不思議なものね。

 

 

「今朝着いたところ。この国の騒々しさは変わらないわね。神が入れ変わる前も、変わったあとも」

 

 

 記憶が正しければ、自分を呼び出したのは彼なのだけど、紫煙をくゆらせたまま、事実をそのまま口にする。

 

 道路の向かい側にはイルミネーションの光が散乱し、厚着を重ねて行き交う通行人からも冬の気配が感じられる。

 

 

「すっかり馴染んじまったな、そっちの仕事に」

 

「まあね」

 

「ちなみに本土とこっちを行ったり来たりのお前は知らないかもしれないが、近頃の日本は嫌煙の風潮が強いんだぞ。路上喫煙は煙たがられる」

 

 

 ──煙だけにな。と、ドヤ顔で告げられる。

 

 

「寒い」

 

「そうか? シカゴに比べれば春だろ」

 

「……そっちじゃないわ、クリプトン人」

 

 

 相変わらず、変わらない逞しさに苦笑しそうになる。変わらないのは何も見た目だけに限った話ではないらしい。

 その空気を切り裂くような真っ直ぐな態度が彼には心地良かったのかもしれないけど。いいえ、それ以外にないか。

 

 

「それ、やめたらどうだ?」

 

「これはノドの薬よ」

 

「……まだ、それで通してんのかよ」

 

「常日頃のケアが最後には物を言うのよ」

 

 

 リング状の煙が虚空に溶ける。

 エンゲージ、N、レクテイアーー退学になってからこれまで以上に世界を渡り歩いているあなたに、行ったり来たりと言われるほど日本を離れた覚えはないけどね。

 

 その話は脇に置いて、海の彼方から呼びつけられた理由について触れていく。

 どのみち、卒業式までには帰るつもりだったけどおかげで帰りを早めたのは事実だもの。

 

「それで、呼びつけたからには何か話があるんでしょう? それともあれは、トラブってるから手を貸して欲しいってバットシグナルだった?」

 

「久しぶりに会いたくなったってのは理由にならないか」」

 

 冬風が凪ぎ、路肩に散らばっていたチラシを無造作に舞い上げる。身を切るような寒さのなかで、背中を私同様にインパラのドアに預けてから遠山キンジはそんなことを言う。

 

 

「それだと半分の答えでしょ。まだ半分、言ってないことがあるんじゃなくて?」

 

「⋯⋯順を追って言おうと思ってたんだがインパラと一緒にそっちのテクまで引き継いだのかよ」

 

「さて、どうかしら」

 

 ああ見えて、いい腕をしていたから。

 燻る紫煙が一時の心地よさをくれる、久々に会えた見知った顔にも⋯⋯

 

 

「どうかしたか? なんか、今の面白いところあったか?」

 

「ああ、ごめんなさい。数日前までは、私たち以外みんな神の癇癪で消されていたから。少しだけ浸ってた、傷だらけになって取り戻した現実っていうのに」

 

「⋯⋯そうだな。誰も、そんなこと知らずにいつもと変わらない日常を過ごしてる。世界が転覆しかけたってことも知らずにさ」

 

「でもそれでいいのかも。脳外科医と一緒。武偵にもハンターにもあるのは2パターン、なるべき人間と絶対になっちゃいけない人間の二通り。本当に誰かからの感謝がないと戦えない人間は、武偵にもハンターにもなるべきじゃない」

 

 

 少なくとも、雪平切というのは誰かの感謝がないと戦えないヤワな男じゃなかった。

 いつも崩れ落ちるのをギリギリで耐え、なんでもないって顔をして、そうすると決めてなんとかやれてるだけーーそんな美麗とは程遠い姿でずっと人を救ってきた。

 

 

「でも俺は言うよ。あいつはいなくなっちまったけど、あいつが助けてくれた世界はまだこうやって今日も動いてる。それは君のおかげらしいから、だからーーありがとう」

 

「あら、その反応は予想してなかった。優しいのね」

 

「人は二度死ぬ、命を落としたときと周りの記憶から完全に忘れ去られたとき」

 

「ええ、だからーー命を賭けて尽くしてきた人たちのことを忘れずに前を向く。過去は忘れず、しかし今をないがしろにはせずに」

 

「余計な言葉だったか。俺が思ってるより君はタフだ」

 

「さてどうかしら。そうするって決めてなんとかやれてるだけかも。不安定な現実、不安定な足場だって自分で分かっているから、なんとか転んでいないだけかもね?」

 

 

 ふっ、と同僚の銀氷のような瞳の彼女を真似るように笑う。

 

 と、そのときだった。

 明らかに異様な気配を持った、見知らぬ顔が現れたのは。

 女性に対して、甘さと女嫌いからの素っ気なさのちょうど中間のような位置取りの今の遠山キンジにソレは歩み寄ってくる。

 

「ここにいたのですね、探しましたよキンジ。わたくしに手を焼かせるとは、感心できませんね。供をする栄誉というものを下僕のあなたはわかっていませんわ」

 

 

 第一声はまさしくお手本のような慇懃無礼。

 刺繍の入ったサテン地の白ドレス、肩はストラップも無しに露出し、短めのスカートも相俟ってその姿はどこかのホステス。ウイッグではない、けれどプラチナブロンドの腰よりもさらに長いやや現実離れしたロングヘアーはアニメやゲームのキャラのコスプレのようにも思える。

 

 

「⋯⋯天使?」

 

 近くを通りがかっていた一人がそうこぼす。その視線は彼女の頭上に固定され、たしかにその頭上には、一般的に天使の象徴とされている光の輪がある。   

 

「本物の天使にはそんなもの見えてないし、ついてないけどね」

 

「それ、切がいたら絶対言ってたな」

 

「ええ、代わりに言ってあげた」

 

 

 その形状は円形、真っ白な非日常っぽさ後押ししていて60度くらいに傾いていて、三つ叉に分かれたロングヘアーと喧嘩せずに非現実的な美貌をより主張させてる。

 

 美貌というか、現実感のなさを。極めて白い肌も、ヒルダよりもやや薄い紅い瞳も、あらゆる要素が人から離れている。けれど、大抵の男はきっと姿にその目を惹かれるんでしょうね。

 プロポーションの良さは、言わずもがな。グラビアの表紙でも飾れそうな胸元と恵まれたスタイルも視線を惹きつけてる。

 そんな慇懃無礼で、人の外にいる彼女は一瞬隣にいる私を一瞥し、

 

 

「知っているわ、一応。魔宮の蠍、神崎アリアの直近の娘に討たれた毒の使い。そう、聞きたいことがあるのです。答えなさい」

 

「何かしら」

 

 蛇に飛びかかろうとする雨蛙は一体何を知りたいの? 

 そう口にするのを喉のギリギリで止める。頼むから抑えてくれ、そんな遠山キンジの視線があったから。

 抑えてあげるわ、一度だけ。二度目は知らない。近頃は人外との連戦でうんざりしてるから、一度だけ。

 

 

「お前と一緒にいる、あの⋯⋯そうです。リービアーザンと懇意にしていた術師。そう、雪平というあの男は? 私の情報の網にも近頃のあの男の動向が探れないのです。これはとても不可解なの、知っているのなら教えなさい」

 

「⋯⋯」

 

「お、おい⋯⋯!」

 

「いいわ、別に気にしてない。地雷を踏み抜かれたわけじゃない、そうね一応会ってるわ。少し前に」

 

 もっとも虚無が姿を借りてるだけの、ハリボテのようなものだったけど。ああ、カスティエルはオカルタムを探すときにルビーと一緒に虚無で本物と会ったって言ってた。

 

 カスティエル、キャス、私もそれなりに親しい仲になれたのかしら。少なくとも目の前の、天使と呼んでいいか分からない彼女よりは可愛げがあった。子犬みたいで。

 

 

「そう、今は一緒じゃないね」

 

「ところであなた、()()()の出身よね? 再生の海神と同じ、あちらの神」

 

 レクテイア人。

 そして神であるリービアーザンへの気柄な態度、そして俗っぽく良い意味でこの世界に馴染み満喫していたリービアーザンとは違い、どう見ても雪平と水と油なその性格。

 

 そして、天使を思わせるその容姿から彼女の素性は安易に絞り込めた。

 

 

「───そう。わたくしは雷霆天使ラミエリア。天と地の狭間に光り輝く、神の慈悲──」

 

 

 胸に手を当て、彼女は名乗る。

 やはり天使じゃない、名前的にミカエルの元になったのは彼女なんだろうけどーー

 

 

「ラミエリアは、必ず、復讐する。本人にも、本人の周りにも。遠山キンジへの仕返しは決闘で済ませたけども、その周囲への仕返しもさせてもらいますわ。この日本に来たのは侵掠する国を日本に変えたからですの。あのリービアーザンと縁があると聞き、それにキンジとも懇意にしていた男。少し見てみようと思いましたが、無理そうね」

 

 なるほどね、ミカエルはミカエルでも異世界タイプか。たしかに酔狂で俗っぽいリービアーザンとは正反対。

 雪平とは十中八九うまくはいかない、そこだけはチャックの言葉も間違いじゃなかったわ。彼、今頃何をしてるのかしら。作家として一からやり直してたりして⋯⋯

 

 

「そうね、とても遠くにいるから。たぶん会えないわ」

 

 

 会いたいとどれだけ願おうと、どれだけ駆け回ろうと、ね。

 

 すべてを踏まえて、目の前の色々と派手な彼女には首を振っておく。

 

 もし会えたなら何を話そうか。

 レクテイアの神を前にして、少し場違いなことを考えていると⋯⋯遠山キンジ? なに、その顔は⋯⋯まるで幽霊でも見たような⋯⋯

 

 

「嘘ね。このわたくしを欺こうなんて大罪よ、あなた。そこに来てるじゃない、別の女を連れてるけど。そっちは知らない女です、誰かしら?」

 

 

 ⋯⋯?

 ⋯⋯何を言ってるの?

 

 

 

「ーーここでいい。ありがとう、テッサ。あとは俺がやっとく。戻ってくれ」

 

「御意に。できれば早く済ませてね」

 

「それはあっちの出方次第だ。努力はするよ。」

 

 

 頭が追いつかない。

 けれど、現実。夢や幻じゃない。

 背には白く、白く冷めたようなシボレー・カマロを引き連れて、これから厳粛な場所にでも向かおうと綺麗に仕立てられたスーツで、歩いてくる。

 

「切、なのか⋯⋯? お、おまえ⋯⋯本当に切か⋯⋯?」

 

 色々な感情が混ざったような震える声と驚きや唖然で飾られた顔で遠山キンジは、二度見する。

 

 

「やぁ、キンジ。他にこんな顔がいるか? だが、再会の挨拶も程々にだ。ああ、夾竹桃。久しぶり。そのコート似合ってるよぉ、黒っていうのがいい」

 

 

 本物、間違いないわね。

 無茶苦茶な状況には慣れたつもりだったけど、三つどうよしうもない驚きが、平静を保とうとした胸を引っかき回す。

   

 一つは虚無にいるはずなのになぜ、そんな当たり前の驚き。

 二つは一緒にいた女性をテッサと呼んだこと。

 

 三つ、後ろに引き連れている白く冷めたような車と一緒に現れたこと。そして、その指に嵌められている指輪は⋯⋯冗談でしょう⋯⋯あれはーー

 

 

「そう驚くなぁ。別にお前やキンジを()()に来たわけじゃない。そっちのお高く止まってる女に話をしに来たんだ」

 

「待ちなさい。お前、それはどういうことかしら。まさかと思うけどわたくしにかけた言葉なの?」

 

 

 こちらは地雷を踏み抜かれ、強い視線でレクテイアの天使は来訪した彼を睨みつける。

 幽鬼のような静かで不気味な空気を纏った雪平に。彼女も分からないわけじゃない、明らかにーーただの人間の気配じゃないでしょうに⋯⋯

 

 あの指輪はね、ルシファーの言葉を借りるなら鎌と一緒についてくるスターターセットなの。

 

 

「ラミエリア、お前が抱えてる信者が迎えにやったウチの部下を片っ端から殺してる。死神を殺したら死の迎えを阻める、そんな眉唾を信じてるのか、アラステアみたいに別の目的で動いてるのかは知らねえがーー好き勝手されると困るんだ。お前らの侵掠活動に手を出す気はないがウチの社員に手を出されるのは困る」

 

 

 冷たく、そして首が揺れ、冷ややかにラミエリアに向けて笑う。

 

 ええ、知ってる。

 黙示録の一節にはこうあるーー第四の封印が解かれると青白い馬が出現する、その背中には死が、冥府が付きまとうーーあの白いカマロが、馬よ。

 

「⋯⋯見ないうちに随分と昇進したものね」

 

 そのシステムは知ってる。

 死の騎士が死んだ時、次に死んだ死神がーーその役職を引き継ぐことになる。

 

 ビリーが死に、ルシファーが自演で連れてきて生み出した死の騎士の彼女も殺された。故に今の死の騎士がどうなったかは気になっていた。

 

 けれど、虚無に落ちたからといって、それはあまりに不可解。ルールから外れてる。死神でもないのに雪平が、死の騎士の席に収まったなんてあまりに不可解。

 無言で敵意を飛ばし始めたラミエリアと唐突に来訪した雪平との間に割って入る。

 

「さては、ジャックの一声ね?」

 

「キャスと俺に話を持ってきた。キャスは一緒にただの個室だった天国の改革を、そして俺はーー指輪を貰った。前にも一日やってるし」

 

 右手の薬指では、白の長方形に整えられた『死の騎士の指輪』が異様な存在感を晒してる。

  

 つまり、信じがたいけど虚無から引っ張りあげてもらった雪平は⋯⋯数多の死神を束ねる、聖書にも記されてる黙示録の騎士の一柱に⋯⋯転職して現れた。

  

 もしかしたら、もしかしたら何かの歯車が狂ってまた会えるかもしれないと、そう願ったこともあるけど、

 

 

(誰が予想したの、こんな⋯⋯無茶苦茶なカムバックを)

 

 

 いいえ、誰も予想してない。

 やはり無茶苦茶なの、今も昔も、きっとこれから先も。雪平切という男は。

 

 でもこれは⋯⋯笑えないわよ。売り言葉に買い言葉なんだもの。

 レクテイアの神と、黙示録の騎士が街の一角で敵意を垂れ流しにしてるなんて⋯⋯

 

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